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なぜ日本人は輪廻転生を受け入れず、「みんな死んだら仏様」という考え方に飛びついたのか?

●質問者: hkt_o
●カテゴリ:政治・社会
✍キーワード:日本人 輪廻転生
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 13/13件

▽最新の回答へ

1 ● toitaiki
●30ポイント

http://www.jiyuu-shikan.org/faq/yasukuni.html

????

明治維新の際に、廃仏毀釈がされ、輪廻転生の仏教史観が否定されました。靖国神社はまさにその国家神道の象徴であり、死んだら「神様」になるが、宗教観のない日本人が「仏様」になると表現したと考えます。ですから、外交文句として、「みんな死んだら仏様」に納得しているのであり、そもそも輪廻転生を受け入入れる入れないは個人の信仰の問題と捉えます。

◎質問者からの返答

「日本人」と書いたのは言葉の綾です。そこのところはこちらの意図を汲んでいただければ……。

日本人の多くは仏教について多少の知識はあって、輪廻転生という言葉くらいは知っているわけです。仏閣で手をあわせたり、仏式で葬式を挙げたりもする。でもなぜか輪廻転生は信じていない。お盆とか、そういった「人間は1代限りであの世行き」思想がはびこっています。それはどうしてなのか、ということです。


2 ● neoarcheologist
●30ポイント

http://cache.yahoofs.jp/search/cache?u=www.h7.dion.ne.jp/%7Espee...

Yahoo!検索

ここに説明がのっています。日本人の昔ながらの神の観念との関連で説明されています。


以下引用。


難行苦行を積んでも仏になれない断絶感こそが仏教上の認識の中で、日本だけは「死んだら仏になる」と信じられており、それで、仏壇に仏像ではなく位牌(仏)を飾って手を合わせるのです。「死んだら神になる」と同じ事であり、日本の八百万の神は自然万物と繋がっており断絶感は無いのです。

◎質問者からの返答

ううむ、もう少し歴史的経緯を踏まえた回答があるとうれしいです。


3 ● su-mo
●30ポイント

http://www.hatena.ne.jp/1112759660#

人力検索はてな - なぜ日本人は輪廻転生を受け入れず、「みんな死んだら仏様」という考え方に飛びついたのか?

生れる前のこと、死んだ後のことは

人間の憶測や記憶などとして心理的な側面から語られることがあったとしても、それを誰も科学的や別の側面から立証できていないと聞いてます。そういうコトから”輪廻転生”に深い興味やコダワリを持たないのではないでしょうか。


それから日本人の場合、一千年以上前から変化しつつも途絶えることなく伝わる仏教学が思考の基本になっているので今の私たちも無意識に仏教的思考なんだと思います。改めて飛びついたのではなく、根本思考ともいえるかも・・・?ですから一般的には”死んだら皆仏様”という表現の方が”しっくり”きます。

仏教では、他人を認めて仲良くすることが自分をも大切にすることでもある、というような教えもあるとか・・・。そういうコトで言うならば輪廻転生という思考も認めるが、自分がソレを受ける入れるかどうかは別問題であるということでしょうか。

そして、ここで書かれている「みんな死んだら仏様」という言葉のように宗教信仰を意識した感情は一般的に無いと思い居ますよ。


・・・支離滅裂ですね、ポイント無くてもいいですよ。

◎質問者からの返答

輪廻転生は仏教の重要な部分で、ふつうの人間がふつうに生きたら仏様にはなれないはずなのです。ところがなぜか、日本の庶民は凡人が死んでも仏様扱い。49日経ったら生まれ変わっているんだから、位牌なんかに手を合わせても意味がないんじゃないの? お盆の準備なんかしたって、生まれ変わっているんだから誰も帰ってくるはずがないでしょう。

そこが不思議なんですね、私は。


4 ● uumin3
●40ポイント

http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?id=0693310-0000&kind=...

国語辞典 英和辞典 和英辞典 - goo 辞書

「後生が悪い」という言い方をご存知ありませんか。これは生まれ変わり(輪廻転生)を前提にしている日本語の一つです。後生が悪い(悪く生まれ変わるような)ことをするなという言葉で、倫理が語られているのです。

また「袖擦り合うも他生の縁」もそうですね。前生(ぜんしょう)?今生(こんじょう)?後生(ごしょう)という生まれ変わりの縁の中で人間が生きているという考え方が下にあります。


因果応報というのも、もともとは死に変わり生まれ変わる輪廻の中で、悪因悪果・善因善果の生まれ変わりがあるから悪いことをしてはならないという倫理観を表す言葉です。悪いことをしてすぐに悪い報いを受けるという現報の考え方とともに、景戒の『日本国善悪現報霊異記』にはたくさんの仏教説話でこの考え方が述べられています。


四足の獣の肉を食べるのが江戸時代にタブーとなっていたのも、先祖・父母・知人などが六道輪廻の中で畜生となっているかもしれない(だからそれを食べるのはやばい)、という考え方が支えていたところがあります。


お葬式でいただく戒名は、戒律を受けた仏弟子としての名前です。戒名をいただくのも、お経を唱えてもらうのも、目的は亡くなった方を「成仏」させるためですから、建前としては上手くいけば皆輪廻から解脱して仏になっていると言えるかもしれません。さもなくば四十九日間「中有」をさまよった後、どこかに生まれ変わるのですから。


ですが、死者をホトケと言うのはおそらく厳密には「成仏」したからというのではなく、人は死んで他界に行くという仏教伝来以前の日本の考え方に仏教から借りてきたことばをプラスして、亡くなった方を指す言い方としてあるのだと私は思います。

(ちなみに真宗などで言う南無阿弥陀仏と唱えて「浄土」に行けるという考えですが、弥陀仏のいる「西方浄土」へは輪廻・生まれ変わりで行くのです。浄土に生まれ変わって、そこで最終の修行をして解脱する。もともとはそういうところであって最終目的地ではありません。)


ことほど左様に仏教受容以来の日本には「輪廻転生」が受け容れられておりました。という説明でいかがでしょう。

◎質問者からの返答

私が子供心に疑問に思っていたのは、お盆に先祖の霊が帰ってくるとしたら、生まれ変わった命はどうなってしまうのだ? ということでした。お盆の間、仮死状態なの? そんなアホな〜、という。

日本人は仏教大好きで1000年くらいやってきたのに、輪廻転生だけは、どうしても信じなかった。戒名なんてつけたって、凡人が解脱するわけないのだから無駄でしょう。位牌を拝んだって、もうどこかで何かに生まれ変わっているわけで、骨灰なんてものは抜け殻に過ぎない。日本の仏教界は、こうした状況を座視して1000年余り、いったい何をしてきたんだ、そんな思いがあります。

輪廻転生という知識はあって、生まれ変わりだ何だという話はするのが日本人ですが、本当は「死んだら仏様」を信じているに違いないと私が思うのは、お盆とか墓参りなどの習慣に大きなお金と手間を費やしてきた事実があるからです。

日本人は仏教徒じゃなくて神道の信者、といわれるのは当然なんですけれども、「死んだら仏様」という価値観でお金を稼いでいるのは仏教の方。なんだか変ですよね?


5 ● toitaiki
●40ポイント

http://rinnetensyou.fc2web.com/

top

二回目ですのでポイントは結構です。質問の意味が分かりました。

まず宗派論として、禅宗と真言宗は輪廻を否定します。禅宗は禅即悟り即菩提です。密教は即身成仏ですので。転生はありません。法華経の16番目のお経に「今私(仏陀)が悟ったのではなく、遥か昔(1億とかの世界)に何度も生まれて悟ったとあります。ですので、仏壇に手を合わせるのは次回少しでも悟りに近づいて「転生して」悟りの「菩薩道」に生まれる環境にありますように。ということです。そもそも小乗では、自分しか悟りを追及しませんので省きます。結論としては、日本人と仏教界を含めて分からないまま、生きているけど、死んだ人まで恨んではいけないという、刹那が日本の道徳として繁栄したものです。ですので仏教界でも、意見の分かれるところです。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~panikku/page046.html

宗派別一覧

◎質問者からの返答

ふむふむ。

ご意見を踏まえて、なお私が疑問を持つのは、なぜ日本人が大乗仏教を好んだのか、それは偶然なのか、神道との兼ね合いなのか。禅宗と真言宗が日本の権力中枢に食い込んでいった背景に、その教義が日本の指導層に受け入れられやすいものだったこともあるのではないか云々。


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