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苗字(氏・姓)ではなく、親族や集団・部族を表す意味での名前(集団名)は、いつごろから使われ始めたのでしょうか?
世界ではどのあたりでいつごろ始まり、また日本では、氏姓などを天皇に与えれる以前にはなかったのですか?

●質問者: katsuragiyuu
●カテゴリ:学習・教育 政治・社会
✍キーワード:名前 天皇 苗字 親族 部族
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

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1 ● opponent
●40ポイント

http://www.sanpaolo.or.jp/christ/Q&A/Q&A034.htm

サンパウロホームページ


Q:【「旧約聖書の中で、「イスラエル」と呼ばれるようになったのは、いつごろでしょうか?」】


A:【イスラエルとは、紀元前13世紀ごろにパレスチナに定着し、共通の神を礼拝することになった諸部族の宗教連合体のことだと言えますが、その成立過程ははっきりしません】


【旧約聖書によれば、族長ヤコブがイスラエルという新たな名を神から与えられ、その十二人の息子がイスラエルを構成する十二部族の始祖となったとされています】


この記述から、たとえば、パレスチナの「イスラエル」などという部族名の起源は少なくとも紀元前13世紀にまでさかのぼりますから、それ以前のことはわからないと思います。そんなに古い文献資料(当時はパピルスも羊皮紙もありませんので石版など)は、存在しないからです。


それ以前にも、すでに滅びてしまった古代文明でも使われていたかも知れません。というより、古代文明は王政などの中央集権的な権力を中心にして発生していますから、当然その支配層を支える部族が存在したと考えられますから、当然そういった部族の名称は、何らかの形で存在していた、と考えるのが妥当ではないでしょうか(エジプトの文明については後述)。


http://www.harimaya.com/o_kamon1/seisi/sei_uda.html#2

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姓氏の起源(姓氏の雑学)@姓氏と家紋


【氏の名を称するようになったのは、五世紀末から六世紀にかけての時期と想定される。それ以前はたとえば「卑弥呼」のように氏の名を冠してはいない】


日本でも、「卑弥呼」など、四世紀よりも前に存在した権力に関し、部族名があったかどうかについても、これまた不明というしかありません。こちらも文献資料が存在しないからです。けれども、それなりの中央集権的な権力構造があったとすれば、部族名が存在したと考えられます。


このページ下部の「古代姓氏の分類(神別)」の説明の中に「天孫族の姓氏」がみられますが、そういった部族名の痕跡と考えられますので、何らかの形で存在したのではないでしょうか(文献資料を残した時代にでっちあげの名前をつけた、というふうに考えるのは無理があると思います)。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%8B%E7%9A%87%E5%B8%9D

始皇帝 - Wikipedia

始皇帝@フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


【始皇帝(しこうてい、紀元前259年1月 - 紀元前210年7月)は、古代中国の帝王。姓は(えい)、諱は政(せい)。】


【初めて中国を統一し、紀元前221年から中国史上はじめて皇帝と称した。】


中国においては、秦の始皇帝の時代にすでに姓があったことがわかっています。史上初めての中国統一で、これ以前の文献資料はきわめて少ないと考えられます。したがって、姓などのいわゆる部族名について、どこまでさかのぼることが可能かは、やはり不明だと言うほかありません。


http://user.komazawa.com/~tessin/kaze/egypt/htm/his01.htm

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エジプトの歴史(ファラオ時代)


【B.C.3100?2686年頃 初王朝時代 (別名ティニス時代)・第1、第2王朝

3100年頃

(?2890) 第1王朝が成立 (首都:ティス)

上エジプト王ナル・メルがエジプト全土を統一。太陽暦の発明と象形文字の発明。銅製の武器の使用が始まる。 】


http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/kodai/16-orient2.html

?i?Q?j?G?W?v?g???????

(2)エジプトの統一国家@YOKOYAMA’S HOME PAGE


【しかし、この治水事業と灌漑事業には膨大な労働力と大規模な共同作業を必要としたので、彼らを統率する強い指導者のもとで、前4000年頃までには上下エジプトにそれぞれ22、20のノモス(小部族国家、都市国家)が成立し、やがて上流の上エジプトと下流の下エジプトの二つにまとまった】


エジプトの場合は石に刻み込まれて残っているヒエログリフが残っています。部族名についての具体的な記述はありませんが、ヒエログリフ解読の結果、紀元前4000年頃までにノモス(小部族国家、都市国家)が成立したことがわかっているわけですから、当然、それぞれの部族に名称があったと思われます。ですから、ノモスが成立する以前から部族名があったと考えられます。


以上、概観した通り、ヒエログリフ解読によって、少なくとも紀元前4000年頃以前から部族名が存在していたのではないかという推定が成り立つエジプト以外については、推定しようにもその根拠とすべき文書類が存在しませんので、いずれにせよ確定的なことはわからないのだと思います。


けれども、エジプト、メソポタミア、インダス、黄河などに生じた古代文明はいずれも遺跡から、中央集権的な権力構造で成り立っていたと考えられます。離合集散を繰り返しながら成長したこれら古代文明の権力が、いわゆる地縁・血縁に基づく集団(部族)同士の抗争で生じたとすれば、それら集団に名称がなかったと考えるのは不自然です。従って、いわゆる古代文明が成立する過程で、集団名=部族名ができあがってきたのだと思います。もちろんこれは推論ですが……。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。

かなり詳しいですね。

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