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軍師という熟語は諸葛亮の軍師中朗将からというのは本当ですか?

●質問者: tairai
●カテゴリ:政治・社会 趣味・スポーツ
✍キーワード:諸葛亮 軍師
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/4件

▽最新の回答へ

1 ● AROA2005
●10ポイント

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/4838/tugan_kan54.html

?????I??????????u?????I???????v

-1988- の所に


吾が得て之とともにし事を計れば,天下は当に何をか憂えよう哉!」以って軍師と為した。


との記述があります。


荀攸から軍師という名称を用いたような感じです。

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/4838/tugan_kan54.html

?????I??????????u?????I???????v

でも、-1989- の所に


陳壽の三国志では「司空軍祭酒」と作る,此は「軍」の字が逸している。晉志では曰く:当塗は志を得て,諸夏を平し,初めて軍師祭酒を置いた,參掌戎律。


との記述があるので、諸夏が最初かもしれませんね。


2 ● speedster
●25ポイント

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E5%B8%AB

軍師 - Wikipedia

中国では、周の文王が呂尚を師に立て、子の武王のときついに殷を滅ぼしたことが『史記』にみえるように古くから軍師にあたる者が存在した。漢の頃になって正式な職名として軍師の名があらわれ、後漢末から三国時代には「軍師祭酒」などの官名があらわれた。この時代に軍師の官名を帯びた者の中では、劉備に出仕すると「軍師中郎将」の官名を与えられ、のちに「軍師将軍」となった諸葛亮が特に有名である。

◎質問者からの返答

では、「軍師」という単語(熟語)が現れたのは後漢末の軍師祭酒からなんでしょうか?それとも「軍師中郎将」が先なんでしょうか?どの文献から軍師という単語が現れたのでしょうか?お教え願えれば幸いです。


3 ● smokin
●25ポイント

http://www.hatena.ne.jp/1114556771#

URLはダミーです。


ある程度効力のある官職として文献に始めて出てくるのは魏志の武帝紀の中にある


三年春正月、公許に還り、初めて軍師祭酒を置く。


のくだりかと思われますが、

光武帝の時代、隗囂が反乱を起こした際に部下を「軍師」に任命してるということがあったようなので、

単純に一番最初というとこっちになるのかな?^^


劉備政権の軍師中朗将の官職は時代的に軍師祭酒より後ですね。



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