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言語学者の鈴木孝夫は、意味とは、「ある音声形態と結びつけて頭の中に持っている知識及び体験の総体」として定義します。一方、言葉の定義とは、「ある言葉を知らない人に、その言葉を知っている人が、どのような条件があるとき、その言葉が用いられるかを教えるのに用いられる言葉による説明」であるとします。
一般に動詞は一義的に定義しやすいが、名詞は一義的な定義は不可能。なぜなら、一人一人の体験や知識に差があるから。このように意味を定義すると、「地球環境問題」という20世紀後半に出現した言葉(名詞)の意味を、人類が理解することは実に難しいということが予測されます。なぜなら、身長2m足らずの人間は、地球規模の環境問題をとうてい認識することができないからです。また、地球規模の環境問題は、ごく最近の事象であり、それを体験した人間も少ないから。どうすれば、無垢なる人間たちに、「地球環境問題」の深刻さを伝えることができるでしょうか。
おそらく、環境専門家の多くも、言葉としては知っていても、その言葉の意味を知らないのではないかと思うのですが。

●質問者: ShinRai
●カテゴリ:学習・教育 科学・統計資料
✍キーワード:予測 人間 人類 動詞 名詞
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 10/10件

▽最新の回答へ

1 ● 浅倉卓司
●5ポイント

http://d.hatena.ne.jp/asin/4480062092

「おろかもの」の正義論 - はてなダイアリー

そもそも「地球環境問題」は本当に深刻なのでしょうか。

◎質問者からの返答

そのように、自分がわからないことを、わかりえない。わかろうともしない。そこに人類の「知恵」の問題があるのだと、最近思うのです。

要するに、言語で考えるかぎり、あなたのように考えてしまう。言語で考える限界です


2 ● sami624
●10ポイント

http://www.geocities.jp/gomi_mondai/

先ず、本質を理解し論点を整理することですね。環境問題には、ゴミ処理の問題・大気汚染・水質汚濁・騒音・振動…といった様々な問題があり、大気汚染についても、地球温暖化といった問題から、光化学スモッグ、洗濯物への汚染の付着といった様々な問題があるわけです。

これらを、?汚染の種類?汚染が引き起こす現象?汚染による人体への被害?被害の程度といったカテゴリー別に分類し、放置した場合の悪影響を予測し、立証する必要があります。

そもそも、言葉の定義が抽象的であるため、個別具体的に事象を分類し、相手方に共通認識を持たせることから始めないと不可能でしょう。

◎質問者からの返答

私の質問は、言い換えるならば、

Think globallyと気安く口にするけど、

人類はグローバルにものを考えることはできない

ということです

言語の意味の特徴から、言葉が空回りして、意味を理解することができないということ

このHPも、わかりやすく解説してくれていますが、本質にはたどり着いていない気がします


3 ● akila
●10ポイント

http://www.angel.ne.jp/~tamatebako/minoruz/flash/kakudai.html

もしも人間が、自分の体にあったスケールでしか物事を判断できないならば、何故人は地球がまるいと知り、月まで飛んでいけたりしたのでしょうか?

深刻さは伝わります。

それでももし、伝えられないと思われるなら伝わる部分からゆっくりと進めていくしかないでしょう。どんな小さな存在だって、自分の周りの事くらいはわかるでしょう。そのわかる範囲をゆっくりと拡大ていく。そうすると、不可能と思われていた「月面着陸」が可能になったように、今は不可能と思われることも、いつしか可能になると、信じたい。

◎質問者からの返答

西行が、月を愛でる歌を詠んだのは、実は昔から人類は月を見ながら地球を考えていたという説(上田三四二)もあります。

地球が丸いことくらいわかったとして何になりますか

もっと大切なことを理解できていないと思うのです。

自分の周りからゆっくりと進めていく以外にないことは同感ですが、なかなか「地球環境危機」の本質にはたどりつけないと思います


4 ● 松永英明@ことのは
●20ポイント

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%D5%CC%A3

意味とは - はてなダイアリー

言葉とは概念を規定するものですが、話者によってその概念がズレるものです。同じ言葉を使っていても、まったく同じ意味でだれもがとらえているということはありえません。例えば「赤色」も、どこからどこまでの周波数を「赤」と呼ぶかについては個人差がありえます。これがまず一点。したがって「言葉としては知っていても、その言葉の意味を知らない」という発言は、「じゃああんたはその本当の意味とやらを知っているのか」ということになります。そして、これは名詞のみならずすべての言葉について言えます。


しかし、ある程度の共通理解は得られなければ言葉として通用しません。「まあこの辺の色は赤と呼ぶ」ということで理解が得られます。したがって、一義的な定義は「不可能」というのは言い過ぎでしょう(名詞の定義が不可能なら同士も不可能、動詞が可能なら名詞も可能)。


また、「知識及び体験の総体」とは、他者との関わりという経験によって調整がなされます。さらに、実体験ではなく伝聞及び推測・想像によっても「知識・体験」は得られます(夢だって体験だし、映画・テレビも知識の源です)。したがって「身長2m足らずの人間は、地球規模の環境問題をとうてい認識することができない」というのはおかしいし、そもそもあなたも身長2m足らずの人間であると仮定するなら、論理的には、あなたが「身長2m足らずの人間は地球規模の環境問題をとうてい認識することができない」と認識することもとうていできないはずですね。


言葉というものは、Aという概念をAでないものと区別するためにある、と考えるとわかりやすいと思われます。したがって、「地球環境問題」について、少しずつ分割して考えてみましょう。まず、「地球」の問題であって、家の中だけ、近所だけ、県内だけ、日本だけ、アジアだけの問題ではなく、また太陽系全体や銀河系に及ぶ問題でもなく、この惑星上の問題である、ということは概念として理解可能なはずです(そこにどれだけ実感が伴うかは別問題として)。また、「環境問題」も具体例を挙げれば理解は可能でしょう。


この質問では、あなただけは地球環境問題という言葉の意味を理解しているが、ほかの人たちは人間だから理解できない、というふうに受け取れます。


ここで「地球環境問題の深刻さを伝えたい」というのは、言葉の問題とはまるで無関係です。いかに「実感をもって伝えることができるか」という問題は、意味論とはまったく関係がありません。


この質問をもう一度読み返してください。あなたは「地球規模の環境問題をとうてい認識することができない」「身長2m足らずの人間」ですよね?それなのに「どうすれば、無垢なる人間たちに、「地球環境問題」の深刻さを伝えることができるでしょうか」と問いかけているということは、地球規模の環境問題を体験した数少ない人間の一人だということですよね?(論理的にはそう読み取らざるをえない)


あなたは一体、何者なのですか?


この問いかけは皮肉ではなく、あなたのおっしゃっていることがすでに矛盾しているのではないか、ということです。

◎質問者からの返答

ご指摘はわかります。

「自分だけがわかっている」という立場で質問を出したことが、矛盾というのは、わかります。

正直なところ、私は、最初は、なんとかなるかなと思って、いろいろと考えてみました。

しかし、考えて考えて考え抜いて、また、わずかではありますが、現場での経験や、環境問題に関わっている官僚やNGOの人たちと接して、上のようなことを考えるようになったのです。

私の絶望のほどをご理解いただくことはできますか


5 ● fear-prayer
●20ポイント

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言葉の厳密な定義や意味を追求しはじめると、確かに誰もその「正しい」使用法を知らないように思えてきます。特に、環境問題のような、人が直接「体験」することが極めて難しい問題の場合には、おっしゃるように、疑心暗鬼にとらわれて、絶望的な気分にさえなるでしょう。


しかし、そもそも「近代」に生きるわたしたちは、つねにすでに「伝言ゲーム」の中にいます。つまり、事件や出来事の現場にいあわせることはありえず、どのような事件や出来事も、人伝えに(メディア、教育、ジャーナリズムなど)それが「正しい」ものだと聞き、教えられたものばかりです。つまり、事件や出来事を「体験」することなしに、それが「正しい」ことを信じて実践するほかないのです。それが近代以降を生きる人間の条件です。


だからまず、「地球環境問題」の言葉の意味を確定 することを断念するべきです。


それから、人が「地球環境問題」という言葉を使うときに、その人が実際に何をしようとしているのか、に大いに注目するようにしましょう。学者が、ジャーナリストが、環境保護主義者が、教師が、一般の人々がその言葉を使っている時には、その人が「言っていること」と実際に「していること」の差異に敏感になるように努めることです。


だから、わたしの答えは、こうです。あなたの問題の立て方が、間違っている。この問題に関しては、ほとんどすべての人が、つねにすでに「無垢な人間」なのであり、だからそれをあなた自身が「理解」するよりも「実践」することを心がけるべきだ、というものです。


「認識においてはペシミズムを、実践においてはオプティズムを」です!

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◎質問者からの返答

意味を確定する必要はないと思います。

ひとりひとりが、本当の意味を体感すれば。

それ以外に、意味は存在しないのだから。

しかし、あなたは気安く実践といいますが、

何を実践すればよいのですか?


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