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いわゆる「読書感想文」を書いてください。

・重要:著作権を主張しないこと。
・重要:原稿用紙(20行×20字)で3枚または5枚。字あまりは禁止。2.5〜3枚または4.5〜5枚でお願いします。
・原稿用紙1枚(400字ではありませんので要注意)につき一律で140ポイント。
・1人でいくつ書いてもかまいません。
・どの本の感想かは必ず明示。
・他の回答者と同じ本でもよい。
・型破りで弾けた内容でもかまいません。

●質問者: hkt_o
●カテゴリ:学習・教育 生活
✍キーワード:ポイント 原稿 回答者 字あまり 感想
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 20/20件

▽最新の回答へ

1 ● R30
●0ポイント

http://www.ne.jp/asahi/ymgs/hon/index03_kansou.htm

?Y???????N??N???I??????z????P?s??????????I?@????y?[?W

読書感想文というのはですね、本についてではなく自分について書くものなのです。

だからあなた以外の人が書いたらそれはあなたの読書感想文ではないことがばれてしまうのです。

http://dokkan-id.hp.infoseek.co.jp/index.html

?????t???[!![???R??g??????????z??]

それでもどうしてもコピペだけで切り抜けたい、ということであれば、

こちらのサイトから「坊ちゃん」でも「羅生門」でも「蜘蛛の糸」でも、

好きな感想文を好きなだけコピペしてくださいな。

◎質問者からの返答

私は社会人であり、単に大人が書くいわゆる「読書感想文」を読みたいということです。ただし、回答を転載したいので著作権を云々しないでいただきたいということです。これでご理解いただけましたか。


2 ● elixir
●0ポイント

http://raiders.cocolog-nifty.com/diary/2004/09/post_4.html

原稿料or謝礼が一枚140円ってのはいくらなんでも馬鹿にしていませんか。

◎質問者からの返答

別に仕事を頼んでいるわけじゃないから。

ブログに書評を書いても1円にもならないでしょ。「読書感想文」風に本の感想を書いたらポイントを出しますよ、といっているわけです。私の意図はご理解いただけましたか。


3 ● tacn_nontan
●378ポイント

http://webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=BN00759033

NACSIS Webcat: shosai

風と共に去りぬ / ミッチェル[著] ; 大久保康雄, 竹内道之助訳

世界文学全集 ; 86-88(3冊分)


「風と共に去りぬ」を読んでの感想文。

(1000字以上あります。2.5?3枚に相当)


入学試験、就職活動、恋愛、賃金、名誉、家族や、自分が属する団体・国への愛着。

私たちには、常に人よりもより優位に立ちたいという気持ち・本能があります。

それは、より確実に自分の生命を維持し繁栄させていくことに繋がるからです。

そして、その生存競争は常に厳しいものです。

現代・過去・未来、どんな時代でも、その競争の厳しさは同じなのでしょう。

どう生きるのか、本当の人間の強さ・女性の強さとは何か?考えさせられる物語でした。


スカーレット16歳?28歳までの人生においての

社交界、大儀、南北戦争、結婚、出産、子供と大人、生と死、貧困、餓え、金、経営、家族、虚栄、真実、嘘、裏切り・・・そして儚い愛の夢を、人生のすべてを現実的・心理描写豊かに描いた壮大な物語でした。


私には、スカーレットの心、そのものが悲しい戦争に感じられました。

社交界で礼節と戦い、戦時中は兵士と戦い、

戦争後も餓えと戦い、結婚してもその夫・男性と戦います。

自らが女性であることとすら戦っていました。

相手を傷つけ、自分で自分を切り刻み、休まる時も知らなかったのでしょう。

彼女は女戦士で、彼女には戦うことしかなかったのです。


戦うこと、常に他人より優位に立つこと、競争に勝つことがすべてでした。

そして、さらに彼女は戦うときに最大の魅力を発揮します。

果敢に戦う彼女は、本能をむき出しにした野性動物のようなキラメキがあるのです。


しかし、女は戦うには非力すぎました、フェアに戦えば、負けるのは目に見えています。

だから、彼女は、計算された卑怯な手段を使います。

女性は非力だから、卑怯にならなければ、男性や社会に勝つことはできません。

彼女は愛する家族や自分を傷つけることさえ、やってのけてしまいます。

すべては、常に自分が優位に立ち、競争に勝つためにです。

傷つけ、傷つきながら痛みに耐えて、いつか勝ちさえすればいいのでした。

すべては、戦争だったのです。


しかし、戦争は何も得られず産みだすことはできないのです。

勝っても、負けても・・・、残るのは破壊と自らの幸せの破滅だけでした。

全てを失い、戦い疲れた女戦士は、タラの大地に帰っていきます。

故郷で、再び戦うための鋭気を養うのではなく、

本当の強さ・幸せをきっと故郷で見つけることができると祈らずにいられません。


人間の本当の強さとは、生存競争に勝つという、本能だけでなく、

自分の弱さを認めたり、他人の弱さを受け入れる、理性にあるのだと思います。


→ちなみに私は既婚の20代女性です。

妊娠してヒマだったので2月ごろに読みました。

◎質問者からの返答

どうもありがとうございます。20字×54行 で3枚弱、378ポイント差し上げます。

読書感想文らしさ、って何なんでしょうね。「いいこと」を書くとそれっぽくなるのかな? 書き方指南のサイトはいくつかありますけど、「読書感想文らしさ」を解説したサイトを私は知りません。

某所で本の感想を書くサイトをやってた時期があるのですが、毎日原稿用紙1〜5枚分程度の感想を書けてしまうわけです。昔、読書感想文を書くのには、あんなに苦労したのに。じゃあ今なら簡単なのか? と思ったのですが、やっぱり「読書感想文」は書けませんでした。何を書こうとしても、どこかひっかかってしまって、言葉が出てこない。イメージにとらわれているだけなのかもしれませんけど、やっぱりウェブサイトに書く本の感想は読書感想文にはならないような気がするんですよね……。

なんでかなー、というあたり、考えていきたいな、と思っています。

以下、使えそうにない感想文の例(私が書いたもの)。

「母さん」28行

私は冷たい昔から両親に何かプレゼントするということがなく、誕生日も結婚記念日も、そもそも覚えていない。薄情なものだ、と思う。小学生の頃は、私が何も腕白なことをしないので、私の母はよその男の子のお母さん方からさんざん羨ましがられたというが、いいことばかりではないのだった。

そんな私が、今年は珍しく母の日のプレゼントをした。164さんの人気サイト「母さん http://mother.cside.com/」から生まれたフォトブック、「母さん」(洋泉社)をあげたのだ。内容は164さんの傑作集で、つまり他愛のないお笑いの本なのだけれど、母がとても喜んでくれたのでよかった、と思う。

「新 フリテンくん1」50行

植田まさしの「フリテンくん」は、「かりあげクン」「コボちゃん」などと異なり、固定キャラものではない作品集です。固定じゃないといったって、あの絵柄だから一定数のキャラクターで話を動かしているといってもよいわけですが。

ところで、本書の奥付を見て驚きました。2002年2月18日とあります。へ〜、続いていたんですねえ。読売新聞の「コボちゃん」が植田まさし作品だということをすっかり失念していたわけですが、あれももう7700回を越えている……私が生まれた頃に始まったということでしょうか。

産経新聞の「サラリ君」は8000回を越えていますが、西村宗は「サラリ君」しか仕事をなさっていない。しかも「サラリ君」の単行本は4冊きりしか出ていないんですね。いいご身分ですね、というか、さすがにそれはないだろうというくらいのサボりっぷり。西村宗の一日という特集がいつだったかにあったのだけれども、毎日毎日、1作ずつ書いているのだとか。書きだめはできないのだそうで、毎日バイク便で新聞社へ送っているのだとか(この辺はちょっと記憶が曖昧/違ってたらすみません/でも「書きだめができない」というエピソードははっきり覚えています)。

これと比べると植田まさしは凄い。Amazonで調べてみたら、「コボちゃん」はもう60巻にもなっているとか。平成の「サザエさん」という呼び名は伊達じゃない。私の実家には「サザエさん」の第1巻がありますが、べらぼうに面白いですよあれは。中学高校の学校図書館には「いじわるばあさん」が全巻そろっていて、これも自習時間に笑いを堪えて読むことがついにできなくって、先生に睨まれたものでした。「コボちゃん」がそこまで面白いかどうかはともかくとして、毎日毎日書いているものが、全部単行本になって売れるだけのクオリティーを維持しているというのは見事なものですね。

ふつう、ギャグ漫画家は続かないといわれていて、とくに4こまなんてのは効率が悪いものだから、そうそう本が出るものじゃないんです。植田まさしはAmazonで取り扱っている商品だけで218点というから、いやはや、化け物ですね。

「化石の森」61行

新潮社は数十年前より不定期に純文学書下ろし特別作品を刊行している。箱入りの上製本で、本体が布で装丁されているのが印象的。いかにも高級な感じなのだ。私は純文学にあまり興味がないので、筒井康隆「敵」くらいしか読んだことがない。ひょっとすると、文庫化された作品のどれかが特別作品の出身だったかもしれないけれど、文庫になってしまったらもうわからない。

1973年に石原慎太郎が世に問うた「化石の森」は、純文学書下ろし特別作品だった。現在、新刊書店では買えないのだが、新潮社オン・デマンド書籍の販売で購入することができる。上下刊で6300円はさすがに高いと思って、近所の古書店へいって100円で買ってきた。多少、箱に疵はあるけれど、本文を読むのに支障はない。特別付録の江藤淳と石原の対談(話題はもちろん「化石の森」)もついていたので大満足。

しかし気になるのは、高級な造本だというのに、箱につまらない宣伝文句が印刷されていることだ。芸術選奨受賞なんて書いてある。調べてみると、1973年の芸術選奨文部大臣賞受賞を受賞していて、石原のあまり多くない受賞歴の中でもひときわ重要なものであるらしかった。しかし「化石の森」は平気で人を殺す人間を主人公とし、その人間性を肯定的に描く作品である。文部大臣の名を冠する賞を授賞したのはブラックユーモアの香りがするけれど、じつは反道徳的な文部大臣賞受賞作は世の中にごまんとあって珍しくもないらしい。

石原は1968年に参議院議員選挙の全国区で史上最高得票当選を果たした。その後、初期の作品に目立った政治青年的主張が抜け、文学作品としての質が向上したといわれる。「化石の森」の執筆には5年を費やしたというから、まさに政治家・石原慎太郎の最初の5年間と表裏をなす重要な作品なのだ。

もうひとつ、「篠田正浩監督・東宝映画化!」なんて文字も刷り込まれている。ご丁寧にもゴシックの赤字だ。今時なら、帯で済ませるだろうに。30年前には勿体無いことをしたものだ。(ふと、今年はじまったミステリーランドの箱にも宣伝文句を印刷したシールが貼られていて愕然としたことを思い出した。たぶん、そういうことをする人とは「何に潔癖になるか」という感覚がずれているのだと思う)

「映画化!」で気付いたのだが、この箱、全面が映画の広告になっている。表も裏も、画質を落としてパターンに擬態しているが、素材は扇情的なスチールなのだった。ううむ、と唸った。香月泰男という装丁家の名前を覚えておこうと思う。この人の装丁には要注意。

「日常茶飯事」98行

いくらなんでもこういうマンガまで読まなくてもいいんじゃないかと思った。こういうのはやっぱり、そういう趣味の人が読めばいいんであって、私が読んで感想を書いても一種の冷やかしにしかならないというか何というか。まあ、やっぱり面白かったんですけど(そればっかり)。

本作は4こまマンガ集です。小学館キャンパス文庫に挿まれた「しおり」に連載されたものをまとめて、それだけではページが足りないので小説JUNEに連載された旧作をセットにし、Palleteに掲載された小説もオマケにつけたという豪華(?)な本。

興味深い趣向だなあと思ったのが、旧作のマンガにいちいち「それをいっちゃあおしまいよ」みたいなコメントが添えられていたこと。連載当時にもついていたのかもしれませんが、ありそうでないですよね。一種のネタばらしであり、作品世界を相対化して茶化す反則技でもある。で、私が思うに、やっぱりこういうのは「あったら面白いよね」という冗談にとどめておくべきだったんじゃないかな、と思いました。打ち合わせの段階ではバカ受けしても、実際にやってみたら白けてしまう趣向というのはたしかにあって、これもそのひとつではないかと思いました。

ついでにオマケの小説について。「放浪のプレゼンター」というタイトルで、内容は長く苦しい修行を続けてきた16歳のサンタクロースが、初めて実践に臨むというお話。深夜、誰にも気づかれずに枕元にプレゼントを置いてくるなんてのは、一流の忍びであるサンタクロース一族にしかできない芸当なのだ! という世界設定。

例によって異様な世界観にありがち価値観が持ち込まれて、ようするにふつうの展開になります。両親は仕事が忙しくて、子供は寂しい思いをしています。「物」の贈り物を拒絶されたサンタクロースは、親子の絆を回復させるために一肌脱ごうと決意し……。

ふと思うのは、このお話では子供は非常に幼いという設定になっているわけですけれども、そうではなくて、例えば小学生とか中学生の場合にもこういうお話を書く人がたくさんいますよね。でも、ちょっと考えてみると、親が思うほど子供って、精神的に親を必要としていないと思いませんか?

私は物心ついた頃には「お父さんって、なんだか苦手だな」と思っていて、子供と関わりを持とうとする父親から逃げ続けていたように思います。キャッチボールとか、将棋とか、父親は基本的に週末は仕事だったんですけれども、たまに私と休みが重なると、何かと遊びの相手をしようとしてくれるわけです。これがどうも嫌だったんですね。いつもというわけじゃなくて、たまにはそれが楽しいこともあったけれども、基本的には迷惑だなあと感じていた。

母親は子供の遊びの相手をしようとかそういうことはあまりしない人だったので、父親よりずっと好きでした。ブロックやプラモデルみたいなもので戦争ごっこやっているのを、「**しよう」とかいって邪魔しなかったから。もちろんそれだけの理由ではないのだけれど、それもひとつ重要なことだったよなあ、と思う。

親子の会話なんてことをいうのだけれど、だいたい親の話したいこと、聞きたいことと子供それは食い違っていて、身勝手なことを書くならば、子供が話したいときに話を聞いてくれること、子供が聞きたいことを話してくれることが大切なのであって、親側の都合でコミュニケーションをとろうとしたってうまくいきっこない。無口な子は、じつは本当に無口でいたかったりするわけで、それを無理に話させようとしたってダメなんじゃないのか。

家庭のことを省みなくてごめんよ、みたいなことを父親がいって、メデタシメデタシとなる物語は少なくないのだけれど、かつて「お父さんの休日」が憂鬱だった私は、なんだかなあと思うのでした。

「ハッピーマニア」45行

何でも読みます、というのが身上だといっても、実際にはかなり偏っているわけで。とはいえ、ときどきふいに違うものを求めたくなるんですね。で、まあ、たまにはこういうのも……。

読後の感想を述べると、うはは、やっぱり面白かった。いつも「面白かった」「楽しかった」と書いていて、我ながら節操ないなあと思うのだけれども、そこそこに定評のあるものを読んでいるのだから、そんなにおかしなことでもないような気がする。でもまあ、こういう本は続けてたくさん読む気にはなれなくて、結局そういうのが読書傾向に表れてくるのだろうな。1冊ごとの感想と、全体の読書傾向の対応は今ひとつはっきりしないところがある。好きなジャンルの作品ならクズ本でも「いい」と思う、というわけでもないしなあ。

ところでこの作品、表紙のどこにも「第1巻」とか書いてないから、これで完結しているのかと思ったら、どうもそうではないらしい。でも、これで完結でもそれはそれでいいような……。物語も一区切りついていることだし。

本作のあらすじは、彼氏がほしい重田カヨコはイケメン男に遊ばれてばっかりで、ちっとも振り向いてもらえない純朴青年タカハシの心痛が絶えない、というもの。全編、そういうエピソード。重田は「幸せになりたい」と願っているのだけれど、たぶんふつうの読者は「だったらタカハシと仲良くなればいいじゃん」と思うのではないか。露骨に、そういう構造を強調しているように思う。つまり、何だかんだいっても結局はこうなるんでしょ、という落としどころがあからさまになんですね。

続刊を読むつもりは今のところないのだけれど、これで結局、イケメンの誰かとうまくいってメデタシメデタシという展開になるのだとしたら、ちょっと読んでみてもいいかな、と思う。


4 ● HARU_in_sheep
●266ポイント

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9...

メインページ - Wikipedia

リンクはダミー。物凄く頑張りました。


詩人・崩袈裟固柔良著 「詩集 あのウエディングベルを聞けたから・・・」を読んで。


この詩集と出会ってからどれくらい月日が過ぎ去って、いや流れてしまったのでしょう。固さん、いや柔良さん(と呼ばせて頂きます)は天使、いや駄天使、いや惰天使、いや堕天使といえます。今度から五時、いや誤字には気をつけます。


第2の詩「それでもフランスのチャペルで」は私の心を砕きました。あなたは自らをさらし者にする事にレゾンデートルを見出し、天使へとメタモルフォーゼしたのでしょう。それが「とりあえず短足は記憶野の嫌箱にしまい込んで」に表れていますね。


その後の詩「ズルズル」では「世間体」というテーゼから「少女の頃からの夢」のアンチテーゼへと、そして「ウエディングドレスは引きずってこそ」とアウフヘーベンするのです。それでも二の腕は気にしていましたね。そこが処女性です。


彼女はそもそも第1の詩「指輪のサイズ」で勝ち得た物があります。「?夫と同じ?」のくだりです。もうマウントです。ホースライディングポジションです。そして・・・、崩袈裟固めです。野犬の世界では立場上位を意味します(出典;漫画「銀牙」)。


そして最後の詩「連続中断なんて怖くない」でこの詩集は結ばれています。何故なのか?何故堕ちてしまったのか?それは「世間の常識」を打ち破った天使でも「ドクターストップ」には適わなかった事を表しています。それが「自分的にはイケるかもと思ったが」の「が」の部分に現れています。その後「チェンジマインド(気が変わって)?サドンデス(突然出るデス)」のくだりには彼女らしさが戻ります。


どの詩も意味深い人生を謳い上げていますが、題名「あのウエディングベルを聞けたから・・・」の「・・・」の部分に全てが現れている、そう思います。

◎質問者からの返答

どうもありがとうございます。途中までは「これって読書感想文なのか?」という感じでしたが、終盤で急にそれっぽいまとめになっていて、面白かったです。

20字×38行ですから2枚弱ですね。「最低でも」238ポイント差し上げます。この質問、回答があまりつかないようであれば、予算に余裕があるので、お礼を適当に上積みします。

質問文で「一律に」と断っているのは、感想文の出来については基本的に云々しない、というスタンスだからです。

私の「読書感想文」ではない感想文をさらに紹介。

「第三の時効」86行

一昨年の大傑作「半落ち」が映画になってまた評判がいいそうですが、昨年の横山秀夫もまた凄かった。「クライマーズ・ハイ」は文藝春秋から出した本でもあるし、癇癪を起こさなければ直木賞も今度こそ取れたろうに(いい加減な予想ですけれども)。週刊文春の2003ミステリーベスト1に輝いたわけで、いやはや勿体無い話です。

直木賞は、売れている作家が受賞しても、さらに売れるようになるというのが定説。実際、宮部みゆきも船戸与一も、もともと人気作家だったのに、またグンとよく売れるようになりました。逆に、パッとしない作家が受賞した場合、その後もそれなりにしか変化がないという話もちらほら。でも少なくとも最近は、ベテランの方の受賞が目立ちますよね。芥川賞がアグレッシブな展開を見せているから、直木賞が逆にそうなっているという傾向はちょっとあるかもしれませんけれども。

さて、このミスで「クライマーズ・ハイ」をしのぐ票を集めたのが本作「第三の時効」でした。横山秀夫が初めて全編で刑事部を舞台にした連作短編集です。短編といっても全6話で300頁強ですから、1話平均50頁程度あります。以前、私は記憶力に難があるのでショートショートはあまり頭に残らないと書きましたが、これくらいの長さがあれば大丈夫です。しかも本作は連作ですから、微妙に各話が関係してきます。北森鴻「メインディッシュ」のように最終話で大きな謎が解かれるといった趣向はありませんけれども、これはそういう本じゃないので。

そういえば、本格推理の連作集は、最終話で大きな謎が明かされるというスタイルの作品が多いですよね。多いですよね、といいつつ、具体的なタイトルが思いつかないんですけれども。えーと、猫丸先輩ものの某作品(失念)とか、加納朋子「ななつのこ」「ガラスの麒麟」、光原百合「時計を忘れて森へいこう」(←とても好きな小説。たいへん寡作な方なので、値段が高めなのは生活費と思って許してあげてください)など。頑張って具体名を挙げてみて思ったのは、案外、「大きくない謎」が明かされているような……。まあ、いいんですよ、謎の大きさなんてのは。連作集に仕掛ける謎にはパターンがあって、基本的にできることとできないことってのがあるわけですから(意味不明)。

閑話休題。本を読んだ記憶が残るのは嬉しいことで、やっぱりそういうお土産がないと寂しいので、私は短編集を読むなら、こんな感じにある程度の長さのある作品をまとめた本がいいですね。なんていいつつ、阿刀田高の短編集も大好きだったりするのだからいい加減。阿刀田先生の短編集は、各話20〜30頁であることが多いのです。

本作はよく売れたようで、Amazon の紹介ページなどを見るとたくさん書評が載っています。私が付け足すような言葉がないですね。困った。他人の書評を19も読んで、もうおなかいっぱいです。平均的な感想になってしまいますけれども、表題作と「密室の抜け穴」がとくに印象深いです。あと好きなのは、連作集としてみたときに「囚人のジレンマ」「モノクロームの反転」がいい味を出しているなあ、ということ。ぎすぎすした職場として描かれているF県警刑事部強行犯捜査1課が、じつは得点争いに明け暮れるばかりの世界ではないことを示して、いろいろな意味で救いになっていると思います。

それにしても、同じ舞台を描いても、高村薫と横山秀夫ではこうも違いますかね。それをいったら大沢在昌とだって全然違うわけですけれども。なんというか、昨年秋に読んだ「マークスの山」と年末に読んだ「照柿」における、高村薫の「地味な手順をいちいち書く」という手法が印象に強くて、横山秀夫の書く捜査1課はカッコよ過ぎるよなあ、と思うわけで。読者としては、それもまた大歓迎なんですが。

「象と耳鳴り」66行

恩田陸は面白いよ、という人が多いので、学生時代には何度も図書館から借りてきたのだけれども、ついに1冊も読了できなかったことを思い出す。最初の2〜3頁でなぜか嫌になってしまうのだ。何が嫌だという明確な理由があるわけではない。とかく興が乗らないのだった。しかし、この手の食わず嫌いは、いつも後で後悔することになる。では恩田陸の場合は、どうだったか。

本作は恩田陸唯一の本格推理短編小説集だという。約300頁の本に10作品くらい入っているから、本当に短い作品ばかり並んでいる。これは、私が一番挫折しにくいパターンだ。ショートショート集だと、作品数が多すぎて、かえって途中でだれてしまう。長編は勢いがつけばいいが、そうなる保証はない。1作品20〜60頁なら挫折しかけても頑張って読み進められる。今回は借りた本ではなく買った本だから、もし読めなければ部屋にどうしようもない置物が増えることになる。今度こそは読むぞ、と決めて、必勝シフトを敷いたのだ。

ところが、本作の読了には予想以上に時間がかかった。買ったのは昨年12月の初め。なんと1ヶ月もかかってしまった。実際に手にとって読んだ日だけでも5日を数える。といっても、5日間も本作にかかりっきりだったというわけではない。

私は飽きっぽい性格なので、同時に5冊以上の本を読み進めている。ちょっと手を出して積読にしてしまう本も含めると、それこそ無数の本を同時に読んでいることになる。現在、読み進めているのは「黄金を抱いて翔べ」「現代アメリカ短編選集2」「奇遇」「幸福という名の不幸」「続 白い巨塔」「翼のある闇」「幻の祭典」「危険な童話」「ドッペルゲンガー宮」「きみとぼくの壊れた世界」といったあたり(なんだかずいぶん多いなあ)。

週刊の小説誌を講読している人に感覚が近いんじゃないかと思う。ただ、私の場合は毎日5冊全部を読むわけじゃない。5冊のうち2〜3冊を手にとって、とくに興が乗ったものを重点的に読む。すると、結果的に1日0.8冊ペースで読了していくことになる。これは最近の傾向で、以前は仕事が忙しくなったら週に1冊も読み終えないことは珍しくなかった。

さて本作の場合、ひいこらいいつつ短編を1〜3作読むと、もう勘弁してくれと思って他の本に逃げる。その繰り返しだった。いったん逃げたら何日も放っておくから、長期間にわたって「現在読み進めている本」の中に入っていた。つまらないどころか、非常に興味深い作品ばかりといっていいのだけれど、どういうことなんだろうね。とにかく疲れて疲れて仕方がなかった。

本作の主人公は恩田陸のデビュー作の父親。この元判事の老人が、快刀乱麻、事件を解決していくというストーリイ。2000年のこのミス国内編第7位。


5 ● くまっぷす
●525ポイント

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101100012/249-2630629-...

Amazon.co.jp: 小川未明童話集: 本: 小川 未明

小川未明童話集より「殿さまの茶わん」。

あまり知られていない話なのでストーリーを簡単に述べます。

殿さまが有名な陶器師に茶碗を焼くように依頼する。「軽くて薄手なのがよい茶碗だ」と

いうことでそのような茶碗を収める陶器師。ところがあまりにも薄いので食べ物を入れる

と持つ手が熱くてしかたがない。でも殿さまなので我慢しなければならず殿さま、すっかり

つらい日々を送ることに。ある日、殿さまは百姓屋に泊まり、そこでごく普通の茶碗が熱く

ないのに感動する。そして陶器師を呼んで諭し、陶器師も自分の誤りに気付く。

私はメーカーに勤務しているのですが、この話を読んで我が身を振り返ってつまされるも

のがありました。つまり、メーカーというものは常にユーザーの目線でものを見て、時には

ユーザー自身も気付いていない問題点を改善していかねばならないのではないかというこ

とにです。

現在のメーカー(企業)というのは、扱う製品が複雑化し、多数の人間・会社が関係しないと

製造できなくなり、また商品のライフサイクルも短くなっているためともすればこのユーザー

目線を忘れて企業の論理でものを作る傾向があります。そして近年、いろいろな事件やトラ

ブルが起きていることはニュースでよく目にするとおりです。

例えば雪印事件。あれはユーザーの最も基本的な要求である「安全でおいしいものを食べ

たい」ということを完全に無視し、むしろその絶対条件の上に乗っかっている「できれば安い

ほうがよい」(=それでも利益をあげなければいけない)という点にだけ集中してしまった結果

でしょう。薄い茶碗ほどよいと思った陶器師と同じように。

また、これは現在のある製品がたまたま売れると猫も杓子もその類似品を出すという傾向と

もリンクしているかもしれません。これは場合によってはユーザーをミスリードさせることにな

ります。殿さまの部下の役人が「薄い茶碗ほどよい」と思い込んでいたように。これはメーカー

にとっては一時的によくても結果的に市場を荒廃させ、自分で自分の首を絞めることになる

でしょう。デジカメの画素数競争なんかそういう例ではないかと考えます。あれは画素が多く

なるほど画面が暗くなるし、データが膨大になるので取り扱いが面倒になるのに…。

話の最後で殿さまは陶器師に「おまえは、陶器を焼く名人であるが、いくら上手に焼いても、

しんせつ心がないと、なんの役にもたたない。俺は、おまえの造った茶わんで、毎日苦しい思

いをしている」と諭します。このおはなしの中ではこのようにユーザーが貴重なクレームをくれ、

メーカーは対処し、ハッピーエンドになります。

現実の世界ではどうでしょうか。ユーザーは自分の目線からはずれた商品は使わなくなるだけ

です。さらにそういう商品を売ったメーカーから離れていくだけです。こういう率直な意見を述

べる「殿さま」はいない場合が大半です。メーカーはどうすればいいんでしょう?このおはなし

から得られる希望のキーワードは「しんせつ心」なのではないかと思います。もちろん、こんな

にことは簡単ではないんですが、少なくともメーカーに関わる人間の気持ちの中にはそういう

心が常にあることが大事なのでないかと。

最後に。

この童話集には一見さらっと読めてしまうのに読んだ後に不思議なもやもやとした気持ち、

何か考えずにはいられない気持ちになる童話が多数あります。それぞれの短いおはなしが

実は人間の本質、それも嫌な面を突いているからではないかと思います。


ここまで。


うーむ、なんだかレビューか試験の小論文モドキになってしまいました。

感想文なんて書くの何十年ぶりだろう(笑)

確かにあの頃のピュアーな気持ちでは書けないかもしれない…。

(すんません、ちょっと改行位置とかいい加減で、文字数も中途半端かも)

◎質問者からの返答

ありがとうございます。20字×75行ですから4枚弱ですね。525ポイント差し上げます。行数は、エディタを半角40字折り返しに設定して書くときれいに決まります。たいてい規定枚数は3枚か5枚なので、このように4枚弱で終ると困ってしいます(笑)

さて、仰るとおり、この作品は、どちらかというと小論文ですね。ただ、曲がりなりにも読書感想文として通用する内容だと思います。優等生的な結論へ落としこんでいくあたり、うまいですね。


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