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政治的なイデオロギー・信条で分からないことがあるのですが、
親米・反米、親亜・反亜(中国・韓国)
という軸を考えた時に、
太平洋戦争の歴史問題を基にすると、

反米・反亜
(日本は亜細亜に利益をもたらそうとしていた。
それを侵略戦争だったとする亜細亜諸国はけしからん
&そんな日本を原爆などで無差別攻撃をしかけた米国こそ悪だ)

親米・親亜
(日本は侵略戦争という悪いことをしていたのだが、それを米国は正してくれて感謝している。(無差別攻撃も、暴走日本を諌めるために必要だった))


の二つは、論理的に分かるのですが、


親米・反亜
(日本は侵略戦争なんかしていない。
but そんな善良な日本を無差別攻撃して崩壊させた極悪米国には感謝している……????)

反米・親亜
(日本は悪い侵略戦争をしていた。それを止めてくれたのに、米国は正義ではない。←ただ、これは「手段が悪かった」という主張があり得る)

の二つ、特に前者が良く分かりません。
(前者が多い気がするのに)

太平洋戦争の歴史問題では、うまく矛盾の無い説明は出来ないのでしょうか?

●質問者: match7
●カテゴリ:学習・教育 政治・社会
✍キーワード:けしからん イデオロギー 中国 亜細亜 侵略戦争
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 9/9件

▽最新の回答へ

1 ● clockwork_mikan
●20ポイント

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198921628/249-6916912-...

Amazon.co.jp: 紺碧の艦隊〈1〉運命の開戦・帝都初空襲: 本: 荒巻 義雄

URLはダミーです。前者についての回答です。


>(日本は侵略戦争なんかしていない。

>but そんな善良な日本を無差別攻撃して崩壊させた極悪米国には感謝している……????)


伝えられる一連の残虐行為や占領・統治政策において、

アジア諸国(特に中韓)から言われる程には理不尽なことはしていない、

また、当時の世界情勢・経緯を鑑みても(進出は)宜ることではなのか?とする一面。


しかし、国民を過度に圧迫・疲弊させ、

無謀な戦争(特に日米開戦)へと駆り立てた、

当時の政権、軍首脳を忌避する。

また、結果としてそれらを排除し、

自由で豊かなアメリカン・デモクラシーをもたらしてくれた米国には感謝する。


と言った感じになるんでしょうかね。

時系列の観点から言えば、日中戦争より後に

日米開戦が来るところがポイントかと思います。

つまり、盧溝橋事件(1937)からの一連の流れ(日中戦争に入るまで)は是とする。

ではあるが、それ以降の軍の暴走は否、とするスタンスかもしれませんね。

◎質問者からの返答

なるほどね。

すごく面白い回答でした。

clockwork_mikanさんは名前を見かけたことなかったけど、今後胸に刻んでおきます。

他にあればお願いします。


2 ● todo_todo
●0ポイント

http://www.hatena.ne.jp/1123005288#

人力検索はてな - 政治的なイデオロギー・信条で分からないことがあるのですが、 親米・反米、親亜・反亜(中国・韓国) という軸を考えた時に、 太平洋戦争の歴史問題を基にすると、 反米・反..

URLはダミーです


親米になるのに、感謝は必要ありません。

アメリカという国は、宗教のようなものであり、アメリカという国の正しさを常に宣伝し、ディズニーランドやマクドナルドなどによって子どもの頃から米国の文化に親しませることで親米派を増やしています。

ミッキーマウス柄の服を着たおばかさんたちが原爆投下について考えたことがあると思いますか?


一方反亜にしても、子どもの頃、在日韓国人の子どもとの間でいさかいがあったとか、今現在の中国、韓国の人々の反日行動を見て、嫌いになったとか(ペヨンジュン氏が竹島を韓国領だと主張したことで熱のさめたオバサマは多く存在すると思われます)いった単純な理由が多く、理由を深く考える人は少ないと思われます。


また、「戦争を止めてくれた」などと考える人はほんのわずかであり、何も考えないか、策略によって日本を戦争に追い込んだ汚い国(イラク攻撃も同様)と考える人のほうが多いと思われます。


反米になればむしろ親亜になる傾向のほうが強いと思います。地政学的に言っても、親米・反亜は不安定だからです。また、日本は歴史的に中国から学ぶことが多く、その後西洋から学ぶようになったことから、中国の思想に理想を求める知識人も多く存在します。


いずれにしても、複合的な背景が存在する上に、一人の人間の中に存在する傾向も1つだけではなく、更に言えば、単純に2分できるものでもないと思います。


アジアの情報にせよ、アメリカの情報にせよ、積極的に求めることなく入ってくる情報は、完全にフィルタされた情報であって、真実に近い姿を伝えるものではありません。


しかしほとんどの人は、あえて他の国の実態を調べようとしないでしょう。そんな状態で親米だ反米だといっても無意味だと思います。

◎質問者からの返答

いえ、そういう一般論を聞いてるんじゃなくて、

いわば、論理ゲームというか、

純粋なる思考として、

親米・反亜は、太平洋戦争という歴史問題では語り得ないイデオロギーなのか、

ということを聞きたかっただけです。

1さんのような意見が聞きたいのです。

太平洋戦争に限らない普通の理由を知りたいわけではありません。


3 ● kn2
●20ポイント

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Amazon.co.jp: 敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人: 本: ジョン ダワー,John W. Dower,三浦 陽一,高杉 忠明

親米・反亜ということですが、この場合、親米という考え方が出てくるのは、基本的には太平洋戦争というのが軍部の一部(上層部)の暴走によって悲惨なものになってしまい、米はその軍の上層部を一掃してくれたという意味で、日本を正しい方向に戻してくれたと評価する姿勢からだと思います。

この論理はそのままアジアにも当てはまり、アジアで残虐な行為をしたのは一部の軍人、あるいは軍の上層部の非人間的な命令によるものであり、その責任をとやかく言うのはどういうモノかという姿勢でしょう。

さらに、彼らが特に反亜の根拠とするのは東南アジア(タイなど)では戦後それほど反日の動きが見られなかったということもあるのかもしれません。東南アジアは東アジアと違って、実際に日本が欧米による支配から解放したと捉えうる事実がある場合もあるので、そのような反応がありうるのだと思います。反亜という発想はそれを根拠として東アジアの国々の反応を過剰なものだと反論するのではないでしょうか。


上にあげられた4つのどれにしても、誰もが納得できる矛盾の無い説明というのはそもそも不可能だとは思いますが、私が想像するところ、そのような考え方は可能なのではないかと思います。

◎質問者からの返答

なるほど、「一部の軍人=悪」説でも可能ですね。

ただ、韓国は知らないけど中国も基本的には「一部の軍人=悪」説だけど、

僕が見る限りには、何故か日本人の親米の人達は、

「一部の軍人=悪」説ではないような気がします。

でも、可能っちゃあ可能ですね。


4 ● castle
●20ポイント

http://www.hatena.ne.jp/ダミー:detail]

論理ゲームのおけるちゃぶ台返しになりますが、親しみも反発も根っこには感情が絡んできます。

そこで親米・反亜についてですが、こういった感情的な面において、敗戦に直面した当事者の話や本などでは、玉音放送が聞きながら「悔しくはあったが、閉塞感から開放された晴れやかな感覚もあった」という言葉をよく聞きます。

だから、アメリカには力を出し尽くして負けたという諦めもつくのですが、中国や韓国に負けた意識はない、という実感が論理を作り出しているのではないでしょうか。

そういう論理への反発として反米・親亜が出てきたような……。論理は発言者の立ち位置で変わりえるものです。論理を作っている体験的な実感がまずありきなので、敗戦当時の空気がよくわからない現在から見ると論理の繋がり方に首をかしげるのですが、当事者にとっては矛盾を感じにくい構造なのではないか、という感じがします。

勝てば官軍の法則ですね。

◎質問者からの返答

ふむふむ。何となく理解出来る考え方ですね。

阪神に負けたのは納得いくけど、巨人に負けたのは納得いかねー、みたいな(違)。


5 ● YOW
●20ポイント

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4788508192/qid=11230624...

Amazon.co.jp: 〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性: 本: 小熊 英二

これは3年前に良く売れた本でわたしも借りて読んだのですが、

小熊英二という慶応大学の若手の先生の『<民主>と<愛国>』に詳細が描かれています。


まず第一に、

昭和30年代頃までは、未だ人口が都市部に集中していなかったこと、

つまり地方の農村等に人口が分散していた点から説明できる部分があります。

空襲を受けたのはそうした地方ではなく主に都市部や軍需施設がある地域なわけですね。


さらに「はだしのゲン」などにも書かれていましたが、

農村部においては「とにかく配給だけで、ひもじかった」

という戦中戦後を生きていたわけではなく、収穫があってそれなりにゆったりとしていた所が結構あったらしいのです。

当時、日本人で農林水産業従事していた人口は、正確には覚えていませんが、

7割以上はいたのではなかったでしょうか。

なので、よく「戦争の記憶」として語られる戦中戦後直後の「ひもじい苦労話」は(沖縄は別として)、

案外都市部での場合になる、ということです。


で、今のように情報があまねく日本列島伝わるテレビや雑誌の普及もなかった時代の事ですから、

地方に住む日本人と都市に住む日本人とでは、米軍の民間人無差別攻撃やその後の占領政策への印象には、ズレがあったと思われます。


>親米・反亜

>(日本は侵略戦争なんかしていない。

>but そんな善良な日本を無差別攻撃して崩壊させた極悪米国には感謝している……????)


ご質問のこの部分は、比較的豊かな地方の住人の印象ではないでしょうか。

『<民主>?』では、

戦前から、地方の住人と都市部の「市民」との潜在的な軋轢があって、

都市の市民は、情報の少ない地方を見下し、

地方住人は、都市部のいけすかない「市民」を決して心良く思ってなかったと。

なので、


>そんな善良な日本を無差別攻撃して崩壊させた極悪米国には感謝している


これは、都市市民を丸裸にしてくれてスカっとしたので米軍には悪い気がしていない、

というような状況を、当時の個人の日誌等の記述を参照に説明されています。

ドラマでよく、空襲で焼け出された都市部の者が、田舎の農家を回って「竹の子生活」してしのいでいて、

農家はそれを足げにしてけっして同情的になってくれない、なんて場面が出てきますよね。


あと、上の著書で、満州等から復員してきた男たちが、たとえば現地女性をレイプして惨殺したというのを

あくまで武勇伝として自慢げに語る人が、戦後ある時期までは結構あった、

とうエピソードも挙げてます。

この間、あるメディアで亀井静氏が、子どもの頃そういうおじさんたちの話を聞かされて恐ろしかった

と語っていたのも、聞きました。


都市部と地方で、随分温度差があった、ということです。

あと、年代によっても戦前生まれか、戦中戦後直後子どもとして生きていたかで

随分大平洋戦争観に違いが出てくる調査も報告しています。

◎質問者からの返答

論理とはちょっと離れるかもしれませんが、すごく面白い見識でした。

確かに、僕は地方出身で、農家だったので、

うちも戦争中は、そこそこ戦火こそあったものの、

戦後も特にひもじいという程ではなく、

むしろ、今の方が、都会に比べるとひもじいくらいです。

(ってか、亀井静香と地元一緒だもんなー)

戦争に関しても、都市部と地方農村では認識にかなり違いがあったような気はしますね。

(うちの祖父母とかからの話を聞いても)


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