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結婚式などでよく聞かれる「死が二人を分かつまで・・・」という言葉ですが、これは聖書の中の言葉のようにも思えますが実際の出典は何でしょうか教えてください。

●質問者: axwgt
●カテゴリ:学習・教育
✍キーワード:結婚式 聖書
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● jyouseki
●45ポイント

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/s-ktsrkw/sigarami.html

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新約聖書・コリント人への第一の手紙13章7節から8節(新共同訳)からです。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。で、その「コリント人への第一の手紙」の該当節ですが、意味合いとしてはあたっていますが、現在の慣用句的に使われる「死が二人を分かつまで・・・」という滑らかな表現が取られるようになった経緯は何でしょうか。その辺りの明快な御答えをお聞きしたいと思います。


2 ● どうもと
●30ポイント

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/415070368X/250-3961532-...

Amazon.co.jp: 死が二人をわかつまで: 本: ジョン・ディクスン カー,John Dickson Carr,仁賀 克雄

このフレーズを聞くと、ディクスン・カーの小説のタイトルが頭に浮かびます。ミステリー好きな人は、こっちのイメージをするのかも。

◎質問者からの返答

確かにディクソン・カーを連想します。もっともここでは話が少しわき道にそれてきたような感じがしますが。脳細胞の活性には役立ちましたが。ありがとうございます。


3 ● erimasarama0118
●45ポイント

Http://d.hatena.ne.jp/erimasarama0118/:detail]

ローマ人への手紙7章2節?3節の「夫のある女は、夫が生きている間は、律法によって夫に結ばれています。しかし、夫が死ねば、夫に関する律法から解放されます。ですから、夫が生きている間に他の男に行けば、姦淫の女と呼ばれるのですが、夫が死ねば、律法から解放されており、たとい他の男に行っても、姦淫の女ではありません。」(新改訳)ではないでしょうか?ちょっと夢がないかもしれませんが、夫の死後女が一人で生きていく事の出来なかった時代の精一杯の愛の契約だったのではないでしょうか?申命記25章5節には「兄弟がいっしょに住んでいて、そのうちのひとりが死に、彼に子がない場合、死んだ者の妻は、家族以外のよそ者にとついではならない。その夫の兄弟がその女のところに、はいり、これをめとって妻とし、夫の兄弟としての義務を果たさなければならない。」とありますから、婚姻関係はこの世に生きている間だけ許されるもの…という解釈の上で生まれた言葉だと思いますが。

◎質問者からの返答

そういう解釈でしたか。もっと日本人的な[非常に温和な]解釈を持っていたので・・。やはり東洋と西洋、ユダヤ教と仏教など、同じひとつのフレーズの解釈にしても単純なものではありえない、という教訓のようなものを得た感じです。ありがとうございます。

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