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灯台や、灯台守について調べています。
特に灯台守の仕事について知りたいのですが、何か参考になるページはないでしょうか?

●質問者: sihouhappou
●カテゴリ:学習・教育 趣味・スポーツ
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 6/6件

▽最新の回答へ

1 ● kosuke2005
●18ポイント

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Hinoki/7504/work.html

Work

灯台守。

つまり海上保安官で、専門の仕事として灯台の保守管理などの仕事をしています。

この場合の灯台とは、白くて高くて光る建物のことだけではなくて、

「航路標識」全般のことを指す言葉です。

よくフネに乗る人(ブイ乗り)と乗らない人の二種類におおまかに分かれます。


警備救難のお仕事でフネに乗っている人にくらべれば、

「行動」とか「緊急出航」はないので生活は穏やかです。

当直は部署によって有無、周期などが違いますし、

基本的には平日9時?5時(勤務時間はこれとは違います)のお仕事です。

ちなみに残業は多い仕事の種類だと思います。

何日も帰ってこられないお仕事をするフネの方は、

普段はある程度早く帰ってこられるようですけど、

夫はたいてい多かれ少なかれ残業です(笑)

まあ、職住近接ということもあって、

民間のハードに働いておられる一部の職種の方のように、いつも仕事で午前さま、

なんてことはないですけど。

でも灯台守でも都心で働いている人には長時間残業が多いと聞きます。

やっぱりお役人ですから……


ただし人員にあまり余裕がないこともあって、非番(当直明け)の時はもちろん、

お休みの時も、灯台やブイや機械に不都合があれば容赦なく呼び出されます。

件数こそ少ないですが、夜や荒天時の出動もあるようです。


「灯台」で暮らしている人はほとんどいません。

目の前に官舎がある灯台の航路標識事務所はありますけど。


家族を連れての無人島勤務はありません。

灯台での滞在業務はもう女島(7管)ぐらいだそうですし、

ロラン局の関係の離島滞在も人数が少なくなっているそうです。


クラシックなイメージの、偏屈なじいさんが一人で猫と灯台守、

というステロタイプはもうありません。というより日本にはもともとないようですが。


そういえば、宿舎がすぐ近くなのに、車で通勤する灯台守さんがいて、

その理由が「灯台までの通勤の道路の風があまりにも強いから」。

思わず納得です。

それでもって、その車もすぐに潮風で錆びちゃうんだろうなあ??

◎質問者からの返答

どうもありがとうございます。現代の灯台守の仕事がよくわかりました。

個人的にはステレオタイプ……というか、昔の特に外国の灯台守の仕事を知りたいのですが、その辺りを解説したものもあると嬉しいのですが。


2 ● TomCat
●15ポイント

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Hinoki/7504/index.html

The Ordinary Days

こちらのサイトはいかがでしょう。

海上保安官の、それも灯台守の妻になった、

という方が作られているサイトです。

◎質問者からの返答

1番の方とどうやら同じページのようです。

ですが、回答ありがとうございます。


3 ● mayonaka23
●18ポイント

http://www.chunichi.co.jp/kodomo/report/20040404.htm

このへんではどうでしょうか^^

◎質問者からの返答

これも現代の灯台守の仕事ですね。

少し昔の灯台守についての記述があったので参考にしたいと思います。ありがとうございます。


4 ● hann3
●15ポイント

http://www.kaiho.mlit.go.jp/03kanku/choshi/work/enter/index.htm

採用情報

灯台というのは、海上保安庁の管轄みたいです。採用情報のページなんですが、参考になるかもしれません。

http://www.kaiho.mlit.go.jp/03kanku/choshi/work/work.htm

業務紹介・主要業務

銚子の海上保安庁の主要業務のページです。

犬吠崎灯台など、千葉県東部の灯台を管理しているようです。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。

ちょっと求めていたものとは違うのですが、現代の灯台守の仕事として参考にしたいと思います。


5 ● porinki07
●18ポイント

http://www.kaiho.mlit.go.jp/05kanku/osaka/syoukai/history.htm

灯台の歴史

天智天星の3年(664年)壱岐、対馬、筑紫に防人(さきもり)をおいて、のろしをあげて海岸防備の固めとしましたが、たまたまその位置が遣唐使の目標に便利であったので、昼は煙をあげ、夜はかがり火を焚いて標識としたことが知られています。

http://www.mmjp.or.jp/tokokai/kengaku/ONMAE.html

御前埼灯台

寛永12年(1635年)御前埼灯台の場所に「見尾火灯明台(高さ2.8メートルで3.6メートル四方の建物で、 海上から見える三面を油障子で囲み、中央に油灯を置き、灯明番として、村人を賦役・油代と障子張紙代が、 幕府から支給)」が設置され、240年余続いたのですが、明治4年4月8日、旧幕府が建造した軍艦が、 灯明台沖合いのセイゴ根に座礁したため、明治政府は事態を重視して、高さ5メートルの台に2.6メートル・ 八角形のガラス張りの灯室のある灯明台に改良し、灯明台専任の勤番を置き、下役5名を灯明堂近くの五軒長屋に住まわせました

http://jpimg.digital.archives.go.jp/kouseisai/category/drawing/n...

国立公文書館 | Digital Gallery

国立公文書館の資料がこの辺にあります。

◎質問者からの返答

日本の灯台の歴史から学べるページですね。

色々とありがとうございます。


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