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はてなアンケートでは「楽譜を読める」と思っている人が10%前後、
思っているだけで読めない人の実数は、もっと少ないようです。
義務教育なのに、九九や文字ほどの成果がないわけを論じてください。

1(体験)わたしは、どんな環境・機会により読めるようになったか?
2(予測)読譜率が99%に達すると、どんな社会変化が起きるのか?
3(提案)そのためには、どんな教育(政策・手法)に改革すべきか?

(↓)識字率99%>読譜率10%?
http://www.hatena.ne.jp/iwashi?mode=treedetail&thread=17057
http://www.hatena.ne.jp/1132529494
http://www.hatena.ne.jp/1127261552“音の風景”

●質問者: adlib
●カテゴリ:学習・教育 生活
✍キーワード:はてなアンケート 予測 前後 実数 教育
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 17/17件

▽最新の回答へ

1 ● nitscape
●35ポイント

http://www.google.co.jp/

Google

1.私は読めません。


2.どんな社会変化が起きるかは分かりませんが、音楽がCDやテレビで流れているのと同じように、楽譜がメジャーな媒体になって伝わるかもしれませんね。携帯電話のカメラで楽譜を撮影して着メロ風にできたりとなるかもしれませんね。


3.とにかく楽譜に触れる機会を多くする必要があると思います。今、数学や国語に大きく授業枠を取られています。音楽は週に1,2コマ程度?これが数学などと同じぐらいコマ数を増やすようにしないといけませんし、そのために何かを削らないとダメですよね。

社会的にも何か理由をつけて楽譜を使わないといけないものにしないと難しいと思います。例えば九九であれば、普段の買い物で足し算掛け算をするのに必要ですし、文字はテレビでも新聞でも必要になります。これと同じような”必要性”が求められると思います。逆に言うと、今の世の中には楽譜を読めないといけないというような必要性がないので、楽譜を読めなくてもいいですし、楽譜を読めないのだと思います。(このことは2番の質問の逆になります。「どんな変化がないと読譜率があがらないか?」というわけです。この”変化”は私には思いつきません)


「楽譜」というのが九九ほど単純ではないからではないでしょうか?


中学卒業時までに習う義務教育の数学が分かりますか?

中学卒業時までに習う義務教育の漢字を読み書きできるか?


という質問だとすると「楽譜を読める」が10%前後だったのと同じように低い数字になると思います。義務教育なのにやはり低い数字になります。「楽譜が読める」というのもこれと同じレベルの質問だと思います。


五線譜を出してドレミの位置を書き込めという問題のように”九九”と同じように単純な質問にすれば正答率が上がると思います。つまり九九と比較して”成果がない”と論じる必要もなくなると思います。

◎質問者からの返答

NHKや全国紙では、義務教育の習得者を対象にしています。

したがって、識字率が読譜率のように10%まで急落したら、番組や

紙面にどんな変化が起きるか、という疑問の裏がえしですね。


2 ● itarumurayama
●30ポイント

http://itaru-m.hp.infoseek.co.jp/edu/1.htm

教育ブレーク(1)音楽教育不要論

URLは私のサイト。

ポイント不要です。


adlib様は、何故読譜率を99%にしようと思われるのですか?


1.>読めません

2.>逆効果。他のジャンルにしわ寄せが来る。

(例:子供の他の教科の学力が低下する、音楽教師を税金で雇わなければならない、音楽嫌いの子供が増える)

3.全く逆で、音楽教育を義務教育から外すべし。

◎質問者からの返答

itarumurayama さんの「音楽教育不要論」を拝読しました。

「アメリカでは義務教育に音楽は無い」の箇処は、ご推敲ください。

わたしも成果率10%の教育は(音楽に限らず)無意味だと思います。

私見では、かならずしも音楽や美術は“情操教育”ではありません。

ピタゴラス以来、平面や空間を体感的にとらえる理論体系なのです。

(受験競争から免除されたために、形骸化したことを惜しんでいます)


3 ● kaorhythm
●25ポイント

http://www.hatena.ne.jp/1134037458#

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1(体験)

私は中学校で吹奏楽部に所属してそこで初めて楽譜を読めるようになりました。

基本的に個人練習→パート練習→全体練習という形なので、

まず最初の個人の段階で個人で楽譜をさらえないと話にならないと言った環境でしたので、

最初は改名を振りながら必死に覚えました。

ちなみに小学校の時も合唱部に所属する等、音楽には積極的に関わってきたつもりでいましたが、

いかんせん小学校での「メロディーの教え方」は

「耳で覚えさせる」という事に特化しており、

「楽譜」は、次の音があがるか下がるか、短めなのか伸ばすのかの大まかな判断基準、

それと歌詞の確認(笑)程度の扱いだったと思いますので、

「楽譜を読む」という行為とはかけ離れていました。


2(予測)

「音楽」というものが一人一人にとってなくてはならないものになり、今までよりも一般化する。それによって……

これは予測というか私の希望にもなりますが、

個人個人がもっと音楽に触れ、耳が肥えてくれば

素晴らしい海外のオーケストラやミュージシャンの来日機会が増えないでしょうか。

今現在オーケストラのコンサートのチケットは馬鹿に高額で、

趣味で気軽に頻繁に見に行ける娯楽ではありません。

まぁギャランティーやその他経費を考えると仕方のない事なのかもしれませんが、

こういったコンサートがもっと浸透して気軽に行けるものになればと思います。


3(提案)

読譜・九九・文字と並べると、どうしても読譜は

「できなくても生活に困らない」

「知らなくても恥ずかしくはない」

知識になってしまいます。

そのため、学校の教育でも九九や文字のようなカリキュラム(1年生で何文字の漢字を習う、とか)が組まれず、

当然九九のような綿密な試験もない。(少なくとも私の通っていた学校では音楽の試験はありませんでした。^^;)

生徒が皆九九を暗記するように読譜を教えるのならば

算数や国語と同じくらいの時間枠を確保する事が必要かと思います。

が、ゆとり教育だ何だと言っている現在の日本では難しいでしょうね……。

◎質問者からの返答

kaorhythm さんも、教室の外で「読める」ようになったんですね。

わたしも、中学三年までチンプンカンプンでしたが、夏休みに遊びに

来た友人に、かねてよりの疑問を打ちあけ、一挙に目がさめたのです。


4 ● くまいみずき
●20ポイント

http://www.gakufu.ne.jp/GakufuNet/

楽譜ネット | 楽譜・楽器販売サイト

1.環境・機会

中学時代は読めたのですが・・・今は読めるかどうか。

ちなみに授業で習いましたので。


2.読譜率99%になったら

「音痴」というものがなくなると思います。

CDに楽譜が添付され、それを元に曲を覚える・・・という社会になると思います。

また、方言のように、音階にも地方によりズレが生じる(「ド」の音が地方により異なる)


3.どんな教育

言葉(文字)というのは、国語以外の時間でも目にしますよね。

それこそ至る場所で。

もし、読譜率99%を目指すのであれば、常に生活の中に音楽(楽譜)というものを積極的に取り入れる必要があると思います。

それこそ、「ミュージカル」が当たり前の日常になれば可能ではないでしょうか?


個人的にはそんな生活はあまり・・・(笑)

◎質問者からの返答

>方言のように「ド」の音が地方により異なる<

とても愉快な予想ですが「音痴」は永遠に不滅だと思います。

映画《シェルブ-ルの雨傘》では、死にかけの婆さんまで歌います。


5 ● pasosavi
●40ポイント

http://pasosavi.ld.infoseek.co.jp/

無料IT関連情報提供サービス Pasosavi

↑URLはダミーです…


体験ですが


ずっと昔、芸大に入ろうと思って、

それなりに受験準備をしたこともありましたが、

大して読めないままこの年になってしまいました…

(楽譜を渡されて弾いたり歌ったりはできる程度

そちら方面の才能がそれ程なかった、というのが自己分析です…


このことから思うに、

九九や識字より技術的に高度、

ないしは能力の個人差が大きい、

と考えています。


余談ですが、若い頃には絵画にも関心があって、

デッサンなども少しだけしたことがありましたが、

こちらはもっと才能がないことが分かりそのままです…

なんでも、もし対象物が本当にすべて「見えて」いるなら、

ど素人で時間はかかっても、それを描くのは可能で、

描けないのは、実は「見えて」いないから、

という話を聞いたことがあります。


これを音楽に当てはめると、

「聞いて」いることと「書いて」あることとが、

ある人の場合、かなりギャップがあるのでは


これは訓練や環境でかなりの程度結果が異なるでしょうが、

(ドイツやロシアの人の話が聞きたいものです

それだけではないと感じます。

なぜなら、訓練にかかる時間やエネルギーが、

九九や識字以上だからです。


#小生もご多分に漏れず、

学生時代は音楽のために一日数時間を費やしておりました。

そんな時間やエネルギーの必要が技術は、

そうそうありません

◎質問者からの返答

>九九や識字より技術的に高度、ないしは能力の個人差が大きい<

>描けないのは、実は「見えて」いないから<

>「聞いて」いることと「書いて」あることとに/ギャップがある<

とても重要な指摘ですね。かつて大学受験に6000時間かけるなら、

将棋に賭けようと決心した米長邦雄の例もあります。わたしの見聞でも

「フルート3年、ヴァイオリン5年、ピアノ8年」あたりですね。


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