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雛祭りに関するモノ(のカタチ)にまつわるウンチクを調べています。例えば、雛人形のカタチ・それらの並びにも意味があるのでしょうか?ご存知でしたら教えて下さい!

●質問者: tooh11
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:ウンチク 雛人形 雛祭り
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 7/7件

▽最新の回答へ

1 ● kaminoitte
●15ポイント

http://kinenbida.com/90978DD582E8/

雛祭りについて

内裏雛は宮中の並び方を模している。日本では昔は左が上位であった。左大臣(雛では髭のある年取った方)が一番の上位で天皇が見ての左側(我々の向かって右)にいる。したがって「左近の桜、右近の橘」の桜は天皇の左側である。これは宮中柴震殿に実際に植えてあるので動かせない。昭和天皇は何時も右に立ったが皇后が左に立つのは皇后のほうが位が高いことで矛盾である。実は明治天皇までは左が高位という伝統で左に立った。ところが明治の文明開化で日本も洋化しその後に最初の即位式を挙げた大正天皇は西洋式に右に立った。それが皇室の伝統になり、それを真似て東京では男雛を右(向かって左)に置く家が多くなった。ところが京都では伝統を重んじて向かって右に置く家が多い。社団法人日本人形協会では昭和天皇の即位以来、男雛を向かって左に置くのを現代式、右に置くのを古式としどちらでも良いとしている。


雛人形の並び方の意味が書いてあります。


2 ● a103net
●15ポイント

http://www.kougetsu.co.jp/hinamatsuri/

雛祭りのこんな話しってる?

雛人形のルーツや歴史が書かれています。


3 ● NEAT2004
●14ポイント

http://www.mhst.jp/doll_house.htm

【みよし本通り商店街:みよし本通り人形館】

広島県三次市を中心とした地区に、江戸時代から伝わる「三次人形」というのがあります。

三次人形のすべてが雛人形ばかりではありませんが、この地区では雛飾りとして陶器の三次人形を何代もの間引き継いで飾ることで知られています。


4 ● ringo29
●14ポイント

http://homepage3.nifty.com/hinaya/adobaisu.htm

???l?`??X?^?C??????????I

人形屋さんのブログです。いかがでしょう。

http://www2.ocn.ne.jp/~wkt/seisaku.htm

木彫り 作品制作

雛人形を作成する過程が丁寧に記載されています。

http://home2.highway.ne.jp/hinachan/hinadoll.html

???l?`

雛人形についていろいろ載ってます


5 ● masanobuyo
●14ポイント

http://66.102.7.104/search?q=cache:MKRHxIVa1qIJ:www.more2.jp/pag...

「雛祭り」の行事はなぜ3月3日に行うの????


「五節句」の一つで、「桃の節句」「雛の節句」ともいわれる女の子の祭りが3月3日に行わ

れるのは、中国の「上巳の節句」(月の最初の巳の日。

3月3日に該当する。

月に3度巳の日がある場合は、上巳、中巳、下巳という)が起源とされているが、もともとは

からだについた穢れ落としの行事であった。


古代中国では、陰暦3月3日に水浴して祓いをする行事があった。

後に、3月の上巳の日に、桃の花が咲く水辺で杯を浮かべて酒を飲む風習として広まっ

た。

桃は、古くから魔除けの呪力があると考えられていたからだ。


これが持統天皇の時代に日本の朝廷に伝わり、平安時代になると3月3日に「曲水の宴」

と呼ばれる遊宴を行うことが定められた。

桃は別名三千代草ともいわれて雛祭りの供花として用いられ、この宴は「桃花の宴」とも

いわれた。


一方、古代日本では、一般の人々も、旧暦3月になると「浴」と呼ばれる水浴によって冬の

問の汚れを落とし、同時に身を清めていたという。


しかし平安時代に入って、3月はまだ寒いという理由によるものか、人問が直接水浴をす

ることはなくなり、かわってその年の穢れや禍いを人形に移して流す「流し雛」が流行し

た。

「雛」は、貴族の女の子たちが遊びに使った人形のことである。


やがて、この人形を起源とする「雛人形」が誕生すると、身を清めるという宗教的な意味合

いは次第に薄れて、美しい人形を室内に飾ってごちそうをいただく女の子のための祭りと

いう色合いが濃くなった。


江戸時代の元禄一17世紀末一頃から、3月3日には緋毛暁を敷いた段の上に人形を飾

り、菱餅、桃の花、白酒を供えてまつり、蛤のお吸い物をいただく行事として庶民の問に

広まった。


「飾ったお雛様を早くしまわないと、娘の結婚が遅れる」という迷信が誕生したのも、この

時期といわれる。穢れ落としの行事が江戸時代に女の子の節句になったのは、「雛人形」

のおかげということである。


講談社 +α文庫 「他人につい自慢したくなる”数”の雑学」 より

いかがでしょうか。


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