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http://www.time.com/time/asia/features/japan_view/books.html
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文法など説明していただけるとさらにポイントを加算します。
全文訳していただければ最低でも500は支払います。

よろしくお願いします。

●質問者: akapeace
●カテゴリ:学習・教育
✍キーワード:PT ソフト ポイント リンク 翻訳
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1 ● osamu666
●800ポイント

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/browse/-/70459/249-942030...

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活花にさようなら

By JAY MCINERNEY

日本:日本の作家たちが見つけた自分たちのテーマ


日本は新たなものを発明するよりも、いろいろなものを取り込んで自分たちに合わせてゆくことにかけては天才的である?つまりはクリエイターの国ではなく、コピーキャットの国である?これは私たちの持つ日本についての古臭いステレオタイプな見方の一つだ。しかし、日本は小説を発明したという優れた証拠を持っている。それは紫式部の源氏物語だ。この小説はドンキホーテよりも600年ほど前に書かれ、異常なまでのめくるめく性と宮廷における陰謀を描いている。西洋の読者にとっては、この小説は日本についての、三島由紀夫の言うところの「活花師たちの国」というイメージを強めることになる。


源氏物語はこの後に続くもののもなく、唯一的なものであった。近代の日本の小説は多かれ少なかれ、日本が西洋に対して開国してすぐの1867年に生まれた夏目漱石によって始まった。20世紀の日本の文学はしばしば形式的にも主題においても西洋の影響を受け入れるための痛々しい試みに心を奪われていた。西洋の読者は時折自分たちに向けられた望遠鏡を覗き込んでいるような感覚を覚えるかもしれない。


私が1970年代の後半に京都に住んでいたころ、外国の影響を受けていない純粋な日本を捜し求めていた日本在住のアメリカ人の間で最も人気があった作家は川端康成だった。川端の貴族的な美学、茶道の達人と芸者達は「活花の国」の典型であり、彼の小説の典型でもあった。西洋人たちの目には彼の小説は小説というよりむしろ美しい絵画の連続であり、(美しい絵画の部分が)半分と考えるのももったいないくらいだった。彼の最も優れた作品「雪国」「眠れる美女」は人をとりこにする。他のどの日本の作家よりも川端はわれわれの求めている違和感やエキゾティクさを満たしてくれるのだ。川端自身が「雪国」に主人公に文化の交錯に関する衝撃的な比喩を与えている、主人公は西洋のバレーの研究をしているのだが、彼自身一度も実演に接したことがないのだ。


三島由紀夫ほど現代日本の痛々しい矛盾を完全に描き出した作家はいないだろう。彼は日本の男らしくないイメージを嘆いたホモセクシュアルだった。病的なまでの美学により、彼は自分を現代の侍になぞらえ、1970年にクーデータを起こすことに失敗し、ついには古来の侍の儀式的な自殺である切腹を行った。三島は西洋文学の伝統に完全に影響を受けており、彼の初期の作品はオスカーワイルドの影響が見て取れるし、「暁の寺」に関しては完全にドストエフスキー的だ。しかし、彼は国家を純粋化して、明治以前の日本に回帰するという考えに取り付かれていた。三島に関しておそらく最も驚くべきことは彼の政治的熱狂の高まりがほとんど彼の芸術的な観点や判断を損なわなかったことである。彼の自害はエキゾチズムや妄想、一般的な異常さについてのわれわれのステレオタイプな見方を強めるのだが、豊饒の海4部作の最後の小説(彼の最高の作品であることは賭けてもいい)は彼が自分の腹を刀で切り裂く前の週に完成されている。


クリスチャンの遠藤周作はまさに日本と西洋の価値観の間にとらわれた人間だ。彼の初期の小説はひどく象徴的になる傾向があった?火山はいつでも不正に対する審判を下す準備をしている。しかし、後期の「沈黙」や「侍」は西洋に出会い損なった東洋のすばらしい表現である。彼がキリスト教徒であることによって、遠藤は海外において最も知られた日本の作家になった。もっとも西洋で評価の低い近代日本の作家は谷崎潤一郎である。彼の戦前の大阪の家族を描いた「細雪(The makioka sisters)」は20世紀文学の一つのランドマークである。彼が西洋で評価されていないのは、私は、彼の作品が50年以上の時代を扱っており、把握することが難しく、ファンタジーから家庭内の現実までを扱っているというのがその理由の一部だと思う。


現代の作家である吉本ばななや村上春樹に関して私たちが驚かされるのは彼らの描く世界については比較的親近感を感じることである?彼らは日本の世界における位置などという疑問によって苦しめられていないようである。吉本の「キッチン」におけるヒロインが、日本料理とフランス料理を組み合わせて彼女のメニューを作るとき、彼女は文化的な混合について語ってはいない。吉本は無表情に単に東京で人々がどんな食事をしているかについて書いたに過ぎない。


村上の感覚は彼が羊に精神をのっとられるというような、どちらかといえば幻想的なことを書いているときにおいても、懐疑的な現実主義者のものである。彼の語り手は不可避的にどこにでもいる、現代の東京の人間である?30代の男性で、落ち着いた、ホワイトカラーの職業で、いくらか受身的で、人生に多くのことを期待しておらず、来るものはうんざりとしながらも平静に受け入れる。レイモンド・カーバーの語り手のように?村上はカーバーの翻訳者である?、彼らは目立たなく、倫理によって動かず、多くの日本人ほど家族や仕事、社会の強力な網の目に絡まってはいなく、大学を卒業してずいぶんたっても大学生のような生活をしている。ここに、村上の作品が日本や西洋の読者に対して人気のある理由があるかもしれないと私は思う。


村上の主人公は伝統的にそのメンバーに対して完全な参加を要求する社会から少しはなれたところにいる。しかし主人公自身も自分を反逆者としてはみていない。三島はこのような人間を嫌悪しただろう。エキゾティックさの鑑定人は彼の小説にエキゾティックさをほとんど見つけられないだろう。アメリカやヨーロッパの読者たちはもしこれらのキャラクターたちが完全な親近感を持てるようであれば誤解していることになる。しかし、これは世界でももっとも孤立した伝統的な社会においてもグローバリゼーションが進行していることを、彼らなりの静かなやり方で象徴しているのだ。


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リンクはJAY MCINERNEYの作品。

直訳と意訳が入り混じっています。文法はどこがわかりにくいのかわからないので質問してもらえればわかる範囲でお答えします。

◎質問者からの返答

こんなに長いのに素早いありがとうございました。

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