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【妊娠中絶の是非-反対派】 「妊娠中絶は、生命を尊重していない行為であるため、何らかの方法(法律など)によってより強く制限されるべきである」。 この考えを支持する意見や論議を回答して下さい。

一般的な妊娠中絶を対象にしています。母体に危険がある場合やレイプの被害などの特殊な例について触れる必要はありません。

回答は本心であるかどうかは問いません。主題の陳述に賛成すると仮定して回答して頂ければ結構です。

回答の内容の詳細さ、論理的かどうかに応じてポイントを配分します。特に優れた回答にはボーナスのポイントを差し上げます。

URLはダミーでも構いません。もちろん関連の深いサイトの紹介は歓迎します。

オープン済みの回答と内容が著しく重複する場合は回答をご遠慮下さい。

同時に質問している相反する意見を求めるものもよろしければご参照下さい。

●質問者: spin6536
●カテゴリ:政治・社会 医療・健康
✍キーワード:URL オープン サイト ダミー ボーナス
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 6/6件

▽最新の回答へ

1 ● schwalbe
●25ポイント

http://google.co.jp/

Google

url=dummyです。


生命倫理の話になりますが、人の命はどの時点において始まるのかという観点と基本的人権について論述いたします。

私は、受精した瞬間からその個は人間として見なされると考えます。

そのため人間の有する基本的人権が胎児にも適応されるべきです。

その様な見方をしたときには、胎児の生存権は憲法によって保護されることになります。

そうなった場合、人工妊娠中絶は殺人であり、それを下したものは犯罪者ということになります。

生命の始まりが受精であることは明らかです。

そこを起点として考えるのが正しい見方なのではないかと私は問題提起いたします。

よって、命が宿った以上それを人の力で絶つ行為は倫理的に間違っていると考えます。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。「どの時点から一つの命と見なすか」は一つの焦点になりますね。再回答も受け付けますので、もしよろしければ「受精した瞬間からその個は人間として見なされる」べき、と言える理由を教えて頂けますか。(←今後の回答者のかたでもOK)。


2 ● jyouseki
●25ポイント

http://www.sanfujinka-debut.com/hikae/tyuzetu05.html

中絶手術シュミレーション 産婦人科デビュー.COM/妊娠・出産・不妊症・胎教など

妊娠中絶が今の日本の法律で処罰されないのは、人間が決めた範疇でのことであり、だからといって許されるかといえば、決してそうは思えません。

人間が故意にした行為の結果で生まれてくるはずの命を、その者の都合によって絶つのは、私は実質的には殺人と同じと考えています。

避妊具も経口避妊薬もある時代に、十分な注意をすれば望まない妊娠は避けられるはずです。安易に考えている人が多すぎます。

私は法律で中絶手術の禁止することに賛成です。それくらいのことをしなければ、乱れた性行為が氾濫した世の中を正すことはできないと思うからです。

今の日本は少子化が進んでいますから、望まない妊娠をした女性は審査を受けることで、国の施設が代わりに育てるというのもやむを得ない1つの策と考えています。

現在のままの出生率ではいつか国が滅んでしまうわけですから、このようなことに税金を使うことは有効的です。

◎質問者からの返答

ご意見ありがとうございます。


3 ● schwalbe
●25ポイント

http://google.com/

Google

url=dummy、再回答です。


「受精した瞬間からその個は人間として見なされる」べき理由ですが、

受精した瞬間、卵子と精子の精核と卵核が融合し、一個、固有の遺伝子を持った細胞に成ります。

この瞬間から受精卵は生命として細胞分裂を開始します。

細胞分裂をしているということは、他の力によってかもしれませんが生きていると言うことです。

生きているということは人間たるべきであると考えます。

◎質問者からの返答

追加に応じてくださりありがとうございます。


4 ● koyajiinu
●25ポイント

http://www14.plala.or.jp/izumigyo/page012.html

契約・合意の法律

中絶を制限するべきだという主張を支持します。


まず、この場合は前提条件として、母体に危険がある場合、レイプ被害は除くということがあり、すでに妊娠していること想定していることを強く意識しなければなりません。


つまり、生命を誕生させる行為=性行為は、当事者同士が合意した上で行われたと考えることができます。つまり、子供が産まれるかもしれないという「契約・合意」があったことになります。

そして、この合意は当事者同士の間だけでなく、社会(国家とも言えるかもしれません)とも合意したもということができるはずです。

法律的には、親権者は、自分の子どもを子どもが成人するまで保護する義務を負っています。このような法律ができた背景には、法律は家庭内の事情にまで入らない「法、家庭に入らず」の原則があり、子どもという弱者を守るために社会が「親」に責任をもたせたということがあります。つまり、この場合は生命誕生(の可能性)を認識している以上、親がその生命を保護する義務があるということです。このでは、いつからが生命かという議論よりも、自らが生命の誕生(可能性)を(社会に対して)認めたということが重要だと思います。


また、この議論に対して、性行為=生命誕生と結びつけるという考えは短絡的で、現代社会においてはあてはまらないという主張があるかもしれませんが、ここでは中絶するという時点の問題であるので、結果的に生命を宿したという以上、それを放棄するのは「過失」=「注意義務違反」=「結果予見義務と結果回避義務における違反」と言うことができます。このことも中絶を制限する法律を支持する理由の1つとなります。

◎質問者からの返答

なるほど。興味深いご意見です。「いつからが生命か」という焦点とは異なるアプローチが新鮮でした。ありがとうございます。


5 ● sami624
●25ポイント

http://homepage2.nifty.com/and-/keihou/seimei.txt

?こちらの1-5が刑法上の堕胎の罪の根拠となっています。

?先ず考えられるのは、民法第1条の、私権の基本原則から導かれるものであり、他人の権利を侵害しない範囲で、権利行使の自由が認められている、と言う考えでしょうか。

?即ち、母体上の新生児においても生命がある以上、人権を有する人間であり、本人の意思を確認せず生命を剥奪することは、犯罪である、と言う考えであるでしょう。

?性交は当然に新生児の妊娠を伴う行為である事を認識しているわけですから、出産の意思がない場合は、避妊をすべきであり、避妊をしないで性交をしたことで、妊娠をした場合は、新生児出産を可能性として認識している以上、新生児の意思を確認しないで、生命を剥奪する権利は、両親にないといえるからです。

?妊娠中絶は、事前に対策があること、新生児の人権侵害行為であることから、擁護すべき権利ではないわけです。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。納得できる回答です。これは「受精後は一つの生命もしくは人である」という前提に基づいているわけですね。すると、その前提に対する疑問に行き着きますね。


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