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宝塚歌劇団が、松竹少女歌劇団など他女性歌劇団を押さえ、現在に至るまでトップシェアを守り続けることができたのはなぜか?マーケティング・ブランディングの視点からその成功戦略を調べたい

●質問者: yuko0316
●カテゴリ:ビジネス・経営 芸術・文化・歴史
✍キーワード:シェア ブランディング マーケティング 女性 宝塚歌劇団
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

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ひじょうに面白いテーマだと思います。

宝塚歌劇団のすべての特性がその成功の秘密となっているように思います。

ですから、その特性とかそれぞれのポジティヴな面、効果的な点を数え上げていくとよいでしょう。

ただし、それらが(どの程度)あらかじめ成功を意図した「戦略」といったものであったかどうかは阪急電車の路線開発とはまた大きく異なるとは思うのです。

・・・ということで、例えば、宝塚の独自のスター・システムがあります。それはまた女子高というかたちでの団員育成システムを抜きにして語ることができないものです。

新人公演の時点から、原則として各組のトップを決めてしまうことによりファンの視線の大半をそこに集中、確保し、それによって退団までの時間に費やされるファンの情熱(すなわち金と時間)が(歌劇団によって)予約されます。ファンはそのスターの成長ぶりを見ていくという単なる公演の繰り返しとが異なる連続的な楽しみをそこに見い出し、囚われます。

また、そのシステムを花組、星組など複線化することでファンの好みの多様性に応え、また(秘かに)対抗意識が生じる場を用意することで(予約された)ファンの情熱をさらに強くとらえ、刺激します。そして、この「組」システムは公演の交替制により、舞台に十分な準備期間と稽古期間を設けることで各公演の質の高さの維持に貢献してるといえるでしょう。さらに時代の変化に応じてバウホール公演のような実験的な要素も加え、劇団員の意識の拡張にも寄与するなどの細かい改革にも目を向けておく必要はあるでしょう。

こういうことはまだまだ皆さんのご意見をうかがいながら、どんどん思いつくので、今回はここにて失礼しますねー。これからちょっとお出かけなのですぅ。

こんなふうに「宝塚」の特性のひとつひとつを見ていくことで、成功の(必ずしも「戦略」ではありませんが)理由が見えてくるものと思います。


その他、「宝塚」という本拠地を持ち、地名と組織名を一致させた「聖地」効果も見逃せないかもしれません。


古くに遡るならば、そもそも「少女歌劇」というものが、まだ若い女性の男女関係に敏感かつ神経質であった時代の社会を反映したもので「良家の子女」の観劇を許容させるその抵抗を軽減し取り除いていたことも見落としてはならないでしょう。つまり、女性が男性を演じることで(江戸時代以来の)良家の婦女の「役者狂い」のような反道徳的なリスクを回避し、良家がその子女に観劇を許す(つまり良家の子女に金を使わせる)というひじょうにデリケートな問題をクリアすることができたという点、それは「良妻賢母」的な学園の教育方針と相俟って、宝塚歌劇団の「上等」なブランド・イメージに寄与したことでしょう。ミーハー相手の映画や場末の芝居よりもどこか高級なイメージを身におびることに成功したのです。

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2 ● hamster078
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宝塚歌劇団といっても、東京をのぞき実際には宝塚でずっと公演してるわけで、見に行ってるのは、ほとんどあの界隈(阪神間)の女性たちです。

つまり、宝塚歌劇団という文化は阪神間のお嬢さん・奥様文化なしには成り立たないのです。この劇団の全国的な名声はそれが派生したものです。

一方、松竹やSKDは、そうした文化土壌のないところに、少女歌劇団をもってきても、きわもの的な、キャバレー的な雰囲気しかかもし出せなかった、客もおじさん男性が多いんじゃ、宝塚的な雰囲気にはなり得なかったんではないでしょうか。単なるエロは文化にはなりえないと思います。


3 ● えふよこ
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まず、宝塚歌劇団が日本初の女性のみのレビュー団であったいうこと。1927年の欧州視察によりいちはやく「レビュー」。他の劇団はそれを追随することになります。戦前にはすでに海外公演などを行っていました。


戦前からのレビューブームは、戦後、ミュージカルや映画など様々な娯楽の普及によって下火になっていきます。宝塚歌劇団も例外ではありませんでした。

客足低下を打開するために、演出家の植田紳爾が当時流行っていた劇画「ベルサイユのばら」を宝塚で企画。1974年初演し好評、再び多くの女性の客層を得て、知名度を上げることに成功します。

この点で、他の(衰退しつつあった)歌劇団と水をあけることになったのだと思います。


宝塚のスターシステムにも成功の理由があるのではないかと思います。

宝塚には花・月・雪・星・宙組に「トップ(主演男役と娘役)」が存在します。宝塚大劇場・東京宝塚劇場で主演できるのは原則この二人(×5)だけです。

この「トップ」になるためには、いくつかのハードルが存在します。

(いくつか例外もありますが)

まず、新人公演(本公演と同じ脚本を入団七年以下の団員のみでする公演)や小劇場(バウホールなど)で主演すること。これをクリアし、学年が進むにしたがって、本公演での番手があがっていきます。そして最後(入団12、3年ぐらい?)にトップになります。

宝塚歌劇団には毎年90名近く入団し、また退団していきます。

スターが継続的に量産されるわけですし、その過程を宝塚ファンはまさに見守っているわけですね。そして、自分の贔屓が退団しても、次の贔屓をみつける、というサイクルが出来て、観客の離れを抑えています。

モーニング娘のシステムも宝塚を参考にしたようです。


また、他の歌劇団が衰退した理由のひとつに、スターの新陳代謝が進まなかったから、という意見もあります。もちろん宝塚にも例外はありますが、団員を「5つの組」に分けて違いを明確化したこと、それが組ファンを生み出したこと。5つの組でローテーションが組めるのも、必ずよかったのではないかと思います。

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