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日本はなぜ労働組合が発達しないのだと思いますか?

短い質問をしておいてナンですが、短い淡白な回答じゃなくて詳しい解説をお願いしたいと思います。ポイント配分にはメリハリをつけようと思っています。

●質問者: uranary
●カテゴリ:政治・社会
✍キーワード:ナン ポイント 労働組合
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 8/8件

▽最新の回答へ

1 ● aoun
●40ポイント

日本の歴史において、武士の台頭が著しい歴史もありこれら武家文化を除き、農耕・村社会が長年培われてきました。徳川時代には”親方日の丸”的な精神も社会的に普及したと思います。労働関係の動きの西欧との差の本当の根本はここにあるのではないでしょうか?。

現実の会社社会は、社員の高齢化を防ぐ為に常時リストラが行われているのが実情でして、他社へ出向転籍、嫌がらせ、村八分、酷い扱い、等と無数の労働事件がそれを物語っていますし、市町村や国等の役所でも、無理やり辞めさせる目的で、嫌がらせ村八分等の行為が長年常時行われており、これも、膨大な裁判例が積みあがっています。通常これらは個人を対象とした行為でして、加害側はしばしば労働組合員でもあります。つまり、個人と村との関係です。もともと労働組合とは、会社という巨大な力から弱い個人を守るために、個人が多数集まって対処する趣旨だったのですが、日本の農耕村社会の場合は、そういう西欧的な個人主義に根ざす対応は得意でないし、さらに村が安全で個人が被害という場合の対応も遅れる傾向があるかもしれません。

日本の労働組合の歴史は長く、いろんな状況はあまりに複雑でとても一括して語れる量ではありませんが、村社会(農耕・村社会)特有の性質が、西欧諸国との労働組合の動きの差ではないでしょうか?。

西欧諸国は、当然農業も盛んですが、一方では歴史的に牧畜民族ですから、個人主義が発達したと言われています。

ちなみに私は外国の労働組合の知り合いはいませんが…。

◎質問者からの返答

加害者が労働組合側である、というご指摘は興味深いですね。また、膨大な裁判例という言及にも興味を覚えます。できましたら、その出典のURL等があると助かります。何せ、労働争議のこととなると一般的な報道ではまずお目にかからないでしょうから…。

ありがとうございます。


2 ● TomCat
●40ポイント ベストアンサー

過去の日本においては、労働組合はなかなか大きな勢力を持っていました。

特に総評系組合は当時野党第一党だった日本社会党の有力な支持母体で、

同党が野党第一党としての数を確保できていたのは、

そのまま総評の勢力を示すものだったと考えていいと思います。

ひるがえって今の社会を見渡してみると、ご指摘のように、

労働組合は非常に小さな勢力になっています。

これは「育たない」のではなく、

大きかったものがしぼんでしまったんですね。

この理由の大きな一つが、ソ連崩壊による「体制選択論」における敗北でした。

日本国民は「社会主義」というものを見限ったんです。

それだけでなく、組合そのものも社会主義支持路線を捨てることとなり、

どんどん「政治離れ」をはじめていったわけです。

これは正しいことでした。

元々、働く者の権利を守る組織である労働組合が

政党活動のために使われたり、

特定のイデオロギーの運動体となって活動することは

おかしなことでした。

しかし、政治から距離を置いたことで、

組合は今まで手にしていた政治力も失ったわけです。

組合出身の政治家を多数抱えてその利権を労働者に還元する、

といったやり方は通用しなくなりました。

ここで組合は求心力を失っていきました。

そしてもうひとつの無視出来ない理由の一つが、

国鉄、電電分割民営などを通して行われた、

有力組合解体作戦に飲み込まれてしまったことです。

中曽根元総理は、当時の国鉄分割民営を、

国労・動労解体を意図したものだったと語っています。

そしてその日本を代表するような大きな組合の解体の流れは、

全国の組合の最高指導部とも言えるナショナルセンター、

総評を直撃していきました。

政治的課題を掲げて強く闘う総評も瓦解し、

代わりに労使協調路線を取る穏健な連合が成立しましたが、

労使協調路線が悪いとは言いませんが、

組合が会社の都合の代弁者になってしまっては、

労働者の権利を守る運動はできません。

ここでまた求心力を失っていくこととなりました。

こうした組合凋落の流れを見ていくと、

要するに役に立たないから人が集まらない、

という現実が見えてきます。

正しい正しくないは別問題として、

とにかく大きな勢力を誇っていた頃の組合は、

たくさんのOB国会議員を持ち、

国や公共団体や企業といった労働者を雇う側に対しても

非常に大きな力を持っていましたから、

とにかく労働者の立場としては、

組合こそが労働者の権利や暮らしを守ってくれる

心強い「盾」だったんですね。

その魅力が失われ、ただ会社の言い分の代弁しかしない、

組合費だけ取られて何のメリットもない、

といった存在になってしまえば、もう人は興味を示しません。

これを根本から立て直していくためには、

まず組合は働く者の立場を守るためにあるという路線を、

イデオロギーとは無縁の所で再確立していく必要があります。

過去においては労働者の権利確立を社会主義革命に求めていた。

ここで大きな失敗をしたわけです。

さして、さらに大きな失敗として、社会主義への希望と一緒に、

働く者の権利を守るという基本も捨ててしまったこと。

この二重の失敗を取り戻さない限り、

再び組合が大きく成長していくことは困難でしょう。

続いて、働く者の権利を守るという一点で一致した組合同士が

広く連帯していく必要があります。

今も労働者の権利擁護に熱心な組合は少なくありませんが、

それは往々にして、依然イデオロギーによる

労働者の権利確立を目指しています。

イデオロギーというものは対立しますから、小組合群立。

それがどことも連帯出来ずに小さく弱く活動しているに過ぎません。

これでは広がりというものが生まれません。

さらに言えば、いわゆる闘う組合はいまだに人民革命における前衛の取り合い、

つまり旧態依然とした社会主義革命運動体に特有の

大衆に対する「指導権」の奪い合いをしているわけです。

これでは、せっかく働く者の「盾」となれる組合も、

けっして大きくはなれません。

話をまとめます。

組合が大きくなれない端的な原因は、働く者の役に立っていないから。

そして働く者の役に立とうとする組合も往々にして縄張り争いにばかり熱心で、

広く小異を捨てて大道につく連帯を求めないから。

体勢選択論による敗北で捨ててはならない物まで捨ててしまった反面、

捨てるべき物をいまだに持ち続けているというジレンマ。

これが労働組合運動発展の足を大きく引っ張っています。

これからの単位組合は、組合があったからこんなにいい職場が作れた、

といった実例をいくつ作れるかが勝負です。

そして単産やナショナルセンターは、

どれだけ多くの組合と手をつなげるかこそが、

これからの勝負になってくることでしょう。

またこれからは、従来は組合という枠からはじき出されていた

派遣労働者であるとかフリーターであるとかといった人たちも

旺盛に歓迎していく組織体質の改善も重要です。

ここにおいて、職場単位だけでなく、

地域単位で構成されいく組合の存在が欠かせません。

◎質問者からの返答

非常に興味深いお話をいただいて、大変満足しております。ソ連崩壊と、組合(或いは社会主義体制を奉じる人たち)の主導権争いによる自縄自縛的な行動様式が要因、といったところでしょうか。

私、学生闘争や大型間接税(現消費税)の時に見られた大規模でもが、ある時期を境に途端に見えなくなったのはどういうわけなのか長い間疑問でした。単に学生闘争の敗北に原因があったのかと何となく考えていたのですが、ご指摘にあった「総評解体」を期に変わったと考えると非常に得心がいきます。

イデオロギーに依存していたということを考えると、日本では組合らしい組合というものは戦後なかったのかもしれませんね。現在の日本で、仰るような「こんなにいい職場を作れた」組合が、どれだけあるのか、また、具体的にどのような活動をしているのか非常に興味をそそるところです。

どうもありがとうございます。


3 ● sami624
●40ポイント

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/27/rn1955-356.html

かつて日産は労働組合が勢力を持ちすぎて敗退したとまで言われた。要は、労働組合が勢力を強め、労使が労働紛争解決に多大な労力を費やした場合、当然同業他社と比較し、主業務への人員配置が手薄となり、業務遂行能力の低下、顧客サービスレベルの低下により、当該企業の製品の市場シェアの低下、更にはブランドイメージの低価につながる。よって、このような事態を未然に防止するため、労使が相互理解を深め、相手側のニーズを事前に察知し、歩み寄りをすることで、市場競争力の維持を図っているためです。

また、日本においては単一民族国家であるため、所詮は皆で仲良くという思想が強く、労使で激しい衝突をしても高賃金というような思想を持っている人間が少ないこと、貧富の差が目立たないことなどの外部要因も多いといえるでしょう。

◎質問者からの返答

ご紹介いただいたURLを参照しました。随分猛烈な文言が並んでいますね。これほど強烈な争議が行われていたら、なるほど紛争解決のため本業へのエネルギー配分が足らなくなるというのも首肯できます。

どうもバランスが極端なのでしょうか。この労組の主張はあまりにも経営者側への配慮を欠いた要求が多すぎるように見受けますし、さりとて現在の勝者が一人勝ちして総取りするというのも分別に欠けている気もします。

回答いただいた指摘にもあり、またよく巷間で言われていることですが、日本が単一民族で協調を重んじ、他者同調圧力の中で回りの空気を重視する傾向があるということ。これは本当なのでしょうか。

組合にせよ経営者側にせよ、今見てきた中で私が受けた印象は、双方とも独善的に過ぎるということです。協調を重視する人間が、独善的な態度を取りうるでしょうか。単一民族だから仲良くする気持ちが強いという言説は今まで何となく首を傾げていたのですが、お話を伺う限り、何というか、あんま仲がいいから今の日本があるとはどうにも思えないような気もします…。

蛇足でした。

ご回答どうもありがとうございます。


4 ● Baku7770
●40ポイント

労働組合の現代的課題に関する研究委員会

視点

元気出せ 労働組合 RIETI 経済産業研究所

私は3つの理由があると考えています。

?欧米に比べて歴史的に日本の労働者は恵まれていた

確かに、農家は歴史を通じて貴族や武士階級から虐げられてきました。しかし、工場労働者はそれと比べるとまだましだと考えられてきました。野麦峠で有名な長野の製糸工場ですら、ご飯とみそ汁はお代わり自由であったと聞きます。

それと比べて欧米で労働者はかなり虐げられてきたといえます。例えば炭坑では、体の小さな子供のみを採用されるため、その稼ぎで親が食っていたということがあったようです。

?労働組合=共産主義と考えられ嫌悪されている

本来自由主義社会であるから組合活動が許されるのであって、共産主義とは異なります。米国では労働組合の委員長はそれなりに尊敬されています。

?少なくとも単独で政権を取っていない

イギリスの労働党、米国の民主党共に政権を握っています。日本の社会党は浅沼委員長が刺殺された不幸もあって政権を握っていません。村山さんが連立政権で首相になりましたが、役立たずであることを露呈しただけで、労働組合の政治を理解させないまま終わっています。

これに日本的なぁなぁ主義が加わって期待される組合像と乖離してしまったのが原因です。

◎質問者からの返答

恵まれていた、という指摘は?と思いながらも、欧米のそれと比較すると、そうなのかなあという気もします。労働条件の劣悪さ、というのはなかなか想像がつきませんもので…。私の勉強不足をお許しください。

2番目のご指摘、まさしく私がそのステレオタイプにはまっていました。言われてみれば、組合活動って自由主義社会だからこそ存在するものですよね。共産主義と混同されるからどうもおかしいのかと言う気もします。更に付言すると、ご紹介いただいた一つ目・二つ目のURLは、問題意識を持っていることはようく分かるのですが、その言葉があまりにも何というか、私の気持ちに伝わってこないというか、意識を共有したいと思わせるような文章が皆無なことにがっかりさせられます。なぜ共産主義と混同されると嫌悪されるのか、という問題の一端がここにあるような気もします。3つ目のURLの方がまだ普通に読める文章ですね。

政権は難しそうですね。イデオロギー的な議論ではなく、もっといい仕事しようよとか、もっといい職場環境を作ろうよ、という観点で政策争点として論議されると良いのではないかと個人的に思ったりしました。

どうもありがとうございます。


5 ● hamster009
●40ポイント

日本でもまったく発達しなかったわけではないですよ。戦前や戦後すぐは相当なものでした。ただ、戦後だんだんに弱体化していったのです。アメリカもそうです。

これは、ヨーロッパなどとはちがって社会構造が変わっていったからです。

マルクス主義的な労働組合運動は、もちろん階級社会を前提としています。

いわゆる階級はヨーロッパにはまだあるので、共産主義国家はなくなっても、労働組合も今もって健在です。階級社会というのは、おおなたわりで、3つくらいに社会身分が分断されています。プロレタリアート、プチブル、ブルジョアジー。この構造を再生産しているのが主に教育制度です。

まず、一律試験を経た大卒か否かによって、プロとプチブル、ブルが別れます。そして、さらに有産階級かどうかでプチブルとブルがわかれます。

こういう階級社会を背景として、はじめて階級闘争や労働組合運動が成り立つのです。労働組合は、主にプロと一部の専業プチブル、そしてこれに同情的なプチブル大衆によって支持されていました。


こうした構造は日本にも明治から戦前までは厳然としてありました。

帝国大学に代表される高等教育は一律とされ、これを経ていないとプチブルにはなれなかったのです。あとは全部プロレタリアートです。

戦後のアメリカや日本では、一律の大卒システムは廃棄され、大卒か否かではなく、どの程度の大卒かによって、社会的ヒエラルキーが細かく細分化されました。つまり階級としてまとまれなくなったのです。同じ大卒の会社員であっても、等級によって立場が異なり、利害が異なります。互いに同族意識もありません。大卒プチブルという階級社会の中核が崩れたことにより、中卒の労働者から有産階級までが連続的に無限の差異によって数千に等級化されることになったのです。このいわば*等級社会*が招来され、つくられたことによって、階級闘争理論は、日米では通用しなくなったのです。会社や労働組合内だけでなく、労働組合同士も企業ごとにこり固まって、連帯することなく互いに差別し合っているのです。これでは強力な産業別労働組合など到底不可能です。一方で、ブルジョアジー側の団結は崩れていません。


同じようなことは、すでにインドのカースト社会にもありました。あそこもえらい不平等な社会なのに、社会闘争がありませんよね。

カースト制度では、やはり何千と細かく別れたカーストごとに互いに差別し合い、団結するということがありません。そして、そのカーストの勤めを現世においてよく果たしたものが、来世でよりよきカーストに生れかわるのです。つまり救済(幸福増進)そのものがカーストを前提とし、強化しているのです。

こうした細かいカーストに対するこだわりは、欧米に暮らす日本人駐在員の社会にも見られます。彼らはなんと異国でも会社ではなく卒業大学ごとに固まって、わずかな差異をもとに他を受け入れないのです。まったくインドのカースト意識と同じことです。


また、インドの生れ変わり(転生)思想についても、日本やアメリカの等級社会に似たような傾向を見い出せます。つまり、よりよく分に甘んじ、等級としてのつとめを果たしたものは、自分自身は生れ変わらないが、子供によりいい教育をつけて、よりよい等級に上げる(いい学校にいれる)ことを夢見ることができたのです。よって、日本の代表的な等級社会、サラリーマン社会では、子供への勉強圧力がつよかったわけです。おれが勤めを果たした分、おまえがよりよきカーストに生まれ変われというわけです。

こういうのが子供の発達にいろいろ問題を起こしてきたわけですね。救済を実現するのが大人自身ではなく、子供の役割だったのです。

ま、さいごはちょっと余計だったかもしれません。

◎質問者からの返答

階級闘争の考え方は私はよく分からないし、あまり積極的に理解しようとも思わないのですが(不躾な言い方でしたらすみません)、等級社会が逆に細分化した排他的な仲間単位を作り出して連携することなく孤立化させている、とのご指摘はううむ、と唸らざるをえないところです。チョムスキーが、個人がバラバラに解体されていると指摘したことをふと想起しました。

救済を大人が子どもに求めるというのは、明らかにこどもの発達に問題を起こしますよね。仰る通りだと思います。それが等級社会が引き起こすことなのかどうかは、もう少しいろいろと考えてみたいと思います。

どうもありがとうございます。


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