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パソコン通信のNIFTY-Serveが今日で終わってしまいます。お別れの言葉、思い出等がありましたら、語ってください。

■さよなら「パソコン通信」、最後のサービスが19年の歴史に幕
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000047715,20099874,00.htm

●質問者: sharia
●カテゴリ:コンピュータ インターネット
✍キーワード:Nifty さよなら サービス パソコン通信 歴史
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 19/19件

▽最新の回答へ

1 ● yamiwolf
●13ポイント

NIFTY-Serveは小学生の頃、僕のあこがれでした。

(WOWOWで放映されていたパソ通を通じた視聴者参加型番組は数河斬新でしたし)

インターネットの原点……たぶん僕の身の回りの人たちに聞いても

あまり知ってる人はいないかもしれないけど。

遠く離れた人と交流できる喜びは、インターネットに引き継がれ、更に発展していくと思います。

久しぶりに接続してみたくなりました。まだだいじょうぶかな?

◎質問者からの返答

ありがとうございます。

わたしはどちらかというと「青春」でした(^^;


2 ● sisisi444
●13ポイント

NIFTY-Serveを利用していた当時、テレホーダイなる固定料金サービスが始まるまでは、毎月数万円の電話料を払うほどチャットやフォーラムに夢中になっていました。

利用しなくなって10年近くなりますが、無料だったので退会もせずに放置していたら、@niftyがはじまったのを機に毎月210円を徴収されるようになりました。

IDは失念、住所は変わり、カード引き落としのため未だに払い続けていますが、サービス終了に伴い、この呪縛から解放されるのでしょうか?

◎質問者からの返答

ありがとうございます。

わたしもずいぶん納税したものです。


3 ● pxb12663
●18ポイント

NIFTY-Serveといえば、初めてパソコン用のモデムを買った時に付いていた接続キットが最初の出会いでした。

当時はまだローカルな草の根ネットで小さな世界で楽しんでいたのですが、高速モデムを買ったのをきっかけに全国展開しているのはどんなんだろう?と思い、接続してみたらもう抜け出せなくなってしまいました。

自分の欲求に答えるフォーラムが必ずあり、しかもユーザー数も段違いに多いので情報を取るので一生懸命でした。まだテレホーダイとかも無く、APも隣町にしかなくて電話代が6万と超えたこともあります。

新しく出来たフォーラム(ゲームデベロッパー関係)の記念懸賞では、応募者が少なかったのか当てまくった事もありました(ちょっと有名になりました^^;)。

Aircraftなどを導入して快適なNIFTYライフを数年続けました。

そういえば初めてインターネットというのに出会ったのもNiftyでした。

その後WWWが普及しだし、あまり見なくなったんですが、時々WWW上のNiftyで接続してました。

しかし、それももう終わるんですね。

ネット関係で10年以上お金を払い続けているのはNiftyだけです。

今から思うとあの頃が一番楽しかったような・・・(いま某掲示板にいるようなアラシはほとんどいなかったし)。

◎質問者からの返答

懐かしいですね。

フォーラムのアクティブとはかなりのつわものですね。わたしも、創作系のアクティブでしたが、ああ、SFファンタジーフォーラムの方々、今はどうされているのかと思うと、懐かしくなってきます。自治がしっかりできていて、本当に楽しかったです。


4 ● beautiful_peace
●18ポイント

ニフティで通信をしていた十数年前。当時、高校生でした。

パソコンはなかったので、親のワープロを借りて、ファミアカ取って。

住んでいた県から電車で3時間半くらいかけて、都内のオフ会によく参加しました。

普段、家族、高校の友達や先生、バイト先の人くらいしか接点のない生活を

していましたが、ニフティを通じて知り合える人たちは、いろいろな仕事をしている大人で、

そういう人たちと趣味を通じて友達になれるのは、とても新鮮で勉強になりました。

高校生では普通出入りしないような場所にも連れていってもらったり

未成年の視点ではわからないことを教えてもらったり。

一緒に遊んだ社会人たちにしても、普段あまり交流のない

私のような高校生と知り合うのは、楽しかったのだろうなと

自分が成人してから思いました。

もう交流がなくなってしまったけど、みんな今何をしてるんだろうと懐しく思います。


文字だけのコミュニケーションって、面白かったですね。

インターネットのような、マルチなメディア(死語?)も便利ですが

画像などに頼らない文字だけの世界でも、工夫次第でいろいろできて楽しかったです。

チャットのおかげでタイピングも上達しました。

しかし、当時のパティオ開設費って高かったなー。1万円でしたっけ。

そういえば最近、古本屋で「パソ婚ネットワーク」を見つけて、つい買っちゃいました。

あれは、考えようによっては、「電車男」などのネット本のハシリとも言えますね。


その後も@ニフティのお世話になっていますが、今月でプロバイダを変更する予定です。

ありがとう、さようならー。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。

わたしも散々言い合った挙句、実は二十歳の若造だったと知れた際に、えっーっとびびられたのを覚えています。

うわー、懐かしくて涙が出てきます。


5 ● TomCat
●20ポイント ベストアンサー

ああ、今日で完全に終わってしまいますか。

阪神大震災の時。あの頃まだインターネットは、

全く一般には普及していませんでした。

新潟中越地震ではネットを活用した情報ボランティア活動が

盛んに展開されましたが、阪神の時はニフティが、

その中心を担っていましたよね。

現地の様々なライフライン情報をニフティに集めて、

それを整理して、当時は無線アクセスなんて出来ませんから、

アマチュア無線のデータ通信を使って現地に送り返す。

そんなことが行われていたと記憶しています。

私は当時、ただ見ているだけで何も出来ませんでしたが、

そんなことをリアルタイムで体験したことがひとつのきっかけになって、

後に赤十字の救急員資格を取ることにつながりました。

そして阪神から数ヶ月後、様々な防災関係のパティオができて、

そこに私も参加もさせてもらいました。

今でこそ当たり前のように認知されている災害救助犬も、

ニフティで立ち上がった救助犬を育てる会が、

おそらく日本で最初のシンポジウムなどを開催していたと思います。

それからしばらくして時代は一気にインターネットに移っていきましたが、

そうですか・・・・。

今日で全てのサービスが完全に終わってしまうのですね。

ニフティは、確実にひとつの時代を作ってきました。

全ての資産が現在に継承されないのは残念なことですが、

それも時代の流れなのでしょう。

ありがとう、NIFTY-Serve。

ニフティとの出会い、そしてそこで出会った様々な人、様々な出来事。

私がニフティにいたのはその後期のほんの僅かの時間でしたが、

それでもきっと、私はニフティのことを忘れません。

◎質問者からの返答

うわー、ほんと人生ですね。

わたしの人生にもかなり影響を与えましたが、こんなにもみなさんの人生の一部になっているなんて、ほんとうに大きな功績ですね。


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