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紫式部と清少納言を複数の面から比較して教えて下さい。

●質問者: yn_tn_nishigaya
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:比較 清少納言 紫式部
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/5件

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1 ● taka27a
●35ポイント

紫式部のは「あはれ」、清少納言のは「をかし」の文学だという批評は多いですね。もっと平たく表現すると・・・

同じ時代に生きて、同じ場所(内裏)にいたわけですが、紫式部と清少納言、『源氏物語』と『枕草子』とを比較すると、紫式部は、ロングヘアーのちょっと暗い影のあるやつで、『源氏物語』も「あはれ」の文学ってなもので暗いしっとりしたしみじみーとした文学なわけです。

それにたいして、清少納言は、「ギャル」っぽいひたすら明るいやつで、『枕草子』も「をかし」の文学、つまり明るくドライなんです。じっさい、『枕草子』なんて、学校のセンセエがこわそうな顔をして教えるもんじゃない。『枕草子』というのは、あれは、たとえば「○○なもの。××。△△。□□。……」みたいに列挙してゆく、こういうパターンの章を類聚〈るいじゅう〉的章段っていうんですが、ちょうど、女子高生のノートにでも書いてありがちな「わたしの大好きなカワイイもの。キティーちゃんのハンカチ。○○ちゃんととったプリクラ。それから、昨日買ってもらったスィートピーの鉢植え」みたいなものなのです。

そんな清少納言ですが、実は不幸な少女だったのです。清少納言は中宮〈ちゅうぐう〉定子〈ていし〉に仕えていました。定子は一条天皇の奥さんなわけで、天皇の寵愛〈ちょうあい〉をうけて、ばりばりにときめき給うてたのですが、権力者にのし上がった藤原道長の娘の彰子〈しょうし〉……この彰子に、紫式部は仕えていたわけですが、…彰子に一条天皇を奪われてしまい、定子は失意のうちに死んでゆきます。暗そうな紫式部の方が実は幸せで、ひたすら明るい清少納言は絶望のどん底で『枕草子』を書いていたのです。ツヨキなやつですから、悲しみを表に出したくなかったんでしょう。

となります。

ほんの一面ですが参考になれば幸いです。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~heian/kenkyu/murasaki-sikibu/book/hi...


2 ● aiaina
●35ポイント

こちらなどはどうでしょうか

http://www13.ocn.ne.jp/~hanatati/nagonsikibu.html

http://blogs.dion.ne.jp/fm7/archives/896920.html

http://www5a.biglobe.ne.jp/~nkgw/kotennko07.htm

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