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遡流する 竿の寂しさ 鮎に問う
というタイトルのメールが知人から送られてきましたが、意味が解りません。出典も含め誰か教えて!

●質問者: wasken
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:タイトル メール
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● maamaamaa
●20ポイント

有名な句なのかどうかすら、わかりませんので、

私見です。(違っていたらご免なさい)

時流(世間)に逆らって生きる者の心境を詠んだ様に思えます。

http://www.google.co.jp/

◎質問者からの返答

早速のご回答ありがとうございます。

参考にさせていただきます!


2 ● aoun
●0ポイント

http://hatena.ne.jp/]

単なる俳句でしょう。

「遡流する」…さかのぼって流れる、

「竿」 …鮎釣りの竿でしょうか。

「の寂しさ」…むなしい、さみしい、の意。

「鮎に問う」…あゆ、に問う。

私も意味は全く分かりませんが、普通に考えればこうかと思います。通常鮎釣りをしている人は誰でも分かるのかもしれないな、と思いますが、鮎釣りでは竿を川下から川上へ動かしていきます。この俳句(川柳?)での「遡流する竿」とは、鮎釣りをしている最中の釣り人が、自分で持ってる竿を、自分の眼で見ますよね、単にその光景じゃないでしょうか。この後ですが、「の寂しさ」とありますが、単に釣れないから寂しいだけなのではないでしょうか。「鮎に問う」とは単に「あゆちゃん、なんでお前は釣れてくれないの?」と言っているだけなんじゃないでしょうか。つまり、「ああ、鮎を釣っているのに、釣れないことよのお、なんで鮎ちゃんあんたは釣れてくれないの?」ってだけの意味ではないでしょうか。


3 ● aase
●60ポイント

http://ohata.co.jp/010882.htm

とりあえず「鮎」は六月の季語ですね。春の遡上から秋の産卵までの一年で死んでしまうという儚さが、その容姿・香味と相俟って日本人に愛される所以のようです。

清流に遡ってわずかに揺れながら撓る細い竿、その不安定で心許ない姿が己と重なり、眩しい水面の下の清流にひそむ鮎に「何でこんなに寂しいのだろうかね」と問う(その鮎の短い一生を自分が終わらせようとしている矛盾も含めて)

みたいな解釈がせいいっぱいです

◎質問者からの返答

待った甲斐がありました。

なんか、ピンときました、ほんとに、

ありがとうございます。

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