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架空の話として、織田信長が「本能寺の変」で死ななかった仮定すると、その後、どのように、いろいろと変化しているでしょうか。推測、憶測、期待、妄想的な発想でお願いします。真面目・不真面目OKです。原則としてコメントはつけませんので、ご了承ください。

●質問者: zin20
●カテゴリ:生活
✍キーワード:コメント 妄想 本能寺の変 架空 織田信長
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 10/10件

▽最新の回答へ

1 ● adlib
●15ポイント ベストアンサー

http://www.hatena.ne.jp/1134725325

同工異曲ですが……。

?明智光秀がキリシタンを容認し、諸藩にカトリック教会が建つ。

日本列島に“ミレーの晩鐘”のような風景が出現する。

キリスト教の同盟国家として、のちの原爆投下を免れる。

?徳川家康がプロテスタントに改宗、ローマ教皇庁と決別する。

天皇家は、日本国教会の大主教として、徳川幕府の庇護を受ける。

明治革命にいたるまで鎖国状態がつづき、仏教や神道が絶滅する。

?西郷隆盛が江戸城を占拠、徳川家は日光へ、天皇家は伊勢に退く。

大統領制を導入し、国家予算の一割をローマ法王に上納する。

極貧国家なみのGNPに低迷、1$=36,500円となっている。


2 ● koma2ug
●15ポイント

季節の質問ですね(笑) ニ日過ぎてますけど。

単に「本能寺の変で死なない」といっても、いくつかのレベルがあると思いますが(例、光秀に囲まれたが脱出した、実は光秀の動きを事前に察知して本能寺はもぬけの殻だった、など)、ここは、「信長が身辺警護をしっかりつけていて、光秀が行動を起こす隙を見せなかった」のレベルで行きたいと思います。

光秀が行動を起こせなかったとすると、信長軍の動きは武田攻めの勢いそのままに、1年以内に毛利氏・長曽我部氏も滅亡、5年以内に天下統一は完成したことでしょう。

その勢いはさらに国内に留まらなかったと思いますが、秀吉のような朝鮮半島ではなく、フィリピンからベトナム、マレー半島のほうに向かったのではないかと思われます。なぜなら、当時朝鮮半島は日本に対して軍事的脅威ではありませんでしたが、ポルトガル・スペインは虎視眈々と日本侵略を狙っていましたので、その拠点を奪還する方へと、信長ならば目を向けたのではないかと思います。

信長健在であれば、技術革新にも興味を示した彼のこと、造船技術にも多数の人材を投入し、ポルトガル・スペインに十分対抗できるだけの海軍を創設したのではないでしょうか。

もしかしたらオーストラリアは日本のものになっていたかもしれませんね。


3 ● shimarakkyo
●15ポイント

愛知県が日本の首都になってる。とか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/織田信長

http://ja.wikipedia.org/wiki/尾張国


4 ● hamao
●15ポイント

作家の井沢元彦氏は日本も朝鮮半島も中国の一部になっていたと予想しています。

織田信長日本統一→唐入→明征服→日本は中国の一地方に→日本発の中国王朝いずれ倒れる

と予想しています。

私は洗脳を受けていますのでこの説に同意する部分もあります。


5 ● chan_chan
●15ポイント

明智光秀がびっくりする。


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