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小説が好きな方、嫌いな方。
私は基本的に小説というものを読みません。
理由は、?表現が回りくどい、?ある程度読んでつまらないと思った作品だと、それまでの時間が無駄に感じる?立ち読みして面白そうなのか全く判断がつかず、買う(借りる)機会がないからです。
例外として、歴史小説・自叙伝・ノンフィクションといった事実に基づくもの(知的好奇心を充たしてくれる)、シドニーシェルダン(表現が簡単、すぐ読める、単純に面白い)は大好きです。
小説が好きな方、嫌いな方はこんな私をどう思いますか?(好きな方は上記?~?の理由についてどう思われますか?)
又、小説を読むことでパーソナリティーに与えるものって何だとおもわれますか?(例えば感情表現が豊になる等)
最後に、「この一冊はお薦め」というのがあれば、是非、ご紹介願います。愚問ですいませんが。

●質問者: sannose
●カテゴリ:趣味・スポーツ 芸術・文化・歴史
✍キーワード:お薦め まら シェル シドニー ノンフィクション
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 90/90件

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[1]尊敬できるけど gto701634

失礼ですが、「尊敬できるけれど友達にはなりたくないひと」といったところでしょうか、まわりくどい表現を好むひともいれば、つまらない作品も次の本を選ぶ際のヒントになります、最後まで読了したはじめてその作品の面白さ、つまらなさがわかるのではないでしょうか、お勧めは村上春樹の「ノルウェイの森」です。この作品はとても大好きなのですが、私としては、最後の章の後半は物語の流れを台無しにているとおもいます。


[2]小説が好きな立場から。 trouble

私の身近にも、ノンフィクションの系統しか読まない、という人は少なくありません。それはそれでその人の嗜好なので仕方がないのかな、と思いますし、「面白さ」を感じるツボが違うのだろうなと思っています。

?について

小説を読む楽しさのひとつに、回りくどさを楽しむ、というところがあると思います。逆に言えば、そのあたりを「嫌だな」と思う人にとっては、苦痛でしかないのかもしれません。

?について

これも難しいですね……。個人的には、どんなにつまらない文章を読んでも「時間の無駄だった」とはあんまり思いません。「お金の無駄だった」とは思いますが。能動的に楽しもうとすることも必要かも?

?について

慣れてくると、ある程度フィーリングで「面白そう!」という雰囲気がつかめるようになるような気がしますが、確かに「何を読んだら良いのやら」となるかもしれません。人に「こういう感じの本ある?」とかいった形で紹介してもらうのが一番てっとりばやいのかもしれません。

パーソナリティに与える影響

個人的には、「地の文」の言葉遣いが、自分の中に流れ込んでくることが大きいように思います。自分にはないような心の動きであるとか、あるのだけど眠っている動きであるとかが、呼び覚まされるような気がします。

おすすめの一冊

季節の記憶

季節の記憶

ストーリーがないに等しいので最初は読みづらいかもしれませんが、「地の文」が流れ込んでくる感覚が味わえるかと思います。


[3]どうも思わない.../本を読むだけ良い方 gong1971

私自身、ほとんど本を読まないので、特にどうも思いません。

むしろ小説以外の本を読んでいらっしゃれば十分なのでは?

また、本を読まない事が知的ではないという事でも無いですし。

本以外にも、音楽、美術、演劇などありますからね。(私は観劇が趣味です)

ちなみに小説で「お勧めの一冊」はダグラス・クープランドの「ジェネレーションX」です。


[4]別にどうも思いませんが Allashe

小説という「ジャンル」の好き嫌いを論じる意味はあまり無いと思いますよ。私もお気に入りの作家の作品は欠かさず読みますが、それ以外は読みません。

気にしないで好きに過ごせばよいのだと思います。

小説を読んで人間性が変化するか、ということについては、「小説」を読むか、ではなく「どんな」小説を読むか、だと思います。

小説の話をすると、最近話題の「ダヴィンチ・コード」なんかは歴史テーマのシドニイ・シェルダン風小説なので、お気に召すのではないでしょうか。

あと、あちこちに書いてますがエリアフ・ゴールドラット博士の「ザ・ゴール」シリーズはどれも面白いです。工場の生産管理がテーマですが、知的好奇心を満たしてくれてとても面白いです。


[5]どう思うかを気にする必要があるの? rr003013

読書なんてものは人知れずやってるもので

何を読もうが別に何とも思わないでしょう。

小説を選べないのなら、ネットで書評を読めばいいし、

何なら売れ筋上位の物を読んでみれば?

例えば同じまんがを単行本で読むか、週刊誌で読むか、はたまたアニメで見るかで人それぞれの感じ方が違う。

単行本で読む人は普通。

週刊誌で読む人は童心の強い人。

アニメで見る人は子供。

こういう風に感じる人もいればそう感じない人もいる。

他人にどう思われようと好きなものは好きで嫌いなものは嫌い。

小説だって一緒。好きでもないのに読む必要はない。

むしろ好きでもないのに好きでで読んでいるかのような振る舞いをして自慢げになっているほうが軽蔑に値する。

それなら普通に少年なんとかっていう週刊誌を毎週欠かさず購読しているやつのほうが好きです


[6]自分としては retorin

???の理由はよくわかります。自分は小説は好きな方ですが気まぐれにしか読みません(たまたま手に入ったとか友達に進められたとか)。特に?、なかなかどの作品が面白いのか読んでみるまで分かりませんよね。だから嫌いなのもありだと思います。

自分にとって小説とは『自分ができなかった(できない)経験、知識をくれるもの?』みたいなもんですかね。読んでいるとなんか思慮深くなります。

最近読んだのはライトノベルなのですが『涼宮ハルヒ』シリーズははまりました。結構哲学的なところもあります(自分はそこが好き)がそれ抜きでもサクサク読めます。


[7]>1 率直なご意見ありがとうございます。 sannose

この質問をしたのは、自分に何か感受性が欠けている部分があるのではないか、小説が好きな人とは精神世界が違うのか(=その世界を覗いてみたい)という思いからだという気がします。


[8]>6 経験という観点では sannose

読んでいる人の方が自分の実体験以上の精神世界を持っているのでしょうね。


[9]私も小説は苦手です。 sougetsu

現実の人生の方が、小説よりもずっと、エキサイティングで、意外性に富んでいて、リアリティがあると感じてからは、小説は読まなくなってしまいました。

この20年で読んだのは、山田詠美のデビュー作「スプーン」と高村薫のデビュー作「黄金を抱いて飛べ」ぐらい。どちらの作品も、自分の経験を活かして、リアリティを加えている点が共通しているかも。

街を歩いている人も、一見何事もないような顔をしてますが、みんな多かれ少なかれ、秘密を持っていたり、恋に悩んでいたり、誰かを殺したいと思っていたり、人に言えない趣味があったり、犯罪者だったり、、、ってことが、だんだんわかってきてからは、小説を読むよりは、より深くいろんな人と付き合うことを大切にするようになりました。

だからって、小説に価値がないなんて思ってませんが。小説は、作家が感じている現実を反映している「はず」ですから、他者の考え方、感じ方、気持ちや心の動きを知る手がかりになると思うので。

でも、やっぱり現実の人間と人生の方が、面白いです。小説みたいに上手く話しは進みませんけど、意外な出会いが意外な複線になっていたり、もうワクワクします。


[10]>2 「地の文」の言葉使いが・・・ sannose

心に響きました。何度も読み返しています。ご推薦の本を読んでみます。


[11]>5 他人の目を気にしてる訳ではありません sannose

質問の仕方が下手でしたかね。肝心なところを、ついでのような形でお聞きしたもので。


[12]>4 「ザ・ゴール」シリーズ sannose

工場の生産管理・・・かなり興味あります。


[13]>3 観劇いいですね sannose

私もたまにミュ―ジカルを観に行きます。


[14]>9 現実の人間のほうが・・ sannose

自分はずっとそう思ってたんですが、たまに小説の存在が気になってたんです・・・


[15]賢く要領よいのでは・・・ないですか! nana109

本の虫みたいな人より数段優秀とお見受けします。


[16]フィクションを読むということ gakuyo

基本的には小説(広くフィクション)が好きですが、ノンフィクションもよく読みます。ただの、活字中毒という話もありますが……。

で、そんな自分を振り返ってみると、小説を読みふけった時期と、ほとんど読まなかった時期があります。ですから、必要とする時期というのがあるのだと思うのです。もちろん、「必要」の中身は、人それぞれでしょうし、私一人を考えても、変わっています。

ですから、小説を読まないと言いながら、読んでいる貴方に対しては、「読みたい本を読まれているのだから、それでよろしいのでは」と思います。

???についての意見を少し。

?表現が回りくどい

同じ本を違う年齢で読んだ経験から、読み手の感性が大きく左右すると思います。ですから、ある作品の文章が回りくどいと感じることがあるのは当然のことと思います。

?ある程度読んでつまらないと思った作品だと、それまでの時間が無駄に感じる

これは同感です。若いころは、「最後まで読まずに評価するのは良くない」などと思っていましたが、今は、時間が最も貴重品と考えて、読むのを止めたりします。

?立ち読みして面白そうなのか全く判断がつかず、買う(借りる)機会がないからです。

私も、いまだに判断をミスします。というか、間違えて当然と思います。なので、間違えてもいいや、途中で止めよう、そんな気持ちでよろしいのでは? ただ、買うときは困りますね。私の場合は、フィクションだけでなく、ノンフィクションでも、買うべきか買わないべきか迷うことが多いです。

小説を読むことでパーソナリティーに与えるものですが、これは、いろいろあると思います。

小説を読むことには、疑似体験の要素があると思うのです。多くの人が経験しない(できない)状況での人間の行動や内面に触れる。

幼少期に小説を読む(あるいは、お話を聞く)。そこで感じるものは一人ひとり違うでしょうが、たとえば、桃太郎で「鬼が可哀想」と感じさせるように語られる話を聞くのと、「鬼は悪」と感じさせるように語られる話を聞くのとでは、聞き手の気持ちが違い、その後の影響も違う気がします。

また、思春期であれば、「自分の迷い」と同じことに苦しむ主人公を描いた作品を読めば、大きく影響を受けるのではないでしょうか。私の実体験で言えば、中学?高校のときに、ヘッセの「デミアン」(そのほか、「シッダールタ」や「知と愛」)に影響を受けたと思います。

もちろん、「楽しみ」としての小説も多数読みました(推理小説好きなので)。こちらは、シャーロック・ホームズに憧れたりはしましたが、パーソナリティに影響を受けたかと言われると……。ただ、アガサ・クリスティの作品などは、どれも楽しいですが(個人的には「検察側の証人」を薦めます。これは、マレーネ・デートリッヒ主演で映画化されていて、2度、楽しめます)。

個人的には、最近、これ、という小説には出会っていないので、申し訳ないのですが戯曲(フィクションということでお許し下さい)を薦めたいと思います。シェイクスピアの戯曲(私は小田島訳で読んでいます)は、それぞれ面白いですよ。好きな役者をキャスティングして、その人の顔と声で、頭の中で演じさせるように読むのは、小説とも一味違った楽しい時間になります(1冊ということであれば「オセロ」ですね)。


[17]>10 私も小説好きな者です goldwell

ただ別に誇れることでは無いと思いますし、映画・音楽と同様に趣味の範囲ですから、それで人間性がどうのって言おうとは思いません。


例えば、歴史物(伝記だけでなく、仮想戦記みたいなIF物も含め)は結構読んでいる方ですが、それで歴史の教育に役立つってわけでもなしし、強いて言えば薀蓄を語らせればいくれでも語れるってことぐらでしょうか(笑)


?自分の好きなジャンルで言えばくどいのも好きですが、これも好みの問題で、好きなジャンルでなければくどさが鼻について読書が進まないこともありますし。

あまり読書しない人がそう思ったり、ぶ厚い本に手を出せないのは理解できます。


?作家や書評・あらすじで選んでいるので、あまり経験ないですが、初めて読む作家で駄作に当たった時にそう思ったことがあります。怒りを覚えたことさえありますね。


?私は?と同様および暇な時間(通勤の電車内とか待ち時間など)は、何かしていなければ落ち着かない習性なので、常に読む本がないと駄目なんです。

でも時間の使い方は人それぞれですから、他に確実に楽しめるものがあれば、あえて未知の世界にチャレンジするのは確かにお金と時間の無駄になるかもしれないし・・・。

例えば、面白かった映画があって、その原作を読んでみる、というふうに関連する趣味から広げていくというのはどうでしょうか?


・パーソナリティへの影響

想像(妄想)好きになるってことでしょうか(笑)

まぁ、ある意味、頭でっかちになりがちでもあります。

本当におもしろい本を読むと好奇心が刺激され、興味の幅は広がりますが、そこで止まらずに積極的にいろいろ調べたり行動することによって、知性の面で人間性が豊かになる(かも)。

「百聞は一見にしかず」といいますが、小説で読んだ歴史にちなむ史跡を実際に見に行くことによって、自分の知識にようやく現実味ができたこともありました。


最後に、歴史物は読まれるということですが、奇説・伝説の類や、歴史に「もしも?」という想像をすることはどう思いますでしょうか?

あえて、そのあたりを組み込んた傑作作品をお薦めします。

影武者徳川家康〈上〉 影武者徳川家康〈中〉 影武者徳川家康〈下〉

影武者徳川家康〈上・中・下〉

作者: 隆慶一郎

出版社/メーカー: 新潮社

発売日: 1993/08

メディア: 文庫


ふたり道三〈上〉 ふたり道三〈中〉 ふたり道三〈下〉

ふたり道三〈上・中・下〉

作者: 宮本昌孝

出版社/メーカー: 新潮社

発売日: 2005/09

メディア: 文庫


[18]僕も嫌いですよ tehi

なのでほとんど小説は読みませんが、読むときは図書館で借りて読みます。僕が本を選ぶ基準は表紙の絵です。表紙みて面白そうなら読む。つまらなかったら途中でやめます。せっかく途中まで読んだんだから一応最後まで読もうとすることもありますけどね。おすすめは、デウスです。ページ数は多いですがおもしろくてすぐ読んでしまいました。これから読んでみたい本は少年八犬伝です。


デウス

少年八犬伝


[19]趣味とか抱える問題意識のちがいでは castle

ないかと思う普通の小説好きです。

多分、小説というジャンルに期待を抱けるほど感動を味わった経験が薄いのではないかと思います。1回おいしい経験をすると人はもう一度似たような感動を味わいたいとのめり込んでいくものですから。

感銘を受けるような傾向も人それぞれ異なるので、小説というジャンルがその傾向にそわないか、また自分の嗜好に沿うものを探そうとするほど気持ちが盛り上がらないとか。

感銘を受けるという場合、その人自身が抱える問題意識や興味対象とつながっていたりもします。表現媒体としての相性もありますね。漫画の読み方がわからないという人がいて驚いたことがありますが、たしかにある程度読み方の訓練がないと単なる絵の連続で意味がわからない、と。

苦手なものに手を出すよりも今好きなものにのめり込んだほうがいいと思います。

お薦めは……ええと、くどい表現の本しか思いつかない……(汗)

とりあえず読みやすかった中から。

邪宗門の惨劇

花咲村の惨劇


[20]長くなってしまいました。 chiaki25

小説、私も最近あまり読みません。もっとも、理由はsannnoseさんと違います。「ちょっと一息つけるようなときに落ち着いて読みたいから」「ほかに読まなきゃならない本や読みたい本が山ほどあるから」というものです。

ご提示の??についてですが、troubleさんが書かれていることに同感です。

知識系の本だと「つまらないけどこの部分だけは参考になる」ということがあるので、途中で投げ出しにくい。結局、時間的に無駄の多い読書になるわけです。読書につきものの多少の無駄は、ある主の投資と考えてみてはどうでしょうか?

書かれた言葉を丹念に追っていくときの迂回感には、生活のなかで体験させられる「まわりくどい感じ」と同質なものもあります。しかし、対象が「じっくりつきあっていく価値のある言葉」であれば、時間的な損失は問題ではない。そんな言葉と出会えるといいですね。

「架空の他人の体験を言葉でシミュレーションする」という形式自体がまわりくどく思えるときには、小説どころか芝居も劇映画も時間の無駄みたいに思えます。音楽でも、物語性のつよい歌詞はうざったくなります。そういう感覚なら、非常によくわかります。

読書体験によるパーソナリティの変化…「感情表現が豊かになる」というのは、ちょっと違いますね。たしかに、自分や他人の感情を受けとめる力は育つと思います。でも、実際に喋ったり書いたりしてみないと、表現する力には結びつかないでしょう。知識獲得を中心とした読書についても同じようなことがいえると思います。

?については、立ち読みしてもダメなら、身の回りの小説好きな人にたずねてみるのが早道では。私は、長年本を読んできたせいで嗅覚が発達しているのでしょうか、それとも鈍感なだけでしょうか。「時間の無駄だった」という体験は最近ほとんどありません。

おすすめは別の場所にリスト化してあります。名前に聞き覚えのある作家、気になるタイトルなどがあれば、どれでも一冊どうぞ。


[21]空想はすき? sakura19749

私は本は好きですね。

物語でも読んでると楽しいですし時間の無駄だとは思ったことはないです。

でもそう思うのならそれでいいのではないでしょうか_?

私は昔から探偵小説が好きです。

物語の世界に入って楽しむような感覚です。


[22]小説は好きでない。 riverdog

私も小説は好きではありません。

しかし、歴史小説には興味がありますが、範囲が限られます。

小説よりも歴史参考書の方がどちらかというと好きです。参考書はイイトコ取りのように感じ諸説を読むより、時間を楽しく潰せます。

歴史小説を読むキッカケは漫画からで「墨攻」などを読んでいます。(「墨攻」は個人的には、漫画の方が好きです。)

自分が小説を読まないのは想像力、読解力が乏しいのか解りませんが、小説の面白さが余り感じることが出来ません。しかし、歴史小説は興味のある人物が出てくるのであれば、興味があるので読んでみようかと思います。借り本なら読破することは無い時もあります。

sannoseさんに質問には共感できます。私同様、興味のない事柄には時間を費やしたくないタイプのように感じます。


[23]感情や言葉学べる ratonantena9-12

私はドラマや映画化されるような話題作しか読まないのでそんなに小説好きではないのですが、横山秀夫さんと東野圭吾さんの作品は好きです。彼らの作品には信念みたいなものがあって最後まで一気に読んでしまいます。文章も巧みですし、登場人物の気持ちが読み手ににリアルに伝わってくるので、涙が流れたり、怒りがこみ上げてきたりします。彼らの小説を読んで人の気持ちを考えることができるようになってきたと思います。人間は複雑なものだということが分かりました。難しい言葉や表現も小説から学んだように思えます。

でも、小説を無理して読むことはないと思うけど、人の感情や言葉を学ぶには最適だと思うし、いろんな環境にいる人がでてくるので、社会勉強にもなると思います。

第三の時効 クライマーズ・ハイ レイクサイド 変身 探偵ガリレオ 浪花少年探偵団


[24]小説は読む必要ないと思います。断言。 tosyosisyo99

図書館司書です。

A、?仰る通りです。

?確かに時間の無駄です。

?面白そうなのか判断が付かないのは、

貴殿がまだ若いからかもしれません。

(人生がまだ固まっていないかも)

文学を専攻し山程の小説を読みましたが、

ベストオブな「小説」には未だ当たりません。

小説ごときで変わってしまうパーソナリティにも

不安があります。パーソナリティなんて

小説でかわるものでは有りません。多分。

仕事柄、学術書、専門書は読みますが、

それ以外「楽しみで小説を読む」時間は

私にとっても無駄ですね。

知識を吸収するだけの読書と割り切った方が良いと思います。

女の子を口説く時の甘ーい台詞は

「スピードワゴン」のネタで仕入れれば充分です。

小説読まなくても。


[25]>24 こう言う意見はまず出ないと思ってました sannose

ここまで言いきれる事自体、すごい人だなあと感激してます。楽しみとしては読んでみえるわけですね。

皆さんのご意見、非常に有益なものとして読まさせて頂いております。


[26]>22 かなり近い感覚の人ですね! sannose

独り言ですが、私は、中・高と国語の授業で読む教材に全く興味が湧きませんでしたし、国語のテストも全然できませんでした。あと、本を読む習慣が備わってないという問題なのかなあ。


[27]なんとなく理由が・・・ AlJarreau

?回りくどい、の件⇒あなたの生活って、すべて合理的ですか?回りくどかったり、うまくいかなかったり、無駄があったりしませんか?割り切れないことだらけじゃないですか?小説も同じですよ、多分。愉快爽快、一刀両断、単純明快な物語でカタルシスを得られるのであれば、そういう本を読むべきでしょう。具体的に何を読んだらいいかは、すみませんが別の方に聞いてください。

?つまらなかったら時間が無駄、の件⇒「時間の無駄を省くこと」に大きなプライオリティを置いてしまう人は、小説を読まない方がいいかも知れませんね。

?立ち読み云々の件⇒立ち読みで面白いか面白くないか判断がつかないから読むのが嫌いというのは後付けの理由ですよ、そりゃ。あなたはもともと他の理由で、小説を読むのが嫌いなんだと思いますよ。

小説を読むことで得られるものは人によってまちまちです。何かを得るために読むのか、娯楽として読むのかも人それぞれです。考えすぎないでやりたいようにやったほうがいいんじゃないですか?小説を読むことは、多分あなたにとって仕事でも何でもないんですから。


[28]>26 国語の授業 riverdog

私の場合、全く興味が湧かないというのでなく、小6の時の国語に授業で授業の内容がつまらなかったのだろうと思うのですが、教科書に山脈の絵が書いてあったので、その山脈の絵に目を付け足したりして山脈のモンスターを書いているところを同級生にチクられて教師に怒られた思い出があります。

そんな思い出が、小説嫌いになったのかはわかりませんが、歴史には興味あり好きなジャンルは幕末、戦国時代で、漫画から影響を受けた三国志も興味があります。

現在、自宅の本棚はマンガ本が6割、参考書が3割、小説は1割にも満たないぐらいです。

シドニーシェルダンは初耳なのでもし宜しければどのようなものかご教授いただければ幸いです。


[29]>28 シドニーシェルダンは sannose

超訳版とかいう、いわゆる意訳したものなんで、読み易いんですよ。内容は熱愛・裏切・復習といったドロドロしたのが多いですよ。


[30]>29 シドニーシェルダンについて riverdog

sannoseさんの質問と関係なかったですが、シドニーシェルダンについてどんなもの内容なのか解りました。

ありがとうございます。


[31]>20 言葉を丹念に追っていくときの迂回感 sannose

このような表現は私には絶対できません。


[32]>19 自分の嗜好に沿うものは sannose

どう探してますか?書店に行っても、小説は作者別・出版社別になっているので、どういったジャンルなのかさえ分からないですよね(あの中から選べる人は凄いと思ってます)。

例えば、「不撓・不屈」という本を何年か前に読み非常に心に打たれる思いをしました。友人に話を聞いたから読んだのですが、友人の情報なしに本屋に行ってこの本をみてもぴくりとも反応しません。なんの話か想像つかないし、いちいち中を見てたらきりが無いと思うからです(ハードカバーなら帯封を見ればある程度、推測できるのでしょうかね)。

質問が「興味のある小説の探し方」に変わっていきそうな・・・・


[33]>32 訂正します sannose

「不撓・不屈」はノンフィクションでしたね。大分ボケてますので、すいません。


[34]>7 感受性の問題ではなく性格だと思います。 miharaseihyou

途中経過を楽しみたい人もいれば、結論を求めたい人もいます。現代人は確かに時間に追われ余裕が無いと言われていますが、それでも読みたい人は読む。時間の無駄遣いと言えるかもしれません。何かをしたければ、時間は作るものですから。あなたと相性の悪い人はできるかもしれませんが、それはお互いでしょう。感受性はこの質問をされたことから優秀だと感じました。


[35]>16 「自分の迷い」と同じことに苦しむ主人公を描いた作品 sannose

それなら絶対読みます!(思春期ではないですが)


[36]>23 手軽に人の考えを知ることが出来る chakkirin

本を読む必要があるかと言われれば否です。

本を読まないから頭が悪い、文章が稚拙なんていうのは変だと思います。文章の良し悪しは人によって評価が違いますから。ただし、意味が伝わるということは前提条件だと思いますけれど。しかし、伝わる文章を書くということと本を読むということは必ずしも相関関係にないと考えます。

ただし、小説家が「ある心情をどう言葉で表現し伝えるのか?」と苦心しているのは非常に面白いことだと思います。他人が物事をどう捉えているかを知るためには深い対話が必要となりますが、本ではそれに似たようなことが出来ると僕は思います。

小説は読む必要なんてありません。しかし、読む人が多いということは魅力があるのだと思います。その魅力に辿り着くまで、自分の一冊をお探しになるのも悪くないと思います。


[37]そのとおり! tomozo117

いいじゃないですか!多かれ少なかれ皆そんなものじゃないでしょうか。読み終わってつまらない作品だったと思うことも当然あるわけで、美味しそうな店かなと期待して入ったレストランでまずいものが出てくるのと同じです。「あ?この店不味かったなぁ?」と話のネタにすればいいのです。失敗したくないという思いが強すぎるのかもしれませんね。周りにも同じような人がいるのですが、常に満足できる結果を期待するあまり何も出来なくなり、自分自身で判断し行動できなくなるのです。「何を食べたい?」という問いに対して「美味しいもの!」という答えになってしまうのです。美味しいかどうかは食べてみなければ分かりませんよね。でも本人は失敗したくないので、初めての店や食べたことの無いものにチャレンジすることを躊躇します。勿論、それでもいいのです。別に、チャレンジ精神を発揮して、わざわざ不味いと思うものを食べる必要もない。自分が美味しいと思うものを食べ続ければいい。ただ、それにもし飽きてきたなら何か他のものにチャレンジしてみればいいのです。

お薦めは、時代小説のジャンルに入るでしょうか・・・

浅田次郎著「蒼穹の昴」


[38] 供述調書のすすめ adlib

きみは、司馬遷ならぬ司馬遼太郎を贔屓にしているようだが、むかし

与太郎も大河ドラマの原作として《国取物語》や《花神》を読んでいる。

ところが、あるとき次の一節に至って、急に興ざめしてしまった。

たぶん《項羽と劉邦》だかで「……と云って、彼はニタリと笑った」

というくだりである。そんな表情を、誰が見たというのか?

このような論理回路に疑問を抱くと、歴史小説は読むに耐えない。

たとえば、ドラクロワの《民衆を率いる自由の女神 1830》も、ごく

最近まで、バスティ?ユ牢獄へ向う図だと思いこんでいた。

ふと、乳房を出しているのはなぜか、と疑問を抱いて虚しくなった。

つまり、寓話や神話は事実に拘束されないが、歴史的事実を寓話的に

語ることはルール違反ではないだろうか。

このような議論は《ロビンソン漂流記》以来のものだそうだ。

ところが、松本清張は具体的な結論をくだしている。将来の文学は、

警察の供述調書のような文体になるだろう、というのだ。

よって“司馬 vs 清張”の対立に、もはや与太郎の軍配はゆるがない。

http://d.hatena.ne.jp/adlib/20051129

── 《五十年の過客 ? 畏友への返信 ? 与太郎文庫より》


[39]あなたはダメな小説ばかり読んでいる I11

「あなたはダメな小説ばかり読んでいる」と言われたことはありませんか、小説嫌いの方?

人間の出会いにも運・不運というのがあるように、小説の出会いにも運・不運というのがあるのかもしれないですね。

最初に出会った小説が最高の小説だったらラッキーでしょうけれど、そんな幸運は誰もが持てるわけではありません。

最初に読んだ小説がダメで、次に読んだ小説もダメで、その次もダメだった、というような不運な人は、小説が嫌いになっても仕方がないかもしれませんね。

私の小説の買い方は、小説を買うというよりも、本の装丁を買うという感じですね。

装丁やデザインが美しかったりすると、ちょっとぐらい内容がアレでも本として所有してもいいかな、なんて思ったりします。小説として面白かったら拾い物。過剰に小説に期待しないことです。


[40]「小説」を読む事は尊い行為だと思っていませんか? yarisawa

小説だってテレビ番組や映画、ゲームなどと同じ娯楽の一ジャンルなんですから基本的には物語・文章を読む事で楽しいと感じるから読むものだと思います(少なくとも私はそうです)。

ただ小説を読む事で楽しさを感じられるかどうかは個々人の趣味なので、小説が苦手なんですといわれてといわれても「そうですか。それがあなたの趣味なんですね」としかいえません。

?の理由は私は物語そのものを楽しむたちなのであまり気になりませんが(比喩がまどろっこしくてなにを言いたいのかわからない場合は別ですが(苦笑))、sannoseさんにはとっては苦痛になるのなら、その考えに口出ししたって意味がないですし。

?と?に関して言えば、別に小説に限らず他のエンタテインメントにも同じ事は言えますから深く考えずにちょっと気になったものを読むという姿勢でいいんじゃないでしょうか。それでそこそこ面白かったらラッキーって感じで。

パーソナリティへの影響ですが、作品ならともかく行為自体には大して影響はないと思います。私の場合小説を読む行為そのもので得られたものといえばせいぜい漢字と慣用句を覚えるようになったぐらいですし。


[41]>33 本との出会いを運命と割り切ってます(笑) castle

自分の嗜好のあった本がどこかにあるかもしれないけれど、それと出会えるのは別の話とわりきって、気になるジャンルをさ迷い歩きおもむくままに本を手にとりパラパラとめくってます。

私的には「面白い本と出会えたらラッキー」といった風に宝探し気分です。


[42]>9 小説はその作家そのものなので nowokay

歴史書やら理論書は、その書いてあること自体に意味があるのですが、小説の場合は、書いてあること自体にはあまり意味がなくて、書いた人の経験や考えのほうに意味があると思うんです。

いっしょに食事に行って、話が面白い人と面白くない人といますよね。話が面白い人と過ごした時間は、得られた情報に関係なく有意義だし、仮定の話でも面白いです。でも話が面白くない人と過ごす時間は、情報が得られるとしてもあまり意義がないです。

小説もそんなもんだと思います。

あと、小説で、「仮定の話」を書く人と「ウソの話」を書く人がいて、「仮定の話」は面白いのですが、「ウソの話」はおもしろくないです。

例えば、司馬遼太郎なんかは、ちゃんと調べた結果、仮定をまじえてストーリーを組み立てているので、ぼくは面白いと思います。新撰組を描いた「燃えよ剣」や、「項羽と劉邦」は何度読んでもどこから読んでも面白いです。

最近の本では「いま、会いにゆきます」も人間描写に不自然はなく、どういう仮定だったかというのが最後あきらかにされて面白かったです。逆に「世界の中心で?」という本は、登場人物の行動が高校生としてはいちいちウソくさかったので、読む気になれませんでした。

小説は玉石が非常に混合していて、どうみても石でしかないものが宣伝戦略でベストセラーになったりしているので、拒否反応が出ているのだと思います。

いっそのこと、小説は読まないというスタンスも安全策としてはいいのではないかと思います。

一冊勧めるなら、ちょっと理系になっちゃいますが「ご冗談でしょう、ファインマンさん」です。ファインマンという物理学者の伝記です。ほとんど物語として楽しめます。数式や理系の知識が必要な章は読み飛ばせばいいと思います。小説を読まないのもそれはそれでアリかな、と思わせてくれる本だと思います。

この本は物理学者の本なので、抵抗があるかもしれませんが、他の本でも興味がある分野の本を読みあさる方が、ヘタな小説を読むよりいいと思います。


[43]>9 実は小説が好きなのでは? chikchik

歴史小説もシドニー・シェルダンも小説です。だから、じゅうぶん「小説が好き」な部類に入るんじゃないかと思います。

単に「おもしろい」と思える小説に巡り会っていないだけではないでしょうか。個人的には、最近の国内の小説については同じような感想をもっているので読みません。表現手法が固定化されてしまっていること、新しい価値観を提供してくれるストーリィが少ないことがおもしろさを感じさせない原因だと思います。

おもしろい小説を探したければ、

・海外の短編小説

表現も価値観も国内のそれとは異なり、手早く読める

・明治期の国内文豪の作品

価値観の変動期にうまれたものなので斬新。無駄に長いものも少ない

をチェックしてみることをおすすめします。

また、穴場としては翻訳モノのアダルト小説があります(フランス書院などを探してください)。少し古いものだと芸術性が高いうえ、「実用性」もあるので飽きません。たかが活字で興奮させられる自分を発見すると、小説というメディアの新たな可能性を感じると思います。


[44]好きだけどよまない mo_ko_mo_ko

私の場合。小説を読むのはすごくすきだけど、普段は読みません。はまっちゃって、他のことが考えられなくなっちゃうんです。また、いろいろ考えるのに時間も体力も使うから。

だから、すごく時間が取れるときにしかよみません。

あと、小説って全般的に、前半はあまり面白いものではありませんよね。私の場合、途中から、あるいは最後に楽しくなるものが多いです。

宮部みゆきとか、結構おもしろいですよ。

ただし、嵌りやすいので注意ですw


[45]小説好きですよ zenpiro

映画も芝居も好きですが。

小説ってのは、『理解』に対して親切なメディアだと思ってます。

映画や芝居だと、その表情や仕草で多くのことを表現しているわけで、それを読み取れなかったり、見逃してしまうと理解できないことがあります。

小説は、もちろん作者の作風によりますが、それらの説明を詳細に記述するので誤解が少ないですね。その反面、情報量としては多くなってしまうのですが。また、自分のペースで読むことができ、場合によっては読んでいる途中で読み返してみたり、自分の都合で進めることができます。逆を言えば、自分が進めない限り終わらないのですが。

映画だと「なんじゃこりゃー」が、小説だと「面白い!」だったことがあります。最初にそう思ったのが瀬名秀明の『パラサイトイブ』でした。たぶんブックオフで¥100くらいだと思いますが。

本選びは、自分の好きな人、尊敬できる人などが良いと思っている本から始めるのが良いと思います。

パーソナリティーに与えることは、これは映画も小説もあまり変わりなく、僕の場合は『価値観が揺らぐ』だと思います。感情表現が豊かになったとは思ったことはありません。面白かった、というのとは別に「あの本を経て価値観が変わった」というのは自分によって意味のある作品だったのだと思います。

一応、おすすめをすると、僕は直木賞という賞を賞賛していて、この賞をもらっている作家は結構好きです。

あえてひとつ、この作品をあげておきます。

イン・ザ・プール

イン・ザ・プール


[46]>31 同じ意見です second517

chiaki25さんと同じ見解です。ほぼ言い尽くされていると感じました。

本との出会いは人との出会いに似ています。

星の数ほどある本の中で、生きているうちにすべての良書に会い続けることは難しいです。むしろ読むのがつらいような本ばかり、という瞬間もあります。ですが読みつづけてさえいれば、それなりに次の一冊を探すアンテナも敏感になり、すばらしい一冊に会える可能性も高まっていくと思ってます。別に小説でなくとも問題なく、あなたのお読みになりたいものでかまわないと感じました。


[47]一歩間違えば活字中毒?かなぁ? karz

小説にとらわれず歴史書も読みますし ノンフィクション伝記自叙伝 マンガ 新聞週刊誌 回覧板からチラシまで 読んでしまう活字好きにも一言言わせてもらえるでしょうか

あなたの質問が読書しません なら考えますが、別に小説が好きでも嫌いでも 文を読むことが嫌いでなければ 構いはしないと考えます。何も読まないのは ちょっとねぇ。本読めよとかいってしまいます(笑)

とりあえず ?多くの小説は 伏線を張るという事をしなければならず どうしてもそのために表現が まわりくどくなるんではないでしょうか?その張り方が上手いと読後感がいいんですけどね。

?つまらない作品は多々あります。それはそれだもの 仕方がありません?書評を信じた自分が馬鹿だったってことも 多々ありますが それでも もし読んで面白かったら そう考えます。(近頃では はやりの ダ・ヴィンチ・コードもそうでした。文庫になるまで読んでいませんでした。)

駄作の上に成り立っている傑作

そう考えれば 気が治まるように感じられませんか(笑)

そうそう 読了することによって 達成感はもてるよね。1つの事をやり遂げたという たかが読書でも

あと 追体験という面もあるように感じます。


[48]面白い本と退屈な本 mu-na

私は読書は好きですが、中々時間が取れず読む暇がありません。なので本当に面白い本を読みたいと思ってます。

面白い本は、眠るのを忘れて読みふけってしまうので休み前に読む事にしてます。読まなきゃいけない本は、普段寝る前に目を通すと自然に眠りに落ちていきます。読んでいる間は、その世界に入り込み笑ったり泣いたりととても疲れます。風邪など引いて熱が高く風邪グスリでボーとなっている時など感情移入しすぎるので要注意です。

シドニーシェルダンは私も大好きです、ただ分厚いので今はなかなか手が出せません。一度読んでしまうととまらないので。

本を読むのも漫画を読むのも私は同じだと思うのですが、ただ本だと絵がないので想像力と構成力はつくと思います。

最後に今の私のお奨めは、「停電の夜に』とゆうインドの女流作家の処女作です。長くなってしまってごめんなさい。


[49]>9 苦手か得意かというよりも chaosdevil

小説を読んだことによって体験したこと(それは新しく知った知識かもしれないし「面白い」という気持ちかもしれない)に対して自分で価値を見いだせるかどうか、ということなのではないでしょうか。

確かに現実の人生の方が色々あって楽しいかもしれませんが、一人の人間が体験出来る人生はひとつしかありません。そのひとつの体験だけで満足出来ればそれでいいし、より多くの体験を感じてみたい、知りたいと思うのであれば小説というのはそういった望みが叶えられる比較的ハードルの低い選択肢のひとつだと思います。

あと質問自体を否定するつもりはありませんが、「お薦めの一冊」というのは本当に好きな人にはなかなか決められないものなので、こういった問いにあっさりと答えて出てきたものというのはおざなりなものが多くなりがちです。

なので突き放すような言い方で申し訳ありませんが、私が薦める一冊は、「あなたが自分の目と足で探し出した本」ということになります。


[50]『心臓を貫かれて』 zakkiver24

文面から察するに「読書の幅を小説まで広げたい」というお気持ちがあると思いますので、それを前提にお答えします。

僕は小説を読むのが好きです。と言っても幅広く何でも読んでいるわけではなくて、気に入った作家の作品を集中的に読むほうです。なので読書の幅はそれほど広くありません。

?の理由の関してはごもっともだと思います。僕もたまに流行りの小説に手を出して読んでみるのですが「なんでこんなのが売れるんだよ…時間と金返せ」と思うことがあります。しかしながら読書というのはそもそもそれくらいのリスクを含んでいる行為だと思うので、仕方ないと思います。当たりもあればはずれもあります。たとえ好きな作家の作品だとしても、すべての作品を好きになれるわけではないわけですしね。

?に関してですが、小説は立ち読みしただけでは面白いかどうかわからないです。ある程度読み進めて初めて当たりはずれがわかるものだと思います。やっぱり信頼できる友人に薦められたら試しに読んでみるとか、シドニィ・シェルダンがお好きならシドニィ・シェルダンが影響を受けた作家、作品を調べて読んでみるとか、何かしらのきっかけから読書の幅を広げていくのがベターだと思います。僕はそうやって少しずつ読書の幅を広げるよう心がけています。

でも面倒なら無理に小説を読まなくてもいいような気がします。好きなジャンルだけしか読まなくても誰にも迷惑はかかりませんし。完全に個人の自由だと思います。山ほど小説を読んでいても感情表現にかけてるやつはゴマンといます。

ちなみに僕は村上春樹が好きなのですが、sunnoseさんの言う「表現が回りくどい」作家だと思われますのでお薦めはできません(笑)。でも村上春樹が訳した『心臓を貫かれて』というノンフィクションはお薦めです。これはアメリカのある殺人事件が題材で、殺人犯の実弟が書いたものです。途方もなく呪わしい家族の物語に僕は言葉を失ってしまいました。

それでは。

心臓を貫かれて〈上〉

心臓を貫かれて〈下〉


[51]もともと読むものぢゃないだろー joruno

時間の無駄って思うなら、読まないほうが正解。

だって、映画とか小説とかって

もともと暇つぶしに使うもんぢゃないですか。

小説読むより、他のことしてて楽しいならそっちをすればいいと思います。

僕は、ぶっちゃけ小説とかあまり好きぢゃないです。

でも、たまぁーに、すごく暇なとき、読みたくなります。

読んだからといって、人生の考えが変わったりだとか、

そんなもんはありません。

友達と話したとき、「あれ、よかったわー」とか言って

話ができたり、共感したりできるくらいにしか役にたちません。

小説好きの女を口説くときのネタになるくらいぢゃないですか?

あと、最近読んだ本は?とかの面接の質問に使えるくらいww


[52]できれば、本との素敵な出会いがあると良いですね。 blue_forester

小説や、ノンフィクションなどの売上部数をみると、100万部突破されると大ベストセラーとして取り上げられることから、

こういった本を愛読する人口は全体に比べて極めて少ないと思います。

ですので、小説を読まない(もしくは年に2冊くらいしか読まない)といっても、それはもしかすると珍しくない現象と思います。

ですので、あまり気にしないほうがいいと思います。(私も本は好きですが、あまり読むほうではありません。)

ですが、個人的にはせっかくなので、本との素敵な出会いを体験していただきたいと思っております。

その出会いは、有名な誰かも言っていましたが、最も親しい友人を持つことと一緒だそうです。

また、太宰治は小説について、「ひとつの約束」という題のエッセイを残しています。

(http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card43069.html)

##

私は、海外の小説や、日本の小説を読むのが好きで、気に入った本は何度も繰り返し読むほうです。

##

参考になるかわかりませんが、

私が小説を読むようになったきっかけは、高校で人間関係や将来のことで精神的に思い悩み、相談できる相手もいなかったとき、

国語の本で読んだ村上春樹さんの「ノルウェーの森」の一説がなぜか印象に残ったので、学校の図書館でその本を借りたのがきっかけでした。

意味の良くわからない小説でしたが、何かものすごいエネルギーをもらえ、元気になったというのが、正直な感想でした。

もしかしたら小説(もしくは物語や伝記)にはなにかものすごい力(人をある場所へ持っていく力)が秘めているのではないかと感じています。

その力が人をどこへ持っていくかは、わかりませんし、読者に対してどのような影響を与えるかもわかりません

(以前、小学校の朝の時間に読書を始めたら、学級崩壊が収まったなんて例(http://www1.e-hon.ne.jp/content/asadoku_tebiki.html)がありますが、

反対にある本に影響され、事件を起こすなんて例もたくさんあります(した。))

個人的には普遍的なテーマに触れられることのできる一部の小説には人の内面を揺り動かす力があると思われます。(と信じています。)

##

私のお勧めする、たぶん一般的で読みやすい本は以下です。(シドニーシェルダンも素敵ですよね)

##

ダニエルキイス「アルジャーノンに花束を」(http://d.hatena.ne.jp/asin/4152033932)

*知覚障害者と医師のお話。作者が医者なのでとてもリアリティーがあり、全体に繊細な感性が散りばめられています。(1996年ネピュラ賞長編部門受賞作)

村上春樹「レキシントンの幽霊」(http://d.hatena.ne.jp/asin/4167502038)

*ミステリーではなく短編集です。なんとなく、村上作品の世界が覗けます。

ル・グウィン(清水志砂子訳)「影との戦いーゲド戦記1」(http://d.hatena.ne.jp/asin/4001106841)

*童話に分類されていますが、非常に暗い面も描かれており、深い作品だと思います。映画化上映も決定しています。

##

こちらは長くて読みづらいので、読むと小説嫌いになるかもしれませんが一生に一度は読んで下さいというお勧めです。

##

村上春樹「ねじまきどりクロニクル」(http://d.hatena.ne.jp/asin/4101001413)

ドストエフスキー(原卓也訳)「カラマーゾフの兄弟」(http://d.hatena.ne.jp/asin/4102010106)


[53]>4 見出しに同意見です taisin0212

小説を読むことは好きです。

私もお気に入りの作家の作品を中心に読みますが、それだけだと飽和してしまいます。地方に住んでいるため、もっぱらAmazonで買って、「おすすめの本」で新しい作家を探しております。

???おっしゃる通りだと思います。ですが、試してこそ当たりを引くことができるのも、一つの側面だと思っています。(お気に入りの作家の作品で、ハズレを引くとつらいです)

パーソナリティーに与えるものですが、私にとってはたとえ一瞬ではあっても、とある事象に対して「知的好奇心」を芽生えさせてくれる。もしくは、それを満たしてくれることです。

一番のおすすめは歴史小説になりそうなので、敢えて違う方向で。

島田荘司氏による「占星術殺人事件」を。


[54]>44 似てますね konoha788

私は活字を読むのは苦手ですが、たまに読んだものに影響受けすぎるので、読まないようにしてます。映画も同じ理由。

本当は読んで楽しめたらいいんですけどね。

余裕のある日まで待ちます。


[55]若きウェルテルの悩みは若いうちに読まないと意味ない syuuhenzin

例えばゲーテの若きウェルテルの悩み。若いうちに読まないでどうするか!と思いますが、生徒(塾のバイトの)は100%読んだことないです。古いものは、良い物も多いので、学生には本を読んで欲しいなーと思ってます。特に小説。教科書の詰まらない物より図書室に行って欲しい。図書館も。あれ、全部税金なのわかってるのかな。あの大量の蔵書、働いてる人みんな税金。もったいないから活用して欲しい...。

小説は若い頃に読むもので、大人になるとまどろっこしくて読めなくなってしまいます。でも、こどものころは他人が考えてることをトレースする訓練、他人の気持ちになる訓練としていいものなのになー。それだけじゃなく、「他の人間は何考えてんだ!?」という興味、覗いてみたいなーとかの好奇心を満たせるものなんですが。なんというか、そこには感動とかがあるんじゃなくて、汚らしいものとかを覗いてみたいとかの欲求でさえあるんだがなー。いわば、小説は覗きみたいなものです。

ええと、質問者の方は大人みたいなので特に小説なんか読まなくていいかと。自分も高校時と比べると、全く読んでません。毎日1冊ペースが、2,3月に1冊に。

村上龍はまだ好きですが、新刊も買わなくなったです。筒井康隆「てろてろ」を推薦。エロ、テロ、グロ3部作のテロの回。かなりぶっ飛んだ内容が自分は気に入りました。おそらく、本屋では手に入らないので図書館を利用してみては。


[56]>55 寝ぼけてた。。。 syuuhenzin

野坂昭如「てろてろ」です。すいませんでした。


[57]偶然の出会いがきっかけになると思う teionsinonome

私も去年の今頃までほとんど小説を読まなかったのですが、偶然知り合い2人に同じ作家(恩田陸さん)の小説を薦められて読んだのがきっかけで恩田さんにハマり全部読み漁りました

それまで読まなかった理由は、一冊読むのに時間がかかる、読むのに時間がかかって読み終わる頃には前半がどんなだったか忘れているから といったところです

なので、sannoseさんの?、?の理由はすごくよくわかります

小説をたくさん読んでいるから偉いとか、賢そうとか思わないのですが、やっぱり読むことで自分の引出が増えるのも確かだと思います でもそれは小説じゃないといけないと言うことはないので、マンガが好きなら色んなマンガを読めばいいし、写真集が好きなら写真集でもいいと思います

小説を読んでみたいけどどれを読めばいいのかわからないのであれば、センスのいい友達に聞いてみたり、ネットで人気の作家さんを試しに読んで見るのがいいんじゃないでしょうか

最後に 私のオススメは、恩田陸さんの「六番目の小夜子」「木曜組曲」「ドミノ」「蛇行する川のほとり」です!


[58]sannose様は小説を好きだし、読んでますよ! sukeshi

まず、私“も”小説が好きです。そんなに沢山は読みませんけど。


?そういう小説もありますし、そうでないのもあると思います。

?あ、それはありますね。それはもうしょうがないと諦めますね。費用対効果を考えると、つまらない映画とかにあたった時はもっとダメージを受けますよね。

?アマゾンのレビューとか、平積みのやつとか(これって当たり外れが激しいですけどね)、評判の良さそうなのを買います。小説は立ち読みしないですね…。


sannose様の質問文を見て、身近にしきりに薦める人がいるのかな?と思いました。

それで質問文にあるような理由で反論すると、「読んで見なきゃわからないよ」って言われてたりしてるのかな?って。

で、『ほっとけ!』と思いながらも『そんなにいいのかな…?』とふと考える時もあったり。

…なんてことを想像しました!

で、歴史小説やシドニー・シェルダンが好きなら「小説好きです。読みますよ。」って言っていいんではないかなと思いますけど。

逆に「読みません。」って言うのはシドニー・シェルダンさんに悪いんじゃないかとすら思いました!


『良かったな?』と思う本を読んだ時って、『いい人に出会っていいお話を聞けたなぁ?。今日は面白かったな?』ってのと似てるかな。

いい出会いが人に与える効果って、色々ありますよね。うん。


個人的にはむしろ、真実や真理っていうのは、現実の世界ではほとんど見えてこないものなんじゃないかな?と思ってたりして。


[59]例外という割りに結構読んでますね jelate

正直でいいと思いますね。

読書家ぶって無理して

読んでいる人より好感が持てますよ。

漫画とかより読むのに

エネルギーがいりますよね、確かに。

俺も目が疲れるので

村上春樹とかしか読んでませんね。

ただ、

想像力を働かして読むという

小説にしかない楽しみがあるのも事実。

つまらないものが時間の無駄と感じるんであれば

他人の批評を聞いてから買うのがいいですかね。


オススメ・・は

「ノルウェイの森」

「ぼくの美しい人だから」

あたりですね。

俺もそんなに読んでないので・・。


[60]>42 書いてあること自体にはあまり意味がなくて、書いた人の経験や考えのほうに意味があると思うんです sannose

これは納得できます。その作品を通して作者のトータルとしての考え方を読む訳ですね。ノンフィクションではできないことですよね。

「いっそのこと、小説は読まないというスタンスも安全策としてはいいのではないか」・・・なんだか笑ってしまいました。すいません。


[61]>59 エネルギー使います sannose

しかも、細切れで読むと、非常に作品の印象が薄くなるんですよね。

だから、映画の場合、ハズレでも良く分からんなあとおもいつつ最後まで観るくのです。


[62]>27 理由が子供っぽいですよね sannose

お恥ずかしい限りです。


[63]好きなものだけ読んでます shinchi

小説でも推理小説、歴史小説など一気に読めるものだけ読んでます。例外的に「本屋大賞」受賞のものも読みますが、本屋さんが推薦することだけあって結構面白いものが多いですね。

パーソナリティに与えるものとしては、結果論ですが、ボキャブラリが増える→かしこく見える、くらいですかね。


[64]自分と似たリズムの小説家を見つければよい NAPORIN

小説というのは、

字を書くだけでどんな空想でも

表現できるわけですから、

永い間唯一の物語のメディアであったわけです。

たとえば紫式部の「源氏物語」なんかも

かなり最古の小説の部類になるようです。

で、まあフィクションということではありますが、

書き手の年代や生きた時代などを考えると、

とても役に立つことがあります。

簡単にいうと、

宇宙旅行、麻薬の経験、泥棒や詐欺のやり方、

推理小説みたいな殺人事件、刑務所の中の経験など、

現実ではうかつに手を出せないことも

小説ならとても安全で安価で手軽に経験できるわけです。

ただ、読むのが遅いと、面白さが薄まって、その同じ時間をつかって現実世界やテレビでも見てたほうが面白い、となっちゃう。

でも、そんな方にもお勧めの本だって存在します。

読書リズムのゆっくりめの方への私のお勧めは

ビアス短篇集

ビアス短篇集

おーいでてこーい―ショートショート傑作選

おーいでてこーい―ショートショート傑作選

これらは短編でドラえもんの世界っぽいです。

マネーロンダリング

マネーロンダリング

  • 作者: 橘 玲
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2003/04
  • メディア: 文庫

これは、実生活に応用できるかできないの

すれすれのお話。勉強になる本で、小説としても

面白いですよ。長いけど、勉強になる時間なので損はないです。

勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪―ヘミングウェイ全短編〈2〉

勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪―ヘミングウェイ全短編〈2〉

スペイン旅行の気分を楽しむ感じでしょうか

新宿熱風どかどか団

新宿熱風どかどか団

  • 作者: 椎名 誠
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 文庫

脱サラして小説家になる話です

まあ、小説は漫画テレビ映画と同じフィクションでしかないので、映画を見るのもいいと思います(世界の中心で愛を叫ぶとか、電車男とかは両方選べる)し、今や小説の有利な点といえば安価で図書館で無料で借りられるっていうことぐらいです。

スポーツと同じように自分に合う合わないがあると思いますので、合わなければ無理はなさいませんよう。


[65]>36 ある心情を・・・」 sannose

せっせとストーリーばかり追っかけてました。


[66]>38 「将来の文学は、警察の供述調書のような・・・」 sannose

登場人物同志の会話だけで構成されるということですか?とすると、状況を描写するのはどうするのでしょうかね。個人的にはその方が非常に読み易い気がします。


[67]>39 本の装丁ですか sannose

一度じっくり観察

してみます。


[68]>54 わかりますよ? sannose

映画でもたまに、現実の世界に戻りづらい感じになります。2人で観に行った時などは、その内容をあまり語らないので(普通、いろいろ語りあうものかどうか知りませんが)すぐ現実に戻れます。


[69]情報か否かの分類。。 takokuro

sannoseさんがお好みの、【歴史小説・自叙伝・ノンフィクションといった事実に基づくもの(知的好奇心を充たしてくれる)】作品は、多分?情報でもって、知的好奇心を満たしてくれる。。

一方、退屈だとお感じになる文学作品など小説の多くに、情報としての大方の価値判断をそのまま、ダイレクトに受け入れるには自分の気持ちや心で矛盾、抵抗を感じる、何かウソを感じる、、など精神面での葛藤confrictがテーマになってることが多いので、共感する人は言葉に出来ないでも!何か違う!というこみ上げてくる心の叫びのようなもので感動し、又、洞察を深めたりするのですが、こういう感情があまりない人には退屈そのものではないでしょうか?


[70]>66 供述調書の手法 adlib

取調官「その場で、被疑者は、何を見たか」

被疑者「黒い煙が、立ちのぼっているのを見ました」

取調官「そのとき、何時何分ごろであったか?」

被疑者「午前五時すこし前だったと思います」

取調官「その季節なら、まだ日は出ていない。辺りは暗いはずだ」

ここで取調官は、当日の新聞を取りだし、天気図の部分を示した。

被疑者「黒い煙ではなく、白い煙だったかもしれません」

取調官「暗いところで見た煙が、白いか黒いか区別できるのか?」

被疑者「午前五時を過ぎていたかもしれません」

このやりとりでは「暗闇で見えた煙が白いか黒いか」という矛盾を、

読者に考えさせることを目的にしています。

この場合の読者は、いうまでもなく裁判官であり、傍聴席なのです。

ところが、小説の手法では、しばしば作家が先まわりするのです。

「朝まだ暗い中に、彼は灰色の煙が立ちのぼるのを見つけた」おまけに

「あたりを見まわして、彼はニタリと笑った」と書いてしまいます。

つまり、その彼を見たのは、作家だけだったということになります。

ことほどさように(小説の功績を、認めないわけではありませんが)

遼太郎ファンの引用センスには、目に余ることもあるのです。

── 山本権兵衛が「海軍建設者としては世界海軍史上最大の男の一人」

で、「万能者のように自在に物事をなしえたのは」上に「春の野のそよ

風に吹かれているような顔」の「西郷という海軍大臣がひかえていたか

らだ」というような見解は、司馬遼太郎の小説的評言であり、「世の中」

や「世間」まして「世界」「世界史上」に通用するものではありません。

── 《産経抄 ? コラムニストへの書簡より ? 19990606 》


[71]>41 お薦めの小説を追加します castle

愛のひだりがわ

愛のひだりがわ


[72]漫画でいいです! ni-papaltuti

面白いですよ!


[73]>38 「司馬遼太郎を贔屓にしているようだが」 sannose

贔屓の読み・意味が分からないのですが、教えて頂けないでしょうか。


[74]>70 「小説の手法では、しばしば作家が先まわり・・」 sannose

供述調書タイプだと、作者が与えてくれる状況設定みたいなものを頭にインプットしなくても済み、非常に読み易い(その場面で会話に聞き耳を立てているようで)ですね(自分の場合)。


[75]>69 「情報としての大方の価値判断を・・・」 sannose

そういう事だったのですね!おっしゃる通り、情報を得られるかどうかを重視していますね。


[76]>73 読み:ひいき sukeshi

意味はお分かりですよね。


供述調書スタイルって面白いですね。

ただし、取調官役の人が必ずいないと成り立たない?


[77]>73 供述調書の虚実 adlib

贔屓作家のひとりよがりは、ファンにとっては心地よいのでしょう。

会話形式は、論理的な矛盾を発見しやすい手法だと思います。

つぎのケース・スタディも、とても参考になります。

── 脱獄した正確な日時について白鳥は記憶してなかったが、昭和十

九年八月二十六日、午後九時前後というのは間違いないようだ。ただ

『北海道警察史』の「大暴風雨(の夜を利用して難なく脱走した)」と

いう記述と、白鳥の証言にあった「朝から天気で、星のきれいな夜」と

いう記憶は大きくくい違うので、わたしは当時の天候を網走測候所の

『気象日報原簿』であたってみた。── 斎藤 充功《網走脱獄》

── 小沢 信男《犯罪百話・昭和篇 19880927 ちくま文庫》P271

新劇の台詞がつまらないのは、作者の云いたいことを、わざわざ二人

に分けているだけで、おなじ意見、おなじ文体の応酬だからです。

近代日本文学の低迷は、気の利いた対話が失われたからです。

Yahoo! 辞書(↓)ひい‐き【贔屓・贔負】[名](スル)

《「ひき(贔屓)」の音変化》気に入った人を特に引き立てること。

http://dic.yahoo.co.jp/


[78]嫌な物を無理に読む必要はないです e-takeuchi

小説をまったく読まなくても、何不自由ありません。無理に読んでも、より嫌いになるだけです。本を読むべきだなどという固定観念があるのでしたら、自由になるべきです。つまらない小説など掃いて捨てるほどありますから、あなたの感想は正しいのです。

しかし、分かりやすいのなら読みたいというのであれば、短編集をお薦めします。奥田英朗の伊良部シリーズ(『インザプール』とか『町長選挙』)や『ららぴぽ』には、回りくどい表現は一切ありません。短編ですから、最初からおもしろい(と思います)。あるいは、『空中庭園』なんかも、リアルで楽しめます。


[79]小説なんか読まなくてもいいんじゃねぇの? akira-a

表題のとおり小説なんか読んでたらまともな人間になれません。

人間失格ってことにもなりかねません。

想像力なんか身に付いた日にゃぁ、部下が上司に、或いは生徒が先生様に向かって罵詈雑言を浴びせるなど、ろくなことになりかねません。

アホの子はアホなのだから、小説を読んで教養でも身に付けようなんてふざけた考えを持つ奴を見つけたら、心を鬼にしてドロップキック・延髄切りをかましてやりましょう。

そうすれば生徒は先生の言う事をきちんと大人しく聞くようになるし、就職しても上司の言う事をはい!なんていって一生無事に過ごせるのです。

神国日本はますます平和になります。

政治家の先生方はとてもとてもお偉い人達なのだからじゃんじゃん税金を私利私欲につかってもらうべき。、批判・非難するなどもってのほか。

長くなりましたが、私は、小説なんか読むと想像力が読者に身に付いてしまうので、そうすると、人間社会で生きていくうえで、管理するものが管理できなくなる、という弊害が生ずる恐れがある、ということを言いたかった。

あなたをどう思うか?いいんじゃねぇの別に。感情表現なんか豊かにしてどうするっちゅうねん!能面みたいな面してお互い一生終えませう。

お薦めの本なんかないです。

でも自分が好きなのはドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」トルストイ「戦争と平和」(やべっ、2冊になっちゃった。はは)。


[80]無理に読まなくても。 fumikazu

私は小説は好きでよく読みます。

でも昔はあまり読みませんでした。

きっかけだと思います。

ひとつ、すごく夢中になった小説があって

それから読むようになりました。

だから読みたい時だけ読めばいいんじゃないかな。


[81]ちなみに映画はお好きですか? shuamaya

大体、原作本があるものの映画化っていうヤツは、私の経験では100%映画がつまらないです。

sannoseさんの理由?につながるかもしれませんが、表現が回りくどいというよりは、主人公の心理描写や背景をきちんと表現しているのが小説なので、映画はどうしても舌足らずと、私には感じられてしまいます。

??の理由は人それぞれなので、それで小説をお読みにならないのは、よろしいんじゃないでしょうか?

私は小説やビジネス書は結構読みますが、エッセイはほとんど読みません。著者に共感できることがあまりないからです。

ビジネス書は当たりはずれが結構あります。全然刺激のないビジネス書は読み続けるのに苦労します。小説は、好きな作家さんのものを中心に読んだり、好きなジャンルや同じ嗜好だなという方の推薦で読むものを決めるので、そんなに大きくは外しません。でもたまに失敗もあるけど。。。。。


[82]>81 すみません追記です shuamaya

「小説読んでいてパーソナリティーに与えるもの」...なんでしょうね。小説に限らず本を読むと語彙は増えると思います。小説の内容から受ける影響は、人それぞれ、小説それぞれでしょうね。私は読みまくっているせいか、個人的な性格のせいか、読んだ小説の内容で、ずっと覚えているものは、実はあまり多くありません。


今お薦めの小説としては『嫌われ松子の一生』はいかがですか?映画が話題ですが(でも前述の理由で多分私は映画は見ません)、小説が刊行されてすぐに読みました。

ひとりの女性の一生を走馬燈のように追っていて、しかもそれが悲惨だが、悲観していない、とてもすがすがしいお話でしたよ。2年経った今でも内容を覚えている数少ない小説です。


[83]そもそも小説家は… gorogoro-jk

少し誤解を生む言い方ですが、基本的に小説家というのは文章を書くのがうまい人間ではありません。

能力としてはまず第一に空想力や構成力であり、意外に小説家の書く文章というのは下手糞なものが多いのです。

ちなみに、何を以って文章を書く能力が高いとするか。

敢えて一つ挙げるとするならば、私は

【いかに「短い」文章で「簡潔」に読み手を理解させられるか】

というものが、文章力ではないかと考えています。

そういう意味で、本当に文章がうまい人というのはエッセイストや新聞・雑誌の名コーナー担当者ではないでしょうか。

思うに、小説家はページ数や文字数に対する制限を日ごろ意識しないため、だらだらだらだらと書き続けてしまうのでしょう。

対して、400字以内や800字以内でまとめる事を義務付けられている人というのは、文章力が非常に高い場合が多いです。


[84]>75 作家と読者。。 takokuro

読者は小説を読むことで、日ごろ漠然と感じてるものの言葉に表しきれない気持ちを作品を通して、整理、確認するのではないでしょうか?

又、日常、全く気付きもしなかった無自覚の視点を小説を通して教えられたり、感動したり、、

作家によりユーモアの種類も人間が大好きでたまらない人や反対に人間社会の醜さを忌み、糾弾すべく情念?を煮えたぎらしてるような作品もある。。

これから成長しようとする若い心に“毒”書はポルノやオカルト、だけでなく、新たな分類もあるのを思う。。最近、ネット小説には、多いと聞きます。。(例、ディープ・ラブ)

一方で、オカルトの反対、ファンタジーが若者に支持を得てるのも、、社会の歪を反映してる?!

小学時代で卒業するはずに思うのですが、、、不思議の一つです。。


[85]>79 みなさんの小説との付き合い方が様々で sannose

大変、興味深く拝見させて頂いております(多くの本をご推薦頂き、ありがとうございます)。


[86]>38 政治家における歴史資料と歴史小説で捉え方の違いには。。 takokuro

大衆心理の根底に、失敗したり敗北者に対するシンパシーがあるのを思う。。彼らを主人公にすると人生のリアリティに涙をそそり、作品として大衆に受け入れられる。。一寸法師は鬼を退治し、シンデレラは王子様と結ばれる・・そういうことは少なくとも自分自身には起こりえない、そう悟った人間が近代小説のリアリズムに魅かれる。(乃木希典、西郷隆盛、松蔭・・然り。。 (江藤淳より)

客観的判断で世界から展望すれば、明らかに政治的失敗であることでも、そのことに焦点を合わせず、マスコミが人情に訴える身近な焦点で報道をするのは如何なものか。。

歴史小説には歴史資料と違った意義があるとは思うのですが。。?!


[87]>86 虚構から実録へ adlib

江藤 淳 の引用文の断片の趣旨は、お伽噺のハッピー・エンドに満足

していた中世の読者が、近代になって、敗北のリアリティに関心をもち

はじめた、というところでしょうか?

乃木希典(62)殉死、西郷隆盛(49)敗死、吉田松蔭(29)斬死、と

列挙した江藤 淳(66)自死、遺書に「形骸を断ず」。

この人たちは、後世の読者を意識した、生来の演技的人格ですね。

takokuro さんは、日常生活の深刻な問題に直面したら、いつも小説

を読んでるSくんと、歴史に詳しいRくんの、どちらに相談しますか?

マンガばかり読んでるMくんはさておくとして……。


[88]小説も好きです。 table

?、?について、感じるのは人それぞれなので、

他人がとやかく言うことではないと思います。

?の立ち読みしてとありますが、私は本を買うときは

タイトルと裏表紙だけしか見ないようにしてます。

立ち読みしたら、全ておもしろく思えなくなるからです。

パーソナリティーに与えるものって何か一つのことだけではないと思います。

いろんなことが積み重なって、パーソナリティーに影響してくると思います。


私は小説も好きですが、漫画も雑誌の記事も掲示板も全部好きです。

おもしろくなくても無駄だと思うことはありません。

もっとおもしろいものを探し続けてる一過程だと考えたらどうでしょうか?


[89]>75 『読書について」 ショウペン・ハウエル著(?1860年) takokuro

『読書』と『学習』の二つと『思索』との関係。。

思索は対象がA)客観的関心かB)主観的関心により燃え続く。

A)は自由闊達な思索ほど、天分に恵まれた頭脳に特有のものである。

B)は利害に囚われた思索に陥りやすい。。

今の時代のように個人主義、自己主張主義の社会ではb)が大きな力を持ち、己の利害を障害するA)の思索を抑えるように感じる。。?!

本当は、マスコミでこういう方たちの見識を見聞きしたいのに。。

読書は思索誘導を導くが、思索と読書の間には精神への影響で大きな開きがある。。

多読は精神から弾力性を奪い、学問をつむにつれ、本来目指すべきの知性と反対の自己弁護主義の傲慢な精神へ陥る心配がある。。?!

法や命令を理解することなく、ひたすら何も考えることなく従い、多勢主義、世間通用の偏見、権威に囚われる。。


[90]>87 歴史とは。。 takokuro

歴史資料は、事物としてそれに親しんだ人が亡くなった後も残されたものから推測するに過ぎない。。

生きてる時でさえ、一人の人物の言動は、正しく的確には判断されえないことが多いのを思う。

しかし、、不思議なことに、、歴史が積み重なると、、その時には見えなかった歴史的事実の意義が浮き上がってくる。。

名相政治家とは、この意味で当時の評価ではなく、やがてその歴史的事実として社会に落ち着き、冷静に見渡すことができた時、意義が明確なるのを思います。。ただ、、真の政治家は、それを見越してるところがあるのを思います。。

文士、思想家はその作品が生きて死ぬ時に一度完結するのに対し、政治家の作品は完結を見ない。。

『公的なもの』に対する情熱、、ある意味、自分の人生のうちでは報われない使命感があるのを思う。。(人間が歴史を主体的に創り上げると言う視点での歴史観、、今はプロセスという意識で歴史に参画することは古い価値を壊し、新しい価値を建設し、未来の為に生きるという姿勢は、、大自然界の法則を時として壊す、人間の文明とも相通じはしないだろうか?死により人は生涯を完結するのに、次々、夫々の個人が自己主張して建設の背中合わせの破壊を続けることは終末論へ通じるのではないか?

【『歴史』はいつも日簡潔性のの為に文学に一歩を譲り続け、同時にそれらを嘲笑し続ける。・・歴史は限りない大海で、人はこの海に身をゆだねて泳ぐところに自由を見出す(小説の意義?)】

又、小説と史実データとは小説の種類にもよるが、小説の意義と、史実の意義とは全く、異にするのではないでしょうか?

そしてご質問のS君、R君、ですが、私はM君含め、皆に相談します。

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