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【納得行く最終回とは?】コミック限定でお願いします。
このところ注目されていた長編コミックがいくつか最終回を迎えて賛否両論あるようですが、基本的に納得や満足行く最終回とはどんなものなんでしょうか。
はまぞうを使って実例を挙げて頂き、自論を展開ください。

●質問者: りくっち
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 書籍・音楽・映画
✍キーワード:はまぞう コミック 最終回 賛否両論 長編
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 17/17件

▽最新の回答へ

1 ● ハバネロ
●30ポイント

ぼくは、YAWARA!!の最終回は個人的に好きです。松田がゼーハー言いながら下りのエスカレーターを駆け上って柔に告白するシーンは決してかっこいいものではないけど、それがまたいいというか微笑ましいというか今までこの漫画を読んできて良かったなあとおもった瞬間でした。同じ作者さんでも、20世紀少年の最終回は、何一つ謎が解明されないままいきなり終わってしまった感じがするのでとても納得できるものではなかったですが。

僕的に、納得できる最終回は、はった伏線をちゃんと解決してくれる漫画です。せっかく途中まではおもしろかったのに・・・ということがよくあります。

Yawara! (27) (ビッグコミックス)20世紀少年―本格科学冒険漫画 (21) (ビッグコミックス)

◎質問者からの返答

回答ありがとうございます!

>はった伏線をちゃんと解決してくれる漫画です。

同感です。

例示もわかりやすくて嬉しいです。私の思うものの一つにも近いです。

そもそもこの質問をしようと思ったきっかけの作品が早速出てきたのも嬉しいです。

(実はもう一作品あるんだけど出てくるかな)

特に作品中に謎がちりばめられたものほど伏線の処理は気になりますよね。

うまく収束したものは「うまいな?」と感心することしきりですが、確かに逆の場合しこりが残りますよね。

それが読者の想像を促しているならそれはそれで手法かとも思うんですが、

単に尻切れとんぼだとコミックの場合「時間がなかったのかな」とか、「枚数制限あったのかな」といった作者の力量以外の原因を勘ぐったしてしまうんですよね。

小説だとそういった縛りは連載小説くらいで、どちらかというと完結しないというケースの方が多いのでそういった勘ぐりはあまりしないのですが。

そういった意味でも今回はコミックに限定してみました。


2 ● sukeshi
●30ポイント

いい最終回は記憶に残らなければならないのだと思います。当たり前ですけど大前提です。

印象に残らないと言うことは後になって思い出すことも出来ないってことですから、その時になってこの質問の回答を考えていても候補にすら挙がらないということになりますよね。


で、私は2割くらい疑問が残るような最終回がいいように思います。

その2割が余韻としていつまでも心に残っていてくれるから。

余韻といっても、感動とかではなくてやはり疑問であったほうがより心に残りやすいと思います。

もちろん、ここでいう疑問は不快なものであってはなりません。


以下、とても印象に残っているものです。


デビルマン (5) (講談社漫画文庫)

デビルマン (5) (講談社漫画文庫)

  • 作者: 永井 豪 ダイナミックプロ
  • 出版社/メーカー: コミックス
  • メディア: 文庫

ハルマゲドン後の明と了の最後の会話、その後のズームアウト。

子供ながらに立ち読みしてて固まりました。

これでいいの?人間って何?っていうのが2割分ですね。


あしたのジョー (12) (講談社漫画文庫)

あしたのジョー (12) (講談社漫画文庫)

  • 作者: 高森 朝雄 ちば てつや
  • 出版社/メーカー: コミックス
  • メディア: 文庫

今更私なんかがあーだこーだ言う必要は無いと思うんですけど、この表紙絵が全てですよね。

燃え尽きるって?死んだの?っていうのが2割分。


#ネタバレになるのであまり具体的には書きませんでしたけど、書いちゃうべきでしたでしょうか?

◎質問者からの返答

回答ありがとうございます!

>いい最終回は記憶に残らなければならないのだと思います。

>私は2割くらい疑問が残るような最終回がいいように思います。

>ここでいう疑問は不快なものであってはなりません。

先に一つ質問の意図について書きますが、「納得」「満足」と二つあげたのは、評価に際してツーステップ(もしくはそれ以上)あるのではないかと思っているからです。

tehiさんが挙げて下った「伏線をきちんと解決する」ことは「納得」いくラストの一つの条件だと思います。

そこへ更に「満足」へとステップアップするために、sukeshiさんが挙げてくださった「記憶に残る」ことは大切な条件だと思います。

ここへ更に何度も読み返したい、理解したいといった欲求がわく要素として、sukeshiさんの言われる「2割くらいの疑問」は有効だと思います。

ちなみに「不快な疑問」は私にとって作者の疑問を読者に丸投げしているものなので、

逆に作者がその疑問に対して作中で語りつくした上で「さぁ、君ならどう考えますか」という提示の仕方が好みです。

そういう意味でsukeshiさんが例示くださった2作品は秀逸だと思います。

先に挙げられていた浦沢さんの作品だと「MONSTER」が近いように感じます。

ただ、こうした「投げかけ」で終わる作品では「すっきりしない」という人もいると思うので、そこで評価が分かれるケースもありますね。

その点はちょっと残念に思うことがあります。

「自分はこう思う」といったことで議論が交わされるのはむしろいいなぁと思ったりするんですけどね。

難しいところです。

>ネタバレになるのであまり具体的には書きませんでしたけど、書いちゃうべきでしたでしょうか?

どうでしょ?

私は十分わかりましたが、「?」と思われる方には是非作品を読んでいただくという事でいいのでは(*^。^*)


3 ● jame2
●30ポイント

「パイナップルアーミー」の最終回はかっこいいと思います。

なんせ、第一話が最終回なんですから、、、

http://www.asahi-net.or.jp/~an4s-okd/private/bun/man020.htm

◎質問者からの返答

むむ、「かっこいい」というのが「納得・満足いくこと」の理由なんですね。

そして「第一話が最終回だから」が更にその理由なんですね。

(そしてこのまま行くと浦沢作品討論会になっちゃいそうですね)

「全てのストーリーは始まりに帰結する」という収束の仕方は確かにカッコイイと思います。

ある意味納得もしますね。

(逆に「今までの話はなんだったんだ」と脱力する人もまぁいそうですが)


4 ● tetsu23
●30ポイント

長編として張り巡らせた伏線や因縁を紐解く、というのは大前提だと思いますが、それだけでは何か物足りない。


うしおととら (33) (少年サンデーコミックス)

うしおととら (33) (少年サンデーコミックス)

  • 作者: 藤田 和日郎
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • メディア: コミック


最終回に満足した長編作品といえば「うしおととら」はどうでしょうか。

序盤はずっと、個別のエピソードが次々と巻き起こるタイプの作品でした。その個別の話の出来も良かったのですが、最終回で、そのエピソードで時に敵として、時に仲間として巡り合ってきた人間や妖怪たちが一同に会し、共に強大な敵との最終対決へと向かっていく様は読んでいてゾクゾクきました。

それまでの旅や出会い、誰かを助けたり誰かのために戦ったりしたことが無駄ではなく、全てこの最終回という一点に繋がっていたのだ、という納得感と満足感がありました。


良い長編というのは、部分を見ても全体の流れを見てもそれぞれに面白く、またその両者が相互に関係し、総体として大きな物語となっている作品、なのではないでしょうか。

◎質問者からの返答

回答ありがとうございます!

>それだけでは何か物足りない。

そうなんですよね。ただ収束するだけでは「うまいなぁ」で終わってしまう。

そこへ前述いただいた「疑問」などのプラスアルファが必要なのだと思います。

提示していただいた作品は私がブルーになったときのカンフルとしてよく使われていますが、

(特に終わり三巻分)

まさしく「彼ら(君ら)が経験してきた(読んできた)ことに唯一つの無駄などないんだ!」

といった作者の咆哮みたいなものが紙面を通して感じられる作品だと思います。

(だからカンフル)

一見バラバラに見えるピースが、何一つ欠けることなく一つの大きな画を作り上げることができた作品はそれだけで名作の条件になると思いますし、

それがきちんと最終回で描かれた作品は納得・満足いきますね、間違いなく。

ある意味sukeshiさんの挙げてくださった条件と相反する部分もありますが、

(つまり疑問を残さない)

作者の主張(テーマ)が余すことなくさらけ出された作品は(もちろんテーマによりますが)多くの人に支持を受けやすく、議論も作品の内容自体に向かいやすいように思います。


5 ● Baku7770
●10ポイント

人造人間キカイダー 第6巻 (サンデー・コミックス) 人造人間キカイダーを例に私なりの考えを展開させて頂きます。

コミックの場合、人造人間キカイダーしかありませんが、TV番組はキカイダーとキカイダー01の2つのシリーズに分けられています。これには幾つかの理由があると思われるのですが、確実に拙いのは主役の登場シーン(キカイダーはギターを鳴らしながら、01はトランペットを吹きながら)をTVは強調し過ぎたものだから、ギターを捨てられなかった。

ところがコミックではプロフェッサー・ギルの下から光明寺博士を救助した際にギターが燃えてしまう。それが原因で良心回路が完全にならないし、そのためにキカイダーは01登場以後も良心回路が不完全なまま戦い続けなければならない。先に作られたために良心回路を持たない01のお目付役も果たさなければなりません。

TVの実写版は01シリーズでもギターを使う必要があるのでその辺は完全にぼかしていますし、良心回路の件はぼやかしてしまったのと、どちらかというとロボット同士の戦闘に重点を置いたので、ハッピーエンドにしてしまった。

コミックは良心回路が壊れたキカイダーの暴走で終わるというむしろ悲劇です。

タイガーマスク 11 完全復刻版 (KCデラックス)

タイガーマスク 11 完全復刻版 (KCデラックス)

  • 作者: 梶原 一騎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • メディア: コミック

タイガーマスクもそうです。TVアニメとコミックでは完全にラストシーンが違う。

納得のいく最終回とは、

?作者が最初からラストシーンを意識して創り上げているために、途中の展開との矛盾がない。

?他からの影響を受けない。

の2点だと考えます。

他の方があげられていましたが、デビルマンはコミック版を忠実にTV放映したら色々クレームが入ったのではと考えています。残酷だとかね。だから、戦い方もデビルビームとかデビルカッターなどという超能力が中心ですが、コミックでは遠慮なく力技で首をもぎ取って、血飛沫を飛ばしています。あのラストシーンは特に難しいでしょうね。

仮面ライダーもそうでしたね。血が垂れているのが残酷だというので、そういったシーンがなくなった。ある意味で残念です。

◎質問者からの返答

>?作者が最初からラストシーンを意識して創り上げているために、途中の展開との矛盾がない。

確かに「このラストを書くためにこの作品を書いた」と後に作者が言わしめる作品には名作が多いような気がします。

極端な例だと竹宮恵子氏の「風と木の詩」は、連載前に親友に全てのストーリーを電話で話しきったというエピソードを読んだことがあります。

逆に一話読みきりタイプのギャグマンガなどは、ストーリー物のようにテーマを完結することや最終回を想定することよりも、その一回一回のパワーをどれだけ持続させるかということに重点が置かれるように思うので、こういった作品の一番の最終回は「終わらないこと」なのかもしれないと思ったりしています。

(例えばこち亀)

>?他からの影響を受けない。

さて、?についてなのですが、私は他からの影響を受けること自体がいけないのではなく、「どんな」他に「どんな」影響を受けるのが良くないのか、というところが大事なのではないかと考えています。

そしてこれが今回みなさんにお聞きしてみたかったことの一番のミソだったりします。

Baku7770さんが例示してくださった2作品は、

アニメという媒体で公表されたために、作者の意図以外にストーリーや設定にメディア側の都合という意図が入り込んでしまい、結果アニメはコミックと異なったラスト(作品)になってしまった例だと思います。前述のデビルマンや、後述の仮面ライダーなども同じですね。

ただ、ここで論じたいのはその変節してしまったアニメ作品が作られることによって、

コミック側にはどんな影響が生じたのかということだったりします。

(だからコミック限定なんですね)

なので、私の読み方がいけないのかもしれませんが、私にはBaku7770さんがコミック原作のアニメの変節について嘆いておられて、コミック自体を嘆いておられるように感じないので、その点を是非教えていただきたいなぁと思います。

よろしければ再回答可に設定しなおしますので、お聞かせくださいませ。

確かにメディアミックスによってコミック自体が変節してしまう例はあると思うので、

そういった例や、その原因を是非掘り下げてみたいと思っています。


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