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ほんとうは“朝三暮四”で、何を伝えようとしたのでしょうか。
衆愚の虚しさを説くためか、数や時間の概念を教えようとしたのか。
現代社会に通用する、オリジナルな解釈や考えを述べてください。

あまりの荒唐無稽も困りますが、奇想天外なパロディは歓迎します。
従来の解釈(↓)を、そのまま引用コピペしないでください。
http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?p=%A4%C1%A4%E7%A4%A6%A4%B5%A4%F3%A4%DC%A4%B7&stype=1&dtype=0&dname=0ss

── 【朝三暮四】「ちょうさんぼし」〔「列子(黄帝)」などに見え
る故事。狙(そ)公(=猿回し)が猿にトチの実を朝に三つ、暮れに四つ
与えると言ったら猿が怒り出したので、朝に四つ暮れに三つやると言っ
たところ猿が喜んだというもの。狙公橡(とち)を賦(くば)る〕

1 表面的な相違や利害にとらわれて結果が同じことに気づかぬこと。
2 うまい言葉で人をだますこと。
3 命をつなぐだけの生活。生計。 ── 《Yahoo! 大辞林》

(↓)過去はてな
http://www.hatena.ne.jp/1085083249“数の風景”20040521
http://www.hatena.ne.jp/1104304375“時の風景”20041229
http://q.hatena.ne.jp/1127261552 “音の風景”20050921

●質問者: adlib
●カテゴリ:経済・金融・保険 生活
✍キーワード:Yahoo! うまい ぬこ はてな オリジナル
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 10/10件

▽最新の回答へ

1 ● yukitugu
●15ポイント

資本主義経済の真理を極限まで単純化したモデルなのでは?

所詮、資本なり生産手段なりを持たない労働者階級が資本家相手に条件闘争をしてみても最終的なイニシアティブは握られたまま。

せめて面子だけでも保てれば喜びもするさ、という、、、

朝四つもらえればお昼に一つ回せるから健康管理のためにもなるしね(涙)

◎質問者からの返答

♪「朝は朝星、夜は夜ボシ、お昼に梅ボシいただいて、あ?ぁ酸っぱい

(失敗)は成功のモト。痴楽青春手帳より」

http://d.hatena.ne.jp/adlib/20031204


2 ● TomCat
●15ポイント

これは、勤労者の要求を第一に処遇すべきであるという

雇用側のあるべき姿を教えたものですね。

猿としては、まず1日の仕事の始めに先立って、

1個でも多いトチの実を受け取ってそれを食べ、

勤労に必要な活力を得たいわけです。

または朝2個のトチの実、昼2個のトチの実を食べるために、

1日2回の給与なら朝は4個でなければ困る、

ということもあるでしょう。

あるいは朝の段階で1個分のトチの実の余裕を持つことで、

その安心感が良い仕事につながっていくということもあるでしょうし、

もしかしたら猿も朝の1個の余裕を利殖に回したりして

さらに豊かな暮らしを目指しているのかもしれません。

とにかく、勤労者側が要求するからには、

何ごとにもそれなりの理由というものがあるわけです。

しかし、無産階級の要求なんてささやかなものですから、

豊かな資本を持つ雇用者側にしてみれば、

ちょっと長い目で見れば結果は同じと言える程度の些細な物。

だったら雇用側は、簡単に勤労者の要求に応じられるじゃないですか。

こうした勤労者要求を尊重していくことが仕事の質を高め、

結果的に雇用側の利益につながっていくわけです。

逆に勤労者要求に対する理解の欠如は、

長い目で見れば無視できる程度の目先の損失を惜しむことにつながり、

それが雇用側の利益を大きく下げていく原因にもなってきます。

大切なことは、ちょっとした制度の改善で、

何が大きく前進して、何が変わらずに済むかという経営判断です。

無産階級である勤労者は短期の利益と生活の安定を望みます。

これに対して資本家である雇用側は、長期のスパンで

利益を見通していくことが可能なわけです。

この視点の差をうまく活用して、労使双方の要求を満たし、

双方の利益を高めていく経営戦略が大切だぞと。

結果7個で変わらない1日の労働分配に対する要求を

朝1個という些細な違いで突っ跳ねるような愚行は、

経営者としてとても損だぞと。

そういう教訓を、この言葉は教えてくれているわけです。

◎質問者からの返答

昨年の株主総会で、先に配当を出せという株主の発言に、ホリエモン

が涙したシーンが思いだされます。株の時価相場世界一を目指していた

彼の経営学は、にわか投資家には理解されなかったのです。


3 ● aase
●15ポイント

http://www2.health.ne.jp/library/0300/w0301013.html

夕飯をしっかり食べるより朝飯をしっかり食べる方が体にいい、という事。

どちらも合計は7/dayだけれども、エネルギー効率は格段に違ってくる訳で、

つまり、一見どっちにしろ一緒と思われるような事象の中にも実は違いがあり、

それを見抜けないで「馬鹿だなぁどっちにしたって変わらないのに」と思っていると

違いを見抜いている者に出し抜かれたり、利用されたりするかもしれないぞ、という事。

丸め込んだ気になっているのは猿使いだけで、実は猿は「朝四」の意義を解っていたかもしれないぞ、と。


気付けば、フルにパラドックスな答えになってしまいました。

◎質問者からの返答

なるほど、栄養学だったのか!

子供のころに、好きなオカズを先に食べるか、最後にとっておくか、

それなりに重要な決断でしたね。


4 ● monkey_timpo
●15ポイント

私も今までは労働心理に基づき、いかに士気を下げずに限られた財で部下を使うか、という認識でこの言葉を覚えていたのですが、このはてなでもう一度考えてみて新たな認識が生まれました。

「トチの実を朝に三つ、暮れに四つ」も「トチの実を朝に四つ、暮れに三つ」も紙一重。もちろん実際問題、猿はしゃべれませんので、結局は部下が怒るも喜ぶも紙一重。暗黙の了解(日頃のコミュニケーション)でいかに部下に最適な対価が支払われるかということでしょう。つまりは上司の臨機応変さと部下への心遣い(コミュニケーションの維持)が必要である。という解釈に到りました。

とてもいいはてなでした。

◎質問者からの返答

ボーナスを夏に四ヶ月、暮れに三ヶ月。春は春闘、秋は年末闘争で、

朝令暮改ならぬ夏令暮改などなど、むかしありけり。

「多く出せないなら、早く出そう」という経理部長も実在したんです。


5 ● aoun
●15ポイント

私はあまり中国古典の知識はないですし、以下は飽く迄も私の独説に過ぎませんが、


まず前提と致しまして、古代中国では、衆民の支持を得る、部下の支持を得ることの重要性を説いたものが多いと思います。

劉邦と項羽でも同じです。当時の兵隊は、要するに地元では食えないので、兵隊に行けば飯が喰えるから劉邦や項羽の軍に兵隊として参加しました。

土地や集落の長老は、劉邦や項羽の徴兵命令に対して、一方的に村や町を荒らされる場合は、なんだかんだと理由を付けて、若者をあずけない等の場合も多かったのではないでしょうか。

そのような意味で、織田信長の時代的な近代的徴兵制とは違い、兵が集まったり集まらなかったり、戦の勝敗よりも飯をくれる大将の方へ裏切ったりなどがあったと思います。

劉邦は戦下手ですが土地の古老を足しげく回り、土地の古老と常々面会し、粗略に扱わまじき旨を伝え勝戦の暁にも優遇する旨をアピールなどし、土地の古老の支持を取り付け、また、いざ戦ともなれば、巨大な食料を抱える土地に陣取って戦もせず動かず立てこもっていたりしたとも言うと思います。巨大な食料の上に座り込んで、立てこもっていただけですね。これらの話も信憑性云々は常にあるとは思いますが。

ですので、この当時いかに部下衆民の支持を得るかが非常に重要だった中で、それに関する談義ではないかと思います。

この話のポイントは、公は賢人であり、部下は「猿」だという点にあると思います。「猿」はヒトではないわけです。主君としては、部下に対して、清廉・高い人格・利害を除いた忠誠心・利害なき友情・共通の志、などがあってほしいなと思うのに、現実はそうではありません。部下の欲しいものは、直裁に言ってみれば、今の食い物であり、今の金であり、今の虚名であり、今の分けられる権力なわけです。今、それらが欲しい、だから部下になっている、という「猿」ですね。

公は家族の食も減らして、これらの、いつ下克上して主君の布団に寝ようと裏切るかも知れない猿をかわいがります。「猿」ですから欲望を持っているわけです。主君が「猿」をかわいがるのは、「猿」のためにあらず、主君みずからのため。その中で、「猿」の飯をヘラすのもやむなしとなった暁に心配されるのは「猿」の反逆・不服従なわけです。


この中で、公は「猿」に、「飯を減らして、朝どんぐり3つ、夕どんぐり4つ」というと猿が怒ったわけです。公がそこで”なにを言うか!!。おれは、常日頃、家族の食べるものを減らしてまで、「猿」のように欲深いおまえたちに多量の食べ物を与えてきた!!。俺の経済力が弱ったときこそ、おまえたち「猿」は主君を助け、この危機を凌いでいこうとすべきなのに!!。恩を恩とも思わず、志もなく、この上食い物だけを欲しがるとは!!」と怒るのが普通なわけですが、人間通(猿通?)の偉大な主君は怒らずに、即座に、その場で、言を翻しました。

「…むう、おまえたちの要望は、それでは不足と言うか。ならば、おまえたちの意見を無視することはできん。おまえたちの要望を受け止めてやることといたそう…。朝4つ、夕3つ、に変更してつかわそう。ううんむ。」と公は言葉を掛けてやりました。


まるで児戯にも似た主君の出した2案ですが、今の金が欲しい、今の権力が欲しい、今の虚名が欲しい、だけの猿たちは、主君の言うことを、”妥協案を得た””主君に対して要求を突きつけて呑ませた””対応を取り付けたから、政治交渉的には成功した”と考えて大喜びをして、合意したわけです。ビジネスが成立したわけです。

が、主君にしてみれば、同じものを与えただけです。


主君に言わせれば、ヒトでなく「猿」なわけですから、日頃たいして役に立つわけでなく、忠義も志も友情もない部下です。今の金、今の権力、今の虚名を欲しがっているだけの「猿」です。が、しかし、公の事業を成立させるためには、その「猿」の支持を失うわけにはいきません。本来なら、怒るのが人間の筋である(日頃家族の飯をヘラしてまでサルをかわいがり…主君の経済力が弱ったときぐらい一致団結してなんとかしてほしいと思うのがヒトの常でも)、当然怒るべきところで、その賢君は怒らず、冷徹に、「猿」を掌握したわけです。


ですからこの話は、この賢君の姿勢・冷徹を褒め、同時に、部下或いは、ヒトとは「この猿のようなものだよ」という達観を述べ、さらには、「猿だって、本当はそんな馬鹿じゃないのだが、時にはこんな馬鹿な結果を出したりするものよ」という可笑しみ、がこめられた逸話ではないかと思いました。


一方TomCatさんも言われていますが、私も、猿もなかなかたいしたものだと思います。

現代会社的に考える場合ならばですが、

食い物など、必要なものは必要だとして、猿は主君に要求するわけですが、主君が猿の要請に妥協し、猿を一方的に支配する姿勢と逆の姿勢を見せたところで、猿も、それ以上無理は言わず、総量は同じとして、猿も妥協したわけです。現代会社的に考えれば、そう考えることも出来ると思います。

◎質問者からの返答

現代の財政学では、株式相場に前場と後場があり、資産総額も変動が

生じます。後場に急落する危険もあるので、ひそかに自社株に投資して

いる社員は、午前と午後で忠誠心が揺らぐかもしれませんね。


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