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前回は質問の仕方が悪かったのでもう一度。
「宗教・疑似科学・民間療法への、信仰の有無」と、「学歴・生活レベルの高低」に、相関関係はあると思いますか? 皆さんの考えを聞かせてください。

●質問者: waguma
●カテゴリ:医療・健康 科学・統計資料
✍キーワード:信仰 学歴 宗教 民間療法 生活レベル
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 10/10件

▽最新の回答へ

1 ● castle
●16ポイント

個人的にはないと思います。

オウムに高学歴が多かったり生活が低いと宗教に走りやすいといった話は時々見かけますが、それはどちらかといえば原因というより結果でしょう。

人の心には、何かを信じるということで現実を受け入れる作用があります。それは言い換えると、この現実を理解する上でどのレベルで思考停止するかという風にもいえます。どんな人もそれぞれの抱える問題を意識したとき、その問題を説明できるような信じる何かを欲するので、信じることで理解した気になっておくのは日常生活を送る上でいえば悪いことではないです。

高学歴の人や低収入の人が信仰に走ったとして、それはその信仰が持つマーケット(対象層)の話になるでしょう。現実に生きてる人はより複雑に信じる作用をコントロールしてるはずです。

いま思ったのですが、学歴や収入格差で信仰依存の度合いが変化するという発想それ自体がかなり信仰的に感じられます。


2 ● love-and-peace
●16ポイント

明確な関係はないのでは?

オウムのことを考えると高学歴ほどだまされやすいかも?


3 ● sami624
●16ポイント

ないと思いますね。

宗教・疑似科学・民間療法への信仰は、溺れる者はわらをも掴む心境で入門するケースが多く、急地位陥った際に冷静に解決力を発揮することができない人間が陥るケースが多いと判断されます。当然のこちながら、高学歴であっても冷静に問題解決できない者もあり、冷静さは学力や生活水準とは相関関係があるとは言い難いものであるため、相関はないといえるでしょう。


4 ● crisis-christ
●16ポイント

ないでしょう。

そもそも「宗教」、「疑似科学」、「民間療法」これらを並記されている所に問題があります。

清貧を教義とする宗教を信仰している場合は、敢えて経済的な活動レベルをさげる場合もあるでしょうし、

それが直接的に生活レベルが低いということを意味することにはならないでしょう。

また、一線の科学者や研究者にはユダヤ教徒、キリスト教徒が数多くいますが、

逆に、経済的、地理的な要因から十分な教育を受け得る環境に無い同教信徒もまた多数存在します。

「民間療法」にしても、疑似科学的なものとそうでないものとを区別する線引きが困難です。

鍼灸治療や漢方療法等の東洋医学について考えた時に特にこのことは顕著であって、

学歴それ自体よりも、教育文化的背景の差異がそれらを信奉するかしないかを大きく左右します。

”ある特定の”、”小規模な”、という言葉を冠した「宗教」、「疑似科学」あるいは「民間療法」を信ずるもの

の集団について考えるのであれば、学歴や生活レベルとそれらの間にある一定の相関関係が認められる場合もあるかもしれませんが、このご質問の回答としては、「関係はない」と言う事になると思います。


5 ● aiaina
●16ポイント

高学歴の方ほど、宗教を好んだりしますね

http://www.info.sophia.ac.jp/theol/

あとは、人生に苦しむぶん、何かにすがりたいと思って宗教にのめりこむ人が多いです。

生活レベルは大きいでしょうね


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