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政治は感情とか感覚で判断していいんですか?

●質問者: SUPERFLAT
●カテゴリ:政治・社会 生活
✍キーワード:感情 感覚 政治
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 10/10件

▽最新の回答へ

1 ● darktribe
●15ポイント

民主主義の世界では、普通に考えて「自分の感情」や「自分の感覚」を「判断基準」にして良い訳ないんですが、「人々の感情」や「庶民感覚」がない政治家も終わってます。

そういう意味では「判断基準の一つ」として「”自分を除いた国民の”感情・感覚」を用いるのはアリですよね。

そうじゃないのであればアウトかと。

※民主主義ではなく帝国制だったりすると、そうでもないんですが。

◎質問者からの返答

darktribeさん。

回答、ありがとうございます。

そうですね、”用いる”のはアリですよね。国民の感情は政治に用いられますよね。

・・感情がもちろん、ベーシックにあるんですけど、

なんだか世界中の市民のその感情はいつも利用されているだけなように感じて、どのように政治とつきあえばいいのだろうと思っています。Darktribeさんはどのようにつき合っていらっしゃいますか?


2 ● 狂人日記
●15ポイント

http://www.law.keio.ac.jp/~hagiwara/lawsemi5.html

「政治とは、国家間であれ、一国家内の、国家に含まれる人間集団間であれ、権力の分け前に与ろうとする努力であり、権力の分配に影響を及ぼそうとする努力である」

要するに、”努力”なんだから、

(例えば、努力につきものなのは、根性でしょう。根性は、感情や感覚に分類されるでしょう。)

感情や感覚で判断したって良いのでは?

世の中、論理が全てじゃないんです。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4106101416/249-9598978-615716...

◎質問者からの返答

Takahiro_kiharaさん。

回答、ありがとうございます。

もう少し、違った質問をした方が良かったかもしれません。でも、どのような質問が的確なのか・・なんだか世界中の市民のその感情はいつも利用されているだけなように感じて、どのように政治とつきあえばいいのだろうと思っています。また、米軍基地問題に関わる政治家も、北朝鮮の実験いらい、すっかりひるんでしまい、いままでの意思がくずれてしまった人たちがいました。多くの人が、多くの場合、こうやって恐怖によってころっと変わってしまうと思うのですが、それは単に、事件の本質を見ようとしていないからだと思ってしまうのです。それで、このような質問になってしまいました。takahiro_kiharaさんの下さったリンクはとても難易度が高く感じましたが、参考にさせていただきました。ありがとうございます。


3 ● TomCat
●30ポイント ベストアンサー

ダメです。

政治というのは万民のために行われるもので、

感情や感覚というのは個人的な所産ですから、

そもそも次元が違います。

政治を理解し、判断しようとするならば、

まず客観的な視点で情勢を分析しなければなりません。

情報を集め、資料を基に、社会情勢を客観的に分析します。

そして判断しようとする政策について考察していくわけです。

ここには当然、政党間の駆け引きであるとか

利益誘導などといった問題も客観的に加味して考えます。

たとえば、「骨太の方針」をどう判断するか、

といった問題を例に挙げるなら、

まず首相は先月22日の経済財政諮問会議で、

歳出をどんどん切り詰めていけば「やめてほしい」という声が出てくる。増税してもいいから必要な施策をやってくれ、という状況になるまで、歳出を徹底的にカットしないといけない。

と発言した、つまりこれは国民を兵糧責めにして

増税への道を開くという方針であって、

財政支出削減は実体のない見せかけだけのものかもしれない、

などという仮説が立ってくる。

資料からそれを検証してみると、

一般会計からはずいぶん支出を削減して見せているが、

特別会計にはほとんど手が付けられていない、

などという実体が見えてくる。

さらにいわゆる赤字解消必要額のうち歳出削減で埋められない額、

つまり増税によってまかなわねばならない額は

2.2兆?5.1兆円と言われるが、

6月25日のローレス米国防副次官の発言によると、

在日米軍再編問題で日本が負担する総額は

控えめに試算して約2兆9千8百億円になると言っていた。

ほぼ増税によって穴埋めする額と等しい。

これが意味するものは何なのか・・・・。

などと、だんだん分析が深まって、

具体性のある判断ができてくるようになるわけです。

これを何の資料も持たない感情論で考えたら、

「何?国が赤字?

それを孫子の代まで残しちゃ大変だから増税やむなし、

どうせ少子化社会だし、社会弱者や高齢者は切り捨て当然。

まず歳出削減は福祉と医療から」

などといった方向に簡単に流されていってしまいます。

ま、政府としては、そういう単純な感情論で煽動できる国民の方が

都合はいいわけですけどね。

なんにしても、政治は感情で考えれば、

必ず「強い者」に騙されます。

自分の頭で考えるには、資料と情報、

そしてその客観的な分析が大切です。

◎質問者からの返答

TomCatさん。

回答ありがとうございます。

TomCatさんのご意見はとてもわかります。でも、TomCatさんのような人は少ないんですよね、きっと。

どうすれば、(自分の感情を一度受け止めた上で、)TomCatさんのように”判断”出来る人が多くなるのでしょうか・・・せっかくネットというこんな素晴らしいものがあるので、どうにか使えないかと思います。


4 ● jennga
●15ポイント

質問者様はどう思われるのでしょうか?

現実の世界では「これが正解」というのはなかなかありません。

「良いか」「悪いか」はケースバイケースだと思います。

そもそも、政治家は国民の代表です。

人間はかなりの割合で感情をベースに生活しています。

確かに感情や感覚だけでは軋轢やいざこざを大きくしてしまいますが、それがなければつまらないとは思いませんか?

国民の代表である政治家が感情や感覚を大事にして政治を行うことは非常に大切なことだと思いますよ。

◎質問者からの返答

jenngaさん

回答ありがとうございます。

政治が何を目的に動いているのか、を私のような一般市民が一歩引いて、、もしくはもっと情熱的により多くの異なる視点から見る事ができればいいですね。

政治家は国民の代表であるべきなんですけどね。


5 ● YasudaS
●15ポイント

>感情とか感覚で判断していいんですか?

良いか悪いか別にして...

あらゆる事象を説明して論理的に組み立てる機構はいまだない。

これがあるとしたらラプラスの魔というものになるんだけどね。

では、人は何を判断基準にしているかというと、理屈にある程度納得することを前提にして、納得できる理屈から好き嫌いといった感情や、こうすればよいだろうという感覚で、理屈を選んでいる。

たとえば、数学でさえ、説明がつけばユークリッド幾何学の元で議論を進めるし、それで説明がつかなければユークリッド幾何学もある。物理学にしたって、量子論関係で色々な説が飛び交い、そこでの毀誉褒貶は激しい。いわんや、政治とて..と思う。

大きく国を誤った日本の先の大戦にしても、非戦/開戦等のいくつかの理屈がある選択肢があったわけだ。そして、「こうすればよいだろう」という筋道がいくつもあったわけだ。しかし、その内の戦争突入を「米英の軍門に下るとはなにごとか!」「このままではずるずるとアジアは欧米の下に置かれる!」という好悪の判断から産まれて、そこで無茶な賭けにでてしまった結果なわけだ。

よって、「政治は感情とか感覚で判断していいんですか? 」という問いには、「期待値が近似すると思ったものから、好悪という感情、こうなるだろうという推測/憶測/感覚」で判断される以上は、良いか悪いかではなくて、それしかないのだ..と考えているわけです。

今の日本の政治とかみていると、そういった好悪/予測を積み上げた人たちが出来上がった政治という舞台で、その積み上げたモノに縛られているという面が結構強いとは思います。

そういった政治を預かる人間について、「この人はこういったしがらみで、こういった判断をするだろう(それは国を誤る/正しく往く)」を見越せる環境にて選ぶことが出来る様にしないといけないな..とは思いますけどね。でも、原則的にはラプラスの魔が人間の元にない以上は、人間の「非ラプラスの魔」な「完全計算以外のモノ(感覚や感情)」が入らざるを得ないということです。

◎質問者からの返答

yasudaSさん。

回答、ありがとうございます。

そうですね。でも判断するときは一度自分の感覚や、感情を疑ってみたらどうかなと思うんです。それが出来ればいいのになと。


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