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亀田興毅選手は試合後、『親父ありがとう!』と言って泣いた。
その父親も泣いていた。

ここに愛はありますか?
親子愛とは何ですか?

●質問者: sukeshi
●カテゴリ:芸能・タレント
✍キーワード:亀田興毅 試合 選手
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 27/27件

▽最新の回答へ

[1]親子愛なんて・・・ kokekukika

あるはず無い。第一あの変な親父のボクシングに対しての未練で子供たちに無理やりボクシングをやらせているんだから


[2]愛はあると思います。 kazumori7

奥さんと別れて、家事もやりながらボクサーに育てたので、やはり愛はあると思います。


[3]>2 それでは、改めてお伺いいたします。 sukeshi

親子愛とは何だと思いますか?


[4]何故、 sukeshi

亀田興毅選手は父親に感謝し、泣いたのでしょうか?


[5]>2 まあ、周囲はどう思おうと Kumappus

ああいう親子愛もあると思います。

うーん、たとえて言うと「親父が学長とコネ持っていて裏口入学で合格した。『親父、ありがとう!』親父も思わず感動で涙」みたいなことなのかもしれないけど。

ただ、今回の件で亀田長男も少し親父と距離を置くんじゃないかなあ。家族の関係の変化のきっかけにはなりそうな気がする。ま、男はそうやって成長するもんだと思いますし。

もっとも「この世で俺の理解者は親父だけやああ!」とますますべったりになる可能性もあります。

ランダエタ氏の「亀田はまだまだベビー」と言う言葉が当たっているような。


[6]>1 何故、 sukeshi

亀田興毅選手は父親に感謝し、泣いたのでしょうか?


[7]>5 いろんな親子愛がある… sukeshi

Kumappus様の考える、親子愛の“くくり”を教えてください。

恋→ドキドキすること、程度のくくりでOKですので。


[8]>7 なかなか難しいですね>くくるの Kumappus

親は子に「立派になってほしい」と思い、子はその恩に感謝する ということではないかと思います。

うーむ、こう書くと一種のギブアンドテイクだなー(笑)。


[9]>4 やはり nortrius

父親がいなければチャンピオンになる事がなかったという前提の上で感謝してるかと思われます。


[10]>3 親子共々苦労してるとは思うよ Hunter_JJ

子が親に感謝し、親は子に感謝する。

他のボクサーと比較は難しいけどそれなりに苦労があったろうし、愛が無ければココまではやれないと思うよ。


[11]愛とは…相手を信じること sami624

愛という言葉の定義として、相手を信じることであると定義すれば、ボクシングという試合において、チャンピオンを目指すべく、互いに信じあいながら練習をし、チャンピオンを実現できたという事実を認識する限り、愛という定義でいいのでは。


[12]一緒にいる時間=絆(親子愛?)だとおもいます。 tehi

あの場面は、なんだこの茶番劇はとおもいましたけどね。


[13]>5 親子愛は確かにあるでしょう。しかし、同時に洗脳も存在します。 ElekiBrain

亀田の場合は親子愛もありますが、一種の洗脳も含まれています。彼らは学校にも満足に通っていません(報道によると、一年に一回だけ。学校側も困っているらしい)。他者との関係が兄弟と親のみ。こういった環境では親や兄弟にいかに間違いがあっても気付くことすらできません。逆に、

「俺の親父のドコがまちごうとる言うんじゃぁぁ!」

と逆切れするのがオチです。彼が真の意味において客観性を確立し、敬語も使えるようになり、それでも親父は偉大だ、という考えを持つのであれば、それは本当に素晴らしいことでしょう。


[14]愛?あるかもね?昔の人気よ、再び! impetigo

私としてはボクシング人気が出てきて、また、昔の様な放送形態を望みます、(昔は週2回もボクシングが放映されてました)、「愛」もいいけど、また疑惑判定も良いけどこんなことは昔沢山あった事なんで・・・別にドーと言う事も無いと思いますよ。ただ、強い者が勝つ!愛はその次でしょう。有っても無くとも良いのです。


[15]>10 親子愛とは父が息子を愛し、息子が父を愛すること tawawajap

亀田親子に関しては、疑念などさまざまなものがあると思いますが、自分には興毅選手が性根の腐った人間には見えないし、そのような息子を育てた父親は信頼されていると思います。

親子愛というのは、父から息子への愛、息子から父への愛、どちらか片方だけですでに成り立つものだと思いますが、亀田家ではそのどちらも成立していると思います。愛は信頼と言い換えてもいいかもしれません。信頼を愛と呼んでかまわないと考えます。


[16]愛とは何か sunafukinkin

彼らのそれは一般人とはかけ離れています。いい方にも悪い方にも。


[17]『ある!』 dai-I

世界チャンピオンになるのにどれだけの練習をしなければならないか。一日中練習の日々をどれだけ積み重ねなければならないか。そんな毎日を過ごし、とうとうチャンプにまでなったのは一重に「親父の正しさの証明」をしたいがためでしょう。アホみたいにボクシングばかりやらされて悪い方向にいっていないのはそこに愛情があるからだと思います。


[18]>9 いじめられっ子だったみたいだし NY505

昔は体も小さくいじめられていたそうだし、それを強くしてくれ

た親父には感謝しているでしょう。


[19]>13 そうかもしれませんね。 sakura19749

親から受ける影響はすごく大きいものなので親の価値観も受け継いだり、

似たような考えをしたりしてしまうことが大きいと思います。

まず最初に親に疑問を持つほうが良いと思います。

ただ親は反抗されたりすると怒ります。

思うようにコントロールしたいのでしょう。


[20]いわゆる幼少時からの英才教育について sukeshi

アスリートや一部の芸術分野においては、よく聞かれますよね。

子供は幼ければ幼いほど、判断能力が未熟であり、且つ親への精神的・経済的な依存度は高い状況にありますから、英才教育とは親が子供に半ば強要する行為であると言えると思います。


結果的に才能を有していたものはいいでしょう。

自我が芽生えてからもその道に進み、ひいては自分の才能を見出した?親を感謝・尊敬するでしょう。

しかし、その道に進むほどの才能に恵まれなかった子供もいるはずですよね。


幼少時に子供の才能を見抜く術が本当にあるのでしょうか?

無いですよね。

英才教育とは多かれ少なかれ『子供の人生を賭けた博打』なんじゃないかと思うんです。


全ての英才教育を否定しているわけではありません。

亀田興毅選手は才能に恵まれていたようです。

しかし、父親はその才能を見抜いた上でこのような教育を施したのでしょうか?

彼の英才教育は、本当に、本当に、多くのことを犠牲にしてきた上に成り立っているように見受けられます。


私はあの涙を見た時、違和感を覚えました。

なんというか、愛の暗黒面というようなものを感じたのです。

確かに、愛なのかもしれない。

しかし、これは決して尊ばれる類の愛ではない、と感じたのです。


皆さんはどう思いますか?


[21]>2 ありますね aiaina

愛はあるでしょう

それを画面からも十分に感じました

こういうものは、言葉ではなく、感覚です


[22]愛なんてない gingiragin

僕は別にないと思います。親子愛とは二人三脚だからです。


[23]・・・・ shougojpn

一生懸命に自分の子どもさんを育てて、ボクシングでも世界王者になるために必死で練習の稽古をしてあげているのに愛なんてないはおかしいんじゃないですかね?試合は微妙な判定が出ましたけど、精一杯がんばったと思います。


[24]愛は・・・ upuphoo

やはり小さい頃から世界チャンピオンになる為に親子で

頑張ってきたのだからそこに愛はあると思います。愛が

ないならあそこで「親父のボクシングが世界に通じる・・・」

なんて言葉は出てこないと思います。形はどうあれ愛はあると

思います。


[25]愛なんてもんじゃなく chikara2000

ごくごく当たり前の感情ではないでしょうか。

19歳の少年が「親父ありがとう」と言える。

家族に向けたものではなくても「ありがとう」と言えない人間が多い世の中での話しです。。。


[26]正直わからないですね。 juice07

もし負けても親父ありがとうって言えるなら、それは本当に親子愛なんじゃないですかね?


[27]やっとかないと、更に裏でビンタされたから。 doriaso

洗脳教育で、オヤジには絶対服従を叩き込まれている。

とにかくオヤジ。オヤジ。

あんな、オヤジだから、あんな子供。

愛とかそんなんでなく、絶対服従の表れ。

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