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坂東眞砂子氏のエッセイ「子猫殺し」について。
ご意見をお聞かせください。

http://www.j-cast.com/2006/08/21002622.html

●質問者: crisis-christ
●カテゴリ:生活 人生相談
✍キーワード:エッセイ 坂東眞砂子 子猫殺し 意見
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 105/105件

▽最新の回答へ

[1]殺すくらいならば飼うべきではない ElekiBrain

この件に関しては既に炎上中で、多くの方が似たようなご意見をお持ちだと思います。よって、多くは語りません。


[2]余りにも勝手、鬼畜、人間じゃない moruno

余りの怒りに言葉が汚くなってしまいますが

猫に言葉が話せるなら、避妊手術など望むはずがないし、避妊手術を施すのが

飼い主の責任だといっても、それも飼い主の都合

じゃあ殺すのは飼主の都合じゃないのか?

しかも空き地に投げ捨てるって…

地面に叩きつけられた体の痛みを感じながら

命が途絶えるまで泣き続けていた子猫の事を思うと

この基地外を何とかして欲しい

獣にとっての『生』とは、人間の干渉なく、自然のなかで生きることだ

じゃあ最初から飼うなよ

飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない

それこそお前の勝手だ

この鬼畜は数年後にまた

「こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている」から始まり

今度は人間の子殺しを告白したりするんじゃないでしょうか?


[3]他人と違う考えに立てばカッコイイと勘違いしている糞 TomCat

私も、この件に関してはとっくに世論はまとまっていると思いますので、多くは語りません。しかしこいつは人間としても文化人としても失格のただの糞と見下しておきます。


[4]>2 今の世の中、命が「モノ」になっている気がします ElekiBrain

多くは語らず、と書いたすぐそばで書くのはなんですが、公園などで犬の散歩をしている奥様方の犬に対する溺愛ぶりを見るとイライラしてきます。過保護は本当の愛情ではない。過保護の心理の背景には、自分「だけ」のためにその子をかわいがる、という歪んだ心理が働いており、相手の気持ちは考慮の範疇外です。この作家さんもきっと猫を「溺愛」する愚か者だったのでしょう。

本当に好きであればモノ扱いにはならないはずで、今回の件は、単なる愛玩動物=モノとして命を軽視した事件だと思います。


[5]猫を可愛いと思うなら... HEAVEN

猫嫌いがするなら理解は出来ますがねぇ。

猫の「生」を重んじたいならば家で飼うという

人が飼いならすような事をしなければ良いのに。


[6]「可愛くなければ殺していいのか?」 itarumurayama

http://d.hatena.ne.jp/orochon56/20060821#p1

に同意

なぜ可愛い動物(猫)は愛護されて、無害ながら「キモイ」ムカデなどは

駆除されるのか?

少なくとも、「見た目の可愛さ」で刑罰を定めた「動物愛護法」はおかしい。

猫を愛護するのなら、ムカデも愛護すべきだし、そうでなければ猫殺しも合法化すべき。

猫を可愛いと思う人が多いのは理解できるが、そのような感情を以って刑事罰を定めてはいけない。


[7]>6 これは徳川綱吉の「生類憐みの令」に通ずる考えと思いました ElekiBrain

余りに極論ではないかと思います。

それでは線引きはどこでなされるのでしょうか。

具体的にお聞かせください。


[8]変質者? suikotei

まあ、作家さんというのは、時にエキセントリックな

ことを言われる方も多いようで・・・

おまけに、この方は伝奇小説というか、おどろおどろしい

作風で知られているわけで、作品から考えても、

こういう感覚をどこかにお持ちで・・・というか、

こういう感覚があるからこそ、ああいう小説が書けるのかと。

とはいえ、小説とエッセイは、同じ文章でも性質が違う。

こういう日常も、小説の中でだけ発表していたら、

特に問題なかったんでしょうね。

個人的には、有名な作家であっても、

絶対にかかわりたくない人ですが。


[9]避妊手術が現実的 rennet

子猫が生まれないようにすることと子猫を殺すことは同じではないです。避妊手術が現実的な対応だと思います。

人間は子羊や若鳥を殺して食べています。子羊や若鳥の立場はどうなる?という議論もあり得ますが、そこまで話を広げない方が良いと思います。

ただ、子猫を公園や動物園の脇に捨てる人、その人達はこの作家と同じことをしていますよ。


[10]>7 補足:「生類憐みの令」の逆に順ずる考え方だと思います ElekiBrain

牛肉や鶏肉、豚肉は食べるが、猫は殺しても良いのか、というお話だと思うのですが、いざ目の前に牛や豚がペットとして飼われる環境があれば、若干の嫌悪感が出るかもしれません。もし世界各国に猫を食べる風趣があった場合(猫好きですから考えたくはありませんが)、牛や豚と同じ考えを持っていた可能性はないとは言い切れません。

そうしたことを踏まえて、線引きはどのようにされますか? 家畜は殺すがペットは殺さない、そういった倫理観に反発を覚えてらっしゃるのですよね?


[11]愛玩動物にとっての『生』 sukeshi

愛玩動物の多くは、人間が品種改良を加えています。

野生では生きていけない種もいますよね。

人間はそのような生物を作り出してしまった。


『獣にとっての『生』とは、人間の干渉なく、自然のなかで生きることだ』は、確かにその通りなのかも知れない。

しかしその獣にとっての『生』を、人間は愛玩動物から奪ってしまっている。


そのことに関する是非はここでは置いておくとしても、人間は愛玩動物に対し、飼い育てる義務を負わなければならないのだと思います。


[12]猫を飼わないで欲しい tomotaka0310

あの人、猫を3匹飼ってるらしいけど、

同じ猫を飼っている人間として

あんな人に猫を飼って欲しくない

人間として信じられん

で、そんな記事をどういうつもりで書いたのか、

新聞社もどういうつもりで載せたのか

考えがわからん


[13]>8 変質者で済めばいいですが… pasosavi

この質問を見て初めて本件を知りましたが

逆に坂東さんの事の方が心配になってしまいました実際…


(ないとは思いますが)

しまいに人を殺めたりしなければいいのですが


あるいは子猫の骸が積み重なり

鳥たちがそれを啄ばむ眼下の光景を

次作品への精神的燃料にしたいとか


であれば最後は親猫でしょうか

(これはあり得そうな気が)


#日経さんには申し訳がないのですが

つられるつもりは小生もないです…


[14]>13 動物殺しの少なくない数が凶悪犯罪に発展します TomCat

ま、日本でも酒鬼薔薇事件の前段階として動物殺しがあったようなことから、当時の動物保護法が改正されて、動物殺しに懲役刑が課せるような制度に変わってきたわけで。

LAあたりじゃもっと積極的に、動物虐待は凶悪犯罪を生み出す土壌の一つだというわけで、司法警察権を持ち銃を携帯した「アニマルコップ」という専門の公務員がパトロールしてたりしますよね。

とにかく人は、だんだん感覚が麻痺していく生き物です。子猫を殺し慣れれば、そのうち人間だって何のためらいもなく殺しかねない精神状態になってくる。そういう懸念は世界共通でしょう。


[15]>10 ですから文化の違いです。 itarumurayama

日米欧のように犬を愛する文化の国から見れば、韓国の「犬食」は

「残虐」であり「動物愛護法違反」です。

そして、鯨食が欧米からは野蛮と批判されているのは周知の通り。

ヒンズー教徒から見れば、ビーフを平気で食べている我々などは

信じがたい人種でしょう。

ということで、文化によって「食べていい動物」「タブーとされる動物」は

異なります。

求められているのは、相手の国のタブーを認めることです。

線引きをする必要はありません。

根本的に、個人的?または社会的「感情論」に基づく「動物愛護法」自体が

悪法だと思ってます。

動物殺しを違法化する要件としては、

「種が絶滅に瀕しているかどうか」という観点のみでいいのです。

そしてこの「絶滅危惧がどうか」という基準は、感情的文化論を離れて、

客観化できる基準ですので、判断基準としても妥当です。


[16]>14 敬愛するTomCat様に反対するのは心苦しいのですが itarumurayama

「倫理的に不快」ということと「刑事罰を以って制裁すべきだ」ということを

混同してはいけません。

動物愛護法では、刑法でいう「保護すべき法益」が不明確です。

保護すべき法益が不明確な刑事罰付き法律は、悪法というしかありません。

「子猫殺しは人殺しに発展する」

この理屈は

「残虐ゲームは人殺しに発展する」

「残虐ビデオは人殺しに発展する」

「残虐小説は人殺しに発展する」

という考えに連なる考え方であり、表現の自由を尊重されるリベラリスト

TomCat様らしくないのですが・・


[17]>15 そんなこたあない skinheadbutt

倫理感や感情論抜きでオッケーなら、人間はどうなのよ?

絶滅危惧種どころか増え過ぎなんだから殺しちゃってもよいってか?

カニバリズムが一般的なとこだってあるんだからその文化も認めて?

同意できんね。


[18]まあ、この作家の場合 itarumurayama

「避妊手術は猫の野生に反する」として子猫を産ませて、

その後で殺しているようですが。

私だったら、こっそりどこかに捨てて、誰かが拾ってくれるのに

期待しますが。


[19]>14 子猫殺しは人殺しに発展する yue_5885

同感です。

ゲーム、ビデオ、小説といった仮想空間ではなく、「子猫殺し」は実際に自分で手を下している、現実です。実際に生き物を殺すのと、仮想空間で殺しを体感するのとでは、まったく次元が違う。現実の殺しに慣れるということは、仮想空間での殺しに慣れることの何百倍も何千倍も恐ろしいことだと思います。

人間は慣れてしまう。命を奪うことさえも、その例外ではありません。避妊手術と子猫殺しが同じものであるなんて言える人間にとっては、子猫も人間も同じものになってもおかしくないのではないでしょうか。

「倫理」が無ければ、人だって殺して良いことになってしまうのではないかと思います。


[20]なにかあるのかなー torafusa

どれぐらい反応が返って来るか確かめてるみたい


[21]>20 それも確認事項の一つかもですね… pasosavi

もう一つの確認事項は恐らく

「こうした事件を はてな ユーザーはどうみなしているか」

(ひいては一般大衆はどうみなしているか

あたりなのかもです…


小生などは子猫殺しをわざわざ公開してしまう作者さんの精神状態と

その作者さんのエッセイをそのまま載せてしまう新聞社様のスタンスとに

むしろ関心が向いてしまうのですが…


#新聞社様の意図はまず間違いなく「愛ルケ」の二番煎じ効果を狙ってでしょうが

(ショッキングな記事こそ新聞購買の起爆剤みたいな


今改めて件のエッセイを読んだのですが

(前はニュースソースの方ばかりに注意が向いていた

きっこさんの引用文が全文正しいのであるなら

http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2006/08/post_3aec.html

小生の前言の、しまいには親猫殺し、はとりあえずはないようにも思えてきました。

(ゼロとは言えないでしょうが…自身の中で納得すれば躊躇なく手を下す方のようなので

一方で最後の「殺しの痛み、悲しみ(を)引き受けて」という部分に

やはり作者さんの慟哭というか尋常ならぬものを感じてしまいます…


このベクトルのまま別方向に暴走されなければいいのですが


[22]>16 動物愛護法の保護法益は生命の尊重です TomCat

けっして保護すべき法益が不明確などということはありません。国会における改正議論でも衆参両院全会派一致で賛成を得ており、一部動物商に対する規制条文などに関して付帯決議がなされたのみと記憶しています。

現実に行われる行為と、空想上の産物であるゲームが人殺しに発展するなどという議論と混同することは、そうした視点こそが、ゲームを人殺しの原因と規定する考え方そのものであり、大きな誤りであると指摘されてしかるべきものと考えます。

また、このいわしの主題もまさに、創作における自由と、行為における責任との違いを理解しないクソ作家について論じるものであると言えるでしょう。


[23]>4 所有物というだけじゃなく blanccasse

“「溺愛」する愚か者”には歪んだ自己投影、自己愛を感じます。

殺しの痛み、悲しみって・・・崖から放り投げて後は知らぬ振りで?笑止千万。ペットはペットとされた時点で野生の獣じゃない。本当にこの作家、気持ち悪い。これを載せた日経新聞も、気持ち悪い。


[24]>22 では家畜の屠殺の場合は itarumurayama

「食用にする」ということで違法性が阻却されるということでしょうか?

ゴキブリ・ネズミの駆除の場合は「衛生の確保」で違法性阻却?

ゲジゲジは・・・

違法性阻却の要件が不明確であると思います。


[25]私も猫殺しは不快に思っていますよ itarumurayama

念のため書いておきますが、私も猫殺しの件は不快に思っていますよ。

ただ、

「不快に思うこと、倫理的に非難されること」と

「刑事罰を課すること」との間には一線が敷かれて然るべきだと

考えています。

作家の件については、

「そういうエキセントリックなことをする作家なんだ」と思って、

「あまりお近づきにはなりたくないなあ」と思います。

ただ、動物愛護法で告発しようとか、そういうことは思いません。

それは一種の「思想への処罰」であり、厳に慎むべきだと思っています。


[26]>24 よく条文を理解しておられますか?風評のみで語ってはいませんか? TomCat

動物愛護法というのは動物を殺すなという事を定めた法律ではなく、命あるもの(条文上の表現)に対する生命尊重の前提を欠いた取り扱いは人間社会に影響を及ぼすとの考え方のもとに、動物を殺す場合の基準についての事項も定められている法律です。

また、動物の殺害で懲役刑が科されるのは「愛護動物」として規定される、特に人間との関わりが深く、人間社会の責任を多とする動物種に対してのみで、ゴキブリやネズミは対象外となっています。

法があらゆる動物に対して網羅的に禁じるのは残虐な取り扱いであって、できるだけ苦痛のない方法で処分するという法の定めに従う限り、「愛護動物」として掲げられる以外の動物の駆除が刑事罰に問われることはありません。

さらに行為は虐待性をもって認定されますから、法的要件に従ったと殺などは虐待を意図した行為とは切り離され、処罰の対象にはなりません。


[27]殺生の判断基準 itarumurayama

動植物、人間の「殺生」の法的判断は、以下の5レベルに亘ります。

1)殺さなければならない(殺すことを刑事罰付きで義務化)

2)殺すことが望ましい

3)別に殺す必要はないが、殺しても問題はない

4)殺さないことが望ましい

5)殺してはならない(殺さないことを刑事罰付きで義務化)

1)・・・天然痘ウイルス(条約により禁止)

2)・・・害虫、外来生物

3)・・・食用の家畜

4)・・・大多数の動物

5)・・・人間、ワシントン条約で保護すべき希少動物

愛玩用の動物は、私の価値判断では「4)」なのですが、

どうも日本の多数意見としては「5)」とみなされているようです。

国により、文化によって4)と5)の所属は変わります。

4)と5)の境界はきわめてアイマイであることを、心すべきでしょう。


[28]>26 話は変わりますが、TomCat様死刑に賛成ですか? itarumurayama

日本の最高裁の判断では

「残虐刑の禁止を定めた憲法に、死刑は違反しない」そうです。

これは死刑廃止が主流な国際常識からすると、あまりにもかけ離れた屁理屈なんですが。

(殺人行為が残虐でないと、どうやって言い逃れできるのか?)

で、TomCat様が引用される動物愛護法の

>法があらゆる動物に対して網羅的に禁じるのは残虐な取り扱いであって、

の部分が、どうにもこの最高裁の屁理屈と同じように感じるのです。

結局、「残虐性」というのは主観要因です。

罪刑法定主義というのは、罪刑の定め方にアイマイな要素を出来る限り排除する、

という側面もあります。

不勉強にて動物愛護法はよく知りませんでしたが、「残虐かどうか」という

極めて主観的な判断基準を以って刑事罰を定めていることに、法律としての

不備を感じました。


[29]>28 死刑の問題点は「人のための法律が人を殺す」ところにあります TomCat

憲法論から言えば死刑は合憲でしょう。むやみやたらに処刑するわけではない、一定の手続きを経て行われるのだという体裁を整えれば、残虐刑には当たりません。

しかし、死刑の問題は、もっとメタなレベルの問題なんですよ。ぶっちゃけ、人のための法律が人を殺してどうすると。昔は為政者のための法律だったから、それに反する人は殺しても理屈が通ったわけです。でも主権在民の現代国家にあっては、法は国民のために存在するわけですから、そもそもその法が国民を殺害する場合についての規定を持つことが根本から矛盾しているわけです。

動物愛護法も、むやみやたらに殺してはならぬ、殺す場合は一定の要件を満たしつつ適法に行わなければならないという制度である点で、死刑は残虐刑ではないという論法とよく似ています。しかし、一つだけ違う所は、この保護法益はあくまで人間の側にあるということ。動物の法益というのは存在しないんですね。

ですから、猫はいかなる理由があっても殺してはならぬ、ネズミなら残虐行為以外の駆除は認められるという、これは全く人間のご都合主義きわまる法律ですが、それは元々人間のためだけにある法制度ですから、法の本来あるべき姿は逸脱していない、ということになるわけです。

ちなみに「動物に対する残虐な取り扱いを禁ずる」というのは、主観要因で行為を判断するということではなく、法に定める要件を欠く殺害は生命尊重の気風を害し治安の悪化を招く要因となるのでこれを禁止する、ということです。

ま、世界では「アニマルライツ」という考え方が盛んになってきていますから、将来的には動物に対する法益という概念が日本にも導入される時代になってくるのかもしれませんが、今は、人間のための法律が人間を殺すという死刑制度の問題と、人間社会の維持のためにはネズミの駆除はやむを得ないという問題を、同列に語れる時代ではありません。


[30]ちょっと話は変わるんですけど、 sukeshi

私としては、飼い猫の去勢・避妊手術にも抵抗を感じるんですよね。

#猫エイズとか猫白血病とかの事情のあるケースは除きます。


人間の都合に合わせて品種改良され、野生を奪われ、その上去勢・避妊されるなんて、あんまりですよね。

さかりが無くなっておとなしくなって飼いやすくなるから、なんて理由がなんでまかり通るのでしょうか。


今回のような愛玩動物に関する議論って、どうしたってこのような『人間のエゴを暗黙のうちに肯定した上』で行われますよね。

そこに違和感を感じるのは私だけでしょうか?

#現実を見ろ!と言われればそれまでなのかもしれないですけどね…。


[31]>30 同意します itarumurayama

猫殺しは「残酷」

去勢手術は「残酷じゃない」

食べるための牛殺しは「残酷じゃない」

・・・価値判断が勝手すぎます。

以前は中国でも「宦官」がいましたが、あれって現代的感覚では「残虐」です。

人間では残虐で、猫相手では残虐さを感じない。

これは文化論になるのかもしれませんが、アフリカとかでは女子割礼が

「文化」として現代でも残っています。

私にすれば「残虐な文化」ですが、猫への去勢手術と女子割礼、残虐性では

大差ないと思うのですが。


[32]>11 同感です。 yue_5885

動物を飼った時点で、その人生の全てを引き受けたことになります。そしてその人生を左右することになります。

彼らは人間無しにはほとんど生きていけないのだから。


飼い主には、育てる義務があり、それが不可能ならば避妊手術を行うべきです。それは人間にとっての避妊(コンドームやピルやパイプカットなど)となんら変わるものではないと思います。

生ませたならその命を守る義務がある。すでにある命は守らなくてはならない。人間が自己満足のために行っていることに対しての最低限の責任だと思います。


[33]>21 分かりませんが…恐らくはトラウマ(心的外傷)ゆえなのでは pasosavi

本件を会社からの帰り道つらつら考えていたのですが

よく考えたら(よく考えなくても)

普通の感覚であればやはりこれは尋常ではないような

だから彼女はこれから変容する(かもしれない)のではなく

今既に変容してしまっているのだと


であればこれは恐らく

坂東さんの受けた誰も知らない過去のトラウマに起因する

というのが最も近いのではと思い及びました…


(全くの思いつきできっと違うとは思うのですが

今はもういない目も開かない我が子への思いが投影されているとか


もし仮にそうであれば

子猫を投げ落としても傷は癒えないでしょうね…

子猫も親猫も可哀想ですが

癒えない傷を抱える彼女が一番可哀想なのかもです…


[34]エッセイ原文を読んだときに予想したとおりの展開 luxon

# いわしにふさわしくないほど長くなってしまいました。失礼。

坂東さんも「鬼畜のように罵倒されるだろう」など何度も書いていらっしゃいますが、まさに、ですね(笑)

思うことはとりあえず3つ。

・この「いわし」の質問文のリンク先、感情的にあおるような記事の書き方ですね。ま、これだけを読んでも全文を読んでも「坂東、氏ね!」と思う人は思うのかもしれませんが、少なくとも批判する場合は全文を読んでからにすべきだろうな、と思います。

・一部で法律論が展開されていますが、彼女はタヒチに住んでいるのですよね(文章内に書かれている)。フランス領。彼女の行為(坂東さんが、ではなく行為自体)が日本国の法律に照らしてどのように位置づけられるかを議論することには当然意味があると思いますが(強調!)、「彼女を裁いてやる!」的な発言の場合は、フランスの法律を持ってくる必要があると思います。もちろんフランスも動物愛護の国でしょうけれど、ハトを出すレストランは多い(笑)

・ま、残酷だと私も思います。けれど、倫理的にイケナイとか動物愛護の精神に反するとか理論を構成して「説明し、自分の感覚、立場が正しいことを立証する」気にはなれません。彼女のような考えも成立するよなー、と思ってしまいます。

「雌猫の性欲に対する配慮」が「子猫の命に対する配慮」を大きく上回っている「バランスを著しく欠いた異常な思想」だ、というのが「世論のまとまり」の方向なんでしょうけれど、100%まとまりそうな様子を見ていると、なんだかそこには加わりたくないなぁという天の邪鬼が頭をもたげます。いや、ワタシは猫殺し、したくないですけどね。


[35]書くべきではない? NAPORIN

主婦はわりと平気でゴキブリや蚊や芋虫を殺します。

家族と自分の安全と清潔のためです。

必要なので「よく考えると」もっとひどいこともしています。

保身・冗長のため書きませんが、誰かのために誰かを殺す、

そういう存在が「生活力のある大人」なのです。


坂東さんの作品は読んだことがないし、

問題の原文もしらないのですが、

たぶん高次なリアリティをめざす表現としてそういう生活がある

ということを書きたかったのでしょう。


タヒチですから日本の法律論はまず関係ないですね。

もしかしたら避妊をしてくれる獣医自体にかかれない状況が

裏にあるのかもしれません(偽悪的表現)。

彼女を責める根拠は、それを日本の新聞という

平穏なマスコミと読者の蜜月に投げ込む必要が

あったのかということだけになりますが、

編集者がダメ出しはいくらでもできるのですし、

しかも鬼畜ということばで予防線が貼られています。

「予想の範囲内」です。


直接手を汚す大人は汚いですか?

その手を見せにくる大人は?


[36]>8 注目されようとするのは当然 hamanako

売名と言ってしまうのが早いのでしょうか。

批判を予測して書くか書かないかという判断をされたわけです。彼女は。

子猫を殺すことの可否とは別問題ですが、上手いことやったもんだなぁと思います。

子猫を殺す女。強烈なキャラクターですね。

子猫を殺さない女よりも本が売れそうです。

(私は彼女の本を読んだことがないので、ほかの要素で測ることができません)


[37]早く逮捕してください。 a1451

明らかに犯罪行為をエッセイにしています。このイカレタ???方

女 安部譲二として、刑務所の話でもしてください ただし誰も買わないと思いますが

考えてみれば、抜け抜けとした人間、最低な人間、非常識な人間

この歳で書くことですか。 とっとと、いなくなって下さい。

馬○人間坂東眞砂子氏 呼び捨てにしたいぐらいです。


[38]殴ってやりたい shimarakkyo

と言うのが最初の感想です。なんつーワガママなアホか、と。コイツはただ単に、人と違った事をしてそのセンセーションを喜んでいる低俗な人間です。

ぐだぐだと御託を並べていますが、ロジックは破綻しているし(そのへんは色々な方が指摘しているので繰り返して述べはしませんが)、言っている事に一貫性がない。頭の中で色々と理屈もどきをこねくり回した挙げ句、よくわからなくなっちゃったバカでしょ。

産んだ子供を捨てられる親猫の「生」がどう「充実」してるのか教えてもらいたいもんです。目の前にいてあのエッセイみたいな事を言いだしたら本当に殴っていたかもしれない。

(この質問で初めてこの作家のことを知りました。知って良かったです。コイツの本だけは何があっても絶対に買わない)


[39]>2 同感です shimarakkyo

本当ーーーーーーーーっに、「余りにも勝手」です。

すみません、一旦回答を書いたのですが、書く為にもう一回エッセイを読んでまた新鮮に怒りが湧き上がって来てどうにも収まらないので。

この記事を掲載した新聞社もどうかしていますよ。


[40]>37 日本法は適用外です itarumurayama

タヒチ在住ですから、フランス法が適用されます。

それともタヒチ警察に告発しますか?


[41]>37 一応ここにはメールを送りました。 shimarakkyo

http://www.spa.asso.fr/contact.asp

さすがにひどすぎます。


[42]>15 じゃあこの作家も殺した猫を食えばいい shimarakkyo

「食べる/食べない」で線引きをするなら。

「食べられる動物はなんてかわいそう、食べてるあなたは残酷よ」系のベジは大嫌いですが、この精神障害作家が言っている事はそのレベルですらないと思います。


[43]この人、仔猫ばかりか・・・ holmatch

仔犬も同じような目に遭わせていたそうで・・・

いささか論点がずれてしまいますが、

このような人物の書くコラムを(しかも仔猫の一件に触れた文章を)平然と掲載してしまった、

某大手新聞の見識も疑います。


[44]>35 『手は汚れているもの』という事実 sukeshi

対して、これまでの大方の反応としては、

『手は汚すべきではない!』

『手を汚すなんて人間じゃない!』

『汚れた手で何を言うか!』

というところでしょうか。


[45]大きな神社で、所有者の犬にけしかけられました imagaichiban

話は、かわります。

人間が生きている限り、生物は連鎖が正常に繋がりません。

ペット化が、人間の生きていく格差を広げるかもしれません。

今日本に、外来生物がどれぐらい存在して、既存の生物を絶えさせているでしょうか。

身近に見たい、手元に置きたい、という自分のわがままでペットにしています。

そして自分の力でままならない時には、放棄するのです。

これは、意識ではなく、飼う者の生物的な「死」のことです。

ペットを、経済的な面からの締め付けがなければ、人間は生きていけなくなります。


[46]ありえない・・・・ kiyomizudera

人としてどうかと思う。殺すに自分の思っていることなんか関係ない。ましてや避妊手術は生まれてきた子猫などをどうしようもなくなって捨てたりするのを防ぐためなのに、子猫殺しと一緒にされては・・・


[47]>1 同感! gintacat

坂東眞砂子氏の云うように猫の「生」を考えるのなら、そもそも「飼う」という選択そのものが間違っていることになる。そのことについて彼女はどう考えているのか、知りたい。


[48]>44 同意。我々の手は血まみれであると自覚して発言している人はどれだけいるのだろう。 luxon

去勢手術さえすれば、子猫を崖下に投げさえしなければ、

そして、子猫を殺している人間に指を突き付けて「お前なんか

人間じゃない!」と叫びさえすれば、自分の血まみれの手を

覆い隠せるのだろうか。

と、思いました。


[49]>43 「平然と掲載」かどうかは不明 luxon

活字になった=「平然」とは言えませんね。

担当者やデスクははクビを覚悟で載せたかもしれません。


[50]>47 子猫殺しは耐えられるのに、猫を飼うことはどうして我慢できないのか Buchicat

避妊手術する権利も子猫を殺す権利もない、飼うことも間違ってるけどそれでもわがままを通したい、猫を飼いたいってことでしょう。

わがままの社会的責任を取ることとして、避妊手術と子猫殺し、坂東氏はそのうち子猫殺しの方が納得できるということで選択した。

子猫を殺すことの痛み、悲しみは引き受けられるのに、猫を飼いたいというわがままはなぜ我慢できないのか?

今飼っている猫たちが死んだらもう猫は飼わないで欲しいと切に思う。坂東氏の責任の取り方は納得も理解もできない。


[51]>3 人でなし mahbo

同感。文字通り「人でなし」ですな。

反吐がでます。


[52]>50 同感です susieque

殺すなら、何故飼うのでしょう?殺したいから、飼いたいんでしょうか?飛躍しすぎですかね。

そもそも何であんなエッセイを発表したのかもよく分かりませんが。


[53]ありえます booboo_002

できれば、手術したいと思いながら、時期を逃し、わが家にたむろしている野良猫状態の3匹の猫が子を産んでしまいました。どうしたらと質問しようかと思いつつ、とにかく母猫を手なずけて捕獲しないことには避妊できないので、懐柔作戦実施中です。猫の避妊・去勢は、人間が飼い主としてご近所に対する礼儀、または迷惑をかけないことをひとつの目的にしていると感じています。避妊したメスは、猫本来のスレンダーな美しい体ではなくなります。避妊することによって、より人間の従属物となります。動物本来の姿は、種を増やす、自分の遺伝子を少しでもたくさん残す、に尽きます。だけど、また○○さんちの猫ったらと、ご近所に後ろ指を指されないようにするのが、ペットの宿命、そして飼い主の宿命。今回の坂東さんの一石の投じ方は、ペットに対して、また飼い主に対して、きちんと動物本来の姿を考えているかいというメッセージと受け止めました。


[54]>49 あんな短文のエッセイを yue_5885

「クビを覚悟で」とは到底考えられませんね。

むしろ「エッセイだから、まあいいか」という無神経さが感じられます。


[55]私の手もきれいではない rego7

自分の手を直接汚していなくとも、私たちはいろいろなことに関与していますよ。

ブロイラーとして、運動できない状態で、喉に管から餌を流し込まれて無理やり成長させられ殺される鳥、太らせるだけ太らせて霜降りにさせられて殺される牛、これらの行為に直接関与していなくとも、スーパーでこれらの肉を食う限り私たちは共犯です。

ペットショップでかわいい血統書つきの犬を買えるのは、ペットショップが売れのこりを処分するシステムがあるからであり、あなたが町を安全にあるけるのは、あなたの知らないところで、飼い主のいなくなった犬を捕まえてガス室に送る保険所が存在するからです。

それらを罪というならば私たちの手はすでに汚れすぎていますよ。ペットを買うという行為自身がすでに人のエゴであり、己の所有物として拘束しているのなら、ペットを擬人化していいうならば奴隷化しているともいえるわけです。


また私たちは、カラスを駆除しても何も言いませんが、猫や犬には敏感です。それは人類が犬猫と長い間共生の関係にあるから感情が動きやすい構造があるからであり、そこを理解しないといけないと思います。カラスは知能で言えば、犬以上とも言われており知能の高い動物をころすなという理屈にもまったくなじみません。これらの選択も人間のエゴともいえるわけです。

彼女の行為は私個人の感情としては違和感も感じますが、しかしこの行為をもって彼女を大上段に非難するほど私は聖人ではないですね。そのことは心得ておきたいと思います。


[56]>35 はきちがえてる nanahositentou

>そういう存在が「生活力のある大人」なのです。

「生活力のある大人」とは手を汚す、汚さないは関係なく

奪わなくても良い命は奪わないようにする人の事じゃないでしょうか?

この作家が元々猫を飼わない選択をしていれば、子猫の命を奪う行為を行うことも無いのですから。

自分のしていることをさも高尚な問題提起であるかのように転嫁しているだけなのですよ。

「タヒチ島に住んで8年。人も動物も含めた意味で『生』、ひいては『死』を深く考えるようになった。『子猫殺し』はその線上にある。動物にとって生きるとはなにかという姿勢から、私の考えを表明した。人間の生、豊穣(ほうじょう)性にも通じ、生きる意味が不明になりつつある現代社会にとって、大きな問題だと考えているからだ」(本人コメントから)

何を言っているのか、全く理解できません。


[57]猫の仔がライオンの仔だったらどうでしょう。 honda-x4

坂東氏のように、間引いたりすることをしない人は、密かにどこかへ捨てたり、しかたなく自分で飼って後で大騒ぎでしょうか?今回の場合すでに生まれてしまってからの対応ですから、生かすか殺すかになります。

坂東氏の正直で素直な表現に好感を持ちます。少しやりすぎの感もぬぐえませんでしたが、あれだけの事をさらっと言い切った感じもします。

ヒステリックな、いわゆるただ言いぱっなしの無責任な批判が噴出していますが、猫殺しの方法に、今ひとつ宗教的儀礼のにおいがなかったためだと思います、この種の間引きは、だらだらと時がたって情が介入するのだけは避けたいわけで、即断即決となったのでしょうが、どこかの国の風習に倣って云々というのがあれば、批判の内容も少しは変わったと思われます。世界では人間の間引きが行われているところもあります。いかなる生物においても、種の保存のための間引きは必要です。

坂東氏は社会的な責任をとったと思います。

それにしても日経は坂東氏にうまくのせられたかもしれませんね。


[58]答えは出ない levelzero

人それぞれ立場や価値観が違う


[59]好きな作家なだけにちょっとショックです haruna0427

コラムの内容については、そういうことをしている人もいるだろうな。

と思いつつも、動物が大好きな私は哀しい気持ちになりました。


そのことよりも、作家という社会に対して影響力を持つ人間が

新聞という巨大メディア上でああいった発言をしたこと。

そのことがとてもショックです。好きな作家なだけに。


[60]>56 エッセイということで短文なのでしょう。 NAPORIN

主婦にとって、ゴキブリを殺すのは、

「子供が虫を怖がるから」という理由で十分です。

ゴキブリもハエもいまさら1匹くらいが

家のどこかに隠れていたって人間死にやしません。

奪わなくていい命だということは

要求される大人も要求する子供もよく知っての上でやってるはずです。

そんな大人としての経験を何年もしていると、

坂東さんの立場にいろいろな洞察が行えます。

タヒチのねずみが怖いからねずみとりのしつけがされた猫を飼ったのかもしれない。

獣医がいなくて避妊できないのかもしれない。

または、獣医が下手な一箇所しかなくて

該当の猫を麻酔が切れたまま手術したことがあり、

今では前の道を通るだけで死ぬほど嫌がり、何日も復讐のために

近所に迷惑なほどの騒音を出すような事態なのかも。

毒を入手して子猫に飲ませるのも親猫が授乳している以上不可能だから。

下手に離乳まで待ってしまうと情が移るから。

あるいは周りでもみんなそうして簡単に処理しているから。などなど。

そんな常識的な言い訳はいくらでも

詳細に記載乃至作家として創造できるのでしょうが、

日本の作家の使命というか習慣として、

私小説までいかない偽悪的短文を書いて

みたかったのではないでしょうか。

相手の状況を思いやれるほどの

相互理解ができないままに、

相手を一方的に責めて大騒ぎしているなんて、

「無知で甘っちょろい日本人」と定義したかった作家Bさんの

思惑どおりの行動なんじゃないのかなと

思っただけです。


[61]飼い主としての責任を取っていると思います。 Hzoe2

ペットは人間の管理下にあるのですから、管理できないほど繁殖させてはなりません。

避妊手術をするのが、よいと思いますが、放置して自然界の生態系を乱すよりは、責任のある行動だと思います。

猫に限らず、危険な爬虫類などが時々、ため池などから発見される状況よりましです。

ただし、野良猫が増えすぎた場合でも、どこかのNPOが避妊手術をさせていました。

鹿や猿が増えすぎ、農作物を荒らす場合は、ライフルで殺傷するのに対して、かなりの配慮です。

これだけ愛されている動物ですから、坂東眞砂子氏は軽率だったのではないでしょうか。


[62]敢えて擁護の観点から考えてみました gorogoro-jk

基本的に今回の件は人として「健康的」ではないと思います。

ですが、敢えてこんな風に考えて擁護してみる事にします。

例えば、自分の配偶者(私なら妻ですが)と、自分の子供が誘拐されたとします。

そして犯人からこう伝えられます。

「2人のうちどちらか一人だけ助けてやる。もう一人は絶対に殺す」

もちろん多くの人がこの時点で凄まじい悩みを抱えるわけですが、その結果本当にどうしようも無くなった場合、

何人かの人は自分なりの答えを見つけて「妻」ないしは「子供」と答える事でしょう。

ちなみに私は、もしもその子供というのが、名前をまだつけていない生後数時間の子供だった場合、悩んだ挙句

「妻」を選んでしまう可能性のほうが高いと思います。

いくら我が子といえども、妻へ抱く愛情と等しいだけのものを生後1日の子に対し持ち合わせているかどうか。

また別の観点からも、私は妻という個を自分で愛しパートナーとして選んだわけですが、我が子に関しては

「与えられた」「授かった」という意識が働き、「愛はこれから育んでいく」対象です。

これがもしも10歳になる我が子と妻ならば、おそらくどちらかを選ぶことができず発狂してしまうかもしれませんが……。

まぁそんな仮定話を経てこの作家の行動を見ていくと、少しは気持ちも分からなくはないかなぁと思います。

要は作家さんにとって重要ななのは「愛する自分の猫」であって、その猫が産んだ子供は「愛の対象」じゃない。

愛する自分の猫には、避妊という手段で命の悦びを奪いたくない。

でも子猫には愛が宿っていないため、恐ろしいほど残酷になれる。

私ならタタリが怖くて(笑)こんな行為できませんが、その辺りの肝がすわっていれば出来てしまう事なんでしょうね。


[63]>61 飼い猫も社会生活の一員です。 Mistake

「飼っている猫」とは人間社会の中で共に暮らしていると言うことです。

人が社会生活を送りたいのであれば、本能よりも、一定限度のルール遵守を求められます。

それは、猫も例外ではありません。

飼い主が自然界の生態系を守る気持ちをも持っているのでのであればなお更です。

さかりの時期はずっと閉じ込めておいて悶々とさせ続けますか?

(雌は年4回泣き続けます。雄はそれに反応してそこかしこにシャワーします。)

それとも避妊手術を受けさせますか?


[64]>61 飼い主としては間違ってないと思う。 komap2

避妊手術>子猫殺す>子猫捨てる


捨てるぐらいなら殺した方がいいのは当然。

まあ殺す選択が最善とは思いませんが、世の中にたくさんいるペットを捨てる人達よりは断然マシです。


ただ、職業がホラー作家ということもあり、なんとなく違う意図が見えてしまっているんでしょうね。

無理して「殺す」選択をしてるような。

仕事に生かすためのような。


[65]>54 しかし社会問題としては komap2

自分のペットを殺す飼い主ではなく、ペットを捨てる飼い主が問題となっている今、

「捨てるぐらいなら殺す」というのは社会問題解決のための一つの意見だと思います。


過激な文章ではありますが、世の中のもっと酷い部分に訴えてる面もあるんじゃないでしょうか。


[66]>40 残念ながら日本の法律では合法です。 komap2

フランスは動物愛護が激しいので法律違反の可能性があるようですが、

日本の法律では自分の飼ってるペットを殺すことは犯罪にあたりません。


いたぶったり、虐待したりした場合は違法となる場合がありますが、

ひとおもいに殺す場合は違法にはなりません。


保健所では犬猫が毎日何百匹と殺されています。


[67]>52 それでも飼うのが人間でしょう。 komap2

私も「殺すぐらいなら飼うな」に賛成ですが、飼えなくなる(=殺す)可能性があっても飼うのは坂東眞砂子氏に限ったことではなく、世の中に腐るほどいます。


保健所に持って行っても結局殺されます。

自分の手を下したかどうかの差でここまで批判されるのはちょっと違うような気がしますね。


[68]>16 itarumurayamaさんに同意です。 komap2

>>子猫を殺し慣れれば、そのうち人間だって何のためらいもなく殺しかねない精神状態になってくる。


違法性はさておき、

保健所で犬猫を殺している人達は殺人を犯しやすいでしょうか?

牛やブタの解体作業をする人は?


「ただなんとなくその辺の動物を殺す」

「自分の道徳的信念を持って自分のペットを殺す」

では全然違います。


もちろん動物愛護法で罰せられるのは前者のみ。


動物を殺すのと人間を殺すのを混同するのはいくらなんでも「決めつけ」が激しすぎると思います。


[69]これが現実 komap2

http://www17.ocn.ne.jp/~nekopa/animalcenter.html

毎日保健所には犬や猫が持ち込まれます。

家の猫が子供を産んだ、引越しをするから飼えなくなる、病気になってしまった・・・。

理由は様々だが、持ち込まれた子たちの運命はひとつ。

殺処分。

運の良い子は里親募集で新しい家庭を見つけることができるが、それはほんの一握り。

ほとんどの子は「ガス」で殺されます。

安楽死をすると信じてますか?

眠るように死んでいったと本気で思っていますか?

真実は・・・。

保健所が使用しているガスでは安楽死はできません。

予算がないのでそんなにいいガスは使えません。

その後は焼却です。

ガスで死にきれなかった子達は、生きたまま焼かれるのです。

赤ちゃん猫・犬、飼い主による持ち込みは、その日のうちに「処分」されます。


多くは「殺せなかった」人のせいで産まれた犬猫達です。


[70]>22 ゲームと現実 komap2

現実で動物を殺す

空想で人間を殺す


どちらも人間が人間を殺すとはほど遠いと思いますけどね。


動物って言っても結局今回の件は「猫」というところが重要なんだろうし、曲がった動物愛護の精神だと感じます。


鶏をペットとして育てて、産んだ卵や親鳥を食ったら?

崖から落としたのがハムスターだったらやっぱり批判されるんでしょうが、これがドブネズミだったら批判しない。


境界線がむちゃくちゃです。


[71]>42 個人的には私も「食べる/食べない」の線引き komap2

この作家が殺した猫を食べてたら一切文句つけようがないですね。

ただ牛やブタと同じように猫を食べただけの人で、別になんてことない話です。


でも食べてないからやっぱり問題なわけで。


まあそれを言ったら「キャッチアンドリリースの釣り」なんて立派な動物虐待。

魚に針刺して水に戻すのはいいって勝手に人間が決めてるだけなんですよね、結局。


[72]>17 それも条件次第 komap2

人間も殺して良い条件がちゃんと法律上ありますよね。


自分の身に危険が及ぶ場合は、殺しても罪に問われません。

それは正当防衛に限らず、食べる物が無くなって人間しか食べる物が無い場合でも一緒です。

例えば、山で遭難した時とか。


そういう状況になることが無いだけで、日本だからってカニバリズムが全面的に認められてないわけじゃないですよ。


まあ共食いは倫理観とか感情論以前に生物学的にもタブーなのでちょっと違うとは思いますが、結局動物の本能として食べる・食べないが重要視されるのではないでしょうか。


[73]>25 私もです。 komap2

殺すのをわかっててペットを飼うのは腹が立ちます。


ですが、この日本で生活している人でそこまで騒ぐようなことかな、とも思います。


鞭を打たれ走らされ、骨折して走れなくなったら安楽死させられる競走馬。

口に針をひっかけ釣り上げて、魚拓を取って水に戻す釣り。

毎日保健所で始末される大量の犬猫。


「文化」という言葉で納得したり、「見えない部分を見ないように」してきたはずなのに、今回のような件で個人攻撃してしまうのは動物愛護ではなく、ただの猫好きにしか見えません。

責めるのであれば、もっと広い範囲で責めるべきです。


[74]>73 おいおい skinheadbutt

>安楽死させられる競走馬。

>魚拓を取って水に戻す釣り。

これらと猫を崖下に投げ捨てる行為とを同レベルで語るとは

仰天するほどお粗末な想像力しか持ち合わせてないんだな。

少なくとも魚は命を絶たれていない、馬は安楽に殺されている。

それに、この作家の件について頭にきてる連中は

>毎日保健所で始末される大量の犬猫

のことにも思いを遣っているものが多くいるはずだ。

保健所での殺処分が安楽なものでないために、

わざわざ犬猫を引き取って、身銭きって獣医に安楽死を依頼する

人だっているんだ。

あんたこそもっと広い範囲で考えを巡らせたらどうだい。


[75]>71 私もキャッチアンドリリースって嫌いです shimarakkyo

釣った魚はありがたく食え!と思います。

この作家、タヒチの道を死んだ鶏探して車で走り回ってる、見つけたら回収して食べる、みたいな事までプロムナードで偉そうに書いていましたから、殺した子猫や子犬も食べればいいんです。せめてそれなら一貫している。


[76]>65 いや、ないと思います。 shimarakkyo

「殺すぐらいなら産ませるな」っつーんじゃ!

「産まれてしまったものを、他に仕方がなく殺す」、のと「回避出来たのに、それをせず、好きなだけ産ませて、殺す」のは違います。

「殺すのがかわいそうだから段ボールに入れて捨てる」人と、「避妊はかわいそうだから産ませて殺す」こいつは、自己中、無責任、幼稚、自分の行動が導いた結果を無視(分かっているけど見ないフリ)という点で同列だと思います。


[77]不快ではあるが、「死」を受け入れる1つの極端な方法 JKY

坂東氏の自我がさらけ出されているようで、不快極まりない。

人間はペットを飼うなり、食料品を手に入れるなり、自分の所有圏に入る場合は、その後に起こり得る全ての事象を引き受け、食事にもマナーがあるように、他人に不快な思いをさせたり不利益を与えたりしないようにする義務があると思っている。

故に嫌悪感を覚える。

とは言え、死を受け入れる1つの方法として考えた場合、保健所にもっていくことや、捨て猫として道端に放置するより、他者の死を受け入れる覚悟が伝わってくることも事実である。

極端ではあるが、たくさんの死、特に他の生命を殺すことによって自分の身を立てるというか、「死」を排除せずに内包し責任を取るという文学的な提案については、考えるきっかけを与えた内容であると思う。


[78]家畜orペット? saru-1

昔(40年ほど前の話)田舎に住んでいたときに家に猫が居ました。

その猫はメス猫でした。

ずいぶん長い間に居ましたが、常にその猫が一匹でした。

子供は生んだはずなのに、私は子猫を見たことは有りませんでした。

ネズミを捕まえてそれを咥え、皆に見せて誉めてもらえると喜んでい

ましたから、この猫は家畜として飼われていたのかもしれません。

小さかった私はペットだと思っていました。

今思うと、あのときの子猫はどうしたんだろうと・・・

【今回のお話】を観て、ふと過去の事を思い出しました。


[79]>74 「子猫殺し」と「保健所に子猫を出す」は=なのか? nankichi

彼女の言動がまともとは思えません。

ただ、あなたのいうように、現在の保健所での殺処分の現状を知っている人はどれだけいるのでしょうか?

わざと知らない振りをして目を背けている、でも板東氏の行動を著しく非難する。そんな人はいないのでしょうか?


板東氏は、避妊と比較したのが論理的・倫理的にまずかった。明らかにおかしい。

でも、ここでふと思ったのです。

保健所に子猫を出すくらいなら自分で・・という論理についてはどう思いますか?


[80]>79 「子猫殺し」≒「保健所に子猫を出す」 skinheadbutt

見たくないところを見るか見ないか、遺体をどうするかの違いくらいでほぼ同じだろう。


>保健所に子猫を出すくらいなら自分で・・

ほぼイコールなんだから、大した意味はない。

「私はどこかの責任感の無い飼い主とは違って猫をその辺に捨てたりはしない、ちゃんと保健所に持っていっている」ということを免罪符にして自己正当化しているだけだ。


>わざと知らない振りをして目を背けている

ような輩に対しては、そのことについて批判すればいい。だが、だからといって猫を投げ捨てて殺害していいってことにはならんだろう?


そもそも競走馬はスプリント用に、ブロイラーは食肉用に、人の目的のために養われ、人の目的のために殺される。彼らは家畜だ。

件の作家の猫を飼う理由が「子猫を生ませてそれを殺したいから」とか「それを食べたいから」というものなら、賛同は出来んが、ひっそり勝手にやればよし。

だが、彼女をはじめ多くの飼い主は愛玩目的で飼っているんだろう?

だとしたら、最後までその目的のために養え。

それが出来ないのであればはじめから飼うなよ、と。


[81]既出な意見ですが…。 teba

この記事を読んで感じた事を率直に言うと

「自分から言い出さなきゃ誰にもわからないのに、なんでこんな事をわざわざ書くの?」

でした。

家族ともこのエッセイについて話しましたが、難しい表現を使ってごまかそうとしているけど結局、罪悪感が抑えられなくなったという事でしょうという結論になりました。

本当の所はわかりませんが…。

「猫の生の充実を」というなら子育てもさせてあげるべきだと思うし、産まれてきた猫にも「生の充実」はあると思う。

産まれた猫を全部世話するのが無理なら、最初から飼っちゃいけないんじゃないかな…と思いました。


[82]>76 猫を飼ってみなければそれはいえない NAPORIN

1.避妊手術をすることによって、ホルモン分泌がなくなり、猫の性格が変わります。

2.避妊手術をすることによって、猫が飼っている3匹とも老齢になってから正当な跡継ぎが欲しくなっても絶対不可能になります。

3.ダンボールに入れて捨てたらタヒチでは運がよければ野良でやっていけますが、彼女はそれをさせたくないと判断したのです。猫が増えると自然環境の破壊になるのかもしれませんし、野良が戻ってきてもっとひどい事態になるのを防ぐためかもしれません。


[83]エッセイを真にうけると‥もしかして gabvgabv

私がこの外道を殺害したい気持ちはおいといて‥


筆者は批判を受けるだの、社会のためとか、能書きを言ってはすべての論理が破綻しているのは明らかなので割愛する

こんな疑念が頭から離れない。殺したいだけ、殺すのが目的なのでは‥あえて論点を変えてばれたくないことをコーティングしていないか

あえて、批判を受けるなら、「殺したいから殺した。殺害するのが楽しい」など、理屈抜きの感情を書いて欲しい。書けないけど、猫殺しについてはどうしても言いたい。批判も怖い。

しかし、猫殺しを公開した時の反応を考えたらふるえてくるのだろう。明らかな変態です。変態の方にはわかるのでは?私がわかったように

まぁ、私なら正々堂々言いますが


[84]>80 子猫殺し>保健所に子猫を出す komap2

ほとんど生きてるような状態で焼却炉で焼き殺される保健所に比べたら、

崖から落としたほうが苦痛を感じなくていい分マシでしょう。


>>少なくとも魚は命を絶たれていない、馬は安楽に殺されている。


命を絶たれなければ虐待しても平気だと?

殺すより問題あると思うんですが。

猫に針ひっかけて釣り上げて戻したら文句言わないんですか?


そもそも獣医に安楽死してもらうのと、崖から落とすのにどんな差が?

崖から落ちる恐怖を感じるかどうかの差?


猫にとっては注射針を刺される痛みと恐怖だって凄いだろうし、

崖から落とされたほうが痛みを感じなくて済む。


ナイフで切り裂いて殺したとかならともかく、

崖から落とすのは安楽死となんら変わらないでしょう。




まあ私が言いたいのはその「安楽死」すらさせる状態にするなって話です。


なんかこの件って論点が、


崖から落とした=非道な奴


みたいになってますが、そういうことじゃなくて、

避妊手術させればいいだけの話なのに、それを自分の理論で避妊手術をあえてせずに子猫を殺してたこと が、責めるべき点だと思うんですが。


[85]>80 子猫殺し>保健所に子猫を出す komap2

ほとんど生きてるような状態で焼却炉で焼き殺される保健所に比べたら、

崖から落としたほうが苦痛を感じなくていい分マシでしょう。


>>少なくとも魚は命を絶たれていない、馬は安楽に殺されている。


命を絶たれなければ虐待しても平気だと?

殺すより問題あると思うんですが。

猫に針ひっかけて釣り上げて戻したら文句言わないんですか?


そもそも獣医に安楽死してもらうのと、崖から落とすのにどんな差が?

崖から落ちる恐怖を感じるかどうかの差?


猫にとっては注射針を刺される痛みと恐怖だって凄いだろうし、

崖から落とされたほうが痛みを感じなくて済む。


ナイフで切り裂いて殺したとかならともかく、

崖から落とすのは安楽死となんら変わらないでしょう。




まあ私が言いたいのはその「安楽死」すらさせる状態にするなって話です。


なんかこの件って論点が、


崖から落とした=非道な奴


みたいになってますが、そういうことじゃなくて、

避妊手術させればいいだけの話なのに、それを自分の理論で避妊手術をあえてせずに子猫を殺してたこと が、責めるべき点だと思うんですが。


[86]>83 shimarakkyoさんおもしろい DRY

まぁ、私なら正々堂々言いますが

捨て垢で正々堂々とご苦労様です。

「殺したいから殺した。」だったら新聞に掲載できるわけないね。

心理状態は概ね当たってそうだけど。


[87]生き物の命を真の意味で大切にしよう FireBird

生き物の命を真の意味で大切にしよう

http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20060827

米国は 戦争で国際法に違反し、民間人を虐殺してきている。


[88]>85 おいおいおい skinheadbutt

こんなことを些末なことで言い合いするつもりはなかったが、あまりにも読解力が欠如してるようなのでいわずにはおれん。そんなに心が広くないものでね。


>命を絶たれなければ虐待しても平気だと?

>殺すより問題あると思うんですが。

>猫に針ひっかけて釣り上げて戻したら文句言わないんですか?

誰が平気で虐待してもよいなんてことを書いてるよ。想像力が無い割には話が飛躍し過ぎなんだよ。ペットとして飼ってる猫に針ひっかけて文句言わないぐらいなら、こんなとこでいちいちコメントするわけないだろ。文句ありまくり。

殺すより虐待の方がまし?そんなもんどっちもいいわけないだろ。

あんたはこういっている。

>「ただなんとなくその辺の動物を殺す」と

>「自分の道徳的信念を持って自分のペットを殺す」

>では全然違います。

同様に、ある一定の社会規範に則って釣りをすること、馬を安楽死させることは、虐待で猫に釣り針を引っ掛けることとは全然ちがうことだろうが。


これは揚げ足とりになりそうだし、論旨と関係無いが、

>猫にとっては注射針を刺される痛みと恐怖だって凄いだろうし、

>崖から落とされたほうが痛みを感じなくて済む。

ネコは人間みたいにそう簡単に落ちている途中で気絶したりしない。地面に接地するまでの間おそらくは正気でいるだろう。激突による痛みと、注射針による痛み、どちらが痛いよ。それでも一瞬でしねるから崖の方がまし?まあ、あんたはそうなのかもしれないが、俺が殺されるとしたら、技術のある医師に眠れるように死ねる薬を打ってもらう方がいいと思うが。これは趣味志向の問題かね。


>「安楽死」すらさせる状態にするなって話です

だから、俺もそういってるだろ。

で、あんたは保健所にたくさんの犬猫が連れてこられていることを知っているし、それが現実だと宣う。

その上で、

>避妊手術>子猫殺す>子猫捨てる

>捨てるぐらいなら殺した方がいいのは当然。

ともいっている。この時点で、あんたとの間には決定的な溝があるというか、分かり合えんと思ったね。俺にはそんなことを言い切ってしまうことはできないが、俺の方がずれてるってことなのかな、これは。思うに、いろいろ多弁してはいるが、結局あんたは軽くみてるんだよ、命を。


>避妊手術させればいいだけの話なのに、それを自分の理論で避妊手術をあえてせずに子猫を殺してたことが、責めるべき点だと思うんですが。

だからそういう意図のことを上で書いていたんだが?

読めんのか、読む気がないのか。


[89]>84 同じ書き込みが2つあったので、もう一レス。 skinheadbutt

>焼却炉で焼き殺される保健所に比べたら、

>崖から落としたほうが苦痛を感じなくていい分マシ

ということは、あんたにとっては「崖から落とす」>「保健所」というわけだ。同時に、

>崖から落とすのは安楽死となんら変わらない

ともいっているので、「崖から落とす」≒「安楽死」ってことだろ。つまり、あんたは「安楽死」(≒「崖から落とす」)>「保健所」と考えていることになる。

てことは、あんたは保健所に持ち込むよりは安楽死させたほうが良いと考えているわけだ。

そのわりには、

>安楽死させられる競走馬。

>口に針をひっかけ釣り上げて、魚拓を取って水に戻す釣り。

>毎日保健所で始末される大量の犬猫。

これらを同列にあつかっている。


やはり理解に苦しむよ。


[90]>84 崖から落とした≠即死 ではないですか? EnglishAngora

>崖から落としたほうが苦痛を感じなくていい分マシでしょう。

崖の高さなどの詳細についてはエッセイの中に記述はありません。ただ『崖の下に死骸がある』とは書いてありますが。

崖に投げ捨てられて、重症を負って数時間、もしくは数日苦しんで死んだのかもしれません。あるいは怪我をしても生き残って野良になったかもしれない。

坂東氏は無責任に『投げ捨てた』だけで、死んだことを確認していないわけです。

『社会に対する責任として子殺しを選択した。もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである。』(引用 日経新聞 プロムナード 「子猫殺し」 坂東眞砂子)

ここまで、偉そうに自分の行為を正当化するならば、殺しの痛みというならば、自らの手で何十匹の子猫の息の根を止めて欲しいと個人的には思います。その上で尚、避妊より殺すことを選択するならば、理解は出来ませんが、あえて何も言いますます。

わたしの中にある不快感の根源の一つは坂東氏の行為が『ゴミの投棄』となんら差のない行為で子猫を投げ捨てたことにあります。たとえ猫の命でもゴミと同じ扱いを出来ることが理解できないのです。

>避妊手術させればいいだけの話なのに、それを自分の理論で避妊手術をあえてせずに子猫を殺してたこと

勿論、それも論点の一つではあるのですが、わたしはこの問題の論点は一点ではないと思うのです。


[91]坂東氏は筋金入りのケチなのではないでしょうかねぇ EnglishAngora

避妊手術は勿体無い、子猫は殺せばよい。

純血のジャーマンシェパードの子供は売れるけど、雑種は売れないから『始末』する。

路上にある新鮮な死骸は犬の餌になるから、見つけるのが楽しみだ。

どの行為にも尤もらしい理由を述べていますが、プロムナードに散りばめられた情報を集めるとケチゆえの行動だと思われます。

これはあくまでもわたしの想像ですが、ご本人は意外とロハス的生活と思っているのではないでしょうか?


[92]僕には理解できない。 goronyann240

猫を避妊して、自分のそばで精一杯愛してやればそれでいいのに、

『猫にとって子を産むことが生だから、避妊することは、猫の生を奪うことだ』とかいう論理には、全くついていけません。

さらに、親の猫の生を奪うよりは、生まれてきた子を殺すことの方がましだ。とかいう考え方は、まったく理解できないし、赦せない。

そもそも、あんなエッセイを一般に公表すると言うのは、まったくもって理解できません。愉快犯としか思えません。


[93]>88 はいはいはい komap2

読解力が無いのはお互い様のようで。


>>ある一定の社会規範に則って釣りをすること

人間が勝手に作った社会規範。

それが最初に言った「文化」という言葉に納得してるいい例。

「崖猫落とし」って競技があったら世間は納得する?


崖か注射針かは好みの問題だろうね。

人間だって練炭自殺もいれば飛び込み・飛び降り自殺をするやつがいる。

もちろん猫の気持ちはわかりようがないが。


子猫を捨てることで繁殖し、最終的には何十倍もの猫を殺すことになる。

それなら子猫を殺しておけば良かったと思わないか?

もちろんあくまでも「まだマシ」と言ってるだけで、悪いことには変わりない。


最後のコメントはあなたに向けたものじゃない。

このいわし全体を見て、そういう傾向があると書いた。


[94]>90 たしかに komap2

崖の高さなどについては想像の範疇で、現実には即死出来ない高さだった可能性もありますね。

そうなると話はだいぶ変わってきます。

安楽死どころか虐待して殺してるのと同じですから。


まあそれは確認しようがないので置いておきますが、

>>偉そうに自分の行為を正当化するならば、殺しの痛みというならば、自らの手で何十匹の子猫の息の根を止めて欲しいと個人的には思います。


この「正当化」も多くの批判理由の一つのようですね。私もこれには同意出来ます。

まるで自分がいいことをしたかのように言うのは卑怯なやり方。

批判を受けようとしてる割には正当化してる。


>>わたしの中にある不快感の根源の一つは坂東氏の行為が『ゴミの投棄』となんら差のない行為で子猫を投げ捨てたことにあります。


ゴミと同じ扱いなのかどうかはちょっと疑問です。

崖から放り投げるという行為は一見そう見えますが、自分の手で、なるべく苦しませず殺す方法って意外と難しいですよね(もちろん獣医に連れて行くなりするのが一番いいんですが)。

崖から落とすことがゴミ扱いなのであれば、どうやって殺してもゴミ扱いにあたると思います。



もちろん論点は一つではないですが、

崖から落とす=悪い

というだけの批判が世間でちょっと多すぎるかなと思います。


[95]>89 二重書き込みミス申し訳ない。 komap2

「安楽死させられる競走馬」ではなく、

「鞭を打たれ走らされ(虐待され)、安楽死させられる競走馬」ね。


安楽死≒崖から落とす>保健所>虐待


ということを言いたかった。


毎日保健所で始末される犬猫の大半は「捨てられた」ペット。

捨てられて捨て猫として繁殖しまくった挙げ句大量処分。

保健所に持ち込んで殺して貰うのとはワケが違う。


[96]>93 ん? skinheadbutt

>もちろん獣医に連れて行くなりするのが一番いいんですが

なんだ、そうは思っていたのか。

読解力不足の所以か読み取れなかった。


>「崖猫落とし」って競技があったら世間は納得する?

個人的には納得できないが、闘牛なんかもあるしねぇ。

まあ、納得する向きもあるんじゃなかろうかね。


>子猫を捨てることで繁殖し、最終的には何十倍もの猫を殺すことになる。それなら子猫を殺しておけば良かったと思わないか?

こういったことを奪う命の数で論じたくはないので、殺しておけばよかった、と言い切ることが自分には出来ない。だから避妊手術を推している。

この点は相容れないが、仕方ないことだと思う。


[97]>94 確かに難しいですね EnglishAngora

>崖から落とすことがゴミ扱いなのであれば、どうやって殺してもゴミ扱いにあたると思います。

親類に畜産農家がいます。主人の実家で牛を飼っていました。そういった環境では『殺さなければならない状況』と言うものが発生します。

その際は、獣医と同じ方法、注射で短時間に『処理』をします。その後、塚に埋めます。

殺された子猫たちには塚も墓もありません。ここには『死の尊厳』は微塵もないように思えます。ただ、無責任に投げ捨てただけ。

これはゴミ扱いだと思いますよ。ある意味で一番楽で、自分の良心の呵責が少ない卑怯な方法ではないでしょうか?


[98]>67 そうでしょうか? EnglishAngora

>飼えなくなる(=殺す)可能性があっても飼うのは坂東眞砂子氏に限ったことではなく、世の中に腐るほどいます。

おっしゃるとおりです。無責任な飼い主はどこにでもいるものです。その無責任な飼い主達は何匹のペットを殺しているのでしょうか?

彼女の異常性というか特出している点は、その夥しい数の子猫を殺し続けているという点にあるのではないでしょうか?

猫の発情期は年に3~4回、そして一回の出産は3~6匹(この辺は大雑把です)ですよね。そして雌猫を3匹飼っているのですから年間に生まれる子猫の数は

3回の発情期×4匹×3匹の親猫=36匹の子猫

もし、発情期を4回としたら48匹です。

坂東氏が何年、子猫殺しをし続けているのか、エッセイからこの辺の事情ははっきりとは解りませんが、2、3年だけでも100匹を超えますからもの。すごい数の子猫を殺していることになりますよね。

なのでここまでの批判が生まれたのではないでしょうか?

まぁ、これだけが批判の的ではないでしょうけど。


[99]>1 もちろんそうなのだけれど amro

「殺すくらいならば飼うべきではない」

それは正論であり前提です。

ではどうして坂東女史がこのようなエッセイを寄稿されたのか。

それを考えると、やはり我々が行っているような議論を喚起したかったからと思わざるを得ません。

自分が糾弾されると知りつつ、それを覚悟した上で狭義には不妊手術の倫理性、広義には他の生命との関わりに至るまでを議題にしたかったのではないでしょうか。

そうだとすれば既に成功を収めていると言えるでしょう。

私見ですが、生まれたばかりの子猫を殺すことと、飼い猫に対して不妊手術を施すことと、どちらが残酷で倫理に悖ることか比較は難しいでしょう。

どちらも他の生命に対し、暴力的に干渉する行為だからです。

坂東女史は飼い猫の生と性(さが)を尊重するが故に不妊手術を拒んだのでしょう。

同時に地域社会に対する責任から、生まれてくる子猫を殺してきたのでしょう。

飼い猫を尊重しつつ、社会への責任を果たす坂東女史の行為は我々に重要な問いかけをしているようにも思えます。

「殺す覚悟が無いなら飼うべきでない」

あのエッセイはそう語っているのかもしれません。


[100]>92 愛するって何でしょうか? amro

goronyann240さんにとって愛するってどういうことでしょうか。

猫を愛すると言った時には何を指しますか?

美味しい餌を与えて、居心地の良い部屋に住まわせることでしょうか?

おそらく坂東さんは違う答えを出したのだと思います。

猫が持っている生命としての本能を、奪うことなく自然にしておくことが、彼女にとって飼い猫を愛するということなのでしょう。

生まれてくる子猫を殺すのは、子猫よりも親となる飼い猫のほうに愛着があるからでしょう。

あのエッセイのおかげでペットの問題について深く考える人が増えて、議論も盛んになっているのだから意味のあることだと思いますが。


[101]>82 ダンボールから這い出せない yue_5885

目も開かない子猫がダンボールの中から這い出せると思っているのですか?子猫に出来るのは鳴くことだけです。そしてそのままダンボールの中で死んで、腐っていくんです。それはどこだろうと同じでしょう。

結局、死んでいくのを見たくない、殺すのは自分が嫌だからしない。結果が目に見えているくせに「優しい人に拾ってもらえたら…」などと言う。

人間の身勝手で飼っている以上、猫に本当の自由なんてありえない。そのあたりを理解して産ませない努力をしないのは無責任。


[102]>64 私の似たような意見です。 gorogoro-jk

避妊手術>子猫殺す>子猫捨てる

↑この図式は私も同意見です。

子猫殺しというとあまりに残酷な響きですが、「殺処分」と言い直せばありふれた光景です。

それを自分の手で完結させているのか、それとも行政に任せるか。


もちろん避妊手術が「最良」であるのは言うに及びませんが、捨てるという行為がこれだけ

横行している世の中において、そこまで糾弾する必要があるのかどうか疑問です。


一番違和感を覚えるのは、いわゆる愛護勢力の姿勢。

責任ある団体の人間は一線を越えた発言をしませんが、この作家に仕事を与えるな、直木賞を

剥奪しろ、こんな人間地獄に落ちろ等、ヒステリックになって感情のまま叫びだす一部の方には

少し冷静になってほしいなと。


[103]反響に対するご本人のご回答が出ましたね… pasosavi

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2366513/detail?...

以下、ご本人のお言葉のみ抜粋

タヒチ島に住みはじめて8年経ちます。この間、人も動物も含めた意味で『生』ということ、ひいては『死』を深く考えるようになりました。7月から開始した日本経済新聞社紙面、『プロムナード』上での週1回の連載でも、その観点からの主題が自然に出てきました。『子猫殺し』のエッセイは、その線上にあるものです。ことに、ここにおいては、動物にとっては生きるとはなにか、という姿勢から、私の考えを表明しました。それは人間の生、豊穣性にも通じることであり、生きる意味が不明になりつつある現代社会において、大きな問題だと考えているからです。……死から遮断された人々は、死の実感を失ってしまう。…死の実感は生の実感にも通じている。生と死は、互いの色を際立たせる補色のような関係だ。……現代都市生活では獣の死骸はまず見ない。…都市とは、死を排除された空間だ。……渋滞に甘んじる心理は、社会の流れに唯々諾々と従う心理に繋がる。…渋滞は、人が自由に生きたいと思う欲求を無意識に潰す効果を生み出している。……私の男友達は、常々『日本は世界で最高の社会主義国だ』と言っている。個人が国家と融合し、そのため利益のために一丸となって働くということでは、日本人という精神性そのものが社会主義的であるという意味だ。…しかし、これは個人の自由な主張を犠牲にした上で成り立っている美点であることを、私たちは忘れてはいけないのではないだろうか。……日本という国に、日本という社会に精神的にいられなくなってタヒチで暮らすようになった。

#日本が超社会主義、これは同意します。聖徳太子の「和をもって尊となし」から本居宣長を経て国家神道の興隆と衰退を経た今も、日本人は仏教/神道そして儒教によって強化された特有の精神文化のもとにあるようですね… 一方でこの件と子猫殺しとはご本人の精神世界の中では実は全くの別件ではなかろうか(ご本人はこうして煙幕を張っておられますが)、と考えたりもします… 何か訳ありなのでしょう…


[104]>38 大賛成 flight-jet

日本のばか教育が生んだ迷子。

殴る←大賛成!!


[105]著者の目的が rikuzai

こうした議論の発生であったのなら目的は達成されているのでしょう。

後のコメントからもぬるま湯の没個性的な今の日本への揶揄みたいなものを感じましたし、掲載したスタッフともども、水面に一石投じたかったのかなと。


「子猫を投げ落として殺す」ということに関しては、

繁殖抑制のために生命を間引きすることと、己のエゴを正当化するために虐殺することを勘違いしているのではないかと思いました。

飼い猫の去勢が人間のエゴだと考えるなら、猫を飼い続けることからエゴだと思いますし、

殺すことによって生命の意味を知るというのなら、蚊一匹でも十分に事足りるでしょう。

私には彼女の「殺害方法」に猫への愛情を感じることはできません。

むしろ彼女が物書きとして特異な経験を得たいがためにしている、または自己主張を正当化するためのように感じました。

また、もしそれが本当に愛情や隠れた真意によるものであったとしても、文脈からそれを読み取ることはできませんでした。


このエッセイを公開したことについては、

自分の中の醜い部分ををさらけ出すことで、真の美しさを手に入れられることは確かにあると思いますが、そのための犠牲としては思慮が足りなく、品がないと思いました。

「子猫を殺すべきか」と命題を掲げてどうするべきか苦慮する内容でも十分だと思うのです。

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