人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

子供がご飯を残すと怒られます。当然ですよね。

日本においては、「農家や漁師などの、食べ物を確保してくれた人に失礼である」「人間に食べられるために命を絶たれた生物に対して申し訳がたたない」というような、<食べ物自体への敬意・感謝>が、怒られるという事の根底にあるように思います。

さて。日本以外の国では、ご飯を残した子供に対して、どんな理由でいけないことだと怒るのでしょうか。
宗教的な理由、地理的な理由、何でも結構です(この国では残しても怒られない、というのも情報としては貴重です)。
できるだけいろいろな国の実例をお待ちしています。

●質問者: team_kawasemi
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 生活
✍キーワード:人間 地理 子供 宗教 感謝
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 15/15件

▽最新の回答へ

1 ● wakachang
●10ポイント

これは子供に対してではありませんが、有名どころでは中国では、もてなしてもらった際にご飯を残すのがお作法だったと思います。

"食べきれない程の料理を出す=相手に満足してもらえた"という感じで…。

だからレンゲでチャーハンなんかを食べると、最後まで綺麗にすくえなかったりするんですよね。

日本だと、全部食べなきゃいけないって思うのでちょっと逆ですよね。

http://q.hatena.ne.jp/ URLはダミーです。

◎質問者からの返答

私も聞いたことがあります。ただ、この話はおもてなしの席での話ですよね。

家族だけで食事をするときでも、やっぱりこうなんでしょうか。その辺り、つっこんで知りたいです。


2 ● TomCat
●20ポイント

http://blog.mag2.com/m/log/0000110636/106341906.html

南ドイツでは、子供が食事を残すと

「お残ししたら雨が降っちゃうよ」

と言うらしいです。

ドイツ人も日本人と同じく物を大切にすることを重んずる国民性ですが、日本のような汎神論的な「物に神が宿る」といった考え方はありませんから、良くないことをすると自分に不都合が起きるよ、という論法で教えていくわけですね。

http://www.wfp.or.jp/activities/

しかし、実際には世界の子供たちの圧倒的多数は飢えており、食事を残せる状況にはありません。世界規模で見れば先進国ではどんどん残飯が捨てられていきますが、世界で毎日およそ24,000の人々がただ食べられないという理由だけで亡くなっています。そのうちの75%は5歳未満の子供たちで占められています。

◎質問者からの返答

悲しい事実です。確かに、食べきれないほどの食事を日常的に供給できる国は、現状では限られていますね。

南ドイツのお話は分りやすいですね。躾の方法としては納得できます。

ただ、なんでいけないのか、ということについてはどう考えているんでしょう。


3 ● aiguo
●10ポイント

基本的に、中国の文化圏では残すことに対する罪悪感はないと思います。たっぷり食事を要して、それを残すことができるのが豊かさであり、メンツであり。

だけれど、日本では残すのは悪いと教わるので、やはりマナーが悪いと思ってしまうんですけれど。

http://q.hatena.ne.jp/1157257701

◎質問者からの返答

となると、やはり家庭でも残すということですかね?

両親と一人っ子3人で囲む食卓でもそうなんでしょうか。


4 ● akkk
●10ポイント

ちょっと違うかもしれませんが、中国ではちょっと残すのが礼儀だそうです。

全部平らげてしまうと、もっとほしかったのに、、、という意味になってしまうようです。

http://www.cji.jp/China_work/China_work8.htm

◎質問者からの返答

いや、質問の意図とは違いません。

ただ、これってやっぱりおもてなしの席ですよね・・・。


5 ● miyankam
●20ポイント

http://q.hatena.ne.jp/answer

↑ダミーです

私の判る範囲内では、ガンガン残していましたよ。直接的な意味でお金がない=食べものが買えないから今あるものを全部食べる、を除いた場合ですが。

タイではあまり怒られてなく、好きなものばかり食べていました(だから肥満児が社会問題になってるんだけど)。思うに、南国の方は元々が作物は豊富なので、残すことにためらいはないのかと。それと、ひとりづつご飯の乗ったお皿を持って、皆で真ん中に置いてあるおかずの皿をつつきながら食べるというスタイルがお残しを目立たなくさせているんだろうと思いました。

栄養素として子供に必要だから、という理由で食べさせたい場合は「大きくなれないわよ」とか「残さず食べないとゲームさせません」とか「親の言うことは聞きなさい」とかをよく聞きました(北米)。

基本的に「いただきます」「ごちそうさま」という言葉や「食物に感謝する」という日本の風習は神道から端を発したものだから、世界的に見ては稀な方じゃないでしょうか?(フランス語の「ボナペティ(いただきます)」以外聞いたことない←これもニュアンス違うし)

米国人なんかケチャップを掛け合って遊ぶは(大人が)、ろうそく立てに小麦粉使うわで、最悪だと思いました。

食に感謝の心がもっと世界的に一般化すればいいのにとおもってしまいます。蛇足ですが。

◎質問者からの返答

なるほど。

たしかに、自分ひとり用に盛られていなければ、残すも何もないですね。

食べ物が豊かな土地では残すことに対する罪悪感がない、という説も納得です。

日本の食物に対する考え方がオリジナルなものであるという認識はあるのですが、ではキリスト教やイスラム教や仏教やヒンズー教では食べ物に対してどう接しているのでしょう。生きるための基本的なことなので、何らかの戒律なり何なりあってもいいように思うのですが。


1-5件表示/15件
4.前の5件|次5件6.
関連質問


●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ