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社会的な議論・論争のあるものを対象としたマニア(例えば軍とか兵器とか)の方に質問します。
そういった議論や論争に対して、どのような事を思ったり、どのようなスタンスで向かい合っていますか?どんなことでも結構ですのでお気軽にお書きください。(常にそういう事がある趣味でなくても、例えば鉄道マニアの方で鉄道事故が起こったときにこう思ったみたいなことでも結構です。)

●質問者: dambiyori
●カテゴリ:政治・社会 趣味・スポーツ
✍キーワード:スタンス マニア 社会的 趣味 鉄道マニア
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 9/9件

▽最新の回答へ

[1]軍事オタクですが・・・・ TomCat

社会的な議論の中では、私は明確な非戦論を持っています。

一発の銃弾の本当の威力を知るだけで、些細な流れ弾一発で自分の頭蓋が砕け散って脳漿が弾け飛ぶ姿が予測できます。それだけで絶対に戦争なんか起こしちゃいけないんだと直感で分かります。

でも今は平和ボケした日本人ばかりですから、戦争などまるで他人事で、改憲だ再軍備だの議論ばかり。そしてそうした世論を誘導する裏工作。軍事オタクだからこそ、政治の裏に隠された汚さが見えてくるというのもあります。


[2]鉄道マニア? itarumurayama

何か呼ばれた気がするので。

「鉄道マニアと鉄道事故」・・・

じゃあ、こちらの私のHPを。

http://itaru-m.hp.infoseek.co.jp/tetsuco/173.htm


[3]議論に際しては ElekiBrain

できるだけ中立に立つように意識しています。あんまりつっこみすぎた解釈をして痛い目にあったこともありますし、実際一方向性だけで議論を進めようとするのは危険であると考えています。そうしてあらゆる議論の内容を総合し、それらをまとめて結論へと導きながら、議論を進めるように勤めています。


例えば、以前W3C準拠の話でいわしを立てたことがありましたが、あまりに挑戦的な内容だった為、今でも反省しています。もっと中立の立場に立って冷静に議論すべきだったと思います。


ちなみに、議論自体は最近はあまり必要であると感じていません。議論が意味を成すのは、議論によって生み出された結果が現実に結実するときです。しかし、そういったフィードバックが成されるのは希です。先日「はてな」でも良い動きがあり、ユーザー同士が議論を進めて一定の成果を得ました(過去形で書きましたが、今後もゆっくりと進行するでしょう http://q.hatena.ne.jp/1158143840)。こういった、議論を必ず現実にフィードバックできる意図があるものに関しては、積極的に参加しますが、以前数日間にわたって行われた靖国問題関連の「いわし」であるとか、安倍総理の話であるとか、全く民意が反映されない議論に口を挟むモチベーションが最近希薄になりつつあります。


[4]>1 なるほど dambiyori

ちゃんと対象を理解しているからこそ、立てる立ち位置みたいなところはあるかもしれませんね。

ありがとうございました。


[5]>1 私も同じようなものですが retorin

私的には戦争は必然だと思います。

軍備再編や北朝鮮の問題などを軍の組織や兵器性能、戦術などろくも知りもしないのに騒ぎ立てる市民団体やマスコミを見ているとあきれてきます。


[6]>5 半可通なマニアのご意見です TomCat

本当にリアルな資料を集めてご覧なさいって。兵士が敵国の赤ん坊を抱きしめて泣いてますよ。頭吹っ飛んだ赤ん坊の遺体を抱きしめて。そんな写真がいくらでもある。それが戦争なんです。誰も殺すことなんか望んでない。そこに自国民を送り込む愚かさ。それが戦争当事国というものなんです。きちんと軍事を見つめたら、そこまで見えなきゃ専門性を持ったマニアとは言えません。


[7]>6 それもそうですが・・・ retorin

誰だって最初は誰かを殺そうなんて思いません。が、実際に殺された側のほうはそうは思いません。テロや紛争がなくならないのはそのためです。

ベトナム戦争でアメリカ兵が無抵抗の捕虜を公然で銃殺する写真や、仲間の敵といって死んだ敵兵に銃を乱射する写真を見たことがありますか?

戦争や争いには双方に正義があり、どちらにも悪があります。

本当に愚かなのはニュースや政治家の発言を鵜呑みにして騒ぎ立て、自分自身で考えようとせず感情的になってしまう私たち国民です。


[8]>7 民族間紛争とベトナム戦争は同列には語れません TomCat

家族や仲間を殺された恨みから戦闘に参加していくようなシーンは、民族間紛争にはよく見られる出来事です。

しかし、ベトナム戦争においての米兵は、無理矢理送り込まれて涙ながらに持ちたくもない銃を持たされていた人々がほとんど。あの時前線に送り込まれた兵卒の多くが職業軍人ではない、普通の平和を愛する民間人出身だったんですからね。

だから麻薬があれほどに蔓延したんですよ。殺すことの恐怖にも、殺されることの恐怖にも、耐えられなかったんです。彼らが感じていたのは、ただ恐怖。愛国心も正義も、タテマエに過ぎなかった人がほとんどだったわけです。ま、ベトナム人自身には民族解放という正義感と、仲間を無惨に殺されたという恨みがかなり明確だったと思いますが。

そんなわけです。民族間紛争の当事者や、侵略と戦う側には、ご説のような正義感や動機が通用するかもしれません。しかし、無関係な国が介入して展開されたベトナム戦争やコソボ紛争、アフガン戦争、イラク戦争といった一連の戦争における米軍などの立場にその説を適用することには無理があります。彼らはただ命じられてその通りに動く兵器の一部か、徴兵制が敷かれた場合は無理矢理死地に送り込まれる消耗品でしかありません。そこにあるのは大国のエゴ。戦争の持つ悪の面だけでしょう。

さて、これで私の回答数は尽きました。軍事は、軍の側からだけ覗いていても、その本当の姿は見えてきません。ただ巻き込まれて殺されるだけの民間人の立場から、赤十字などの救護機関の立場から、兵士として駆り出される民間人の家族の立場からなど、様々な視点から見ていくことが大切です。

もちろん政治工作や情報工作などに関する知識も重要です。最近では広告代理店が作り出した戦争もあります。裏を覗けばいかにバカバカしい工作で大量の命が失われるかが分かります。戦争で誰が儲かるのかについても、知っていく必要があるかもしれません。


[9]>8 意見を否定するつもりはありませんが・・・ retorin

>>そこにあるのは大国のエゴ。戦争の持つ悪の面だけでしょう。

しかし、ベトナム戦争やアフガン戦争、イラク戦争が起こったのはなぜだと思います?それは国民の支持があったからです。よく戦争で悪いのはその国の指導者だといわれますが、本当はその指導者を選び、戦争を支持して(支持しなくても)それを止めようとしない国民に問題があります。

たとえ私たちから見て悪の面だけに見えたとしても、彼らにとってはそれは正義だったに違いありません。意図的に人を殺すには絶対的に信じるモノあるか、頭がおかしくなっているかのどちらかで並大抵の神経ではできることではありません。民族紛争の兵士やテロリストは前者、アメリカ兵などは後者にあたります。ベトナム戦争時(今も)のアメリカ兵は平気人を殺せるに訓練されます(だから戦場に向かう兵士たちはピクニックまたは仕事場に行くような気分だった)。彼らは除隊した後、周囲の環境になじめなくなる事はよくあるそうです。だからといって彼らを非難したり同情したりするのは愚かな事です。なぜならそういう状況を作り出したのは私たちなのですから・・・

一見、私たちは戦争とはほど遠い生活をしています。が、直接的なくても我々は確実に関っているのは確実です。例えば、私たちが納めている税金など、これらの一部は在日米軍基地の運営費に使われています。そしてその基地から兵は戦場に向かうのです。どんな関りであろうと私たちと関係のない戦争なんてありはしないのです。

戦争が儲かるというのは多くの誤解を含んでいます。↓

http://www.kojii.net/opinion/col060814.html

実際、第二次世界大戦中に儲かっていた企業はありません。日本の第一次高度経済成長はとっても異例な事なのです。

私が『戦争は必然』といったのは哲学的考えからです。コインは裏無しには表は存在しない、戦争をそれと同列に考えています。人は戦争無しには平和を語れず、大事さに気づきません。

最後に、こうして私たちが議論していても私たちは本当の戦争を知りません。いくら資料を集めようが、体験談を聞こうがそれは知識であって実際いの経験にはなりえません。だからこそ現代の平和ボケをした日本人が戦争と平和を語る資格はないような気がします。

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