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言語って、文法の法則や発音など、時代を追うごとにいろいろなところが単純化していっているように思います。
これは事実認識として正しいのでしょうか?

もし正しいとしたら、「古代の言語は今の言語より複雑でルールが厳格であった」ということなんでしょうかね。
時間が経つにつれて簡単なルールが複雑化する、という方が直感的には理解しやすいのですが、言語は逆なんでしょうか。
なんか、完成された言語を持った民族がどこかにぽっと降臨して、その後世界に散らばりながらルールが単純化していった、
みたいな想像をしてしまいます。

●質問者: nervenarzt
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 科学・統計資料
✍キーワード:うご ルール 事実 古代 想像
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 5/5件

▽最新の回答へ

1 ● tokuya_n
●20ポイント

古代語はなぜ難しいのか

http://nishidam1.web.infoseek.co.jp/multi_2.htm#chap.11


「古代の言語」として残っているのは、

石版だったり羊皮紙だったり書簡だったり、まあ色々でしょうけど、

要するに大半が書き言葉です。

「古代の言語」でも話し言葉は、そこまで「複雑でルールが厳格であった」わけではなかったでしょう。


日本語の発音が単純化していった過程などはこの辺が参考になりますか

同音異義語への異議

http://www.sf.airnet.ne.jp/ts/language/homophone.html

◎質問者からの返答

いずれの参照URLともとても参考になりました。ありがとうございます。

書き言葉のラテン語→話し言葉のイタリア語(単純化)→書き言葉のイタリア語、という流れですね。


2 ● marco11
●20ポイント

まず、言語は会話、対話に使われることで変化しますよね。

そして、同一言語圏内でも、言語は文化、地域によって異なってますよね。

その言語の違いというのは、最も細かく言えば、一人一人違いますよね。

そうなると、直接対話、会話する機会しか持たない時代と、

電話や手紙や、インターネットを使用して会話ができる時代とは

言語の変化の方向や、スピードが全然違うと思います。

それと、言語は時に政治の介入を受けます。

今現在日本で標準語とされている言葉は、東京の中流層の使用言語を

政府が標準語として採用し、人々に推奨した結果できた言葉です。

浸透にはテレビやラジオといったマスメディアが一役買ったと言われています。

なんらかの傾向もあるのかもしれませんが、

文字や手紙、電話が無い時代の話に限定する場合と、しない場合で

話は全然違ってしまうような気がします

◎質問者からの返答

ご意見よくわかりましたが、質問の回答にはなっていないようです。


3 ● marco11
●20ポイント

回答だけをシンプルに書きますと、『一概には言えない』となります。

事実認識として正しいか正しくないか二択で答えるならば、『正しくない』です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%AA%9E%E5%AD%A6

◎質問者からの返答

『正しくない』と判断する根拠が判りません。

リンク先にも記載されていません。


4 ● pascal7
●20ポイント

言語の進化と言うのは「文化人類学」の授業で習った気がします。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%8C%96%E4%BA%BA%E9%A1%9...

古代の書き文字が難しいのは

「宗教上の秘儀」を記録する為の物だからとか

当時のエリートの教養を示す物だからとか

小難しく分かりにくくしないと威張れないですよね。

「言霊」と言う言葉がありますが、古代では言葉には魔力があると言うののが当たり前だったのです。

だから古代語の書き文字等は難しいです。

一般庶民は簡単な言葉を話してたかもしれませんけど。

言葉の複雑化は、文明の衝突が起きた時等に起きます。

単純化は、平和な時代が続くと単純化します。

複雑化する必要がある時、複雑化し、

必要がないとき単純化します。

文明の衝突がある時、お互いの言葉を取り込むので

複雑化すると言う面と、正確に表現をしないと

相手に言いたいことが伝わらないと言う面から

複雑化します。

単一民族で、平和な時代が続くと

言葉を省略しても分かり合えるので

言葉は単純化していきます。

言語は単純化と複雑化を繰り返し発展してきました。こんな感じだと思います。

学問の分野としては

「文化人類学」「社会言語学」「人類言語学」とかでしょうか。「文化人類学」だけ授業を受けた事があります。他の学問は、辞書で調べました。

他に言葉の意味に興味をもたれたら

「一般意味論」とか面白いかもしれません。

「思考と行動における言語」S.I.ハヤカワ (著), 大久保 忠利

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/400000977X

この本は読みました。

◎質問者からの返答

>言葉の複雑化は、文明の衝突が起きた時等に起きます。

>単純化は、平和な時代が続くと単純化します。

実例はありますか?

「文明の衝突」で「新しい語彙」が入ってくることは想像できますが、文法や発音のレベルで変化がおきるでしょうか?


5 ● pascal7
●20ポイント

考えてみました。

こんなのはどうでしょうか?

ピジン言語とかクレオール言語を学校でならったと思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%B8%E3%83%B3%E8%A8%8...

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%B...

英語をベースとして新しい言語が作られてしまいます。


またこのリンクからたどれる部分に「言語接触と

クレオール」と言うページがあり。「発音や文法面での影響が及ぼされることもあります。」と書かれています。

http://www.info.sophia.ac.jp/fs/fukusen/gengo/gen-0404.htm

これで明確になるのではないでしょうか?

それから

どうでしょう?

昔の日本後は感嘆文をあまり使わなかったんじゃ?

今の日本では

「ほんとう↑」「ほんとう↑?にい↓」とか

感嘆文を多用するようになった様な気がします。


それから「○○、じゃないですか」とか英語の

付加疑問文の様な言葉づかいは日本語にあった

でしょうか?

(昔の日本語とちがってきてる気がするな?)

と言う程度しか言えないですけど

日本語は英語の特徴を吸収しつつあるのでは

ないでしょうか?

◎質問者からの返答

たしかに他言語との接触によってピジンが発生するのは明らかです。しかしこの場合、文法的には単純化するんじゃないでしょうか。

お説では「文明の衝突があると複雑化する」とのことですが、ピジンは引用先に

「「ユー・カム・ヒアー・ツモロー・オーケー・ネ」とあるように、むしろ文法の厳密さは失われるように思われます。

付加疑問文、修辞的疑問文は古来より和歌でよく用いられる技法ですので、英語の影響は少ないと思われます(支那語の影響はあるかもしれませんね)。

英語が日本語に与える影響があるのは理解できます。代名詞の使い方(「彼」、とか「彼女」とか)は英語の影響ですよね。

でも他言語との接触で言語が変化するのと「複雑化」は別ではないでしょうか?(修辞的疑問文)

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