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漱石から子規に宛てた手紙に「華胥の国 黒甜之郷と遊びあるき云々」とあります。いずれも要するに寝ていることを表しています。
「華胥の国」は列子黄帝編にみえますが、「黒甜之郷」の出典がわかりません。どなたかご存知でしょうか。

●質問者: nervenarzt
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 書籍・音楽・映画
✍キーワード:列子 手紙 漱石 黄帝
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● kn1967
●5ポイント

黒甜は北方での方言らしく、日本語で検索できる限りでは、

南宋の陸遊陸游 - Wikipediaの詠んだ「悶を遣るに清聖に憑り、情を忘れた黒甜に付す」が一番古いものではないでしょうか。

◎質問者からの返答

宋代以前に用例があるようです。


2 ● mododemonandato
●0ポイント

角川書店の漢和中辞典によると、蘇軾(そしょく)の詩から取られたとあります。

蘇軾は蘇東坡とも呼ばれる唐宋八大家の一人。詩は『蘇東坡全集』に修められています。どの詩かは判りません。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%98%87%E8%BB%BE

◎質問者からの返答

下記ご参照下さい。


3 ● mododemonandato
●80ポイント ベストアンサー

角川書店の「字源」によれば、

宋の「呉處厚」 の著作「青箱雑記」に「北人以昼寝為黒甜」とあるそうです。

又、蘇軾(蘇東坡)の詩に

「三杯飲飽後、一枕黒甜余(食+余)」とあるそうです。

詩の題名は載っていなかったので判りません。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。

ご回答をヒントに調べましたところ、

蘇軾の「發廣州詩」が出典と判りました。

台湾のサイトで康熙字典が引けるのがあり、そこでも同様の引用がされておりました。

http://www.zdic.net/zd/zi/ZdicE7Zdic94Zdic9B.htm

ただなんで「黒甜」が睡眠の意なのかは判りませんでした。

台湾の伝言板でも同様な質問があるのをみつけました。

http://www.cbflabs.com/gstbook/onerec.php3?id=4332

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