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以前、雑誌「ふらんす」で読んだ記事でいまだに?なものがあります。
20世紀のはじめころまで、多くのフランス人が入浴は年に1回か2回しかしなかった、それ以上に入浴すると「おまえ、そんなにお風呂に入ると病気になるよ」といわれたという文献があったというものです。

そこで、疑問に思っていることは、
・入浴はしないけれどシャワーは浴びていたかもしれないのではないか
・入浴はしないけれども、体を拭いたりすることは日常的に行っていたのではないか
ということです。

日本とは逆で、夏は湿度が低く冬は湿度が高いといいますが、足の裏の角質が、長期にわたり入浴しないことで肥厚してひび割れたりはしないのでしょうか。
疑問です。

香水の発展は入浴の習慣がなかったためなどの知識は既知です。

文献の根拠を回答の際にはお示しください。

締め切り予定は19日未明です。



●質問者: booboo_002
●カテゴリ:医療・健康 芸術・文化・歴史
✍キーワード:20世紀 フランス人 日常 未明 病気
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 4/4件

▽最新の回答へ

1 ● hanatomi
●10ポイント

風呂の歴史よりです。

http://www6.ocn.ne.jp/~osaka268/girisha.htm


北欧や東欧においてもキリスト教の普及につれて、風呂を心地よい快楽の方向へとは向かわせなかった。

しかしキリスト教の影響を受けながらもサウナなどの風呂がとぎれることなく続いていた。

西欧でもまったく風呂がなくなったわけではなく、大きな桶を用いての入浴ならあったし、

その種の温水の公衆浴場もあった。

ところが風呂はしばしば売春などの放蕩と結びつき、

また姦通などのスキャンダルの温床となったりして、キリスト教の非難の的となった。

さらには燃料不足や伝染病の蔓延ともあいまって、風呂のイメージは悪くなるばかりであった。

各地で公衆浴場の閉鎖令が出されるようになり、ついには中世末にはヨーロッパから風呂が消える。

後は桶で顔や手を洗うという程度になってしまう。

特に食事のさいに手を洗うことが重要視されたのは、風呂に入らなかったことがひとつの理由であった。

こうした庶民とは別に王族達は豪華な風呂を持っていた。

例えば、ナポレオンが使ったというエリゼ宮殿の風呂はシャンデリアまでついている。



★後は桶で顔や手を洗うという程度になってしまう。

と、かかれています。

◎質問者からの返答

伝染病というのは性病のことなのでしょうね。とはいえ、公衆浴場ではありえますが、一般庶民の入浴はどのように行われていたのか・・・疑問です。またの回答をお待ちします。

19日まで締め切りませんので、お手数とは思いますが、またの回答をお待ちします。


2 ● motojam1
●5ポイント

ビデがあるからじゃないですか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%87

◎質問者からの返答

それは考えましたが、局部だけですよね。手・足の皮膚の老廃化は意外に早く、高齢者の入浴でもかなり念入りにケアされています。風呂に入らないと、かかとなんか、ごわごわになりそうな気がするのですが・・・

またの回答をお待ちします。


3 ● midoring
●0ポイント

http://woman.excite.co.jp/beauty/cosme/world/paris_005.html

皆さん毎日シャワーは浴びているようでした

◎質問者からの返答

19日まで締め切りませんので、お手数とは思いますが、またの回答をお待ちします。


4 ● zumig2
●80ポイント ベストアンサー

こちらを見つけました。ご参考になるでしょうか?

http://www.kyoto-su.ac.jp/~konokatu/nakano(05-1-31)

学生さんのレポートですが、なかなか充実した内容です。


これによると、もともとヨーロッパにおいて入浴は清潔のためでなく単なる娯楽であったため、15-6世紀のペストの流行で「水への恐怖」が生まれたとたんに、庶民レベルに至るまで入浴の習慣が消えたようですね。

その後、「せめて体を拭くくらいはしようよ」と推奨されて日常的に身体を拭いたり水浴をするようなったのは18世紀のことだったようです。

ご質問にある「足の裏の角質が、長期にわたり入浴しないことで肥厚してひび割れたり」について、直接の言及のある文献は見つかりませんでした。

少なくとも、当時の人々の「興味の対象外」であったことは、上記などから十分に推察できそうです。

興味の対象外だったから、文献も残ってないんじゃないかと。

絵画で確認できるかなとも思ったのですが、足の裏の角質の肥厚状態やひびわれがわかるような絵は発見できませんでした。


ところで蛇足ですが、上記のURLに面白い箇所があったので引用しておきます。

16?17世紀には、下着が白くて、上質のものを身につけてさえいれば、服装は華麗でなくても「清潔」であるとされた。

・・・

衣服そのものが身体の汚れを綺麗にしてくれると考えていた人々にとって、香水は重要なものだった。

不快な匂いを隠し、散らしてしまい、心身を強くし、よい刺激を与える効果のあるものだと考えられていた。

香水は、体を綺麗にし、汚れをぬぐい去ってくれるものとまで思われていた。

このように、中世の清潔は現代でいう清潔とはかけ離れたものだった。

・・・「入浴の習慣がなかったから香水が発達した」という順番が、意識の中で逆転しちゃってたんですね。貴族、恐るべし。

◎質問者からの返答

とても参考になる文献でした。

考えてみれば、日本人も平安時代は月に一度の洗髪だったり、奈良時代にたしか光明皇后だったと記憶していますが、病者用に設置したのは蒸し風呂(サウナ)だったとかを思い出しました。

雪深い北国で、井戸や川から水を汲み、薪で湯を沸かして頻繁に入浴するとは考えにくいことでもあります。

風呂に入らない=不潔

というのは、現代の生活様式にたった考えなのですね。

テムズ川が、ガンジス川並みだったという箇所が私には興味深い箇所でした。

疑問は解決しましたが、19日締め切りと銘打ってしまいましたので、他にも参考になるような記事があったら、回答への書き込みをお願いします。

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