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「徳川(家康?)と枇杷の関係」について探しています。何かの一説や資料がありそうな場所、何でも結構です。
聞いた話では、家康は伊豆にある白い枇杷を漢方の変わりに愛用していたとか何とか・・・。
宜しくお願いします。

●質問者: uminohi720
●カテゴリ:旅行・地域情報 芸術・文化・歴史
✍キーワード:伊豆 家康 徳川 枇杷 漢方
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/4件

▽最新の回答へ

1 ● oota
●60ポイント

http://www.toi-fujiya.co.jp/pege/sirobiwa.html

この情報によると、伊豆土肥の白ビワは明治10年の伝来です。

◎質問者からの返答

なる程。そーなると、白ビワは江戸時代にはまだ無かった事になりますね・・・。


2 ● kingkeita
●10ポイント

枇杷の伝播時期

http://kenko.it-lab.com/shokuhin.php/270/

これによると枇杷自体は9世紀には渡来していたようです。

枇杷に関して

http://members.jcom.home.ne.jp/tink/botan/flower1/hana3hagyou.ht...

家康との関係は分かりませんが上のリンクによると枇杷は直接患部に貼るなど生薬としても用いられていた様で、しかも枇杷の花言葉は、「治療」との事です。ここからは推測になりますが、伝統的に生薬として用いられていた枇杷を家康が治療に使っていたと推測される事は十分可能なのでは無いでしょうか。

http://hotaiji.jp/rekishi.html

上記によれば、家康のお膝元である駿府(現在の静岡県)寶泰寺は、「江戸時代には、朝鮮、琉球の使節が往来する際、休息所あるいは宿泊所として使われ、『綺麗第一』と評判にっていたそうです。枇杷は中国伝来の食物、漢方薬としての知識を持った渡来人からの貢物として枇杷が献上されたという可能性は十分にあるのではないのでしょうか。

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