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「武士道」に対するあなたのイメージを教えてください。
また、それが史実に沿っている(実際に武士とはそういうものであった)と思いますか?

●質問者: bushido2006
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 書籍・音楽・映画
✍キーワード:あなた イメージ 史実 武士 武士道
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 29/29件

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[1]新しく作られた言葉の様な気がする tehi

実際は、農民のほうが多かったんだろうから、農民道みたいなのがあればいいのに


[2]忠実 dankichik

主君に忠実。

でも、実際は、現在のサラリーマンと同様、いやでも生活のために忠実なふりをしていたんじゃないかと思いますが。


[3]ながされない BROWN6

軸がぶれない


[4]強い精神 BROWN6

今の時代に必要だと思う


[5]武士道とは人を斬る相手を見極める人道 I11

武士道とは、刀で人を斬る相手を見極める人道と考えます。

誰をどんな時に斬り殺すか。どのような時に殺意を固め、人を殺すか。それを見極めることのできない人は、本当の武士ではないように思います。

かつての武士が武士道を歩んでいたかは、私にはわかりません。

武士道を歩んでいた武士もいると思いますが、武士の道から外れ、主君の命令に従って子女を残酷に切り殺す「外道」な武士もいたかもしれません。

かつての武士は刀で人を斬っていましたが、現代の武士は言葉で斬り殺します。

武士道を歩む武士は、殺す相手と殺すべき時を見誤ることはありません。

斬っているようでいてなにも斬れていないナマクラな自称武士道の人間が増えている昨今、佐高信は良い切れ味の刀を持っている現代の武士であると思います。

参考

SSD通信:佐高信『許されざる者、筆刀両断!』

http://blog.livedoor.jp/slowsd/archives/50705887.html


[6]義理人情に厚い otehon0

実際もそうだったと思います。


[7]葉隠 castle

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%89%E9%9A%A0

「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の文言は余りに有名。常に死を意識して自省する態度を説く。

が色んな解釈を想像できて深いです。


[8]新撰組は武士道と言わず「士道」と言った TomCat

つまり士農工商の「士」の役割、端的に言えば幕府を守る兵士の任務ってことですよね。戦時中の「戦陣訓」のようなものです。武士とはこうあるべき、男はこうあるべきといった心構えとはちょっと違います。

「心構えとしての武士道」は修養としての武芸の中で発展してきたもので、現実社会とはいささか乖離した理想論だったと思われます。


[9]覚悟、潔さ sakura19749

イメージですけど。何かを覚悟するとか、潔さとかが

浮かびます。


[10]>8 武士道と聞くと五千円を思い出す sdkfz

「戦陣訓」ていうのは兵隊さんの心構えを述べた物ですよ。任務とかなら「操典」か「作戦要務令」あたりですね。


愛のないツッコミは兎も角、あんまり知識ないんでイメージ以上の事は言えないんだけど、新渡戸稲造の「武士道」と本物の武士とではかなり違うんじゃないのかなぁとは思っています。


[11]>5 上に立つ人は倫理的でストイックであるべき konoha788

よく時代劇で見る、刀で町民をおどして勝手にふるまう武士もいたでしょうね。

外れてた人もいると思うけど、「武士道」が基準にはなってたかもしれないなぁ。

今は基準の見えない時代で、頭が良くで出世しても倫理観の伴ってない人が多い気がします。

人の上に立って勘違いして、他の人をバカにしてて

結局足元すくわれちゃった人が最近多いような。

昔は人をしきる人間は一応、武士道と仏教で倫理を叩き込まれたんじゃないかなぁ。


[12]男気 dream76

なんか男を感じますね

だから体育で必須だったんだろう武道は。


[13]>10 あ、ちょっと誤解があるかな TomCat

同じ心構えでも、任務遂行のための心構えと、人生訓のような心構えとは違うということを表現したかったんですけどね。

ま、そんなわけで、武家社会の現実的な士道というのはあくまで任務遂行のための心構えであって、新渡戸稲造のいう「武士道」とは全く違うものなんだと私も書いた、ということで受け止めてください。


[14]武士道は無い fuk00346jp

で、江戸時代までをなんと言ってましたか?

剣術、柔術とか言ってませんでしたか?


[15]日本人の道徳・倫理観の基本 ichthyostega

「武士道」とは、武士として育てられた人たち、少なくとも武家の子として生まれた新渡戸稲造氏の教えられた、道徳観・倫理観であると思います。

「武士道」の冒頭にも書いてあるように、日本人の倫理観と道徳観はどこから来ているのかを書き留めたもので、「ノブレス・オブリージュ」という言葉も出ており、ヨーロッパの「騎士道」になぞらえて考えられたともおもいますし、それまでに「武士道」という言葉が存在していたかどうかと言うことは特に関係ないと思います。

武士道というものは、武士だけではなく、農民や商人達も目指す、あるいは尊敬の対象としたような、理想とした生き方・考え方であるとおもいます。

ペリーやフランシスコ・ザビエル、アインシュタインをはじめ、過去に日本に来た著明な外国人達の多くは日本人の礼儀正しさと温厚さに感心したと言われます。そのもととなるのは、仏教や儒教と言った宗教や既成の倫理ではのだと思います。

だから明治に入って武士道の考えが廃れ始めたとはいえ、まだこのような考え方を多くの人が肌で感じていた時代であっただけに、当時はあえて日本語で記載する必要もなかったわけで、英語のみの出版となっているのでしょう。当時の、あるいはそれ以前に日本人がどのような道徳観を持っていたのか、その理由はどのようなところから来ているのかを外国人に対して説明するために記載されたものですので、「武士道」の記載がすべて史実に沿っている必要はないとおもいます。


[16]>1 賛成 untidy

響きのよい、耳障りのよい商品として「武士道」が作られたと思う。

農民相手に「武士道」っていうカッコいい幻想の言葉で惹きつけさせ

農民をうまく乗せて商品を売る戦略かと思います。

その戦略の生成物が武士道だと思います


[17]>1 あったと思います ichthyostega

そのような考えもあったと思います。

ただ、文章として残されなかっただけでしょう。

「武士道」も、新渡戸稲造氏が外国人との会話中に「日本人は宗教を固持していないのにどうやって道徳を子供に教えているのか」と質問されたことがきっかけで、外国人向けに日本人の道徳概念がどこから発生しているのかと言うことを書き記したものです。ですから、日本人向けに書かれたものではなく、外国人向けに英語で記載されただけで、後世になって日本語に翻訳されただけです。

当時の農民も外国人からすると、「清貧」のイメージが強かったようですから、彼らも自身の生活に沿った、それなりの道徳観を持っていたと思います。


[18]>2 武士はニ君を持たず、騎士はフリーエージェント miu2d4r

負けても犬になりきるのが武士・負けたら手勢に加えられるのが中国・西洋

というのが(物語等から受けたあくまで)イメージ。

実際は裏切り裏切られの下克上の世界に、武士道なんてあったのか疑問です。


[19]>12 最近は、女武士も多い takahiro_kihara

女性も、欧米の(一見)格好良い女性に憧れているからだと思われる。

特に、sports women なんてそうだね。

そうじゃなくて、日本女性は大和撫子を目指せば良いと思うんだけどね。


[20]>7 隆 慶一郎 「死ぬこととみつけたり」 xxxKISSESxxx

この著書の中に、鍋島武士の生き様が描かれています。

また、隆氏の著書を読んでいくと凄く分かりやすく分かるのですが、時代や地域、さらには生い立ちなどで違ってくる、価値観の一部のようです。「一夢庵風流記」の前田慶次郎、奥村介衛門、直江兼続も、それぞれ考え方や生き様はちがっても武士道を通しているように思います。

つまり、武士という身分であれば誰でも武士だけどそうじゃない。

後世言われるような主君に対する忠誠心とかが問題なのではなく、

(「影武者徳川家康」に出てくる本田弥八郎正信は家康の家臣だったが、一向一揆のときに門徒であった彼は家康の下を離れ一揆勢につく。しかし一揆の後許されて家康に仕え、後の関が原の合戦では徳川家に無くてはならない参謀の一人であった)

一人前の男として、すぐれた「いくさ人」であるかどうか というのが、かなり近い認識じゃないかな?と思います。


[21]胡坐で寝る heartofgold0126

刀に手を添えながら座って寝る。

そしていつも一人でいるかんじ


[22]>17 そういう形のないものに tehi

名称を付けるとわかりやすくなるからいいんでしょうね。

でも武士道という言葉は、なんか一人歩きしてるような気がするけど。


[23]忠義! Spaceshuttle

この一言につきると思います。


[24]死に様 tententireman

しにざま。この言葉に集約されているかと思います。

いかに死ぬか。

鎌倉・室町時代では武士という身分が確立していなかったと聞いた覚えがあります。パートタイムな武装農民、戦闘用農民、といっただったそうです。戦国時代のなかで、武士という身分が確立してきて、安土桃山、江戸と時代を経るなかで、武士道という世界観が落ち着いてきたということです。

江戸時代も、最初の頃は戦国時代の勢いをもっていましたので、武士道に対する感覚は鋭敏だったと思いますが、数百年も平和が続いた幕末の頃は、例えば、忠臣蔵の頃は、武士道に対する感覚も鈍感になってきていたようです。君主の仇討ちをして切腹するというのは、当時の武士界においても非常にセンセーショナルな事件だったはずです。


[25]こだわり sayonarasankaku

良くも悪くも生き方にこだわっていくことと感じます。現代からすると不器用な生き方といわれてしまうかもしれません。


[26]ストイック souseiziozisan

自分に厳しく生きることでしょうか。


[27]きれいごと。 doriaso

じゃないのかな?


[28]はてなユーザの、 doriaso

id:takahiro_kihara氏は自らを持って武士道を表現されています。


[29]>12 武道 lawrence59

武道を心得ている人。

剣道や弓道でも、その強さはもちろんだが、精神を心得ていると思う。

日本で誇れる精神・・・それが武士道というイメージがある。

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