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樋口一葉《われから》に登場する旦那さま(金村恭助こと島田三郎)
の誕生祝いは、明治22年(1889)11月28日、旧暦11月06日とみられます。
ただし通説は嘉永 5年(1852)12月17日、旧暦11月07日なのです。

一日早く行われたのは(下記の他に)どんな理由が考えられますか?
一、島田の勘ちがい。当時は「旧暦早見表」が市販されていなかった。
二、一葉の記憶ちがい。三年後の《一葉日記 18920423》に記述あり。

<PRE>
♀樋口 一葉(籍=奈津) 18720502 東京 18961123 24 /明治 5.0325
金村 恭助 改進党代議士 18521128 東京 19231114 70 /嘉永 5.1017
島田 三郎 衆議院議長18 18521217 東京 19231114 70 /嘉永 5.1107
/立憲同志会 [19150520-19170125] /籍=嶋田 政子の夫
</PRE>

●質問者: adlib
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 科学・統計資料
✍キーワード:11月 11月28日 12月17日 24 代議士
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

▽最新の回答へ

1 ● sourd
●60ポイント

『われから』の「十一月の二十八日は旦那さまお誕生日なりければ」の箇所のことをおっしゃっているのですね。

この日は仏滅です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/11%E6%9C%886%E6%97%A5_%28%E6%97%A7%...

なにをするにしても凶とされる日に誕生日会をする気分になるか、祝えるか気になりますが。

http://home2.highway.ne.jp/sinb/ichiyo7.html

では「暗夜」に関して

「山梨出身の代議士やかつての許婚者・渋谷三郎が仇敵の政治家モデルとされてきたが、実際は明治大正を代表する議会政治家の一人である島田三郎を指定すべきで、最後の完成作「われから」と対の作品であることを踏まえねばならない」

と書いていますがね。しっくりきません。僕も気になるテーマで、他の方の回答を期待したいです。

◎質問者からの返答

一葉は、旧暦最後の年に生まれたためか、《大つごもり、十三夜》の

ように暦日に関する題材が多いのです。この設問は(とても難解ですが)

当時の知識人が、旧暦と新暦について誤った認識例を求めています。

六曜(仏滅)の着想は、なかなか面白いですね。西洋の七曜(木曜)

が公式採用されたので、禁令をかいくぐって出現した迷信的暦注です。

ただし、おそらく一葉は知らなかったのではないでしょうか。

むしろ七曜についても、習熟していたかどうかが危ぶまれます。

そこで、仏教では(釈迦を除いては)庶民の誕生日を祝う習慣がない

かわり、命日の前夜(逮夜)に法事を営むことに気づいたのです。

かくのごとくに一葉の謎は、あらぬ方向にひろがって、いつもながら

《大つごもり》の結句「後の事しりたや」を思いだしてしまいますね。

このたびの質問で、すこし分ったこともあるので、いずれまた……。

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