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【イエはてな】イエ・ルポ#010
街を見渡せば、100通りの家族に100通りの家。家をのぞいてみれば、それぞれの暮らし振りが面白い!“イエ・ルポ”とは、実際に見たり聞いたりしたイエの話、またはご自分の家の暮らしの中で生まれたユニークな工夫やアイデア、習慣や出来事などのエピソードをミニルポ感覚で書き込んでもらう“イエ・ルポタージュ”コーナーです。
*〈今週のお題〉に沿った、みなさんが知っている面白いイエの話を教えて下さい。
*〈今週のお題〉以外の話題のイエ・ルポも常時自由に投稿して下さいね!
*ルポのタイトルをタイトル欄に、ルポ文をコメント本文欄に書いて投稿して下さいね!

イエ・ルポ #010 THEME「あなたの記憶に残るイエの情景」を教えて下さい

→ルポ例はコチラ
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20070202

※今回の「いわし」ご投稿は2月7日(水)正午で終了とさせて頂きます。

●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:2月7日 theme あなた いね いわし
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 187/187件

▽最新の回答へ

[1]縁側のある風景 hhkznz

子供の頃は夏が来るたび、家族揃って縁側に腰掛け、スイカを食べたり花火をしたり…楽しい思い出です。もちろん蚊取り線香は必須でした。

都会のマンション暮らしになった今では、「縁側のある風景」が懐かしいです。高層階のベランダには、蚊も飛んで来ず…少し寂しいですね。


[2]横浜に居た頃の家の花いっぱいの庭 toku4sr4agent

今は東北地方に住んでいて、あまり庭の日当たりがよくないのですが、

小さい頃横浜に居た頃住んでいた一軒屋の庭は日当たりがよくて、花が沢山咲いていました。

例えば矢車草とか。


その頃の写真も残っています。

ちょっと懐かしいですね。


[3]犬のいた場所 konoha788

両親が、年をとったので便利のいい場所のマンションに引っ越しました。

ちょっと山で不便だった、育った家の

私にとって一番胸がジンと来るのは

犬を飼ってた場所です。

玄関の横につないで飼ってました。

一匹目が3歳から9歳、二匹目が9歳から22歳まででした。いずれも雑種。

また雑種犬飼いたいなぁ?


[4]学校から戻ってくると真っ先にインコや小鳥にご挨拶。 toku4sr4agent

まだイエにインコや文鳥やカナリアが居た頃は、

玄関に小鳥を置いていたので、

(それが正しい飼育方法かどうかはわかりませんが、横浜は暖かかったので)

イエに戻ると真っ先にインコや小鳥にご挨拶、でした。


ただいま、おかえり、の言葉がやりとりされていたはずなのに、

残念ながらさっぱり人間の言葉は覚えてくれませんでしたけど、

最初は手乗りではなかったインコも徐々に慣れてきて手のりになってくれました。


[5]日曜の夜は… sayonarasankaku

日曜の夜はサザエさんを見ながらの一家揃っての夕御飯でした。

私が子供の頃からだから、本当に長寿番組ですよね。

日曜の夕方サザエさんが始まると、

「明日は学校か…」って休みが終わるのがさみしかったです。


[6]小学生3年のときに 新築しました。 taknt

古い家に追加した一部屋だけのぞいて、建て壊しを行い、新築しました。

古い家の思い出は 断片的にしかないですね。

居間と 外の様子が 若干記憶に残っているところで

台所やほかの部屋が どういう状態だったのか 忘れてしまいました。

この質問を見るまで 古い家のことを 思い出すことは なかったですねぇ・・・。


[7]木のお風呂 vivisan

祖母の家(現親の家)は、木のお風呂でした。当時はまだ、薪とオガライトでお風呂を沸かしていました。

小さいときは、薪をつくるお手伝いをした記憶があります。おかげで鉈の使い方を覚えました。

現在は親が住んでいますが、お風呂は木です。檜ではないと思いますが・・。さすがに電気ですけどw

でも、和風が好きなあたしには、やっぱり木が落ち着くんですよね・・。

といいつつ、今のバスルームに木のお風呂だとミスマッチだけど・・。

でも木のお風呂は憧れます。檜の浴槽につかって・・温泉気分!いいなぁ!


[8]>1 スイカの種とばし競争 vivisan

私も弟とやりました!

なつかしいですね♪


[9]>5 休みは今日まで BROWN6

日曜日に友達と遊んで、家に帰ると必ずちびまるこちゃんとサザエさんはみてました。

そのくらいの時間になると、明日からまた学校だな?と毎週思ってましたね。


[10]父の声が響く akilanoikinuki

昔のわが家はとてもせまかった。

そんな中で、野球好きの父は、野球中継を見ながらホームランやヒットなどが出るたびに大興奮。他のどの部屋にいても、その声は聞こえてきました。

恥ずかしい事にその声は、表まで聞こえていたようで、近所のおばさんに「お父さんは、野球好きなのね?。」と言われた事があります。


[11]>8 足をブランブラン sayonarasankaku

縁側懐かしいですねぇ

足をブランブランさせて座っていた思い出があります。


[12]家の下にいたアリジゴク Catnip

子供の頃、一時とても古い木造の家に住んでいたことがあります。小さな平屋建てで、三部屋しかありませんでした。古い家なので布基礎ではなくコンクリートの枠だけの基礎で、家の下は地面です。おまけに通気口が壊れて、中がよく見えました。

家の下の地面はカラカラに乾いていました。探検気分で懐中電灯を持ち出して中をのぞいてみると、乾いた土が円錐に落ちくぼんでいる所を見つけました。アリジゴクの巣に違いないと思ってそれから毎日のぞいていると、ついにエサを取るところが目撃できました。

エサを取る所が目撃できたのは一回きりでしたが、不思議な自然の営みに触れた思いがしました。一度落ちたら二度とはい上がれない、まさにアリジゴク。落ちた虫は必死に逃れようとしていました。でもアリジゴクも、何日もエサを待ち続けて、必死だったことでしょう。自然界のすさまじさを小さな二匹の虫に教えられた、子供心に衝撃のワンシーンになりました。


[13]建もの探訪 miumiur

テレ朝で週末に放映している番組で大好きだったんですが、枠が【ぶらり途中下車】の裏→日曜早朝に移動して、さすがに観れなくなってしまいました。

毎週個性的な住宅を取り上げていて、あたかも『自分が住むなら・・・。』などの妄想を膨らませることができる素晴らしい番組でした。


[14]>11 縁側の下の恐怖・・・ miumiur

昼間でも薄暗く、何かが棲んでそうで怖かった記憶が甦りました・・・。


[15]>14 うちには昔、濡れ縁がありました TomCat

ただの掃き出し窓だった所に、父が自作の濡れ縁を付けたんです。そこでスイカを食べたり花火をしたり。楽しい場所でした。家が手狭になって増築した時に取り払われてしまいましたが、濡れ縁のある家、いつかまた復活させたいなーと思います。


[16]犬と一緒 BROWN6

家に帰ると玄関の鍵をさしこむ音で自分に気が付いて、ワンワンと吠えながら走って玄関まで出迎えてくれました。シッポをジュリアナダンサーの腕みたいにクネクネさせて、とびついてきて嬉しそうに『お帰り』と言ってくれてるみたいでしたね。

普段は廊下で寝てるんですが、朝食とか夕食の時には必死に『ちょうだい、ちょうだい』とよってきます。ある時から自分の足下で寝るようになったのも想い出しますね。

おととし犬が15年生きたんですが病気で死にました。また会いたいな?。


[17]>10 我が家も BROWN6

父親が会社から早く帰ってくると、チャンネルは野球中継でした。リモコンも隠されて、昔はTVが一家に一台しか無かったので、見たいアニメやバラエティーなどが見させてもらえずによく口ゲンカをしました。


[18]>9 世界名作劇場派 rikuzai

うちはちょっと夕飯が遅めだったので、

食卓を囲んだときは世界名作劇場派でしたね。

後はクイズヒントでピントとか。

(まぁ、そういう年なんですよ)


[19]屋根の上にボール投げ tibitora

屋根の上にボールを投げて、落ちてくるのを受け止めて遊んでいました。強く投げすぎると中庭の方までボールがいってしまって、見つからなくなってことも何度かあります;


[20]屋根に上って rikuzai

引越し一家で色んな家に住んでるんですが、

小学生の頃、ある田舎に住んでいる時の家は瓦屋根の一軒家で、

二階の窓から屋根に上れました。

お天気のいい日は布団を干したり、ひなたぼっこしたり。

・・・よく屋根の上歩いて怒られてましたが。


[21]花火 tibitora

夏休みは家族そろって中庭で花火をしていました(^^

線香花火を誰が一番最後まで落とさないか競争とかもしていました。


[22]>16 食事時 vivisan

うちのワンコもすごいです。

あたしとダンナの間をいったりきたり・・。

いったりきたりするたびに、爪の音がカチャカチャ・・。

昨日の夜もキッチンにコーヒーを作りに行こうと立ったら、反応してました。

お出迎えもうれしいですよね♪


[23]>16 犬の今昔 hhkznz

昔は「犬は番犬=咆えなくては怒られる」で「散歩の時の糞はそのまんま」でしたよね。

今は「犬は家族=無闇に咆えると怒られる」で「犬の糞は飼い主がきちんと」に。

たった30年程なのに、がらっと変わるものですね。


[24]>21 線香花火 mimisasa

我が家もしました、線香花火競争。

いつも。私は早く落としてしまっていた気がしますが・・・。


[25]>18 サザエさん mimisasa

今では、あの終わりの音楽を聴くと「明日は仕事・・・」と憂鬱になってしまいます。

「サザエさん症候群」とよんでいます(笑)


[26]>13 日曜早朝 mimisasa

日曜の早朝、見ていますよ。

夢や想像(妄想)は、膨らむし、休みの日にはもってこいの番組ですね。


[27]リビングに電子ピアノ BROWN6

小学2年生から6年生までピアノを習ってました。宿題をやるのが面倒でいっつも嫌だ嫌だとだだをこねてましたね。夜は音を小さくしたりヘッドホンをしたりして、近所迷惑にならないようにしてました。


[28]ネコとコタツとミカン mimisasa

この時期、小さい頃に飼っていたネコがいつも決まってコタツの右端から一歩も出れずにいたのを思い出します。

そして、コタツの上にはミカン。


[29]>25 魔の6時… choco-latte

サザエさんが家族を引き連れて家の中に入るシーンを見るとガッカリしますねー(笑)

日曜日は出かけても11時くらいには帰るようにしているので、今では「ガキ使」を見ると

これから一週間……って思います。

一番嬉しいのは金曜日のタモリ倶楽部かな(爆)


[30]寒い日の朝には氷柱に霜柱 tibitora

寒い日の朝に屋根の所に出来たツララを落としたり、庭に出来ていた霜柱を踏んづけるのが好きでした^^


[31]>19 ボール遊び choco-latte

2人で交互に投げあいっこして、落としたら負け。

たまに溝に入ったりして親に怒られたりしていました。

あとよく遊んだのはスーパーボール。床に思いっきり叩きつけて床から天井につくのか遊んでいました…。


[32]ホットプレートを rikuzai

家族で囲むというと鍋も多かったんですが、

うちは父が関東ということもあって、よくもんじゃ焼きをやったりしていました。

なのでホットプレートをよく囲んでいたようなイメージがありますね。

餃子とか、焼肉とか、お好み焼きとか、たこ焼きとか。

よくやりました。


[33]>2mimisasa

小学生の頃、夏休みの宿題で「あさがお」を育てるというとこで、どうせならということになって、プランターから屋根にむけて、家族であさがおをたくさん咲かせました。

懐かしい情景です。


[34]近所の道路でバドミントン toku4sr4agent

小さい頃は交通量が少なかったので、道路でよく母と一緒にバドミントンをしていました。


今は空き地も少なく交通量が多いので、道路ではおいそれと遊べませんし、遊んでいる子供の姿を滅多に見かけなくなりましたよね。


[35]母の「ごはんよー!」という声 castiron

母は死んでもいないし元気だけどやっぱいいなと言われてるときは思わないけどふと今思い出すと思う。


[36]おばあちゃんと一緒に観た時代劇 tibitora

お昼に放送していた、暴れん坊将軍や水戸黄門をよく一緒に観ていました。はちべえさん達が食べていたお団子がおいしそうで、食べてみたかったです。


[37]おじいちゃんと眠った部屋 TomCat

私は四歳頃まで、祖父と父母と私の四人で住んでいました。住んでいた家は元々祖父と母の家だった所で、つまり父は結婚して母の家に入った、マスオさんみたいな状態だったわけです(笑)

ある夜、何かの都合で父母が不在で、私はおじいちゃんと二人だけの夜を過ごすことになりました。優しいおじいちゃんでしたが、父母が揃って不在というのは初めてのことでしたので、私はとても不安になりました。

夕食を食べて、お風呂に入って、そして普段は入ったことのない、おじいちゃんの寝室で一緒に寝ました。

でも、案の定、眠れません。父母がいないという不安感で、どうしても寝付けなくなってしまいました。そして、ついに泣いてしまいました。かなり大泣きしたと思います。

そうしたらおじいちゃんは、みかんをむいてくれました。これ食べると気持ちがスーッとして落ち着くよ、って。みかんを口に含むと、冷たい感触がふわっと広がって、たしかに心が落ち着く気がしました。泣きやんだ私を、おじいちゃんは優しく抱きしめてくれました。

さあ、寝ようか。うん。私は、おじいちゃんと一緒にまた横になりました。カーテンのかかっていない窓の外には、明るい月が見えました。

季節は冬。外はとても寒そうでした。でも、布団の中は温かです。おじいちゃんの温かさ。ああ、私は幸せだと思いました。私はおじいちゃんの温もりに包まれて、いつしか眠りに就いていたようです。

おじいちゃんの部屋はあまり物を置かない、簡素な部屋でした。がらんとしているといってもいいような部屋でした。物に囲まれていないと落ち着かないような幼児には、異空間といってもいいような。

でもそれからは、おじいちゃんの部屋が大好きになりました。時々遊びに行くと、お母さんには内緒だぞと微笑みながら、チョコレートなどを食べさせてくれました。

あの晩月が見えた大きな窓には、四季折々の景色が見えました。春には新緑の木の枝。秋には枯れ葉。その窓から見る一通りの四季を一巡した後、おじいちゃんは他界したようです。

おじいちゃんと眠った部屋。今でも懐かしい思い出です。


[38]>29 最近は rikuzai

スマスマ観終わると「まだ月曜か…」と思ったりしてますね…。


[39]>33 朝顔! toku4sr4agent

夏休みの宿題というと朝顔の観察ってよくありましたよね。

そういえばヘチマを育てて観察というのもありました!

今の小学校などは夏休みの宿題ってどうなっているんでしょうね。


昔の宿題とか結構今思えば、自然に触れるものが多かったような木がします。


[40]>27 ピアノ mimisasa

5歳から18歳まで習っていました。

もう、毎日の練習がいやでいやで、ピアノを見るのもいやでしたが、今も同じ場所にあるピアノ。

でも、もういやだなんて思いません。むしろ愛着たっぷりです。


[41]柿の木 dankichik

祖父母の家には大きな柿の木がありました。秋になると、祖父が高枝切り鋏で実をとってくれたものです。ごまのつまったおいしい柿でした。

この柿の木、もう今は元気がなくなって実を付けなくなってしまいましたが。


[42]>35mimisasa

「静かにしなさい」とか「はやく寝なさい」とか、うるさい!って思ってたけど、今、母の声をきくと、なんだか落ち着きます。

「朝やで!!!」っていう声は、どんな目覚まし時計より強力で、効果抜群でした。


[43]>32 揃って食べる。 sayonarasankaku

ホットプレートって、家族団らんの象徴ですよね。

いま、私の周りだと部屋が汚れるからとやらない人が増えました。

ちょっと、淋しいような…


[44]家族そろってゲーム tibitora

子供の頃は、まだテレビゲームが出回っていなかったので、ドンジャラやオセロ、ボードゲームを家族そろって遊んでいました^^

冬はこたつの上にゲームを置いてわいわいと。


[45]ゴキブリ! BROWN6

自分が2歳まで住んでたアパートなんですけど、そのアパートはよくゴキブリの出る所でした。最悪なんですがたぶん自分の一番古い記憶はそのアパートで夜中に目が覚めてオレンジ色の豆電球の明かりだけで薄暗い部屋の壁に大きなゴキブリがはりついてたんです。

2歳だったので『黒い塊』くらいにしか思わなかったんですが。

怖くて目をつぶってましたね。


[46]掘りごたつ!! tough

以前うちには、熱源は電気でしたが、堀りごたつがありました。子供の小さな体には、掘りごたつの空間はけっこう大きな空間なので、潜り込んで秘密基地ごっこをするには最高でした。

懐中電灯をあかりにして、中にマンガやお菓子を持ち込んで、いつもこたつの中を基地にしていました。

夜家族が揃うと、こたつの中に出し忘れたマンガやおもちゃが転がっているので、いつもひんしゅくを買っていました。掘りごたつ、懐かしいです。


[47]父の手作り鉄棒 mimisasa

小学生の頃、なかなか逆上がりができなくって、父が庭に手作りで鉄棒をつくってくれました。そして、10年以上も庭に・・・。

大きくなって、私も車に乗るようになり、庭を駐車場にするときに鉄棒を撤去しました。

今は、鉄棒のあった場所に、車をとめています。思い入れのある場所です。


[48]家の灯り mododemonandato

仕事から疲れて帰って来た時、家の灯りをみるとほっとします。

苦しい仕事も家族のために、頑張ってやってきたことは無意味じゃなかったと感じる一瞬です。


[49]>44 やった、やった sayonarasankaku

ポーカーを、マッチ棒かけてやりました。

たまにマッチ1本、1円かけたりして。


[50]大嫌いだったお風呂 choco-latte

幼い頃は父と一緒によくお風呂に入っていました。

母とお風呂に入るときは髪の毛を洗うとき、下を向かされ目にシャンプーの水がかかり痛くて嫌だったけど、父の場合は、父の膝を枕にして顔を上にして髪の毛を洗ってもらっていました。

大嫌いな湯船に浸かっているときは「ずいずいずっころばし」をやって、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1 とカウントして出ていました。

早くあがりたいからって歌とカウントを早く歌うともう一度やり直しでした。

お風呂から出ると湯上りのアイス。

冬はクリーム系のアイスで、夏は氷系のアイス。

チューペットのことをうちでは「チュッチュ」と呼んでいて、チュッチュが食べれるのは、宿題を終わらせたあとと、お風呂からあがったあとでした。


[51]>49 やりましたね? rikuzai

人生ゲームとかオセロとか黒ヒゲ危機一髪とかやりました?

トランプも結構多かったかも。

麻雀は一度父が教えてくれて卓を囲みましたが、

素人がデカイ手で勝ったので、以来父がすねてやってくれません。


[52]>38 月曜 mimisasa

月曜日もツライですよね?。

スマスマを見た後、あいのりを見て、月曜はとにかくなるべく早く寝ることにしています。


[53]>51 ボードゲーム tough

やりましたね。色んなボードゲームがうちにもありました。あとドンジャラ、なつかしいです。うちにはドラえもんのドンジャラがありました。そしてトランプとかUNOとかのカードゲーム。冬のこたつとゲームは切っても切れないものでした。


[54]>50 ずいずいずっころばし BROWN6

お婆ちゃんとよくやりました。他にも色々な昔の遊びをお婆ちゃんに教えてもらったんですが、ほとんど忘れちゃいました。


[55]>47 うちにもありました tough

やはり父が作ってくれて、その理由も、逆上がりが出来ないからでした。父が補助してくれて、やっと出来た時にはうれしかったです。


[56]>52 金曜日の夜 BROWN6

ドラえもんをよく見てましたが、土日が休みなので明日から休みだ?と嬉しかったです。


[57]>54 歌の意味は choco-latte

全くわかりませんが

ずいずいずっころばし、ごまみそずい。

ちゃつぼにおわれてどっぴんしゃんぬけたらどんどこしょ。

たわらのネズミが米食ってチュー。チューチューチュー。

この先は忘れました。


[58]母とケンカしたキッチン TinkerBell

まだ小学校のころです。ちょっとしたことが原因で、キッチンにいた母と大げんかになってしまったことがありました。最初は口だけの言い合いでしたが、ついに私は苛立ちを抑えることができなくなって、テーブルの上のお皿を取って、床に投げつけようとしました。

そうしたら母が、だめ!お皿には罪がない!

すごく強い声で私を止めました。でももう遅くて、私はお皿を床にたたきつけていました。粉々に割れたお皿の破片が、床に散らばっていました。

お皿には罪がない!という言葉が頭の中に響いて、私はその場に泣き崩れてしまいました。母が無言で、破片を片付けていました。その時の情景を今も思い出します。まるで時間が止まってしまったようでした。

あとで私は、お皿にあやまりたいからと、集めた破片をもらいました。きれいな箱に入れて、一番いい便箋にごめんなさいと書いて、ふたをしました。今でもそれはとってあります。


[59]>43 同感です。 mimisasa

家族揃って食べられないときは、ホットプレート使いませんもんね。

うちは、ハンバーグもホットプレートで好きな形にして、自分でトッピングしてました。

自分が家族を持ったら、夕飯にはホットプレートの登場機会が増えたらいいなと思います。


[60]栗の木のある家 vivisan

古い家の庭には栗の木が一本ありました。

小さい頃はまだ幹も細く背も低かったのに、自分が成長するにつれてどんどん幹が太くなり、背も高くなりました。

秋になると大きな栗の実がなり、おちてきました。

すごく実が大きいのですが、甘いのです。小さい頃の私にとっては自慢の栗でした。

今考えてみれば栗といっしょに育ってきたようなものかもしれません。

母親が作ってくれる栗きんとんはホントにおいしかった。有名どころの栗きんとんよりも私にとって一番でした。最後の1個になると誰が食べるかで揉めました。

栗は茶碗蒸しに入れたり、 栗ごはんにしたり、栗おこわにしたり・・家族全員が栗好きだったのもこの栗の木のおかげです。

しかし、新しい家にうつるため、栗の木を切っちゃうことになって・・現在は切り株しか残っていません。あの時は悲しかったです。

それからは市販の栗を買っていましたが、やっぱりものたりなくて

「栗の木を植えようよ?♪」と提案。みんな食べたかったので即栗の苗木が親の家に植えられました。

「桃栗三年柿八年」といいますが、今から3年後がとても楽しみです


[61]夏の風呂場の水遊び momokuri3

夏にはよく、風呂場で水遊びをしました。親戚の子が遊びに来たりすると必ずやっていましたし、父が休みの日には、よく父ともやりました。

水鉄砲で水をかけ合ったり、わざとスイカをグチャグチャに食べて上半身汁だらけにしてみたり、裸の背中に文字を書き合って何て書いたか当てっこしたり、楽しかったです。


[62]>57 たしか… sayonarasankaku

おっとさんが呼んでも、おっかさんが呼んでもいきっこなーしよ

井戸の周りでお茶碗欠いたのだーあれ

だったような…


[63]>59 ハンバーグいいですね? rikuzai

今度やってみよう。

以前恩師の家でごちそうしていただいた時、

海鮮やきのこ類、野菜などをホットプレートで焼いた上に、

チーズをすってかけて、ちょっととろけて端が焦げたくらいになったらいただくという酒の肴を教えてもらいました。

これもなかなかいけますよ。


[64]お盆には我が家に大集合! haru-taka

実家はいわゆる『本家』です。

父は9人兄弟の長男、母も9人兄弟の長女。

従兄弟も沢山。

訳が分からないほど、お盆は人が出入りしてました。

夜遅くまで起きてお酒を飲んでいる人達もいれば、朝早くに起きて遊ぶ子供たち。

12畳が2つの座敷一面を布団が覆いつくしていました。

そんな家ってなかなか今は無いだろうな、と思います。


[65]>63 わが家は焼き肉 momokuri3

とにかく父が焼き肉が好きな人で、部屋が臭くなるからと嫌がる母を説得して、しょっちゅう焼き肉をやっていました。焼き肉の日は、父が肉を買ってきます。今夜は焼き肉だぞとうれしそうに肉の袋を持って帰ってくる父の姿が印象的でした。


[66]>30 やりましたやりました! haru-taka

僕も寒い地域出身なので、やりましたよそういえば。

楽しかったですね。

霜柱を踏んづけた時の、「サクサクッ」っていうあの音が良いんですよね。


[67]お正月 mododemonandato

かるたや凧上げ、コマ回しなども今はやらなくなったようですね。みんな思い出です。


[68]>60 私は柿の木が思い出に残ります momokuri3

子供の頃住んでいた家には柿の木がありました。本当は隣の家の木だったのですが、当時隣は空き家だったので(笑)。

秋になると綺麗な赤い実が実って、それを取って食べ放題でした。勝手に取って、勝手に食べていいので、下の方の取りやすい位置にある実は、みんな私と友達で食べてしまっていました。ちょっとした柿泥棒気分がスリリングで、とても楽しい遊びでした。


[69]>12 わかる!わかる!(注意:グロあり!) miumiur

私も幼い頃、アリ地獄やアリの巣を見つけると、友達と巣を掘り起こしたり爆竹を仕掛けたりと、昆虫虐待をしていた痛い子供達でした。スミマセンでした。m(__)m


[70]>66 なつかしい!! momokuri3

霜柱のサクサク。私も子供の頃よくやりました。私は関東ですが、以前はこっちの方でもよく霜柱が立ちました。最近は暖冬なのか、あまりお目にかかりません。霜柱の立つ土も少なくなりました。


[71]>69 わたしも sayonarasankaku

地蜘蛛の巣を途中でちぎれないように

ひっぱりだしてましたw


[72]>67 正月は祖父の家に miumiur

身内一同が集まって、大人(男姓)は麻雀・花札、大人(女性)はおせちの準備、子供(女の子)はかるたや晴れ着の比べっこ、子供(男の子)は・・・、私一人。色々なグループに混ざってみるものの、毎年疎外感を感じておりました。


[73]>69 うわぁぁ!! momokuri3

さすがに爆竹というのはなかったですが、あり地獄の巣というのは懐かしいですね。私も中がどうなっているのだろうと掘り起こしてしまったことがありました。逃げ出したあり地獄は、慌ててもぐって新しい巣を作ろうとしていました。あり地獄さん、ごめんなさい。


[74]>67 百人一首 vivisan

お正月には、コレで坊主めくりを家族とやりました。

古典の授業で歌を見るようになってから、百人一首を探し出して必死に覚えた記憶があります。

でも百人一首もみかけなくなりましたねぇ・・。


[75]>65 お好み焼き hanatomi

やってました。なつかしーー。焼肉もしましたねー^-^


[76]>64 親戚大集合 momokuri3

わが家もお盆になると祖父の家に親戚が大集合していました。父の兄弟はよく顔が似ているので、伯父にお父さんなどと声をかけて笑われたことがありました。

祖父がいなくなってからは、あまり集まらなくなりました。ちょっと寂しいです。


[77]>56 ハイジ、パルナス hanatomi

なぜかアニメといえばハイジを思い出します。パルナスの名曲とともに。。


[78]銭湯 hanatomi

もうこんな人いないのでしょうか。

うちの近所に銭湯があり、小学生くらいまでそこに入っていました。

銭湯っていないですかね(^_^;)

中学の時に家風呂をつけたのですが、銭湯めぐりがはやりまして、友達と自転車をこいで

「◎×湯は、滑り台があるらしい。!」

「△◎湯は、サウナが3つもあるんだって!」

という噂を元に自転車を飛ばしてめずらしい銭湯の探検に行ってました。

お風呂時間は一時間と決められていたので自転車に片道25分かかれば、風呂に入るのは10分。

だけど冒険がやめられず数人で自転車を飛ばしてました。


[79]>37 おばあちゃんの事をおもいだしました。 hanatomi

ジーンとする話です。

私はおばあちゃんの事を思い出しました。

おばあちゃん大好きだったな。シップの匂いのするおばあちゃん。

おばあちゃんと一緒にもっと寝たかったです。

おばあちゃんがいまここにいてたら一緒に寝てくださいというのにな。

お風呂も一緒に入っていたのを思い出しました。


[80]庭にあった池で涼んでいたガマガエル Fuel

子供の頃、庭に小さな池がありました。本当に小さな物で、おそらくホームセンターで売っている池のユニットを埋めただけくらいのささやかな池でした。中にはただ水が入っているだけで、魚も何もいませんでした。

夏休みのある日、そこに大きなガマガエルがやってきました。池の水に浸かって、じーっとしていました。顔の真っ正面が家に向いていたので、私はしばらくガマガエルとにらめっこ。家族も呼んで、みんなでガマガエルとにらめっこしました。

その後カエルは、何日か庭の池に住み着いていました。いなくなっても、ひょっこり戻ってくることもありました。

翌年はもう戻ってくることはありませんでしたが、車庫を作るので池をどかすということになった時、もうあのカエルには会えなくなるんだなと、とても寂しくなったのをおぼえています。


[81]>61 なつかしい Fuel

真夏の風呂場での水遊びは楽しかったですね。私は水中眼鏡をかけて潜水ごっこをしました。子供の小さな体には、あんな浴槽でもけっこう大きかったのかなと、今になってしみじみ思います。


[82]>79 わたしも vivisan

おばあちゃんのことを思い出しました。うちの両親は共働きだったので、いつもおばあちゃんが家に来てくれました。

おばあちゃんはよくラーメンを作ってくれたのですが、スープにかならず卵をいれるんですけど、とき卵にしちゃうんですよね・・。なのでいつもできあがりにはスープがにごっていて、「こんなラーメンじゃなくて黒いスープがいい!」

と駄々をこねてたことを思い出します。

味はおいしかったんだけど、そのときは・・。

もう他界してしまいましたが、おばあちゃんのラーメンが無性に食べたくなるときがあります。


[83]>78 故障時 vivisan

お風呂を空焚きしてしまってしばらく使えないときは銭湯にいきましたよ♪

大きな湯船にはいれるので、けっこうわくわくしていた覚えがあります。


[84]>73 私も掘りました Fuel

今考えてみると、子供の方がアリ地獄よりよほど恐ろしいですね(笑)。でも、中がどうなっているのか、見たくて見たくて。結局虫がいるだけのただの土でしたが。

あれって、カゲロウの幼虫なんですよね。今でもずんぐりした変な形の幼虫と、ひらひらと飛ぶ成虫の姿が結びつきません。


[85]熱帯の家 booboo_002

赤道に近い国に暮らしていたときの家。時間がないので手短に…

水道がきていないのに水洗トイレがありました。タンクに自分で水を入れ流すのです。以下、時間を変えてコメント欄に記入します。


[86]>71 地蜘蛛の巣 Fuel

そーっと引っ張り出すと、長ーい巣が出てくるんですよね。そして中には小さなクモが。

地蜘蛛の巣の入り口をつつくと、うまくやるとクモが出てくるのも面白かったです。逆に顔を出しているクモを脅かして引っ込めさせたり。悪いことやってましたね(笑)。


[87]チャンネル争奪戦 hiikunn

同じ時間の違う番組が見たい場合は兄弟でじゃんけんをして勝者がチャンネル権を得ていました。しかし、親が見たい番組があるときは有無を言わせず親にチャンネルの権利がいきます。


[88]>85 ななな、なんと! Fuel

赤道に近い国にいらしたんですか?すごい。どこの国でしょう。詳しくお聞きしたいです!興味津々です!


[89]>70 氷柱を・・・ miumiur

小さい頃は、氷柱をもぎ取ってはペロペロやってました・・・orz

ピロリ菌とかだいぢょぶでしょうか?


[90]ヤモリ hiikunn

昔は窓やガラス戸にたくさんいて、家の光に集まってくる蛾などの虫を食べる所を観察していました。すりガラス越しでしたが口の動きなどもしっかりと見ることが出来ました。


[91]>87 我が家も yoshigyu1318

我が家はDVDレコーダーの使用権で争っています。


[92]雨漏りの音 hiikunn

古い木造の家だったので雨が降るとあちこちで雨漏りがしていました。子供の頃は漏ってくる場所に缶やバケツなどを置いてその音を楽しんだりもしていました。


[93]>86 雑草で yoshigyu1318

蟻の巣に雑草を入れて蟻を引っ張り出していました。


[94]蚊帳 Spaceshuttle

夏になるとこれを吊って、両親と川の字になって寝てました。

窓を開けていたので時々カブトムシやカナブンが飛んできたり・・・と田舎の情景ですね。


[95]>83 はじめてのとき yoshigyu1318

初めて銭湯に行ったときのことでした。警察が来ていて、何かと思ったら、盗難事件があったそうです。そのときはちょっと怖かったですね。


[96]>90 タイに行けばヤモリは・・・ miumiur

大量にいますね。旅行で行った時はコテージ内の蚊を食べてくれて大変助かったのですが、なんと天井で手足を滑らせて私のベッドに落ちてきて、お互い大騒ぎでしたよ。(汗)


[97]>77 花より男子2 yoshigyu1318

花より男子2を見ると気が楽になりますね。明日はゆっくり寝れるので。


[98]>97 今日は yoshigyu1318

花より男子の日ですね。


[99]ボードゲーム yoshigyu1318

我が家では正月にバンカースというボードゲームをやるのが習慣になっています。土地を買って、家作を建てて、そこのマスにとまったら、地代を払うというゲームなのですが、所持金を使い果たして、破産する人もいるし、大富豪になる人もいるわけです。そのゲームでその年一年の金運を占っています。


[100]>8 さくらんぼ yoshigyu1318

さくらんぼの種飛ばし競争をやったことがあります。


[101]書斎で勉強に打ち込んでいた父の背中 SweetJelly

父は昇進のためには試験を受けないといけない職業です。その試験を受けるために、毎日夜遅くまで勉強に打ち込んでいました。

私は時々母にかわってお夜食を作ったりお茶をいれたりして運びました。もう遅いよ、寝たら?というと、うん、そろそろな、と言いますが、私が起きている間に寝たためしはありませんでした。

そのうち、母が病気になりました。父は勉強をやめて、母の看病をしていました。試験だいじょうぶ?と聞くと、来年がまたあるからと笑っていました。

次の年も私は父の書斎に夜食を運びました。その記憶があったから、私も嫌で嫌でしかたがなかった受験を、なんとか頑張れたのだと思います。父は一度も私に勉強しろとか、進路はどうなっているんだなどとは言わない人でした。でも一人机に向かって黙々と勉強に励んでいた父の背中が、私を励まし続けてくれました。


[102]>93 男の子ってキャー! SweetJelly

でも、私も蟻の巣の周りにお砂糖で輪を描いて、この輪から出られるものなら出てごらん、なんてやっていました。お砂糖で蟻バリアです。もったいないことするんじゃありませんと親に叱られました。


[103]>82 じぃぃぃん… SweetJelly

皆さん、いいおはなしです。私は、おじいちゃんに連れて行ってもらったお祭りが思い出深いです。手を引いて人混みを歩いてくれて、おねだりすると何でも買ってくれました。

おばあちゃんは、一緒にお風呂に入ってくれました。おばあちゃんの作る食事は昔の味で、子供にはぜんぜん美味しいと感じられませんでしたが、今になって思い出すと、とても懐かしい味ばかりです。自分で作れないかなと記憶をたどってやってみますが、できません。私もおばあちゃんの手料理が無性に食べたいです。


[104]>92 雨漏りの音ではないですが YuzuPON

私の家はトタン葺きの屋根だったので、雨音がとても大きかったのを思い出します。

ある時、バラバラバラと、とても大きな音がして驚いたことがあります。何ごとと外を見てみると、大きなヒョウが降っていました。トタン屋根にヒョウが当たると、すごい音でした。短い時間でしたが恐かったです。


[105]育った家 sayonarasankaku

子供の頃、過ごした実家が10年ほど前に取壊すことになりました。

そのときは気付かなかったんだけど、どうして壊すところを見に行かなかったのかと、

今でも悔やんでいます。

思い出がいっぱいの家だったから、お別れぐらい言っても良かったのに…


[106] 取り壊された実家 t-saitou

祖母が若い時から女手独りで4人の子ども達を養いながらもコツコツと貯めたお金で建てた家。あれから40年、祖母が亡くなった後、取り壊し業者がショベルカーで思い出の実家を取り壊す・・・・

もう実家と呼べる家がなくなりました。


[107]>36 すもう hanatomi

うちはおすもうをみていました

相撲のテンテン、テンテン、というおとはおばあちゃんとのテレビを思い出します


[108]>94 田舎でありましたよ! hanatomi

蚊帳はとっても特別で秘密基地みたいで大好きでしたね。


[109]>108 おばあちゃん家 BROWN6

蚊帳がありました。蚊帳の中はほんと基地みたいで子供心をくすぐりますよね


[110]大雪で停電の夜 YuzuPON

忘れもしない1986年の春。3月だというのに関東地方は大雪になりました。そしてどこかの鉄塔が倒れたとかで停電。停電は2日くらい続いていたと思います。

コタツも使えず、幸い電気を使わない石油ストーブがありましたので、それで暖を取ることにしました。部屋を照らしているのはストーブの赤い炎とローソクだけです。

外には雪が積もっていますので、とても静かです。もちろんテレビも使えません。そのうち父が昔の話を始めました。母さんと出会ったのは友達の紹介でな、あの頃はまだ母さんはとても可愛くて、父さんはもうドキドキでな、みたいな。聞いている息子の方が赤面してしまうような話です。父は時々母を見て、ははは、母さん赤くなってるなんて言っていました。母は、ストーブの火のせいよ、なんてごまかしていました。

そしていつしか父と母は窓辺に行って、肩を寄せ合って雪景色を見ていました。雪の夜は真っ白で、意外に明るく見えました。

ローソクの明かりと静けさが、父母を恋人同士に戻してしまったようです。小さな息子はポツンと取り残されて、ただただ赤面しながらストーブに当たっていました。電気は無かったけれど、暖かい夜でした。


[111]>107 うちのおじいちゃんも相撲 YuzuPON

おじいちゃんは力士のことをよく知っていて、見てろ、何々関が勝つから、などとよく予想していました。それがたいてい当たっていたので、すごいと思いました。


[112]>95 空焚き! hanatomi

空焚きって懐かしいです!白い煙がモクモク出てしまって。。。笑

銭湯は、近所の子たちも来てたので楽しかったです。うちは昔からの家だったので風呂がなくて。後に庭にお風呂を作った時は嬉しかったです。

今はスーパー銭湯!!

に友達達とでかけるようになりましたね^?^


[113]>103 祖父母の思い出、なつかしいですね YuzuPON

私も父母が不在の時、祖母が家に来てくれたことがありました。まだ小さかったので我が儘放題で、とても祖母を困らせていたようです。そうしたら祖母がカスタードクリームを作ってくれました。パンに付けて食べるとシュークリームの味がして、パンがシュークリームになるなんておばあちゃんは魔法使いだと感激してしまいました。祖母は、そうよ、私は魔女なのよ、いい子にしていないとカエルにしちゃうぞと私を脅かして、悪いガキの私を一晩いい子にさせてしまいました。


[114]>102 もっとキャー YuzuPON

私は子供の頃ミノムシ集めに精を出していたことがあります。いっぱい集めてみんなミノを剥がしてしまって、毛糸を細かく切った箱に入れておきます。そうするとせっせと毛糸でミノを作って、箱の中に立てておいた枝にぶら下がります。それを屋外の枝に戻して、赤や黄色の冗談みたいなミノムシだらけに!今思うとこれも悪い遊びでしたね。うちの周りにはワンシーズンずっと、毛糸のミノムシがたくさんぶらさがっていました。


[115]>112 空焚き、やったことあります! YuzuPON

風呂の水頼むと言われて、栓を抜いて水を入れるのを忘れていたら、親がもう水が入っていると思いこんで火をつけてしまいました。しばらくして煙がもうもう。火事だーと大騒ぎして調べてみると、風呂釜の空焚き。うわーごめんなさいごめんなさいと平謝りでしたが、親も確認せずに火を付けたこっちも悪いからと許してくれました。銭湯に連れて行ってもらって楽しかったです。


[116]>89 けっこうきれいな氷ですよね YuzuPON

上に乗っている土を払うと、きれいなんですよね、霜柱。一応、水は氷結する時に不純物を押し出しますから、氷だけなら大丈夫だと思いますが…。でも霜柱はけっこう泥まみれのことが多いですから…。どうなんでしょうね。


[117]>81 やったやった!水遊び! YuzuPON

うだるような猛暑の日は、風呂場での水遊びが最高でしたね。うちも父が休みの日は、おい、水風呂入ろうと誘ってくれました。もう親子で風呂に入らなくなった三年生くらいになっても、真夏の水風呂だけは別でした。親子ですっぽんぽんというのは懐かしい思い出です。


[118]>15 濡れ縁 YuzuPON

濡れ縁というのは庭に着き出したベンチみたいな縁側のことですね。友達の家にあって、けっこう憧れでした。庭で遊んで、くたびれると腰掛けられて、泥だらけのまま座っても叱られなくて。今は縁側のある家は少なくなりましたが、濡れ縁なら時々見かけますね。私も濡れ縁のある家を作ってみたいです。


[119]>68 ビワの木 YuzuPON

以前ビワの木がありました。子供の頃住んでいた家にはたしかにありました。庭から取ったビワを食べた思い出があります。花は白い小さな地味な花で、冬に咲くんですよね。あのビワ、いまでも元気に実を付けているでしょうか。見に行ってみたくなりました。


[120]>119 私は小さいけれど美味しい実を付けてくれたイチジクの木 TinkerBell

梅雨の前くらいに、美味しい実を付けてくれました。実を取らずに放っておくと、いっぱいアリさんがたかってしまうので、実が割れないうちに取ります。おじいちゃんの家にありました。私は皮をむくのがへたくそで、おじいちゃんがむいて食べさせてくれました。なつかしいです。


[121]危険 酔っ払いの知らないおっさんが!!! BROWN6

2歳まで住んでたアパートで起きた事件です。自分は小さい頃だったので覚えてません。親から聞いた話によるとアパートの1階に住んでいたんですが、夏の夜にベランダの窓を開けて網戸をして川の字で家族で寝てた時に、知らない酔っ払いのおっさんがベランダに入ってきて網戸を押して入ってこようとしてたみたいなんですよ。

それからちょっと経ったら、どっかに行ったらしいんですが、両親も警察に通報しようとしたらしいのですが、すぐいなくなったので通報はしなかったんですって。


[122]>114 キャーだけどちょっと面白い TinkerBell

毛糸のミノムシさん、あったかそう。私は虫というとやっぱりちょっとキャーなのであまり馴染みがありませんが、でも梅雨の晴れ間の朝、一生懸命巣を張っていたクモを見て、正確に幾何学模様を作っていく美しさに見とれてしまったことがあります。自然の生き物ってすごいですね。


[123]>116 子供の頃は寒かった TinkerBell

今年が暖冬なのでよけいに感じるのかもしれませんが、十何年前は今よりずっと寒かった気がします。

霜柱、私もサクサク踏んで歩きました。大きな霜柱を手に取ってみると、とても冷たくて手が凍えました。

最近あまり霜柱を見ていません。温暖化の影響なのでしょうか。


[124]>110 すてきなお父さんとお母さんですね TinkerBell

不便で恐い停電の夜が、とってもロマンティックな夜に変わってしまったんですね。すてきです♪

子供に恋人時代の頃を話せる夫婦。憧れます。私も将来子供に話せるような恋愛をしたいなぁ。


[125]>113 じわん… TinkerBell

もー最近、イエはてなを見ると、じわんとさせられてしまうお話ばかりです。

私も、おばあちゃんと一緒にお風呂に入ったことがあります。お前のお母さんとも、こうやって一緒にお風呂に入ったよ、お母さんの子供のころとよく似てるよ、ほら、このへんがそっくり、なんて言いながら、おへそをくすぐるんです。

前のいわしで、おへその話がありましたが、私のおへそも、お母さんからおばあちゃんへとつながっているんですね。この体はおばあちゃんからもらった体とも言えますね。おばあちゃん、会いたいよぅ。


[126]>121 こ、こわいっ!! TinkerBell

自分の家と間違えてしまったんでしょうか。でも、網戸を開けて入ってこようとするなんて普通じゃないですね。いったい何だったのでしょう。真夏の夜のミステリーですね。ぶるぶる。


[127]>80 かわいいかも! TinkerBell

ガマガエルさん、きっとその池が気に入ってくれたんですね。私のベランダにも、小さなアマガエルさんが来てくれたことがあります。置きっぱなしになっていた小瓶にたまった雨水の中にちょこんと入り込んでいました。一階じゃないのにどこから来たの?とびっくりしました。


[128]>101 わーん☆ TinkerBell

こういうお話を読むと、私は親不孝だなぁとつくずく思います。最近少しずつ親を大切にしなければと思うようになってきましたが、受験のこと、進路のこと、何から何まで親に心配をかけどおしだったと思います。

今夜は私が父のお茶をいれよう。一日ご苦労様でしたくらい言おうと思いました。


[129]>126 怖すぎますよね BROWN6

不法侵入なんて怖すぎますよね、ほんと酔っ払いは困ります。

母親が人生で一番ビックリしたって言ってました。


[130]>46 こたつが秘密基地なんてすてき! TinkerBell

わが家に掘りごたつはありませんでしたが、ダイニングテーブルの下が私の秘密基地でした。壁がないのでぜんぜん秘密ではありませんが、そこにお気に入りのおもちゃや絵本などをいっぱい集めると、自分だけの空間ができたような気がして、とてもうれしかったんです。

やっぱり食事になると足元に色々な物が散らかっているので、早く片付けなさいと叱られていました。


[131]>129 それは恐すぎ! Catnip

今みたいな物騒な時代だったらもうパトカーが何台も飛んでくるような大事件ですね。いやー、何ごともなくてよかったです。

そのおっさんも、悪気はなくても、へたをしたら不法侵入で前科一犯ついてしまうところでしたね。いやー、どちらの立場に立っても恐い恐い。


[132]>128 こういう親を目指したい Catnip

よく父親は背中で語るなどと言いますが、本当に努力している姿がなかったら、それは出来ませんね。

そしてただ頑張るだけでなく、いざ愛する家族に何かあったら、自分の努力を捨てても家族に尽くす。この愛情も大切ですね。

というか、仕事に打ち込むだけなら誰でもできる。大切なのはさらにその上に家族愛を置くことなのだと・・・。教えられました。ありがとう。


[133]>127 久しくカエルを見ていないような Catnip

このツリーを見てふと思いました。そういえばしばらくカエルを見ていない!

冬は当然見られませんが、ここ数年、年間を通して姿も見ていないし、声も聞いていません。今、カエルを襲う恐ろしい病原体、ツボカビのことがニュースになっていますが、それ以前にカエルの生息数が激減しているのではと心配になってきました。

家々で植物を育てるのと併行して、小さな動物達の住まえる場所作りも考慮していかないといけないのかもしれないと思いました。


[134]>130 秘密基地の思い出 Catnip

私は押し入れの中が秘密基地でした。押し入れの下半分を占拠して、やはりマンガやお菓子、オモチャなどをたくさん持ち込んで遊んでいました。自分だけの空間を作るというのは、子供心に本当にワクワクする遊びだったと思います。

親は貴重な収納場所を遊び場に使われて、きっと迷惑していたと思いますが、それでも押し入れまでオヤツを運んできたりしてくれました。


[135]>123 たしかに以前はずっと寒かったですね Catnip

雪も今より降ったし、バケツに氷が張ったり、ツララが下がったりするのも、特に北国には限らなかったと思います。

霜柱ぺろぺろは、今思うとずいぶんばっちいことをやっていたと思いますが、私もしたことがあります。


[136]>91 昔は toku4sr4agent

一家に一台程度しかテレビってなかったんで、

確かにチャンネル争いはありましたよね。


今では2、3台は有っても可笑しくないので、チャンネル争いはせず、それぞれ別々の番組を見るようになりました。


[137]>135 霜柱を踏んで歩くのは元気な子供の朝の風物詩 tough

霜柱を踏んで歩くと、不思議と寒さに負けない気がしました。

玄関を出たくないような寒い朝も、よーし、今日も霜柱を踏んで歩くぞと思うと元気が出ました。

ザックザックと行進みたいに歩くのが楽しかったなー。


[138]>133 たしかに… tough

わが家の周辺でも、姿も声もご無沙汰のようです。子供の頃はよく声が聞こえていたものですが。

これは大変な環境の悪化を示していそうですね。カエルの住める街作りを考えていかないといけないですね。


[139]>122 キャーだけど大切にしたい小さな生き物 tough

クモは本当に美しい巣を張りますね。

最近どうなのでしょう。クモも減っていませんか?うちの近所ではなかなか見られなくなった気がします。

アリジゴクも子供の頃にはよく見られましたが、最近は巣を作る土そのものが見つからない時代です。

今の大人は、子供の頃の思い出というと必ず虫が出てくると思いますが、今の子供が大人になった時にはどうなのかなぁ。

虫はキャーだけど大切にしたいものだと思います。


[140]>132 たしかに! tough

仕事に打ち込むだけなら誰でもできる。耳が痛いです。

家族を愛するから仕事に打ち込む。仕事だけでないところでも、家族のために頑張る背中を見せる。これが父親の理想像ですね。


[141]>120 今はもうない柿の木 tough

私の家にも柿の木がありました。甘柿で、毎年美味しい実をつけてくれました。小鳥たちも食べに来ていました。でも、いつの間にか庭が手狭になって切られてしまいました。

今の家は、自然や思い出を大切にしながら暮らすには狭すぎます。一軒一軒、もっと土地に余裕があったら、木々も思い出もいつまでも失わずにすむのにと思います。

柿の木は夏はよく葉を茂らせて、庭に木陰も作ってくれました。柿の木のある風景。本当に懐かしい思い出です。


[142]>124 とても素敵です tough

結婚しても肩を並べて雪景色を眺められる夫婦。そして子供に誇れる恋愛を持ち続けている夫婦。うらやましいですね。

愛には色々な種類がある、家族愛と恋愛は違うという人もいますが、やはり恋愛の延長に家族としての愛もある、けして異質なものではないのだという気にもさせられます。


[143]>111 うちの祖父も大の相撲好き tough

一度大相撲に連れて行ってもらったことがあります。桟敷席です。もう大盤振る舞い。

祖父は力士が登場してくるごとに、これは張り手が得意だとか、こっちはがっぷり四つに組んだら負けないとか解説してくれました。それも子供のように目を輝かせながら。

相撲は本当にすごいファイトなのだとわかりました。取り組みの迫力もですが、いつもは物静かな祖父をここまで熱くさせるというのも驚きでした。

私も相撲の太鼓を聞くと祖父を思い出します。


[144]>106 寂しいですね… SweetJelly

お祖母様の人生そのものだった家。お祖母様がこの世から去られると共に家も…。でもきっと、お家もお祖母様の所に行ったのだと思います。ぴかぴかの新築のようになって、若い頃に戻って元気いっぱいのお祖母様と一緒に、天からt-saitouさんを見守ってくれていると思います。


[145]>105 涙が出てしまいます SweetJelly

長く暮らした家は、家族の一員と同じ。家の隅々に思い出が染み込んでいますね。独立してしまうと実家の建物は遠い存在になってしまうと思いますが、でも、心の中に懐かしい情景はいつまでも生き続けていきますから…。

さようならはもう言えないかもしれませんが、ありがとうならいつでも言えます。思い出の中の家に、ありがとうと言ってあげてください。きっと家も微笑んでくれると思います。


[146]>99 私もそれ、しました! SweetJelly

サイコロを振って動くんですけど、ただの運ではなく、計画や決断がすごく響くんですよね。むずかしいゲームですけど、燃えました!なつかしいなぁ。私はいつもボロボロでしたけど。


[147]>3 わんちゃんの思い出の場所ですね SweetJelly

玄関の横というと、きっと帰ってくると真っ先にわんちゃんが出迎えてくれたのでしょうね。私も雑種のわんちゃんが大好きです。今は犬はペットショップで買う物になってしまったようですが、雑種のわんちゃんのかわいさも、もっと見直したいですよね。


[148]>39vivisan

小学生のとき、1人1鉢菊を育てていたのですが、夏休みは水をやる人がいなくなるので、持って帰りました。

しかし、水をやることがめんどくさくて、結局花作りが好きな母にまかせっきりだったような気がしますw

ちなみに秋にはきれいな大輪の花が咲きました。

うちの母は好きで、いつも庭は花だらけ。プランターが駐車場を侵しています。


[149]>4 最初に出迎えてくれるのが動物というのはいいですね(^-^) TomCat

私も、毎日帰宅を出迎えてくれるのは愛猫です。

あ、私もインコを飼っていた頃、やはり定位置は玄関でした。鳥は早く寝るから、ちょっと居間では可愛そうかなと思いまして。寒くなる季節は場所移動になりましたが。

小鳥にとっていけないのは寒さですから、寒くなければ玄関でオッケーだったのではないでしょうか(^-^)


[150]>6 昔の家の間取り TomCat

私の家も子供の頃に取り壊して新築しているので、以前の間取りはほとんど記憶がありません。でも、ふと夢の中に昔の家が出てくることがあるんですよね。そんな時、わずかに記憶が蘇ることがあります。

でも昔の家の間取りを図に書いてみろと言われたら無理ですね。いつか思い出して記録にとどめてみたいという気もするのですが、外観以外は写真も残っていないですから・・・・。

断片的に残るかすかな記憶。だからこそ貴重な思い出なのかもしれません。


[151]>48 ほっとしますよね? vivisan

逆に真っ暗だと、寂しい気分になります。

あの灯り・・ぬくもりのある家って感じでありがたいですよね。


[152]>7 薪とオガライト!! TomCat

これは懐かしいですね!! 父の実家が以前そういう風呂でした。煙突が付いててねー。焚き火の匂いがするんです。

木の浴槽。憧れますね。水回りに木というのは手入れが大変そうですが、それだけに今の時代には大変な贅沢品と言えそうです。

そうだ!! 私の未来の農園計画には、まだ風呂の計画が入っていませんでした。当然自然の中で暮らしていく農業ですから、風呂は木の浴槽でなければつまらないですよね。檜の香る風呂。もちろん薪で焚ける風呂。これでいきましょう!!


[153]>58 お皿が大切な何かを教えてくれましたね TomCat

家族と喧嘩した時の情景。これも思い出深いですよね。普通、そういう思い出は記憶から消してしまいたくなるものですが、敢えてそれを大切な思い出としてここに書ける。素晴らしいことだと思います。

お母様と、そしてお皿が教えてくれた大切なこと。いつまでも大切に持ち続けてください。割れたお皿も、今ではきっと宝物ですね(^-^)


[154]>45 わはははは(^-^) TomCat

ゴキブリは飛ぶから恐いですからねー。私はけっしてゴキブリは嫌いではありませんが、デカイのがバサバサと飛んできたら、やっぱりひゃーとはなってしまいそうです。

壁に貼り付いたのは次の瞬間飛びますから、それを想像してしまったらもう、布団をかぶっているしかありませんね(^-^;


[155]>41 樹勢回復できるかもしれませんよ TomCat

柿はだいたい百数十年は十分実を付けてくれます。その柿の木、樹齢どのくらいなのでしょう。樹木医などが見ると、また元気を回復させられるかもしれません。幹の空洞とか、根回りとかがチェックできると分かるんですが・・・・。

でも、実を付けなくなっても、大切に保存されているんですね。接ぎ木で子孫を保つことも出来ますから、どうかいつまでも大切にしてほしいと思います(^-^)


[156]>34 道路遊び、懐かしい!! TomCat

昔は道路っていうと子供の遊び場でしたよね。チョークや蝋石でラクガキしたり、石蹴りしたり、なんていうのもありました。それで事故なんて無かった時代が、そう昔ではない時代まであったんですよね。

今は空き地も少なくなりました。ちょっと前までは空き地というとどこも出入り自由だった気がするんですが、今では全くの空き地でも柵が張り巡らされて、そしていつの間にか有料駐車場になっていたりします。つまらない時代になってしまいました。


[157]>28 まさに冬の茶の間の情景ですね(^-^) TomCat

猫は一日中コタツにもぐって、暑くなると顔だけ出して。そして欠かせないのがミカンですよね。猫の顔の前にミカンを持っていくと、猫が酸っぱそうな顔をしたりして。

居間というより、「お茶の間」と呼んだ方がピッタリする風景かなー。今は「茶の間」という呼び方も使われなくなってきましたね。「茶の間」の団らん。もう一度見直したいものだと思います。


[158]>155 いつまでも大切にしてほしいです SweetJelly

うわぁ、木の元気、取り戻せるかもしれないんですね。そうしたらまた、ごま入りの甘い柿がまた食べられるかも!柿の木さん、いつまでも大切にしてください。


[159]井戸水でスイカ冷やしてました souseiziozisan

夏でも冷たいので井戸水を使ってスイカとかもろもろ冷やしてました。

暑いときは行水したりしたなあ・・・

今は一軒家じゃないので井戸はありませんが良き思い出です


[160]>156 そういえば sayonarasankaku

道路によく、ケンケンパの丸の跡がありましたよね!


[161]>34 やってました souseiziozisan

風が強い日は思わぬところに羽が飛んでいくんですよね、

今も時々友達とやっちゃってますけどw


[162]>161 例えば。 toku4sr4agent

よその家の敷地に入っていってしまって、「スミマセン」っていうこともありました(汗

でもそういうところから近所の人との触れ合いを学ぶんですけどね。


[163]焚き火で焼き芋 souseiziozisan

冬になると枯れ葉がたくさん出るのでよく焚き火してました。

今は亡き祖父も一緒にやっていたので時々思い出しますね


[164]>160 石で書いたり。 toku4sr4agent

石を使って書きましたよね。

ケンケンパ、ケンパ、ケンパ、ケンケンパ。

懐かしいです。


[165]>156 最近の空き地には柵があって toku4sr4agent

最近の空き地には柵があって、珍しい雑草なんかが生えていても勝手に取って来られないですよね。

夏休みの自由研究なんかで昔は雑草を採取して、それを押し花風にして、図鑑で名前を調べ、1冊の本にして提出したりしていたんですけど、

今じゃ、そういうのは難しいかもしれないですね。


[166]>163 いいですね? sayonarasankaku

今はなかなか焚き火で焼き芋はできないですよね…

昔はよく焚き火してましたよねー


[167]>159 井戸でスイカ、懐かしいですね momokuri3

昔はどこの家でも、スイカを冷やすというと井戸でしたよね。切ってから冷蔵庫でなんていうのではなく。私の家には井戸はありませんでしたが、親戚の家にはありました。夏に行くと、決まってスイカを冷やそうかねと言ってくれました。


[168]>42 今も親元ですが souseiziozisan

やはり「早くおきないと遅刻しちゃうよ!」

という言葉は忘れられないです。蛇足になりますがドイツの友人で

日本人のハーフがいるのですが、彼女は子供の頃、夕方に庭で遊んでいると

「〇ちゃんご飯だよ!」と言われて育ちました。そしたら彼女の友人達は

知らず知らず「〇ちゃんご飯」という日本語がとても堪能になっていました。

幼心には声は残るみたいですね


[169]>147 そうなんですよ?? konoha788

共感ありがとうございます!

帰って来ると迎えてくれました。

今から考えると帰って来るだけで喜んでくれるなんて

贅沢なくらい幸せな時間でした。

以前、はてなのアンケートで何犬を飼っているか?って問いに

意外と雑種犬の人が多くて嬉しかったことありますヨ。


[170]>20 うちの場合は屋根裏にかくれんぼ。ちょっとした忍者気分 toku4sr4agent

うちの場合は、屋根裏にかくれんぼ、なんてことをしていました。

今の家は、直接屋根裏にいけるはしごがついているのですが、

以前住んでいた家には直接屋根裏にいけるはしごがなく、

しかも妹の部屋の押入れから無理やり上っていくようになっていました。

ちょっとした忍者気分でした(笑


[171]>165 自由に入れる野原が無くなりました momokuri3

うちの周りにも草ぼうぼうの遊休地はありますが、やはり柵がしてあって、無断立ち入り禁止の看板が立っています。

子供の頃、色々な草を集めて押し花にしたりしたこともありますが、今身近に触れられる草花というと、道路脇に生える物くらいです。野原と道路脇で生える植物は、だいぶ違うと思います。子供の頃ごくありふれた植物だったツユクサとかヘビイチゴなど、今では全く見ていません。

まだ柵の中に入ればそういう植物も見られるのでしょうか。一度侵入してみたいですね(笑)。


[172]>20 意味も無く上りたくなるんですよね souseiziozisan

私も親がいるときは怒られるので上りませんでしたが、

いない時は兄弟で屋根に上ってひなたぼっこしてました。

よくよく考えると丸見えだったので今考えると少し恥ずかしいですね


[173]>164 石で書きました! momokuri3

今思い出しました。セメントの上だと、石で引っ掻いても書けるんですよね!ガリガリ引っ掻いて、ケンケンパの丸などを書いていました。石蹴りの石も、自分用がいつもポケットに入っていました。


[174]裏山でかくれんぼ souseiziozisan

友達が集まった時は基本ファミコンだったんですが、

飽きたときは家の裏が山だったのでほとんど見つからないかくれんぼを

やってました。木に登って潜んだり、枯れ葉に埋もれたり結構ハードだったかも・・・


[175]>169 贅沢なくらい幸せな時間 SweetJelly

わかります。わんちゃんって、帰ってくるだけで、もう全身でうれしさを表現してくれますものね。そんなわんちゃんに出迎えてもらえるなんて、本当に贅沢なくらい幸せな時間ですね。

今でも雑種を飼っている人、多いんですね。私もうれしいです!!


[176]廃墟 tehi

昔、子供の頃家の近くに誰も住んでないぼろぼろな家があって、そこにはおばけが出るとか噂してたもんです。いまは駐車場になってしまいましたが。それはそれでなんか寂しい。


[177]>174 ほとんど見つからないかくれんぼ momokuri3

思わず笑ってしまいました。自然の中に隠れたら、ほとんど見つかりませんね。ファミコン世代も、そうやって野山で駆け回っていたんですね。ゲームが子供の活発さをなくしたと言う人もいますが、それは遊べる場所が無くなってしまったからで、ゲームのせいではありませんね。


[178]>176 うちの近くにもありました Fuel

うちの近くは潰れたスーパーで、すごく長い間放置状態でした。やっぱりオバケが出るとか色々な噂がありました。

そこも今では密集した住宅地になっています。見慣れた廃墟が見慣れない新築家屋の集団になってしまった時には、かなり違和感がありました。廃墟でも、見慣れた物が無くなってしまうのは寂しいですね。


[179]>178 昔の… sayonarasankaku

昔の家が一軒なくなって、4?5軒の家になったりしますよね。


[180]>138 言われてみると Fuel

最近は全くカエルの声すら聞いていないようです。ガマがいたくらいですから、それなりに自然には恵まれていた所なのですが、いったいいつからカエルの声を聞かなくなってしまったのでしょうか。

気付かずにいる失われた自然はまだまだありそうです。子供の頃をよく思い出して、地域を再チェックしてみる必要を感じました。


[181]>179 どんどん土地が分割されて Fuel

狭い家が建ち並びますね。ああいうのを見るのも、とてもさびしい気がします。


[182]>170 ブロック塀の上なんかも rikuzai

よく歩いてましたね。

飛び降りてゴレンジャーごっことかしてました。

かくれんぼの時屋根は一番最初に観にいきましたよ、鬼になったら(*^。^*)


[183]>141 隣の家に栗の木がありました Fuel

花が咲くと変な匂いがしましたが、栗が実ると拾わせてくれました。イガの中から栗を取り出すのが大変でしたが、持って帰ると母が茹でてくれました。

いちいち皮を剥いて食べるのも子供には一苦労でしたが、自分が拾った栗をみんなが喜んでくれるのがうれしかったです。

その栗の木、今はもうありません。隣の家の建物も住人も変わってしまいました。


[184]>175 雑種は犬の自然な姿 Fuel

雑種は純血種より劣る犬ではない、雑種こそが自然な姿なのだと聞きました。雑種犬は可愛いし元気だし賢いし、家庭の友として最高だと思います。子供の頃を思い出すとどこの家でも犬といえば雑種が当たり前だったと思うのですが、いつ頃からそうではなくなってしまったのでしょうか。


[185]>41 柿の木ありました yatmsu

同じく祖父母の家にありました。

夏は毛虫がボタボタ落ちてきて、

川まで行く道を通るには必ず通過しなくてはならない・・・・。


[186]>20 上ってました! hanatomi

隣の家の人と仲良くなってジュースを貰った覚えがありますよ!


[187]>41 木は財産ですよね。 hanatomi

長くながーく頑張ってほしいです。復活できたらいいのになぁ^-^*

柿の木はオレンジいろの木になるくらい実を付けてくれるので大好きです。

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