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【イエはてな】イエ・ルポ#017
街を見渡せば、100通りの家族に100通りの家。家をのぞいてみれば、それぞれの暮らし振りが面白い!“イエ・ルポ”とは、実際に見たり聞いたりしたイエの話、またはご自分の家の暮らしの中で生まれたユニークな工夫やアイデア、習慣や出来事をミニルポ感覚で書き込んでもらう“イエ・ルポタージュ”コーナーです。
*〈今週のお題〉に沿った、みなさんが知っている面白いイエの話を教えて下さい。
*〈今週のお題〉以外の話題のイエ・ルポも常時自由に投稿して下さいね!

イエ・ルポ #017 THEME「今も耳に残る…音楽のあるイエの思い出」を教えて下さい

→ルポ例はコチラ
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20070323

※今回の「いわし」ご投稿は3月28日(水)正午で終了とさせて頂きます。
※参考にさせていただいた「いわしへのコメント」には、【いわしポイント×20pt】を差し上げます。
※お願い
モラルのない一行投稿などはご参加者の皆様に大変ご迷惑となりますので、ご遠慮下さい。
またそのようなご投稿にはポイントの送信を控えさせて頂きますのでご了承下さい。

●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:3月28日 theme いね いわし アイデア
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 282/282件

▽最新の回答へ

[1]レコードプレーヤーに載せた赤い円盤(童謡・学習) NAPORIN

ソノシートで幼稚園の園歌がくばられたので、

自分で操作して聞いていました。

(もう一曲、ハスの?花が咲きました?とかも入ってた)

あとおかあさんと一緒のレコードもお気に入り。


私の赤ん坊の声を録音してあったという茶色い音声テープは、

いつのまにやら下の兄弟がひっぱりだして

くちゃくちゃにからんでしまって・・・今はありません。

一回聞いてみたかったな。


子供用の英語その他の学習カセットも私が大きくなってから買って、

下の兄弟がよく聞いていました。

わらーいかわせみーにしゃーべるーなよ、の歌はこれで知ったなあ。


[2]虫の合唱 taknt

家といっても家の周りですが、当然 うるさいので 家の中にいても聞こえます。

セミやカエル、スズムシの鳴き声など。

スズムシは いいですけどね。ほかは ちょっと うるさすぎます。

春になれば、うぐいすが ホーホケキョ

なんて たまに聞こえてきたかなぁ?

実家は 田舎で近くに山があるので、いろんな虫、生き物が生息しています。


[3]テンテンテケテケテンテン taknt

日曜の夕方はこの音楽。笑点のテーマソング(?)

そして 6時半からは サザエさんの曲。

子供のから 今になっても この音楽は 変わりません。


[4]>2 鈴虫とかセミの鳴き声 BROWN6

季節ごとに虫の鳴き声が聞こえてきますよね。正直合唱みたいに鳴かれると嫌ですね。一匹がゆっくり鳴いてるのが好きです。

ちなみに鈴虫は鳴き声を上げるのが雄の鈴虫で雌に対する精一杯の愛情の表現だそうです。


[5]琴の音 coffeelatte

昔住んでいた家の近くで、よく琴の音が聞こえてくるお宅がありました。いったいどんな人が弾いているんだろうと想像をかきたてられました(結局、主は分からず)。


[6]父のステレオ kitchensamurai

父は、高校生のころからステレオが欲しかったらしいのですが、いつもは私のを借りて使っていて、自分のを買ったときには、もう五十を過ぎていました。休日の朝は、いつも音楽をかけていました。映画音楽ばかりでした。


[7]2階から聞こえてくるピアノの音色 BROWN6

中学生の頃まで7階建てのマンションの1階に住んでたんですけど、2階に同級生でピアノを弾く子が住んでまして、自分の部屋にピアノの音色がいつも漏れてました。

同級生なんでクラスでやってる曲もたまに弾いていて,自分もつられて鼻歌で歌ったりしてました。


[8]FMラジオ booboo_002

試験勉強をしながらよくFMを聞いていました。最初は深夜放送だったのですが、いつの間にか言葉が入る放送を聞くと、そちらを聞き入ってしまい、本分がおざなりになるため、いつしかFMの音楽番組を聴くようになりました。おかげで、民俗音楽やクラシックに対しても造詣を養うこととなりました。

よく聞いていたころの音楽番組のテーマ音楽のいくつかは、今でも耳になじむマイフェイバリットです。

そして、突如入るCMの大きな音声に馴染めなくなりました。

早朝にFMから流れるバロック音楽は習慣になり、リコーダーや古の単調なリズムに魅了され、合唱に興味を持つきっかけとなりました。土曜日の放送だった、物故ですが、小泉文夫さんという素敵な民俗音楽の研究者を知る機会も得、親指ピアノやアイヌの発声といった不思議な音楽のとりこになりました。

すべては、生まれた家の、窓の外にモチノキが見える小さな部屋の思いでです。


[9]「お父さんの音楽ラジオ」 H-H

我が家に初めて録音機能付ラジカセが来たとき、

兄が司会兼プロデューサーになり、「お父さんの音楽ラジオ」をつくりました。

2,3年前にカセットテープを処分する時にみつかり、思い出しました。

私の音痴な「森のくまさん」から始まり、

お父さんが何曲もアカペラで気持ちよく歌って、

(赤いハンカチが18番です。)

兄が曲の間に「いやー良かったですね。ではコマーシャルっ!」といれ、バツン!!とテープを止める音も入っています。

そして、その時家族のブームだったチーズスナックをぼりぼり食べ、「せーのっチーズスナックおいしいよ!!」と言うCMもはいっています。

兄はなかなかのプロデュースぶりでした。

最近はホームビデオとかで思い出を留めておくのが普通ですが、

私の小さい頃はまだまだ贅沢品で、写真しかないので、

これは宝物ですね。


[10]傷つけてしまったレコードの針が飛ぶ音 hhkznz

子供の頃、誕生日に買ってもらったポンキッキのLPレコードを、誤ってレコード針で傷つけてしまいました。真っ黒なLPの円盤に白い傷を入れてしまったその時も勿論悲しかったのですが、その後、曲の途中で音が飛んでしまう度に、もっともっと悲しい気持ちになっていました。特に、一番好きだった曲「いっぽんでもニンジン」が傷の影響を最も受けてしまい、「♪いっぽんでーもニンジン!ニッ!にそくでーもサンダル!」となるところが、「にそくでーもサンダッッブッ」となり…いまだに忘れられません。


[11]>1 ソノシート booboo_002

レコードといえば黒い円盤だったのですが、雑誌の付録などで赤い円盤があったと記憶しています。アニメの主題歌が入っていたような・・・おもちゃのようなシンプルな再生機で聴いた記憶があります。おじいちゃんが隠居していた家の記憶です。


[12]エレキギターの歪んだ音 yoshigyu1318

イエにいて暇なときはいつもギターを弾いていました。エフェクターが1つしか持ってなかったので、毎日同じ歪み系のばかり使っていました。なかなかいい音がしました。とても懐かしいですね。


[13]>3 そうそう! sayonarasankaku

これはお約束でした。

夕暮れとともに、休みが終わる淋しい気持ちになりました。


[14]ピアノの練習 sayonarasankaku

近所のこのピアノの練習の音が聞こえます。

前は、たどたどしかったものの

今はすっかり上手になりました。

時の経つのは早いです。


[15]吉本新喜劇のテーマ Kumappus

関西人ならこの曲は土曜日の午後と切り離せないのでは。

僕の場合、この曲を聞くと

土曜日は学校が半日で終わっていたので家に帰ってお昼ご飯。

親父は商売していたので、午後の仕事にすでに出かけ、ぽつーんとひとりお昼を食べる。

おかずは天ぷら(関東で言うところのさつまあげ)だったり、カレーうどんだったり、前の日のカレーの

残りだったり、まああまり手がかかってないものが多かったような。

そんなとき見てるテレビはだいたいこれ。もちろん集中して見てるわけじゃなくてなんとなく習慣でスイッチ入れて見てて飯食い終わってもしばらくぼーっと見てて…。

なんかそういう思い出と繋がってるんですよね。

別に一年中やってたと思うんだけど、思い出の中では何故か夏。外の陽射しがまぶしいなか帰ってきて(相対的に)暗い部屋の中でご飯を食べている… というシーンが思い出されます。


[16]>11 青いソノシート hhkznz

記憶が不確かなのですが、赤だけではなく青いソノシートもあったような…。反対側が透けるペラペラの円盤は、黒いしっかりとした円盤に比べ、かなり頼り無い感じでしたが、肝心の音はどうだったんでしょう。最後に聞いたのはもう30年近く前になるのでしょうか…覚えていないですね。


[17]>14 縦笛の音 hhkznz

我が家にはピアノは聞こえてきませんが、隣家から縦笛の音が流れてきています。こちらは残念ながら、まだまだたどたどしい音色ですが、それが逆に微笑ましい。小学生の頃、自分も必死で練習していたなあ、と懐かしくなりました。


[18]ちょっとアレ?見な?エースが通?る? teionsinonome

私と兄はキャプテン翼・南葛時代の世代ど真ん中です

もう、毎週見てました

当時のラジカセはテレビとつないで録音する機能がなかったのか、あったけど使い方がわからなかったのか知りませんが、「今日は録音するからしゃべるなよ」と言われて、テレビの音をテープに録ったことがあります

当然ノイズだらけだった記憶が・・・


[19]風呂の鼻歌 sayonarasankaku

昔、団地に住んでいたとき

風呂場に通路が面していました。

夜、通るときに時々湯船につかって歌っているらしい鼻歌が聞こえました。

子供の歌のときや、ご主人らしい歌声。

聞きながらほのぼのしつつも、

笑わないように通り過ぎるのは大変でした。


[20]>17 うちはハーモニカでした teionsinonome

小学生の頃近所でハーモニカが爆発的に流行って、私も買ってもらいました

結局難しくてドレミファソラシドをゆっくり吹くのが精一杯でした


[21]夕焼け小焼け kenki1977

やはりこれでしょう

東京(八王子)、埼玉と住んできましたが夕暮れ時になるとかかります

埼玉だとアナウンス付きですが八王子はなくて

ちょっと違和感を感じます

これを聴くと「あぁ、もうこんな時間か」と

夕食やらの準備が始まります、私の住んできた地域での定番ですね


[22]>16 懐かしい!! sayonarasankaku

緑もあったような気がします。

よく、絵本についてきた気がします。

今でも、あるのかな?


[23]ドラクエの音楽 teionsinonome

学校から帰ると毎日毎日まいにちまいにちドラクエをやってました

決してゲームっ子じゃなかったのですが、ドラクエブームには乗っかっちゃいました

今でも着メロサイトでレベルアップの曲とかみつけるとDLしちゃうんですよねー


[24]>20 ピアノの練習 kenki1977

うちの近所でもピアノの練習の音色が聞こえます

同じところで何度も止まったり繰り返してると

なんだかすごく気になりますね

仕事が忙しくて久々に聴いた時にちゃんと弾けるようになってると

ちょっと嬉しかったりしますね


[25]ザ・ベストテンをラジカセで録音 Beirii

「録音するからしゃべんないでね!」と言い、再生ボタンと録音ボタンを同時押し。

息を殺してテレビに見入っていると「そろそろお風呂入りなさいよ」と言いながら台所から母が登場!

「静かにしろって言っただろ?」と更に大きな声を出す私。

「ああ、ごめん。録音してたのね」と涼しい顔の母、って当然それも録音される。


こんなやり取りをしてたのはウチだけじゃないはずだ!


[26]野球の応援 BROWN6

夕飯の時に父親がいつもTVで野球中継を見てたんですけど,TVから流れてくるラッパの音とか応援してる人達が演奏してる音楽をいつも聞いてました。


[27]母の謎の鼻歌 rikuzai

幼い頃、家事などをしながら母が鼻歌を歌っているんですが、

昭和歌謡が多く、長い間なんの歌を歌っているのかわかりませんでした。

少し大きくなって懐メロ番組を見てその正体がわかりました。

…随分母上はアレンジされていたようでしたが。

「人形の家」でした。びっくり。


[28]>8 田舎なのでFMはNHK FMしか入らなかった Kumappus

FM大阪が聞きたかった…。

それはさておき、FMも土曜の午後というと「邦楽百選」。これも「吉本」のテレビのスイッチ切ってさて勉強だ…と思ってスイッチ入れるとちょうどそのぐらいの時間なんで(確か午後1時とか2時あたりじゃなかったかな)、なんとはなしによく聞いていました。

いまだに常磐津とか長唄の区別がつかないけど、あのもっちゃりした節回し、今も嫌いじゃないです。

他に日曜の夜遅くの「現代の音楽」もよく聞いてました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E3%81%AE%E9%9F%B...(NHK)

ふーん、今は夕方なんですねえ…あの不気味さ(?)は深夜向きだったと思うんですが…。当時はミュージックコンクレートといって録音された音(非楽音)を組み合わせるタイプの作品もよく紹介されていたし。

柴田南雄さんのころだな、聞いていたのは…。


[29]>25 やーりーまーしーたー! rikuzai

ベストテンに限りませんが、やりましたやりました。

そしてダブルデッキで編集してましたよ。

(マセガキ)

同じ系列で、ファミコンでスーパーマリオをやってると、

突然音がプツンと途切れるってのもよく経験しました。

…コードひっかけないで?!ママー!


[30]>29 ご飯ょー! choco-latte

の母の声に何度邪魔された事か…。

それと、歌う前に司会者がしゃべるしゃべる。

たまに唄にかかるときとか早く黙れ!!!って心の中で

叫んだ覚えがあります。

ファミコン懐かしいですね。

コントローラー2の方についてたマイクで「テステス」って言いまくっていた覚えがあります(爆!)


[31]>23 ドゥン、ドゥン、ドゥン、ドゥン sayonarasankaku

あの、不吉なメロディーが流れて

画面に確か…

「残念ながら…」とか出ちゃうと

泣きたくなりませんでした?


[32]ヒゲダンスのテーマ choco-latte

うちでは小さい頃、ご飯を食べるときはテレビを見てはいけないというルールがあったので(今はないですが…)7時半くらいからさっさと夕食をたいらげ、「8時だよ!全員集合」を観ていました。

一番好きだったのが、ヒゲダンス。

デンデンデンデン、デンデーンデ、デンデーンデ、デンデーデ、デデン♪

いつも弟と一緒にヒゲダンスのテーマソングが流れると

ダンスをしながら部屋中練り歩きます。

そしてフォークを戸棚から出してきて、弟にみかんを投げさせ、私がフォークでキャッチ。その後は弟がフォークを持って、私がみかんを投げる。

それを数回繰り返して遊んでいました。

やろうとして親に反対されたのが、バケツに水を入れて、くるりと回す…

あれだけはいつも「ダメー!」って怒られていました。


[33]>22 懐かしいっ! choco-latte

ソノシート!

回転数を変えて遊んでました。

うちの弟が生まれた病院ではうちの弟の泣き声を

ソノシートにしてくれてました。

私なんてへその緒すらないのに…。


[34]>32 歯磨いたか??風呂入れよ? grand_majesty

私はエンディングの「ドリフのビバノン音頭」が大好きでした。

加藤茶の色々なかけ声が中でもお気に入りでした。

夕食後に家族みんなで揃ってみるテレビはとても楽しかったです。

最近の家庭では、家族揃って食事をし、同じテレビや音楽を見聞きすることは

少なくなったのでしょうか?

私の家庭では、私が残業で遅くならない限りは必ず家族全員で食事をとるようにしています。

食事が終われば子供の大好きなディズニーチャンネルを一緒にみて、

テーマソングを口ずさんだりしています。

時代は変われど、家族で一つの映像・音楽を共有するって楽しいですよね。


[35]>33 ウルトラマンなどの「ドラマ」が入ってたり Kumappus

主題歌もそうだけど、ドラマが入ってたりしませんでしたか?

やっぱり材質が軟らかかったせいか、何度かかけていると音が割れてきて傷もついてちゃんとかからなくなっちゃったような気がします。

朝日ソノラマとかあったなあ。

今だったらふろくCDなんじゃないですかね?


[36]スクラッチ BROWN6

高校生の時に少しDJやってたんですけど,ギターの方がやってましたが,スクラッチは凄い練習しましたね。ビートにのせて擦ったりして遊んでました。

母親からはチェケチェケうるさいとかよく怒られました。


[37]父が聞いていたビートルズの「Come Together」 momokuri3

重低音のベースから始まるのが特徴的な曲です。父はよくこの曲を聴いていました。この曲好きなんだねと言ったら、父さんは子供のころラジオを作るのが好きでね、初めて作ったラジオから流れてきたのがこれだったんだよ、と話してくれました。

当時あの、みのもんたさんが夕方、その名もずばり「Come Together」という番組を、ラジオでやっていたそうなのです。その番組のオープニング曲がこれで、父はイヤホンから流れてくるこの曲で、初めてビートルズを知ったそうです。

父は今でもこの曲を聴くと、みのさんが「カム・トゥギャザー!」と叫ぶ声が聞こえてくるようだと言います。一般にこの曲はカタカナでは「カム・トゥゲザー」と書かれますが、みのさんは「カム・トゥ"ギャ"ザー」と発音していたそうです。

私がスーパーウーファという重低音用のスピーカーを作ってこの曲を鳴らしたら、俺がラジオを作った頃に欲しかったのはこの音だったと喜んでくれました。


[38]>26 うちは特に母が野球好きで otayori

やはり毎日聞こえてました。

8月に家に来たヨーロッパ人が

高校野球?プロ野球を毎日見てるので

「エブリデイ ベースボール!」とびっくりしてました。


[39]>30 懐かしい!! otayori

私は小6のとき色々なアニメソングでやりました。

宇宙アニメ華やかな頃、だんだん主題歌もカッコよくなってきてて。

「静かにしててね」って言ってても、忘れて話しかけてくる母。

うちだけじゃなかったんですね??(笑)


[40]>34 ドリフ派かひょうきん族派か teionsinonome

どっちかに分かれてませんでした?

うちはどっちも派でしたが・・・


[41]>27 情熱の赤いバラ?そしてジェ?ラスィ? NAPORIN

みたいな((c)あたしンち。のおかあさん)

なんか皿洗いながら歌を歌われると、

滅多に歌うのなんか聞かないせいか迫力があって怖かったりしました。

何の歌だったかは・・・ラジオにあわせてたので、

終戦特集で赤いりんごとか・・

高校の音楽でならった早春賦だったかも、

あ、これ歌ってたのか!と思った覚えがあります。


[42]>31 ああっ teionsinonome

消えちゃった時ですか!!??

あの時の喪失感ったらないですよね

「残念ながら」って言われても・・・みたいな

あと、仲間が死んじゃったときに「しに」って書いてあるのも切なかったです


[43]>37 父のフランク シナトラ otayori

無口な父が、たまに鼻歌と歌の中間くらいの外れた音で、

歌ってるのが聞こえてきました。


[44]>39 2コンのマイク teionsinonome

わ?????

私もやってました!!

はとぽっぽを歌いたいがために「たけしの挑戦状」やってましたよ

それで、ハワイで死ぬんですよ いつもいつも


[45]学校のチャイム rikuzai

キーンコーンカーンコーン♪

始業はブルー、終業はハッピーになれる定番の音楽ですよね。

ただ、私が通っていた高校はちょっと変わっていて、

音楽の先生が独断で選んでいたクラシック曲がかかっていました。

吹奏楽のリズム隊のクラスメイトが、休み時間の終了の時によく机を叩いていたのを思い出します。


[46]>40 懐かしすぎるー! choco-latte

うちはドリフ→ひょうきん族→加トちゃんケンちゃん

という流れになっていました。

大丈夫だ太鼓…。ガチャポンで必死になってとりました。


[47]ラジオ体操第一 aqualotus

夏休み、家の裏の公園でラジオ体操をやるので毎日聞かされてました。


[48]犬のおまわりさんの歌 TinkerBell

私が小さなころ、よく父がギターをひいて歌ってくれました。

ちゃんとイントロが付いていて、そのイントロが聞こえると、

私はいつも、子猫ちゃんの歌だーと父のそばに駆け寄っていきました。

父が歌うのは、ちょっと歌詞が違っています。

一番は普通に歌ってくれます。

でも二番になると、

♪からすーにきいてもわからない すずめーにきいてもわからない♪

のところが、いつも違う動物の名前になっているんです。

「♪みみずーにきいたら…わかるかな?」

「えー、みみず、おしゃべりしないよ」

「それじゃ、♪みみずーにきいてもわからない、えーと次は、ドジョウに聞いたらわかるかな、どんぐりころころとんぶりこ…」

「だめ、ドジョウは…出てきてこんにちわしか言わない」

「じゃ、♪ドジョウーに聞いてもわからない、困っちゃったね、次は何に聞いてみようか」

「さんまー!!」

「さんまかー、♪インドの山奥電報打ったらっきょが転がりきんだ拍子二年の春だ予習を忘れ天下一品サザンサザン」

「なにそれー」

「明石家さんまが昔こういうコマーシャルやってた」

「そのさんまじゃなーい」

毎回ネタは違いますが、こんな面白いことをいつもやってくれました。

さんまさんの「インドの山奥」はよく出てきたネタなので、

今でも犬のおまわりさんとインドの山奥が

私の頭の中ではセットになっています。


[49]>44 仕事中なのに… choco-latte

「たけしの挑戦状」ハワイで死ぬ

のコメントに吹いてしまいました。

仕事中なのにニヤケ面してます。


小さい頃スーパーマリオのやりすぎで

ベッドの中で寝ようとするとチリンチリーンって

頭の中で音がして病気だ。と思った事があります。

数日間寝るときに「チリンチリーン」に悩まされてなかなか

眠れずにいました。


あ、だいぶ本題からずれてしまいましたね。すいません。

でもファミコンもラジカセもすべて親に邪魔されましたね。

なんなんでしょーね。親って存在は。私も将来子供には

「もぅ!」ってやっぱり怒られてしまうのでしょうか…。


[50]>24 わが家でもやっているんですが lymin

よそからも聞こえてきますね。

うちで弾いているピアノの音も、近所のおうちに聞こえているのかな。


[51]>12 向かいの家のお兄さんのギター lymin

ベンチャーズだったかなあ。「青春デンデケデケデケ」の世界ですね。


[52]ズームイン・朝のテーマソング Yoshiya

あの音楽を聴くと「学校に行かなきゃって」って思って

毎日が憂鬱だったのを思い出します。

特に、「朝のポエム」の音楽の後に学校に行っていたので、朝一番聴くのが嫌な音楽でした。


[53]>35 童謡のソノシート lymin

家にありました。幼少時、何十回となく繰り返し聞いたので、今も歌えば歌詞が出てきます。


[54]詩吟にお経 lymin

お隣のおばあちゃん、早起きしてまず、お経を唱えるのです。ありがたいことだと感謝しつつ目覚めます。しばらくすると詩吟の練習をされています。これもかすかに聞こえてくるだけなのですが、風流な感じです。


[55]>43 うちはグレン・ミラー・オーケストラ Kumappus

ベスト・オブ・グレン・ミラー

ベスト・オブ・グレン・ミラー

普段は大川栄策とかそういう演歌ばっかりな父でしたが、思い出したように「グレンミラーはええのう」てな感じでかけていました。

「ムーンライトセレナーデはグレンミラーのテーマ曲や」とか言いながら。酒好きだったのでウイスキーとか飲んでたっけな。

そういえば若いころトランペットを吹いていたとも話してくれましたっけ。

グレン・ミラー物語

グレン・ミラー物語

なんか、この映画を見て感激したことも話してくれた記憶があります。

あとはベニー・グッドマンとかも好きでしたね…。


[56]>54 近所を dankichik

前住んでいた家の近所に遊歩道があったのですが、毎朝6時前におじいさんが詩吟をしながら散歩してました。徹夜明けにこの声が聞こえると、ああ朝だなあって思ってました。


[57]鳩とカエルとミミズの鳴き声 mayomaru

生まれも育ちも田舎なので、夕方は鳩、夜はカエルとミミズの鳴き声があたりまえのように聞こえていました。

当時は「鳴いている」とさえいちいち思わないほど、あたりまえにある「日常の音のひとつ」でした。

社会人になり、都会でしばらく生活するようになると、そんな「日常の音」が、いつのまにか車の走行音やクラクション、喧騒なんかに変わりました。

結婚を機に また田舎に住むようになって、子供の頃から聞き馴染んできた、夕方に鳴く鳩の「ホー ホー ホッホー」や、夜に鳴くカエルの「グワァ グワァ」ミミズの「ジーッ ジーッ」が、自然に囲まれてる感いっぱいで、今では大好きです。

海も近いので、風に乗って小さく聞こえる船の汽笛の「ボーッ」って音も好きです。

ずっとここに住んでる人は、鳩やカエルの鳴き声は「うるさいだけ」「どこがいいの」と言いますが、離れてはじめて分かった田舎の良さというか、ほんとうに心が落ち着く音楽です。


[58]楽器の練習 dankichik

以前川の近くに住んでいたとき、川原で学生さんたちがトランペットなど楽器の練習をしていました。私がお気に入りだったのは民族音楽風の太鼓の音。そういう衣装に身を包んだ若者がかっこよくたたいていました。


[59]>38 野球中継多いですからね BROWN6

プロ野球は試合数が100以上ですからね。開幕したらほとんど毎日中継がありますからね。

日本人でも野球ファンがTVで毎日中継を見てたら,「エブリデイ ベースボール!」と思いますよね。

野球の応援の音楽って懐かしい感じがしますよね,昔の豆腐売りのラッパみたいな。


[60]吉田拓郎 Oregano

やはり親の世代を代表するミュージシャンというと、吉田拓郎ではないでしょうか。父母がよく聞いていました。中でもライブ盤がとてもお気に入りだったようで、当時はまだうちにもアナログが聞けるプレーヤーがあったので、大きなLPを乗せてはよく聞いていました。

その中で、レイ・チャールズのWhat I sayを拓郎がやるというのがあって、その曲をやる前に、何度も何度もLPを聞いて練習したので音シャリシャリしてしまったと話すMCが入るのですが、うちのLPも聞きすぎてシャリシャリシャリシャリ言っているので、そこがとても面白かったのを思い出します。

最近また吉田拓郎を聞く機会がありましたが、あの人の音楽は変わりませんね。親子二代にわたって聞ける、すごいアーティストだと思います。


[61]>59 高校野球 sayonarasankaku

父は家で商売をしていて高校野球いつもついてましたね。

街中でも多いですよね。

サイレンの音。

今もテレビでやっています。


[62]>42 そうです、そうです。 sayonarasankaku

私はスーパーファミコンになってからだったんですけど

セーブが消えちゃった悲しさったら…

ゲーム音楽といっても馬鹿に出来ないものが多いですね。

まぁ、一日中聞こえるのは困りますがね(笑)

私も携帯にマザーのメロディいれてますよ♪


[63]移動八百屋の車から聞こえる橋幸夫の潮来笠 Fuel

子供のころ、トラックでやってくる移動八百屋がありました。

路地に車を止めると、必ず橋幸夫の潮来笠をスピーカーで流します。

なぜ八百屋が橋幸夫の潮来笠なのかわかりません。

八百屋ですも何とも言いません。

それでも近所のおばちゃん達は音楽だけですぐに八百屋が来たとわかって、

トラックのまわりに野菜を買いに集まっていました。

安くて新鮮なので、ずいぶん人気があったようです。

私も潮来笠が聞こえると、いつもリンゴ買ってくれとねだっていました。

だいたい毎週一回は来ていましたが、いつの頃からか来なくなり、

潮来笠は聞こえなくなりました。


[64]隣から聞こえてきた讃美歌の歌声 watena

子供のころ、短期間でしたが、幼稚園の隣に住んでいたことがあります。そこは教会が運営している幼稚園だったらしく、毎週日曜日になると人が集まって讃美歌を歌っていました。

門前の小僧習わぬ経を読むと同じで、私もいつの間にか数曲おぼえて歌えるようになっていました。

特に記憶に残っているのは「いつくしみ深き友なるイエスは」という歌で、これは毎週のように歌われていたので自然におぼえてしまいましたが、歌詞が文語で難しく全く意味がわからず、聞き覚えで歌っていたので「慈しみ深し」を「いくつ耳昔」と歌っていました。


[65]>55 グレンミラーと映画音楽 akilanoikinuki

音楽を好きだった母の影響で、グレン・ミラーのジャズと、ムードたっぷりの70年代から80年代の映画音楽を聞いて育ちました。

結果として、音楽好きになった私は中学から吹奏楽部に入り、現在でも楽器を続けています。

ひょっとしたら、私の家族にとっては私の楽器練習の音こそ、家の音楽になっているかもしれません。


[66]幼稚園で母が歌ってくれた歌 hanatomi

どうしてこんなに小さい頃の事おぼえてるのだろうと思うけど、幼稚園の卒園式か入園式で母が早春賦を歌ってくれた曲を今も覚えています。

いつもは、「ぞうさん」や「おかあさん、なあに?」「これくらいのおべんと箱に」を一緒に歌ってもらったりしていたのに、この日、黒っぽいスーツに、胸に紫のコサージュをつけて、よそ行きのお化粧と靴で、いつも聞いたことの無い高音域の綺麗な声を聞かせてもらったのがとっても素敵だったので今でも鮮やかに目に焼きついています。

たしか、保護者が一列に並んで、歌を歌ってくれると言うようなものでした。


早春賦の歌詞も、その頃の私には難解で、だけど言葉周りが素敵で大人っぽくて上品で、歌詞の中の日本の昔の言葉と風景の描写が自分の手の届かないところにあるように思えたものでした。

(著作権が切れているので転載)

早春賦

吉丸一昌

一、

春は名のみの 風の寒さや。

谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど

時にあらずと 声も立てず。

時にあらずと 声も立てず。

二、

氷解(と)け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ。

さては時ぞと 思うあやにく

今日もきのうも 雪の空 。

今日もきのうも 雪の空 。

三、

春と聞かねば 知らでありしを。

聞けば急(せ)かるる 胸の思(おも)いを

いかにせよとの この頃か。

いかにせよとの この頃か。


[67]>53 ドラマ入っていました!! hanatomi

ひゃー。懐かしいことを思い出させてもらいました。

ドラマになってるんです。絵本についてるんです。


ピンポーン と音が鳴ったら、ページをめくるんです。

うちにもありました!!

こんな感じです。



後ろからも怪獣がやってきた。

デパートには子供たちが。危ない!

(ピンポーン)


「あ、ウルトラマンだ!

ウルトラマンがやってきた!!

「トイヤーーーー」

やっときたかウルトラマン、お前を待っていたんだ

バルタン星人はウルトラマンに向かって、岩を投げつけた。

ウルトラマン!ピンチ

(ピンポーン)



うちにもありました!ラセーヌの星の赤色のものが大好きでした。

あんなにうすっぺらいのに、音が鳴ってとっても不思議でした。


[68]泣きながら聞いていたAmazing Grace YuzuPON

父の親しかった友人が、突然交通事故で亡くなりました。連絡を受けた父は慌てて帰宅して、また慌ただしく出かけていきましたが、出がけに私に、すまんがCDを一枚探してきてくれとメモを託して行きました。そこには、白鳥英美子、Amazing Grace、と書かれていました。

なかなか見つからず、数軒のCD屋を訪ね歩いて、やっと見つけて買ってきました。帰ってきた父に渡すと、父は無言で受け取って封を剥がし、プレーヤーにセットしました。そして、Amazing Graceだけを何回も何回も繰り返し聞いていました。泣いてはいませんでしたが、目が真っ赤でした。そして、死んだ彼はこの曲が好きだったんだ、このCDをお棺の中に入れてやる。出棺の時にも流してやりたいからダビングしてくれ、と頼まれました。

深夜、父が寝てから、2本ダビングを録りました。そのうちの一本をCDと並べてテーブルの上に置いて、私も寝ました。たしか翌日がお通夜、翌々日が告別式だったと思います。父は親友の葬儀なので、ずっと手伝いに行っていたようです。全てが終わって帰ってきた父に、もう一本ダビングした物を渡しました。父はもう一度Amazing Graceを聞きながら、おかげでいい見送りができたよ、ありがとうと言っていました。

暗い話ですみませんでした。


[69]>61 うちの父も akilanoikinuki

大の野球好きです。

そのため、夏の思い出としてインプットされている光景があります。

まだ日の沈まぬ時間(多分7時前くらい)、夕食の素麺と野球の応援歌。

この情景が夏の思い出として、ふんわりと浮かんできます。


[70]クラシックを聞きながら指揮をする。 mododemonandato

うちのオヤジがクラシック音楽を聴きながら、まるで自分が指揮をしているような振りをしていました。

こんなことをしているのはうちのオヤジだけかと思っていたら、ゲームでクラシックを聞きながら指揮をするという設定のものが発売されていました。

まさか、みなさんの家でも?


[71]>66 早春賦 MINT

いい歌ですよね。私も大好きです。

私は「春は名のみの」を「春は菜の実の」だとずっと思っていました。昔は気候が今と違って、まだ春になりきらないころに菜種がとれたんだねぇと言って、家族みんなに大笑いされたことがありました。高校生にもなってハズカシイ…。

今聞くと、歌詞の意味もなんとかわかるようになって、本当に美しい曲だと思います。お母さんたちが歌ってくれた早春賦、とってもいい思い出ですね。そんな素敵な思い出をくれた幼稚園も素晴らしいと思います。その頃のお友だちのみんなの心に、きっと同じ思い出が焼き付いているんですね。いいなぁ。じぃぃぃん。


[72]ひな祭りのショーケースについているオルゴール kumaimizuki

ひなまつりの歌がぜんまい式で流れるようになっているのです。

小さい頃は、回してよく聴いていました。

ちゃん・ちゃちゃちゃん♪

っていう曲です(曲名忘れました)


最近は全く回していなかったのですが、1年前のある日、突然音が鳴ったのです。

何かがぶつかったわけでもなく、誰かが近くにいたわけでもなく。

何の前触れもなく鳴ったのです。

そして、音が鳴ったその日、祖母が亡くなったのです。

きっと、祖母が聴きたくなって、鳴らしたのだと思いますね。


[73]>62 アレフガルト交響楽団(オケ演奏) otayori

ドラクエ?だけは、兄妹3人ともクリアしたので

3人分エンディングの曲のせつなさを味わいました。

姉がオーケストラが演奏した曲を借りてきたので

しばらくハマってました。名曲です??

ちなみにうちもドラクエくらいしか、どっぷりハマッたゲームないです。


[74]>72 そういえば うちにもありました! otayori

小さい頃、いたずらにぜんまい回して

寝転がって聞きながらボ?と考え事してました。

今聞くと、その時の家を思い出して胸にしみそうです。


[75]オルゴール haru-taka

僕がまだ喋れなかった時の事なんですが、いつもオルゴールを聴いていたときのことを思い出します。

柱にかけておくタイプのオルゴールで、下に出てるヒモを引っ張ると「からす?、なぜ泣くの?、カラスは山に?、可愛いななつの子があるからよ?」ってメロディが。(歌は母親が歌ってくれてた)

好きで好きで、何回もヒモを引っ張った。

多分朝から晩まで。

その場面とメロディは今でも思い出せるし、思い出すと切なくなります。


[76]>60 僕が生まれて初めて買ったレコードは吉田拓郎 haru-taka

中学生になってから初めてレコードを買ったんです。それが吉田拓郎でした。今考えるとありえないくらい渋いかダサイ中学生だったと思います。(僕は今33歳)

確か、「素直になれば」って曲が入ってたレコードでした。

僕は一番上の兄貴と12歳年が離れていますが、そして、またよく喧嘩もしますが、吉田拓郎はいい!というてんでは意気投合しています。

いいですよね、吉田拓郎。


[77]>57 ミミズの鳴き声? haru-taka

僕はものすごくど田舎で生まれました。

鳩やカエルの鳴き声懐かしいです。

でもミミズの鳴き声って聞いた事がないような・・・。

それってどんな鳴き声なんでしょうか?

親にも兄弟にも聞いた事がなかったし、友達ともそんな話題になったことがないです。

大人になった今でも。

どんな鳴き声なのか是非教えてもらえませんか。

お願いですm(__)m


[78]>73 レベルアップの音 vivisan

なにげに大好きでした。いつも弟とかわりばんこでやっていました。

海で船に乗って移動する音楽とかも好きで、けっこう着メロサイトで探した覚えがあります。

ちなみに私はドラクエ?しかクリアしていませんが・・ちょうどクリアしたときは深夜で、

あまりのうれしさに弟をおこしたことがありますw

懐かしいなぁ・・。


[79]>46 加藤茶が最後に余計な事を言う haru-taka

僕の家でもドリフの日は家族で見ていた気がします。

最後に加藤茶が言うんですよね。

「宿題やったか?!!」って。

それを見ていた母親が、ほら!○○!!宿題やったかってカトチャンが言ってるよ!やったのか!?

って言うんです。

もちろんやってる訳はないんです。

余計な事言うなよな、って思った。


[80]>21 田舎と一緒なんですね haru-taka

びっくりです。

夕方5時になると音楽が流れるのってウチの田舎だけなんだと思ってました。(メロディは「う?さ?ぎ追?いし・・・」っていうやつです)

格好悪い、と思っていたのにそんな大都会でも流れてるんですね。

衝撃です。<ちょっと大袈裟かな。でも大びっくりです、本当に。

朝は6時に音楽が流れます。

万年不眠症の僕には辛かった。

(ラジオ体操の音楽。)

朝の音楽はさすがに都会にはないですよね。多分。


[81]>4 静かさの強調 ichthyostega

岩にしみいるセミの声、ではないですが、一匹だけの虫の鳴き声などは、静かさを強めてくれますよね。

特に秋の夜の鈴虫の音色は特にいいです。

コオロギも一匹だけなら「コロコロ・リーリー」とちょっと寂しげないい音色を出すんですが、見た目がちょっとゴキブリチックですよね。


[82]>77 オケラじゃ ichthyostega

もしかして、あの「ジーーー」ってやつですか。

私も小学生の頃、兄からミミズの鳴き声だと教わりましたが、後にオケラの鳴き声であると知りました。

土中から聞こえるので、よくミミズの鳴き声と思われているようです。


[83]空耳アワー MINT

「誰が言ったか知らないが、言われてみれば確かに聞こえる」。私の家はずっと前から、空耳アワーの大ファンです。空耳で紹介された曲を時々弟がレンタル屋で探してくるので、それを流しては、聞こえる聞こえると大笑いするのがわが家の恒例になっています。

そんな空耳好きの弟が、ある時ひどく落ち込みました。何を落ち込んでいるのか、いくら聞いても話してくれません。丸一日部屋に閉じこもって出てこなかったので、部屋の前でクイーンの「誘惑のロックン・ロール」を流すと、ガチャンと扉が開いて、弟が笑いながら「すみません」と出てきました。「DON'T WORRY BABY I'M SAFE AND SOUND」が「丼ぶり食えば?すみません」に聞こえる空耳です。

お腹空いた?と聞くと、うん、というので、ダイニングに誘って、レトルトのどんぶりの素を温めてご飯にかけて出してあげました。弟は「丼ぶり食えば?すみません」と笑いながら食べていました。

何に落ち込んでいたのかいまだに不明ですが、翌日からまた普通の弟に戻りました。


[84]>80 家の方も夕焼けでした。 mododemonandato

この音楽が聞こえてくると、家に帰らなくてはと思っもののです。

子供心になんだか悲しげな、哀愁の有るメロディだと感じてました。


[85]>68 音楽のすばらしさ ichthyostega

音楽っていうのは、個人にとってはかけがえのない思い出になることがありますよね。

ある音楽を聴くと、青春時代の甘酸っぱい感覚がよみがえるとか。

それは唯一無二の価値のあるものですし、こういう物を持っていると言うことは大変すばらしいことだと思います。

お父さんの思い出も、最初は悲しいものでしょうけど、時間とともにすばらしい思い出の曲に変わっていくことでしょう。

ご友人もきっと、笑顔で旅立たれたことでしょう。

暗い話なんて事はありませんよ。すばらしいお話だと思います。


[86]>63 移動魚屋さんもありますよね haru-taka

実家にいつも寄ってくれる移動魚屋さんも、いつも大音量で演歌を流してました。一発で魚屋さんだと分かります。

なんか、トラックの運ちゃんみたいで格好良かったです。

ねじり鉢巻きもしてたし。

今は来なくなったみたいです。

田舎ってますます過疎化、高齢化してますね。

もっともっと交通の便が良くなって、通信のインフラが整えば田舎に人が戻っていくのかな?<話が関係ない方へそれましたが許してくださいm(__)m


[87]>76 私も好きです TomCat

どことなく、バンカラの匂いがするんですよね。「魁!!クロマティ高校」のオープニングテーマになった「純」なんてね、もう歌詞が感動モノですよ。

どけどけどけ後ろめたい奴はどけ

有象無象の街に明かりを灯せ

どけそこをどけ真実のお通りだ

正義の時代が来るさ

希望の歌もあるさ

僕の命この世に捧げてしまっていいさ

(『純』作詞・作曲・編曲:吉田拓郎。著作権法第32条に基づき出典明示の上一部引用)

なんてね。普通、出てきませんよ、こんな言葉。普通の人間が忘れかけている言葉を、この人は持っているんです。

古いアルバムも好きです。Oreganoさんの書き込みに出てくるアルバムは、「よしだたくろう・オン・ステージ!!ともだち」ですね。私はこの中の「されど私の人生」が大好きなんです。これは斉藤哲夫さんの曲で、拓郎はそれをカバーしているわけですが、まだ若い彼の瑞々しい解釈で歌っています。


[88]>74 オルゴールついてましたね。 BROWN6

人形をのせる台に付いてましたね。自分はおもちゃにして遊んでました。

オルゴールのメロディーに合わせて♪あかりをつけましょぼんぼりに?と歌ってましたね。


[89]>75 懐かしいな BROWN6

オルゴールの下についてる小物入れを開けると,ピエロが踊りだすオルゴールを持ってました。

その踊りがまた面白くて,メロディーと全然合ってなくて,音楽はゆったりとした音色なのに踊りは高速なんですよ。

子供の頃はよくオルゴールをプレゼントでもらったので,自分の部屋に5個くらいオルゴールがありました。


[90]>71 子守唄とおんぶひも hanatomi

早春賦、美しい曲ですよね。音楽の教科書に載っているような曲は、なぜ歌ってるかそのときはわからなかったけど、やっぱり時代をへて美しいですね。

日本の童謡や、歌い継がれてる歌はことばの流れが美しいなと思います。

(百人一首や万葉集なども)

先日江原さんが、子守唄がなくなったのと、おんぶ紐が亡くなったのは残念だと言っているのを聞きました。

おんぶ紐はお母さんの誇りであるべきで、背中を通してお母さんの苦労を知るんだよ。

と言っていました。

「夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われてみたのはいつの日か」

昔はこどもは良くおんぶされていたんですよね。

もし子供が生まれたらいっぱい歌を歌ってあげて、小さいうちはおんぶもしてあげたいな。

ところで私も、「春は菜の実の」だと思ってました。菜の実という、ほうずきみたいな実があって、風が寒い中それを摘むのかと思ってました。 笑


[91]>83 すっごいおもしろい☆ hanatomi

「DON'T WORRY BABY I'M SAFE AND SOUND」が「丼ぶり食えば?すみません」に聞こえる空耳です。←わはははww ^-^

弟もすっごくかわいい。MINTさんもやさしいお姉さんだなぁ。超かわいいエピソードです!

雑誌に載りそうな感じ!

弟さんもとっても元気付けられたんでしょうね。^-^


[92]>85 せつない・・・ sayonarasankaku

そうです。

暗い話なんかじゃないです。素晴らしい話でした。

本当に素晴らしい友情です。

私がもし死んだとしても、こんなことをしてくれる人はいないでしょう。

こんなことを言ったら不謹慎ですが、

お父様のお友達がうらやましい気がします。


[93]贈る言葉 vivisan

クラスの担任の先生は、みんなで一緒になって団結してやりとげよう!をめざしてました。

数あるクラスの中でも一番仲がよかったように思います。

休み時間も男子も女子もいっしょになって遊んでいた覚えがあります。

そんな中で、先生が歌詞を全部書いてくれて、この曲をみんなで覚えました。

クラスみんなでいっしょになって歌ったこの曲は思い入れがあります。

この歌は金八先生とかドラマとかを思い出すものかもしれませんが、この曲を聴くと、あの頃泣いたり笑ったり、いっしょに遊んだりしたクラスのみんなのこと、そして担任の先生を思い出します。


[94]昔こどものころ tehi

まだ親と一緒に寝ていたとき寝る前には必ずサザンオールスターズのCDをかけて寝てましたね。いまでもその曲を聴くとその当時に戻った気分になります。


[95]>79 なつかしい! vivisan

私が特に覚ええているのが、前半のセットをつかったドラマ!?からゲストの歌にかわるときの

「チャン・チャン・チャン・チャンチャラチャンチャン・・・・」

という音楽ですねw

それと同時にセットが反転していくのがなんともいえませんでした。


[96]ホルストの「惑星」 Kumappus

ホルスト:組曲「惑星」

ホルスト:組曲「惑星」

はじめて自分の小遣いで買ったクラシックのアルバムが確かこれ(バーンスタインでNYフィルだったから)。CDになってたんですね。

応接間にあった4chステレオ(笑、後ろはほとんど使わない)「東芝ICボストン」でよく聞いていました。「木星」の例のところが当時のテレビの洋画劇場のエンディングに使われていた(このアルバムじゃないと思うけど)ことも記憶しています。

ただ、親の好みじゃなかったらしく、あんまりでかい音を出していると「ボリューム下げろ」と怒られたな。

曲の好みが家族各人結構バラバラで応接間にこもってみんな自分の好きな曲をかけていたような(で、僕といえば「親父の演歌うるさいなあー」とか思ってたわけだ)。

当時はまだWalkmanなんか影も形もなかったですから、今みたいにヘッドフォンでいい音で好き勝手に聞くというスタイルはまったく想像もできなかったのです。


[97]>91 好きでした!空耳アワー booboo_002

安斎肇さん(?、字がよく分かりませんが)とタモリの怪しい掛け合いもまたたまらなく面白かったです。よく見つけてきたよなと思うマニアックなネタ元。元曲を知らないのに、いまだに耳に残る曲があり、もう一度みたい!空耳アワー総集編DVDがあったら見たいと思い、書き込みながら検索したら、YouTubeでめっけ!!また眠れない休日が続きそう。

できれば、2人のこもった笑いの会話も熱烈切望。


[98]60の手習い castiron

父は三味線、母は太鼓と篠笛を始めました。

父のたどたどしい三味線も上達してきたし母の太鼓も様になってきましたが

母の篠笛から家の犬が逃げていきます。

両親の子供である私が言うのもおかしな話なのですが彼らのバイタリティはどこから来ているんだろうか?


[99]>28 そうそう、現代の音楽 booboo_002

日曜の夜の0時頃の番組でした。家族が寝静まった後に一人で聞いていると、お化けが出そうな気がして怖かったです。夜更かしな私でしたが、現代の音楽が始まる前に寝ようと密かに心に決めつつ、夜更かしして“しまった、始まっちゃった”と背中がゾクゾクしました。

バーバーだったかの「弦楽のためのアダージョ」や「亡き王女のためのパヴァ?ヌ」、繰り返し聞いたテーマ音楽は今でもとても好き!四六時中かけっぱなしで、ちょっと演歌は苦手だったけど、よく聞いていました。


[100]>47 うちも・・・ Spaceshuttle

家の裏の空き地でラジオ体操やってます。夏休み中は子供と一緒に体操してます。ご近所の方々とのコミュニケーションもできるので、有意義です。


[101]>50 うちも・・・ Spaceshuttle

嫁さんが、時々弾いてます。しかし・・・・・・・下手です。


[102]>90 まさに今の曲 booboo_002

とはいえ今年は温かい。春の曲の中で一番好きです。毎年お彼岸に合わせて母が蓬を摘み蓬餅を作ります。家中に蓬の香りが充満する、季節の行事です。

うちのは蓬餅は蓬がかなりたっぷり入るので、市販のものと異なり深緑と言うか、ちょっと黒っぽいくらいです。これが旧知の方々の間では評判がよく、季節のご挨拶によく差し上げていました。母一人で摘むのは大変なので、手伝って、まだ風が冷たい土手で摘み草をするときに思い出す曲です。

春の曲はうきうきする曲が多いように感じます。良い曲が多いけれどこの曲が一番好き、二番目は♪七色の谷を?越えて♪です。


[103]父の横顔に少年の涙を見た「砂山」 TomCat

同じ詩に山田耕筰と中山晋平の二人が曲を付けていますが、父が歌っていたのは中山晋平の曲の方でした。

まだ私が小さかった頃。たしか、夏の夕方だったと思います。父が窓から夕日を見つめて、「海は荒海 向こうは佐渡よ」と歌っていました。

ふと父の顔を見ると、ひとすじ涙が流れていました。私は『お父さんがどこかに行ってしまう』と思って、どこにも行っちゃ嫌だと泣きべそをかきながらしがみついてしまいました。

すると父は驚いたように、どうしたんだよと微笑みながら、どこにも行かないよ、と言ってくれました。

だって泣いてたから、と言うと、ああ、この歌を歌うと、お父さんの子供のころの家を思い出すんだよ、驚かせて悪かったなと言って、頭の上にぽんと手の平を置いてくれました。

二人で並んで夕日を眺めました。父がまた「砂山」を歌い始めました。さっき涙の光っていた横顔は、とても力強い顔に変わっていたように思えました。

最初、父は少年の心に帰っていたのでしょう。それを私が隣に来たことで、父親の心に引き戻してしまったのかもしれません。

ちょっと邪魔しちゃったかなとも思いましたが、父の歌声が夕闇に溶けていくような感じがとても心地よく、そして、かけがえのないひとときに思えました。

二人で真っ暗に日が暮れるまで、そうしていました。まだ本当に小さな頃の記憶ですが、その時のことは今でも鮮明に憶えています。

* * *

この曲の詞を書かれた北原白秋は1942年に没しておられ、既に著作権の存続期間が過ぎていますので、以下に歌詞を掲載させていただきます。

* * *

砂山

作詞:北原白秋

海は荒海 向こうは佐渡よ

すずめ鳴け鳴け もう日は暮れた

みんな呼べ呼べ お星様出たぞ

暮れりゃ砂山 潮鳴りばかり

すずめ散り散り また風荒れる

みんな散り散り もう誰も見えぬ

帰ろ帰ろよ ぐみ原分けて

すずめさよなら さよならあした

海よさよなら さよならあした


[104]風呂場でカラオケ toku4sr4agent

社宅(アパート)に住んでいた頃、別の家の奥さんが、風呂場で大声で歌っていたそうです。


そして、それがアパート中に響き渡ったとか。

(私は当時寝るのが早かったので気がつきませんでしたが)


そして、何故か。本当に歌っていた人ではなく、風呂場でカラオケをやっていた犯人にされてしまったのはうちの母でした。


今その話を聞かされてみると「いい迷惑」だと思いますが、そのどこぞの奥さんの声はソプラノで、そして音程も外さずうまかったそうなので、あんまり苦情は出なかったみたいです。


[105]>101 昔やっていました。 toku4sr4agent

今では滅多に弾かなくなりましたが、ピアノを習っていた頃は、練習のため毎日1時間程度は弾いていました。


だいたい毎日夕方5時から6時が練習時間でした。

悲しいかな、間違うところはいつも一緒。


ピアノを習い始めたときは社宅でしたが、あんまり「うるさい」という苦情はなかったですね。

今だと、アパートでピアノの練習なんかしようものなら、苦情が絶対に来そうですから。


小さい頃と今とでは、ずいぶん環境が変わってしまったなぁと思います。(しんみり)


[106]>93 卒業写真 toku4sr4agent

卒業のシーズンと言うと、「卒業写真」なんかもありますよね。


送り出す側、送られる側、それぞれ立場はありますが、卒業式のとききちんと歌えるようにと、学校だけでなく家でも一生懸命練習した記憶があります。


[107]>97 私も空耳ファンです watena

「丼ぶり食えば?すみません」は、かすかに憶えています。たしか取調室で丼を出されて、容疑者がすみませんと謝っていたビデオだったような…。

MINTさんのエピソードがこれまたいいですね。どんな悲しいことや悔しいことがあっても、こんな弟思いの姉さんがいてくれたら、それだけで慰められてしまいそうです。弟さんにとっても忘れられない曲に、そして丼になったことでしょう。


[108]>92 つられて泣いてしまいそうです watena

本当に素晴らしい友情に触れさせて頂いた思いがします。白鳥英美子さんのAmazing Grace、たしかアカペラで歌われている曲だったと思います。澄み切った声が本当に美しく、素晴らしい曲でした。

お父様は、なんとしてもその歌で、ご友人を送って差し上げたかったのですね。その友情を陰でしっかり支えたYuzuPONさんも素晴らしいです。


[109]>103 じんとくる思い出ですね watena

親子で夕暮れを見つめながら窓辺に寄り添う姿が浮かんでくるようなエピソードです。男はいくつになっても少年の心を持っています。お父様はその時、まさに少年の心だったのですね。見慣れたお父様と全く違う姿は、まだ幼かったTomCatさんを、さぞ驚かせたことでしょう。

でも、そんなお父様の育ってきた時間の一端を共有するひとときで、一層親子の愛が深まったのではないかと思います。

誰にでも少年の心に帰れる歌がある。そんな言葉を聞いたことがあります。私にとってのその歌は何だろうと、ふと考えされられてしまいました。


[110]>87 吉田拓郎、私も好きです watena

たしかに吉田拓郎は、言葉の力がすごいと思います。そしてもう一つすごいのは、この人はずっと変わらないということではないかと思います。

同じ時代に活躍したシンガーソングライターの中には、年齢と共に「等身大の音楽」が変化していった人達もたくさんいます。アリスの谷村さんや堀内さんなどは、ファンが年齢を経て行くにしたがって、その年齢に向けた歌を発していくことが出来る人達です。それに対して拓郎さんは、いつでも聞く者を拓郎世代に引き戻してしまう力強さがあります。

どちらがミュージシャンとして優れているかの問題ではなく、拓郎さんの常に自分らしさを貫く姿勢には敬服させられます。

ところで70年代後半か80年代前半に、東北訛りが残る感じの絞り出すような歌い方をする人が、「やつでのはっぱがばさりばさり」という詞の入る歌を歌っていたと思うのですが、どなたか歌っている人と曲名がわかる方、いらっしゃいませんでしょうか。非常に哲学的な詞だったような記憶があるのですが、今では「やつでのはっぱが…」のくだりしか思い出せません。


[111]>102 美しい曲と美しい思い出ですね watena

子供が大人になった時に心に残る歌を贈る幼稚園というのが、本当に素晴らしいと思いました。こういう歌はいつまでも歌い継いでいきたいですね。

私は本当の愛国心というのは、こういう所から育まれてくるのではないかと思います。美しい日本の四季や自然を歌った曲に触れた時、心からこの国をいつまでも美しく保ちたいと願う気持ちが生まれてきます。そういう愛国心は、絶対に他国と争うことを望まない愛国心です。

母の背中で聞いた歌を次の世代に歌い継いでいくことの大切さを、今改めて感じる世の中になってしまった気がします。もしかすると最近は、おぶい紐と子守歌を経験していない政治家が増えてしまったのかもしれません。話が脱線してしまいました。失礼しました。

早春のまだ寒い土手での蓬摘みとこの歌が重なるというのもいいエピソードです。お母様への思いが胸を温かくしてくれます。突然、蓬餅が食べたくなってしまいました(笑)。


[112]>48 これは可愛い watena

歌で子供とコミュニケーションできるお父さんというのは素晴らしいです。それにしても子供であるTinkerBellさんもいいノリをしてますね。親子でコミックバンドができそうです。

「インドの山奥電報打ったらっきょが…」も懐かしいです。歌詞を見て今全部思い出すことができました。「らっきょ」から「予習を忘れ」までがすっぽり記憶から抜け落ちていました。

こんなのをギターをひいて歌ってくれたんですね。楽しいお父様です。


[113]>106 いいクラスでしたね watena

私はそういうクラスになったことがないので、とてもうらやましいです。きっと、修学旅行や体育祭、文化祭などと、色々な思い出がいっぱい音楽の中に詰まっているのでしょうね。

担任の先生も、きっと金八先生のような、いつも生徒と共にあり続ける先生だったのでしょう。ひとつの歌で、みんなの心があの頃に帰れる。そんな同窓会ができたら、本当に素晴らしいと思います。

私のクラスには、団結も歌もなかったなぁ…。そういうものを積極的に求めようとしなかったあの頃が悔やまれます。


[114]>69 夕食と野球の応援歌はセットでしたね。 BROWN6

夏に素麺食いながら野球の応援歌ってよくありますよね。ジャパニーズスタイル!って感じでしょうか。

自分は,ほとんど見てなかったんですが,チャンスの時やピンチの時は父親が声を出して「何やってんだ」とか「よし」とか声を上げるので自分もつられて夕食そっちのけで応援してましたね。


[115]のど自慢のオープニングの音楽 flowerhill

小さい頃の日曜日、外で遊んでお昼ご飯を食べに家に帰ってくると、大体いつものど自慢の時間でした。祖母が作ってくれるお昼ご飯をテーブルで待ってる間に、さっきまで祖母が見ていたNHKから聞こえてきます。続きを見ていた記憶はないですが、懐かしい音楽です。


[116]>9 すっごーい!! TinkerBell

楽しい思い出ですね!

音を聞いただけでその時の様子が、ビデオと同じくらい鮮やかに思い出されそうです!

カセットだと長い間に音質劣化しちゃいますから、

ぜひぜひデジタル化してPCにも保存しておきましょうよ。

CDにも焼いて永久保存!

私も子供のころに歌を吹き込んだカセットがあったのですが、

きっとその上にまた何かを録音して、消してしまったと思います。

うー、残念ですっ。


[117]>52 今はやってないけど teionsinonome

集英社の宣伝の「♪集英社の?雑誌です?」が好きでした!

わたしは「りぼん」で育ったので「りぼん」発売日は絶対チェックしてました


[118]>114 私は3年前から teionsinonome

学生の頃は全く野球に興味がなかったのですが、3,4年前に突然目覚め、今はかなり熱いホークスファンです

選手の応援歌もほとんど覚えました!

今日はパの開幕戦ですね

テレビの前でメガホンもって歌い踊ります!!!!


[119]>98 いいですねー TinkerBell

三味線も太鼓も篠笛も、むずかしそうー。

すごいですね。還暦を迎えてからの新しいことへの挑戦なんて。

犬は人間に聞こえないような高い音まで聞こえるから、

きっとそれで嫌がっちゃうんだと思います。

ご夫婦で邦楽のアンサンブルが楽しめますね。

お二人で共通の趣味を持って。素晴らしいです。


[120]>107 ほんと、かわいい♪ TinkerBell

MINTさん、やさしいお姉さんだー。

弟さんもすなおで、ほんっと、かわいい♪

姉弟で共通の話題が持てるのも、とてもうらやましいです。

空耳、YouTubeに行くとあるんですね。

Rimoに空耳のチャンネルないのかなー。

なかったらどなたか作ってください。

見に行きます♪


[121]>115 キンコンカ??ン♪ dayday

あの鐘の音と、拍手で始まるのど自慢。

これを見ながら日曜日はお昼ご飯を食べていました。

父がいて、母がいて、姉弟とテーブルを囲んで、テレビを見ていました。

そうめんだったり、おうどんだったり、日曜日の簡単なお昼ご飯と共に楽しんだ記憶があります。

このオープニングの曲を聴くと、日曜日のお昼ご飯のテーブルを思い出します。

なんでだろう?

なんだか昔の楽しかった日々を思い出します。

あ、今もこのテーマを聞きながらのお昼ご飯ですけど。


[122]>8 まだラジオ聴いています。 dayday

深夜のラジオ番組をまだ時々聴いています。

昼間の番組は若者向けだったりで、音楽満載。

深夜はDJが語ってくれるので、一人で夜中に聞いているのに、なんだか繋がっている気分がして好きです。

テレビの音や映像は、これでもか!!って言うほどに押しつけがましく思えてしまう事もあります。

ラジオは、何かしながらでも聴けるので好きです。

FMで流れるクラシックのコンサートの録音で自宅にいながらコンサートホールを体験できますから。(それもキッチンで!)


[123]>84 うちの田舎(新潟)でも!だけどドボルザーク dayday

私の田舎では、『家路』の曲でした。

♪遠き山に??♪のオルゴール。

この発信元に近い場所に住んでいる人は、毎度うるさいのかしら?と思ったら、意外と、慣れてしまって、これがないと時間の感覚が変になるらしいです。

これにもサマータイム(4月から9月)があります。

夏場は1時間早めにならしています。

あと、私の田舎、夜の9時にも鳴らします。

(そのときは、ねんねんころりよ??の曲)

これを聴くと、遅くても子供は寝る合図です。


[124]>123 うちの田舎は「ふるさと」です teionsinonome

夕方は「ふるさと」だった気がします

で、お昼はなぜか「スウィートメモリー」

なぜ松田聖子・・・?


[125]>5 三味線と踊りのお師匠さんの声。 ie-ha-te-na

今の時代に琴の音色が聞こえてくるのは貴重ですね。昔はお着物姿のお嬢さんが弾いていたんだろうな…と古風な想像をしてしまいます。私は最近まで住んでいた部屋のすぐ隣りが日本舞踊の稽古場で、よく三味線とお師匠さんの声が聞こえていました。これもなかなか情緒があっていいものでした。

〈ハザマ〉


[126]>6 うちの父も日曜日に映画音楽。 ie-ha-te-na

うちでも昔、まだ土曜日がお休みでなかった頃の日曜日、父が友人からおさがりでもらった大きな大きなステレオ(木製の!)で、朝からレコードをかけていたのを思い出しました。うちも映画音楽でした。覚えているのは「ウェストサイドストーリー」くらいですが…「Tonight」を英語で覚えさせられた記憶があります(笑)。でも、レコードの音が聞こえるとあぁ日曜日だなーって思ってました。

〈ハザマ〉


[127]>7 ピアノが聞こえてくると羨ましかった…。 ie-ha-te-na

昔に比べて、今はピアノを練習する音もあまり聞こえなくなった気がするのですが…ピアノの音色はいつでも歓迎です。子供の頃は、聞こえてくると羨ましくて。私は習いたい!と言うのが遅くて、母に今頃から始めるのは遅いよ、と言われて断念したんですが、今考えるとピアノが高かったからかも!?ピアノやオルガンが弾ける子はいつも羨望のまなざしで見てました。なので今でも音階楽器は何も弾けずです、グスッ。

〈ハザマ〉


[128]>10 針を降ろした時のプツプツいう音。 ie-ha-te-na

すみません、爆笑してしまいました…悲しい話なのに、針が飛ぶところをコトバにするとおかしくて。レコードはよく傷が入ったものですが、針を降ろした時や曲間のプツプツいうのも今では懐かしいですね。小さな卓上プレーヤーのチープな音も、昔の大きなステレオの重厚な音も、みんな懐かしいです。

〈ハザマ〉


[129]>15 私も土曜のお昼は吉本! ie-ha-te-na

私は子供の頃は関西ではなく広島でしたが、やはり土曜のお昼は吉本新喜劇を観ながらご飯を食べるのがお約束でした。今日は半ドンで、明日も学校はお休み!という一番うれしい時間でした。私は集中して観てましたよ(笑)。昔はお笑い番組って今ほどなかったし、あの庶民派喜劇を観ると子供ながらにくつろぎました。そして日曜の夜のサザエさんでお休みのしめくくり。あぁお休み終わった…とちょっとブルーな気分になるのでした。

〈ハザマ〉


[130]>18 「録音するからしゃべるなよ」(笑) ie-ha-te-na

これ、やりましたねー。テレビで「録音するからしゃべっちゃダメ!」。でも、絶対誰かの咳とかはいるし…。困ったのは遊びに来ていたおばあちゃんでした。必ず咳払いするかしゃべります。怒るわけにもいかないし…。私は当時大ヒットしていたゴダイゴとか録音した記憶があります。懐かしいな。

〈ハザマ〉


[131]>19 通りを歩く人の鼻歌と独り言。 ie-ha-te-na

鼻歌って、聞くと笑っちゃうし、何だかすごくうれしい気分になりますよね。今住んでいるところでは、通りを歩いたり自転車で通る人の鼻歌や独り言が聞こえて面白いです。独り言はおじさんが多くて、「あぁ?さぶっ!さぶいなぁ?♪ゆ?きはふる?あ?なたは?こない?」とか(笑)。独り言で最近のヒットは、「誰だ!?こんなことをしたのは!…いいヤツだなぁ?」。一体おじさんは何を見たのか!?

〈ハザマ〉


[132]>36 怒られたといえば…電話帳ドラム。 ie-ha-te-na

あはは、家でキュコキュコDJされたらお母さんはきっとワケわからずうるさかったんでしょうね。私は高校になってドラムを始めた頃、二階の部屋で電話帳を叩いてて、夜にやるとさすがに怒られました。ちゃんとおざぶを敷いて叩くんですが、下階には響いてたらしいです。練習用の電子ドラム、欲しかったです。

〈ハザマ〉


[133]>86 うちの近所は移動図書館でした flowerhill

ミドリ色のワゴン車に沢山の本をのせて、毎週水曜日に来ていました。良い曲だったので、今でも覚えています。メロディアスな曲で、何かファミコンの音楽かなと思っていました。あのクルマは今でも動いてるのだろうか。


[134]>133 パン屋さん、灯油屋さんも! sayonarasankaku

以前、住んでいた所ではパン屋さんがさだまさしの「パンプキンパイとシナモンティー」を流していました。(好きなんだろーな(^_^))

灯油やさんはいろんなのがあります。オリジナルや「月の砂漠」「北風小僧の寒太郎」もあったような…


[135]>105 わたしも mimisasa

5歳くらいから習っていて、毎日欠かさず1時間に以上は弾いてきました。

中学生に上がる頃には、ご近所さんにピアノ上手になったねー。

とか言ってもらいました。

意識はしてなかったけど、ピアノの音色ってご近所さんにマル聞こえなんですよね。


[136]キャッチボールのグローブにボールが収まる音 mimisasa

晴れた日には、お向かいのお宅から「バシッ」「バシッ」と、中学生のお子さんとお父さんがキャッチボールをされている音が聞こえてきます。


野球部に入られたとの事で、晴れた日には頻繁に聞こえてきます。

わたしは、あの音とてもすきです。


[137]>13 サザエさん症候群 mimisasa

サザエさんの音楽を聞くと、

「あ?、休みが終わりだ・・・。」「明日からまた仕事か・・・。」

なんて思いません!?


わたしの会社では、その現象を「サザエ症候群」と呼んでいます。

あと、日曜日に見る「ダッジュ村」にものすごい魅力を感じます(笑)現実逃避ですね。


[138]>118 していますよー! mimisasa

今日から、プロ野球開幕ですねー。応援生活が始まります!

うちは、メガホン片手に購入したユニフォームも着るし、選手のプレーにダメダシをしたりして(笑)

おもいっきり応援するのって、けっこうストレス解消になりますね。


[139]母が料理を作る音 baggins

夕方になると、ことこと包丁で何かを切る音が聞こえてきたり、じゅーっと何かを焼く音が聞こえてきたり。

においもあいまって、「今日の夕飯は何だろう?」と毎日わくわくしていました。そんな料理の音が思い出です。


[140]>116 ほんとほんと Fuel

お兄さんがプロデューサーで、そして家族総出演ですか。

よく子供の姿や声だけ撮るとかいうのはありますが、

家族総出演だと何十倍もいい記念になりますね。

お父さんの「赤いハンカチ」は、たしか石原裕次郎の歌?

今ちょっと調べてみたら、なんと裕次郎主演の

ハードボイルドな映画の主題曲ではないですか。

お父さん、きっとかっこよく歌っていたんでしょうね。裕次郎になりきって。

これはTinkerBellさんのお勧めの通り、ぜひデジタル化しておきましょう。

カセットの音声をファイル化して、当時の写真もスキャナで撮って、

CDかDVDに焼いておいたら素晴らしい記念になると思います。


[141]>129 関東だとなんだろう Fuel

昔は土曜の午後は浅草喜劇のデン助劇場というのが定番だったそうですが、

もう私の時代の土曜午後の定番は、夕方のサンライズアニメでしたね。

関東独自の何かっていうのは、きっとなかったんだろうと思います。

そのあとの時間帯は、マンガ日本昔話。あのテーマソングは今でも懐かしいです。

そして日曜日はサザエさんと、ハウス名作劇場。

少し大きくなって夜更かしが許される歳になってからは、

日曜洋画劇場の淀川さんの「サヨナラサヨナラ」が定番でした。


[142]>120 わはは、空耳 Fuel

あのオープニングの「空耳、あーわーー」という曲は、

ドレミでいうと、ソラミミ、レードーになってるんですよね。

Rimoに空耳のチャンネル、ぜひほしいですね。

というか、あるのか、ないのか?

ユーザーチャンネルの検索ってできます?あれ。

まだ使い方がよくわかっていません。

MINTさんご一家は本当に仲良し一家ですね。

私もMINTさんみたいな優しいお姉さんがほしかったです。

「お腹空いた?」「うん」なんて、いい!いい!

弟さん、幸せだぁ。


[143]>121 懐かしい! Fuel

今でもやってますけど、家族揃って見ていたのがとても懐かしいです。

オープニングは、キンコンカーンで、そのあとアコーディオンのメロディで。

ちょうどご飯時の、休日の家族の時間の番組でしたね。

そうそう。夏なんか素麺で。

みんなでズルズル麺をすすりながら見ていたのを思い出します。

司会のアナウンサーが優しそうな人で、それもいい感じでした。


[144]>113 本当にうらやましい Fuel

私が中三の時、隣のクラスがそんな感じでした。

体育祭など、団結力を見せていました。

今思うと、多感な時期にああいう青春、

しておきたかったなぁと思います。

校内の合唱コンクールもありましたが、

うちのクラスは何を歌ったのかさえ思い出せません。

クラスみんなが離れても同じ曲をずっと心に持ち続けられるというのは

本当にうらやましいと思います。


[145]>112 お父さんの歌が思い出ですか Fuel

お父さんが子供のために歌ってくれるなんて、いい光景ですね。

それも楽しい遊び歌に仕立ててしまうセンスが素晴らしい。

子煩悩で、そして家庭を思い切り楽しんでいるお父さんの姿が思い浮かびます。


[146]>111 考えさせられます Fuel

そうかぁ。文化というのは、母から子に伝えられていくんですね。

まだ物心もつかないうちから母の背中で聞いてきた歌が、

この国の伝統や愛国心まで伝えていったと。

今の政治家の口走る愛国心がトゲトゲした他国との対立ばかり生み出すのは、

きっと母の心を受け継がない愛国心だからなんでしょう。

昔の歌にはいい歌がたくさんありますね。

私は、少し先の季節の歌ですが、「夏は来ぬ」も好きです。

そこに描かれる日本の原風景は、ほとんど失われてしまいました。

残念なことです。


[147]>137 サザエさん baggins

サザエさん症候群という名前はけっこう一般的みたいですね

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%B6%E3%82%A8%E3%81%9...

たしかにあの音楽は親しみやすいですよね。


[148]母の子守唄 mododemonandato

小さな頃は夜になっても良く眠れず、そんな時に母が子守唄を歌ってくれたものです。ねんねんころりよ・・という歌詞のころりよというのはどんなう意味かと聞いて、母を困らせたりしたのも覚えています。


[149]イノキ・ボンバイエ Yoshiya

民放が3局しかない私の田舎は、テレビ番組が遅れて放送されてきます。

その中でも「ワールドプロレスリング」は、日曜日のお昼12時と決まっていました。

お昼ごはんを食べながら兄弟3人がアントニオ猪木のプロレスをわくわくしながら見ていたのを思い出します。

12時30分を過ぎて、メインイベントに必ず出てくるアントニオ猪木が花道から登場する時に流れてくるのが「イノキ・ボンバイエ」です。

この音楽が聞きたくて毎週見ていた様なものです。


[150]>134 ロバのパン屋さん Oregano

うちの方には来たことがないのですが、なんか昔は全国にあったらしいですね。今も京都には来るとハザマさんが書かれてました。きっと「パン売りのろばさん」とか「ロバのパン屋さん」などの曲を流して売りに来るんだと思います。

うちの方に来る灯油屋さんは、曲目不明の曲を流しながらやってきます。カッポカッポカッポカッポという音が入るイントロなので、もしや「ロバの灯油屋さん」なんていう曲があるのではと想像してしまいますが…、ないですか、そんな曲。

父の頃には魚屋さんが「かわいいさかなやさん」の曲をかけながらやってきたそうです。


[151]昔飼っていた文鳥の鳴き声がまさに音楽 toku4sr4agent

昔飼っていた文鳥の鳴き声がまさに音楽でした!

音程にたとえると、

ソソソソソソ

シソソソソソ

シソソソソソ

レーレソレーレソ

という感じです。

([ソ]と[シ]を8分音符だとすると

レーレの部分は、最初の長いほうのレは、付点16分音符、短いほうのレは32分音符という感じで、長いほうのレと短いほうのレの長さを合わせると、ちょうど8分音符一拍分の長さになります)

鳥がいる家って音楽のある家なんだと思います。


[152]>141 私の頃はオープニングにあのメロディーはなかったなぁ flowerhill

Oosakanなので、当然土曜日は帰ると新喜劇ではあったんですが。私の頃は、特にオープニングに音楽はなく始まっていたような。それよりもエンディングに「エクスタシー」とかいう、吉本オールスターズで歌った曲の方が印象的でした。「やめよっかな、吉本」以降でかなり変わっていたのかもしれませんね。


[153]>128 同じ所が繰り返しになってしまうことも Oregano

わが家にも以前、アナログプレーヤーがありました。アナログレコードに傷が付くと毎回同じ所で音飛びが起こるので、それが耳にこびりついて記憶されてしまうんですよね。

同じようにカセットもテープの加減で音が途切れることがよくありましたよね。今同じ曲をCDで聞いても、そこで音が途切れる気がして、直前でウッと構えてしまうことがあります。

アナログレコードのプツプツいう音や、カセットのサーという音など、今はもう懐かしい音ですね。


[154]>119 犬は超音波に敏感ですから Oregano

そうそう。TinkerBellさんの言う通りだと思います。わんちゃんはきっと耳が良すぎて、笛の音が大きく聞こえすぎてしまうんだと思います。きっとお母様の篠笛はお上手なのではないでしょうか。

訓練用の犬笛を使う時と同じように、篠笛を吹いたら必ずおやつをあげるようにすると、笛の音で喜んで飛んでくるようになるかもしれません。でも、それはそれで困っちゃいますか(笑)。


[155]>78 ラーミアと気球 flowerhill

ドラクエ?ではラーミア、?では気球の音楽をかけたまま数時間。その間は本を読んでいました。あと、?ではアレフガルドの音楽でもそんな事をしていました。8でもラーミアは流れる様なのでやってみたいですね。


[156]>151 小鳥はとっても歌が好き Oregano

小鳥の鳴き声にもメロディがありますね。ちゃんと音程をつけて歌っています。リズムもあるし。たしかにこれは立派な音楽です。文鳥は歌の名手ですね。私は、レーレソレーレソのところが特に可愛くて好きです。


[157]>108 心を打たれました Oregano

好きだった歌を知っていたくらいですから、よほどに親しいご友人だったのだろうと思います。そんな親友を亡くされて、そのお気持ちがどんなだったかと思うと…。胸が締め付けられる思いがします。

Amazing Grace、今、歌詞を検索してきました。喜びに満ちた内容が歌い上げられています。素晴らしい友情と、美しい歌に見守られて、本当に幸せな旅立ちだったと思います。お父様にとっても、きっと生涯忘れられない歌になったことでしょう。


[158]音楽とスケートはきってもきれない関係 toku4sr4agent

安藤美姫選手、優勝おめでとう、そして浅田真央さん、SP5位からよく挽回しての銀メダル、おめでとう。

ものすごく感動しました。


昔からフィギュアスケートの試合をテレビで見るのが好きで、その季節になると(主に母と一緒に)テレビにかじりついて、見ていました。

で、その時はテレビの音量をいつもより大きめにするんです。


テレビからは聴いたことのないクラシックの曲が使われています。

でも、

「あ、これどっかで聴いたよね」

思い出してみるとスケートの曲っていうことがあります。音楽とスケートってきってもきれない関係があると同時に、いろんな音楽を紹介するスポーツでもあるのだなぁと思ってしまいました。


先ほどロシアのチームがシンクロの試合で使っていた曲が、安藤さんのSPの曲と一緒でなんとなく親近感が湧いてしまいました。


[159]>158 スポーツと音楽 mimisasa

スケート感動しましたね★

たしかに、スポーツで使われる曲って、日韓ワールドカップのときの音楽もそうでしたし、フィギアも生活に入ってきていますよね。

「トゥーランドット」なんてほんとにいい例です。

音楽によって、感情移入もしてしまいますしね。


[160]>157 Amazing Grace mimisasa

お父様の人柄が、にじみ出ているお話ですね。

「自分ができることをしてあげたい」そんな気持ちが伝わります。


Amazing Grace 心打たれる歌ですね。

実は、わたしの父も好きなんです。

父は、携帯の着メロにしてますし、メールは少しPOP調のAmazing Graceにしてます。

家には、本田美奈子.さんが歌われたAmazing GraceのCDがありますが、 彼女のAmazing Graceも本当に感慨深いですね。


[161]お風呂に響く数字の練習 mimisasa

小さい頃は、父とお風呂に入っていて、必ず最後あがるまえに数字の練習をしていました。

父が「10数えてからあがろうな。」といい、

「いーち、にー、しゃーん、・・・」なんて、上手く開かない指を数字にあわせて増やしながら毎日練習していました。


本当にあがる前に風呂場の戸を開けてやっていたので、数字が部屋に聞こえてくると母親がバスタオルを持って来てお風呂から上げて、体を拭いてくれました。

いつか、自分の子供にもそうしてあげたいなー。なんて夢見ています。


[162]>147 びっくりしました! mimisasa

そうなんですか!?

何気なく使っていて、回りの人に言っても「何ソレ!?」という反応ばかりが返ってくるので、

内内で流行っていると思っていたものが、まさかそんなメジャーな言葉だなんて思ってませんでした。

びっくりです(笑)


[163]>139 「ご飯できたよ?」と呼ぶ声 mimisasa

そうですね。匂いで何かな??なんて想像しますよね。

作りあがったら、戸を開けて「ご飯できたよ?」「ご飯やでー」と言う言葉が楽しみでした。


[164]>152 吉本☆ hanatomi

キャー懐かしい。^-^

新喜劇は、自分ではそんなに行かないのですが他府県の友達は大抵一度見てみたいと言うので、4.5回ほど連れて行ったことがあります☆

新喜劇は、舞台で見ると、新喜劇以外にも海外のマジックとかもやっていたりして、ちょっとおもしろいです。べたべたなのとか、新人さんの緊張してるのとか色々見れます。

それにしても吉本の曲、なつかしぃーー^-^

これがかかってるだけでなんかほのぼのします。


[165]>164 補足:こっちでいいんですよね? Kumappus

iTunes URLを。

http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewAlbum?play...

どうも日曜のお昼の番組とどっちだったか混乱することが。あっちは毎日放送で「生産性向上のためのBG音楽」というやつだった(クラリネットから始まる)はずですね。あっちも好きだなあ。今Walkmanに入れています。

吉本新喜劇のテーマ

吉本新喜劇のテーマ

もう廃盤みたいだけど、これ持ってまして…>CD(しまった、どこにしまったかわからない…)


[166]>127 正直嫌でしたね。 BROWN6

TVを見てる時や勉強してる時にもピアノの音色が漏れてきたり,ずっと同じ曲を1時間くらい弾いてたりでもう静かにして下さいと思う事もよくありました。

学生時代はピアノを弾ける事に憧れませんでしたが,今は弾けたらカッコイイなとか楽しいだろうなとか思いますね。大変な努力も必要ですけどね。


[167]>110 「純」かっこいい歌だと思いました YuzuPON

「純」は彼が病気で一時休んでいた後の新曲ですよね?昔のリメイクではないですよね?だとすれば50何歳の時にこの曲を作ったわけで、この若さはすごいと思います。私が高校生だった時より感覚が若々しいです。

今検索してみたら、彼は1946年生まれなんですね。もう還暦を迎えています。私もいつまでも、どこか一点でもいいから、変わらないものを持ち続けていきたいと思わせる歌でした。


[168]>109 いい話です YuzuPON

早春賦のツリーがありますが、砂山もそれと並ぶ日本の歌ですね。そしてこちらは父親を通して思い出を受け継いだ歌。hanatomiさんのツリーと双璧をなすツリーだと思います。

私はまだ親になっていませんが、もし子供ができたら、やはり何か、心に残る歌を歌ってやりたいと思いました。私にとっての少年の心に戻れる歌は何だろう…。

一曲、やはり子供のころ、父が口笛で吹いていたメロディがとても心に残っています。後になって、それはグリーン・スリーブスだとわかりました。日本の歌ではないですが、心にしみる、いい曲です。


[169]>161 だるまさんがころんだ YuzuPON

今思い出しました!!これは貴重な記憶です。すっかり忘れていました。mimisasaさんのおかげで思い出しました!!

私の父は、一緒に風呂に入ると、必ず上がる時に「だるまさんがころんだ」の歌を歌ってくれたのでした。さぁ、百まで数えないと上がれないぞ、でも本当に数えてるとゆだっちゃうから今日も歌で数えることにしようかといって、二人で元気良く「だるまさんがころんだ」と歌っていたのでした。

検索してきました。これです!!

http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/darumasangakorond...

MIDIでメロディが鳴りますので、アクセスにはご注意ください。

すっかり歌詞もメロディも思い出しました。なんとアニソンの大御所、山本正之さんの作詞作曲だったんですね。今回のいわしで、忘れていた「今も耳に残る…音楽のあるイエの思い出」を発掘することができました!!ありがとうございます!!


[170]>140 いい思い出ですね YuzuPON

お兄さんの名プロデューサーぶり、お父さんの歌唱、家族揃ってのコマーシャル。きっと何もかもが懐かしいでしょうね。

私の家には、親戚の結婚式の二次会で、父親がマイクを離さない状態で歌いまくっているビデオが残っています。そこに映っている父は若く、歌もなかなかのもの。隣で、もういいかげんにしなさいよみたいな顔をして映っている母も若くて、歌っている歌といい、ビデオの解像度といい、いかにも時代を感じさせます。

こんなふうに自分が全く映っていないビデオでもとても貴重に感じるのですから、H-Hさんの「お父さんの音楽ラジオ」のカセットは、いかに貴重な思い出かわかります。

私も親のビデオをエンコードしてDVDに焼きました。H-Hさんもぜひそのカセット、いつまでも大切にしてください。


[171]>146 改めて日本の歌の美しさを再認識しました YuzuPON

格調高い歌詞と、優しいメロディ。そこに詠み込まれている情景の美しさ。早春賦、いい歌ですね。

幼稚園の頃の記憶がこんなに鮮やかに残っているなんてすごいです。きっと植物が大好きなお母さんの心が、まだ小さかったhanatomiさんの心にも、歌に乗って大きく豊かに響いてきたんでしょうね。

hanatomiさんのお母さんは、いつも色々な歌を歌って、一緒に遊んでくれたんですね。やさしいお母さん。そして、お父さんも、たしか手作りの子供部屋を作ってくれたんですよね。愛情深く心豊かなご両親に育まれて、今のhanatomiさんがあるんですよね。日本中のお父さんお母さんがそんなだったら、日本はもう絶対戦争なんかしないって思えます。


[172]>145 可愛い可愛い YuzuPON

お父さん、しっかり幼かったTinkerBellさんの心を掴んでましたね。ギターを抱えたお父さんは、きっとかっこよかったと思います。カラスやスズメが、ミミズやドジョウに変わってしまうというのも面白いです。

そういえば私の母は、大きな栗の木の下での振りを教えてくれながら、

大きな桜の木の下で、毛虫とわたし、仲良く遊びましょ、

と歌って、手の指をもしゃもしゃしながら、くすぐるぞーと追いかけてきました。キャッキャ言いながら逃げ回るのがすごく楽しかったのを思い出しました。今回のいわしは、忘れていたことをたくさん思い出させてくれます。TinkerBellさんのおかげで、また一つ大切な思い出が発掘できました。ありがとうございます!!


[173]>159 スポーツ用の音楽は特別に録音するそうですよ YuzuPON

スポーツ用に使われる音楽の多くは、選手の演技に合わせて、特別に録音されたものを用意するのだそうです。やはりテンポなどが選手の個性に合っていないとだめなのでしょうね。おそらく今は音源をデジタル化して、コンピュータで各部分のテンポなどを調整していくのだろうと思います。

そんな話を聞いてから、私もフィギュアなどの音楽に、とても注目するようになりました。

世界フィギュアは素晴らしかったですね。SP首位だった金妍児は相次ぐ転倒で可哀想でしたが、まだこれからの選手ですから、この次がんばってほしいと思います。


[174]>167 おそらく拓郎は「歌の種」を持ち続けている人 TomCat

おそらく作曲家には、常に一から新しい曲を作り始めていく人と、まるで生まれた時から歌の種を持っていて、それを一つ一つ蒔きながら育てていく人がいると思うんです。

堀内さんなんかは、私が見ると前者だと思います。だから、小椋佳さんとの出会いによって、生まれ変わったみたいに大人の歌を作り始めたんじゃないかと思うんですよね。アリスの頃は吐き出すように歌っていたのが、今は噛みしめるように歌っている。あの人はいつも一曲作るごとに、新しいスタートラインを引く人だろうと思います。

それに対して拓郎は、いつもポケットに歌の種をしのばせている。歌の種をどっさり持って広島からやって来た。彼がバンドを始めたのは高校生の頃ですが、その頃から育て始めてきた種を、今になっても一つ一つ蒔き続けている。そういう人なんだろうと思うんです。

もちろんその時その時代にまた新しい種を生み出していきますけどね。彼はおそらく既に一生かかっても出し切れないくらいの歌を、どっさり持ってるんですよ。もしかしたら「純」も、何十年も前にその原型が出来上がっていたのではないかと思うんです。言い換えると、彼は新しい曲を作るごとに「中心に戻っていく人」と言えるのかもしれません。そして彼の「中心」っていうのは、いつも青年の心なんだと思います。

>watenaさん

「やつでのはっぱがばさりばさり」は、友川かずきの「一切合財世も末だ」ではないかと思いますが、いかがでしょうか。アルバム「海静か魂は病み」に収録されています。オリジナルは1981年にリリースされたものです。

海静か魂は病み

海静か魂は病み

YouTubeで動画を探してきました。確認してみてください。

http://www.youtube.com/watch?v=a1xry5szUKk


[175]>45 へーーー、珍しいですねえ TomCat

クラシック曲で授業の合図ですか。どんな曲を使っていたのでしょう。また時々曲目は変更されたりもしたのでしょうか。

そういえば私が高校の頃は、バンドでドラムをやっていたやつが、よくお昼の放送に合わせて机を叩いていました。教室の後ろには有志持ち込みの「学級ギター」「学級ベース」「学級アンプ」が置いてあって、休み時間になるとみんなでセッションしてました(^-^)


[176]>64 一種の空耳(^-^; TomCat

うははっ。「いくつ耳昔」とは(^-^;

あの曲、いいメロディですよね。作曲者はチャールズ・コンヴァース。日本では文部省唱歌の「星の界」(杉谷代水作詞) 、「星の世界」(川路柳虹作詞)としての方がお馴染みかもしれません。

賛美歌としてのこの曲には、日本では「いつくしみふかき」で始まる歌詞と「つみとがをにのう」で始まる歌詞の二つの代表的な訳詞があります。さらに最近では難しい文語体の歌詞をもう少しやさしく書き換えようという動きがあって、日本基督教団が出版した新しい讃美歌集「讃美歌21」では、出だしが「いつくしみふかい」に変わっています。全体の歌詞はこちらに載っています。

http://www.y-eiwa.ed.jp/eiwa-top/introduction/kouka.htm

これだと、子供にもちょっと意味が分かりやすくなるかもしれませんね(^-^)


[177]>144 ひとりはみんなのために みんなはひとりのために vivisan

このフレーズは、みんなで目標にしていた言葉でした。

大きな紙にこの言葉が書いてあって教室に貼られていました。

このクラスはイジメなんてまったくおきていませんでした。

この言葉って、スクール・ウォーズ(英語版)や三銃士でも有名ですが、大一大万大吉ということばもそうだということを最近知りました。

この言葉は石田三成が関ヶ原の合戦に使った旗印で使われていて、白地に黒で文字が書いてあります。

「天下のもとで、ひとりはみんなのために、みんなはひとりのためにの世の中になれば、人は吉となり、太平の世になる」

古から使われているのですね。今更ながら言葉の意味の深さにびっくりするのと、担任の先生に感謝しています。


[178]>125 いい音色ですよね vivisan

あのゆったりとした雰囲気にさせてくれる音色。

小さい頃、すっごく習いたかった!

大きな琴ではないですが、昔遊びに行った友達のお母さんが大正琴を習っていて、練習している音をきいたことがあります。

今もあるのかなぁ?


[179]>56 般若心経と御詠歌 vivisan

うちの母もいつの頃からか、般若心経を唱えるようになりました。朝ではなく、夜です。

そのうちに手習い!?で御詠歌を習うようになったので、般若心経なり御詠歌をカセットに録音して聞いています。(カセットじゃないとダメなんだそうです。ご高齢の方が多いので)

御詠歌って、鈴をならしながら歌うんですけど、夜中に静寂の中でチーン・・となると子供心に怖かったです。


[180]>104 災難でしたね vivisan

お母様が犯人にされてしまうなんて・・。

アパートとかだと聞かれてしまうのが恥ずかしいので、つい黙ってしまいます。

違うツリーにもありましたが、一軒家でもお風呂の窓を開けている人も多く、歌声が聞こえることありますよね。

弟は聖飢魔?を大声で歌っていて、誰かにきかれたそうなw

お風呂でゆっくりしているときだけでなく、お風呂のお掃除をするときも、たまに鼻歌がでてしまうことありますね。

歌いながらやると掃除をしてても楽しかったりしますw


[181]>172 色んな遊び歌が出て来そうですね TomCat

TinkerBellさんのお父さん、いいなあ。なんかお友だちになりたいです。

YuzuPONさんのお母さんも素敵です。

「大きな栗の木の下で」は、声優の小島めぐみさんが

小島めぐみの未来へ届け心の童謡

小島めぐみの未来へ届け心の童謡

こんなCDを出してまして、この中で、
「♪大きな椰子の木の下で あなたとわたし フラフラフラダンス」とか、
「♪大きな柳の木の下で おばけとわたし 仲良く遊びましょ」
なんていう歌詞も歌っています。

桜の下の毛虫はイラガの幼虫ですねー。刺されると、めっちゃビリビリ痺れたような痛さになります。私の住んでいる方では「いらさん」と呼ばれて恐れられています(笑)

おっと、話が逸れました。お父さんやお母さんと一緒に遊び歌。こんなのが思い出の音楽として記憶に残っている人は、ほんとに幸せだと思います。私はよく母が絵描き歌で遊んでくれたりしました。

絵描き歌の中には、お風呂でしかできない特別な絵描き歌もあるんです。親指と人差し指と中指を三本揃えて、曇った鏡にぺたぺたぺた。これで三つの点が一気に書けます。それを使って、わらべうた風のメロディに乗せて、



こんなことをして、お風呂で遊んでもらっていました。なつかしいですー(^-^)


[182]名曲アルバム vivisan

けっこう小さい頃からNHKをみていました。

そんな中で、みたい番組が終わったあとで放送される「名曲アルバム」を家族で続けて見ていました。それを目的にして見てたわけではなかったんですが・・。

小さい頃ってクラシックってあまり好きではなかったのですが、音楽の時間に聞かされた音楽が聴けたのと、音楽にかかわりのある風景を映像で映すことによって、うわ、こんな川だったんだ?とか、これをみて作曲したんだなぁ・・って少しずつ興味が湧いてきました。

スメタナの交響詩「わが祖国」の中の「モルダウ」がすんごく好きでしたね。いろんな国をまわってきたけど、やっぱり自分の国を忘れられないのだなぁ。こういう心って大切だなぁ・・と子供心に思ったものです。

久々にこの間名曲アルバムを見ました。今もやっているんですねw


[183]きしみ音 eiyan

夏の暑い時、冬の暖房時に音楽とはいえないのだが、家の柱と思える木材から「キシ!」「パシ!」っと音が奏でられる。

時には音楽に聞こえる程度の奏和音。

何とも不気味で思い出に残る協和音である。


[184]病院での音 eiyan

退院したばかりなのだが、この入院中に聞こえて来る奏え音。

時報を伝える奏で音だろうが、色々な音色の奏で音が心地よく聞こえて来る。

何か懐かしさと故郷を思い出させてくれる奏で音。

こんな音楽にこんな聞き方が有ったとは?

気付かせてくれてありがとう!

現在回復中の私には生涯の望郷音となりつつある!


[185]みんなのうた sayonarasankaku

昔、実家ではいつもNHKがついていました。

気がつくと、よく『みんなのうた』が流れていました。

「北風小僧のかんたろう」

「山口さんちのツトム君」

は数えくれないくらい流れています。

この頃は、だいぶ人気の歌手も歌っているようですね。


[186]子供が弾いている拙いバイエル dayday

道を歩いていると、住宅から時々子供が弾いているであろう、拙い(つたない)バイエルのピアノ曲が聞こえることがあります。

あ、音が違う!あ?ここうまかったね。

昔、自分も習った曲だと応援したくなります。

最近の新築住宅では、二重サッシ窓が多くなったせいと、ご近所への騒音になるかもしれないのを懸念して、ピアノの音漏れも少ないようです。

音楽になるが、音が苦になるかで問題も多いかもしれませんね。


[187]>58 京都の賀茂川から聞こえていた…。 ie-ha-te-na

吹奏楽器を練習する音もどこか郷愁を誘うんですよね。私も京都に住んでいた頃、加茂川(特に京都大学があるあたりの上流の方)の川原でトランペットなどを練習する音が聞こえていました。家からは聞こえませんでしたが、夕方に近くを通るとたいてい毎日聞こえていて、夕焼けにトランペットの音など、ロマンを感じて聞き入ってしまいました。今でも聞こえるはずですが、遠くなっては懐かしい思い出です…。

〈ハザマ〉


[188]>162 シャバダバシャバダバ??♪ taknt

なぜかみんな知っている11PMのテーマソング(?)

昔は番組が少なかったせいかみんな 音楽を聴いただけで 番組名が わかったりしましたね。


[189]>70 それ、みんなやってるかも(笑) ie-ha-te-na

いや…お父さんがやっているかと言われると?ですが(笑)。クラシック好きの人なら大抵は指揮の振り真似で悦に入る…ってしてるような気がします。子供がクラシック風の曲を聞くとよくやりますよね。うちの弟もやってました(笑)。でも、お父様が頭を振りながら両手を華麗に動かしている光景…やっぱり笑っちゃいますね、可愛いって言ったら怒られるでしょうか?

〈ハザマ〉


[190]>94 サザンが子守唄とは…世代ギャップ!? ie-ha-te-na

…ということは、とてもお若いんですよねー、そちらの方に驚いてしまいました。サザンが「ラララーラララ、ラララ?」とデビューした時はすでに私は小学校高学年だったような…。しかしバラードはいいですが、ノリノリの曲も子守唄!?

でも、サザンは長く活動してますから曲によってその時代その時代を思い出しますね。私は中学の時にラジカセでよく聴いていいて、切ないバラードが好きでした^^。

〈ハザマ〉


[191]>150 地域色がおもしろいですね^-^ hanatomi

私の近所では、灯油やさんが、「ゆきやこんこん」を鳴らしてきます。

さおだけやさんの「さおーーだけぃっ」って言うおとも懐かしいです。

残念ながら魚屋さんとろばのパン屋さん(有名)は、お会いしたこと無いです。

チャルメラはありました。

音とともにくる移動図書館!なんかほのぼののんびりします。


[192]>180 まぁ toku4sr4agent

犯人にされてしまったものの、まぁ歌がうまい人と間違われたのでまだよかったのかな、と思うようにしています。


でもお風呂場でゆっくりしているときって鼻歌や口笛でますよね。


掃除や台所の皿洗いをするときも鼻歌を歌いながらやっています。


[193]>173 そういえば toku4sr4agent

安藤美姫さんがエキシビションで使った「I believe」でしたっけ?

あの時流れた英語バージョンもわざわざエキシビション用に再度録音したものだそうですね。


>選手の演技に合わせて、特別に録音されたものを用意するのだそうです。

という部分を見て思わず頷いてしまいました。


金妍児さん、転倒されたのは残念でしたね。

今後は腰痛なども治されて頑張って欲しいと思います。


[194]>82 ミミズの鳴き声! BROWN6

ミミズって鳴くんですか! 「ジーッ ジーッ」って鳴くんですか!オケラの鳴き声?どっちなんですかね。

今ネットで調べたら,キリギリスの仲間のクビキリギスやシブイロカヤキリモドキ、あるいはオケラだそうです。


[195]セレブな家族 mododemonandato

題名と作者は忘れましたが、昔読んだ小説かエッセイで、ある家族が全員何らかの楽器が演奏できて、休日になると家族でコンサートをするという話しがありました。

まるでミュージカル映画の家のような、セレブな家族がこの世にはいるのだなあと、感動しました。


[196]>154 いや下手ですよ。 castiron

人間から聞いてもアルファー波が出てくるような物ではありませんがそれは仕方のないことだと思います。

初めて1年弱下手なのは当たり前ですね。

これからうまくなるのでしょうが下手なのに辞めないというのは結構気力のいることだと思ってます。

そういう下手な音を聞くことで自分もがんばらねばと思う次第です。


[197]>170 父は裕次郎気取りでした。 H-H

そうです!そうなんです!

父は“俺が裕次郎”とばかりにポーズをきめていたんですよ(笑)

お風呂でもいっつも歌ってたんですよね。。。

みなさんのアドバイスの通り、CD化したいですね。

ちょっとカセットテープをPCに取り込むのが難関そうですが、

トライしてみたいですね。

そして、家族の写真をジャケットにして家族分の枚数を作ってみます!

子供のころと違って照れ屋になった兄には怒られそうですが。。。

みなさんよいアドバイスをありがとうございます。


[198]>188 よい子はそんなの見ないっ! Kumappus

家族が寝静まった後、こっそりテレビの前に忍び足で近寄ってイヤホンで…。

いやー甘酸っぱい思い出ですねえ(笑)。

中学校ぐらいになると平然と「俺見てるよ」とか言ってるやつが何となく大人に見えたもんです。


[199]>189 やってました Kumappus

別ツリーで書いたけど応接間でクラシックかけながら。

で、応接間なので低いテーブルが絶妙な高さ・位置にあるんですな。

さすがにレコード聞いてるときはたいてい座ってるわけで。

すっかり「あー、俺ってカラヤンー」みたいにゾーンに入ってる状態でうっとり目をつぶって振り回した手を何度テーブルの角にぶつけたことか(笑)。

そういうことがあると何というか思いっきり「醒めます」ねぇ。。。


[200]>175 チャイムが校歌 H-H

私の通っていた高校はチャイムが校歌でした。

机をたたく人はいませんでしたが、

普通のチャイムよりやさしいメロディーでよかったです。

TomCatさんの学校は音楽関係の学校なのですか?

みんなでセッションするなんて

音楽好きの集まりなんですね。


[201]朝なのに「赤とんぼ♪」 H-H

私の実家のごみ収集車は

音楽を鳴らしながら、収集に来てくれていました。

朝っぱらから「ゆうや?けこやけ?の♪」と、ちょっとミスマッチな選曲なんですけどね。

近くまで来ると、来た事が分かるので、

慌てて、ゴミだしに出たものでした。

また、それは目覚ましで起きれなかった時の

最終の目覚ましとしても活躍していました。

でも、現在は音楽が鳴っていません。

いろいろ理由があると思うのですが、

住宅が増えて、ゴミも増え、滞在時間が長くなって、

ゴミだし場付近の住民には騒音に変わってしまったのでしょうね。

でも、あれ便利だったんですよね。

音楽がないとゴミだし場へ行ったのに収集された後ってことがよくあるんですよね。。


[202]>49 ラジカセに録音しました、しました H-H

みんなやってるんですね。

私も母に「黙ってて」とよく頼みました。

でも、忘れて話してくるんですよね。

それに、母が頑張ってくれても、隣家の犬が「アオ?ン」。。。

もうっ!バカ犬(^_^;)

仕方なく、同じところで「アオ?ン」という犬の声入り音楽を良く聞いていましたよ。


[203]>201 エリーゼのために」でした NAPORIN

小学生が「ゴミやさ?ん」とよっていくのでした。

それはちょっと違う・・・


[204]>169 お風呂の数え歌 H-H

mimisasaさんのお風呂で数えた数字がお母さんへのメッセージにもなっているところが

微笑ましいです!

私もそういうことを子供にしてあげたいな。

「だるまさんがころんだ♪」は聞いたことないのですが、

YuzuPONさんの教えてくれたサイトで歌詞が載っていました。

とてもかわいいですね。

音楽は私の環境では聴く事ができなかったので、

ファイルのURLを直接入れました。

↓聞けなかった人はこちらからどうぞ。(hを頭につけてくださいね。)

ttp://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/m/darumasangakoronda.mid

曲もなにやら楽しそうです。でも歌が入っていないので、ぜひ聞いてみたいです。


[205]ゴミ収集車の「あかとんぼ」 odorukuma

朝八時過ぎによく耳にします。


[206]>203 私の家の方は、乙女の祈り MINT

母が、大好きな曲なのにーと言っていました。

でもきっと、乙女はゴミの少ないエコロジーな町が好きなんです。みんなー、ゴミを減らしてきれいな地球をつくろうねー、市役所のお姉さんのお願いよ、なんて。


[207]>204 「おかあさんといっしょ」できいたかも! MINT

みんなのうただったかなぁ。YuzuPONさんの「だるまさんがころんだ」、どこかにうっすら記憶があります。私の小さなころのお風呂も、やっぱり数をかぞえさせられました。やっと十までかぞえると、よーし、こんどは逆からかぞえてみようなんて言われて、お、お父さん、ずるいよぅ…。でも、ご、よん、さん、にぃ、いち、どっかーん!!と言ってお風呂からでるのがとっても楽しかったです。


[208]>185 みんなのうた、好きー!! MINT

「おかあさんといっしょ」と「みんなのうた」は、毎日楽しみにしていました。だから何の歌がどちらの番組だったか記憶がごちゃまぜなのですが、色々な歌が思い出に残っています。

ところで私はなぜか、「おかあさんといっしょ」や「みんなのうた」と、日曜日にやっているのど自慢が一緒になっていて、のど自慢でいっぱい鐘をもらった人は、いつか「みんなのうた」で歌わせてもらえるんだと信じ込んでいました。大人になったらのど自慢に出て優勝して、みんなのうたで毎日歌うんだー、なんて夢見る子供でした。


[209]>181 みつまめみつまめ、わんわんわん MINT

絵描き歌、か、かわいい…♪TinkerBellさんのお父さんも、とってもすてきです。YuzuPONさんのお母さんもかわいいー。私は子どものころ「せっせっせーのよいよいよい」をして遊んでもらっていました。母も、おばあちゃんから教えてもらったのだそうです。おばあちゃんの家に遊びに行った時、おばあちゃんともやりました。私もいつか母になったら、子供に教えたいと思っています。


[210]>177 すばらしいクラス! MINT

「ひとりはみんなのために みんなはひとりのために」、いい言葉ですね。私もそういうクラスを作りたかったです。でもなかなかクラスみんなはまとまらなくて…。それでも体育祭とか、がんばりました。いつも、けっ、だるいよ、やってられるかそんなこと、って言うような男子も、誰かが探してきてくれた詰め襟学生服を着て、真っ白い長い襷をかけて、額にいっぱいの汗で応援合戦をやってくれました。女子もチアガールみたいなミニスカでがんばりました。いつのまにかみんなで校歌の大合唱になって、感動しました。


[211]>191 移動図書館、いいなぁ MINT

私の住んでいるところはあまり文化に熱心ではないので、そういうのはぜんぜんありません。子供が小さくて出かけるのが大変なお母さん向けに、絵本とかいっぱい積んで回ってくれたらいいなぁと思います。

灯油屋さんは、「雪のふる夜は楽しいペチカ」の曲を鳴らしながらやってきます。

ロバのパン屋さんは、一度も来たことがありません。でも、となりの県の友だちは、子供のころに見たことがあるといっています。

近くの幼稚園には、機関車型の幼稚園バスがあります。シュッシュッシュッと音を立てながらやってきて、止まるとポッポーと汽笛を鳴らします。小さな音なので近くでないと聞こえませんが、子供たちはとってもうれしそうです。


[212]>168 お父さん、すてき… MINT

私もじーんときました。少年の心のお父さん、すてきです。男の人も、なつかしさで流す涙はあっていいと思います。それは、どんなにその時間を大切にすごしていたかということ。きっときれいな涙だったと思います。


[213]>197 うわー、いいなぁ!! MINT

家族で番組を作っちゃうなんて、すごい仲良し一家ですね。コマーシャルも微笑ましー。私もやってみたくなりました。この歳になってからじゃおかしいかな。でもいつか私も弟も家を出る時が来るだろうと思うと、家族の時間を何かの形で残しておきたいと思うんです。もちろんCDにして残します。やり方、わかりませんけど…。どうすればいいのでしょう^^;。


[214]>124 地方で違う。 mododemonandato

埼玉、東京は夕焼けで、新潟は家路でしたか。

家路もなかなか哀愁があります。

他の地方の時報も聞いてみたいですね。


[215]>208 みんなのうたは流れてた yatmsu

うちも当たり前のように。

一番良く見ていたのが幼稚園に入る前だったかなー。

朝から夕方までずっと見ている日もありました。


[216]>213 PCへの音声の取り込みは Oregano

もしPCに録音ソフトみたいのが付いていればそれを使えばいいですが、無かったらこんなソフトを試してみてください。

http://www.vector.co.jp/soft/win95/art/se297145.html

フリーソフトですがわりと高機能で、音声の劣化がほとんどないかわりにファイルサイズが大きいWAV形式でも、ちょっと音声が劣化しますがコンパクトなファイルサイズのMP3形式でも、どちらでも書き出すことができます。カセットなど音も、ライン出力をPCのライン入力につなげば取り込めます。

CDプレーヤーで直接再生できるCDとして焼くなら、WAV形式で書き出してください。そして、おそらくCDが焼けるドライブが付いているPCなら何かのCD焼きソフトが付いていますから、それでオーディオCDを指定して焼きます。

http://www6.shizuokanet.ne.jp/usr/wbf/ongen/part2/cdr/cdr_rec.ht...

オーディオCDとして焼くと、プレーヤーによって再生できないことがあります。全てのオーディオ機器のドライブがCD-Rに対応しているとは限らないからです。ですから、オーディオCDとして焼く場合でも、別にPCで読み込める形式の、普通のCD-ROMも焼いて残しておくといいと思います。元の音声ファイルが残っていれば、それを元にして何枚でもオーディオCDが作れます。


[217]>209 みつまめわんこ、かわいい! Oregano

さすがTomCatさん。レスなのにピックアップ賞取れそうな力作の書き込みですね。うちの父もフォーク世代なので、ギターをひきます。でも、子供と遊ぶためにひくというのはありませんでした。そのかわり私を観客にして、よく母といっしょに歌ってくれました。吉田拓郎の「ある雨の日の情景」とか、母がメインボーカルで、父がコーラスのパートを歌います。イルカの「サラダの国から来た娘」とかもよく歌っていました。もう久しくこの二人のデュエットを聞いていません。今度リクエストしてみようかと思います。きっと二人とも照れて面白いと思います(笑)。


[218]>142 YouTube行ってきました Oregano

あるある。古い空耳もたくさんありますね。ちょっと見入ってしまいました。笑った笑った。YouTubeの動画をPCに保存したい人は、このサイトが便利です。

http://vixy.net/

URL欄に保存したい動画のあるYouTubeのページのURLを入れて、Converts toで好きなフォーマットを選んで(普通はAVI for Windowsで大丈夫だと思います)、スタートボタンを押せばすぐ変換が始まって、完了すると自動的にダウンロードが始まります。もしダウンロードが始まらない時やダウンロードに失敗した時は、ダウンロードのリンクをクリックすればOKです。今夜は空耳をいっぱいコレクションしてから寝ようと思います。MINTんも弟さんにぜひ見せてあげてください。


[219]>210 本当に良いクラスですね Oregano

こんなクラスなら、いじめなんかなかったというのもわかります。たとえ起こったとしても、みんなの力ですぐ解決できますね。私のいたクラスでは、いじめがありました…。やめさせたかったけど、何もできませんでした。辛い一年間でした。

ところが翌年クラスが変わったら、全くその子に対するいじめがなくなりました。クラスに一人、堂々とやめろと言えるやつが入ってきたんです。たったひとりの勇気でクラスが変わりました。一人がクラスを変えて、みんなが一人のためを考えることができるようになりました。

そのクラスは、体育祭も合唱祭も、学校行事は何でも一致団結できました。みんなで歌った思い出の歌はMINTさんと同じで校歌でしたが、今でもそれがいい思い出です。


[220]>96 私の初アルバムはタケカワユキヒデさん。 ie-ha-te-na

初めてお小遣いで買ったアルバムがクラシックとは何と高尚な趣味を持った子供なんだろう!

私が自分で初めて買ったアルバムは、ミーハーにタケカワユキヒデさんでした(笑)。しかも小学生の時で、うちにまだステレオがなかったので、カセットテープ版で。昔の、すごく重くて音もよかったラジカセが当時の私には家の中で一番貴重なものでしたね。夜中に寝床で小さな音にして毎日テープやラジオを聞いてました。各部屋にテレビ、なんていう時代ではなかったので、ラジカセだけが部屋での楽しみでした。懐かしいな。

〈ハザマ〉


[221]>136 ボール遊びやゴム飛びで遊ぶ声。 ie-ha-te-na

今でもキャッチボールの音が聞こえてくるんですね。近頃では家族が遊ぶ姿は公園で見かけるくらいになってしまいました。実家に住んでいた子供の頃は、家の前の道路で近所の子たちがボール遊びやゴム飛び遊びする声が毎日聞こえていましたが(もちろん私も参加!)、最近ではほとんど聞こえなくなりました。あ、しばらく前のことですが、一人でゴムボールを蹴って遊んでいる子と父が仲良くなって、弟の高校時代のサッカーボールをあげてしまって怒られてました(笑)。

〈ハザマ〉


[222]>174 ありがとうございます watena

友川かずきさんだったのですね。まさにこれです。間違いありません。YouTubeの動画見てきました。まるで一曲の中にとてつもない長編の映画があるように思えました。鬼気迫る歌でした。感動しました。CD、買いたいと思います。

Oreganoさん、ツリーを私用に使ってしまって申し訳ございませんでした。


[223]>211 ロバのパン屋さんは話だけ聞いたことがあります watena

昔は本当にロバが荷車を引いてやってきたそうですね。地域によっては馬だったそうです。

私が子供の頃は、魚屋さんが車で売りに来ていました。流れていたのは北島三郎の「はるばる来たぜ函館」というやつです。魚屋とは関係のない歌ですが、ねじり鉢巻きの気っ風のいいおじさんにはぴったりの曲でした。

haru-takaさんがおっしゃるように、田舎はどんどん高齢化しています。そういう地域ほど、こうした車で来てくれる移動販売が欠かせないと思いますが、最近は個人の魚屋さんや八百屋さんの衰退からか、移動販売が来なくなったという地域が多いそうです。そういうこともさらに過疎を加速させるのではないかと心配です。


[224]>222 す、すげぇ…… Fuel

友川かずきという人を、今初めて知りました。

何というか…。

こんな音楽があることを、今初めて知りました。

感動…しています。

1981年。もう四半世紀も前の音楽です。

何て力強い音楽。なんて訴えるものがある言葉。

私は、拓郎もあまりよく知りません。

もちろん友川かずきという人も初めてです。

しかし父母の時代の音楽の力強さに驚かされました。

今夜、父母と語ってみたいと思います。この時代の音楽を。

ありがとうございました。


[225]>215 うわ。なつかしい! vivisan

あたしも見てました!

その中で一番心に残ってるのは「南の島のカメハメハ大王」かな?

つい最近、なんかの番組歌を歌っていた水森亜土がゲストに来ていて歌っていました。

その当時の映像も流れてて、すっごく懐かしかったです。


[226]>216 ありがとうございます!! H-H

Oreganoさん、どうも有難うございます。

まるで、ここは人力?と思うくらいの回答で、とても嬉しいですっ。

フムフム、まずはつなぐラインを探さないといけないという事ですね。

やってみま?す!


[227]>200 校歌もいいですね? rikuzai

>TomCatさん

曲の種類は確か8種類あって、それで丁度一日分だったと思います。

始業の曲は同じで、終業の曲が変わるのです。

始業は曲名が思い出せませんが、イギリスの王室で使われるファンファーレだったと思います。

始業の一発目はグレゴリオ聖歌だったかと。

ただ、私の高校は「フォーク部」しかなくて、バンド系はなかったんですよね。

(私的にしていた子はいましたが)

教室の後ろといえば、冬になってみんなの溜まり場になるストーブのイメージです。


>H-Hさん

チャイムが校歌っていいですね。

メロディ覚えられるし、親しみがわきそうです。


[228]>95 おぉぉー! choco-latte

あの番組って生だったんですよね。しかも公開番組。

セットが反転してましたね。

その後ジュリーや、トシちゃんが歌っていました。(古っ)

「志村うしろー!」テレビの前で一緒になって叫んでました(笑)


[229]>149 パブロフの犬 choco-latte

状態になりますよね(笑)

笑っていいとも!の曲を聴くとわたしも「あ、お昼」って思います。

わたしは小学生の頃女子プロを見ていました。

ちょうどクラッシュギャルズや、ダンプ松本、ブル中野が流行っていた時代でした。

最近総合格闘技が人気でプロレスは地味になってきてますよね。

もっと頑張ってもらいたいものです…。


[230]>223 うちはお豆腐やさん rikuzai

少し前からうちの辺りにはお豆腐やさんの「パープー」が聞かれるようになりました。

灯油はこちらも「ゆうきやこんこ?」ですね。

前住んでいたところではチャルメラも夜中に聞けました。

(行ったことはないけどものすごくラーメンは食べたくなる)


後、生協をとっているので生協さんの車が来るときも音楽かかってますね。…あれ?なんだったかな。タイトルがわからない…。


[231]>230 さおだけ?さおだけ? yoshigyu1318

最近は減りましたが、時々聞こえてきますね、「さおだけ?」って。

あれも立派な「音楽」ですよね。移動図書館は我が家の近くも通っていますよ。


[232]黒電話の音 rikuzai

お前いくつだ!?といわれそうなんですが、

大学の寮にあったんですよ、黒電話が。

(厳密に言うと黒じゃなくてベージュっぽい色でしたが)

完全自治寮だったので、電話番が回ってくるんですが、

その時ずっと聞いていたわけです、「ジリリーンジリリーン」というレトロな音を。

(イタ電が多かったのもあって大忙し)


ちなみに今の自宅はなぜか「オーラリー」ですが。


[233]有線電話っていうのがあったんですけど chinjuh

わたしのおばあちゃんのうちには、電電公社(当時はNTTじゃなかった)の普通の電話と有線電話というのがありました。どちらも見た目はダイヤル式の黒電話なのですが、有線電話の下にはスピーカーがついていて、たまに音楽がなってたような気がします。スピーカーの上の電話機も、ご町内の決まった家には通じるみたいでした。自分でかけたことはありませんが、かかってきたのを取ったことなら何度かあります。

もう30年近く昔のことで、そのサービス自体がとっくの大昔になくなってしまったようなので、詳細はよくわかりませんが、消防車の音がすると、おばあちゃんがスピーカーの音量を上げて情報を聞いていたのを覚えてます。ローカルな有線放送局で、電話のサービスなんかも提供してたんでしょうか。


[234]>231 灯油やさんは店によって流す曲が違ってる chinjuh

うちのほう(葛飾区内)の灯油屋さんも、冬になると童謡を流しながら軽トラで灯油を売りに来ますが、移動販売をしているお店が複数あって、それぞれ流してる曲が違います。「雪(ゆーきやこんこ)」とか「ペチカ」「おもちゃのチャチャチャ」などを良く聞きます。

「雪」は少年少女の合唱曲になってて、軽快な伴奏もついてるので明るい感じですけど、「ペチカ」と「おもちゃのチャチャチャ」はオルゴール風の音源でメロディーを流してるだけなので、暗くなって遠くからこの音が聞こえてくると、そうとう恐いです。

こんなの流しててお客さん逃げないのかしらと思うけれど、日が暮れてから「雪」をジャンジャカ流しながら走るとうるさいといわれそうだし、かといって夜じゃないと家にいないので買えないという人もいるでしょうから、仕方ないのかなーとも思います。でも、灯油屋さんのオルゴールは半端じゃなく恐いです(笑)


[235]>171 歌と戦争 hanatomi

みなさんのかきこみすごく考えさせられます。なるほど、愛国心や文化って、身の回りの人に愛され、愛し、その場所を大事にすることからなんですね。

美輪さんがよく、文化を大切にしたら戦争が起こらないって言うんですよね。

はっきりそれが、頭の中で「=」にはなって無いんだけど、「≒」のような感じです。

音楽って素敵ですね。

音楽を愛せるかどうかって、習慣みたいなものもあると思います。

私はそんなに音楽詳しくないんです。詳しい方は本当に、親しくしている時間が長いんですよね。音楽と。

レス本当にありがとうございます。^?^


[236]>229 スカンクが出てきて大きなどらをゴーン chinjuh

わたしの場合、お昼の音というと、スカンクの着ぐるみが出てきて大きなドラをゴーンとならすやつを思い出します。たしか「ごちそうさま」のオープニングだと思うんです。「いただきます」ではなくて料理番組の「ごちそうさま」のほうです。保育園にあがる前か、保育園が午前中に終わる日に、家でご飯を食べてると、テレビでこの番組をやってました。着ぐるみを見て子供番組を連想して、始まるのがただの料理番組なのにがっかりしたような記憶があります。同じ料理番組でも、グラハム・カーの「世界の料理ショー」は大好きだった記憶があるんですけど、「ごちそうさま」には興味なかったですね。

あと、「ミファソッ ソラミファッ レミファッ ファソレミッ ドレミッ ミファドレッ ラbラソ ラbラソ ラbラソラシドッ!」というメロディーを思い出すんですけど、なんという番組だったかどうも思い出せないんです。お昼のワイドショーの何かだと思います。提供が石けん会社だったような気がするんだけれど、勘違いかもしれません。


[237]>160 友情・・ hanatomi

なんどもこのツリー読みました。

お父さんのお友達は、きっとすごく嬉しかったでしょうね。そして、友達がそうして欲しかったからおとうさんはそうしてあげたのでしょうね。

きっと、とっても満足だったと思います。

一番最後の旅立ちの時に、友達が自分の事をとてもたいせつにおもってくれているのって、かけがえが無いことですね。

お父さんが曲を聞いてた時、きっと昔の時代に帰ってお友達も一緒に曲を聞いていたんじゃないかと思います。

Amazing Grace、最近良く耳にすることが多くなりました。


[238]>225 みんなのうた、なつかしい! chinjuh

「みんなのうた」で、風のすべてが彼の歌、星のすべてが彼の夢、というロマッチックな王様は「南の島のハメハメハ大王」ですよー。


[239]>217 すごい?。 hanatomi

いわし開いてみてよかった!これは必読!みつまめ、かわいい☆

ギター片手に遊んでくれるTinker Bellさんのお父さん、本当に素敵ですね(^_^)


[240]>238 懐かしいです! hanatomi

「北風小僧のかんたろう」

「山口さんちのツトム君」

「南の島のカメハメハ大王」

私の好きだったものにどんぴしゃです☆

特に北風小僧のかんたろうは、有名じゃないと思ってました。^?^

名前が挙がって嬉しかったです。

ハメハメは大王はなんだかふにゃふにゃの糸とか目とかでつくったようなものがふにゃふにゃ動く大魔王だったように記憶してます。

なつかしぃ!


[241]>214 葛飾区も「夕焼け 小焼け」 chinjuh

昔住んでた群馬のある町では、町で音楽を流したりすることはなくて、午後4時になると小学校で「下校時刻になりました。校庭や教室で遊んでいる生徒は、家に帰りましょう」とかなんとかアナウンスをしながら音楽を流してました。学校がそうとう近くにないと聞こえないですが、わたしは放送委員をやっていたので当番の日は毎日聞いてました(というか、自分でやってました)。流す音楽は、学校によって違ってて、わたしが通ってたところはショパンの「別れの曲」を流してました。隣接する別の学区の小学校ではドボルザークの「家路」やシューマンの「トロイメライ」を流していて、中学になってあちこちの小学校の卒業生が集まってくると、「うちのほうではこの曲だった」というような思い出話で盛り上がることがありました。


今住んでるところは、東京の葛飾区なんですけど、葛飾区では夕方になると「夕焼け小焼け」を流してます。ところが、けっつまづくと埼玉県三郷市、寝返りをうつと埼玉県八潮市、スキップをすると足立区、というような立地条件で、各自治体ごとに別な放送をしてるのが面白いです。三郷と八潮は、クラシック系の曲を流してますが(タイトルはど忘れしました)、足立区は音声のみの音楽なし。これが数十秒の時間差であっちこっちから流れてきます。都会って賑やかだなって思いました。


[242]>241 家路でした rikuzai

小学校の頃なので関東ですね。

あちこち引越したのではっきりどこだったかが断定できないのですが。

群馬だったかなぁ。


ちょっと違うかもしれませんが、

近くの工場からお昼の「ウーウー」というサイレンが聞こえていたのを思い出しました。


[243]>220 アルバム、というのがミソ Kumappus

シングルはそれまでにも買ってました。

主にアニソンでしたが(笑)。

クラシックのシングルってのはありませんからねー。

アニソンからクラシックに入る人って案外多いと思うんですよ。最近のアニソンは歌手とのタイアップ企画みたいなのが多くて音が薄いですけど、昔は「1年間毎週聞かせるものだから」とでも言うのか力が入ったものが多かったです。

ウルトラシリーズの初期なんかそうですよね。ウルトラセブンの主題歌の間奏の部分なんかたぶん日本でクラシック畑の作曲家さんにも思いっきり影響を与えていそうな気がします。


[244]>239 連続わんちゃん!! TinkerBell

きゃー、かわいい、かわいい!

もー、TomCatさんったら、こんなすてきな書き込み、返信に書いたらもったいないじゃないですかー。

これをツリーにしたらピックアップ賞間違い無しだと思うのに。

でもそんな欲のないところがみんなの兄貴ですね。

私もみつまめわんちゃん、今夜お風呂でやってみます。


[245]>206 うちの方は何も鳴らしません TinkerBell

鳴らしてくれたら、近付いてくるのがわかって、出し遅れがなくていいですよね。

でもうちの方では、きっとうるさいということなのでしょう。何も音を鳴らしません。

乙女の祈りはいいかも。そうです。乙女はみんな、美しい地球を願っているの。

大切に使えばまだ使える物や、工夫すれば使い道がある物や、

食べられる食べ物や、堆肥にすれば植物が喜ぶような物をゴミにするなんて、物や食べ物がかわいそう。

市役所のお姉さんも、住人のお姉さんも、みんなでお願い乙女の祈り。

なーんていう街になったらいいですね。


[246]>237 泣きました… TinkerBell

もし私に、こんなに思ってくれる友だちがいたら、どんなに幸せでしょう。

そして私も、人をここまで大切に思えるようになりたいと思いました。

これから私もAmazing Graceを聞くたびに、

きっとこのお話を思い出すと思います。

うまく書けませんけど、とても大切なことを教えられました。

ありがとうございます。


[247]>207 えー!聞いてない・・・。 mimisasa

「だるまさんがころんだ」は聞いたことがないです。

でもホントにかわいらしい歌詞、歌ですね。


どのイエでも割とお風呂での音楽が耳に残っているものなんですね。

なんだか、同じような思い出をもった人がイエはてなにこんなにいるなんて嬉しいです♪


[248]>235 歌が戦争に使われた時代もありました… TinkerBell

戦争に人を駆り立てるために歌が使われた時代もありました。

でもそんな歌は、お母さんの背中で聞く歌ではありませんよね。

前にイエはてなのダイアリーのコメントに、

愛国心じゃなく愛星心を持ちたいって書いている人がいました。

国なんてない昔から、人間は地球という星に住んでいたはず。

だから国を愛する前に、地球を愛する。

日本人である前に地球人として世界の人のことを考える。

そんなふうになれたらいいと思います。

美しい自然を歌った歌は、きっと愛星心を育みます。


[249]>233 電話で放送? TinkerBell

コミュニティFMみたいな地域放送機能がついた電話機?

すごい!昔の話ということですが、それって最先端の電話ではないでしょうか。

地域のお知らせや防災情報や音楽などをみんなの家に届けて、お話も出来るすばらしい電話。

どうして全ての電話をそういうふうにしなかったのでしょう。

今ならIP電話にネットラジオ受信機能を付けて、そういう電話が簡単に作れそうですね。


[250]>232 黒電話、知ってます♪ TinkerBell

ジリリリリリンって、すごく大きなベルの音がするんですよね。

おばあちゃんち、ずーっとそういう電話です。

昔に電話を引いた人は、電話機を変えないと、今でもそういう電話機のままらしいです。

コードレスのいい電話機もありますが、おばあちゃんは、電話はこれでないと話をした気分にならないと言っています。

大きな受話器。大きなベルの音。昔の電話って存在感あるなーと思いました。


[251]>236 あったあったー! choco-latte

たしか提供は味○素でしたよね。高島夫婦が出ていました!

なつかしぃ!


[252]>249 それは Kumappus

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E7%B7%9A%E6%94%BE%E9%80%8...

これですね。

1985年以降のNTTの発足などの電気通信事業の自由化による他事業者の参入などで通話が減り、放送業務が中心となっていった。

たぶんこの頃なんでしょう>id:chinjuhさんの見た頃。

今もADSLなサービスとして生き残っている地域もある、まさに地域LANなんですね。

調べてみて一番驚いたのは、なんとADSLの実験の元祖である伊那市有線放送農業協同組合(愛称:いなあいネット)もこれだったんですか。へー。

確かに昔なのに未来的だったわけだ。


[253]>252 うちの実家の方ではまだ稼動してます rikuzai

某山奥ですが、町内の各家庭の電話機から、

地域情報が有線で定刻に流れます。

発信は役場みたいで、弔報や現在の人口数から、盆ならお祭りの案内まで、

コミュニティニュースを明らかに地の人だなぁという人の声が報告してくれます。

ただ、朝6時の早朝で、しかも強制的(一方通行だし)なので、

実家に泊まると毎回この放送で起こされるのがいまだに難儀です。


[254]家のきしむ音 rikuzai

実家の話が出たので思い出したのですが、

実家の建物自体がかなり古いもので、

小さい時二階に寝泊りしていると一階にあるトイレに行くのが怖くて仕方ありませんでした。

なにしろ古いので子どもの体重でも容易に「ギシッギシッ」と階段が鳴るんです。

いつ壊れるのか、何か出てくるんじゃないかと気が気でありませんでした。


また、家鳴りもありましたね。

ピシ、ミシ、とふいに鳴るあの音…。

まさしく「家の音」という感じでした。


[255]>253 役場や農協が通信事業 momokuri3

それだけでも今よりずっと先端を行っていた感じがします。今通信事業に参入できる体力のある役所や農協があるでしょうか。昔こそが「地方の時代」だったのだなと思います。今も少数でも事業を続けている所があるんですね。NTTにできないことをどんどんやって、いつまでもがんばってもらいたいと思います。


[256]>248 愛星心の持てる歌がいいですね momokuri3

母は命を生み出します。戦争は人を殺します。戦争中、軍歌を聞かせて子供を育てた母親っているのでしょうか。母の背中で敵を殺せと聞かされて育った子供はいるのでしょうか。私は、いたとしてもごく少数だと思います。

母の背中で聞く歌は、戦争とは別世界の歌ばかりだと思います。そういう歌が、きっと愛星心につながる歌だと思います。


[257]>246 同じくです… momokuri3

うまく言葉になりません。でも、こんなにも素晴らしい友情に触れさせてもらって、私達は幸せです。話を聞いただけの私達でさえそうなのですから、故人となられた方も、この友情にどれほどに喜ばれたでしょうか。お父様の友情のために奔走したYuzuPONさんのお人柄にも感銘を受けました。


[258]>234 肉声が家の中に聞こえなくなったのが行商の衰退の理由かも momokuri3

昔は、売り声っていうのがありましたよね。「いーしやーきいもー」とか、「たーけやー、さおだけー」なんていうのは、昔はただ道を歩きながら肉声で言っていたわけで、それがちゃんと聞こえる静かな環境があったのだろうと思います。

町がうるさくなって、それにともなって家の防音性が高まって、スピーカーでないと音が届かなくなってしまった時代。それが行商の衰退の理由なのかもしれないと、ふと思いました。

その点、灯油屋だけは今も健在ですね。しかしわが家の方にやってくる灯油屋は、どこも汚い歪んだ音のオルゴールで、遠くで聞いている分には気になりませんが、近くに来るとかなり迷惑です。もっときれいな心地よい音でできないものかと思います。


[259]>226 素晴らしいツリー momokuri3

H-Hさんの「お父さんの音楽ラジオ」のエピソードも素晴らしいし、Oreganoさんのアドバイスも素晴らしい。はてなの良さがぎっしり詰まったツリーになりましたね。

PCのオーディオジャックには、ハード的に役割が固定されている物と、ハード的には何をどこにつないでも構わない構成になっていて、オーディオマネージャみたいなソフトで、マイク入力に使うとかライン入力に使うなどを自由に割り当てできる物があります。

PCによってはマイク入力しかない物もあるので、そういう時は

audio-technica AT3A60/1.5 オ-ディオケーブル

audio-technica AT3A60/1.5 オ-ディオケーブル

こういう「抵抗入り」のケーブルを使うと、ライン出力をマイク入力につないで録音することができます。Amazonや楽天で買えますから、ここでもらったポイントやギフト券で買うといいと思います(笑)。素晴らしい家族の記念をきれいに残してください。


[260]>244 童心に戻ってしまいます momokuri3

懐かしい歌と遊びが満載のツリーですね。そういえば私も、なんと本物の竹でできた竹馬を作ってもらった思い出があります。年末休みに父が作ってくれた物で、その思い出と「もういくつ寝るとお正月」の歌が一緒になって記憶に残っています。


[261]>153 父のコレクションをデジタル化しています momokuri3

わが家にもアナログレコードがたくさんあります。多くは父の若い頃のコレクションで、音飛びする物や、ひどいスクラッチノイズが入ってしまう物もあります。そういうのをPCに取り込んで、デジタルで編集して、CDに焼いてプレゼントしています。CD化されていないマイナーなアルバムが何枚もあるので、とても喜んでくれます。

編集作業をしていると、子供のころに父が聞いていた懐かしい曲もあって、私もとても楽しくなります。


[262]>247 私もかすかに記憶があります momokuri3

お風呂から上がる前は、必ず数を数えさせられるんですよね。たしか、生まれてはじめて50まで数えられたのは、お風呂の中だったと思います。あの頃はまだ、4の次が5だから「よんじゅうきゅう」の次が「ごじゅう」とはすぐに出てこない頃で、やっと50まで到達した時は、もうのぼせてふらふらだったと思います。

たしか夏だったと思います。お風呂上がりに食べたスイカが、とてもおいしかったのをおぼえています。

お風呂の中では、「げんこつ山のたぬきさん」とか色々歌いました。親はどうやって風呂に飽きさせないか、きっと一生懸命に考えてくれていたのでしょうね。


[263]>224 四半世紀前の音楽 momokuri3

洋楽の世界では、いまだにBeatlesが必ず語られますよね。ジョンもジョージももういませんが、音楽は今も生き続けています。たくさんの新しいミュージシャンがカバーもしています。

拓郎の音楽も一貫していて、今も古くなりませんね。アコギをエレキに持ち替えたり、もう古い歌は歌わないと宣言したり、色々変遷はありましたが、彼の場合、音楽の本質は全く変わっていないように思います。

友川かずきさんは、名前は聞いたことがありますが、その演奏は初めて見ました。凄まじい力強さ、凄まじい表現力に驚きました。私も今、言葉がありません。


[264]>257 Amazing Grace mododemonandato

このお話しを読ませていただいてから、私の胸にAmazing Graceが流れて止まりません。

友を悼むお気持ちが、伝わってくるようです。

良いお話しと言ってはいけないのかも知れませんが、美しいお話しを読ませていただきました。


[265]>264 私もです Fuel

Amazing Grace。私も歌詞を探してみました。

ウィキペディアですぐ見つかりました。

メロディを思い浮かべながら、心の中で歌ってみました。

今もずっとそのメロディが心の中に流れ続けています。

本当に美しいお話を、ありがとうございます。

私の目も、開かれた思いがします。


[266]>258 たしかに YuzuPON

今の家は熱にしても音にしても、いかに外部と遮断されるかを追求した作りですから、物売りの呼び声などは通じない世の中なのかもしれませんね。同じ町内で火事があって消防車が集まっていても気が付かないほど、防音性能に優れた家もあるそうです。町内の防災の集まりでそんな話が出ていました。

はたしてそういう家がいい家なのか、私は少し疑問です。夏には窓をいっぱいに開けて、金魚屋さん(今はおそらくいないと思いますが)の売り声などが聞こえる町を作ってみたい、なんていう都市計画があってもいいと思います。rikuzaiさんの、最近になって豆腐屋の音が聞こえるようになったという話は、とてもうらやましいです。

そういえば、子供のころは、トラックの八百屋さんが来ていました。西部劇みたいなウエスタンをかけていました。幌のトラックで来ていたので、きっと幌馬車のイメージを出したかったのだと思います。子供心に、ああいう仕事は楽しそうだなと思っていました。


[267]>265 皆さん、ありがとうございます YuzuPON

書いた後で少し後悔していたのですが、皆さんの温かなお言葉に救われました。後にも先にも父親が真っ赤な目をして涙をこらえているような顔は、あの時にしか見たことがありません。ですから「音楽のあるイエの思い出」というテーマでは、どうしてもAmazing Graceが思い浮かんで、それ以外は考えられませんでした。

皆さんの書き込みで、私のこの曲に寄せる思いがさらに深まって昇華したように思います。これからもこの曲とこの思い出を、そして皆さんからいただいた言葉を大切にしていきたいと思います。ありがとうございました。


[268]>266 次第に日常生活から消えてゆく音たち toku4sr4agent

このツリーを見ていて、以前はいろいろなところに音楽があったのだと感じました。


夕方、外で遊んでいる子供達の帰宅を促すかのような、「夕焼け小焼けで日が暮れて・・・」のメロディが街中に響く。

そして美しい夕日がその音楽に花を添える。


冬場になると灯油の移動販売車。

雪やこんこん、スズメの兄弟、月の砂漠など。


そのほか、石焼いも、わらびもち、さお竹…。

最近聞くことができるのは、灯油の移動販売の車の音くらいでしょうか?

滅多に聴くことが少なくなり、なんだか寂しい気持ちになりました。


世の中からちょっと騒がしいけれどどことなく風情のある音たち。

消えていってしまったのは寂しいですし、なんだか世の中がぎすぎすしているようでイヤです。

大きすぎるのは困り者ですが、多少騒音があったほうがホッとします。


[269]>245 ゴミの種類によって音楽が変わります。 toku4sr4agent

うちの場合はごみの種類によって音楽が違います。

普通のゴミの時は駅馬車。

瓶、缶のときは、おさるの籠屋

プラスチックのときは、テュリャテュリャ・・・・なんとかっていう曲です。(月曜日に・・・火曜日には・・・とか曲名がわかりませんが)

本当は朝8時半までに出せばよいのでしょうけど、

経験則でこのときは何時ごろまで来る・・・

というのがわかっているので、まだ出していないときはそれを頼りにしています(苦笑)


[270]>256 愛は流れる TomCat

このツリーを読んでいて、私はマクロスの挿入歌「愛は流れる」を思い出してしまいました。歌詞はここを見てください。

愛は流れる 飯島真理 歌詞情報 - goo 音楽

男達は何かに取り憑かれたように、唇を引き締めて瞳を燃やしながら戦場へと向かっていく。その瞳に、愛する女のことなんて見えていない。ただ「愛する者を守る」というスローガンだけが心に響いています。それを見送る彼女の姿は、もう見えていません。

でも、残された女達は、歯をくいしばって、背すじを伸ばして、子供たちのために立ち上がっていきます。母の心は愛の心。刷り込まれた憎悪は消え、殺し合いの愚かさを知り、同じ心になって愛する人が帰ってくる日を待ち望みます。

本当に美しい国を作っていくのはどちらの心か。本当に国を愛するというのはどういうことか。私達は今このことを真剣に考えていくべき時代に生きています。戦争という事態がフィクションでなくなる時が、少なくとも法制度上はいつでも戦闘状態に入れる国になる時代が、今行われている国会で、現実化しようとしています。


[271]>184 入院されていたのですか TomCat

退院おめでとうございます。きっと時刻を知らせる音にも、音楽療法の考え方を採り入れた病院なのでしょうね。最近は音楽療法を専門的に教える大学も増え、日本音学療法学会なんていうのも設立されています。聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生が理事長をなさっているようです。

音楽には、心だけでなく、体も癒していく力があるみたいですね。望郷の音楽に励まされつつ回復を目指す。素晴らしいことだと思います。


[272]>182 私も好きです(^-^) TomCat

選挙で政見放送をやる時とか、時間埋めに、名曲アルバムを続けて何本も一挙放映なんていうことがあって、それがけっこう楽しみでした。

それにしても、どんなに長い楽曲でも、全て5分で納めてしまうのには、驚きの他ありません。クラシックって長いですよね。全部聞いたらCD丸々一枚分なんていう曲も珍しくありません。そのエッセンスを、原曲を損なうことなく5分という短時間にまとめ上げる。これは大変な作業だと思います。それこそ作曲家の心になりきるくらいに音楽に入り込まないと、できないことではないかと思います。いったい今までに何曲が放送されたんでしょうか。

ちなみに、こちらのページのフォーム

https://www.nhk.or.jp/meikyoku/form.html

からリクエストも出来るそうです。必ず採用されるとは限りませんが、視聴者の声は放送計画の参考にしていくとのことです。こちらのFAQをお読みの上で、お便りを送ってみてください(^-^)


[273]>148 私は「眠れよい子よ」でした TomCat

私の母は、いつも「眠れよい子よ」ではじまるモーツァルトの子守歌を歌ってくれました。

他にも色んな子守歌を歌ってくれた記憶があるのですが、モーツァルトの子守歌には「おもちゃいろいろ 甘いお菓子も」(作詞:堀内敬三)という歌詞があり、そこを私がとても気に入っていたらしいんです。

ここを歌ってもらうと、もう私はおいしいお菓子が出てくる夢の中。とても寝付きがいいということで、いつもこの歌になったようです。今でもこの歌を聞くと、ちょっとよだれが出てきます(笑)


[274]>163 懐かしい?!! cogito87

夕食前に今日の料理を想像するのって小さな幸せのひとときですよね。


[275]>218 私も好きでした cogito87

youtube便利ですねー。

かすかに覚えてるのもあったりして面白いです。

空耳は何度見ても面白いですね。


[276]>269 いろんな曲が使われているのですね。 H-H

toku4sr4agentのゴミの種類によって音楽が変わるのは、

もの凄くいいですね。

「缶の日」とかも忘れがちなので、助かりそうです。

今日も、出し忘れました。。。

車から流れる音楽で町が明るくなるような気がします。

ごみ収集車もそうですが、今住んでいる地域は、

灯油の巡回の車が「ゆ?きやコンコンあられやコンコン♪」を流してくれるので、

冬だなーと季節感も感じます。

音楽もかわゆいから好きです。


[277]>183 年数が経つと vivisan

やはりそういう音が大きくなるのでしょうかね?

うちも家が古いので、よく聞こえます。

眠れないとき、静寂な中にそういった音が聞こえると、ちょっと恐くなります。

ラップ音かもしれないけど・・。


[278]>268 音楽のあるイエ mododemonandato

最近の完全防音のマンションではあまりに無音状態過ぎてノイローゼになる方もおられるとか。

イエや町に音楽のある方が人の心には良いのかもしれません。

出先で行く下町では未だに雪やこんこや北風小僧のメロデイと共に、灯油販売車が町を流しています。


[279]>15 フラッシュバックしました mansikka

Kumappusさんの投稿を読んで、

自分の小学校時代の土曜の午後がフラッシュバックしました。

そうそう、うちも何故か冬はうどんかラーメン、夏は毎週のようにそうめん、

土曜の昼はやたらと麺類が多かったんですよね。

そして面白いとも思わずにぼんやり眺めていた新喜劇…。

関西人の原風景なんだなあシミジミ。

祖母が存命している頃は「独占!女の60分」を見てたことも思い出しました。

祖母がテレビに向かって突っ込みを入れたり、

うんうんと同意したりしている姿が思い出されます。

そんな祖母は私が5歳のときに亡くなったので、

コレは結構古い思い出かもしれないなあ。


[280]>278 納豆売り mansikka

埼玉に住んでいたころ、週末の早朝だけ、

手作りの納豆を売る人が来ました。

「納豆?納豆や?」と言いながら、

リヤカーを引いてやってくるのです。

関西出身の私は納豆が苦手なのですが、

何故かこの納豆だけは食べられたので、

この「納豆?」の声を楽しみにしていました。

藁に包まれていて、お豆の味がする美味しい納豆でした。


[281]>260 数え歌 mansikka

お父さんつながりで思い出しました。

小さい頃、お父さんとお風呂に入っているとき、

うちはいつも数え歌を一緒に歌いました。

「1、2、秋刀魚のしっぽ、ゴリラの息子、菜っ葉、葉っぱ、悔しい豆腐」

とこてこての関西弁アクセントで歌うというか数えるのです。

こういう素敵な思い出を自分の子供にも受け継ぎたいなあ。


[282]>281 どちらにしようかな rikuzai

妹とおやつを分けたりするときしょっちゅううたっていたのを思い出しました。

「どちらにしようかな てんのかみさまのいうとおり あっぷっぷのぷのぷのかきのたね そらぬけた」

こういうのはほそぼそとでも残っていって欲しいですね。

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