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【ゴッホ】や【マネ】が残した言葉で、「日本(の美)」を賛辞した様な言葉ってないでしょうか?
ジャポニスムが起こった19世紀末頃のお話のようですが・・・

●質問者: tooh22
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:お話 ゴッホ ジャポニスム 世紀末
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● LsAmd
●35ポイント

http://www.korega-art.com/gogh/

名言ではないのですが

ゴッホは日本の浮世絵に興味を持っていたので、絵画にも何度か浮世絵が登場しています。19世紀後半、ヨーロッパでは浮世絵が流行していて安く手に入れることができました。ゴッホもその浮世絵を買った一人です。画家の視点で浮世絵を見たとき、描き方がこれまでのヨーロッパ絵画の中ではなかった方法だったので注目されていました。ゴッホの自画像の背景にも浮世絵が描かれているんですよ。


2 ● safari55
●35ポイント

背景に浮世絵の描かれた「タンギー爺さん」は、日本をユートピアと思い描いたゴッホを象徴する作品であるばかりでなく、ジャポニスムを代表する作品であり、近代フランス絵画の名作です。

http://event.japandesign.ne.jp/news.php3?number=1213010820

ロダン美術館には、《タンギー爺さん》を含むファン・ゴッホの油彩画が3点収蔵されている。

http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/exhibition/rodin_guide/key...


「タンギー爺さん」のきれいな写真は、こちらhttp://www.hum.pref.yamaguchi.jp/tokuten/H13/tanguy/tanguy.htm


ゴッホ自身の言葉では

1888年2月ゴッホは、南仏アルルに移り住んだ。その理由については、彼自身の言葉が参考になるであろう。

「僕たちは日本の絵が好きで、その影響を受け、全ての印象派の画家はみんなそうだというのに、どうして日本へ、つまり日本に相当する南仏へ、行かないでいられようか。だからぼくは、まだ何といっても、新しい未来は南仏にあると信じているのだ。」

http://www.aac.pref.aichi.jp/aac/aac08/aac8-5chicago-3.html

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