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【読書のアウトプット】
当方、『わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』というblogの「本ばかり読んでるとバカになる」というエントリ(http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2006/08/post_bb15.html)に衝撃を受けた身です。そこで、読書をした後に、理解を深めるために自分のblogに表現しようと思い立ったのですが、小学生の頃から、文章を書くのが苦手であります。”読書のアウトプット”のやりかたを教えてください。

●質問者: k-440
●カテゴリ:学習・教育 書籍・音楽・映画
✍キーワード:blog あなた アウトプット エントリ 小学生
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● りくっち
●35ポイント

ほとんどアウトプットをしていない人間が回答するのもなんだなと思ったりしたんですが、

せっかくの本の話題なので思うところを少し。


とりあえず希少な(滅多に書かないので)自分のアウトプットを。

わるぷるぎすの議事録 - 「誰か」//宮部みゆき

大したことは書いていませんが、まず参考まで。


さて、感銘を受けられたエントリーは本の読みっぱなしではダメだ、と書かれていますが、

理解のためのアウトプットが必ずしも公開されるべきとはされていないと思います。

大切なのは、読んだ後理解を深めることであって、

アウトプット自体が大切というわけではないと思います。


読書内容の理解を深めること。

読書内容についての文章を書くこと。

公開向きの文章を書くこと。

この三つが「ブログで読書のアウトプットをする」ことに必要だと思うんですが、

それぞれにそれぞれのハードルがあると思います。

更に文章自体を書くのが苦手というのは別の問題になると思います。


例えば読書の理解を深めるために文章を書く以外にも、

読書カードなど作って(アナログでもオンラインでも)個人用のメモ(箇条書き)を書きためることや、

同じ本を読んだ人の感想を読むこと、

そうした人たちと交流を持つこと、

一つのテーマで複数の本を読んで論文にすることなど、

色々なアウトプットの方法があると思います。


また、読書内容の文章自体も、あくまで感想文なのか、

自分の備忘録なのか、

同じ趣味の人や未読の人に興味を持ってもらいたいのか、

書評として耐えうるものが書きたいのか、

といった方向性でも書き方は違ってくると思います。

方向性によっては公開向きの内容でないこともあるでしょう。


こうした選択肢がある中で、私が↑の文章を、

自分と既読未読関わらず興味のある人に対して、

備忘録的、感想文的に公開用として書いています。

こうした文章を書くときに気をつけているのは、

あたりでしょうか。(もっとありそうだけど)

自分のメモや備忘録的で公開しないものなら、

ネタバレを気にせず書きます。

以前読書ノートみたいなものをつけていたことがあって、

(ネットが使えなかった時代)

そうしたものにはかなり長く書き連ねたりしていました。



以上から、テンプレ的なものを探すのも一つの方法として、

まずは

をご自分なりにまとめてみてはどうでしょうか。

それが決まるだけで書くべき事柄は決まってくると思うので、

更にそれを箇条書きにしていけば、質問者さんのオリジナルのテンプレが出来上がると思うのです。

文章を書くのが苦手ということですが、

こうした作業を経てから書き出すと、いきなり書くよりも格段に書き出しやすくなると思います。



以上ご参考まで。

◎質問者からの返答

回答ありがとうございます。非常に参考になりました。

僕の場合は

・その本に対する理解をより深めるために

・自分の脳に対して

・備忘録プラスその本を読んで考えたこと

を書き記そうと思います。思索ノートのような位置づけになるかと思われます。


2 ● boojum
●35ポイント

自戒・修養が目的のお話でしたら書評に挑戦するのが何よりではないかと。ただ所感を箇条書きにするよりは余程しんどい仕事になりますけれど、ある物語なり論説なりの魅力を見も知らない他者に向かって説明し、且つは訴える。その為には嫌でも作品とがっぷり四つに組み合わねばなりませんし、同じ悩むにしても目的がはっきりくっきりしてる分だけ掴み所がある筈。余人の視線に脅え、輾転反側する夜も表現力には良い肥やしで。

どうぞその節には、ネタバレなぞ気になさらずどしどしお書きなさい。久しく以前の話になりますが、現代詩人の某が気の利いた事を言っていまして……例えば昔船乗りだったお年寄りが、嵐と鮫の大冒険譚を語り出す。ここで爺ちゃんがこの話をしている以上、結局最後には助かるんだろうな――とは分かっていながら、やっぱりどきどきはらはら夢中で聴き入っているその感じ。面白い話は、筋が分かっていても面白いものだと言うのですね。変に核心を迂回して、おっかなびっくり書かれた評なんてのは大概箸にも棒にもかからない。いみじくも推し薦める者ならば、ちょいと虚勢交じりでも自信たっぷりであるべきなのではないでしょうか。


などと。最初の回答者の方が大変さっくりまとめてしまわれたので、敢えて偏った意見も寄せてみました。まあご一考下されば。



ところでそれはさておき。いや、本題をさておいて何の蛇足かといった所なのですけれど、一方あんまり欲得ずくで本を読まれるのもどうかな……と思わないでもないです。私も読む本読む本付箋でぼさぼさにして、酷い時には短編一つくらい丸写しもしますけれど。良き出力が良き入力の弾みとなる事も重々承知しますけれど。それでも書は塵を払い再拝して後、ただ虚心坦懐に向かい合う。その余何も無し。そう考えてしまうのは基本小説ばかり読んでる人間だからですかねえ……。

だからほら、それでもやっぱり物語が終わった瞬間に爺ちゃんはふっと掻き消え、ロッキングチェアにマドロスパイプがことり。なんて結末も期待してしまうようなその(溶暗。)

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