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自民党の護憲派の議員を教えてください。(現存議員でお願いします。後、河野洋平議員意外でお願いします)


●質問者: teruterubouzu21
●カテゴリ:政治・社会
✍キーワード:河野洋平 自民党 議員 護憲派
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

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1 ● miraa
●35ポイント

自民党の党是として「自主憲法成立」というものが、大きくかかげられている以上、明確に100%護憲派、という議員はいないと思われます。

そんな中、護憲派的考えもある程度表明したことがある自民党の大物議員としては、河野洋平氏の他、

加藤紘一氏

山崎拓氏

古賀誠氏

谷垣禎一氏

らがあげられると思います。

参考アドレス

「憲法は世界遺産に匹敵するくらい素晴らしい」古賀誠氏

http://blog.goo.ne.jp/imaima_07/e/199e38da0f0b8d8e76270eaea4fac7...

「憲法は国民の意志を示すもの。私は、憲法改正は中身もさることながら、国民の合意形成のプロセス抜きに語ることは大きな欠落があると思う」と、安倍陣営を牽制した谷垣禎一氏

http://blogs.yahoo.co.jp/blognews2005/40898588.html

http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-167.html

http://blog.kansai.com/argument/411

http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-217.html


2 ● ラージアイ・イレブン
●35ポイント

自由民主党は共産党と同様、憲法についての態度を党是に規定しており護憲の議員というのは存在しない、と“タテマエ”では言われていますし、そういう意見が“俗説”として出ていることは承知しています。

しかし、現実の自民党はそうではありません。

個別の議論においては(たとえば憲法第9条など)様々な意見の違いがあることは事実であり、たとえば国民主権や男女平等については護憲の立場を表明している議員は自民党の中にも存在します。

家は男性のものであって女に権利を認めないことが日本の伝統であり憲法はそう改正すべきだという理想?を掲げる民族派の議員も一部にいますが、そうした議員以外は、男女の本質的平等を堅持するという点では「護憲派」です。

また、自由民主党は党是として改憲を掲げていても、実質的には改憲よりも政権が優先され、そのためにはどこまでも改憲内容を修正していくという側面があります。

1994年6月29日の村山政権の誕生は、自民党の党是である改憲の旗を自民党自身で降ろし政権維持の旗を掲げることになった象徴的出来事でした。

村山政権における自民党政権復帰以降、自由民主党という政党は、理想を実現するという意味での改憲政党では無くなった、と言うこともできるでしょう。

そして、「改憲なんかどうでもいい。必要なのは政権だ」「改憲運動が政権維持にとって阻害となるならどんな譲歩でもする」という村山政権以降の現在の自民党の本音を象徴した最初のグループが、「村山首相を誕生させるための、自社有志による勉強会」の自民党議員たちでした。

同会には、「リベラル政権を創る会」から安倍晋三議員(現首相)http://www.s-abe.or.jp/川崎二郎議員 http://www.kawasaki-jiro.ne.jp/二田孝治議員 http://www.futada.gr.jp/村上誠一郎議員http://sei-murakami.web.infoseek.co.jp/谷津義男議員http://www.yatsuyoshio.net/ らが、「憲法問題研究会」からは石原慎太郎議員(現都知事)や松岡勝利(農水相・自殺)らが参加していました。

「村山首相を誕生させるための、自社有志による勉強会」に参加した自民党議員は、自民党の党是である憲法改正を一時棚上げにしてでも政権復帰を最優先にするとして、社会党との連立・政権復帰のため、自民党と旧連立与党の反小沢一郎勢力の結集に動いていました。

また社会党に近かった与謝野馨議員や佐藤孝行議員(ロッキード事件で有罪・2000年に政界引退)といった社会党人脈のある議員が社会党工作を展開していました。

村山内閣が成立した1994年6月29日という日は、社会党崩壊のきっかけになった日であると同時に、自由民主党の改憲党是が実質的に崩壊した日でもあったのです。

村山内閣にいた自民党閣僚は、9条をめぐっては当時自民党員でありながら「閣内不一致」を避けるため、護憲的態度をとっていたという経緯もありました。

村山内閣の自民党の閣僚は、現職では以下の三名です。(河野氏を除く)

玉沢徳一郎防衛庁長官(自民党三塚派岩手一区)

http://www.tamazawa.com/

高村正彦経済企画庁長官(自民党河本派山口二区)

http://www.koumura.net/

与謝野馨文部大臣(自民党渡辺派衆議院東京一区)

http://www.yosano.gr.jp/

現在の自民党は、「政権を維持すること」「自民党政権を交代させないこと」を最優先にする政党であって、理想としての改憲を最優先にする政党ではありません。「改憲という理想の実現のために一旦政権を離脱して国民に大儀を訴える」という考え自体が今の自民党には無いのです。

つまり、自民党の改憲姿勢とはその程度のものであって、実際に憲法改正という理想を実現するということではなく、政権を維持延命させるための“政治的ポーズ”にすぎません。

そういう意味では、民主党の枝野幸男議員(衆院憲法調査会会長代理、民主党憲法調査会会長)が「自民党は究極の護憲派だ」との皮肉は真実を突いています。

国会ウオッチ!・国会NOW:自民は究極の護憲派? 憲法改正

http://www.janjan.jp/kokkai_watch/0505/0505016494/1.php

「改憲」の旗を過激な態度で振れば振るほど、一部の支持者から支持され政権は延命されるかわりに、現実の改憲日程は遅れてゆき、旧来の自民党の理想としての改憲は遠のいていきます。

自民党が本気で改憲を実現させるためには、民族派を切り捨て自民党員を失ってでも国民が納得するレベルまで民族主義臭さを一蹴し、リベラリズムにもとづく改憲案に転換する必要があります。しかしそうすれば今度は民主党との違いが無くなり、政権交代・民主党政権の誕生の可能性が高まります。

政権と改憲、その二律背反の中で、現在の自民党は「政権」を優先し、選択したのです。

安倍首相は、反小沢で結集し社会党を担いで政権復帰を狙っていたあの時代からちっとも変わっていません、改憲よりも政権を優先するという意味では。

よって、結論としては、現在の自由民主党で最大の護憲派は、河野洋平氏でも加藤紘一氏でもなく、安倍晋三内閣総理大臣その人であると思われます。

余談ですが、ネット右翼から護憲派とみなされている河野洋平氏は、政権復帰当時、安易に政権に復帰することは自民党の理想や良い部分を壊すと考えていたふしがあり、梶山静六、石原慎太郎、亀井静香、森喜朗など政権復帰優先派の幹部たちと距離を置いていたことがありました。

現在の自民党参議院で最多得票の升添要一議員は、新進党の頃は小沢一郎をヨイショする発言を繰り返し社会党をコキ降ろしていましたが、村山内閣になってからはコロッと変わって村山政権をヨイショをするようになり、社会党が政権を離脱して社民党になるとまた変わって社民党をコキ降ろすという具合に、権力の変遷によってコロコロ態度をとる人物ですが、そういう人物が改憲の旗を先頭に立って掲げている自民党という政党がはたしてどこまで改憲に真剣なのか、疑う人は少なくないと思われます。

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