人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

久間防衛相の発言が問題を呼んでいますが、どうして原爆の問題になるとここまで過剰反応になるのでしょうか?
まるで中国や朝鮮半島の反日を見ているようでイライラします。そんなに被害者になりたいのでしょうか?
死者の数なら東京大空襲と大差ないし。爆弾の扱いや危険性からみても生物・化学兵器のほうがよっぽど危険です。


●質問者: retorin
●カテゴリ:学習・教育 政治・社会
✍キーワード:イライラ 中国 化学兵器 危険 原爆
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 91/91件

▽最新の回答へ

[1]1発で、一気に大人数に強烈な影響を与えるという意味では、原爆は当時も今も最強の兵器。 miraa

一発で、一気に大人数に強烈な影響を与えるという意味では、原爆は当時も今も最強・最悪の兵器です。

だから北朝鮮の核武装にも、徹底対処するのです。

生物兵器や化学兵器を北朝鮮が保持しても、そのような対処にはならないでしょう。


[2]反論・反感が予想されますが・・・ odorukuma

私も概ね大臣と、retorinさんに同意します。

ただ今回は、「言っていけない立場」の人間が言ったのが問題だったのだと思います。


[3]>1 それの認識はあまいです。 retorin

単純に瞬発的破壊力だけを見た場合は今でも最強です。

しかし、最悪かといわれるとそうでもありません。

たしかに残留放射能は深刻ですが、何年か経てば自然と放射能も標準値にもどります。しかし、生物兵器等に汚染された場合は一生にの戻らない場合があり、また、兵器自体が突然変異を起こす可能性があり。その場合は全人類の生存が危ぶまれるほどの脅威になります。

生物・化学兵器は低予算、身近なものから簡単・大量に生産することができます。しかも、実際に使用された場合、原爆のようにっはっきりとした効果がすぐに現れないので対処が遅れ、被害が拡大・深刻化するのが特徴です。


[4]「過剰」反応を問題にしているのでしょうか? you1982

それとも発言自体に問題がなかったと考えられているのでしょうか?

個人的には発言には問題があり、なおかつ反応の大きさも過去の他のジャンルの同程度に「キャッチー」な失言に対する反応と比べれば「過剰」とは言えないように思います。

また、今回の発言は「原爆」だから悪いのではなく、「原爆」を「東京大空襲で大勢の方が亡くなったこと」に差し替えても同じように問題だったと思います。ただ、短くてインパクトの強い「原爆」の方がフレーズとしてニュースに流しやすかっただろうことは確かで、「東京大空襲」であったなら反応はこれほど大きくなかったとも思います。


[5]>2 確かに retorin

軽々しく言ってはいけない事ではありますが、たいした根拠も無く一方的に否定する周辺関係者は政治家としてダメだなぁーと思います。久間防衛相も政治家やってるならあっさり謝罪せず自分の意見を通してたうえで謝罪するなりしてほしかったです。

やっぱり日本の政治家は保身しか能が無いのでしょうか。将来が不安です。


[6]>5 自分の意見を通したままでは謝罪できない・・と思うのですが odorukuma

本音と建前、当たり前ですが、

日本の立場、大臣としての立場、世論を考えた上での発言、被爆国の立場、そしてこの時期に・・

色々と難しい難しいですね。




下記のような発言は、「建前」としては見本になりますね。


志位氏は、発言を聞いて「非常に強い憤りをもった」と強調。「地球上からいかに核兵器を廃絶するか、世界中の人々がさまざまな運動に取り組み、知恵と力を尽くしているときに、被爆国の政府の閣僚が原爆投下、すなわち核戦争はしかたがなかったという発言をしたことは絶対に許されない。被爆国の閣僚として失格だ」と述べました。

その上で、「どんな場合であっても、大量殺りく兵器は許されないという立場に確固として立つべきであり、それを世界に発信すべき責任を負っているのが唯一の被爆国である日本の政府だ」と指摘。「その被爆国の閣僚が『しかたがなかった』などと発言することは、どんな理由があれ許されない」と強調しました。

また、「長崎の人たちがどういう思いでこの発言を聞いたかという点でも非常に強い憤りを覚える」と述べ、大臣の資格にかかわる問題として、国会でも追及し、選挙戦の中でも重大問題としていく決意を示しました。


[7]>4 発言自体には retorin

問題がありますが、内容についてはそういう見解もアリだと思います。

やはりフレーズの響きの問題なのでしょうかねー?

最近、文部科学省が教科書から沖縄戦の日本軍に関する情報を削除するように通達を下しましたが、全国的には騒がれていませんよね?

今回の反応は過剰なのではなくマスコミが煽っているだけなのでしょうか?


[8]>3 そうでしょうか?認識が甘いでしょうか?しかし、核が他の兵器と違って特別である事は確かです。 odorukuma

もちろん、最悪、最強については、定義によりますが。

>だから北朝鮮の核武装にも、徹底対処するのです。

>生物兵器や化学兵器を北朝鮮が保持しても、そのような対処にはならないでしょう。

このお2行に大いに賛成します。


[9]そもそも核兵器は全世界の問題です TomCat

反日だ反米だといった偏狭な問題じゃないでしょう。地球人として核の問題に敏感なのは当然です。

幸い日本という国は今のところ安定した国情ですから、私達日本人は社会問題に幅広く触れ、考えることが出来るんです。今の国民の反応はその所産です。

これは喜ぶべきことでしょう。そしてこの安定を末長く持続させていく努力が愛国心です。


[10]心からそう思っていなくても、建前で辞職要求・批判 odorukuma

するのは当たり前のような気もします。


[11]今や通常兵器のほうがよっぽど高性能ですから・・・ HISI

「日本も核武装を」とかほざいていた、どこかの二足草鞋代議士のお祭り発言は超低レベルと思っています。

久間さんは違って、数ヶ月前に米国の軍隊は日本に不要とか発言してしまったから、今回の発言はそのお茶にごしではないですかね?


本題ですが、身内が原爆にやられた人にとっては、誰が自分たちの立場を守ってくれるのか?と不安と怒りに震えるのは容易に推測できます。

なので、私は中韓の人の中で狂ったように楯突く人がいても不思議だとは思いませんね。


中韓の問題は、外交のカードに執拗に利用されていることへ何も対抗しないこと、

日本国内で被害者にコバンザメのようにくっついてうまい汁を吸っている連中がいて、なぜかいろんな所で幅を利かせていること、と思います。

まあ、戦争終結目的ならば、種類の違う2発を準備して連続で落としたのはどう考えても不自然と思えますが。。

(念のため、民間人相手にですよ。)

当時の米国官僚にとっては有色人種の数万人くらい余分に死んでも死ななくてもどっちでもよい、といった程度に考えていたんでしょうか?

まあ自国の軍隊を人体実験目的に水爆実験地に突っ込ませる国ですから(いわゆるアトミックソルジャー)、要注意の国には違いないですよ。

大東亜戦争では満17歳から45歳まで徴兵されたようですから、戦争が好きな方は、十分納得のいく戦争で出征できることをお祈りします。(私は遠慮願います。。)


[12]>8 核武装に対抗することは retorin

相手国を大いに喜ばせるだけです。核兵器が最も効果を持つのは『脅威』においてです。

一度でも使ってしまえばそれは通常兵器となんら存在意義に変わりません。だからこそ持っていても使えないわけです。

要は、対抗するだけ無駄。


[13]日本人の特質かもしれません optokubetsu

自分たちの意に反する発言がなされたら、徹底的に陰湿に締め上げる。原爆の発言の是非はともかく、日本人はこういう特性が強いと思います。大の大人がこの調子では、子供たちのいじめがなくなるはずもありません。まるで幼稚園児の言い争いを見ているようで情けないです。

あと、原爆「だけ」に過剰反応するのは何らかの形で洗脳された人たちでしょう。そういった人に冷静さを期待するのは無理です。せめて私たちはそういうやからに影響を受けないように気をつけないと・・・。


[14]>12 論点が分かりません・・・ odorukuma

中学生の論拠話になりそうですが、

いわゆる「均衡勢力」的な物の代表格に核があると思います。

相手を喜ばせるとは何を元にそう考えるのですか?


[15]>14 では、中学生に例えてみましょう。 retorin

喧嘩の強いいじめっ子がいるとして、どう対処したらいいでしょう?

1、自分も喧嘩に強くなる

2、関わらないようにスルーする

1の場合は殴りあった結果友情が芽生えるかもしれません。2の場合は友情も因縁も芽生えませんが無難に学園生活を送ることできますし、もし絡まれても先生や警察に助けを求めることができます。

大体の人は経験があると思いますが、どんな文句を言われるより無視されることほどつらいことはありません。


[16]>15 肝心なことを抜かしてました。 retorin

北が核を使えば周辺諸国からタコ殴りにあうのは確実で、あくまで北は兵器としてではなく、交渉のカードとして核をようしたわけです。しかし、それを無視してしまえば核はお金のかかったガラクタ同然というわけです。


[17]>11 北朝鮮への核武装放棄の理由は? HISI

それにしても、冷静にみて

六カ国協議で日本国の主張は

「米国は(核を)持って良いが北朝鮮はダメ」と解釈されてしまいそう。。


[18]>15 思うに HISI

かの国の何回か行った自領海内へのミサイル打ち込みなども

別に大したことではないのに日本のマスコミ記者さんは率先して騒ぎを大きくしているんですよ。

彼らは北朝鮮の望む行動を見事やってのけたのではないでしょうかね。。。将軍様からご褒美を頂かなきゃ(苦笑


[19]>6 野党は責任がないから平気で建前だけのきれいごとをいえる。 ishiyosh

というのは多数の人が分かっていると思いますが、野党、マスコミがここぞと大騒ぎしているだけで、日本国民の多数が(野党は国民は、国民はといいますが)過剰反応しているとは思えません。


[20] 第一の理由:第二次世界大戦“三大虐殺” bilda

アウシュヴィッツのユダヤ人を筆頭として、広島・長崎の原爆投下、

南京大虐殺は、史上空前の民族差別を象徴する。

(これに次ぐものとして、韓国では従軍慰安婦問題を主張している)


[21]>20 第二の理由:白人達の予想(原爆投下による被害) bilda

1.生物が絶滅し、草木も生えないと考えた。

2.人類が絶滅し、生活できないと思っていた。

3.都市が絶滅し、復興できないと予測していた。


[22]>21 第三の理由:日本人の衝撃(原爆投下による迷信) bilda

1.不治の痛みで、死ぬまで苦しむと予想された。

2.遺伝によって、奇形児が生れると信じられた。

3.伝染によって、日本民族が絶滅すると思われた。


[23]実際の被害者がまだ生きていて苦しんでいます NY505

そういう人がもう居なくて過去のことになるにはあと20年くらい必要ですね。


[24]>23 実際の被害者もそうだし、遺族もいます。 kohnewage

長たるものの発言ではないですね。

いってる意味はわかりますが、

あれじゃあ心情を逆なでするばかりで

何も産まれません。

もう少し配慮がある言い回しが必要だったと思います。

実際に自分のおじいちゃん、おばあちゃんが死んだと考えてみてください。

そうするとわかりますよ。

まあ、自分に当てはめるのなら、自分の恋人、配偶者でもいいです。

最愛なる人が戦争で命をたったってことです。

出来ることなら余生も短い戦争経験者を

静かに生かさしてあげたいですね。


[25]核兵器で「戦争を終わらせた」ことの肯定 rikuzai

原爆被害者やその係累の方が感情的に過剰反応するのは、

「原爆」という兵器自体が加害者だからだと思います。

確かに現在当時の原爆より強力な兵器はたくさんあると思いますが、

実際に使われたのは「原爆」であって、その言葉に反応していて、威力の大小に対して反応しているわけではないでしょう。

何人死者が多い、規模が大きいということも被害者自身には関係有りません。死んだり被爆したのは当事者です。

また、実際にどんな風に被害が長く被害者を蝕んでいるかを知っている人は、簡単に「被害者になりたいのか」とは言わないと思うのですが。実際被害者に違いないのですから。


そして被害者的な思想は恐らく人間大差ないもので、

加害者を憎み、自分の受けた被害を風化させたくないと考えて行動するのは同じでしょう。

その良し悪しは別として。

それも個人の自由だと受け止めてスルー力を発揮するか、

いちいち気に触ってイライラするかも個人の自由かと思います。



ただ、個人の感情にまかせてヒステリックに叫ぶことが良いことだとは思いません。

単純に「原爆を肯定するな!」「原爆は悪だ!」というシュプレヒコールだけでは説得力がないとも思います。

では今回の発言が久間氏の立場上妥当だったかと言われれば、

選挙前という時期、日本の防衛の長という立場を考えれば愚行だったのではないかと思います。


核を初めとする大量虐殺兵器の規制が国際問題になっているのは、

保有するだけで威嚇になり、使うことで他国を「黙らせる」ことができるという一面を持っていることが要因の一つだと思いますが、

「核(原爆)を使うことで戦争を終わらせた」という意味合いの発言は、

そうした使用方法自体を肯定したと捉えられるのではないかと思います。

私はその考え方には賛同しかねます。

例え戦争が起きるとしても、大量虐殺兵器で終結することもやむ得ないとなれば、あっという間に地球規模の被害がでることが予想されます。

それを日本の立場で肯定してしまうのはどうかと思うのです。

(一歴史家などが言うならまだ「意見」のレベルでしょうが)


[26]>22 第四の理由:異口同音(折々の世論の反応) bilda

19751031 昭和天皇「原爆は、はなはだ遺憾だが、やむを得なかった」

19881207 長崎市長「天皇が、早く決断していれば原爆投下も無かった」

20070630 久間大臣「あれで戦争が終り(略)しょうがないなと思った」


[27]少なくとも tisitia

非核三原則をうたうわが国では建前上「核を許容する」発言を公的にしてはならないものと認識しています。

個人的には被爆した人に対して不謹慎じゃないかと考えますし、

他国に破棄するように迫っている兵器を、肯定するような発言はしてほしくないと思いますね。


[28]人死んでんねんで qjpem028

だって


[29]少年犯罪で被害者より加害者を守る発言をする野党がいうな! ishiyosh

原爆やむなし論の方がまだスジがとおっているのではないか?


[30]とにかく選挙前だから WASSHOI

いろいろと情報をぶつけあって年金のことやら松岡さんのことやらうやむやにしたいんですよ


[31]外交上の切札を自分から放棄しなくてもよいかと sougetsu

敗戦国となった日本が持つことができた数少ない外交上のカードの中で、一番強い札を自分から場に棄てるような発言を、「防衛」の責任者が行ったため、各界からの非難も止まないのかも。

いくつかの国は、第二次世界大戦で受けた自国の被害を巧みに外交上のカードとして用いているわけですから、60年前、良い手札を持つことの許されなかった日本は、なおさら切札は大切にせざるを得ません。

そのような外交の考え方が倫理的、法的に遺憾と考える方もおられると思いますが、、、


[32]>4 イライラするのは世間知らずだから I11

早い話、id:retorin氏が「イライラ」している理由は、ただ単に、id:retorin氏が世間知らずだからでしょう。

世間知らずで根拠も無く「久間防衛相は反日ではありえない」と信じこんでいたid:retorin氏が、世間の常識的認識に触れ、id:retorin氏の認識と世間とのズレを知り、久間防衛相の方が実は反日だったことに気づき、それまで信じて積み重ねていた“ネット右翼的な常識”が積み木のごとくガタガタと崩れ去り、しかし己の無知さ加減を受けとめるだけの器量は無く、狭量な自分を克服する気高さも人徳も未だ持ち合わせていない。

そういう人格的に未熟な人だから「イライラ」するのです。

なぜそういう未熟な人格の人が恥知らずにも社会に出て、現実のリアリティを持たないまま平然と「オレの認識のどこが悪い」と開き直る(というか逆ギレする)ことができるのでしょう?

その問題は別な意味で興味深いところであり、おそらく宮台真司氏が言うところの「痛みの欠落」と関係があると思われますが、そういう社会学的分析はid:gyodaiktさんなど社会学者さんにおまかせするとして、いずれにせよ個人的問題はid:retorin氏自身の問題として解決すべきであって、私にとってはどうでもいい問題ではあります。

が、しかし、防衛大臣はネットで逆ギレしているような誰かさんとは異なり、国民が手にすることができない強大な権力と実力を持っており、国民生活を将来に渡って左右できる人ですので、国民として看過できません。

ネット右翼の放言なら「ああ、またあいつらか」で済ますことはできますが(ほんとは済ましてはいけないと思いますけれど)、防衛大臣という身分を持っている人の発言は別です。

それにしても、痛みを共有できない痛い人たちが増えていますね。

「死者の数なら東京大空襲と大差ないし。爆弾の扱いや危険性からみても生物・化学兵器のほうがよっぽど危険です。」

だからなんだというのでしょう。それで被害者の痛みが相対化され、政治問題にならないとでも言うのでしょうか?

それとも、感受性のカケラも無く人間を虐殺できる軍人を誇りとし、「政府を支持する機械」であることにプライドを持っておられるのでしょうか?(失笑)

東京大空襲を原爆投下と同じくらい問題視したいのなら、なおさらのこと、原爆被害を軽視する大臣発言は許されないでしょう。id:retorin氏の思考はまったく支離滅裂です。


[33]痛みを共有できないイタイ人たち I11

日本は核戦争の戦場となった国であり、無差別に虐殺された体験を持ち、非核三原則を国是として掲げる国ですが、そのことを忘れている、あるいは知らない、あるいはヒバクシャの痛みを認識し共有しようとしないイタイ人が“一部に”いるようです。

しかし、日本人の多数の人はその事実を忘れてはいませんし、痛みの共有を恐れたり反感を持ったりしません。

そもそも、大量破壊兵器による無差別大量虐殺を「しょうがない」など是認する立場こそ、日本人虐殺を是認する“自虐史観”であり、“反日的”です。安倍政権の閣僚は“愛国心”が足りません。再教育が必要です。

「防衛大臣は自虐史観を駆逐し反日的勢力を駆逐する人である」という“先入観”(というか妄想)を持っているネット右翼的な人が、その先入観を完全に打ち砕くような現実を目前にして、その事実にうろたえ、右翼的信念が揺らぎ、涙目で「過剰反応するな」と叫んでいらだちを表明するのは、当然といえば当然の反応かもしれません。その反応は、ネット右翼的な洗脳が解除されつつある証拠です。という意味では、「政府を支持する機械」のように黙々と政府の弁護だけを続けいらだちも疑問も持たない人よりも、id:retorin氏はマシと言えましょう。

いずれにせよ、防衛大臣の暴言に対する批判は、全然「過剰反応」などではありません。戦争体験と愛国心を忘れた反日政治家の失言に批判が集中するのは、ごく普通の一般的な反応であることは、下記に示される世論が証明しています。

京都新聞 社説 防衛相発言 「原爆容認」は許されぬ

http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20070702.html

長崎、広島では今も多くの被爆者が苦しんでいる。長崎選出の久間氏がそれを知らぬはずがない。被爆者の心を深く傷つけるもので、被爆者団体や関係者が怒るのは当然だ。

唯一の被爆国として、核兵器廃絶を訴えているわが国のこれまでの取り組みさえも反古(ほご)にしかねない。閣僚、防衛相として許されない発言だ。

・・・

核兵器の使用について、国際司法裁判所は「国家滅亡の危機のような極端な状況」での判断は回避したものの「国際法や人道的な原則には一般的に違反する」との勧告的意見を出している。

それにもかかわらず、米国内には「原爆が戦争を早く終結させた」する肯定論が根強くある。

本来なら、肯定論の誤りをたださなくてはならないのに、久間氏の発言は、逆に勢いづかせる恐れもあるのだ。

岩手日報・論説 久間防衛相発言 「軽率」ではすまされぬ

http://www.iwate-np.co.jp/ronsetu/y2007/m07/r0702.htm

被爆地・長崎選出の衆院議員久間章生防衛相の口から、耳を疑うような発言が飛び出した。米国の広島、長崎への原爆投下について「あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている」と講演で語った。

わが国は、あの原爆投下でそれまで人類が体験したことのない惨禍を経験した。そして今もなお、多くの被爆者の苦しみは続いている。その日本の閣僚がなぜ、原爆投下を容認するかのような発言ができるのか。到底見過ごすことはできない。

・・・・

安倍晋三首相は「米国の(当時の)考え方を紹介したものと聞いている」とし、問題はないとの認識だが、この程度ですむ軽い問題なのかどうか。

首相とすれば、年金問題で逆風を抱える参院選を前に、これ以上の難題は防ぎたいという思いがあるのだろうが、守るべきは「党益」ではない。

唯一の被爆国として日本は、2度と核の悲劇を繰り返さないという決意を国際社会へ不断に示していく責務がある。久間発言はそれを揺るがす点で、極めて罪深いとさえ言える。

河北新報 社説 久間防衛相発言/無神経にもほどがある

http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2007/07/20070702s01.htm

思わず耳を疑った。なぜ、こうも無神経な発言が飛び出るのか。

「長崎に落とされ悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている。それに対して米国を恨むつもりはない」

久間章生防衛相(衆院長崎2区)は、千葉県柏市内の講演で、先の大戦で米国が原爆投下したことについて、こう語った。原爆投下を部分的に肯定するとも受け取られる発言だ。

日本が世界で唯一、惨憺(さんたん)たる体験をした被爆国であり、しかも自身が被爆地・長崎県出身の国会議員だということを忘れてしまったのだろうか。

・・・・・

発言が、事情によっては原爆投下も仕方がないとも受け取られ内容で、非常識なものと言わざるを得ない。

核兵器の使用は、無防備な一般市民を、無差別に、大量に虐殺するものであり、どんな事情があっても絶対に許されるべきではない。

その破壊力、殺傷力はすさまじく、広島では約14万人、長崎では約7万人が死亡、今なお、全国で約26万人に上る生存被爆者が後遺症に苦しむ。

発言は、被爆者に対する心遣い、思いやりを忘れ、被爆者の心をずたずたにしてしまった。

沖縄タイムス社説 2007.7.2 [久間防衛相発言]被爆者の心忘れたのか

http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20070702.html#no_1

政治家による放言、暴言の類は、それこそ枚挙にいとまはないが、それにしても防衛省を率いる大臣の発言がこんなに軽く、見識に欠けるものでいいのだろうか。

相手が大学生だから軽くと考えたのであれば大間違いで、むしろ自らの底の浅さを露呈したというしかない。

今年の八月九日、長崎は被爆から六十二年の原爆の日を迎える。

去る四月、凶弾に倒れた長崎市の伊藤一長前市長は昨年のこの日、「人間はいったい何をしているのか。長崎では怒りといら立ちの声が渦巻いています」と、核軍縮が一向に進まない世界情勢に怒りを示す平和宣言をした。

被爆者の記憶をしっかりと語り継ぎ、国際社会に強いメッセージを放ち続けなければ、核廃絶は実現しないという被爆地の危機感を率直に表したものである。

防衛相は長崎県出身だ。長崎の悲劇を知らないはずはなく、記憶の風化へ立ち向かうべき立場の人だろう。

だが、「しょうがない」という発言からは、二度とあの悲劇を繰り返してはならないという決意が、みじんも感じられない。

言うまでもないが、政治家にとって「言葉」は自らの政治信条や立場を示す要諦だ。大臣であればなおさらのこと。いかなるときでもその発言には責任が伴う。

広島の被爆者も、長崎の被爆者も、世界でまれな体験を持つ者として、原爆の恐ろしさを語り続けている。

唯一の被爆国の大臣として、その経験を国際社会に語り継いでいく責任があることに、なぜ気付かないのだろうか。

発言は、被爆者への気持ちに思いをはせることもなく、思いやる心をも欠いたものと言わざるを得ない。

愛媛新聞社ONLINE 久間防衛相発言 原爆の正当化は容認できない

http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017200707020547.htm...

原爆を容認するとしか受け取れない不用意な発言であり、それが現職の閣僚の口から飛び出すとは驚く。非難されてしかるべきだ。

まして久間氏は衆院長崎二区選出の国会議員であり、原爆投下がもたらした惨禍と被爆者の今なお癒えない傷に最も敏感であるはずではないのか。被爆者らから憤りとともに失望の声が上がったのは当然だ。

講演で久間防衛相は、当時、米国が旧ソ連の参戦を食い止めるため広島と長崎に原爆を投下した側面があるなどと指摘したのに続いて「長崎に落とされ悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている」と述べた。

また「原爆まで使う必要があったのか」と否定的な見方を提示しつつ「そういう選択もありうることも頭に入れて考えねばならない」と発言した。

確かに、原爆投下は戦争の早期終結のためだったなどと正当化する主張が米国などにある。が、唯一の被爆国の閣僚が同様の発言をするなど言語道断だ。

[七月二日(月)] / ひょうたんなまず / 西日本新聞

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/hyoutan/20070702/2007070...

[被爆国の大臣がこれでは 久間防衛相発言] / 社説 / 西日本新聞

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/syasetu/20070701/2007070...

どんなに釈明しようとも、発言の趣旨や理由がどうであれ、これは被爆国の閣僚がすべき発言ではない。

国民の核兵器廃絶への願いを踏みにじるものだ。失言では済まされない。直ちに撤回すべきだ。

・・・・

原爆の悲惨さ、むごたらしさを人類で唯一体験した私たち日本人は、いかなる理由があれ人類が二度と核兵器を使用しないよう、世界に訴え続けてきたはずではなかったか。

その日本の閣僚が、「原爆が戦争を終わらせた」とする米国の原爆投下正当化論を思わせるような発言をしたことは、ショックである。

「原爆投下が戦争を終わらせた」「原爆投下はソ連の参戦を食い止めた」のは事実かもしれない。しかし、それは投下した米国の論理である。

そこでは、広島と長崎の空中で破裂した原爆の下で、惨状が繰り広げられた事実が抜け落ちている。勝者の論理による一方的な戦争総括でもあろう。

歴史は、事実を多面的に検証し、総括されるべきである。

原爆の惨状を体験した私たち日本人が「ノーモア原爆」「核兵器廃絶」を訴え続けるのも、戦争の歴史を正しく後世に伝えなければという思いからである。それは、日本が世界の中で担わなければならない役割でもある。

久間氏の発言は、そうした視点が欠落している。国防・軍事を担当する防衛相の戦争総括としても、お粗末と言わざるを得ない。戦略・戦術面だけで、原爆投下の意味を総括すべきではない。久間氏の閣僚としての資質を疑う。

コラム・社説 - AGARA紀伊民報 7月4日(水) 「粗雑な『しょうがない』発言」

http://www.agara.co.jp/modules/colum/article.php?storyid=127628

▽これが、人類史上初めて原爆を広島と長崎に投下したアメリカ側の発言なら、その内容には反発しても「そう信じなければ、何十万人もの非戦闘員を無差別に殺害した理屈が立たないだろう」と思わないでもない。

▽しかし、久間氏は日本の防衛相である。日本の核問題に責任を負う人である。相手国の言い分をそのままオウムのように繰り返せばいい立場ではない。「国際情勢とか戦後の占領状態からいくと、そういうこと(原爆投下)も選択肢としてはありうる」なんて、口が裂けてもいうべきではない。

▽それを平然と述べるセンス。粗雑としか言いようがない。後で陳謝し、説明の仕方がまずかったと謝ったが、それで済む問題ではない。

Web東奥・社説20070702 原爆投下を認める非常識/久間防衛相発言

http://www.toonippo.co.jp/shasetsu/sha2007/sha20070702.html

どのような事情があったにしても、原子爆弾の使用など許されないことだ。あってはならないことだ。それは、世界の共通認識ではないのか。

なのに、現職の防衛大臣である久間章生氏が「長崎に落とされ悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないと思っている」と、原爆投下を是認するような発言をした。極めて非常識なことである。

唯一の被爆国として、世界に核廃絶を訴え続けている国民や政府の気持ちを、一人の閣僚がないがしろにした。その責任は大きい。何より、原爆投下により亡くなった人々、今も苦しんでいる多くの被爆者にとっては許すことができない発言だ。

久間氏は一日、批判を受けて陳謝し発言を事実上撤回した。しかし、軽率な発言だったとして済まされるのだろうか。国民感情を逆なでにするもので、野党が罷免を要求するのも、当然ではないだろうか。

・・・・

「勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうかという思いは今でもしているが、国際情勢、戦後の占領状態などからすると、そういうことも選択としてはあり得るのかなということも頭に入れながら考えなければいけない」

防衛相はこうも語っている。本土決戦を叫び徹底抗戦を主張していた軍部が終戦を受け入れた理由の一つには、原爆投下があったろう。旧ソ連は結果的には北海道を占領しなかった。

だからといって、原爆投下を正当化できる余地などあるはずはない。

【社説】久間防衛相発言 なぜ悲劇の刻印が見えないか?宮崎日日新聞社

http://www.the-miyanichi.co.jp/column/index.php?typekbn=1&se...

原爆という歴史的事実の背後に、今なお癒えない悲劇の刻印がある。それさえ見えない政治家の空疎な言葉を、私たちはどう聞けばいいのか。

怒りと悲しみの声が広がっている。無神経極まりない発言であり、野党が罷免を要求するのも当然だろう。

・・・・

どれほど正当化されようとも、原爆の行使は絶対に許されない。

それが世界で唯一の被爆国である日本の核廃絶への祈りであり、国民共通の価値観であるはずだ。

その立場を踏まえてこそ、核廃絶運動の先頭に立つことができる。長崎選出の国会議員として、しかも国民の安全を守るべき防衛相の任にある人物として失格と言わざるを得ない。

防衛相は、米国が原爆を投下した理由として、当時のソ連に参戦させないため速やかに日本に降参させる必要があったことを指摘した。

たしかに当時、本土決戦など徹底抗戦を叫んでいた日本の軍部も原爆によって終戦を受諾。北海道へのソ連軍侵攻がなかったのも事実である。

だからと言って、原爆投下が正当化される余地は全くない。

・・・・

かつて長崎の原爆資料館 http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/ を訪れたノーベル平和賞受賞者の故マザー・テレサは、原爆で黒焦げになった少年の写真を見て語ったことがある。

「すべての核保有国の指導者はここに来てこの写真を見るべきです」

一般市民を無差別かつ大量に殺戮(さつりく)する核兵器の使用は、必要悪ではなく、絶対悪だということを確認したい。

中日新聞:中日春秋:コラム(CHUNICHI Web)

http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK20070702020288...

▼終戦の過程を検証した著書のある在米の歴史学者、長谷川毅さんは原爆投下に関し米国は反省する必要があると思っている。なぜなら戦争を終わらせる手段がほかにあったかもしれないからだ。政治には常に可能性を追い求める責任がある

・・・・

▼軍事評論家の前田哲男さんは原爆投下に象徴される「空からの皆殺し思想」はナチス空軍によるゲルニカ爆撃に始まり、日本軍の重慶爆撃も含めて世界各地での戦いに脈々と受け継がれているという。イラク戦争も例外ではない

▼久間氏の発言もこの潮流に沿っているように聞こえる。憲法九条を持つ国の政治家には地獄と化す地上のことを想像してほしい。原爆投下を「しょうがない」とは言えないはずだ。

中日新聞:防衛相発言 原爆容認は無知の露呈:社説

http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK20070702020...

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK20070702020...

投下した米側の論理そのものであり、被爆者や広島、長崎の市民などから悲しみ、憤る声が上がったのは当然である。二つの原爆では二十数万人の命が奪われ、いまなお二十万人以上が苦しんでいる。久間氏はそれらの人の墓前、面前でも「しょうがない」と言えるのだろうか。

核兵器の残虐さを身をもって知る日本人には、核廃絶を求める国際世論の先頭に立つ責務がある。幅広い市民が被爆者とともに「どんな理由があっても核兵器は許されない」との思いで努力してきた。

被爆国閣僚の今度のような発言はこうした核廃絶運動の足を引っ張りかねない。ただでさえ米国追随が指摘される中での原爆投下容認は、国際社会で「なにもそこまで」と冷笑されるのではないか。

そもそも「しょうがない」「選択肢としてはあり得る」という認識自体が無知をさらけ出している。国際司法裁判所は一九九六年、「核兵器による威嚇とその使用は一般的に国際法に違反する」という勧告的意見をまとめている。

その際、日本政府は「核兵器使用は人道主義に反する」とはっきり述べた。こんな基本的事実も久間氏は知らないようだ。

事実上の国会閉幕で気が緩んだためという見方もできるが、軍事を司(つかさど)る人物だけに見過ごせない。防衛相が原爆を受け入れる考えでは、日本の国是である非核三原則も国際的に信用されまい。

中国新聞 社説 久間防衛相発言 核廃絶への思いどこに '07/7/2

http://www.chugoku-np.co.jp/Syasetu/Sh200707020096.html

撤回しても多くの国民の憤りは消えまい。久間章生防衛相の発言である。先の大戦で米国が広島、長崎に原爆を投下したことに触れ「しょうがないなと思っている」などと述べた。

核兵器使用を容認し、被爆者の心を踏みにじる内容である。被爆者や平和団体はじめ、各方面から閣僚としての資質を疑う声が相次いでいるのも当然といえよう。

・・・・

核兵器廃絶は、世界唯一の被爆国である日本の使命である。その政府の閣僚で、ましてや国民を守るのが任務の防衛相である。そうした自覚は果たしてあるのか。

防衛省スタートから半年。初代の大臣がこれでは自衛隊のシビリアンコントロールはとてもおぼつかない。

・・・・

「人間は、いったい何をしているのか」。凶弾に倒れた長崎市の伊藤一長前市長は昨年八月九日の平和宣言で、核拡散に向かっている世界に対する怒りといら立ちをこう表現した。いま一度、安倍政権と久間防衛相にぶつけたい。

神戸新聞ニュース:社説/2007.07.02/防衛相発言/核廃絶の決意が疑われる

http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/0000431788.shtml

米国の核使用に理解を示し、正当化を許す見解といわれても仕方がない。被爆国の願いとは到底、相いれないもので、とりわけ、いまも多くの人が原爆症で苦しむ被爆地は、たまらないだろう。

日本は先頭に立って核廃絶を世界に訴え続ける責務がある。久間氏は「核廃絶の姿勢は微動だにしていない」と釈明したが、少なくとも発言からは、そうした使命への決意が伝わってこない。被爆地の代表や大臣としての適格性が疑われる。あまりに不見識な発言というほかない。

安倍政権になって、柳沢厚労相の「産む機械」発言など、閣僚の発言が何度も問題になった。「政治とカネ」をめぐる松岡前農相の説明拒否もあったが、その都度、首相は擁護してきた。辞任させることによって任命責任が問われ、求心力が落ちることを懸念したのだろう。

だが、今回の発言は核兵器をどうみるかという、国の姿勢にかかわり、しかも防衛を担う大臣の発言である。扱い方によっては、非核三原則という基本政策にまで疑いの目が向けられてしまわないか。

新潟日報 社説 防衛相原爆発言 核廃絶の国是を忘れたか

http://www.niigata-nippo.co.jp/editorial/index.asp?syasetsuNo=69...

釈明や撤回で済むたぐいの失言ではない。長崎、広島への原爆投下について「しょうがない」と久間章生防衛相が述べたことだ。

世界で唯一の被爆国であり、核兵器廃絶を国是とする国の閣僚としての資質を疑う。

久間氏は、米国の原爆投下はソ連の参戦を食い止めるためと指摘したかったらしい。だから「しょうがない」とは何たる論理か。これに従えば原爆の使用も時と場合によっては許されることになる。このような見解の持ち主に防衛相が務まるとは思えない。

まして久間氏は長崎県選出の衆院議員である。被爆した人たちの心情は十分に理解しているはずである。被爆者や長崎、広島市民らは裏切られた思いでいっぱいだろう。

原爆によって二十一万人余の命が奪われた。今なお二十六万人を上回る被爆者が苦しみ続けている。この現実を直視することこそ閣僚の務めである。

久間氏は「誤解を与えているところがあれば、丁寧に説明したい」と釈明している。誤解の余地がない発言だということに気付かないこと自体、お粗末である。直ちに発言を全面撤回し、被爆者に謝罪すべきだ。それができないようなら辞めてもらうしかない。

・・・・

歴史的事実と真摯(しんし)に向き合おうという姿勢が感じられない。これでは諸外国はもちろん、国民の信頼も得られまい。いかなる理由があろうと原爆投下は許されないというメッセージを早急に発する必要がある。

「都市無差別爆撃」の / 春秋 / 西日本新聞

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/syunzyu/20070702/2007070...

原爆容認とも取れる発言をする人が、被爆国日本の閣僚にいるとは思いもしなかった。しかも被爆地長崎から選ばれた衆院議員である。

・・・・

折しも国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館(長崎市)が企画した海外原爆展がスペインのゲルニカで開かれている。ナチス・ドイツによる史上初の無差別爆撃を受けた都市から発信する長崎の声に世界が耳を傾けるさなか、長崎が生んだ大臣が「しょうがない」とは恥ずかしい。

・・・・

原爆がもたらした数字を整理しておく。死者は1945年末で広島と長崎を合わせて20万人を超えた。62年を経ても多くの人が放射線障害などに苦しみ、26万人が被爆者健康手帳を持っている。

社説 北海道新聞 防衛相発言*核廃絶に逆行する暴論(7月2日)

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/35604_all.html

日本は唯一の被爆国として核兵器の恐ろしさ、悲惨さを身をもって知っている。だからこそ、核廃絶の訴えには説得力がある。それは国是であり、国民の総意でもある。

ましてやいまは、国際社会が北朝鮮やイランの核開発阻止に全力を挙げて取り組んでいるときだ。

久間氏の発言は、日本が積み重ねてきた核廃絶の努力を台無しにするものと言わざるを得ない。

もちろん、安倍晋三首相の任命責任も問われなければならない。

首相はきのうの党首討論会で「誤解を与えるような発言は厳に慎まなければならない」としながらも、野党の罷免要求には応じない考えを示した。ことは重大なのに鈍感すぎる。

久間氏の発言があった当夜には「自分としては忸怩(じくじ)たるものがあるという被爆地としての考え方も披歴されたと聞いている」とも語った。

「忸怩」とは「恥じ入ること」である。これが久間氏の言葉か首相自身の言葉か定かではないが、被爆地が恥じ入ることなどまったくない。

高知新聞:高知のニュース:社説:【防衛相発言】 被爆の惨禍忘れたのか

http://203.139.202.230/?&nwSrl=215039&nwIW=1&nwVt=kn...

ソ連の日本占領などを防いだという文脈での発言ではある。だが、世界の非核化を訴えるべき国の閣僚であり、しかも長崎市の一部を含む衆院長崎2区の選出だ。被爆者らが激しい怒りを示すのは当然だ。

米国では広島、長崎への原爆投下を肯定する考えはいまなお根強い。投下六十年を機に実施された日米の通信社による世論調査では、「戦争の早期終結のためにはやむを得なかった」が68%に上った。

これに対し、日本では「必要なかった」が75%を占める。核兵器がもたらす惨禍を知る国民として容認できないのは当然だ。悲惨な体験は核廃絶運動の原動力となってきた。

国際司法裁判所は一九九六年に「核兵器の使用・威嚇は一般的に国際法に反する」との勧告的意見を出したが、その原点にあるのは日本の被爆体験だ。

世界の核軍縮が一向に進まず、逆に北朝鮮などでの核拡散の危機が高まる中、日本は核廃絶へのリーダーシップをとるべき立場にある。被爆国の責務といってよい。

その国の閣僚、しかも防衛相という極めて重要な立場にいる久間氏の発言は、日本の基本政策を揺るがせかねない。

昨秋には自民党の中川幹事長や麻生外相が核武装論について論議することは必要と発言し、国内外で大きな問題となった。それに続く久間発言が核兵器に対する姿勢の転換と受け止められる懸念がある。

さらに、被爆者の苦しみは決して過去のことではない。現在も続く深刻な問題であり、その苦悩への配慮が全く欠けている点でも暴言といわざるを得ない。

論説 - 佐賀新聞 7月3日付 久間防衛相発言 軽率さ否定できない

http://www.saga-s.co.jp/ronsetu.html

広島と長崎に落とされた2発の原子爆弾は、想像を絶する地獄をつくり出した。人間が考え出した最も恐ろしい兵器である。21万余人の命が奪われた。かろうじて生き延びた人も白血病などの原爆症に悩まされている。

米政府は戦争を終結させるためにやむを得なかったと主張するが、日本人が原爆実験の犠牲になったとの疑いも否定できない。広島はウラニウム爆弾で、長崎はプルトニウム爆弾だった。性能の違いを分析するために2発も落としたのではないのか。

久間防衛相は長崎選出の国会議員である。原爆の悲惨さも長崎市民が核廃絶運動を熱心に行っていることも承知しているはずだ。しかも国民の安全を守る防衛相として、発言にはもっと慎重であってほしい。

・・・・

先の大戦で何が真実なのか、中国と韓国に対しても歴史的な研究がまだまだ必要である。原爆投下に関しても、日本と他国の間では受け取り方にギャップがある。

しかし、どんな理由があっても核兵器は持つべきでないし、使うべきではない、というのが被爆国日本の主張だ。特に、今は北朝鮮の核廃棄に向けて重要な時期である。防衛相として日本の立場をしっかり認識して発言すべきである。(園田寛)

南日本新聞- 社説 [防衛相発言] 被爆者の心踏みにじった責任は重い

http://373news.com/_column/syasetu.php?ym=200707&storyid=530...

「原爆投下は絶対悪」という基本的な認識を欠いた発言にはあきれるほかない。

当時、本土決戦など徹底抗戦を叫んでいた軍部も原爆によって終戦を受け入れた。また、北海道へのソ連侵攻がなかったのも事実だ。だからといって、広島と長崎で21万人余の命を奪った原爆投下を正当化する余地は全くない。

久間防衛相発言 被爆者の苦しみ忘れたか 徳島新聞社

http://www.topics.or.jp/index.html?m1=10&m2=33&eid=news_...

事は原爆投下の問題である。国際情勢がやむを得ない情勢だったのだから「しょうがない」では済まされない。

久間氏の発言は、参院選の有無とは関係なく国家の基本方針に抵触する。防衛相としての見識、資質が疑われる。

唯一の被爆国であるわが国は、戦争を起こさせない世界を目指し「原爆は二度と使わない、使わせない」姿勢を示し、率先して取り組む立場にある。


[34]>32 確かに世間知らずです。 retorin

私は人生の半分もまだ生きてはいません。

でも、「久間防衛相は反日ではありえない」とは思っていません。思う根拠がありません。

『痛みの共有』、確かに大事なことです。しかし、それは典型的平和ボケの日本人の発想です。どんなに過去の戦争を学び平和の大切さ尊さ学んだところでそれは知識でしかなく実際の体験にはなりえません。結局のところ他人事でしかないわけです。義務教育で教える平和学習もまじめに受けてる学生なんて1割にも満たないのが現実です。

>>感受性のカケラも無く人間を虐殺できる軍人を誇りとし

これは万国共通のことですよ。敵を殺し見方を守るのが軍人の仕事ですからね。それができなきゃチベットのように侵略されるのがオチです。

>>「政府を支持する機械」

国民の9割がたはそうですよ。選挙で国政が変わると思ってるんですから。

久間防衛相の発言は問題だと思いますよ。しかし、反対意見ばかりで肯定する意見も出して公平な報道をしないメディアも問題だと思っています。イライラするのはそういったメディアと、ここぞとばかりにお祭り騒ぎをする野党に対してです。

後、「死者の数なら東京大空襲と大差ないし。爆弾の扱いや危険性からみても生物・化学兵器のほうがよっぽど危険です。」

といったのは原爆落とされたぐらいでどっかの国みたいにギャアギャア言わず物事をもっと大きく捉えてほしい、という意味合いをこめています。


[35]○こんなおそろしいものはない! nanairokamen

○残念ながら大臣を弁明する言葉は何一つありません。

映画「猿の惑星」での自由の女神像!愕然としたのは小生だけではない筈!


[36]視点を変えてみてはどうでしょうか? masahia

私も戦前・戦中・戦争直後を経験していないのではっきりとは理解できませんが、どうもこの戦争を経験した世代や終戦後に生活が非常に困窮していた時代を経験した世代にとって、原爆を投下されたという事はひとつのシンボルになっていたのではないでしょうか。

それこそ、臥薪嘗胆で戦後に経済や国力の復興を成し遂げた(成し遂げようとした)人達にとって見返してやりたい相手は戦勝国であり、その中心にいるアメリカだったようで、あこがれと憎しみが入り混じったアンビバレントな感情を、はっきりと経済復興を目指すものとして指し示したシンボルの一つが、原爆を投下されたという事だったのではと思います。その、感情は学生が広島や長崎の原爆資料館を訪問する事で再生産されてきたのでは。

しかし、その記憶も薄れ忘れ去られつつある今の私たちにとっては、原爆と聞いても戦中戦後の苦しい生活など、連想もしませんし、今世界中にひろがる日本がかつて経験した貧困も実体のあるものとしては掴みきれません。

たぶん、原爆投下の事実を軽く扱う事はその世代や影響を強く受けている人達にとっては、戦後成し遂げてきたもろもろの経験や成果を「それがなんぼのもんじゃい」といわれた様な侮蔑的な言説に変わって読み取られてしまうので許せないのだと思います。

まあ、以上はあくまでも私見で何の根拠もありませんが、ここのところの思潮の流れはほとんど戦後の成果をなかったものとしている様に見えるもので、


[37]「しょうがない」では決して許されません。 RisingSun

http://news4vip.livedoor.biz/archives/51006324.html

日本国軍人たちは、日本国と家族のため、

世界中の人種平等のために、最期まで勇敢に戦い抜きました。

そのことを正しく理解できていない人や、

外国人に雇われて煽っている人が、hatenaユーザーの中に

数名いるようです。

原始爆弾も空襲も、現在の日本人が経験したら

どのような気持ちになるのでしょうか。

耳の鼓膜が破れて、手足の指が吹き飛んだらどのような

気持ちになると思いますか?

「しょうがない」では決して許されません。

ほとんどの日本人が全力で戦い抜いた先の大戦の意義を

正しく理解して、これから起きるであろう国際問題に

堂々と立ち向かっていける日本国民でいるということは、

英霊たちの多大な犠牲に報いる唯一の恩返しなのです。


[38]>37 まさかとは思いますが、「天皇万歳」ですか? retorin

兵隊を別の言い方で言うと「職業軍人」といいます。そう、軍人は職業なのです。

確かに信念の下に戦う方もいるでしょうが・・・


[39]>36 なるほど retorin

そういう見方もありますね。

つまり、戦争体験者にとってその当時の事を軽く扱われることは、まるで自分たちの苦労を軽く扱われているように感じるわけですね。


[40]>30 それもあるかもしれませんが retorin

その割りにリスクが大きすぎる気がします。


[41]>25 進化 retorin

私としては原爆被害者から体験者へと進化してほしいと思っています。やられたことやった相手をグチグチ言うだけの被害者ではなく、過去の罪を許した上でその体験を次の世代に受け継いで生かしてほしいです。

戦争を早く終わらせる方法を知っていますか?それは「圧倒的力で相手を滅ぼすこと」です。大昔の戦争は勝敗を分ける決定的な兵器が存在しなかったため100年近く戦いが続くこともありました。歴史年表を見ればわかるように兵器の進化とともに戦争の期間も短くなっています。そういった意味合いでは大量破壊兵器は効果的であるといえます。


[42]>38 貴方は雇われて書いているのですか? RisingSun

貴方は 外国人に雇われている

あるいは 共産主義者なのですか?


[43]>42 どちらかといわれれば共産主義者かな? retorin

知ってました。日本って史上最も成功した社会主義国であることを

・巨大な官僚機構

・手厚い社会保障

・産業の発展・育成のための政府の市場介入

・「1億中流」の国民思想

など


[44]>17 同意です kk_solanet

アメリカの特使もなんか同様の発言をしていたようですが、あれではイランや北朝鮮に突っ込まれても仕方がないですねぇ。


[45]>37 原爆限定の反応の理由にはならないでしょう trinh

それでは質問者に答えたことにならないのでは?

原爆にだけ過剰とも思える反応が出る。このことを質問者は問題にしていると思いますが。「耳の鼓膜が破れて、手足の指が吹き飛」ぶのは通常爆撃でも同じ。東京大空襲を「しょうがない」と言った人は寡聞にして知りませんが、原爆と比べると全然問題になってないと思いますが。


[46]>43 「戦争の誘発要因のひとつとなった左翼」 RisingSun

http://www9.big.or.jp/~cumy/sayoku/ichi_1.shtml

「日本共産党はソ連コミンテルン日本支部として生まれた。

世界共産主義革命を成すための日本支部とでもいうべき組織だ。

現在の日本共産党は旧ソ連政府や支那政府との対立を偽装するが、

かつては完全にソ連コミンテルンの支配下にあった。

その活動を見ると、現在の中核派や革マル派以上のテロ組織と言っていい。

日本共産党は査問と称するリンチ殺人を繰り返した。

また、拐帯や更に強盗、詐欺、恐喝などを行う犯罪組織でもあった。

それゆえ、当局は共産党員を次々摘発した。

これらの事実は現在、全て隠蔽されている。

マスコミがこれらの事実をあまり取り上げない理由は何か。

それは共産党へのシンパシーを感じる人間がマスコミ関係者にいることと、

そもそも共産党の実態に無知であることが考えられる。

しかし何より、共産党からの告訴などによる嫌がらせを恐れてのことだろう。

嫌がらせのために告訴を行うのは、サヨクの常套手段なのだ。

現在、共産党の戦前における真実を語ることはタブーになっている。

なお、戦前における共産党が行った犯罪というタブーを真っ向から

記述した研究書があるので、興味のある人は参考にされたい。

かなり綿密で具体的な研究書である。」

書名 :日本共産党の研究 一から三巻。

著者 :立花隆

出版社:講談社


[47]外国から見ると michellwin812

久間防衛相の発言は、日本人が大戦中にしたことを考えれば外国人

にとっては、あたりまえに受け止められるでしょう。しかし防衛相という立場での発言としては、外国から日本の現在の見解だと誤解されるので非難されるべきだと思います。


[48]>37 だから・・・ to-ching

しょうがない・・・時代が戻ってくるわけも無い、「しょうがない」ある意味名言


[49]当時日本軍が to-ching

持っていたら、沢山使っていたでしょうね。大喜びで!だから、

しょうがない!


[50]>49 頑張って作ろうとしてましたよ! to-ching

湯川英樹等々・・・日本初ノーベル賞受賞。


[51]>50 さてさて・・・ to-ching

日本人が沢山使って大戦勝利!今頃の日本人はどう振り返るのやら・・・しょうがない


[52]>51 被害者意識がそうするのか? to-ching

どうでしょう?自分の国民がやられたから?自分の国がやったとしたらどうなっているのでしょう?


[53]今回に限らず tehi

以前からいろいろ問題発言ばかりしてきましたからね、この人は。やめてよかったと思いますよ。本当にこの発言で傷ついているひとより僕がイライラするのは野党です。


[54]平和主義という商売 miharaseihyou

最大の問題は平和を唱える「お題目」で平和が実現するという誤った考え方です。世界の現実はそんなに単純なものではない。兵器や戦争を肯定する政治家は、平和主義者の商売にとっては美味しい標的なのです。これらの寄生虫が現実の認識を歪めていることが最大の問題です。


[55]マスコミに問題があるんじゃないでしょうか? tokyoyama

マスコミって左寄りの人が多いからしょうがないと思えます。

インタビューだって、どーせそーゆー発言を選んでるんでしょ。

ごく一部の意見をあたかもみんなの意見だと思わせるのはマスコミの常套手段ですからねー番組を面白くして視聴率を稼ぐための。。

価値観の違いもありますけど、「しょうがない」と思ってるほうが国民の多数派ではないかと思ってますけど、違うのかな?

久間防衛相の発言の前後関係からはすごく自然な意見に思えました。

原爆の投下がなかったら日本の降伏はまだ遅れていたでしょうし、ソビエトが北海道を占領していたでしょう。

そうなったら朝鮮半島のような悲劇が日本で起こっていた可能性もあるわけですよね。

南北分断のような。

別にアメリカがそこまで考えて原爆の投下を決断したわけでは無いでしょう。

アジアの拠点として日本を単独で支配したかったというのが本筋だとは思います。

歴史にもしもはありませんが、いろいろな要因を考えて?

結果として「しょうがない」

自然だと考えます。


[56]もう少し歴史のお勉強くだされ murokawa1131

悲惨な死に方をしたのは東京大空襲もそうで、唯一地上戦で沖縄南部の皆殺し的な米軍のやり方にも恐ろしいものがあります。でも、原爆は良く考えてみると米軍の実験的な性質もあるのではないかと私は思います。焼け爛れた死体を想像してみてください。

これは過去の問題だと貴方は処理できますか。


[57]>48 悲惨な歴史体験をしょうがないですまされるのでしょうか。 murokawa1131

皆さんは近代史つまり歴史を学んではいないのでしょうか。過去の事だからもういいやというのでは余りにも幼稚すぎませんか。


[58]>55 貴方よくお考え下さい。 murokawa1131

このしょうがない発言は一般の人なら許せますが。仮にも政府の要人しかも大臣の発言ですよ。


[59]>48 自分の存在何のためにあるのか良くお考え下さい。 murokawa1131

時代が戻ってくるはずもない、これは余りにも無知すぎるのでは真剣に答えている方もばかばかしくなりますが。人間誰しも祖先はありますよね。過去があるから私たちだって存在しているはずです。


[60]>54 貴方みたいな人間を私は焼き殺したい murokawa1131

私は平和主義者ですが。貴方みたいな人間はこの世に生きてる価値はない。死んだ方がいい死に方はガソリンを全身にかけて火をつけてください。それで死ねます。


[61]>58 おっしゃる事はわかりますが。。 tokyoyama

価値観の違いなんで、どっちが正しいって問題じゃないとおもいますけど?

そーゆー考え方もあるって事です。

許せないmurokawa1131さんのようなかたもいらっしゃいますし、私のように自然だと思う人もいるわけです。


[62]>57 すまさなければなりません。 retorin

後ろばかり向いていては前には進めませんよ。

「あの時こうしておけばよかった。」ではなく「あの時はこうだったから今度からはああしよう。」と考えなくてはいけません。

祖先や過去は大事ですが過ぎ去ったことはどうすることもできません(タイムマシンがあれば話しは別ですが)。


[63]>60 平和主義が・・・ retorin

この程度のことで「殺したい」ですか・・・平和主義者の質も地落ちたものですね。


[64]>9 少し違いますね。 retorin

「一部先進国」の問題です。

世界には「核兵器?なにそれ?」みたいな国が大半で、保有国が体面を保つために必死になっているのです。世界の問題といっているのは誇張ですね。

昔ならいざ知らず、現代となっては核兵器は使いたくても絶対に使えない兵器です。「核兵器は危険」という見識は素人の浅知恵です。

確かに、現在の政情を維持するという意味では国民には盛大に踊ってもらわなくてはなりませんね。


[65]>9 少し違いますね。 retorin

「一部先進国」の問題です。

世界には「核兵器?なにそれ?」みたいな国が大半で、保有国が体面を保つために必死になっているのです。世界の問題といっているのは誇張ですね。

昔ならいざ知らず、現代となっては核兵器は使いたくても絶対に使えない兵器です。「核兵器は危険」という見識は素人の浅知恵です。

確かに、現在の政情を維持するという意味では国民には盛大に踊ってもらわなくてはなりませんね。


[66]>64 核がハリボテだといいですね TomCat

存在しても使えない兵器であってくれたらいいですね。そして核の傘を利用して結ばれる軍事同盟が、一部先進国以外は一切敵視しないものだったらいいですね。そういう世界が作れたら、どんなにいいかと思います。


[67]>66 冗談ではないですよ。 retorin

普通に考えてください。いくら敵国相手でも核兵器を簡単に使うような国に他国が黙っていると思いますか?使った国は例えアメリカだろうと周辺国から袋叩きになるのがオチです。

例えばの話ですが、

北の某国が日本の豊かな産業力・経済力を手に入れようと戦争を始めたとします。普通に戦っても埒が明かないので核兵器を使ってあっという間に全土の制圧しました、しかし、そこに残ったのは汚染された焼け野原だけで利用価値はありませんでしたとさ。

つまり、核を使えば勝てるが得るものが無いわけです。そんなことするぐらいなら友好関係を築いて貿易でその恩恵に授かったほうがましってものです。

核兵器は使うデメリットはあっても、メリットは少ないため使いたくても使えない兵器なわけです。

>>一部先進国以外は一切敵視しないもの

『いつ部先進国以外』だったら良いわけですか?


[68]>63 思想や信条に凝り固まった反応 miharaseihyou

融通の利かない、太平洋戦争の当時の陸軍の強硬派のような存在ですから、それも含めて日本人なのです。ある意味で彼は正直で愛すべき存在なのです。平和を唱えて商売にしている連中とは違います。


[69]>67 核の傘を利用した軍事同盟が困りものです TomCat

これもただのハリボテで、同盟国間の保険のような存在ならいいのですが、現実には内戦を除く世界の武力紛争の多くに、積極的な覇権的介入を行っています。

核が一部先進国だけの政治的道具に過ぎないのなら、せめて核保有国およびその同盟国は、政略的に核を使おうとする国以外には、一切の介入を停止してほしいものだと思います。


[70]>63 思想 miharaseihyou

融通の利かない、太平洋戦争の当時の陸軍の強硬派のような存在ですから、それも含めて日本人なのです。ある意味で彼は正直で愛すべき存在なのです。平和を唱えて商売にしている連中とは違います。


[71]>69 それは無理な話です。 retorin

大きくなった体を維持するには他国を食い物にするしか他に方法が無いのです。ある意味、自然の摂理です。


[72]>71 それはひどい TomCat

やはり核を含めた武力は全世界の問題ですね。大きな国が、核なんて知らないような小さな国も食いつぶす。これはとりもなおさず全世界の問題です。


[73]>72 失礼ですが retorin

真面目に回答する気はあるのでしょうか?

文章を見ているとどうもふざけている様な気がするのですが・・・

別にそれならそれで良いんですけど、それならもう少し面白いのをお願いします。


[74]>33 久間氏は確信犯、暴言は今に始まったことではない I11

読売新聞の報道によると、日本の核兵器保有の“議論”を肯定していたあの安倍首相ですら、防衛大臣の失言に激高して「左右問わず問題になることなんだ!」と側近に怒鳴ったらしいです。

首相が「擁護しない」と言っているのに、「擁護せよ」というのは、まさに反日ですね。(笑)

ただ、私個人は、“安倍激高”情報は、フェイクの印象があります。

“安倍激高”情報は読売新聞しか書いていません。本当は安倍総理も久間氏と同じ考えで核戦争の犠牲もOKだと考えていたけれど、それが本音だと国民に思われるとマズイので、首相の側近が「首相は本気で怒っている」ということにしておこうという架空のストーリーをでっちあげ、自民党反主流派の動向を官邸に“御注進”している読売新聞の政治記者の××××(自主検閲)にリークしただけかもしれない、と私は見ています。

なぜかというと、久間大臣の暴言は、今回に始まったことではなく、久間氏の「しょうがいな」という考えは安倍氏は以前からよく知っており、知ってて防衛大臣に任命したからです。

2003年6月、当時防衛庁長官だった久間氏は、山内敏弘龍谷大学教授との対談の中で「90人の国民を救うために10人の犠牲はやむを得ないとの判断はあり得る」という暴言を吐いて物議を醸したことがありました。(『朝日新聞』2003年6月30日付)

久間大臣の「しょうがない」発言はアメリカ政府へのリップサービスが過ぎたのだ、口が滑ったのだというような、同情論も一部にありますが、それは間違いです。以前からそういう考えを持っていた確信犯だったということは、この山内教授との対談発言でも読み取れることです。

特別直言 「しかたない」と「しょうがない」――故・宮澤元首相と久間前防衛相

http://www.asaho.com/jpn/coverright.html

「ひいては国益のために…」 2004年4月5日

http://www.asaho.com/jpn/bkno/2004/0405.html

山内:憲法上、公共の福祉というのは人権相互間の調製原理だ。

公共の福祉は国家の独立や安全などという人権を超える外在的な価値ではない。

特に9条は軍事に公共性を認めていない。

久間:国家の安全のために個人の命を差し出せなどとは言わない。

が、90人の国民を救うために10人の犠牲はやむを得ないとの判断はあり得る。

山内:判断の正しさが疑われるときに、

判断の犠牲になった国民はたまったものじゃない。

久間:それで救われた方は助かる。

山内:そういう犠牲を生まないために戦争をしないことが、

憲法の要請する政治の責任だ。

久間氏は確信犯です。暴言は今に始まったことではありません。

それを知ってて安倍首相は防衛大臣に任命した。

だから、任命権者である安倍首相にも当然、辞職に値する責任があります。


[75]>73 きちんと読んでください TomCat

ちょっと真面目に国際政治に興味を持っている人なら、私が提起した内容はきちんと理解できるはずです。何の理論性もない思想宣伝に過ぎないいわしなら、こちらからお話は打ち切らせていただきます。読める人は、同意にせよ反発にせよ、私の言わんとしていることはご理解頂けているはずです。


[76]>37 最期の最期まで戦い抜き、大切な命を捧げた英霊たちに RisingSun

皆様になりかわりまして、心より厚く御礼申し上げます。

十七歳の硫黄島 文藝春秋

闘魂 硫黄島 ― 小笠原兵団参謀の回想 光人社

玉砕の島 ― 太平洋戦争激闘の秘録 光人社


[77]>37 失礼ですが odorukuma

ほとんどの日本人が全力で戦い抜いた先の大戦の意義を

正しく理解して、これから起きるであろう国際問題に

堂々と立ち向かっていける日本国民でいるということは、

英霊たちの多大な犠牲に報いる唯一の恩返しなのです。



上記の文章でお聞きしたい事があります。

・大戦の意義とは何ですか?

・英霊と考えるのはなぜですか?


[78]>56 実験的な意味合いも強かったでしょうね odorukuma

しかし、今回の発言に対して、米は改めて核を落とした事の正当性を主張してきましたね。

結果的に「戦争を終わらせた」のは否定できませんし、戦争が早く終わるに越した事はないと思いますが・・・しかしやはり・・・


[79]>78 何度も言っていることですが retorin

温故知新、過去のことは過去としてその教訓だけを生かせばいいのです。

戦争はいつだって残酷なものです。映画のようにカッコいいものではありません。

結果論ではありますが、広島・長崎があったおかげで核大戦が防がれたというのも事実ではあります。


[80]retorinさん、ぜひお答え下さい odorukuma

retorinさんの一連のコメントを読ませて頂きました。

「retorinさんは自分の意見に絶対的にな自信を持っており、他人の意見を聞き入れる気はない。そのため水掛け論になる」

私はこのように思いました。

そこでお聞きしたいのですが、今回このいわしを立てたのは何のためですか?はてなユーザーの意見を聞きたいと思ったからですか?


[81]>79 長崎・広島に核を落とさなければ odorukuma

核大戦は防げなかったのですか?

ちなみに、核大戦とは、当時のソ連と米との大戦ですか?

それとも、大戦後に核を持った現代の国々による核戦争ですか?

また、その論拠は何ですか?


[82]>75 私は理解しました。 odorukuma

私はTomCatさんの意見は理解できました。

retorinさんは、現実主義といいますか、政治において「感情論」もとい「過去の戦争による痛みの共有」などを持ち出して議論するのを好まないといった印象を受けました。


[83]>75 興味があるだけではダメなのです。 retorin

私的には「日本人から離れて考える」事が重要だと思っています。

日本人的に考えると、戦争は酷い・可哀想・残酷、のように感情的になってしまいがちです。もっと客観的に利害・その影響等を考慮して考える必要があります。

感情的に考えた国際政治はいろんな意味で悲惨なものになってしまいます。

本題に戻らせてもらいますが、武力の行使には背景に利害関係が常について回ります。

イラク戦争も一見日本とは関係ないように見えますが大きく関わっています。はしょって言うと日本が豊かだからイラクが貧しくなり、そのせいで戦争が起きた。ということです。

日本の経済成長はその他の国にとって見れば武力以上の脅威です。武力というのは本質的に手段であって目的ではありません。武力について解決したいなら根本から解決する必要があります。


[84]>37 「 大日本帝国 ていていた〜 さんのホームページより 」 RisingSun

大東亜戦争の意義を理解することができる

素晴らしいフラッシュです。

http://www.teiteitah.net/emp_jp-1.html

http://www.teiteitah.net/emp_jp-2.html

http://www.teiteitah.net/emp_jp-3.html


[85]>45 東京大空襲 to-ching

原爆が落ちた長崎より沢山の犠牲者が出たのに・・・あまり知られていないと言うか、関心が無い?やはり原爆の方がインパクト強いのですね。こんなとこからも議論が出来るのかも?

とっても悪いたとえかも知れませんが、刺殺と刺殺した後バラバラにした、どちらがインパクトが有るのかこんなとこでしょう?


[86]>49 第二次世界大戦は原爆で終わり to-ching

第三次世界大戦は何で終わるのかはまだ分からない、しかし、第四次世界大戦が始まればその武器は

「石」だ・・・アインシュタインでしたっけ?


[87]>59 それじゃー to-ching

毎日起きている殺人事件にももっと関心を持たないといけませんね。一人が死ねば(殺されれば)、将来生まれてくるはずだった、無数の命が失われることですから。


[88]やっぱり似ている・日本・中国・韓国・北朝鮮 to-ching

やっぱりアジア人!やられたことは何時までもネチネチと・・・

一体どうすれば満足するのだろう。

時代なんか戻ってこない。ま、繰り返さないこと?無理無理!

立派に世界中で繰り返していますね。私らが死んでまた同じことがおこるのでしょう。時の経過としてやっぱり記憶は薄れて行くもの、それが人間。

今頃「元寇」のことをモンゴルに文句を言っても仕方がないでしょう?

これでも私、終戦記念日、原爆記念日には黙祷はしますが・・・


[89]>61 彼らはマル経の連中でしょう。 miharaseihyou

インターナショナルを歌いながらシベリアへ遊びに行った世間知らずの後継者でしょう。もう少し頭の構造をリストラして欲しいもんですがねえ。世界の現実を自分の基準で測ろうとしないで欲しい。


[90]唯一の被爆国として suicadayo

敏感に反応するのは当然のことのように感じます。


[91]>81 ソ連とアメリカです retorin

広島と長崎への投下は実験的意味合いが強いです。当時は、原爆の人体に対する効果は未知数だったため、日本に落とされること無く戦争が終結していら、大量配備が整い後の朝鮮戦争やベトナム戦争で大量に使われていたでしょう。

広島・長崎の被害を目の当たりにしたからこそ「禁断の兵器」という認識が広まったわけです。

関連質問


●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ