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いつのころからか、日本では「猿は人間より毛が三本少ないだけだ」と言われています。最近のDNA解析の結果、チンパンジーとヒトのDNAは98.9%同じだといいますから、まさに「毛が三本」の差でしかないというのが正しい認識であったということですね。ヒトは所詮サルと大差ないというのは、本質的直観、本覚、覚りですね。
日本に限りませんが、ヒトは所詮、サルと大差ないということを予見あるいは見通したことわざや言い回しが他にもあったら教えてください。

●質問者: ShinRai
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 科学・統計資料
✍キーワード:DNA サル チンパンジー 人間 本質的
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 5/5件

▽最新の回答へ

1 ● ai_ueoka
●15ポイント

こんなのが有りますよね。

Yahoo!辞書

猿(さる)の人真似(ひとまね)


しっかりした考えもなしに人のまねをすることをあざけっていう言葉。


Yahoo!辞書

さる‐まね【猿真似】


猿が人の動作をまねるように、考えもなく、むやみに他人の真似をすること。

これらのことわざ、慣用表現は人間でも、ちょっと考えが足らないと「猿と同じだ」と日本人的感覚で捉えている感じがします。つまり、(知恵が無い)人間は猿と大差無い、と言っている、と考えても良いと思います。

◎質問者からの返答

そうですね、それは英語でも共通ですね。

それらは、どちらかというと、サルを低くみる考えです。

人類もサルもおんなじだといったような表現はないものでしょうか。


2 ● kappagold
●15ポイント

人間はそんなに偉い生き物ではない。(猿と大して変わらないという自戒の意味を込めて)

"元は猿だから?"という言い回しも良く使われると思います。

http://q.hatena.ne.jp


3 ● boketeruyo
●20ポイント

そもそも「サルは人より毛が三本少ない」という言葉の意味を取り違えているようなので、よそで恥ずかしい思いをしないように訂正しておきます。

「猿は人間より毛が三本少ないだけ」(で、両者はほとんど同等)なのではなく、「毛が三本少ない」(という決定的な違いがエテ公と人間様の間にある)ということで、つまりはサルにとっては差別的な言葉です。

「毛が三本少ないだけ」だったらヒトの毛を三本抜けばサルになるかといえばそうではなくて、サルは毛むくじゃらだったり顔やお尻が赤かったり、奥目だったりして、実際にはサルとヒトは明らかに見た目が違います。

でも、そんなアナログな違いは、例えばサルっぽい顔のヒトや赤ら顔のヒトや毛深いヒトの存在が両者の違いをあいまいにしますが、そうではなく根本的に明確に違うということを強調にするために「毛の数」というデジタルな発想を持ち込んだと考えればいいでしょうか?

実際、人に対して「お前は毛が三本少ない」などと言ったとき、「サル並にレベルが低い」という意味になります。

http://www.geocities.jp/tomomi965/ko-jien02/ka15.html

ついでに、サルに限らず哺乳類ならヒトとはDNAが90%ぐらいは同じなので、これでもヒトとは大差がないと言えるでしょうが、「猫に小判」「豚に真珠」「馬の耳に念仏」「泥棒猫」「女狐」などなど、日本語では専らヒトより程度が落ちる畜生とでしか扱われてなさそうです。

◎質問者からの返答

たかが3本、されど3本ですね


4 ● sougetsu
●25ポイント

http://www.amazon.co.jp/gp/switch-language/product/4043259018/re...

「裸のサル(The Naked Ape)」


1967年に初版が発表され、世界的ヒットとなった本のタイトル。その後、英語でも日本語でも、いろいろな文章で引用され、「サルもヒトもあんまりかわんないょ」というような意味として慣用句的な表現として使われています。

解説文引用

「わたしたちは人類を生物界において至上孤高のものだとみなしている。しかしそこには一つの重大な認識―人間は霊長類の中で、ただ一種の体毛のない「裸のサル」にすぎないという事実―が抜け落ちている。本著では動物行動学者デズモンド・モリスが、人は「裸のサル」であるという観点から、人間の諸行動を鋭く観察し、奥深く分析していく。高度な文明を獲得したと思っていた人間が、いかに動物本能に支配されているかを思いしらされる一作。 」


初版についての解説はこちら

http://en.wikipedia.org/wiki/The_Naked_Ape

◎質問者からの返答

至上孤高ではないというのですね。

体毛はないのではなく、正確には、「皮膚が薄くて、体毛も薄い」というのがよいのかもしれませんね


5 ● nyanyanyaojisan
●25ポイント

インドネシアでは、人間のことをorangといい、森の中に住んでいるサルのことをorangutan(utanは森、森の人)といいます。また、古来中国ではおさるさんに仕事を手伝ってもらっていたようで、高級ウーロン茶「凍頂」は崖の高いところからさるに取らせていました。で、手間賃を朝3個・暮れに4個あげるといったら不平をいうのでそれでは朝4・暮れ3にしようと提案したら大いに喜んだと言う故事「朝三暮四」もヒトとサルの近さを思わせます。

あと、米国のジョークで、「会社と言うのはサルの木登りと同じだ」というのもあります。心は、上から見下ろすと皆笑っているけど、下から見上げるとお尻の穴しか見えない」。それから、「パンツをはいたサル」という本もありました。http://www.amazon.co.jp/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%84%E3%82%92%E3%...

◎質問者からの返答

アジア的直観で、同一視しているのかもしれませんね

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