人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

【イエはてな】イエ・ルポ#029お泊り

毎週実施“イエ・ルポ”のお泊りいわし!本編いわしのつづきを語らう場所です。
毎回の本編を読んで、新しいメッセージや気になったツリーのつづきを書き込んで下さいね。
“イエ・ルポ”とは、実際に見たり聞いたりしたイエの話、またはご自分の家の暮らしの中で生まれたユニークな工夫やアイデア、習慣や出来事をミニルポ感覚で書き込んでもらう“イエ・ルポタージュ”コーナーです。〈今週のお題〉に沿って、みなさんが知っている面白いイエの話を教えて下さい!

イエ・ルポ #029 THEME「あの時があったからこそ!の家族ケンカの思い出」

→本編いわしはコチラ http://q.hatena.ne.jp/1183351034

※今回の「お泊りいわし」ご投稿は7月5日(木)正午で終了とさせて頂きます。
※「お泊りいわしへのコメント」は通常の【いわしポイント】のみとなります。
→詳しくはコチラ http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20070325#q13
※お願い
モラルのない一行投稿などはご参加者の皆様に大変ご迷惑となりますので、ご遠慮下さい。

●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:7月5日 theme いね いわし アイデア
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 48/48件

▽最新の回答へ

[1]父と子の戦い? Kumappus

そういえば元のいわしでは「父と子の戦い」みたいなのはなかったですね。

僕も具体的にひとつひとつは覚えていないのですが、中学校か高校ぐらいになると結構父親とぶつかることも多くなってきました。

ところが、どこかの時点のケンカで「いかん、ここで親父を殴ったらまじで勝っちゃいそうだ…」というときがあって、それ以降は何というか男同士認めあったような気分になって、あまり正面からぶつからなくなったことを思い出しました。実際身長も体重も追い抜いてたしね(笑)。


[2]勘違いから大喧嘩 teionsinonome

小学生の頃、3つ上の兄とポテチを食べていたんですけど、そのころ最後の小さい砕けたのを袋からザザーっと流し食べるのが二人の間で流行ってまして、5回に4回は兄が権力ふるって食べてたんです

それを見て私が「もー 兄ちゃんばっか」って言ったのを「兄ちゃん馬鹿」と聞き間違えた兄が逆ギレして「馬鹿とは何だー!!!」と殴られたのを覚えています ていうか一生忘れません!!! 理不尽だ!


[3]ガラスを割る兄弟喧嘩 some1

狭い家だったので、小学生の男兄弟同士の喧嘩だと、

自分は背中でガラスをぶち割ったことがあるし、

弟はガラスに飛び込んで顔を切ったり・・・


流石に中学過ぎて力も強くなってくると本気で危ないので、

口論だのに収まりました。


最近はあまり顔もあわさないですが,

それでも先日はメールでフレームやりあったか(笑)


別に話はあうし、随時仲が悪いわけでもないんですけどね。


[4]>1 誰しもが通る道なんでしょうね。 matakiteshikaku

結構ケンカしてました。でも、互いに手を出さなかったのは、親子かな?

なんか、大人になって自分も家庭を持つと、アレだけ嫌って無視してたのに普通に会話ができたり、電話で話せたりするんですよね?。

これも、互いに認め合ったってことになるんでしょうね。


[5]寅さんとタコ社長の喧嘩 to-ching

また、タコ社長も間の悪い時に入ってくるんだぁ・・・面白かった!

もうお2人故人ですものね・・・


[6]妹のカミングアウト xmoon_catx

妹と去年ドラマのちびまる子ちゃんを見いていた時のことでした。


ドラマの内容はお姉ちゃんとケンカしたまるちゃんがこっそりとおねえちゃんのノートに「バカ」と落書きをするという話。


これを一緒に見ていたら妹から「私もよくお姉ちゃんの机や持ち物に、この話を漫画で見てバカって書いてたよ。」とカミングアウトされました(笑)


20年近く気づかないまま過ごしていました(笑)


[7]>2 わははww *^-^* hanatomi

いいまちがいシリーズで、鏡を見る娘に「おまえ、人間は顔じゃないぞ。」と、慰めようとした父が、間違えて「お前の顔は人間じゃないぞ」と言ってしまったブラックジョークを思い出してしまいました。


理不尽なこと、ありますよねww

誤解されちゃ損なので次からは気をつけて言わなくちゃ・・(←自分に言い聞かせている)


[8]馬鹿野郎! to-ching

全く関係ないかも知れませんが、会話の最後に「馬鹿野郎」をくっつければ面白いですよ。「こんにちは・・・馬鹿野郎!」

「可愛いね・・・馬鹿野郎」それこそ本当の喧嘩になったりして!


[9]>1 父親は息子に厳しい to-ching

うちも戦いはなかったのですが、今でもかなり煙たいみたい。でもそうじゃなくてはいけません!

オヤジは息子に厳しい・・・彼らの将来が少しでも良いものであるように・・・願っていてそんな態度にでるのです。


[10]いくらケンカしても・・ hanatomi

うちのおばあちゃんは、強烈でひどい性格で親戚でも有名?だったらしいのです。

家でもこんな感じでした。

例えば、ふすまがきっちりと閉まっていないと、大声で閉めてくれと叫ぶのですが、私が乱暴に閉めてしまうと物を投げてきたりするんです。(小学生の頃です)

(^_^;)

いつも子供相手に本気なんです。

(誰相手にも本気。)

向こうが冷蔵庫のそばにいると、マヨネーズを投げてきたり、もうびっくりします。

ちなみに他の家族は誰も人に物を投げたりしません。(^_^;)

長寿だったのですが、年をとるにつれて、これはどの人にも当てはまることなんですが、頑固になったり、疑い深くなったりして、

例えばコタツが壊れたら、hanatomiが壊したんだろうとか、

クリームが、減ったように感じたらhanatomiが使ったんだろうとか言うようになりました(^_^;)

だけど、違うよ。と言うと、2,3日して、私の机の上に新品のハンドクリームが置いてあったりするんですよね。(私はハンドクリーム使わないんだけど買って来てくれたみたい)

そして、それに気がついた私が、振り返っておばあちゃんの方を見て、目が合いそうになるとあわててテレビを見るふりをするんです。(笑)

あー。悪い事したと思ったんだな。と思ったんだなって、かわいいなと思ってました。


ケンカも山ほどしましたが、今思えば遊んでくれてたんだろうな。



高校のとき、おばあちゃんは80歳くらいだったのかな。

体調を崩して、病院に運ばれて、死んでしまうんじゃないかと思って心配で心配で、神様に、「勉強も何でもがんばるから、いい子にするから、おばあちゃん、100歳まで生きてください」って日記に書いたんです。

そしてそんなことは忙しくなって忘れてしまっていました。



就職してすぐ私は一人暮らしをしたのですが、いつもおばあちゃんが気になっていて、ゆっくりできる休日がとれると車で実家に駆けつけて、一緒にあちこち散歩していました。

おばあちゃんお散歩に行こう。というと、

歩けないからいけないよ というので、

車椅子で連れて行ってあげるから。というと、

いいのかい。ということば。

いいよいこう ^-^。

それがいつもの会話でした。

よいしょとおばあちゃんを車椅子に乗せて、

おばあちゃんと一緒に、小さい頃買ってもらったいか焼きやさんや、みたらしだんごやさん、今度は私がおばあちゃんにしてもらったようにおばあちゃんへ。


そういう日々も永遠には続かず、だんだん何も判らなくなって、そのうち、外に出かけても、20分くらいで、「もう帰ろう」というようになりました。

hanatomiが連れて行っても、hanatomi姉に散歩に連れて行ってもらったんだよ。と話していたり。

10分経ったら忘れていたり。

それでも、いっしょにいれるだけで嬉しかった。



結局おばあちゃんは100歳で亡くなりました。

長生きでよかったねと、おばあちゃんの生まれた静岡の富士山を菊で描いて、花いっぱいのお葬式をしました。

それから何年も経った後、私が社宅からの引越しの荷物を整理していたときに日記が出てきました。

パラパラ、めくってみると、「神様へおねがい。」とおばあちゃんの事が書いてありました。

そんなこと書いたことは、書いて以来忘れていました。

それを読んだ時、へとへとになりながらも何年も生きたおばあちゃんを思い出しました。

きっと、神様はかなえてくれて、おばあちゃんも私のお願いのために100歳まで生きてくれたんだ。

なんとなくそう確信できて、いつもケンカばっかりしていたおばあちゃんの愛を感じて涙が止まりませんでした。

最後の方は息をするだけでつらそうだったおばあちゃん。

きっと、私が悲しむから、私が心細くなるから、私が別れたくないと思っていたから、長生きしてくれたんだ。


いじっぱりで、意地悪で不器用で、喧嘩っ早いおばあちゃんだけど、芯はいつも優しかった。


今思うともっといっぱいケンカしたかったなぁ。

そして、もっといっぱい優しくしたかった。

文句いっぱい言いながら、もっといっしょにみたらしだんごや、おはぎ、たべたかったなぁ。

そんなことを思います。


[11]>4 自分がオヤジになれば to-ching

これが分かってしまうのです。もっと早く分かってやればな?と父を亡くして思いますね。


[12]>11 オヤジの説教 to-ching

オヤジの説教と冷酒は後から効くと・・・


[13]色々な意味で少し大人に近付いた高一の夏休みの母とのけんか TinkerBell

私は中学時代、友だちが少なく地味な三年間をすごしていましたので、高校生になったら友だちをいっぱい作って活発にすごしたいと思っていました。

無事高校生になれた最初の年の夏休み。私はクラスの女の子に誘われて、毎日のように遊びに出かけるようになっていました。友だちが増えて、望み通りの楽しい高校生活に、私はもう夢中でした。友だちの家を泊まり歩いたりもしました。私にはそれが小さなころのお泊まり会みたいで、楽しくて楽しくてしかたがなかったんです。

でも、あまりに自由奔放に過ごしすぎました。ついに髪を染めて帰宅した翌日、私は母に呼び止められました。母はやさしく、一日くらい家でゆっくり過ごしましょうと言ってくれましたが、私は、だめよ約束があるからと呼び止める母を振り切って出かけ、そのまま二晩外泊をしてしまいました。もうこの時、母が怒っているということを察していたんだと思います。家に帰りづらくなっていたんです。

三日目に家に帰って、やはり母と大げんかになりました。今思えば母は私を心配して気遣ってくれていただけだったと思います。でも私はそんな母の一言一言に反発してしまいました。

私、中学のころ、すごく寂しかったんだから。友だち少なくてすごく寂しかったんだから。それが今やっと友だちが出来たんだから。私はもう寂しくなりたくないの。みんなに合わせないと友だちなくしちゃうでしょ。髪染めるのだって、泊まり歩くのだって、みんなと仲良くするためのお付き合いなんだから。それがわからないの?

当時の私には、それが私にとっての正しいことでした。自分はぜったい間違ったことを言っていないと思っていました。そのまま家を出て、友だちと会いました。そして、まったくうちのお母さんて頭にきちゃうと愚痴をこぼしたら…。

友だちが、あんたそれまずいよ、あたしらもう親に見放されてるから好き勝手やってるけど、あんたまでそれに合わせて親に見放されたら洒落になんない、あんた友だちと親とどっちが大事なのと、逆に説教されてしまったんです。私は驚きました。

多少付き合いが悪いくらいで無くす友だちならそんなの友だちじゃない。みんなには事情を伝えておくから、あんたはしばらく家にいなさいと言われて、私はもう数日は帰らないと決めていた帰路を、またとぼとぼと帰りました。電車に乗って、駅を降りても、まだ日は高いままでした。こんな早い時間に駅から家に向かって歩いていくのは久し振りでした。足取りが重くて、何度も帰るのをやめようと思いました。

マンションの敷地の入り口が見える所まで行くと、平日だというのに父の姿が見えました。歩道のガードレールに寄りかかって、たばこを吸っていました。え、父はたばこを吸わないはずなのに何か変と思って駆け寄っていくと、父が手を振って呼んでくれました。一緒に家に帰りました。

家に帰ってもしばらくぎくしゃくしていましたが、あとで父からは、母が泣きながら会社に電話してきたこと(私が生まれてからそんなことは初めてだったそうです)、母からは、父はあまりに心配がつのると、やめたはずのたばこを吸ってしまう癖があることを聞きました。

少し背伸びして大人に近付いた16歳の夏。そしていい友だちと両親に恵まれて少し子供の考えから成長できた16歳の夏のできごとでした。


[14]>3 そういえば・・・ Spaceshuttle

私も兄弟喧嘩やりました。年の近い兄弟姉妹はどこでもやりますねぇ。


[15]あんまりしたことないです tehi

一人っ子だから兄弟げんかとかもないですし、親子喧嘩もあまりしたことないですね。


[16]>15 理想ですね yoshigyu1318

親子喧嘩をしない家庭というのは珍しいですね。

毎日けんかする家から見れば理想の家庭ですね。


[17]>14 やったやった yatmsu

弟と殴り合いして、ガラスが割れました。

近所の人も心配になって見に来てましたね・・反省・・・。


[18]>13 いいお友達ですね♪ vivisan

ちょっとうるるっときました。

すばらしいお友達だと思います。TinkerBellさんのことを本気で心配してくれたからこそ、ご両親が心配されてるということを気づくことができたんですよね。

手を振るお父様もすごいです。

なんかじ??んときました。


[19]>18 青春です!!!! hanatomi

青春です。青春です。ショート映画にしたいくらいさわやかで、素敵です。

お母さんが泣きながら電話くれたこと、お父さんが困ってタバコすっていたこと。

大切なわが子の事を思う思いが伝わってきます。

私も外泊とかした事あるんですが、そんな素敵なストーリーはありません。笑

いいお話読ませてもらいました。


[20]>10 うるうるうる・・。 vivisan

hanatomiさんはたくさんおばあちゃん孝行をされたのですねぇ。そしておばあちゃんもhanatomiさんの心をちゃーんと分かってくれていたのですね。

なんかうちのおばあちゃんを思い出しました。おばあちゃんとケンカしたことってないです。わがままばかりいっておばあちゃんをいつも困らせていました。けど、おばあちゃんは怒りませんでした。困ったような顔をしてじっと私を見ていました。それを見て頭にのっていた私。

おばあちゃんは中学のときに脳血栓で倒れ、寝たきりになったんです。病院へいっても何を話したらいいのかわかりませんでした。二人っきりでも声がかけられませんでした。

おばあちゃんがなくなったとき、親はおばあちゃんのところにいっていて、私と弟はイエにいたのですが、二人ともその場で固まって泣いていました。

なんでもっとハナシをしなかったのだろう?迷惑ばかりかけてなにもおかえしをしていない・・後悔でいっぱいで・・・。

ちょうど先週が命日だったので、お参りしましたが、今度お墓参りにってひさびさにいろいろ話してみようかなって思いました。


[21]>20 すごくいい話。 shimarakkyo

イエハテナや日記でお見かけするhanatomiさんらしい、深くて、やさしいエピソードですね。

私も、読んでいて亡くなったひいおばあちゃんの事を思い出していました。昔の人には珍しく、事業をしていた女性で、他人にも家族にも厳しい人でした。そして、自分には尚厳しかった。ひ孫の私達からしてみれば、ちょっとだらしなかったり礼節に欠ける事をすると定規でぴしり!と打たれる、こわいおばあちゃんで、正直ちょっと疎ましい存在でした。でも今になって、社会に出て、身にしみて彼女の教えを有り難いと感じています。

また、彼女は私達が産まれた時からずっと、「shimarakkyoやshimarakkyo兄弟が、望むだけの教育が受けられるように」と、ずっとお金を積み立ててくれていたという事をひいおばあちゃんが亡くなった後で知らされました。

終始一貫して私達の事を気にかけてくれ、立派な人になるようにと願って、彼女なりの方法で愛情を注いでくれていたのだなぁと、今なら判ります。当時だって、ちょっと冷静に考えれば気が付く事が出来たはずなのに。生きている頃になぜもっと感謝の気持ちを表さなかったのか、なんで疎んじてばかりいたのかと、思い出す度に後悔します。

私も、帰省したら忘れずにお墓参りしないと。


[22]>17 けんかというのかわかりませんが NAPORIN

受験のため実家に居候しにきていた従兄弟が、

壁をパンチで破ってしまいました。

和気藹々というほどでもないが、気心のしれた一家のなかで

孤立を感じてストレスだったのかもしれません。


[23]>22 ガラス系の経験のある人がこんなにいっぱいいてビックリ shimarakkyo

本編の方に書いたのですが、弟とケンカしていてアタマに血が上った弟がガラス戸にダイブし、床が「血の海」になった事があります。

友達に話しても「そんなケンカ、ありえねー!」と言われていたので、仲間を見つけた気分です。


[24]実家の猫の家族ゲンカ tibitora

猫の話ですみません。実家に居る猫に仔猫が生まれた時の事です。仔猫達は走り回る位大きくなってくると、兄弟でけっこう派手に暴れまわったり取っ組み合ったりのじゃれあいケンカをしていました。そのおかげで噛んだりするときの力加減を覚えたらしくて、大きくなった今でもこちら人間が怪我をしない程度に猫キック猫パンチ噛み付きをしてきてくれます。昔飼っていた猫は本当に小さい頃に拾ってきた子で、遊びがエスカレートして流血沙汰になっていたので;それと比べては「加減を知ってるコは遊びやすいね」としみじみ家族と語っています(^^;


[25]>24 ネコにも喧嘩が必要なんですね。 H-H

ネコパンチにも加減とかがあるんですね。

人間もネコも、喧嘩とじゃれあいの境界線を体で覚えないと、

相手に怪我をさせてしまいますね。

喧嘩相手のいないネコには人間がムツゴロウさんのように喧嘩の教育をしないといけませんね。


[26]>21 ほろりとしました。 H-H

「生きていて欲しい」というhanatomiさんのやさしい気持ちが伝わって、

おばあちゃんの元気に繋がっていたのではないでしょうか。

私はそんな風に思いました。

おばあちゃんとのやりとりは辛いことも多かったでしょうが、

hanatomiさんのような思いやりのある方がそばにいてくれておばあちゃんは幸せだったでしょうね。


[27]>26 素晴らしい!! TomCat

これはある意味、奇跡のドラマですね。ケンカもした。でも愛していた。深く深く愛していた。その愛がおばあちゃんの100歳という大変な長寿を支えていった。感動です。私は、私は・・・・。ぜひこれを手記にまとめて、本にして欲しいと切望します!!

hanatomiさん。これ、ほんと、いつか原稿にまとめて、本にしましょうよ。日記形式でざざっと書いていただくだけでも、章立てして再構成すれば素晴らしい作品に仕上がると思います。私もお手伝いしますよ。ニッポンが求めている愛がここにあります。私は今、猛烈に感動しています。


[28]>19 うおおおおっ、本当に、これが青春だっ!! TomCat

TinkerBellさん、すごい。すごいですよ。典型的な今風の高校生の姿なのに、そこに素晴らしい友の存在や、温かいご両親の愛がある。今どきの若い者はと大人が眉をしかめそうな姿の裏にも、実はこんなヒューマニティ溢れるドラマがある。感動しました。

ほんと、これ、映画にしたいくらいですね。日本中の女の子が等身大の自分を投影して観られる映画が作れそうです。いやー、お泊まりいわしは感動の宝庫になって参りました。素晴らしいお話を、本当にありがとうございます。


[29]>28 青春バンザイですね!!! odorukuma

いや?久しぶりに青春を感じさせて頂きました。

いい友達を持ちましたね。


[30]>25 フ?ッ!! matakiteshikaku

ネコってケンカの時って、毛が逆立ってフ?ッ!フ?ッ!って凄い迫力ですよね。遠目に見ている分にはですが、、、自分の方に向かってきたら凄い怖い・・。


[31]>12 オヤジの背丈を越えた時、弱さをみた時、 matakiteshikaku

なんとなく自分も落ち着いた気がします。

自覚っていうのでしょうか?家族も再度まとまって来ますよね。


[32]○喧嘩が基で・・・ nanairokamen

○喧嘩が基で弊害が生じていることはありませんか?

一般に兄弟喧嘩は微笑ましいものですが

小生もその微笑ましいケンカを幾度となくやったものです。

ただ、小生は兄貴を「アンチャン」と呼べません。


[33]>29 後味のさわやかな喧嘩ですね H-H

家族内の喧嘩ってムニャムニャになる事が多いのですが、

これは、みんなが前進したすばらしいブツカリですね。

よくあるような話に見えて実はすごく貴重なんじゃないかと思います。

私は親にぶつかってものれんに腕押しのような感じで収穫ゼロでしたから。。。

逆に親が私にぶつけてきてもスルースルーでしたけど。

大切な思い出ですね。

読んでいると心が温かくなりました。


[34]飼い犬とケンカ&仲直り otayori

順位を間違えたワガママ犬だったんで、

私に向かって急に「ガウ!」と怒りやがった。

「もう、ラッキーなんて知らんわ!」と私も怒ったけど、つながれてるギリギリ届かない横で

じーっと様子を見てると「ウ???」ってうなる。

でも、「ウ???」の後にゲップが出たらしく「グボッ」って変な声を出したので

「アホや???」ってゲラゲラ笑ってたら

なんか楽しそうに感じたのか、ユサユサとゆっくりシッポを振り始めました。

いやぁ、感動しましたねぇ。

そのエピソード友達に言うと「完全に同等やね」と笑われました。

また犬飼いたいなぁ。


[35]>31 やっぱり to-ching

子供もある程度歳取らないと(色々苦労する、経験する)分からないし理解は出来ないですね


[36]>34 あっははは riceball

otayoriさんに対してライバル意識をもっていたワンちゃんだったのでしょうか(笑)

ゲップをして、笑ってもらえたこの瞬間に、今までやっていた睨み合い(?)は

帳消しですね☆

楽しそうな状況が目に浮かびます。


我が家の犬は、たまに勢い余って私に吠えてしまうと

ヤバイ間違えた(゚∇゚! っていう顔をします(飼い主バカかもしれませんが)

吠えた後に、ごめんねといわんばかりに甘えた声で近づいてきますよ(笑)

憎めないですね。


[37]>33 本当の友達の意味 riceball

周りは周り、自分は自分とわかっていても、周りと接点を持っておかないと疎外感や不安感って付きまといますよね。

でもそんな時、心優しいお友達と、ご両親の大きな愛のおかげでTinkerBellさんは、自分を見つめなおすことができたのですね。


大きく成長した一夏のお話、ありがとうございます!!


[38]>36 わはははは!! TomCat

楽しくアルファシンドローム解消ですね。otayoriさん、素晴らしいです(^-^)

riceballさんのわんちゃんは、よくしつけられていますね。吠えた直後に一所懸命ごまかそうとするのは、誰がアルファであるかをしっかり理解している証拠です。お二人とも飼い主のカガミ。愛犬家のカガミですね。


[39]>30 兄弟同士のケンカは猫の学校なんです TomCat

猫にも「社会化期」があるんですよ。ちょうど人間の子供が人との接し方をおぼえていくようなのと同じような時期が。

人間の子供も、幼稚園に入りたてくらいは、そりゃもうけっこう大騒ぎですよね。やさしい子だと思っていたのに、幼稚園に入ったらすぐ人を叩く子になってしまったりなんていうのはよくあります。でもそれはその子の本質が粗暴なのではなく、まだ他者との接し方を知らないだけ。上手にリードしてあげれば、すぐにお友達と仲良く過ごすことが出来るようになります。

猫もそれと全く同じなんですよね。兄弟姉妹と毛玉が転がるみたいに取っ組み合って、その中で、他の猫とどう接していったらいいかを学ぶんです。だから、親兄弟から小さい頃に離されてしまった猫は・・・・。それを学ぶことなく成長してしまうんです。

私も、そういう子猫を拾って育てました。だから私も子猫になったつもりで、猫の学校をやりましたよ。おかげで今は、優しいいい子になりました(^-^)


[40]>27 コメントありがとうございます。m(__)m hanatomi

みなさん読んでくださってありがとうございます。m(__)m

やはり、人は年を経たら年を経た分だけ何かが深くなっている気がします。

shimarakkyoさんのひいおばあさんの愛ある厳しさにも心打たれます。

昔の人って、自分にも厳しいのですよね。

(うちのおばあちゃんは、年齢からいうと曾おばあちゃんで私と70才以上違ってました。昔の人ですよね)

viviさん、お墓参り行けたらいいですね。私も一人、静岡に行ってきましたよ。おばあちゃんの好きだったサイダーやお饅頭を買って。viviさんの気持ちはきっとおばあさんに伝わってるだろうなぁ。

H?Hさん。おばあちゃんにとって私もいい存在なのだとしたら、とってもとっても嬉しいです。私就職後すぐに家でちゃったし、もっともっと優しくしてあげたかった。でも、一緒の時代を生きれて、おばあちゃんに会えて本当に幸せでした。


TomCatさん、本だなんて・・(^_^;)

TomCatさんが手伝ってくださったら素敵なのができそうですね。^-^

文章が上手だから。

私は正月の職場のミニ新聞(チラシ)くらいなら作ったことありますが、作品は作ったことが無いというか想像もつきません。笑

どうもありがとうございます。

それと、感動してくださってありがとうございます。m(__)m


[41]>40 思い出 eiyan

家族で喧嘩しても後に残らないですね。

いつも口喧嘩。

でも必要な時には何気なく助け合う。

他人なら後遺症が残るだろうけど、家族には密接な気持ち。

こんなに喧嘩してもという不安と安心感。

何か複雑な気持ちが入り乱れるが、そんな事は亥にしない。

こんな家族は宝ですね。


[42]>39 自然 eiyan

猫等動物は愛と虐待で育成する。

だから喧嘩や怒る事も意に介さない。

子への愛も繁殖の愛も動物的感覚で割り切る。

これら動物にはいつも教えられますね。

厳しさと優しさを含んで。


[43]>41 心温まるお話ですね riceball

↓のフラッシュをふと思い浮かびました

http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=19867


[44]長編だけど感動はナシ、ただのドタバタ親子ゲンカ TomCat

私はある一時期、手の付けられない触法少年でした。そんな私ですから、親とのケンカも数知れず。とんだ親不孝をやってきました。でも、やっとそんな状態から立ち直っても、そのことを素直に謝れる私ではありませんでした。本当に申し訳なかったと涙したのは・・・・。親を亡くしてから後のことでした。

今回は、そんな私が今もなつかしく思い出す、まだ素直に「お父さん大好き!!」と言えていた時代のケンカ話を書かせていただきたいと思います。まだ小学生の頃の話です。

その日私は、学芸会だったか何だかの代休で学校が休みでした。平日ですから、父は当然のことながら仕事。母も外出中で留守でした。いつもは見られない平日昼間のテレビなどを見つつダラダラと過ごしていると・・・・。外が騒がしいのです。ニワトリがけたたましく鳴いています。当時わが家では、裏庭でニワトリを数羽飼っていたのです。

何があったんだと裏庭に出てみると・・・・。鳥小屋の一部が壊れていて、飼っていたニワトリが全て逃げ出してしまっています。これはまずいと捕まえようとしましたが、子供に捕まるはずもありません。バタバタと羽ばたいて一階の屋根まで上ってしまうニワトリまで出てしまいました。

これは一大事と、慌てて父の仕事先の電話を調べて電話をかけました。

「大変だ、ニワトリが逃げ出した」

「お母さんはいないのか」

「いない。どこにいるのかも連絡先もわからない」

「困ったな、今は帰れない」

「帰れないじゃ困るよ、もし逃げちゃったらみんな死んじゃうよ、野良猫たくさんいるし」

「でも今は仕事中だ」

「そんなことよりニワトリの命の方が大事」

「しかし・・・・」

そこから押し問答が続きました。しまいに私は大声を張り上げて、すぐ帰れ、帰れないならもう二度と帰ってくるな!! と怒鳴って電話をガチャ切りしました。

くっそー、もうあんな親父に頼るものか、俺が一人で捕まえる、ニワトリたちは俺が守る!!

だいぶ電話で時間を使ってしまい不安でしたが、裏庭に行ってみると、まだニワトリたちは全部うちの敷地内にとどまっていました。屋根に上っていたのも地面に降りてきています。

ニワトリは無理に追いさえしなければ、そんなにすぐには逃げないんだ。よーし、捕まえられる。そう思った私は、比較的おとなしそうなのを二羽、わりとすんなりと捕まえることに成功しました。壊れている所に木箱を立てて鳥小屋を仮修復してその中に入れ、残りの鳥も何とか捕獲。あと一羽になったところで・・・・。

その鳥がバタバタと羽ばたいて、ブロック塀を越えて隣の家の庭に逃げ込んでしまったんです。私も塀を乗り越えて追いかけます。ニワトリは何軒もの家の庭を越えて、どんどん逃げていきました。

他人の家の庭で大捕物を始めてしまったので、もうご近所の皆様には大迷惑です。植木鉢はひっくり返すわ、けつまづいてブリキのバケツはへこますわの大騒ぎ。私は「ごめんなさい、あとでゆっくり謝ります」と叫びながら、ニワトリを追い続けていきました。

あのクソオヤジが!! すぐに帰ってくればこんなことにならなかったのに!! だいたい鳥小屋が壊れていたのはお父さんの責任じゃないか!! それなのに、それなのに!! と怒り心頭になりながらニワトリを探して追い続けました。

ついに見失ってしまい、よそ様の庭で呆然としていると、その家のおじいさんが出てきて、「ニワトリ探してるのか」。おじいさんが指さす方を見ると、うまい具合にニワトリが濡れ縁の下に入り込んでいます。

おじいさんは、追うな、任せろと言ってくれて、手際よく捕まえてくれました。そして、これに入れて帰れば逃げないからと、わざわざ綺麗な座布団のカバーの中にニワトリを入れて渡してくれました。これで一件落着。ニワトリは無事全員元通りになりました。

が、その後が大変でした。隣近所を一軒一軒回って事情を説明して、謝って回らなければなりませんでした。七軒くらい回ったでしょうか。ほとんどの家は快く許してくれましたが、二軒ほど、たかがニワトリくらいでと、かなり嫌味を言われました。でも、悪いのはこちらですから、ただごめんなさいと頭を下げるしかありません。再び、あのクソオヤジが!! と怒り心頭になってきました。

夕方が近くなって母が帰ってきましたが、もう私はいちいち事情を説明するのも面倒くさくなって、昼間あったことは黙って何も言いませんでした。夜、父が帰ってきました。私は父の顔を見るなり、バカヤローと怒鳴って一発叩いて外に飛び出しました。

一時間ほどうろつき回って、隣の町内の児童公園のベンチに座っていると、父の姿が見えました。公園の中は暗がりでしたが、父も私の姿が分かったらしく、こちらにやってきます。

来るな、バカヤローと怒鳴ると、父は、ごめんよ、お前を探していて、昼間お前がニワトリを探してくれていた時の気持ちがよく分かった、近所の人から話は聞いた、すぐに帰れなくてすまなかったと言ってくれました。

もー、私は昼間から張りつめ続けていた気持ちが一気にゆるんで、涙ぼろぼろです。泣きながら父と夜の道を歩いて家に帰りました。

道すがら、父が、お前も座布団カバーに入れて帰ろうかなと、しょうもない冗談を言いました。あ・・・・。あのおじいさんが事情を説明してくれたんだ。私は何だか温かい気持ちになりました。そして、僕は逃げないから大丈夫だよと言って笑いました。

家に帰ると、母が夕食の支度をして待っていてくれました。メインのおかずは、鶏の唐揚げでした。父が、今夜のおかずがこれはキツイなあと言いました。

「僕の気持ち、よく分かってんじゃん」

「父親だからね」

「じゃ電話した時に分かれよ」

「分かってた、だから辛かった」

「ふううん・・・・」

「よくニワトリを守ってくれたね、ありがとう」

「まあ・・・・ね」

僕こそひどい言葉をいっぱい言ってしまってごめんなさい、と言いたかったのですが、何か照れくさくて、言うことが出来ませんでした。父親だからきっと言わなくても分かってくれてるさと変な理屈を付けて、結局私からは謝らずじまいで終わってしまいました。でもその晩のおやすみなさいは、いつもより心を込めて言った・・・・つもりでした。


[45]>44 すばらしいww☆☆☆ hanatomi

楽しく読ませていただきました。*^-^* これは、北野映画のようです。不器用な男同士のコミュニケーション。おとうさんのやさしさがしみてきます。

TomCatさんは昔からものすごく動物を大切にしていたんですね。それも伝わってきました。大人からすると鶏が逃げたといって仕事を置いて帰る事はできないけど、息子の気持ちを充分汲んでくれたおとうさんの会話が素敵ですww

もう一回よもっとww☆


[46]>45 ううっ(涙) H-H

感動しました。

ニワトリを追いかける勇気ある少年の臨場感が伝わってきて、

少年の物語に吸い込まれました。凄いです!!

TomCatさんが仕事で帰れないお父さんにカンカンに怒ってしまうところも良く分かるし、

その電話の後、仕事が手につかなかっただろう、お父さんの気持ちも分かりますし、

そういう、どうしようもない時に素直にぶつかりあえるのが家族だと思います。

そこに遠慮はいらないんだと私は思っています。

分かってるけど、悪く言ってしまうのも人間だから。

それでも照れながら誤って、許しあえる関係。

改めて家族ってそういうものなんだと思うと、ほろりと涙が出ました。


[47]>46 ドラマみたい! vivisan

なんかリアルにイメージできてしまう・・。

うーん・・TomCatさんの気持ちもお父さんの気持ち・・ホントによくわかります。

うーん・・。少ない会話だけど、ちゃんとわかってしまう・・。これが家族なんだなぁと思いました。

でもホントにTomCatさんは小さな頃から礼儀正しいお子様だったのですね♪

私だったら最後に謝り続けられたかどうか・・。


[48]出てってやる! peachsound

何度も言いました?・・・

実際公園や友達んちに泊まったことも何度もありました。

今となっては良い思い出です^^

関連質問


●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ