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つぎの発言は、いわば異口同音で、おなじような感想に聞こえます。
Time(選挙前)、Place(立場)、Occasion or Opportunity(状況)
は異なりますが、一人だけに非難集中したのは、なにが原因でしょうか。

20070630 防衛大臣「あれで戦争が終り(略)しょうがないなと思った」
19881207 長崎市長「天皇が、早く決断していれば原爆投下も無かった」
19751031 昭和天皇「原爆は、はなはだ遺憾だが、やむを得なかった」
19570908 戸田城聖「原水爆禁止宣言(創価学会・第二代会長の遺訓)」

(↓)
http://q.hatena.ne.jp/1183381611/101719/

●質問者: bilda
●カテゴリ:学習・教育 政治・社会
✍キーワード:Time 会長 創価学会 原水爆 原爆
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 5/5件

▽最新の回答へ

1 ● condorpasapasa
●20ポイント

被爆者が肉親にいる立場で、被爆地の視点からのみ書きます。

防衛大臣は長崎南部の選挙区選出です。自民党地盤の強い土地ではあるものの、被爆者多くの票も集めているのが、防衛大臣の人です。

今度の参議院選挙では防衛大臣の人が出馬を促した、元高校のサッカー監督が長崎選挙区で立候補予定しています。

今回の発言は、「身内であるはずの立場」の人の発言だけに、長崎の土地は激烈に怒りました(ついでに広島も)。

そもそも自民楽勝だったはずの長崎選挙区ですが、年金問題はあるは、この防衛大臣の人の発言はあるは、で自民猛烈にやばいのです。首切るしかあるまい、との自然な政党保身の判断でしょう。

選挙なかったらこれほど全国で急速に沸騰してませんて。

◎質問者からの返答

>「身内であるはずの立場」の人の発言に(略)激烈に怒りました<

×久間防相 □長崎市長 □昭和天皇 □戸田会長

新人・小嶺氏を当選させるために、大臣を退めさせたのでしょうか。


2 ● kappagold
●20ポイント

長崎市長は、原爆投下が起こらなければ良かったという意見。

天皇は、原爆を認める発現だが、対米関係を考えての発言(国民感情を抑えるため)。

戸田は、原水爆の禁止の訴え。


これに対して、今回の発言は、何の必要性も無いところで、国の防衛に携わる長が、原爆を認める発言をしている点に大きな問題があると思います。長崎市民の多くは原爆が無ければよかった、これからは絶対原爆のような悲惨な状況が起こらなければ良いと思っています。その人々に選出された人が、何の必要性も無く自分の意見として、原爆を認めたらそれも大きな問題です。

選挙が近いというのもかなり大きな原因だと思います。

◎質問者からの返答

>防衛に携わる長が、何の必要性も無く、原爆を認めた<

×久間防相 ○長崎市長 ○昭和天皇 ○戸田会長

積極的容認ではなく、消極的受忍というところでしょうか。


3 ● TNIOP
●20ポイント

戸田城聖は他の3つと比べると意味の取り方がいろいろあります。

長崎市長の発言は「天皇が悪い(=国が悪い)」と認めています。

ですから批判の対象にはならないでしょう。


防衛大臣と昭和天皇は、加害者(国)の立場で被害者に対して「しょうがない」と言っているので批判の対象になると思います。

原爆を落としたのはアメリカであり、その原因は日本にもあるわけですから、被害者である国民に対して「あれはしょうがなかったよね」というのはおかしな話です。

しかし昭和天皇は天皇としての発言である以上、国家が批判することは出来ません。ということはマスコミが批判することもないので、国民も批判しないでしょう。

◎質問者からの返答

>天皇としての発言である以上、国家が批判することは出来ません<

×久間防相 ○長崎市長 □昭和天皇 △戸田会長

同じことを発言した大臣が、どうして批判されるのでしょうか。


4 ● filinion
●20ポイント

防衛大臣の発言は、戦争終結のためには原爆投下はやむを得なかった、という発言です。

これを敷衍すれば、核を使わずに通常兵器で戦い続けるより、戦略核兵器を使って早期に戦争を終結させた方が有益であった、ということになるでしょう。

閣僚でありながら、核軍縮を主導する日本政府の立場とはかけ離れたことを言ったわけです。

もちろん、非戦闘員を無差別に殺傷する、という核兵器の性質から考えても、核使用を支持するような発言は非難されるでしょう。

戸田氏の発言がなぜそれと同等だとお考えなのかはよくわかりませんが……。

長崎市長については、確かに

「戦争が長引いたから原爆が投下された」

と言っていますが。

ただ、これは

「長引いたんだから原爆も仕方ない」

という話ではなく、

「なぜもっと早く戦争を終わらせなかったのか」

という、当時の日本政府(というか昭和天皇)を非難する発言です。

昭和天皇の発言は、

「原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思ってますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思ってます。」

でした。

必ずしも核を肯定する内容ではない……ということもあるのですが、まあ、人望の差でしょう。

戦前は言うまでもない事ながら、戦後も各地を行幸され、被爆地広島にも3度行幸されてますし。

あとやはり、「軍部の暴走に苦しめられた人」という印象が国民にはありますから。「原爆が落ちて初めて軍も諦めた」と言って、天皇なら説得力がありますが久間氏じゃなあ……。

また、リンク先についてですが、もちろん、他の大量破壊兵器も危険だと思います。

BC兵器の使用を肯定するような発言をしても、やっぱり非難はされたはずです。

それが原爆ほどのものになったかどうかはわかりませんが。

◎質問者からの返答

>戸田氏の発言がなぜそれと同等なのかはよくわかりませんが<

×久間防相 △長崎市長 ○昭和天皇 ○戸田会長

同等ではありませんが、公明党が大臣罷免を強く要求しましたね。


5 ● ラージアイ・イレブン
●20ポイント

質問者さんの疑問は

久間防衛相:発言に被爆地から怒りの声 一方で複雑さも?その他:MSN毎日インタラクティブ

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/feature/news/20070701k0000m0...

この記事を受けての質問と思われますが、この記事で示されている認識は誤解を含んでいます。

まず、昭和天皇の発言ですが、1975年10月31日に昭和天皇の記者会見における発言と思われますが、昭和天皇の発言は「戦争終結に当って、原子爆弾投下の事実を、陛下はどうお受け止めになりましたのでしょうか、おうかがいいたしたいと思います。」との質問を受けての答えであり、いわゆる「天皇聖断」と原爆投下との関わりについての天皇の認識を確認した質問です。

天皇の発言は「被爆者の敵国米国に対する恨みと無念を思えば敵国アメリカに対し聖戦を続けることが道義であるが、ポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏し戦争終結を導いた私の判断はやむえないと考えている」という意味です。やむを得ないのは「戦争終結(聖断)が」であって、「原爆投下が」やむを得ないとと言っているのではありません。「やむを得ない」という述語が指し示す主語を誤解しています。

日本記者クラブ記者会見 アメリカ訪問を終えて 昭和天皇・香淳皇后両陛下 1975年10月31日・皇居「石橋の間」

http://www.jnpc.or.jp/cgi-bin/pb/pdf.php?id=120

秋信利彦(中国放送):天皇陛下におうかがいいたします。陛下は昭和22年12月7日、原子爆弾で焼け野原になった広島市に行幸され、「広島市の受けた災禍に対しては同情にたえない。われわれはこの犠牲をムダにすることなく、平和日本を建設して世界平和に貢献しなければならない」と述べられ、以後昭和26年、46年とつごう三度広島にお越しになり、広島市民に親しくお見舞の言葉をかけておられるわけですが、戦争終結に当って、原子爆弾投下の事実を、陛下はどうお受け止めになりましたのでしょうか、おうかがいいたしたいと思います。

天皇陛下:原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思ってますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思ってます。

1975 昭和天皇初訪米&初公式記者会見

http://www.youtube.com/watch?v=4b6VuxlBUYI

ですから、毎日新聞の横田信行記者と柳瀬成一郎記者が書いた記事で「原爆投下を巡っては、昭和天皇が75年10月の記者会見で広島への投下について「遺憾に思っている。戦争中のことなので、広島市民には気の毒なことであるが、やむを得なかった」と発言。」との報道は誤報と思われます。

それから本島元長崎市長の発言ですが、まさにその天皇の聖断、天皇の戦争責任を問題にしているのであって、原爆投下を決定したアメリカ合衆国の判断を肯定した発言ではないという点で、防衛大臣発言とは異なります。

尚、久間防衛相は「米国の原爆投下はソ連の参戦を食い止めるため」との趣旨の発言をしておりますが、ヤルタ協定英米原爆攻撃密約の歴史事実と矛盾しています。

ヤルタ協定ではソ連が日本に参戦することを米国は了承していました。すなわち、アメリカ合衆国はソ連が連合国として対日戦争に参戦することに事前に同意した上で原爆を投下したのであり、ソ連の日本参戦を原爆投下前に米国が納得していたのなら「ソ連の参戦に反対して原爆を落とす」ことなど論理的にありえないことは、小学生でもわかることです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%AB%E3%82%BF%E4%BC%9...

また、先日のNHKラジオで解説者が述べていましたが、日本への原爆投下は、1944年のイギリスとアメリカ合衆国のハイドパーク協定で決まっていたことは歴史事実なのであって、ソ連参戦はハイドパーク協定の後の出来事です。だとすればすでに投下が決まっていた原爆攻撃計画の理由が「ソ連の参戦に反対して原爆を落とす」ためという理由ではありえません。

広島市への原子爆弾投下

http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%BA%83%E5%B3%B6%E5%...

1944年9月18日、ルーズベルト米国大統領とチャーチルイギリス首相は、ニューヨーク州ハイドパークで首脳会談した。内容は核に関する秘密協定であり、その中では日本への原子爆弾投下の意志が示された。その他、核開発に関する米英の協力と将来の核管理について合意がなされた。(ハイドパーク協定)

◎質問者からの返答

>「やむを得ない」という述語が指し示す主語を誤解しています<

×久間防相 ○長崎市長 ◎昭和天皇 ○戸田会長

「原爆が考えた」のではなく「天皇が思った」のではありませんか。

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