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心はどこに在るか?

かつて、心は心臓にあると信じられていました。
多くの現代人は、脳内記憶として存在すると考えています。
あなたは、身体のどの部位に在ると思いますか?

頭・顔(額・眼・鼻・口・耳)、首・肩・胸・足・腹・臍、手・指。
爪(手・足)、髪・眉・睫・鼻毛・耳毛・産毛・頬髭・顎鬚・脛毛。
五臓六腑=肝・心・脾・肺・腎、胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦。

http://www.kadokawa.co.jp/sp/200405-05/photo02.html
The Da Vinci Code

http://q.hatena.ne.jp/1183571182#a734911
心の在処

── 心ここに在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食え
どもその味を知らず。── 《礼記・大学》
「心不在焉、視而不見、聴而不聞、食而不知其味、此謂修身在正其心」

●質問者: adlib
●カテゴリ:学習・教育 ネタ・ジョーク
✍キーワード:Da Vinci Code あなた 三焦 五臓六腑 修身
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 45/45件

▽最新の回答へ

[1]胸。 peachsound

面白いこと言えなくてごめんなさい。

でも、緊張したり悪いことしちゃったときに痛むのはやっぱり胸だから。


[2]科学的には頭(脳)だと思いますが・・・ spica-star

http://www.jtvan.co.jp/howa/Natori2/houwa196.html

ただ、このサイトでも述べられているように、「心」というのは人と人との関係性の中で生まれるのであれば(たとえば誰かを思いやる‘心’であったり、だれかに感謝する‘心’であったり)、肉体の中にとどまるのではなく人と人の間にあるものなのかもしれないと思います。


[3]腹…かなぁ cuba_libra

単に「腹が立つ」「腹黒い」「腹を割って話す」とかいうフレーズ(慣用句?)が思い浮かんできたからであってこれといって理由はないんですが。


[4]心は自分があると思った部位にある daichan330

唐突にそう感じました。特に理由はありません;;


[5]>2 脳ですね odorukuma

そもそも心とは何ぞや・・・(笑)


[6]>5 心臓にあるとか、腹にあるとか思わせたり aquamarines

心とは何ぞやなんて悩ませるのが脳ではないかと。


[7]後頭部のすこし身体から遊離した部分 getstone6245

ロボットに感情が生まれる時のことを思い浮かべました。「甲殻機動隊 -THE GHOST IN THE SHELL- 」などです。やはり、ゴーストなのでしょうね。


[8]んー、「神経が通ってる所全部」かなぁ shimarakkyo

脳も入力元と出力先がないと退化して死んじゃうし、脳に出入りする情報を運ぶのは神経細胞なので。

だから神経が通ってる体全部を以て心とすると思います〜。それを統合するのは脳だけど、脳だけじゃ不十分。

「心ここに在らざれば〜」って話は正しいですけど、それは認知されるレベルまで情報が上がらないって事で、心を構成するものが活動していないという事じゃー、ないと思います。ついでに言うなら、その逆も真なりで「体ここに在らざれば、心あれども見えず、聞こえず、味を知らず」、じゃない?


[9] 心は胃袋にあるという人がいる。 adlib

なぜなら「嬉しイ、悲しイ、楽しイ」と云うからだそうだ。

私は、国語文法を知っているから、こういう意見にはダマされない。

(マンチ先生こと、藤原市太郎教諭講義録より)


[10]>6 脳 のみそ kumakonn

ものをかんがえる、感情を表現する、

5感をまとめるところということで脳 じゃないのでしょうか?


[11]関連するすべてのところに、一つではなく memo77

アイデンティティの問題ですよね。「どこからどこまでが自分か」と。

心というのは「私は」という一人称で語るものだと思いますので。

爪を切り離したらそれは自分か、髪の毛は、腕を切り離したら?

昨日の私と今日の私は同一人物?

記憶を失った私は私なんでしょうか。

そもそも「私は」と考えているのは誰なのか。


心というのはイメージとしては核のない、だけど色の濃いところがある、ぼんやりとした「集まり」のようなものでは。

だからどこからどこまでとはいえないけれど、「だいたいこのくらい」とはいえる。

刻一刻と形とありようを変えて、移動することも、削り取ることもできる。

一度に一つのことを考えているわけではなくて、実は複数のことを同時に感じ、考えていて、たまたまその強くなった「粒」が結びついて「私」とか言い出す。


「どこにある?」という問いに答えるとすれば、

「関連するすべてのところに、一つではなく」

という感じでしょうか。


[12]>9 九州なら condorpasapasa

「嬉しか、悲しか、楽しか」というから、心は「蚊」にある?


[13]>7 右脳か左脳か、前か後か? adlib

泰西名画では、天使や聖人には後光が射している。

炭鉱夫や潜水夫は、前頭部分にランプを着けている。

ホタルは尻に灯をともす。


[14]私の心はまぶたの裏に Beirii

見えるような見えないような

在るような無いような


[15]>4 心には窓があり、ときには雨も降る。 adlib

眼は心の窓!

http://web.bureau.tohoku.ac.jp/manabi/manabi24/mm24-45.html

玉井 信(東北大学大学院医学系研究科長医学部長・教授)


[16]>12 かくかくしかじか? adlib

九州の鹿には、嬉怒哀楽がある。

「うれ鹿、かな鹿、たの鹿」

怒った鹿は、存在しない。シカタがないとあきらめるからだ。


[17]>3 腹芸、腹から笑う、ヘソで茶を沸かす。 adlib

政治家は、なにか云うたびに、腹を叩いてみせる。

聖職者は、なぜか胸に手を当てる。

教職者は、頭を指さして、クルクル回したりする。


[18]>14 瞼の母 ? うろおぼえ名場面より ? adlib

──「それじゃ、おっ母さん、いや女将さん。あっしのことなんざぁ、

知らねぇってんですかい」

「そうさ、あたしには、やくざの倅なんて、居やしませんよ」

店を出て、追っ手に「てめぇら、親は居るのか、子は孫は?」

「てやんでぇ、そんなもの居るもんか」(バッタバッタ)「おいら、

ふたつの瞼をピッタリ閉じりゃ、いつでもおっ母さんに会えらぁ」

── 長谷川 伸《瞼の母 ? 馬場の忠太郎 ? 19310313 千恵プロ》


[19]心はどこにもない karasimiso

「心ここに在らざれば」が本当なら、心は在ったり、無かったりととても不安定な存在。むしろ、心とは存在するものではなく、人間の状態を表しているものであると捉えた方がしっくりくるような気がします。


[20]>10 中枢は脳に。 filinion

空腹になるとイライラする、というように、体の各部も心に影響を与えます。そういう意味では全身にある。

でも、胃を切除しても、心はなくならない。

脳がなくなれば(全部無くなったら死ぬけど。新皮質とか限定で)なくなれば心はなくなる。

だから、心の中核を成しているのは脳で、そこに他の諸器官が影響を与えているのだと思います。


[21]>19 シッポや盲腸のように、退化してしまった? adlib

あるとき、シッポのかわりに進化したものの、ほとんど役にたたず、

いつのまにか絶滅への道をたどりつつある。ときどき激痛がおこって、

もがき苦しむ患者もいるが、どこにあるか分らないので手術不能です。


[22]>10 特に・・・ to-ching

前頭葉かな?


[23]すべての外側に OhYeah

id:spica-starさんやid:memo77さんの意見とも少しかぶっているのですが、

心は、すべての外側にあるものだと思っています。

逆に言うと、心の中にすべての物があるという考えです。

まず、心があって、自分を認識して他人を認識して世界を認識するというような順番なのかなぁと思います。


[24]脳のシステムですね airplant

「クオリア」=心かと。

茂木健一郎にかぶれかけてきている私であった。


[25]>24 茂木脳から模擬脳へ adlib

あなたの脳は、茂木脳に引越してしまったみたいですね。

クオリアは、クオリティの名詞形で、それ自体の機能はなさそう。

Quality → QUALIA 20030621 ソニー新ブランド発売 20060126 撤退。


[26]>8 神経系統では murokawa1131

私も神経系統だと思います。神経がいかれていると心ここにあらずというのもありますから。


[27]>26 千々に乱れる心 adlib

通釈の「心ここに在らず」とは、いま彼女と会っているのに、つぎに

約束した別の女性のことを考えている状態です。目と口が、バラバラの

状態になることもあります。手と足がチグハグな人も居ますが……。


[28]>5 科学的に語るには Nos

確かに「心」の指す対象があまりに漠然としているんですよね。

ウィキペディアにいろいろ書いてありますが、「心」というのは要するに人の感情とか意思とかの精神活動をひっくるめた総称でもあり、それを自分で「心」として感じる主体的感覚のことでもあり。

科学的には(個人的には「科学的には」って言う言葉は科学がなにか崇高で特別なもののように聞こえて違和感があるんですが)人が自分で感じている心の働きとそのときの脳の活動場所には深い関係があることがわかっているわけですから少なくとも心の働きと脳の働きには深い関係があるのは確かでしょうね。

ただ「主体的な感覚」というのが厄介で、たとえば脳があるやりかたで活動していることが現時点ではたとえば「好き」とか「嫌い」とか、「腹が減った」とか言う感覚を実際に「感じている」ことの説明にならないわけですよね。つまり「意識がある」という感覚がいったい何なのかをまだ人は理解できてないわけです。この「感覚」はいったいどこに存在するのか。聞きたいのはそこですよね?

どこなんでしょうね。僕にはわかりません。わかりませんが、考えている人はいっぱいいます。

例えば茂木さん。茂木さんとかがクオリアとか言ってるのはその「感覚体験」にとりあえずつけた名前に過ぎませんが、茂木さんはそのクオリア、つまり感覚の寄せ集めが心だと思っているわけです。ヒュームって哲学者の考えに似てますね。結局そのクオリアがどこから来ているのかはまだ説明できてませんが、とりあえず名前をつけることで法則とかそういうものを見つけようとしているわけです。

Wiki参考

ロジャー・ペンローズって人は物理学者なんですが結構とんがった考え方をしていて、この世界は「物理的世界」「精神的世界」「プラトン的世界」の3つに分かれていて、心は「精神的世界」にあって「物理的世界」にある脳に影響を与えているというようなことを言ってますね。あんまり人気ないですが。

僕自身の答えを言っていないままですが、正直僕にはわかりません。って長くなりすぎた。長文失礼。


[29]無いよ qjpem028

そんな内臓は


[30]全身 r070617

いろいろ見たり聞いたり

たまに髪の毛を風になびかせたり

薄着で外に出て肌を日に当てたりしていないと

心も止まってしまうような気がする。


[31] 手や指は第2の脳? adlib

── 子育ちWAO!生活向上委員会・編

《お箸をちゃんと持てる子は頭がよくなる

? 手と指は「第二の脳」である! ? 200110‥ 主婦と生活社》

── 手や指は 第二の脳である。

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa185283.html

私流人格者向けタイピング御案内法


[32] 女は子宮で考える? adlib

── 最初に言い出したのは、円地文子という女流作家です。当時、

新聞記事になり、大いに物議をかもしたものです。その後、吉行淳之介

あたりが面白がってよく引用していました。(20070109)

http://blog.goo.ne.jp/funamushi2/e/cd5e0b951425e6caabe0a33517d81...


[33]延髄だと思います。 doriaso

だって、猪木の延髄斬りで100万票ちかく集めたんですよ。

国民の多くが延髄斬りで心をやられたに違いない。

消費税に延髄斬り!!

って、わけわからんし・・・。


[34]マーヴィン・ミンスキーによれば I11

マーヴィン・ミンスキーによれば

Minds are simply what brains do.

(心は単に脳がすることである)

とのことです。

では脳における心の機能とは何かという点があらたな疑問として浮上しますが、その点を分析した本がこの本です。

心の社会

心の社会

ミンスキーは、心を形成しているものは「エージェント」であると分析し、様々な機能を持つエージェントの束(社会)が心を形成していると分析しました。

だとすれば、心とはエージェントによって形成される社会である、と言うこともできるだろうと思います。

現代の人工知能研究はここから出発しています。

マーヴィン・ミンスキー ホームページ

http://web.media.mit.edu/~minsky/


[35]>31 脳は、手の先にくっついている。 adlib

── 人間の頭脳は頭の中にない、手の先にくっついている。手を動か

さなきゃだめだ。── 《にんげんマップ 19950918 23:00-23:55 NHK》

藤正 巌 医療工学 1937・・・・ 東京 /東大先端科学技術センター教授


[36]>34 心のはじまりは嫉妬? adlib

アーサー・クラーク原作の映画《2001年宇宙の旅 19860430 America》

のアドバイザーをつとめたミンスキーは、コンピューター HAL2000 が、

初めて“嫉妬”のような感情を抱く設定を、どう分析したのでしょうか。

── Clark, Arther C.《2001:A space Odyssey 1968 America》

── 伊藤 典夫・訳《2001年宇宙の旅 19770430 ハヤカワ文庫》


[37]>33 むかし人類は、地球を平らだと信じていたが、実は丸かった。 adlib

いまや人類は、脳を丸いと信じているが、実は平らではないか。

http://www9.plala.or.jp/sophie_f/disease/cerebral1.html

間脳・中脳・橋・延髄を総称して脳幹という。


[38]>37 加えていうと、その辺が神経の交叉点、 doriaso

そのスクランブル交叉(差)点に心がある気がする・・・。


[39]>29 魚心あれば、水心あり(下心こそが本心)。 adlib

もとは「魚、心あれば水、心あり」から「水心あれば魚ごころ」とも。

たがいに必要とするところから、あちらが好いてくれれば、こちらも

好意を持つ「落下流水の情」に通ず。

チップの欲しいホステスと、下心のある客との駆け引きや、注文待ち

の下請けが、ものほしげな担当者にワイロを贈るときにも用いられる。

焼肉で「ココロ」といえば心臓、「タン」は舌、「トンソク」は豚足。


[40]>13 海馬じゃないですか? doriaso

記憶。


[41]>20 心の病の事を odorukuma

そういえば、心の病を

脳神経の衰弱なんていったりするのを、本で読んだ気がします。


[42]>1 私もそう思う sayonarasankaku

胸の奥にあるような気がする。

胸が痛んだり、きゅんとしたりするから・・・


あと、なにか考える時に無意識に胸に手をやってしまうので・・・


[43]目には見えない場所にあるのでは?? juke-box

頭の後ろの方な気がします。

脳ではなくて。。。場所を特定するのは難しい感じがします。


[44]to-ching

心の出張所だわな


[45]>44 眼は to-ching

心なり・・・

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