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【イエはてな】イエ・ルポ#031
街を見渡せば、100通りの家族に100通りの家。家をのぞいてみれば、それぞれの暮らし振りが面白い!“イエ・ルポ”とは、実際に見たり聞いたりしたイエの話、またはご自分の家の暮らしの中で生まれたユニークな工夫やアイデア、習慣や出来事をミニルポ感覚で書き込んでもらう“イエ・ルポタージュ”コーナーです。
*〈今週のお題〉に沿った、みなさんが知っている面白いイエの話を教えて下さい。
*〈今週のお題〉以外の話題のイエ・ルポも常時自由に投稿して下さいね!

イエ・ルポ #031 THEME「あなたの子供の頃のイエの思い出」を教えて下さい

→ルポ例はコチラ
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20070723

※今回の「いわし」ご投稿は7月26日(木)正午で終了とさせて頂きます。
※参考にさせていただいた「いわしへのコメント」には、【いわしポイント×20pt】を差し上げます。
※お願い
モラルのない一行投稿などはご参加者の皆様に大変ご迷惑となりますので、ご遠慮下さい。
またそのようなご投稿にはポイントの送信を控えさせて頂きますのでご了承下さい。

●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:7月26日 theme あなた いね いわし
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 300/300件

▽最新の回答へ

[1]縁側 Kumappus

縁側があって、特に冬場は日の光でぬくぬくになって、ネコみたいにころころしてました。

夏は日が照ってるときは熱いんだけど(でもそこに顔押し付けるようにして暑さを楽しんでた気も)午後、日陰になると涼しかったかな。

ばあちゃんもよくそこに座ってたっけ。

屋根はあっても半雨ざらしだしで、日焼けした板。

今でもあの香りや手触りは忘れられないですね。


[2]自然と暮らした子供時代 xmoon_catx

実家は田んぼ・山・川と自然に囲まれた場所にあります。

小さい時は・・・

【春】

・田んぼでおたまじゃくしとり

・川に行ってめだかとり

・つくしやたんぽぽとり

・シロツメクサで冠作り

・山菜とり

【夏】

・星空の下で花火

・川へ行ってザリガニとり

【秋】

・山できのことり

・収穫したサツマイモで焼き芋作り

【冬】

・かまくら、雪だるま作り



こんな風に四季それぞれ自然と遊んでいました。

これって都会の人には出来ない貴重な体験ですよね!


[3]古い家の記憶 taknt

小学生三年生のときに 家を建て直したので それ以前の家の記憶は そんなには ありません。

屋根が かわらではなく トタン板だったと思います。

家は 新築したけど お金がなかったので 二階の内装は していない状態でした。

天井を見ると 丸太が むき出し・・・。

中学のときに 学校の先生が 家庭訪問にきて

それを みて 懐かしいと言ってたのを 思い出します。


[4]引越し前のイエ。 mododemonandato

三才位の小さい頃に引越しをしました。

前のイエはアパートだったようです。

あまり覚えていませんが、確か部屋は二階で窓からは野原がみえていたような気がします。

そばには電車の踏み切りがあり、背の高い草が生い茂っていたような・・・。

今でも踏み切りのそばに在るアパートなどを見ると、懐かしいような感じがします。


[5]二階建て F-15X

子供の頃、平屋建てだったのですが、改築をして二階建てになった時はとても嬉しかった。二階へ通じる階段を何度も上り下りし、飛び降りたりしました。あぁ懐かしい。


[6]>2 それほど田舎でもなかったけど Kumappus

おお、

【春】

・田んぼでおたまじゃくしとり

・川に行ってめだかとり

・つくしやたんぽぽとり

・シロツメクサで冠作り

【夏】

・星空の下で花火

・川へ行ってザリガニとり(→用水路)

【秋】

【冬】

は僕のところでもできましたね。山菜とかキノコとなるとさらに田舎のほうに車ででかけないと厳しかったけど。

このなかで、今もやってみたいのは「つくしとり」だなあ。買い物カゴ持っていってそれに2杯ぐらいとったりして。ついでにヨモギもつんだりして。

つくし好きなんですよ。でももう都会では手に入らないから。


[7]柱の傷で身長測定 xmoon_catx

童謡でもあるように、私達三人の子供の身長を毎年子供の日になると父が測定をし、柱に刻んでいました。


3年前の中越大震災で実家は壊れてしまったので、もうその柱の傷を見ることは出来ませんが、毎年自分の成長を確認出来弟や妹の成長も一目で見ることが出来た懐かしい思い出です。


[8]>7 私も yoshigyu1318

私も記憶がありますね。5歳のときからずっと続けていました。

私も場合、毎年自分の誕生日に身長を測っていましたね。

鉛筆でしるしを付けているのできっと今も残っていると思います。


[9]>8 やりました! odorukuma

テッィシュの箱で垂直に、なるべく正確に測るようにしてました。

姉と背を比べるのですが、負けまいと顎を挙げたり、少し背伸びしたりしていたような気がします。

懐かしいです。


[10]せんこはなび、あっちっちっ!! Oregano

父と母と三人で花火をやっていた時のことです。私は木の枝に止まっていた蛾に花火を向けて「光線銃ー!!」とやろうとして、父に「生き物に何をする!!」と、こっぴどく叱られました。父の怒鳴るのが早かったので、蛾は無事飛んでいきましたが、私はせっかくの楽しい花火が台無しになってしまって、しょんぼりでした。

気を取り直して、ちょっと心が沈んでいたので、派手な花火はやめにして、線香花火に火を付けました。ジジ、ジジと音を立てて広がる光を見つめていると、生きている命を遊びで焼き殺そうとした残酷さがだんだん理解できてきて、取り返しの付かないことになる前に叱られて本当に良かったと思えるようになりました。

そこで素直に「お父さんごめん」と言おうと思って顔を上げた直後…。線香花火の熱い玉がポトっと落ちて、サンダル履きの足の上に!!あちー!!私はそれこそ火のついたように泣き出しました。泣きながら、もしあの時蛾を焼き殺していたらあの蛾はこんな苦しみを受けたんだと、心から反省しました。父もきっとそういうことを言いたかったと思いますが、それには一言も触れずに、やさしく冷やして手当てしてくれました。


[11]>6 私も星空の下で花火しました。 yoshigyu1318

私も星空の下で花火をしましたね。

昔はそんなに街灯がなかったので、星がくっきりと見えました。

でも今はネオンや街灯など明るいものがたくさんあるので、

星が見えにくくなりましたね。

とても残念です。


[12]>4 最近行ってみました。 odorukuma

越す前の家の記憶は、はっきりこそしませんが、

部分的なイメージだけは残ってます。

私はアジサイが玄関先にあって、裏庭にもアジサイ、それと小さい小川があったような気がします。

カタツムリを捕まえて遊んだりしてました。

歩いてすぐの所に山があったような気がします。斜め前に野菜屋さんがあったような。

先日近くに行く機会があって、寄って見たのですが、当時の記憶の面影は全くなくて、なんだかさびしくなりました。

そして、山は歩いてすぐではなくて、結構離れていて、子どもの足で歩いたら1時間はかかっていたと思います。

うーん、記憶はあてにならないな(笑


[13]>1 縁側ーおばあとねこと、時々ワタシー xmoon_catx

おばあちゃんと猫がよく縁側でひなたぼっこをしていました。


春のぽかぽか陽気が本当に気持ちよいんですよね


[14]>9 身長測定 FLOW_GAMA

コレはうちでもやっていましたね。家が持ち家でなく借家だったせいか、柱を傷付けないように、鉛筆で印をつけていました。

測るときは確かに少し背伸びしていましたね、懐かしい記憶です。


[15]毎週日曜日デパートの大食堂に出かける yoshigyu1318

子供の頃、毎週日曜日にデパートの大食堂に家族そろって出かけていました。

ちょっといい服を着て、食べに行っていました。

それは昭和を代表する光景だとおもいます。


[16]>9 柱の傷 mododemonandato

五月五日に柱で身長を測るのは、歌にもありますね。

あまり測り過ぎると、家のように柱が凸凹になってしまいますが。


[17]>12 私も子供のころに引っ越しをしました Oregano

私はとても古いボロな借家にいたことがあります。そこも家はボロかったですが周囲の自然には恵まれていて、野原があり、虫たちがたくさんいました。きれいな家を新築して引っ越した先は周囲が家だらけで、草も虫もほとんどいない地域でした。ちょっと、前のボロい家が懐かしかった記憶があります。


[18]>14 さすがに「柱の傷」は出来ませんでしたが Oregano

父が紙に目盛りを付けて柱に貼ってくれて、それで身長を測っていました。その時の紙は今でも子供のころの色々な物と一緒に残っています。何年何月何日と日付も入っていて、懐かしいです。


[19]>11 畑仕事の手伝い odorukuma

懐かしい?!

祖母の家が農家だったので、畑仕事の手伝いをよくしておりました。

イチゴやスイカ、トマトなど、採りたてはやはり美味しいです。

秋はイナゴを捕まえて、それが晩御飯のおかずになってました。


[20]>10 線香花火は忍耐力が大事ですね yoshigyu1318

線香花火はだれでもやったことがある花火ですよね。

でも、おおきくなった玉を落とさないようにするのは、

なんというか一種の精神力というか、忍耐力というか、

じっとしている力が必要ですよね。

私は虫に花火を向けたことはありませんが、草に花火をかけた記憶はありますね。

そのときはやはり火事になったらどうすると怒られました。


[21]友達いっぱいの集合住宅 miumiur

同級生やおにいちゃん、おねえちゃんに囲まれて毎日、マンションの裏の森や河原で遊んだり、公園で野球をしてました。最近の少子化は子供たちにとって、かわいそうな気がします。


[22]壁の落書き corocoron

小さな頃は壁によく落書きをしました。いまだに実家に帰ると落書きが残っていて、懐かしいやら恥ずかしいやら。中にはなぜこんな絵を書いたのか今では想像つかない物も。昔は芸術家肌だったのかしら(笑)


[23]>19 自然は 家じゃないからなぁ・・・ taknt

よく くわがとりに 行ってましたねぇ。

窓を開けてたら 家の中に カブトムシのメスが 飛んできたのには

びっくりしました。

あとカエルの合唱は うるさかったですねぇ。


[24]障子に穴を開けて気分爽快 odorukuma

障子の張替えの時に、思いっきりぶち破ると気分爽快になります。

子どもの頃、祖母の家に住んでいた事があるのですが、

自分の家にはない「障子」にひかれて、

気が付いたら穴を開けてしまっていました。

その時こっぴどく叱られたので、もうやるまいと反省しました。

それからしばらくして「障子に穴あけていいよ」と言われた時は嬉しかったな?。張替えをするのも楽しいですし、ピンと張った、まだ湿気を吸っていない、真っ白な紙は気持ちいいですね。


[25]>20 落ちた火球が・・・ xmoon_catx

ホースに落ちて穴を開けてしまい、父に怒られた思い出が・・・笑


誰が最後まで落とさないでいられるかなどを家族で競争など、よくしましたねー


[26]>24 大掃除の恒例イベント xmoon_catx

母が子供達に「今から障子に穴開けていいよー!」というと、

みんなであちこちに穴を開けまくりました。

普段やったら怒られることが公認されると、なぜだか嬉しくなりますよね。


[27]>26 障子にパンチ FLOW_GAMA

障子を新しく張り替える前に破らせてくれましたよね。

子供にとってはすごい楽しいですよね!まさに気分爽快です。


[28]悪いことをすると・・・ xmoon_catx

よくベランダに出されていました(笑)


閉じ込めるほどのおしいれなどがなかったからか、

いつもベランダに出されていました。


やっぱりポピュラーなのは押入れとかなのかな?


[29]庭の物干し台 YuzuPON

私の家は、最初は1階が3部屋くらいしかない小さな家でした。2階も1部屋だけ。おそらく当時、中古住宅を買ったのだろうと思います。そのかわり庭は広かったので、庭に物干し台がありました。一昔前の漫画に出てくる風景そのままです。

周囲に家が少なかったので庭の日当たりも良く、母が洗濯物を干している横を三輪車でグルグル回ったりして、それがとても楽しかったのを覚えています。私はなぜか三輪車を物干しにぴったり寄せて止めておくのが好きでした。そこが三輪車の定位置でした。夕方になると母が軒先にしまってくれますが、昼間はいつも物干しの横に三輪車が置いてありました。

その後、家を改築して庭が手狭になり、周囲にも家が建て込んで庭の日当たりが悪くなったこともあって、今はベランダが物干しになっています。時折、昔の庭を思い出すと、とても懐かしくなります。


[30]非常に狭かった家。 kumaimizuki

昔は賃貸の団地に住んでいたのですが、とにかく狭かった!

何せ、家族4人で2DKの家なのですから。

部屋の大半が家具で一杯になってしまい、寝るスペースを確保するのがやっとといった感じでした。

そんな状況ですから、自分の部屋なんて当然ありません。

全ての部屋が「家族の部屋」という状態でした。

当然、寝る時は川の字です。そうしないと寝られないくらいの狭さでした。


そんな家での思い出はたくさんあります。

上の階の住民が、水を出しっぱなしの状態で外出し、下の家が雨漏りをしてしまったこと。

我が家は二つ下だったので、そんなに被害はありませんでしたが、一つ上の階へ様子を見に行ったところ、まるで家の中で雨が降っているような状況でした(笑)

他にも、裏が林だったため、迷い込んできた虫は数知れず。

網戸にセミが止まったと思ったら、そこで鳴きだしたり。間近で鳴いているので本当にうるさかったです。

あと、どこから入ってきたのか、カミキリムシも家の中に迷い込んだこともありました。

試しに紙をかざしたところ、本当に紙を切りました(笑)


あと、子供の頃の思い出としては、近所に来ていた豆腐屋さんが印象的でした。

軽トラックでやってくるのですが、到着するとお店のおじさんが、ラッパを鳴らすのです。

もちろん、テープではなく、その場でラッパを吹いて鳴らしていました。

文字で表すと「パラー」といった感じで。

小学生の頃、このラッパの音が聴こえたら、家に帰ってくるように言われていました。

ですので、この音が聴こえたらとにかく家に向かって自転車を走らせた記憶があります。

あと、街灯が付いたら家に帰る。というのもありました。

今となっては、懐かしい思い出です。


[31]>22 たんす、机や椅子にも、シールや落書き odorukuma

古い家の時、たんすや机、椅子、もちろん壁にも、落書きとシールがいっぱいでした。

なんと、たんすの中にまでクレヨンで落書きされてて、母は怒るを通り越して笑っていました(笑)

引っ越したのでもうその家の落書きは見られませんが、その落書きされたたんすは新しい家に持ってきたので、それを見るたび懐かしさでいっぱいになります。


[32]>26 その後は Kumappus

ちゃんと障子貼りを手伝いましたよ。

残ってる紙をきれいにとって、雑巾がけして、水で溶いた糊を塗って(まあこのへんは大人の仕事)、最後に右だー左だーちょっとずれたーとか大騒ぎしながら障子紙を貼っていくところは子供の仕事だったような。


[33]>31 シールをぺたぺた xmoon_catx

落書きはなかったんですが、小さい頃はあちこちにシールを貼る子供でした。


未だにたんすなどには、私が貼ったシールがたくさん(笑)

キャラクターなどで、時代の古さを感じたり懐かしくなります


[34]>28 こっそり入れてあげる odorukuma

私が子供の時は、ハミガキをしなかったり、夜帰るのが遅いと、玄関先に出されて、家に入れてもらえませんでした。

そんな時は母か姉がこっそり家に入れてくれます、父に見つからないように。

姉が出された時は私がこっそり家にいれたり。

父が家に入れてくれた後は、必ず「寒かっただろ」と言ってくれます。

すごくいい思い出です。


[35]>31 シール貼り放題 kame3

テレビや冷蔵庫に家中のふすま、納戸のドア

とにかくシールを貼りまくっていました

ドラえもんやらアラレちゃんやら色々なキャラクター入り乱れての

アカデミー賞もびっくりの壮大なストーリーを作っていたらしいw

テレビはこういうおはなし!っと何やらわめきながら

ペタペタ貼っていたらしいです(;´▽`A``

今ではシールだらけのテレビはないしふすまも張り替えちゃったし

納戸のドアもペンキで塗りなおしたし

見ることが出来なくなりました


[36]ゼンマイ式の柱時計 type9

客間に振り子のついた柱時計があり、

1時間ごとに時間の数だけボーンと音っていた記憶があります。

ゼンマイ式なので、時間がたつと精度もよくないのですが、

毎朝日課としておじいちゃんがゼンマイをまいてました。


[37]>27 「壊していいホテル」を思い出しました。 odorukuma

普段やってはいけない事をしていいと言われると、どうしてあんなに嬉しいのでしょうか(笑)

壊すに、墨で絵を描いて芸術家を気取っていた事もあります。

気に入ったものは綺麗に切り取って残していたような気がするのですが、今はどこにあるのやら・・・

木枠からはがす時は、川に障子をそのままつっこんでました。

夏場の冷たい川の記憶が蘇ります。


[38]>33 家の中が シールだらけ taknt

いやあ、みんなシールを 貼りまくってたんですね。

昔、板ガムに こすって 貼り付けるシールがついてたのを 思い出しました。

そういうのも よく貼ったものです。


[39]となりのみーちゃん Fuel

名前は全くおぼえていません。

ただ、みーちゃんと呼んでいました。

私より一つか二つ年下の女の子で、毎日のように私の家に遊びに来ていました。

当時近所に幼児というと私とそのみーちゃんだけだったようで、

私たちはいい遊び友だちでした。

親同士も仲がよかったようで、

よく二家族で一緒に買い物に行ったり遊びに行ったりもしていた記憶があります。

一番思い出深いのはお昼寝で、

二人で並んで寝ていると、最初は離れて寝ているのですが、

いつのまにか二人は寄り添っていて、

ふと目を覚ますと、みーちゃんの少し長い髪が私の腕にかかっていたりしました。

その感触がとても気持ちよくて、また私はすやすやと寝ていました。

私が小学校に入ると、だんだんみーちゃんとは疎遠になっていきました。

時々遊んでほしそうに私の後を付いてきたりしていましたが、

私は学校の友だちと遊ぶのが面白く、

年下で性別も違うみーちゃんとは、いつのまにか遊ばなくなっていました。

みーちゃんは、小学校に上がる直前ころに、引っ越していってしまったようです。

引っ越す直前にみーちゃんは私の家に遊びに来ました。

一緒にご飯を食べましたが、みーちゃんはずっとしょんぼりしていたようでした。

その日だけはどこにも出かけるな、みーちゃんと一緒に過ごしてあげなさいと親に言われていましたが、

私はその意味する所がよくわからず、何も言わないみーちゃんを前にして、

つまらないなぁなどと思うだけでした。

あとで、それが引っ越す直前の最後の一回だったことを知って泣きました。

みーちゃんと撮った写真が今でも数枚残っています。

今はもうない家具や、張り替える前の壁紙など、

なつかしい物たちと一緒に写っています。


[40]>36 うちにもありました xmoon_catx

父が子供の頃からあったようで、

かなりの年代物でした。

気がつくと止まっていたりもしましたが、

ねじをまく日課と時を刻む音が好きでした。


[41]>38 ありましたありました Kumappus

タンスがもうシールまみれ。怒られるより呆れられて、このタンスはシール貼ってよし!というのを決めてもらっていたような気がします。

こすって転写するタイプのものが最初は多かったように思います。あれ、なかなかきれいに移らないんだ。途中でずれたりして。

あのシール、今あったらお宝だろうなあ。


[42]>40 なつかしい!! Fuel

うちにもありました。ゼンマイ式の柱時計。

カチカチと音を立てて、毎正時と30分にボーンと鳴ります。

うちは止まらないとゼンマイを巻かなかったので、

時計止まってるよという会話が懐かしいです。

なんでも父の実家から持ってきた記念すべき時計だそうです。


[43]>38 貼ってはいましたが kumaimizuki

大半がふすまの穴を隠すためだったりするんですよね(笑)

ちなみにポスターなんかもそうでした。

全ては「汚れ&穴隠し」のためだったのです。

一見すると「あちこちにシールやらポスターやらが貼ってある家」なのですが、我が家の場合はそんな裏事情があったりしました。


[44]虐待 se_tsu_na

よく母親に殴られたりしました。

夕ご飯抜きもザラでしたねー。


[45]>29 うちも以前は庭に物干しがありました Fuel

昔は物干しというと庭にあるのが相場でしたね。

セメントの台のついた物干し台などが必ずどこの家の庭にもあった気がします。

いつの間にか、物干しのあった所は車の駐車スペースになってしまいました。


[46]>42 時計の物語 odorukuma

素敵ですね!

私はゼンマイ式の時計を実際見た事がないのですが、

耳をすませば、に出てくるドワーフつきの時計や、「おおきなのっぽの古時計」の歌のような素敵なイメージがあります。

ドワーフの時計は、妖精のお姫さまと、12時になると出会えるんだったかな?

時計そのものに、歴史と物語があるというのは、すごく素敵だなと思います。

他のものにもそれぞれ歴史と物語があると思うのですが、なんだか時計だけは特別な気がします。


[47]>39 みーちゃんは私にもいました xmoon_catx

いいお話ありがとうございました。

みーちゃんの胸にも小さい時の思い出としてFuelさんがいるんでしょうね。


私も向かいの家に住むみーちゃんという友達がいました。

多分私より3つくらい上だったかな?


通っていた幼稚園は違いましたが、

よく一緒に遊んでいました。


みーちゃんとお母さんは引っ越してしまい、

向かいの家には今おばあちゃんが住んでいますが

実家に帰るとお茶を飲んだり、立ち話をしたりしています。

たまに、みーちゃんの近況を聞けるとなんだか懐かしくなります。


[48]>15 羨ましい xmoon_catx

うちの父は外食があまり好きではないようで、

学校行事のあった帰りくらいしか外食の記憶はありません。


でも、毎週日曜日にデパートにはよく行ってました。

yoshigyu1318さんのとこと同じで、すこしいい服を着て行ってました。


>それは昭和を代表する光景だとおもいます。

この文章に同感です。


[49]田舎のイエ mododemonandato

小さい頃は父の実家である田舎のイエに、年に一度は帰省しました。

千葉の地方にあったイエは木造で、古い木や畳などの混ざった独特の臭いが、玄関に入った時から鼻につきました。

その頃には既に珍しくなっていた玄関の土間や、薪で焚く五右衛門風呂などは、子供心にも新鮮なもので、遥か昔の江戸時代にでも戻ったかのような感じがありました。

イエの周りにはまだ自然が少し残っていて、用水路でカエルを捕ったり、トンボや蝶などの昆虫も採集出来ました。

赤トンボは本当に、夕方になると群れなして飛ぶ事も、そのイエで知りました。

消えていこうとする日本のイエも、思い出の中では今も建っているようです。


[50]>46 使ってます♪ vivisan

大きなフル時計ではないですが、母の父の小さな頃に購入したという時計がありました。

時計部分が丸くなっている柱時計です。

ものごころついたときには動いてませんでした。

この時計はまったく使われていなかったので、骨董趣味の私とダンナが譲り受け、知り合いの時計屋さんにもって行きました。

でも軸がずれてしまっているので、ちょっと傾けないと動いてくれませんが、いい音がなります。

古い時計ですが、母方の家庭をずっと見守ってきた時計です。いつまでも大事にしたいと思っています。


[51]>44 閉め出し chocogasuki

はよく食らいましたねー。

殴られはしなかったですが、夕飯抜きと閉め出しはこたえましたね。

それでも繰り返してたのが若かったです


[52]模様の違う型板ガラスの窓 tough

わが家の居間には、型板ガラスのはまった窓があります。4枚続きの掃き出し窓なのですが、一枚だけガラスの模様が違います。

よく漫画で、ボールを窓にぶつけて割ってしまうというシーンがありますが、ガラスなんてそう簡単に割れる物ではないというのが私の考えでした。たまたま道を歩いていると野球のボールが転がっていたので、私はそれを拾ってきました。そして試しに窓に向かって投げてみました。そうしたら…。割れました。いかにも厚みがあって頑丈そうだと思っていた型板ガラスが、見事に割れてしまいました。予想ではポーンと跳ね返って、ほら、窓なんてそう簡単に割れるはずがないんだとなる予定だったのに、力を入れて投げすぎてしまったのか、ちょうどガラスのど真ん中に当たってしまったのがまずかったのか、とにかく窓は割れてしまいました。

今思うと、あのボールは硬球だったのでしょう。それを思い切り投げつければ、やはり割れますね。

私は慌てて逃走しました。そしてどきどきしながら夕方家に帰ると、窓にビニールが貼ってありました。母は、やーねぇ、近くにボールが転がっていたから、きっとそれで割られちゃったのよ、どこの悪い子かしらと言っていました。私はばれずに済んだと喜びましたが、やはり良心の呵責に耐えきれなくて、翌日くらいになって、ごめん、それ僕、と謝りました。

同じ型板ガラスはもう製造中止とかで、窓には一枚だけ違うガラスがはまりました。そのガラスは今でもそのままです。そして今でも時々、お前はガラスを割って逃走したと両親にいじめられます(笑)。


[53]>18 うちは確か柱がなかったので chocogasuki

壁に書いてました(笑)

妹の分と自分の分を書いてたんですけど、

自分の方が背が高いのは当たり前なのにかなり威張ってました(笑)

懐かしいですね。


[54]>41 転写シール! teionsinonome

懐かしい!! ガムに付いてましたよね

うちのタンスもシールまみれでした

ビックリマンが一世風靡した時代でしたけどあれは集めてなんぼなので貼ってなかったです


[55]>30 うちも狭かったです chocogasuki

関西在住で、阪神大震災の時に家族4人が同じ部屋に寝ていた記憶があります(笑)

あと、うちはお豆腐やさんではなくロバのパンヤが印象的です。みなさんのところはどうかわからないのですが、

蒸しパンを売りにきてくれるトラックです。

夏のわらびもちとかき氷もすごく楽しみでした!


[56]>53 やりましたー teionsinonome

柱、ボコボコでした

しかもうちば兄弟でおなじ場所に、色分けとかせずにやってたからそのうちどれが誰のだったかわからなくなったり・・・


[57]>54 ビックリマンシール chocogasuki

あれは貼れなかった!ドラえもんは貼れても(笑)

あのウエハースを食べる役は妹でした。


[58]>21 うちもです! chocogasuki

3歳上〜3歳下、男女問わず沢山友達がいて楽しかったですね〜!

公園で野球するにも、初めて自転車に乗るにもまわりが色々教えてくれた面が大きいです。

ちょっと外に出れば誰かが遊んでる状態でしたし。


[59]>51 押し入れ Kumappus

悪いことすると、押し入れに入れる!となんか嚇かされていた気がするなあ。

子供って暗いところ恐いですからね。


[60]>47 じわん… tough

本当にいいお話を…。私にも、みーちゃんではありませんでしたが、よく一緒に遊んでいた懐かしい友だちがいます。男の子でしたが、一つのおやつを二つに分けて食べ合ったりして、幼児ながら私たちは親友でした。やはりその子は、小学校に上がるのを境に引っ越していってしまいました。まだ満足に字も書けない頃でしたので手紙をやり取りをすることもなく、そのままになってしまいました。

うちにも当時の写真があります。今とは壁の色も違うし、庭の様子も全然違います。塀際には、今はもうない紫陽花が植わっています。懐かしい思い出の景色と共に、小さな親友の思い出があります。


[61]天井の梁にロープをかけてターザンごっこ shimarakkyo

も、そのまんまです。結構高い天井の梁にロープをかけて(それもちゃんと重しを一端に結んで、スリングノットをかけて、と本格的)弟と一緒にターザンごっこをしてよく遊んでいました。


親が帰ってくる前にロープはちゃんと棚の裏に隠して(梁にかかりっぱなしなので天井を見られればバレバレなんですが)。


それである日、お察しの通り、ロープを持つ手がすっぽ抜けて襖に激突。襖を粉々(?)にして大目玉を食らいました。後年聞いた話によると、この辺りから親は私の事を「女の子らしく」育てるのを諦めたみたいです。「いつかはなんとかなるだろ」と、教育方針を切り替えた、のだと。


でも、今思うと激突したのが柱じゃなくって本当に良かった。。。


[62]なぜかお札がたくさん貼ってあった teionsinonome

今は取り壊してしまった昔の家の台所(キッチンではなく台所!)の壁には近所の八幡宮のお札がたくさん貼ってありました

節分の時にもらってきては父が貼っていたようです

当時お札といったらキョンシーだったので、私にはそのお札がとても怖かったです!


[63]>59 私も閉め出し dankichik

私も閉め出されたことあります。マンションだったのでベランダに。一度、友達の前で閉め出されて、子供心に本当に恥ずかしくつらかった。。


[64]>50 椅子に乗ってねじを巻くのが僕の仕事でした Kumappus

メカっぽいものは子供のころから好きだったので、椅子にのって手を伸ばしてねじを巻くのがぼくの仕事でした。

切れてくると赤いマークがでてくるんですよね。

ねじを巻いているとマークが消えていって振り子の音も心なしかかっちかっちと元気になって…。

時間もだいたいずれてるんで、時報にあわせて針を動かしたり。昔の時計って文字盤あけて針を手で動かして合わせてましたからね。

で、最後は人に見てもらって水平になるように調整したなあ。

Lemnos Basic clock 電波時計 グリーン PC06-25W GN

Lemnos Basic clock 電波時計 グリーン PC06-25W GN

今や電波時計の時代ですからねー。電池交換ぐらいかな、こういうことするの…。


[65]縁側 sayonarasankaku

小さい頃の家は、縁側があって

ちいちゃい庭に、向かい合って座るブランコがありました。


よく、縁側に座って足をプラプラさせていたのを覚えています。

もう、その頃の家は今はないんですけど、懐かしい気持ちが大きいです。


[66]一緒にお風呂 riceball

まだ私が小学校にあがる前の頃、家のお風呂場を改築しました。

家族みんなで入れるようにと、浴室はちょっと広めに設計。

当時は兄弟3人+母親 で仲良く入っていました。 たまに父親も一緒に入っていたりもしたかな。

母は仕事をしていたため、一緒に過ごせる貴重な時間でした。

その日にあった(どうでもいい)出来事を話したり、しりとりをして遊んだり、身体の洗いっこをしたり。。。


そのうち、成長と共に個別で入るようになり、それはそれでゆったりとできるのですが、未だにお風呂場にあるおもちゃをみると当時を思い出します。


[67]>62 そういえば! teionsinonome

大学生のときに住んでいた桜上水→下高井戸間に、壁に赤いシールがたくさん貼られた家があったんですがあれはなんだたんでしょう・・・

取り壊すわけでもなく、4年間ずーーーっとそのままだったように思います


[68]>49 おばあちゃんちで木登り dankichik

毎年、夏と冬、おばあちゃんの家に帰省してました。おばあちゃんの家には広い庭があって木もたくさんあって、弟と一緒に木登りをするのが大好きでした。

まだおばあちゃんもその木も元気にしてます!


[69]>63 頻繁に締め出されてました teionsinonome

締め出されるんですけど反省するどころか外で一人遊びしてました

何て逞しい子だったんでしょうね


[70]牛乳箱にカブトムシ hhkznz

子供の頃は、たいていの家に「牛乳箱」が備え付けられていたように記憶しています。

毎朝、瓶に入った牛乳が届けられ、朝食前にそれを取りに行くのが、我々子供の仕事でした。当時(30年くらい前)は既に紙パックの牛乳も販売されていたのですが、我が家では瓶の牛乳を特別に「ビンギュウ」と呼び、おいしい・栄養価の高い牛乳だと教えられていました。なぜだろう。

さて、その頃、近所の皆から“ゲンタさん”と呼ばれているおじいさんが住んでいました。このゲンタおじいさん、夏になると、子供にとっては大喜びの素敵なプレゼントをしてくれます。ご自身の早朝の散歩途中にカブトムシやクワガタを捕まえると、子供の住んでいる家の牛乳箱に、それらを入れておいてくれるのです。夏の朝の牛乳箱を開ける時の胸の高鳴り(もしかして、今日も牛乳と一緒にカブトムシが入っているかな)は、今だに忘れられません。


[71]>64 ウチにもあります! shimarakkyo

祖父が留学してたドイツで買って来た柱時計が今は私の実家にあります。松の実の形をした重りが二つ、ついていて、その重さで時計を動かすんだったかな。1日に1回は重りを上げなければならず、子供の頃はそれをやらせてもらうのが楽しみでした。

クォーツ式の時計の様な「カチ、カチ、カチ、カチ」という音ではなく、連続した「コチコチコチコチ...」という音も大好きです。


[72]たけのこ掘り dankichik

祖父宅の裏に竹林があって、春になると祖父と父と私たち孫でたけのこ掘りに行ったものです。子供はタケノコ発見係。祖父か父を呼んで掘ってもらいます。とっても立派な大きなタケノコをたくさんとってきました。

祖父宅に帰ると、祖母がさっそく湯がいてくれて、すぐにおいしいタケノコが頂けました。私の好物はタケノコのお味噌汁でしたねえ。

祖父も他界した今は、掘りにいくこともなくなってしまいました。寂しいなあ。


[73]雨漏り sayonarasankaku

大雨が降ると、よく雨漏りしました。

結構、何箇所もしていました。

でも慌てることなく、バケツや洗面器をおいていました。


今だったら、結構、慌てると思います。(笑)

昔はなにかあっても、「ああ、こんなもんなんだなー」と

呑気だったような気がします。


[74]>68 お祭りの特等席でした teionsinonome

祖母の家は、ちょうど今頃大きなお祭りがあって夕方神社の馬が、夜には山車や御神輿が通るんですけどその通り沿いがガラス戸の縁側みたいになってて座ってスイカを食べながら見れるすごい特等席だったんです

そのお祭りが大好きで毎年行ってたんですけど最近は行ってません

ああ 行きたいなあ


[75]>70 牛乳屋さんのヨーグルト sayonarasankaku

牛乳屋さんのヨーグルトが好きでした。

美味しかったです。


今は、週に1回だけコーヒー牛乳をとっています。


[76]>60 郵便受けに手紙がないか、いつも少し期待して覗く odorukuma

私も昔住んでたところに、同い年の友達がいました。

本当に短い間しか、同じ町に住んでいなかったのですが、あまり喋らない彼女とよくしゃべる私で、すごく気があっていました。家に遊びに行くと、かならずバナナとアンパンを出してくれました。

彼女と遊ぶ時はいつも家の中で、ブロックやお絵かきをしてました。

私が引っ越す事になった時、「手紙書くね」と言ってからもう何年たったでしょうか(笑)

毎年誕生日と年賀状のほかに、携帯を持つのが当たり前になっても手紙でやりとしています。

ポストに手紙が届いてないかな?といつも少しだけ期待しながらポストを覗きます。


[77]玄関が引き戸。 Kumappus

今は防犯上の問題もあって家の玄関ってごつい開き戸のところが大半に思いますが、昔住んでいた家はすりガラスの細い格子(と言えばいいのかな)の開き戸でした。

真ん中をねじみたいなくるくる回す鍵で閉めていたような。

家族が帰ってくるときは玄関先の石の上を歩くこつこつって音に続いて(がらがらがらー)「ただいまー」の声がしていたな。懐かしいです。

そういえば子供のころ怒って家を飛び出したときも(がらがらがらがらっ ぴしゃん!)だったな。戸が壊れる!と余計に怒られた気も(笑)。

そういえばそういうときにときどきがたんってレールから外れてみんなで大騒ぎして直してたりしたな。


[78]>60 一番仲良しだった子がみーちゃんでした teionsinonome

一つ年下の一番仲良しだったみーちゃん

小学生の頃引っ越していきました

手紙を書いたのですが、宛名の「美里」を「美黒」と書いた苦い思い出が・・・!


[79]ぼっとんトイレ dankichik

私が小さい頃、田舎のおばあちゃんの家は汲取式トイレでした。

あの穴に落ちそうな気がしてトイレに行くのがとても怖かった。夜に行く時は絶対母についてきてもらってました。

今は家を改築してきれいなトイレになってます。おばあちゃんも満足しています。


[80]>37 やりましたなぁ? riceball

母親のOKサインと同時に、格闘漫画にでてくるように、あちゃちゃちゃちゃ?と指で無数の穴あけまくってました。障子貼りが年末大掃除の一大仕事です。


我が家は、猫様が張り替えたばかりの障子を見事に開通してくれるので、つぎはぎだらけの障子です(笑)


[81]「書いてもいいよの壁」 shimarakkyo

子供って「白い壁を見たらすべからく落書きすべし」とばかりに壁に落書きをしますよね。ご他聞に漏れなかった我が家の三兄弟に対して両親が取った手段は「書かせる」でした。


ダメ、と言ってもどうせ聞かないのが分っていたので逆に「ここに書け書けーい!」とばかりに、応接間を除いた家の壁を「書いてもいいよの壁」と命名し、白壁を解放してしまいました。それで「書きたい!」欲が満足されたのか、禁止された所やよそで落書きをする事は一切なかったです。


今でも前に住んでいた家の壁に私達が書いた落書きが残っていますよ。背が伸びるにつれて落書きが減っていく様が手に取る様に分って、今となっては面白いです。見返してみると、実は両親も落書きに参加した形跡もあったりして。


[82]>79 ぼっとん便所(笑) odorukuma

汲み取り式のトイレ、懐かしいですね。

私の祖母の家も汲み取り式でした。

なんとなく、手が出てきてひっぱられそうな、怖いイメージがあります。

私も夜トイレに行く時は、ついていってもらってました(笑


[83]>56 不定期ですが測ってました riceball

特に、子供の日という訳でもなく 家族が揃った時とか、ふと思い立った時に測ってました。

兄→私→弟 の順だった背の高さも 弟→兄→私 になったこと、

兄や弟が父親の背を抜かした事など、柱をみると思い出が浮かびますw


[84]二槽式洗濯機 momokuri3

わが家はけっこうズボラで、これから洗濯する衣服は、二槽式洗濯機の脱水槽の中に放り込んでおくというのが恒例でした。母は、そういうのやめてよね、あんな所に汚れ物を入れたら臭くなるでしょうと嫌がっていましたが、もう定着してしまった習慣なので、私も父もなかなか改めようとしませんでした。

そんなある時、母が夏風邪を引いてしまい、数日洗濯が滞っていたので、母に、洗濯物が心配、ちょっと洗濯機見に行ってと頼まれて行ってみると、うわー、かびてます、かびてます。脱水槽に放り込まれた洗濯物に、うっすらカビが生えています。カビで真っ白けというほどではありませんが、洗濯物の表面にうっすらと、異様な光景が見えていました。

私は驚いて、すぐに洗濯槽に水を張って洗濯をはじめました。そして何ごともなかったように、貯まってたから今洗っているよと母に報告しましたが、それからは父とも話し合って、脱水槽に汚れ物を放り込むことはやめにしました。

今はそんな洗濯機もなくなって、家電製品全体が、当時とはずいぶん違うスタイルになっています。洗濯機には乾燥機まで付いて隔世の感があります。家電品の変遷でずいぶんイエの風景は変わる物だなと思います。


[85]>72 うちも〜! shimarakkyo

筍掘りは春の恒例行事でした。私の好物は筍ご飯!!

地面がちょっと「もこっ」っとなっている所を探すんですよね!それでまわりの土/落ち葉を除けて掘っていき、最後に「ざくっ」と根っこを切り取って。ちゃんと「筍掘り」用のシャベルというのもありました。普通のシャベルに比べて長細いやつ。懐かしいなー。ここ数年は筍掘りはずっと人任せです。行きたい、行きたいと春になると毎日の様に思うんですけれど。。。


[86]>48 お洒落ですね riceball

御めかしして家族でお出かけなんていいですね。

よそ行きの洋服は汚しちゃいけないと、食事も丁寧に召し上がられたのでしょうね。


私が家族と出かけてたのは・・・ファミレスでした。

服装もいたって普段着。お子様ランチがあれば最高でした。


[87]>57 シールがきれいにはがれない yoshigyu1318

シールを貼るときは楽しいのですが、あとになって冷静に考えると、はがすとときに困るんですよね。

時間がたつとのりが変化して、だんだんはがしにくくなる。

それがいやだったので、沢山張っていたのは、一時期だけでした。


[88]>84 二槽式から全自動にかえるのに vivisan

母も私もずいぶん抵抗がありました。

全部をいっしょに洗うなんて・・・。

なので、全自動がめでたくうちにくるのは全自動が世に出てからずいぶんと経ってからでした。


[89]テーブルや椅子の角という角にクッションがついてました shimarakkyo

私も、弟達も、あまり注意深くない子だったらしく、親が本気で心配する様な頻度でテーブルの角や椅子に頭をぶつけてぶっ倒れていました。


テーブルや椅子がまた、丁度「歩き出した子供の頭の高さ」なんですよね〜。ボールを追いかけちゃあ、椅子に「ごちん!」その勢いで後頭部から床に「ごーん!」。飼い犬しか目に入ってなくて、歩き出した瞬間にテーブルの角にデコを「がつんっ!」、何が起こったか理解出来ないでふらふら〜っとしたまま顔面から床に「びたーん!」。


最初は「2、3回ぶつかれば学習するだろ」と思っていた親も5回、6回と繰り返すうちに「これは学習する前にバカになる!」と思ったらしく、家中の角という角に座布団で作ったクッションをつけてくれました。


ちなみにそのクッションをつける作業中、私達兄弟は、飼い犬がまだ小さかった頃に勝手に歩き回らない様にと買った柵(囲い?)の中に閉じ込められていました。その時撮った写真があるのですが柵の中の私達3人が、もーーーんのすごい不満げな顔で写っています。(^_^;)


[90]かぎ付き冷蔵庫 KazyN

同年代の知人に話をしても一向に信じてもらえないのですが、私が子供のころ(1960年代後半?1970年代)、自宅には簡単な施錠のできる冷蔵庫がありました。

ごくごく簡単な鍵だったので、針金とかでごにょごにょすればあけられる程度のものでしたが....

母親は留守中に子供が勝手に冷蔵庫の中のものを食べないようにと鍵をかけていたのだと思いますが、私はよくこっそりとあけてジュースを飲んだりしていました。


[91]>77 真ん中をねじみたいなくるくる回す鍵、うちもそうでした! shimarakkyo

内側から鍵をかける時の理屈は分るのですが、そういえば外に出る時はどうやって鍵をかけていたんだろう。。。

古い引き戸って、風情があっていいですよね。私の家の引き戸はガラスが波ガラス(というのでしょうか?ガラスを通した景色が波打った様に見えるガラスです)でした。


[92]箒でエアギター vivisan

歌番組を見るようになってからのこと。

バンドのまねをして歌ってました。

弟と友達とあわせて4人ぐらいで。

一人はギターのかわりに箒。

一人はキーボードのかわりにピアニカ。

ドラムはいなかったけどw

長い箒はスタンドマイクのかわりにもなっていましたね。

箒とかがないときは、ホントにエアを実践していたような気がします。

箒を振り回しているので、あちこちモノが倒れたりして、母によく怒られたものでしたw


[93]>69 締め出しも押し入れも rikuzai

一通り体験しましたね…。

柱にくくりつけられたなんてのもありましたね。

後はご飯抜き。

今だったら虐待で通報されるのかな。


[94]となりの家が火事!! CandyPot

忘れもしません。小学生の春休みのことでした。家で一人で留守番をしていると、外が騒がしくなってきました。何かと思って出てみると、となりの家が燃えています。火は見えませんでしたが、もくもくと真っ黒な煙を出していました。私は恐くて恐くて泣きたくなりましたが、あまりに驚いてしまって涙も出ませんでした。しばらくして消防車が来てすぐに煙はなくなりましたが、私はその様子をただぼーっと見ているしかありませんでした。

気が付くと、私の家の庭におとなりの犬がいました。誰かがうちの庭に避難させてきたみたいでした。そんなことにも気が付かなかったほど呆然としていたんです。私はあわてて家の中に入って、お皿に水を汲んできて犬にあげました。犬はぺちゃぺちゃとおいしそうに水を飲みました。

おとなりの家もお留守だったようで、あわててその家の人が走ってきました。そして庭に座り込んで泣いていました。私は犬を抱きしめました。私もぼろぼろ涙を流して泣きました。

誰もけがもすることなく、延焼もせずにすみましたが、もうあんな恐ろしい思いは二度としたくありません。火事だけはぜったいに気を付けたいと、今でも強く思っています。


[95]>73 うちも vivisan

古くて痛んでいたので、よく雨漏りしてましたね?。

もれなくバケツや洗面器おいてましたよ。

そうそう。本当にイエが古かったので、台風のときは、親戚の家に非難してましたw

ふつうの台風クラスだったので、ふつうならしないところですが、お泊り気分で着替えとかもっていて楽しんでたのを覚えてます。


[96]雨戸の戸袋 shimarakkyo

台風の時とか、長い事家を空ける時とかにしか雨戸を閉める事はないのですが、そんな時に戸袋から雨戸を引っ張り出すと、たまに予想もしない虫が飛び出てきてびっくりします。


ダンゴムシとか、ジョロウグモぐらいなら良いのですが、一度はカマキリが雨戸の内側に卵を産んでいたのに気付かず戸締まりをしてしまい、帰って来たら卵が孵化していて小カマキリがわらわらわら〜っと家中にいた事があります。あれは、本っっ当に、ビビりました。


[97]>80 うちもやったなあ、障子の穴あけ iijiman

やりましたやりました。障子の張り替えの時の「穴あけ」。

そして、子供心には「充分お手伝いになっている」つもりでした。

でも、大人になってから自分でやってみると、中途半端に穴をあけるより、

湿らせて一気に剥がすなどした方が、かえって楽な感じで、

あれはお手伝いではなかったのだなあと、今さらながら思ってみたりしています。


[98]>88 昔「お父さんのはこっち」「私とお母さんのはこっち」という「二槽式洗濯機」、ありましたよね? shimarakkyo

脱水と洗濯、じゃなくて「娘が一緒に洗いたくない洗濯物」と「娘のと一緒に洗ってもいい洗濯物」用と、2つ水槽がついてるやつ。ありませんでした?


「お父さんのとは絶対に一緒に洗いたくないの〜」みたいな台詞を女の子が言うコマーシャルだったと思うのですが。あれは子供心に「いや、それはないんじゃない?確かにウチの父ちゃんくっさいけどさー」と思ったのを憶えています。


[99]>92 私もやりました! CandyPot

当時けっこうガールズロックがはやっていて、すごくかっこいいと思って憧れていました。私もクラスの女の子たちとバンドごっこしましたよ。マイクがわりはモップでした。一人お兄さんが本当にバンドをやっているという子がいて、なんと本物のドラムのスティックを持っていたんです。みんなでかわりばんこに枕や座布団を叩かせてもらって、かっこいいーと歓声をあげていました。


[100]木の雨戸 rikuzai

古い木造の家に住んでいる頃、

重くて立て付けの悪い雨戸を朝開け、夕方しめるのが私の仕事でした。

なかなか戸袋から出てこなくて四苦八苦したことや、

転居してアルミの雨戸の軽さに感動したことを覚えています。


[101]>97 障子の穴貼りも shimarakkyo

odorukumaさん、いいなぁ〜。川に障子をそのままつっこむなんて、大胆で楽しそう!


ウチは障子の張り替えは年末にやっていた様な記憶があります。それまでは穴が空いたら銀杏や桜の花の形に障子紙を切り抜いて継いでました。


[102]おばあちゃんの家 fumie15

祖母の家は昔ながらのかやぶきの家でした。

冬はすきま風が家のあちこちから入って来て寒かったのですが、祖母にかわいがってもらい、とても思い出深い家です。

建て替えをして数年後、祖母は亡くなりました。


[103]>98 うわぁ TinkerBell

うちの父と母は娘が赤面するほどラブラブで、

いつも洗濯物を取り込むと、

母は、ほらパパのシャツよーとかいって頬にあててスリスリしていました(笑)。

だから私も父の洗濯物にスリスリするのが習慣になっていたので、

今でも父の洗濯物は洗う前からぜんぜん気になりません。

夏になると汗くさいですが、元から男の人はそうなんだという刷り込みがありましたから、

それも全く気にならないです。

でもだんだん大きくなるにしたがって、さすがに下着には赤面するようになりました(笑)。


[104]>87 いいなぁ fumie15

家は母がシールをはるのを許さない人だったので、そういう思い出はありません。

従姉妹の家の一つのたんすだけが張り放題でうらやましかったのを覚えています。


[105]>104 ちなみにみなさんの家のタンスには choco-latte

どんなシールが貼られていました?

うちではフランダースの犬。のシールが

あっちこっちに貼られていました。


[106]>94 こ、こわい!! TinkerBell

私には隣の家が燃えたという経験はありませんが、

でも火災の現場は見たことがあります。

夜でした。真っ赤な炎が窓から吹き出すのが見えました。

この世の物とは思えないような恐ろしさを感じました。

最近ニュースで火事のことをよくやっていますね。

火事は本当に恐ろしいです。


[107]ベッドでトランポリン shimarakkyo

やりませんでした?


それまでずっとフトンで寝ていたので、初めて家にベッドが来たときはベッドが「跳ねる」のが楽しくて、楽しくて。ずーーっと兄弟で「トランポリンごっこ」をして初日にマットレスのスプリングを一つ壊してしました。


ガラス戸にダイブしたり、襖に激突したり、マットレスを壊したり、思い返せば思い返すほど、私の「子供の頃のイエの思い出」って「モノを壊した思い出」ばっかりみたいです。。。


[108]>107 やりました fumie15

ベッドでトランポリン。

あんまり跳ねないのになぜあんなに楽しかったんでしょうか?


[109]>103 うちの母も dankichik

うちの母も全自動に抵抗があったようで、ぼろい二層式をずっと使ってました。

手洗いしたものを脱水だけすることがよくあったので、二層式を好んでいたのですが、全自動でも脱水だけっててきますよね?

ここ数年です、実家が全自動になったのは。


[110]>102 かやぶきの家 TinkerBell

うわぁ、おばあちゃんの思い出がいっぱいの、すてきな家ですね!

私は、かやぶきの家にとてもあこがれます。

今の生活では暮らしにくい家かもしれませんが、

昔と同じ生活をするなら、きっとすばらしい家ですよね。

今と違って色々不便で大変なことも多いと思いますが、

いつかそういう家に住んでみたいです。

もう今の時代では無理なのかな…。


[111]電気掃除機 to-ching

当時としては早いほうでした、然し使用すると、近所の人が沢山来ます。音が凄かったし、聞きなれない音だったのでしょうね。


[112]転勤 fumie15

父の仕事の関係でいろんなところに住みました。

仲良くなった友達と別れるのが辛かったですが、その分たくさん友達ができました。

中学校のとき、家を建てて引っ越さなくてよくなり、ペットが飼えるようになったのがうれしかったです。


[113]>108 私も♪ TinkerBell

ベッドでトランポリン、やりましたー。

ソファなんかでもやりました。

よくソファみたいな小さな物でトランポリンごっこができたと思いますが、

あのころは体が小さかったんですね。


[114]>105 やはり冷蔵庫に to-ching

シールをペタペタ!シールも珍しい時代でした。


[115]>82 うちでも・・・ Spaceshuttle

実家はそうでした。「おつり」がくるのが嫌でした。臭いも嫌でしたね。今は改装して快適です。


[116]>108 楽しい思い出です yoshigyu1318

ベッドで跳ねて遊ぶというのはとても楽しいですよね。

でも、あんまりやりすぎるとばねがだめになるので起こられてしまいますが…

子供だからできることなんでしょうね


[117]夏はお風呂で水浴び tibitora

ビニールプールなどが無かったので、夏の暑い日にはお風呂にビーチボールや水鉄砲を持ち込んで水遊びをして遊んでいました^^甥っ子も去年まではお風呂水浴びでしたが、今年の夏休みは小学校のプールのようです(笑)


[118]>90 有りました! to-ching

今あっても良いのに、ダイエットや肥満児の訓練に必要かも?

その前は、氷を入れてました・・・


[119]>114 ドラえもん水張りシール tibitora

駄菓子屋で売っていた、水に浸して転写させるドラえもんのシール(?)を柱とかに貼っていました(^^;今も残っています;;


[120]>31 落書き用にあるのがフスマという建具かと NAPORIN

いうくらい。わがやのフスマはキャンバス扱いで、

姉妹3人に最低一度ずつは書き付けられました。

最後にはビニール製花柄ピンク色の壁紙で修復されていました。

今思えば、破る描く貼る、三種目どんとこいな

子育てベスト建具だったのかもしれません(笑)


[121]五右衛門風呂! Spaceshuttle

父のこだわりで、実家のお風呂はこれです。薪で焚くため少し手間と時間がかかります。でも燃料費はタダ同然で、冬場は暖まります。是非、今の家にも付けたいのですが、嫁さんが猛攻に反対しているため、実現は難しい情勢です。いいのになぁ・・・


[122]トイレが遠く to-ching

といっても家の中に有るのですが、階下にありました。それで、恥ずかしいことに私は「おまる」小をしていました。白いホーローのヤツです。


[123]>122 もちろん! to-ching

ボットン便所でした!


[124]>101 やりました^^ tibitora

障子やぶりの手伝いは子供の頃よくしました。バリっとやぶるのが面白かったです(^^でもこまかい所を取り除くのは大変でしたね。


[125]>55 家族5人で2DKでした NAPORIN

お風呂が背の高い幅の狭いタイプで、

子供心には持ち上げてもらえないと

自力では入れないし、

ちょっとかがめばおぼれそうで怖かった。

それ以来、「広いお風呂場」は

母の夢になったようです。

・・・以外と実現は難しいようですが。


[126]>115 うちもでした tibitora

匂いも嫌ですよね。終わったあとにベンキにフタをするのを忘れると怒られていました;あと台風の後とかに外側(汲み取り口)の蓋が外れていたり(TT)


[127]>93 私も! to-ching

悪い事をすると部屋に閉じ込められたことがあります。なんと、私は椅子でガラスを叩き割ろうとして、家族がびっくり、解放されたのでした。


[128]>124 私も・・・ Spaceshuttle

子供の頃やりました。当然母親に叱られました。今、私の子どもたちがやってます。当然、叱りました。受け継がなくてもいい伝統なのに、受け継いでます。


[129]>113 布団でデングリ返し YuzuPON

子供のころ、私は子供用ベッドでしたが、父母はまだ床に布団でした。父母の布団はベッドでは出来ないデングリ返しができるので、それが楽しみでした。柔道の受け身とかも教えてもらって、布団の上でやっていました。親子でドタバタやって、母にいい加減にしなさいと叱られていました(笑)。


[130]>113 私はソファでトランポリン to-ching

埃も酷かったし、バネもボロボロになっていたはずです。


[131]>119 転写シールなつかしい。 H-H

冷蔵庫や壁や机にぺたぺた張りました。

ある時自分の子供っぷりに気付き剥がしたくなって、一生懸命剥がしました。

でもいたるところ傷だらけで、、、うまくいかなかった事を思い出しました。

よく、親に怒られなかったなぁと寛大な両親に感謝します。

私も、自分の子供に寛大になれるだろうか???


[132]風呂が無かった F-15X

いつも銭湯に通うのですが、墓場の脇を通らないと行けない。

街頭は「オバケ蛍光灯」(点いたり消えたり)でとても怖かった。

でも一度も人魂を見たことはありませんでしたw

一度くらい見たかったです!


[133]猫ファミリー choco-latte

小学生のときうちの庭にノラ猫一家がやってきました。

動物嫌いのうちの母親もノラ猫一家が子育てしている時だけは見て見ぬふりをしてくれていました。

えさをやってはダメと言われていたけど弟と一緒に母のいないときに人肌にあたためたミルクや、のこったご飯に鰹節をかけてもっていったりしていました。

そんなある日いつも3匹寄り添って寝ている猫の姿が無くなっていていました。

慌てて母親に「猫追い出したの?」と聞くと「もう子育てが終わったみたいだから引越ししていったのょ。うちは日がよく当たってあたたかいから猫が来るの。子育てが終わるまではあの場所を開放してあげてるだけだよ」

と…。「そうなんだぁ。それじゃうちは猫のホテルなんだね」と私。

それから1?2年に1回 うちの庭で猫達が子育ての場になっていましたが、うちで犬を飼うようになってからピタリと猫一家がやってこなくなってしまいました。


[134]>91 うちも真ん中ネジの玄関でした tibitora

うちの実家は今でも真ん中をネジでクルクルと鍵をする玄関です。外からの鍵は錠前を使っていました。ガラスはすりガラスで外の景色がうっすらと見えていました。


[135] 狭い部屋で銀弾鉄砲 to-ching

弟と部屋で撃ちあい、その中でオヤジやお袋はテレビを見たりしていました(よく我慢していてくれました)撃ちあいも佳境に入り、その後なんと球が弟の鼻の穴にスポッ!びっくりしましたが、笑い転げました。


[136]>117 楽しみでしたね YuzuPON

夏はお風呂で水遊びが私も定番でした。父が休みの日は父も一緒に遊んでくれました。風呂場でもちゃんと海パンをはいて、そして水中眼鏡まで装備で遊びます。まだバスタブが大きく感じられた、小さなころの思い出です。


[137]>121 すごい! dankichik

今でもあるんですねー。入ったことはありませんが「冬場はあたたまる」というのにとても引かれます。

いつかお嫁さんを説得して、Spaceshuttleさんのこだわりを実現してください!


[138]>131 ウヒョー! choco-latte

転写シール!

懐かしいですね。

ちゃんと水をつけないでいると綺麗に貼られないんですよね。一部はげちゃったりして。でもあやつは貼るのも難しいし、剥がすのも難しい。


[139]>128 うちのオヤジは・・・ to-ching

何度も障子を開けないで体ごと入っていったそうです。勿論親には袋叩きにされたとか・・・


[140]窓の外側に雨戸 tibitora

窓の外側に木製の引き戸の雨戸が付いていました、夜になると閉めるんですが時々ヤモリやムカデが落ちて来る時もありました(^^;ヤモリは家を守ってくれるらしいのですがムカデは見つけると怖かったです・・・噛まれるとそこがぱんぱんに腫れて凄く痛いので(TT)


[141]>106 マンションで火事。 dankichik

小学校6年の頃。家族で居間でビデオ「ジュラシックパーク」をみていたら(映画のタイトル、忘れられません)、ベランダの向こうで煙がモクモク。同じマンションの一室で火事が起きていました。我が家と火事の現場は階も違って離れていたので被害はありませんでしたが、火や煙の勢いを肌で感じて本当に怖くなりました。


[142]>127 今の親ではきっとアリエナイですよね。 choco-latte

うちも布団たたきの棒でお尻を叩かれたりして大泣きしたりしていました。包丁を持って追いかけられたコトもあります。息がすえないくらい泣いたのを憶えています。

今だったら警察に通報されてしまいますよね。


[143]「ふすま」 to-ching

有りました!弟が何度も注意してもふすまに落書きをするものだから、お袋はなんとふすま全体に紙を張り、もう自由に書かせていた記憶があります。発想の転換?


[144]>130 私もソファで・・・。 chi_maki

レザーがぼろぼろになってしまい、

母がカバーをかぶせていましたが、

また“トランポリン”するもんだから、

いつもカバーがずり落ちた状態でした。(^^::


[145]>5 マンション暮らし。 dankichik

我が家はずっとマンション暮らしだったので、小さい頃は一戸建ちにすごく憧れました。二階建てで、さらに庭があったら最高。。

結局初めて一戸建てに住んだのは大人になってから。一戸建てを友達とシェアして住みました。楽しかったけど、家族と住むのとはまた違いますよね。


[146]>135 銀玉鉄砲 YuzuPON

私のころはもうプラスチックの玉を飛ばす時代でしたが、まだわずかに銀玉鉄砲もあって、父にお祭りで買ってもらいました。あのバネで弾を飛ばすレトロな構造が何とも言えませんでしたね。弾は貴重なので撃った後は必ず回収していましたが、いつの間にか全部無くなってしまいました。


[147]台風が来ると玄関や窓に板を打ち付けていました tibitora

台風が来ると予報されると、父親が玄関や窓に板を打ち付けていました。雨戸のある窓はそれを閉めて、無い所は×印に板を打ち付けているのを見て子供心に「お父さんって凄い!」と思いました。


[148]押し入れの中で妹とよく遊んでいました。 chi_maki

布団やら荷物を引っ張りだして、

妹と上段下段に分かれて押し入れの中に入り、

懐中電灯やらおもちゃやら、いろんなものを持ってきて、

押し入れの中で遊んでました。


[149]>133 うちにも来ていたことがありました YuzuPON

物置で子猫が産まれたことがありました。父も母も、子猫は引き取って飼ってやろうと言っていたのですが、いつの間にかいなくなっていました。父が、猫は安全な所を探して引っ越すんだな、ここも安全なのに、やはり一個所に長くとどまるのは不安だったのだろうと寂しそうに言っていたのが思い出深いです。


[150]すだれ F-15X

網戸の無い部屋も多く、そういう部屋は夏には「簾」をかけていました。悲しかったのは、飼っていた小鳥を2度も逃がしてしまった事です。同じ過ちを2度もしてしまったのです。初回は戻ってきましたが、2度目は戻ってきませんでした。日が暮れ、夜になっても必死に探した記憶があります。あの子はどうなってしまったのだろう。


[151]折込チラシでできたマイルーム H-H

子供の頃自分の部屋がなかった時にどうしても欲しくて、

新聞の折込チラシで何回も折ってあるとびきり大きいのを集めてセロハンテープでつなげて、冷蔵庫の横に自分の小部屋を作りました。

テントのような形で入り口も隙間をこじ開けて入るようになっていました。

私しか入れない小さな入り口から好きなおもちゃを入れて、出たり入ったりして自分の空間を堪能していました。

でも、一週間で親が足をひっかけたり、テープが剥がれたりでつぶれてしまいました。それは残念だったのですが、親は台所が狭くなるし、動きにくいのに文句も言わないで私の大胆な行動を受け入れて自由にさせてくれたことが子供ながらにとても嬉しくて、今も時々浮かぶ思い出です。


[152]>146 玉が無くなると小石を使ったことがあります(^^; tibitora

私は庭で遊んでいました^^玉がなくなったとき、一度その辺にある小さな石を玉代わりに使ったのですが、2・3こ撃った後に石が詰まってしまって取り出すのに降ったり叩いたりで大変でした;やっぱりちゃんとした玉を使わないといけませんね(^^;


[153]毎年お盆は choco-latte

おじぃちゃんちに泊まりにいくのですが、幼い頃迎え火と送り火をするのがとても怖かったです。

寝る部屋はおじぃちゃんの部屋で、おじぃちゃんの部屋には仏壇があるのですが、お盆の時期だけナスやきゅうりの馬や牛があって、幽霊をみてしまうのではないかと、いつもヒヤヒヤドキドキして眠れなかったのを憶えています。


[154]>150 きっと・・・ sayonarasankaku

きっと、元気に暮らしていたと思いますよ♪

それか、誰かに大切に飼われたかもしれませんね。


[155]>153 うちは今でもします YuzuPON

つい先日、迎え火、送り火をしたばかりです。ナスとキュウリの馬もちゃんと作ります。父は、お彼岸はお墓参りに行かないといけないけど、お盆は向こうから来てくれるから楽でいいなぁと言っています(笑)。


[156]>148 兄弟がいるといいですね YuzuPON

私もよくそういう遊びをしましたが、私は一人っ子だったので、一人だけの孤独な秘密基地でした。兄弟のいる子がうらやましかったです。でも、秘密基地ごっこは楽しかったですね。


[157]>147 私もそれ、やりたかったです YuzuPON

家を守る頼りがいのある男の姿。いいですねー。たくましく強いお父さんという感じです。

古いアニメの再放送などを見ると、台風に備えて板を打ち付けているシーンがありました。私も一度やってみたいと思っていたのですが、いまだに一度もしたことがありません。というか、今はもう、板が打ち付けられるような家の構造ではなくなってしまいましたね。


[158]>155 うちもするする!! CandyPot

お盆の迎え火と送り火、うちでもしますよ。キュウリとナスの馬は、子供のころから私が作っていました。今年も私が作りました。でも最近は迎え火や送り火を焚く家が少なくなりましたね。たまに燃した跡が残っている家を見ると、私も、あら珍しい、なんて思ってしまいます。


[159]畳の香りと古時計の音 yamats

私が目を閉じて、思い出す思い出は、畳の香りとフル時計の針を刻む音です。


現在の住まいはフローリングなので畳とは程遠い生活をしていますので、畳の香りは事のほか懐かしさを感じます。イグサの独特の香りは、私にとってはお香と同じ効果をもたらしてくれます。


また、古時計のカチカチという音も懐かしいです。

ピアノのメトロロームとはちがう、独特の時を刻む音が目を閉じれば聞こえてくるようです。


私の脳裏の中には特に「香り」や「音」に関する思い出が印象深く残っているようです。


[160]>156 私も一人っ子なので CandyPot

お兄ちゃんがほしかったです。友だちの家に遊びに行ったら段ボールで立派な家ができていて、お兄ちゃんが作ってくれたんだよと言っていて、すごくうらやましかったことがありました。そこの家は兄妹とても仲が良くて、私もあんなお兄ちゃんがほしいなぁといつも思っていました。


[161]>129 布団で新体操♪ CandyPot

私の家はみんなベッドでしたが、時々床に布団を下ろしてもらって、リボンをひらひらさせながら新体操ごっこをしていました。できることは、リボンをくるくるっと動かしてからでんぐりがえしをするだけですが、楽しかったなぁ。子供のころは体が小さかったですから、お布団も部屋もとても広く感じましたね。


[162]>138 チューイングキャンディーの転写シール rikuzai

昔チューイングキャンディーといって、板ガムみたいな形と包装のキャンディー(感じとしてはソフトキャンディー?ハイチューみたいな)があって、

その包み紙が一枚一枚転写シールになっていて、

よく集めてはあちこち貼ってました。

いつの間にかみかけなくなりましたね。


[163]ふわふわパン fuwafuwapan

自家製のパンが大好きです。機械のホームベーカリーで作るパンではないのがいいです。でも、自家製パン作りの方法なんか知らなかったおばあちゃんの「ふわふわパン」が何よりも一番好きです。今もおねだりします。作っているのをそばで見ていると普通のフレンチトーストなんです。本当に小さい頃には「ふわふわパン」だと言っておばあちゃんが作ってくれました。どんなカフェのフレンチトーストよりとびきり美味しい!そんなふわふわパンです。


[164]>139 障子の桟をはしごに… rikuzai

こどもの頃障子の桟をはじこに見立てて上ってみようと考えて、

障子紙に足をずぼ、すぼとあけて上っていたところ、

桟がぼきりと折れてズダダダダダと転げ落ちたことがありました。

相当いたずらだったらしいです・・・


[165]楽しみは遠足のお弁当 rice_cookie

遠足のお弁当を作るとなると、うちの母は妙に張り切る人でした。いつもはぐうたらしてるのに、朝5時に起きて正に「精魂こめて」お弁当を力作するのです。小学校時代限定でしたが、今思い出しても極上のお弁当ではありましたよ。


[166]>154 お気遣い下さって、ありがとう F-15X

今も小鳥を飼っていますが、そのような事の無いようにと思っています。

(´;ω;`)ウッ…


[167]机の引き出しは四次元空間 rice_cookie

小学校に上がるちょっと前、いわゆる学習机というものを買ってもらいました。生まれて初めての本格的な家具です。しかも大物。引き出しが一杯有って楽しい楽しい!何も入っていないガランガランの引き出しに何を入れようか・・・思いっきり悩みました。おもちゃやガラクタを入れても一杯にならない。この頃、机の引き出しは無限の四次元空間でした。


[168]>165 おにぎりに卵焼き^^ tibitora

母はお弁当に卵焼きをかかさず入れてくれていました(^^*あとはおかかおにぎりやふりかけをまぶしたおにぎり^^遠足の時はいつも楽しみでした(*^^*)


[169]>95 そうですね F-15X

どうして昔は雨漏りが多かったんでしょうね。

トタン屋根の家が多かったからでしょうか?

防水シートみたいな施工が無かったから?

トタン屋根は雨音とかもしますよね。なつかしいな。

今時は金属瓦とかいう屋根がありますが、トタン屋根とは一味違うのかなぁ。雨音もトタン屋根のようにするのかなぁ。ちょっと興味ありw


[170]>157 今はなくなりましたね momokuri3

先日某動画サイトで「うる星やつら」を見つけて(違法なアップロードだと思いますが)、ちょうどそれが、台風の話の回でした。冒頭であたるが新しい遊びだと言いくるめてまだ地球の習慣をよく知らないラムとテンに板の打ち付けを押しつけているシーンがありましたが、当時は板を打ち付けて補強するのが典型的な台風への備えの姿だったのでしょうね。

今は窓に板を打ち付ける家はまず見ませんし、外から釘が打てる家もほとんど無くなりましたが、最近は気象の異常で、以前にも増して大型台風がたくさんやってくるようになっています。日本の家はもう台風でも補強は不要なほど頑丈なのか。これからの異常気象時代にも耐えられるのか。ちょっと不安になってきます。


[171]体育の課題の特訓・・・ nyanyaco3

逆上がりができなくて・・・家の前の公園の鉄棒で特訓させられました。明るいうちから暗くなってからも・・・あ?辛かった!


[172]>170 それはもう漫画の中の話 nyanyaco3

今は昔・・・ですね。


[173]>168 僕もお弁当が好きだったのですが、、 chocogasuki

うちの母は、おにぎりに海苔を巻いてから蓋をすると海苔がべたべたになって

美味しくないだろうということで、毎回海苔を袋ごと入れられてました。

つまりおにぎりは白いままで、食べるときに巻いて食べろという意味だったのですが、

当時みんなのおにぎりは海苔が巻いてあったので一人だけ海苔を出すのが非常に恥ずかしくて(笑)、

今思うとどうでもいいことなのですが海苔を出せずに毎回白いおにぎりを食べてました。笑


[174]>173 おにぎりは遠足のが一番おいしい nyanyaco3

おかか!ふりかけ!たまりません!ふりかけは丸美屋の「のりたま」を筆頭にいろんなのをかけてちょうだいと前の日までに頼んでいましたよ。美味しい!!


[175]>167 懐かしいです momokuri3

机を初めて買ってもらった時、私もどの引き出しに何を入れようかと、とてもわくわくしたのを思い出します。色々な物を入れたり出したりして、引き出し一つ一つに新しい世界を作るみたいな気持ちになっていましたね。ボール紙で中に仕切りを作ってみたり、自分なりに色んな工夫もしていました。あの頃、机は本当に広大な四次元空間でしたね。


[176]自分の部屋が欲しかった。 sayonarasankaku

実家が、商売をしていたため、

生活部分に使える部屋が少なく、

自分の部屋がありませんでした。


せいぜい、自分の勉強机があるだけでした。

友達で自分の部屋があって、ベッドがあったり、

お洒落な部屋の子がすごく、羨ましかったです。


[177]>167 新品の机! chocogasuki

これほど嬉しかったものはないですね!

当時など大してしまうものなど無いのにやたらと大きい引き出しがあったりして。

僕のにはついてなかったんですが、鍵付きの引き出しはすごい羨ましかったな〜


[178]>163 いいですねぇ momokuri3

私の家にも「ふわふわパン」と呼ばれる食べ物がありますが、それは蒸しパンなんです。母がよく作ってくれました。

フレンチトーストの「ふわふわパン」もおいしそうですね。それを今もおねだりできるなんてうらやましいです。いつまでもその味、大切にしてください。私も母の蒸しパンがまた食べたくなってきました。


[179]夏の夕方はお花と子どもに水やりをする母 ukiuki-time

庶民的な家なので小さなお庭です。園芸好きな母は季節のお花やちょっとした果物や野菜を育てていました。夏は暑いです。夕方の水やりタイムには私たち子どもはお花と一緒に水をかけられるのが楽しくて、右へ左へと駆け回っていました。能天気な子ども時代ならではです。


[180]裸電球 Kumappus

さすがにかなりの部屋が蛍光灯になってたと思いますが(でも紐で引っ張って付けたり消したりするタイプね)、何ヶ所か裸電球が残っていました。真っ黒い二股?ソケットにねじこまれて天井についてる。

しかもなんか暗いの。

昔の家ってやっぱり今より全体に暗かったと思います。廊下の隅や階段の下なんかは薄明るいぐらいで何かの影になってよく見えない。子供のころの家の夜のイメージというとあのオレンジ色の灯りに照らされた、雨漏りやなんかでちょっとシミなどついてしまった板天井が思い出されます。

だから、夜、そういう暗い廊下を通ってトイレに行くのがなんとなく恐かったです。田舎じゃないので外にトイレがあったわけじゃないんですけど。

今だと逆に「レトロな照明」として受けるのかもしれないですね。


[181]>177 鍵を閉めるのが楽しくて・・・ ukiuki-time

閉める必要などないのによく閉めていました。

でも、そこは子ども・・・閉めたのを忘れて「開かない!!!」と大騒ぎ。泣き叫んで、父親に合鍵で開けてもらっていました・・・馬鹿ですよねぇ!!!あはは!


[182]>171 私にも特訓の記憶があります momokuri3

私も逆上がりができなくて、父に特訓してもらったことがありました。人間誰でも得手不得手があるのに、なぜ苦手な人にまで逆上がりを強制するんだー!!と心の中で叫んでいました。手の皮がむけて痛かったです。大人になった今、逆上がりのできる人ってどのくらいいるでしょう。あれって何かの役に立ったのでしょうか。なんか納得いきませんが…。でも父に教えてもらったのはいい思い出です。


[183]>176 よりそってこそ家族、よりそえるのはイエだから ukiuki-time

こんな風に思ってます。

居住空間のデザインなどには流行があるんだそうです。(いつごろか定かじゃないですが)昔は玄関入ってすぐに個別の部屋に分かれるのが好まれたそうです。今もこのタイプは多いのですが、人間関係が疎遠になるとの問題点も指摘されているそうですよ。

ある意味、お洒落に見えた部屋より勉強机が自分の大切な空間だという自分のイエは実は素敵な空間だったのかも知れませんね。


[184]>152 小石を撃ちましたね momokuri3

似たような大きさの丸い小石を探して。でも必ず詰まっちゃうんですよね。変な詰まり方をしてしまうと引き金も引けなくなってしまって、それでけっこう鉄砲をだめにしていました。オシロイバナの種なども撃てないかと思ってやってみたことがありますが、たいてい詰まってしまってだめでした。


[185]恐怖の天井 Kumappus

昔の家は、天井が板張りで、木目や(雨漏りなどでできた)シミがついていました。

…で、じーっと見てるとなんかそれが人の顔とかに見えたりするんですよ。

つのだじろうの漫画で「恐怖新聞」ってのがあって、そこに出てくるポルターガイストってやつがいまして。

http://www.geocities.jp/kindanhm/kyofusinbun.html

の上に3枚ある絵の一番左側のひきつってる男の子の後ろに写ってる青い歪んだ顔がそうです(今にしてみるとコピーをとりながら原稿を動かして歪めたんだな…)。

こういうの読んだ後に天井見るとなんかそこにいそうでねえ…。


[186]>151 いい思い出ですね momokuri3

子供の夢を大切にしてくれる優しいお母さんですね。

私もダイニングのテーブルの下を紙で囲って秘密のスペースを作ったことがありますが、夕食までには破壊されていました。そのあとベランダに段ボールとガムテで部屋を作りましたが、それも雨が吹き込んですぐだめになりました。

私も自分の部屋をもらえたのは比較的遅かったと思います。誰も入ってこない自分だけのお城に憧れていました。


[187]>182 私もーー!! Over_Q

まめができても開放してもらえませんでしたよ。バンドエイド貼って続けたら、まめがつぶれて痛かった痛かった!!手のひらが痛いと言ったら軍手をはめてやらされました。できるようになったのは良かったんですが、確かに役に立ったような気はしませんよね。


[188]>178 うらやましーなー! Over_Q

うちにはふわふわパン無かったし・・・食べたいなぁ!


[189]>185 木目の天井 momokuri3

祖父の家で熱を出してしまい、一日寝ていたことがありました。その部屋は自然木の板張り天井で、天井板の一枚一枚が全部異なる木目なんです。天井板にはいくつか節もあって、熱にうなされながらじーっと天井を見ていたら、節が目のように見えてきて、恐くて泣いてしまったことがありました。

あとで父も、あぁ、あれは顔に見えるねと言っていました。祖父の家は父の実家ですから、父もあの顔を見て恐がっていた時期があったのかもしれません。親子二代を泣かせた天井です(笑)。


[190]>161 布団で相撲 riceball

っといっても布団の上ではなくて、布団を横に除けて畳の上で父親相手に相撲。父親に投げ飛ばされた時に布団に倒れこむ形です。そうすれば痛くないですからw

弟と二人がかりで父親と戦っても勝てなかったなぁ?


[191]>137 釜茹で? Over_Q

やけどしないんですか?

素朴な疑問・・・!?


[192]>175 引き出しの中に宝物を隠してました Over_Q

小学生レベルの宝物だからシールだとかいいにおいのする消しゴムだとか、そういうものです。友達からもらったりすると、親の気まぐれで怒られたりしたものです。怒られるのは嫌だけど、もらって嬉しいし、大事にしたいから引き出しの中を工夫して宝物を隠すスペースを作っていました。

また母親が器用に探り当てるんですよ、これが!

マルサと脱税容疑者との攻防戦にも似た戦いが親子の間で繰り広げられたのでした!


[193]>141 火事は恐ろしいですね momokuri3

私は全焼した火災を見たことがあります。場所は少し離れていたのですが、窓から見ると、大きな炎が上がっているのが見えました。ただごとではないと思って近くまで行ってみたら、木造の家が炎に包まれていました。最近は防火・耐火構造の家ばかりになりましたが、古い家は外壁も木造ですから、本当に家全体が炎に包まれていました。幸い家と家との間隔が広かったので一軒焼いただけで消し止められたようですが、あんな恐ろしい炎を見たのは後にも先にもあの一回だけです。火災には、本当に気を付けたいですね。


[194]>191 底板を敷く type9

釜風呂の場合は下駄を履いて入るなんてのも聞いた事はありますが、

五右衛門風呂は底が平らなので、沸かした後に底板を敷いて入るので、

やけどはしないです。

底板の材質として木の底板もあるのかもしれませんが、

プラスチック系だと水より重く沈みます。


[195]>192 そうそう! riceball

いくつもある引出しに何をいれようか、と幸せな悩みを持っていましたね。


兄の学習机が羨ましくて、自分にも机を買ってもらったときはすっごく嬉しかったです。

学校で勉強するの楽しみだなぁ?なんてワクワクしながら入学を心待ちにしていたのですが・・・いつしか勉強が嫌いになりました(アレ


[196]>189 異様に気になる akilanoikinuki

夜寝ようと思って天井を見ると、そこに人の顔が・・・。昼間は気にならない木目が異様に怖かった。さらに熱がある時など、その木目が動いているように見えて、本気で怖かったです。


[197]>190 布団の上で相撲しました!! yoshigyu1318

小さいころ布団の上で相撲しましたね。

私に妹がいるので、二人で父に同時にかかっていきましたが、

結局勝てませんでした。


[198]>174 ごはんと海苔が別のおにぎり tera_mac

コンビニ的おにぎり文化なのでしょうか?


[199]>109 二層式へのこだわり akilanoikinuki

うちの実家もそうです。全自動になったのは、一年半前のこと。

親の世代はそれもわかるでしょうが、そんな母の影響を受けた私も二層式が好き。大学時代、一人暮らしをしたのですが、当然買ったのは二層式洗濯機。周りのみんなは全自動を当たり前のように使っていましたが、私だけは移し変える手間を厭わず、二層式でした。昨年結婚して、全自動になったのですが、なんだかなじめなくて、洗濯を旦那に押し付けています。


[200]>13 すいかの種 akilanoikinuki

縁側から、すいかの種がどこまで飛ぶか競争しませんでしたか?今思えば、品のない事この上ないのですが、子供時代は楽しかった。しかも親に怒られなかったし。

あんなに飛ばして、よくすいかがならなかったものだ。


[201]風呂の水張りが仕事でした。 shig55

子どもの頃、井戸のすぐそばに風呂を作ってありました。そのころの風呂は外ガマ式で、薪や石炭で湯を沸かします。井戸のそばに作ってあったのは水張りが大変だったからです。井戸のポンプをガシャガシャと動かしてバケツに水をくみ、その重いバケツを両手で抱えて風呂桶まで運びます。この作業を何回も何回も繰り返して風呂桶に水をためるのです。夏など、汗がしたたり落ちる大変な作業でした。子どものことですから重いバケツは持てず、その代わり何回も何回も運びました。

そんな様子を見かねたのか、父がうまい細工をしてくれました。風呂場の壁に穴を開け、井戸から風呂桶まで樋を通してくれたのです。井戸のくみ上げポンプを動かすと、樋を伝って水が風呂桶に入ります。重いバケツを運ばなくてよくなったのです。くみ上げポンプをガシャガシャと動かす回数が変わりませんが、こんなに楽に風呂の水張りができるようになったことに感激したものです。

風呂の準備することですら大変な時代でした。今のように何処でも水が使え、明かりがあり、空調まで備わっている、こんな快適な生活ができるようになったなんてなんだか不思議に思えます。


[202]>195 ランドセルに学習机 tera_mac

これが揃った時には喜びまくりましたよ。こんなに嬉しいという感覚は今でも滅多に味わえるもんじゃないです。


[203]家に押し売りが来た・・・怖かった・・・ tera_mac

何を売りに来たのか、覚えてません、小さかったから・・・しつこく何かを売りつけようとした挙句、完全に断られたと悟った途端に凄い剣幕でドアを蹴り飛ばして帰って行きました・・・怖いのなんの!!!!!今でも訪問販売というとこのイメージが強くて大嫌いです。


[204]>25 いいお父様ですね tough

子供の心に命の尊さを教える、素晴らしいお父様ですね。自分のヤケドから虫が被るかもしれなかった苦痛に思いを馳せることができた子供時代のOreganoさんも立派です。

線香花火はだいたい花火の最後のフィナーレですね。最後の火の玉がシュウとしぼむか、ポトリと落ちると、なんとなく祭りの後の寂しさのようなものを感じます。


[205]>201 今ではキャンプ生活でイベント風に tera_mac

何か凄い昔の事の様に見えましたが、もしかして半世紀前とか?

今だとたまにキャンプなんかで水道を使わずに水を調達してきて風呂を沸かすなんてことをやりますが、イベント的楽しみになってしまっています。


[206]>187 私はなわとびでした tera_mac

逆上がりはすぐにできたので問題はなかったんですが、なわとびの二重とびが全然ダメでした。当然、父が2週間ほど毎晩特訓をしてくれました・・・ヤレヤレ・・・


[207]>99 かっわい? riceball

箒にピアニカだなんて、子供らしい発想ですね。

私は、家にあるガラクタ(なべの蓋、お菓子の缶や。たたいて音のしそうなものは何でも)を並べてペンをスティック代わりに、即興で音楽を作ってました。

しかも自分で作詞作曲しためちゃめちゃな歌をカセット(古い)に録音しちゃってます。今聞くと恥ずかしすぎて、顔から火がでそうです


[208]>45 最近は庭に洗濯物を干す家が少なくなりましたね tough

特に首都圏では一軒一軒の土地が狭くなってしまいましたから、庭に洗濯物などを干したら、道路からでも手が届いてしまいそうです。

私の家も一度建て替えていますので、部屋数が増えて庭がかなり手狭になりました。今は建坪率ギリギリだと思います。昔はどこの家でも庭で遊ぶ子供の姿が見られたような気がしますが、今は遊べるほどの庭がある家も少ないような気がします。なんだか寂しいですね。


[209]>199 全自動洗濯乾燥機 tera_mac

これぞ本当の全自動ですよね。うちには無いですが・・・今はややもすると二槽式より普通の全自動の方が値段が安いものがあります。全自動洗濯乾燥機が普通の全自動より安い価格で売られるようになるんでしょうか。だいぶ先になりそうですが、待ち遠しいです。


[210]>179 あはは!かわいーー!! tera_mac

やったことないですが、すっごく楽しそうです!


[211]>206 私は 補助輪なし自転車 でした riceball

さすがに小学校にあがる前の話ですが、運動神経が人一倍鈍い私は、何度も何度も転んで擦り傷やあざを作りながらも練習しました。

対照的に、私の弟は、庭でよく二人乗りをして遊んでいたせいかバランス(コツ?)を覚えてしまって、練習すらすることなく一人で乗れました。


[212]>132 No bath、no life... tera_mac

ワンルームマンションがたくさん建つようになってからは一人暮らしでも風呂有り部屋が当たり前になったんだそうで、いつもの暮らしの中で風呂の無い生活を経験したことがない私には「オバケ蛍光灯」より風呂の無い生活の方が怖いですっ!!


[213]>206 逆上がり、縄跳び、両方やりました tough

私は小さなころは運動が苦手で、体育にはずいぶん苦労させられました。でも父が面倒を見てくれて少しずつ苦手を克服して行けたのがよかったんだと思います。

私の場合はまず苦手意識があって、そして失敗したら恥ずかしいという気持ちが強く、それが重なって、やればできる可能性は十分あるのに、人前でやるのが恐かったというタイプだったのだろうと思います。だんだん苦手意識が薄れてくると、運動がどんどん好きになっていきました。


[214]>183 三人兄弟 dankichik

三人兄弟で女は私だけだったので、兄弟の中で私だけ一人部屋をもらうことができました。自分だけの空間が持てるって、大人になったような気がしたものです。

私が大学進学で家を出るときには、弟たちがやっとそれぞれ自分の部屋がもらえると大喜びしていました。


[215]>210 米のとぎ汁 dankichik

小学校の頃、私がしていたお手伝いは夕飯用の米を研ぐこと。そして、そのとぎ汁を植木にやることでした。エコロジーに燃えていた母に言われてやっていたのですが、植木の生長にもいいらしいので一石二鳥でしたね。


[216]>208 噂では・・・ tera_mac

街に流れる怪しい声・・・「さおだけ????!!!ものほしぃざおっ!今は特別価格でお安くお分けしています・・・」

こんな声に釣られて物干し竿を買ったりすると、庭に物干し台がある家では物干し台にケチをつけて、新しい物干し台を売りつけるそうです・・・

どうぞお気をつけくださいまし。


[217]>196 気になるとどんどん気になっていきますね tough

私は壁のシミでした。壁紙にシミができて、それがある時、人の顔に見えてしまったんです。一度そう見えてしまうと、いつ見てもそれが顔に見えてしまうんですよね。壁紙が新しくなった時はほっとしました。再び同じ所に同じ顔が現れて…なんてホラー映画みたいな想像もしましたが、何日たっても顔が現れることはなく安心しました。

しかし後日、カーテンのシミがカエルに見えてきました。漫画に出てくるようなカエルです。これは一度カーテンを開けたら、もうしわの様子が変わって見えなくなりました。かわいいカエルだったのに残念です(笑)。


[218]>142 親も教師も暴力的だった時代は今は昔? tera_mac

日本の社会全体がもうそろそろそうなってもいい頃なのかも知れませんが、バランス的に何かと難しいですよね。

個人的にはグッドウィル会長のようなキャラの上司が嫌いなので、何とかして欲しいと思います。


[219]>203 うちには宗教が… tough

変な宗教がきて、あれこれ不気味なことを言って帰っていきました。私はたたられそうで恐かったのですが、母は全然平気で、あんなものに入る人はきっと千軒回って一軒いるかどうかでしょう、それでたたられていたら日本中たたりだらけよと笑っていました。


[220]>215 米のとぎ汁は基本 ukiuki-time

これをかけられることはさすがにありませんでしたね。

米のとぎ汁を草花にやるというのは割と古くから知られた生活の知恵みたいです。うちではこれだけでは足りないのと、打ち水効果を狙って、という意味合いも有って夏は水まきを夕方にしていたみたいですよ。


[221]>211 そのほかに徒競走のダッシュ練習とかもやりました ukiuki-time

なんか体育会系オヤジなのですよ。運動会のしょぼい徒競走にも子どもを勝たせようと張り切るんです。迷惑な!幼稚園から小学校時代は毎年毎年運動会を前にすると夕方に散歩ついでに公園でダッシュの練習をさせられていました。変なの!


[222]>149 野良は悲しいですね tough

子供のころ、私は野良の子猫を拾ってしまったことがありました。幸い担任の先生がいい人で、相談したら買ってくれる人を探してくれましたが、しばらく外を歩いていて猫の声が聞こえると、また野良がいるのではないかとびくびくしていたことがあります。

野良猫は心が痛みます。日本中から猫を飼える人を募集して、せえので野良を飼い始めたら、一瞬にしてもう悲しい野良猫を見なくて済む日本が作れると思うのですが、どこかが音頭を取ってそういうキャンペーンでもできないものでしょうか。


[223]>183 リビング階段 F-15X

リビング階段とかありますよね。

子供がさっさと2階へあがるのではなく、必ずリビングを経由するというヤツですね。

生憎、そういうお宅にお邪魔した事がないので、どんな感じかわからないので少し興味がありますね。

階下の音が気になったり、暖房とか効かなそうだけど、どうなんだろ。

あと私も、子供の頃は新築の友達はうらやましかったです。

とくにクローゼット。子供心にカッコ良かったw


[224]>65 向かい合って座るブランコ tough

私の家にはありませんでしたが、友だちの家にありました。なんだか遊園地にある乗り物のように見えて、とてもうらやましい物に思えました。そこの家には小さな妹がいて、よくぬいぐるみと一緒にキコキコ乗っていました。時々私も乗せてもらいましたが、強く揺すりすぎて恐いとその妹さんには不評でした。


[225]>219 うわ?!どっちもヤダ! inu_punch

怪談より怖ぇよー!!


[226]>197 お相撲、やりましたね tough

私は兄弟がいなかったのでもっぱら父とでしたが、干した布団が置いてあると、それを広げてその上でお相撲がはじまりました。必死になってかかっていくのですが、全く勝てませんでした。おまけに必死に力を込めている最中に、なぁ、なぜお相撲さんはお相撲さんて言うんだろうな、野球選手はお野球さんなんて呼ばないのにな、などと言って笑わせるものですから、一気に力が抜けて、どしーんと倒されてしまいました。


[227]二段ベッド F-15X

子供の頃、親類からのお古ですが、憧れの二段ベッドを頂きました。上段の私は天井にヒーローの切り抜きをたくさん張り、「トーッ」などと言いながら飛び降りたりしたものです。私にとって特別の空間でした。


[228]>224 うちにはありました inu_punch

強く揺すると楽しいですよね!といっても、椅子と椅子の間の通し板が外れそうになるのでヒヤヒヤものでしたよ。


[229]>221 お?みんなやってるな? inu_punch

・・・というより、やられたな?という感じでしょうかね!

そうなんですよねぇ・・・何かにつけ親が教えてくれるのはいいんですけど、体育関連となるとちょっと張り切る親って居ますよねぇ!


[230]>220 なるほどぉ・・・ inu_punch

夕方に草木に水をやると夕涼み用の打ち水みたいにもなるんですね。うちはマンションなんでベランダしかないですが、プランターでも並べて打ち水やりをしてみたくなりました。


[231]買い物カゴを持った珍味売りが来た記憶 matakiteshikaku

あの人たちは誰だったのだろう?子供心に心配していた記憶があります。


[232]>222 猫はまだいいですよ inu_punch

都会では野良の犬は絶滅しました・・・


[233]>226 わははは Oregano

楽しいお父さんですね。うちは手狭な家だったのでお相撲の思い出はありませんが、腕相撲は父とよくやりました。両手を使っても勝てませんでした。今はもう父の手の平を握ったりすることは全くありませんね。なつかしい思い出です。


[234]>231 何かの宗教かも inu_punch

たまにオフィスに来ては大声で名前を名乗って「するめいか、貝柱、えいひれなどの珍味を買って下さいっ!」みたいな感じのことを叫んで、さっと消え失せる人がいますけど・・・


[235]屋根に上りました F-15X

子供の頃、よく屋根に上りました。

火事があれば速攻で上りました。

隣家の屋根に飛び移ることもw。

また、初夏にはシートを広げてサンオイルを塗って日焼け。

(熱くて長いこといられませんw)

夏の夜は花火を見たりしました。


[236]自分の家の匂いと、他人の家の臭い・・・・・・・。 matakiteshikaku

友達の家にはじめて遊びに行くときなどは、とてもドキドキした記憶があります。


でも、自分の家の匂い、畳、布団、、、全部好きでした。何故か落ち着く。


[237]>232 野良犬は「絶滅」ですね Oregano

人間が飼ってあげたのではなく、捕って殺してしまったんですよね。まさしく「絶滅」の言葉がふさわしいです。

猫はそんなことにならないように、飼ってあげることで家庭猫に変えていってあげたいですね。


[238]>234 宗教なのですか!! matakiteshikaku

別にその人たちにどうっていうイメージはなかったんですが、黄色いスーパーのカゴをどこでどうやって手に入れたんだろうと、そればかり考えていました。子供ですね。


スーパーのカゴを普通に持っていることが、子供心に気になったのですね。


[239]>198 遠足のお弁当のおにぎりは俵で決まり! inu_punch

普段は三角や球形を作ってくれるんですよね。それが遠足のお弁当になると俵になる。俵のおにぎりの衣は海苔や薄焼き卵がメイン。ちょっと凝ったら、葉っぱ系の漬物を巻いてくていました。他の子のお弁当のおにぎりが白黒だった時代、うちはカラーでした!


[240]>237 野犬はイメージが悪いのでしょうか? matakiteshikaku

確かに野良猫は今でもたくさんいるし、逃げないとちょっと撫でたくなりますね。犬はちょっと怖いです。


[241]>234 おそらく宗教ですね Oregano

うちにも来たことがあります。数年続けて年末に来ていました。どうも某総理が祝電を送って物議を醸したカルト宗教らしいです。


[242]>144 ソファで飛び跳ねていて、バキッ!!! matakiteshikaku

材料の木をブチ折ってしまったんですね。凄い怒られるかと思ったらそうでもなくて、逆に怖かったです。


おばあちゃんの家のソファでした。


[243]>241 あれ…ですね YuzuPON

某総理のスローガンの元にもなっている宗教らしいとのうわさ。外国に本部があるやつですね?


[244]いつも戸が開けっ放しの家でした。 matakiteshikaku

勝手に入って勝手に遊んで、家の周りではお母さんたちが井戸端会議でワイワイガヤガヤ。鍵をかけるのは夜寝るときだけ。今となっては考えられないような環境でしたね。


[245]>238 私の記憶が確かならばぁ・・・ inu_punch

訪問販売の珍味売りには2系統ほど有るそうですよ。

一つは専門の行商で主に北海道に出没して、一日に車で数百キロを移動しながら下手の鉄砲数打て!式で殴り込みの訪問販売をする部隊。

もう一つは既にご案内の通りの宗教。資金稼ぎが本音ですが、建前としては慣れない事をやって精神鍛錬をするだのなんだのと、よくある「会社員向け根性鍛錬セミナー」みたいなことをやっとるという部隊。

どちらもうっとおしい存在です。珍味欲しけりゃ店で買うし。


[246]>225 親子連れで来るのはなんだか反則ですよね。 matakiteshikaku

お母さんが小さい子供連れて来るのですが、来る子供はいつも楽しそうな顔をしていませんでした。こんなことするよりも、お母さんや友達と遊びたいんだろうにと思いましたね。


[247]>52 私は家には入れずに YuzuPON

ガラスを割って入ってしまったことがあります。うちは母が専業主婦でたいてい家にいましたので、私は鍵など持ったことはありませんでした。ところが寒い真冬の日に家に帰ると誰もいなくて、暗くなるまで待っても誰も帰ってこなかったので、あまりの寒さに耐えかねて、窓ガラスを割って家に入ってしまいました。一応緊急避難ということで叱られはしませんでしたが、窓というのはあんなに簡単に割れてしまうのかと、少々驚きました。


[248]友達宅をアポ無し突撃した時の話 inu_punch

友達と遊ぶのに約束をしてから、というのが親や教師たちの言い分でしたが、子どもですからそんなことはどうだっていい。約束なんてしてなくたって遊びたい相手は居ますよね。

そこでアポ無し突撃。

なんですが、居ないときがあります。呼び鈴を押してから誰も居ないのが分かる方がなぜかとてもがっかりしました。段々手馴れてきた小学生は呼び鈴を押す前に友達の家に誰かが在宅かどうかを知る方法を考え付きます。

例えば、外に見えるところについている電気メーター。回転速度が速いと居る確率が高い・・・とか、いろいろ考えて、呼び鈴を押すか押すまいかを決めていました。

時々、怪しい人を取り上げたテレビ番組で家宅侵入の手口を公開していますが、こんなネタを何も知らない小学生が独自に似た様なことを発案していたんですね。もちろん目的が家宅侵入ではないので安全な存在でしたけど。


[249]>213 縄跳び、やらされました TinkerBell

私は運動が苦手で鉄棒なんてぜったいできそうにない子供でしたが、

縄跳びくらいはできるだろうとやらされたことがあります。

でも二重跳びどころか普通に飛ぶのもだめで、

ほとんど特訓の成果はありませんでした。

コーチ役のお父さん、ごめんなさい。


[250]>240 狂犬病対策では? maido_cafe

猫は滅多に積極的に人間を攻撃しませんが、犬は悪いのになると飼い犬でも人間を攻撃しますからね・・・悲しい性・・・


[251]>236 家の匂いは引っ越すことができる! maido_cafe

友人宅は独特な匂いがします。引っ越しても引っ越した先の家で同じ匂いがします。


[252]>239 カラーおにぎり! maido_cafe

おいしそうですね!葉っぱ系というと梅なんかと一緒に漬け込んだ紫蘇を使えば赤になるし、ほんとカラーバリエーションがでますね!天然色できれいですし!


[253]>204 本当にいいお父様です TinkerBell

子供のころから虫一匹にも大切な命があることを教えてもらっていたら、

大人になってからでも命を大切にできる人になれますね。

線香花火は、私の一番好きな花火です。

子供のころ、しゅうしゅう火が噴き出す花火は恐くて持つことができませんでした。

でも線香花火なら安心して持てました。

シュッ、シュッと音を立てながら火花が飛ぶのもかわいくて大好きで、

いつも線香花火だけ多めに買ってもらっていました。

今年は浴衣を着て花火するんだ。

今週末くらいにはできるかなと楽しみにしています。


[254]花いっぱいの庭 toku4sr4agent

子供の頃というと、花がたくさん咲いていた庭を思い出します。


たとえば矢車草とかハイビスカスとか。

昔住んでいた家は日当たりがよいので、

さまざまな花が咲いていました。

(今は日当たりが悪いので日陰でも大丈夫な花しか育ちませんが)


[255]>228 いいなぁ TinkerBell

私も友だちの家にはありました。

白いかわいいブランコで、とってもうらやましかったです。

いつか結婚して子供ができたらああいうブランコ買ってあげよう。

そして…私が乗ります(笑)。


[256]ウサギが逃げ出したベランダ toku4sr4agent

最初住んでいたところは社宅(アパート)で、

そこでは飼ってはいけないウサギを飼っていました。


ベランダ越しに他所の家のベランダにウサギが逃げてしまったことを思い出します。


[257]>4 引越し、転校、とても憧れました F-15X

引越し・転校、とても憧れました。

新しい何かがありそうで・・・。

でも実際は新しい環境になじめなかったり大変なんでしょうね。


[258]>254 すてき!! TinkerBell

花いっぱいのお庭が思い出とは。

なんてすてきなんでしょう!!

ハイビスカスまで咲いていたなんて!!

私は庭のある家に住んだことがないので、とてもうらやましいです。

私も花壇に囲まれたような家に住んでみたいです。


[259]>229 こういうのもある maido_cafe

運動会の後に運動会の出し物の特訓をさせられたことがあります。棒体操だとかいう種目でみんなで棒を持って体操をするというものでしたが、どうも上手にできなかったのが親の癪に障ったみたいです。運動会が終わって家に帰ってから、夜中までできるようになるまで特訓させられました。楽しい筈の運動会が台無しでしたよ。


[260]天井裏のある家 toku4sr4agent

4回目に住んだ家には天井裏がありました。


でもその天井裏に上るにはいろいろとコツがあって、

なんとなく一人になりたいときなんかに上ったり、

ちょっとスリルを味わいたいときに、上ってみたりしたことがあります。


[261]>230 今年はわが家でも打ち水します TinkerBell

うちもマンションでベランダしかありませんが、

よしずを立ててそれにも水を打つと、

狭いベランダでもけっこう涼しくなるという話ですので、

今年はそれで過ごしてみようと家族で相談しています。

そろそろ夏本番なので、実際にどのくらい効果があるのか楽しみにしています。


[262]沢山の小鳥と過ごした家 toku4sr4agent

2度目に住んだ家では、

・セキセイインコ(亡くなってしまったり、どこかから飛んできたりで、合計で3羽)

・白文鳥(親戚からもらいうけた)

・カナリア(どこからかいただいた)

など今思い返してみれば、合計で5羽の小鳥さんたちと一緒に過ごしたんですよね。


鳥について

「こうだったよね。」って妹に話すと妹や母は覚えていないのに私だけ覚えているということがよくあります。


その逆で、旅行のことは、他の家族が覚えているのに私だけよく覚えていない

(でもインコがいる旅行は覚えている)

ということがあります。


興味のあることが小さい頃から違っていたんですね(苦笑)


[263]>256 わっ!! TinkerBell

大変!!うさちゃん、つかまりましたか?

集合型の住宅って、動物飼えないところがまだまだ多いですね。

私のマンションでもまだ許可になりません。

今はペットOKの所も多くなっているのに、

何が違うからだめなのかがよくわかりません。

私も動物飼いたいよー。


[264]>252 おにぎり入りお弁当 Lemon_Lime

中学校に入ると作らなくなるのはなぜでしょう?

どの親でも共通ですか?


[265]>258 私は引っ越した先で CandyPot

一本の木もなく、花も咲いていない庭を見て、この庭を花でいっぱいにしたいと思いました。でも当時は父も母も仕事ですごく忙しくて、とてもお庭作りなどできませんでしたので、私がいっしょうけんめい草を植えました。でも子供なので花の種などを買うお金はなく、野原に行って花を見つけてきて、それを植えていました。ビンボウ草とか(笑)。翌年、そういう植物の種がいっぱい育ってしまって、庭が野原のようになってしまいました。でも、そういう庭が大好きでした♪


[266]>259 おぉ、ハードな話も! Lemon_Lime

厳しいイエもあるんですねぇ・・・うちではこういうのは無かったので良かった・・・!?


[267]>261 打ち水いいですね CandyPot

ずっと前にもお米のとぎ汁などを庭に戻すツリーがありましたね。今年の夏は私もそういう水まきしようかなー。お米のとぎ汁やお風呂の水を庭に戻して、それで植物が喜んでくれたり、涼しくできたらいいですよね。私も子供のころ、水まきをした思い出があります。童心に戻って打ち水してみよう。楽しそうです♪


[268]>261 よしずもいいですね Lemon_Lime

よしずに水を打つと水の蒸発する面積が増えるのと、中が空っぽのよしずの保冷効果とか、いろんなメリットが考えられそうですね。生活の知恵ですね。


[269]>262 ベランダと鳥 F-15X

私はどこかで拾ってきたムクドリの雛を育てたことがあります。

何を上げたらいいかわからず、九官鳥の餌を水につけたものを「割り箸」であげていました。大きくなり手乗りになり、部屋ではなく外で飼っていました。

いつも家のベランダから「割り箸」を高く上げるとムクドリが餌をねだってやってきました。いつの間にか姿を消してしまったのですが、どうなったのかなぁ。


[270]>202 懐かしいなぁ・・・!!! Lemon_Lime

用も無いのにランドセルしょって外に遊びに行ったり、意味も無く机に向かったり・・・いつごろからでしょうかね、机に向かうのが意味も無く疲れる仕事になったのは・・・しくしく


[271]押入れの上の部分をベットがわりに tehi

押入れの上の部分に布団をひいてドラえもんのように寝てみたことがあります。すぐに親に怒られてしまい終了してしまいます。


[272]>246 へえ、子連れ訪問販売! Lemon_Lime

そんなのがあるんですね!ついうっかり、知らないご近所かと思っていらない変なものを買わされないように気をつけなきゃ!


[273]>262 私の家にも小鳥がいました CandyPot

小さいころだったので種類はよくおぼえていませんが、きっと文鳥だったと思います。とてもかわいくて、毎日のように篭をながめてはお話ししていました。ほんのちょっとの仕草まで、今でも全部思い出せます。

私も子供のころのことはもう忘れていることもありますが、あの小鳥のことだけは鮮明に思い出すことができます。


[274]>271 それは子どもの夢ですよね Lemon_Lime

押入れに住みたいと思ったこともありますよ。今、やれ、といわれれば速攻で拒否しますが!


[275]>118 よかった? KazyN

ご存じの方がいた?!嬉しいです。

今ならハイテクで指紋認証キーとか?


[276]夏休みにサルビア tehi

夏休みになると学校からサルビアを持って帰って育てる課題が出てたけど、たいてい枯らしてましたね僕は。サルビアをスーパーの袋に入れて持って帰るとき重くて持つ部分が腕にくいこんで嫌でした。


[277]>263 大丈夫です。 toku4sr4agent

うさちゃん、つかまりました。

でも逃げ出したおかげで、飼っているのがばれてしまいましたけど(苦笑)


社宅のアパートなので、「イヌネコ禁止」だったのですが、

ウサギはほえたりしないし、ネコのように排泄物がにおったりしないから、いいよ、ということでお咎めなしでした。


(もしかしたら以前のいわしでも書いたかもしれませんが)


今は一軒家なんですが、家族にアレルギーのある人がいるので飼えません(苦笑)

セキセイインコ飼いたいです。(今は携帯電話の中のインコ画像でガマンです)


[278]>246 宗教関係で vivisan

子供つれてきてましたね。

知り合いのところには、子供をつれてくることによって、イエの子供と仲良くさせて勧誘するみたいな感じで、そちらにはまってしまって、離婚をしてしまった人がいます。


[279]>270 ほんとに GE-999

新しい机の匂いというか、なんと言うか、それだけでも嬉しかったです。


[280]>17 私も子供のころ過ごした町に行ってみたい CandyPot

私は引っ越しの時に、いつかまたきっとこの町に帰ってきたいと思っていました。町のあちこちに思い出がたくさんあって、さようならなんてとても言えない気持ちだったんです。でもあれから一度もその町に行ったことはありません。いつか行きたいな。そして思い出の町をもう一度歩いてみたいです。あ、決めた。お盆休みに行ってこよう!!


[281]バーベキューやった。 Kumappus

田舎のほうに引っ越してからですが、庭が少し広くなったので、親父がブロック買ってきて適当な金網を挟んでバーベキュー用のコンロを作ってくれました。

ちゃんと炭を使って火を起こして肉とか野菜とかじゅうじゅうと。

暑いんだけど夏にやったことが多かったかな。親父は食べるより飲む方優先でビールがどんどん空いてました。それでビールがうまい夏にやったのかな。

そういえば確か一度やってる最中に夕立が来て、大慌てで撤収したことがありました。

懐かしい思い出です。


[282]>268 緑+よしず+打ち水=エコ GE-999

いいことだらけじゃないですか!水の調達先を水道直接というのでなければバッチリみたいな!


[283]>278 いますね… CandyPot

うちにも来たことがあります。でも、うちの親は、気持ちはわかるが子供を連れ回すのはよくないんじゃないか、子供のいる人は別のことをするとか、仲間どうしで子供を預かり合うみたいな思いやりのある宗教なら考えてみてもいいのにと言っていました。それは私も同感です。


[284]>216 物干し竿つかってますよ♪ vivisan

もともと住んでいた家に住んでいるので、とーぜんあります。逆にうちは二回にベランダがないんです・・。

でもよく考えると、物干し竿に干す洗濯物って、イエを隠す役割もあったのかなぁ?と思います。

今は庭の樹木が部屋の中を隠してくれますが、背の高い木を剪定すると丸見えになりますw


[285]>248 確かに、○棒さんみたいな感じ? GE-999

でも、子供心に友達が家にいるかいないかって割と重要なことだし、ある意味必死だったから編み出せた技なのかもしれませんよ。


[286]>194 そのとおりです。 Spaceshuttle

丸い板を「すいた」と呼んでいました。その板を足で踏んで沈め入ります。「暖まる・・・」という訳は、追い炊きをした場合に下の方から順に暖まるので、頭寒足熱の状態になり、理想的な状態であるという事です。・・・ですが薪で焚くために「温度調節」が難しいので、焚きすぎて熱くて入れなかったり、逆に焚きつけに失敗し、ぬるい風呂になり追い炊きしなければならなくなったりします。

結構、技術と経験が要ります。(妻はそのため反対しています。)


[287]練炭火鉢 vivisan

うちでは煮物などをするときに、練炭火鉢を使っていました。

練炭火鉢でお餅をやいたり、おはぎの小豆なんかはこの上に鍋をおいてコトコトやってました。

今思うとお豆さんを煮るのによく母が使っていた気がします。

こちらに戻ってきて、さすがに使ってないだろうと思ったら、今年の冬も使っていました。

練炭ってまだ売っているんですね。

うちの母親は火鉢よりも練炭火鉢派でした。

私は火鉢派ですが、これって母の影響も少なからずあったかもしれません。


[288]>283 私も同感ですね Fuel

なんかまだ幼児だろみたいな子供を連れて勧誘に回っている人がいますね。

親にしてみれば子供がいてもやりたいことはあるだろうし、

宗教なら一緒に連れて回ることで子供にも功徳が有るみたいに考えるのかもしれませんが、

宗教なら人手があるでしょうから、子供を預かってあげるくらいの配慮はできると思います。

もし「イエの子供と仲良くさせて勧誘する」というのが作戦だとしたら、

そういうのはちょっと良くないぞと言いたくなってしまいます。


[289]>280 そういえば toku4sr4agent

私は子供の頃過ごした町に仙台に越してきて以来行っていません。

母がいうには随分変わったらしいのですが。


高校2年以降に過ごした場所は地理的に近いこともあり、買い物の途中で通りかかったり、

利用者さんの家に行く途中に近くを通ったりということはありますが、

それ以前の場所は同じ仙台市内でも道路が狭かったり、

小学生の頃住んでいた場所は地理的にかなり遠かったりして行ったことないですね。


どんなふうに変わったのか様子を見てみたいです。

もしかしたら記憶の中に残っているものはほとんどないかもしれません。


[290]>85 大人の真似をしたがる vivisan

父がうまく筍を掘っていて、きっと私にもできる!と思って、「あたしもやるー!」を連発し、重い道具を使って掘りました。

でもうまくいかなくて・・根本から掘れずに、変なところでいつも切れちゃいました。

怒られるかと思ったけど、「そういうこともあるさ♪」って笑っていた父に救われた気がしました。


[291]>188 蒸しパンにフレンチトースト、ふわふわパン美味しそう! GE-999

ふんわりとした味わいで、しかも肉親の手作りとくれば、もう子どものころの思い出の味としてはとびきりのものになりますよね。近頃はホットケーキミックスと炊飯器なんかでふんわりとしたパンみたいなものが作れるようですから、こんなのも次の世代の子どもたちの心に残る「ふわふわパン」になるんでしょうね。


[292]シャワーがなかった toku4sr4agent

今思い出してみると、小さい頃住んでいたアパートにはシャワーがありませんでしたので、

風呂桶からお湯を汲んで身体にかけたり、髪の毛を洗っていたような記憶があります。


今ではシャワーのない風呂場って想像できませんが。

皆さんのお風呂場には、小さい頃からシャワーがありましたか?


[293]>287 いいですね Fuel

練炭なら遠赤外線で、煮物もしっかり味が染みておいしくできそうですね。

煮豆などもふっくら炊き上がってくれるのではないかと思います。

私はお恥ずかしいことながら、練炭を使ったことがありません。

最近炭を脱臭用に使い始めてから、燃料としての炭製品にも興味が出てきました。

練炭火鉢とか七輪とか、使ってみたいですね。


[294]>269 いつの間にか toku4sr4agent

いつの間にか姿を消したということは、おそらく大きくなって、自分でエサを捕れるようになったのではないでしょうかね?


やむを得ずヒヨドリの雛を育てていた方のブログを見たことがありますが、

成長するにつれて、家に戻ってくる時間が短くなっていって、巣立ちをして、

それ以降は姿をみかけなくなったという話が書いてあったような気がします。

どこかで元気にやっているとよいですね。


[295]>273 小鳥の動きってかわいいですよね。 toku4sr4agent

最初は手乗りじゃなかった子が、別の子の真似をして、

こわごわと手に乗ろうとしている姿を見て、

ようやく心を開き始めてくれたのかなと思ったときには感動しました。


もう何年も経っていますが何故かそういうことだけは覚えているんですよね。


[296]>282 打ち水浴びて走り回りたい! PSX

無邪気でいいですよねぇ!大人の私がやったら馬鹿丸出しですもんねぇ・・・


[297]>281 今年はわが家もぜひ家で Fuel

うちは騒げるほど庭が大きくないので、

もっぱらバーベキューは川原に出かけてやっていました。

でも今年は脱臭用に炭を使い始めましたので、

炭がたくさんあるんですよ。

もちろん今年も川原でバーベキューをすると思いますが、

庭でもぜひやってみたいですね。

家でやれば酔っぱらってもその場で寝られますから、それが魅力です。


[298]>288 なんか宗教の意義に反しているような PSX

ちょっとひどいですよね、というか子どもを食い物にする悪質宗教って多いような気がしますよ。


[299]>253 生き物に何をする!! Fuel

一匹の蛾に「生き物」という視線を注げるお父様はご立派です。

蛾だって生きているんですよね。

人間の力で、その命は作れません。

話はだいぶ変わってしまいますが、この季節になると、

店頭でバチバチ言わせながら虫を捕っている青白い光の器具。

私はあれが大嫌いなんです。

バチっと音がするたびに確実に一つの命が消えている。

そう思うと、子供のころの私にはあれが恐怖でした。

今でもあの音を聞くと恐怖感をおぼえます。

コンビニとかによくありますよね。

光でわざわざ集めて虫を殺す。

人間は残酷だなぁと思います。


[300]>296 確かに! azuki-paste

あの頃は良かったなぁ・・・ってぇ、年取った?

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