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【イエはてな】イエ・ルポ#031お泊り

毎週実施“イエ・ルポ”のお泊りいわし!本編いわしのつづきを語らう場所です。
毎回の本編を読んで、新しいメッセージや気になったツリーのつづきを書き込んで下さいね。
“イエ・ルポ”とは、実際に見たり聞いたりしたイエの話、またはご自分の家の暮らしの中で生まれたユニークな工夫やアイデア、習慣や出来事をミニルポ感覚で書き込んでもらう“イエ・ルポタージュ”コーナーです。〈今週のお題〉に沿って、みなさんが知っている面白いイエの話を教えて下さい!

イエ・ルポ #031 THEME「あなたの子供の頃のイエの思い出」

→本編いわしはコチラ http://q.hatena.ne.jp/1185166202

※今回の「お泊りいわし」ご投稿は7月26日(木)正午で終了とさせて頂きます。
※「お泊りいわしへのコメント」は通常の【いわしポイント】のみとなります。
→詳しくはコチラ http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20070325#q13
※お願い
モラルのない一行投稿などはご参加者の皆様に大変ご迷惑となりますので、ご遠慮下さい。


●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:7月26日 theme あなた いね いわし
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 76/76件

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[1]沢山の小鳥を過した…の続き yoshigyu1318

私の家でも小鳥を飼っていました。

しかし、ちょっといなかった間に、

鳥かごから逃げ出してしまい、

そのままどこかへ飛んでいってしまいました。

短い間だったけれど、

いい思い出が残ってますね。


[2]新築した時に to-ching

正面、裏口のドアガラスが立て続けに割られました。大工さんは縁起の良いこととの意見でしたが、それはそうと怖かったです。

犯人は捕まりましたが(他の事件で)全く責任能力無く、泣き寝入りでした。


[3]>1 怪我をしたすずめ xmoon_catx

以前怪我をしたスズメを拾い、祖父と一緒に世話をしました。


祖父が「すずめは人からのえさは食べない」と言っていた通り、すずめは私たちからのエサは食べませんでした。


幸いにも、羽根が治り飛べるようになったので空へ放しました。


小鳥の話とはずれますが、山が近かったせいかこのように鳥を助けることが多かったです。


[4]いろりで料理 xmoon_catx

私の住んでいる地方では、大晦日の年越しの際に新巻鮭を食べる習慣があります。


以前住んでいた家にはいろりがあり、切り落とした新巻鮭を祖父がそこで焼いていました。

祖父が亡くなってからは、父がその役目をしていましたが、震災で家を建て直し新しい家にはいろりはなくなり、今では普通にガスで焼いていますが、やはり味が違いますね。


祖父と一緒に大晦日の日に、囲炉裏の火の番をしたりとてもいい思い出です。

趣だけではなく、家族に思い出もくれる囲炉裏はいい日本の文化です。


[5]夏の暑い夜に蚊帳の中で arainswk

寝るのがたまらなく楽しかった。まだエアコンも入っていなかったので、窓を開けて虫の声を聞いていると、いつの間にか夢の中に。


[6]>5 入る時 to-ching

どの様にするか知ってますか?


[7]>4 良いですね? to-ching

父の実家にもありました、そこで初めて飲んだのが「キリンレモン」こんな美味いものが有るのか!と思いました。囲炉裏作りたいです、ただし、足が痛くなるので足の入るスペースも作りたいです。


[8]車は買ったけれど・・・ to-ching

大昔の話、買ったけれど家には車庫が無い、おおらかな時代でしたので、かなり大きな通りに面していたのですが、駐禁では有りませんでした。そのうち交通量も増え禁止に。歩いて5?6分のところに借りて、雨風にぬれながら車に乗りに行く「トホホ」な時代がありました。


[9]>6 もっぱらヘッドスライディングでした。 arainswk

何せガキでしたので。蚊を引き連れて入ってくるのが弟でしたね。正統蚊帳の入り方なんて今の今まで考えたことありませんでした。


[10]>9 えへへ! to-ching

まず蚊帳の前に正座して、両手で大体自分の体の幅くらいの長さの蚊帳を掴み、バタバタと上下に振る、そうしてすばやく滑り込むのです、スライディングもまんざら間違いでは無い見たい。


[11]鍵は植木鉢の下 sayonarasankaku

今じゃ考えられないんですけど、

鍵を掛けても、その鍵を玄関脇の植木鉢の下に

隠していたりしました。

呑気な時代でしたね♪


[12]>11 うちは郵便ポストの中でしたね rikuzai

ダイヤル式の鍵がついていたので、ポストが開けられれば家の鍵があると。

でも逆に鍵を忘れて締め出させたことの方が思い出深いかも・・・。


[13]壁キャッチボールや屋根にボールを投げて落ちてきたところをキャッチ! tibitora

一人でボール遊びがしたいときは家の壁に向かってキャッチボールをしたり、屋根の上にボールを投げて転がっておちてきた所をキャッチしたりで遊んでいました。力を入れすぎると屋根の向こう側まで行ってしまったりたまに雨どいに引っかかったりしていました(^^;


[14]>7 囲炉裏いいですね^^ tibitora

囲炉裏、あこがれます^^棒に魚をさして囲炉裏の火で焼いた物を一度食べてみたいと思っています。


[15]>14 灰神楽 to-ching

これは凄いでしょうね。囲炉裏の周りで喧嘩等で自在鍵(鉄瓶等をかけておく鍵、魚の格好したやつ)につるしていた鉄瓶がひっくり返って、赤く燃えている炭に降り注がれると・・・。

たちまち噴煙が立ち昇り大変なことになるのです、もうあたり一面灰だらけ!実物は見たことは幸いありません。


[16]>12 私も閉め出された〜。 dankichik

私も鍵を持って出るのを忘れて閉め出されたこと、何回もあります。家のドアの前でぽつんと待ってるの、悲しかった!


[17]>10 懐かしいですね。 Spaceshuttle

私の実家でも蚊帳を吊っていました。柱の上の方に専用の留め具があり、うまく吊るために色々やってました。電灯のスイッチを付けたり消したりするのも、それなりのテクニックがありました。


[18]>17 雷・蚊帳 to-ching

酷い時は蚊帳に入れでしたっけ?落ちないそうです・・・


[19]>3 昔 鳩を飼ってました to-ching

小屋を作り、ベランダにおいて世話をしてました。雛が生まれると登録のための足環を買いに行きます。思えば大量の糞と羽で掃除が大変だったです。懐かしい。


[20]>13 そうですね? to-ching

私もやってました!ゴロゴロという音でちょっと右だの左だの・・・今の子供はそんなことしませんね。


[21]>16 鍵は首にかけて odorukuma

鍵っ子でした。

穴に紐を通して、首から下げてました。

家を出る時忘れると、夜まで家に入れなかったり(笑)


[22]>15 いろりのある家 odorukuma

今まで一度も見た事ないです。いいなぁ。

囲炉裏で料理すると、やはりガスとは味が全然違うのでしょうね。


[23]>21 『鍵ばあさん』 dankichik

昔子供向けの小説シリーズで『鍵ばあさん』というのがあったんですが、読まれた方いませんか?具体的にはすっかり忘れてしまったんですが、鍵っ子とおばあさんの間で物語が展開するんです。

小さい頃好きでよく読んでいました。


[24]父の創作子守り童話 TinkerBell

子供のころ、金曜と土曜の晩は特別でした。パジャマに着替えてお布団で待っていると、父がやってきます。当時私はとても寝相の悪い子供だったので、ベッドは無理と、ずっと床に敷いたお布団で寝ていました。だから寝る前、お布団の上では暴れほうだいです。

ひとしきり暴れたあと、電気を消して、父と私はお布団に入ります。二人で仰向けになって横になります。南に大きな窓があって、カーテンは開けたままになっています。

月の明るい晩などには、夜空を流れていく雲がはっきり見えます。私は息をひそめながら、父の言葉を待ちます。心臓がドキドキしてきます。直前まで暴れていたからではありません。これから始まる父の創作童話を、わくわくしながら待っているのです。

「月がきれいな夜だね。あぁ、西の空から何かが飛んでくる。目には見えないよ。でも月明かりに照らされながらそっと目をつぶると、ほぅら、見えてきた。あれは西の国の魔法使いだ」

私は言われるままに目をつぶります。そして父の語ってくれる見知らぬ国の魔法のお話を聞きながら、いつの間にか眠っていました。

曇りの晩のお話は、たとえばこんな感じではじまります。雲がだんだん低く降りてくる。空と地上が近くなってきた。ほら、目を閉じて耳を澄ませてごらん。何かが降りてくる音が聞こえるよ…みたいな。すると、星の国から地上を見に降りてきた水晶のカケラたちのお話がはじまります。

雨の夜は、くっついたり離れたりしながら遊んでいる雨粒たちのダンスのお話。風の強い晩には、空を渡ってやってくる龍のお話もありました。

今まで見たことも聞いたこともない不思議な世界のお話。私は目をつぶりながら、その光景を思い浮かべます。子供なので、すぐに私は夢の中。お話の結末を聞いたことは一度もありませんでした。でも、続きはきっと夢の中で見ていたのだろうと思います。朝起きると、一晩不思議な世界で遊んだ充実感でいっぱいでした。

目が覚めると、小さな私は、父に手を引かれて眠い目をこすりながら朝の洗面に向かいます。それが終わると、大好きな父と一日一緒に過ごせる、すてきな休日のはじまりでした。


[25]>24 うわぁ、素敵なお父さんですね。 sayonarasankaku

なんだか、お話の中に出てくるお父さんみたいです。

素敵な夢の世界へ行けそうな気がします。


[26]掘りごたつ type9

囲炉裏とまではいきませんが、

炭で暖める堀ごたつを体験したことがあります。

蒔きを焚く風呂でできた、消し炭を火にかけ、

温度調整は炭にかける灰の量で調整します。

さすがに今は電気式の堀ごたつに切り替わりました。


[27]>23 私も読んでました。 sprout-seed

このシリーズですよね。

かぎばあさんがさらわれた

かぎばあさんがさらわれた


私も鍵っ子でしたが、この本を読んでなんとなく自分が「鍵っ子」なのが嬉しかったのを覚えています。


[28]金魚鉢で溺死寸前!? kame3

家の近所で古い石で出来た防火用水桶(正方形の風呂桶のような感じ)で金魚を飼っているおうちがありました

道路よりちょっと奥まったところに玄関があってその脇に金魚がいてよく幼馴染たちと見に行ってました

いつだったか前にのめりこみ過ぎてバランスを崩して金魚鉢に頭からつっこんでしまい・・・溺れそうになりました

一緒に見てた子が足をひっぱってくれたし、それほど深さもなかったのでオオゴトにはなりませんでしたが(゚ー゚;)

そのときに金魚を飲んだかどうかは・・・覚えてませんw


[29]お座敷サッカー otayori

立派なお座敷でないから居間みたいなもんで、

兄と洗濯物の靴下をボールに、床の間をゴールにサッカーしてました。

あと絨毯を土俵にした相撲とか。

弟が欲しかったんだろな。


[30]>2 私は幼稚園の時に… ie-ha-te-na

やっかみやイタズラでガラスが割られるのは、気分的にもショックですよね。

私は幼稚園の時、日曜日など家でお昼寝をしていると、その間にちょっと母が鍵をかけてお買い物に行ってしまうことがあったんですね。目が覚めると誰もいない…で、パニックになって「おかあさ?ん!」と、玄関のガラス戸(昔の玄関のガラスってわりと薄かった)を両手のグーで割ったことがあります。覚えているのは2回。でも、その時母は全然怒らず、ごめんごめんとすぐにガラス屋さんを呼んでました。私の人差し指には、今もその時のキズがちょこっと残っていて、見るたびに思い出します^^。

〈ハザマ〉


[31]>29 座卓ピンポン! ie-ha-te-na

あはは!高貴な床の間をゴールにサッカーですか?!小さい頃ってとんでもないことしちゃいますね。

私は昔住んでた家の座敷にあった大きな長方形の座卓で、弟とピンポンしてました。一応、お客さん用だったので、キズがつくー!と母に怒られてましたね(^^;

〈ハザマ〉


[32]>28 ポットント○レで溺死寸前!? ie-ha-te-na

うわぁ、友達がいてくれてよかったですよね、あわや大水槽で溺れるところ…。考えれば、子供の頃って、外に出ると滑ったり転んだり、いつも膝小僧にキズがありましたね。家の中でも階段からよく転び落ちたものです(笑)。

溺死で思い出したのですが、子供の頃、親戚の家で小さないとこがポットント○レにすっぽり落ちてしまったことがありましたー。大騒ぎになって見に行くと、呆然と泣きもせず首を出して両手を上げて助けを求めてました(笑)。叔母がそこらじゅうに養生シートを敷いて救助。ちょうど裏庭の脇にあったので、そのまま裏庭で体じゅう洗ってもらってました。その時叔母が、コ○溜めに落ちた時は水で洗ってはいけない、お湯で洗うんだと言っていたのが不思議でよく覚えてます。

まったく、とんだ大騒動でしたよ(^^)。

〈ハザマ〉


[33]>31 廊下ボウリング sayonarasankaku

うちは、廊下におもちゃのボウリングのピンを並べて

廊下ボウリングをしていました♪


今の我家には長い廊下はないです。(笑)


[34]>21 マンション住まいが長かったので yatmsu

鍵を忘れた時は管理人さんに借りていたことを思い出します。あまりに借りまくっていたので評判悪かったな。。


[35]手作りの楽しさを教え続けてくれた父との思い出 TomCat

物は手作りに限る、技術が身に付くし、愛着が湧いて大切に使い続けられるし、なにしろ自作は楽しい。これが父の持論でした。ですから、小さな頃から、父はことあるごとに手作りの楽しさを、私に教え続けてくれました。

たとえば幼児の頃。父は両手一杯に、使い古しの紙コップやらセロテープの芯やら、色んなガラクタを抱えてやってきます。そして、さーこれで何を作ろうか、と誘ってくるのです。

まずは父がお手本を見せてくれます。紙コップがあっという間にゾウさんになったり、セロテープの芯が宇宙ステーションになったりします。それはもう、魔法のような鮮やかさです。私も真似して、色んな物を作って遊びました。

小学生になると、父は時々、とんでもない大物作りにも私を参加させてくれました。

「今度の休みに物置を作るぞ。いっしょにやるか?」

「やるやる!!」

私はワクワクしながら休みを待ちました。当日は朝からいい天気でした。材料はもう庭に積み上げられています。どこからもらってきた物か、全てが廃材です。古い物で間に合うならば出来るだけ古い物を活用する。捨てられる物を再活用できるのも手作りの良さ。それが父のやり方でした。

物置作りなんて、私には初めてです。どう作っていいのか、私には見当も付きません。父は手際よく寸法を測って、柱になる太い角材を切り始めました。使うのは手引きのノコギリです。

やってみるかと言われて私も切ってみますが、いくらノコギリを動かしても、ぜんぜん切り進みません。父がやると、スイスイとノコギリの刃が進んで行きます。同じようにギコギコやっているのに、ど、ど、どこが違うんだ?

私は満身の力を込めてノコギリを動かします。ふーっ、だめだこりゃ。すると父が、日本のノコギリっていうのは押す時は切れない、引く時に切れるんだよと教えてくれます。わ!! コツが掴めた。ちょっとのコツで、子供の力でも、ノコ刃はどんどん進んで行くようになりました。

でも、うはは。切り口が曲がっています。父は、うーん、切る時の姿勢が悪いんだよな、もうちょっとこっちに寄って、上の面だけでなく向こう側の面も真っ直ぐ見ながら切ってごらん、などと教えてくれます。

ジャリの私はそのくらいでもうヘトヘト。父は、じゃ休憩しようかといって、母に冷たいジュースを頼んでくれました。

「ジュースうまいな」

「うん!!」

実際はほとんど何も働いていませんが、私は一仕事を成し遂げた感激で一杯です。だって、私がノタノタと一本の柱と格闘していた間に、必要な部材は全て父の手で切り終えられていたのですから(笑)。

そこからはもう父の一人舞台。まるでイリュージョンのショーを見ているようです。手際よく骨組みを組み立てていく様は手品を見ているようでした。私は柱が倒れないように一所懸命支えているつもりですが、実際は全くそんな必要はありません。誰が支えていなくても、ただの角材があっという間に家の形にガッシリと組み合わされていきました。筋交いも入って頑丈そうです。

ここで初日の作業は終わり。汗をぬぐって、すぐにお風呂に入りました。もう小学生ですから父とは別々に入浴していましたが、この日ばかりは同じ作業をした仲間。

「何年ぶりかで一緒に入るか」

「うん!!」

そして翌日。屋根を葺いて、床を張って、壁を作って、細々とした細工を施せば完成です。物置ですから内装は特にありません。壁の打ち付けは私がやりました。へたくそですが、一所懸命釘を打ちました。最初は曲がってしまって全然まともに打てませんでしたが、やっている間に上手に打てるようになりました。だんだん作業スピードが上がってくると、父がその調子だと声をかけてくれます。私にはそれが何よりの賛辞でした。もう、うれしくてうれしくて仕方がありませんでした。

出来上がった物置は中が三畳ほど。西側には嵌め殺しながら明かり取りの窓もある予想外に立派な物で、まるでその中で住めそうな出来映えでした。完成を見に来た母も、これはすごいと驚いています。父は、二人で作ったんだ、二人でなと、私と一緒に作ったことをことさらに強調してくれました。

その日の夕食は、完成した物置の中で食べようと言うことになりました。私達が風呂に入って汗を流している間に、母がおにぎりを握って、おかずも色々、まるでピクニックのように揃えてくれました。物置の中でランタンを焚いて、キャンプの夜のような夕食です。楽しかったなあ。テレビも何もない夕食でしたが、あんなに楽しかった夕食はないというくらい、今でも思い出に残っています。

ほかにも、キッチンの調味料棚からレトロなロウ原紙で印刷するガリ版の印刷機に至るまで、それは様々な物を親子で作りました。

それからしばらくして、私は一時、道を踏み外すことになっていきます。それでも家を捨てず、親を捨てずに済んだのは(いや、親を捨てるなんて不遜な言い方ですけどね)、こうして家の内外にある、父と一緒に作ってきた様々な物達と、そしてそこに込められた親子の絆の温かさがあったからなのかもしれません。

今も私は、様々な手作りを楽しんでいます。楽器も作ります。PCも作ります。下駄も作りますし、ちょっとした彫金なども楽しみます。将来、夢の農園が実現したら、父のように物置や作業後屋などもみな手作りしたいと思っています。それらは全て、幼児の頃から積み重ねてきた、父と私の二人の手作りの記憶が土台となっています。


[36]>25 ほんと、素晴らしい(^-^) TomCat

かっこいいなあー。愛する娘に童話を作って、それを語って聞かせるなんて、最高にかっこいいお父様です。

実際、こんなことは、かなりの才能がないと出来ませんよね。そしていつも創作の世界に羽ばたき続ける豊かで持続性のある感性と、聞き手であるTinkerBellさんを心の底から愛する気持ち。それら全てが揃っていないと、なかなか出来ることではないと思います。

こうしてまとまった文章を読んでみると、TinkerBellさんもかなりの文才がおありのご様子。きっとお父様ゆずりなのでしょう。そんな素晴らしい親子の絆に対する感動も含めて、TinkerBellさんのお父様に、私の心のピックアップ賞を贈らせていただきたいと思います。

実は私も小説を書くのが趣味なんです。密かに色々書き貯めています。いつか、TinkerBellさんのお父様と仲良しになりたいなあ。よろしくお伝えくださいね。なんて言われても困っちゃうと思いますけど(笑)

でもほんと、そう思ってしまうくらい、素敵なお父様です。この思い出。そしてお父様の語り聞かせてくれた童話の世界。いつまでも大切にしてください。


[37]>18 でんぐり返りで入る、というのを shimarakkyo

まじめにやっていました。馬鹿でした。

本編の鰯でどなたかが団扇で扇いでから入る、と仰っていましたが、すごく賢い方法だと思います。


[38]打ち水と水やりは別にしてくださいね NAPORIN

少し気になったのですが、夏の夕方に植物の根に水をやると、地面が暖まっているので、第一陣は熱湯になって根に届き、枯れやすくなってしまうことがあるそうです(一度にかなり大量にやるならすぐに熱が薄まるかもしれませんが)。

植物の水やりは是非朝に。夕方の打ち水は植物をさけて、お願いします。


[39]>8 子供の頃、駐車場で… ie-ha-te-na

うちも昔の実家ではガレージがなくて、すぐそこの空き地みたいな駐車場を借りてましたね。周囲は草むら状態だったので、父の車のトランクの所に行って足元を見ると大きなヘビがとぐろを巻いていたり、砂利の所にムカデがいたり…駐車場というと、何が出てくるかとにかく怖かったのを思い出します(笑)。

〈ハザマ〉


[40]>37 憧れでした xmoon_catx

「蛍の墓」でも出てきましたよね?

我が家には蚊帳はなく、母の親戚の家に泊まった際初体験しました。

自宅では見たこともなかったので、憧れを抱いていたものだったので、その日の夜は布団の上で転げまわって喜んだ記憶があります。


[41]>35 じーん xmoon_catx

いいお話ありがとうございます。

TomCatさんが道をはずさず今こうしているのは、家族の絆のおかげかもしれませんね^^


そして、手作り志向のお父様の血を引き継いでTomCatさんも今は手作りを楽しんでるなんて、すばらしいですね。


手作りの味が薄れてきた今だからこそ、じーんをくるお話でした。



私も祖父・父が物作りに携わっていたせいか、色んなものを小さい時一緒に作ってもらいました。

祖父からは山からとってきた竹で竹とんぼを作ってもらったり、父には牛乳パックでロボットや木工細工など。


技術の宿題なども父に手伝ってもらい、他の生徒よりも明らかに立派なものが出来てしまったことなんかもありました(笑)



手作りの品の暖かさももちろんですが、手作りの品にはそれぞれの思い出が出来ますよね。

私も子供が生まれたら、一緒に手作りを楽しみたいです^^


[42]>27 鍵ばあさんに憧れました xmoon_catx

うちは自営業だったため、帰れば誰かしらいるので、カギを持たされてということがありませんでした。


カギを持たせられるということと、話に出てくるカギばあさんに会いたくて、カギっ子に憧れたこともありました。


かぎばあさんはカギっ子の家を訪問して、カギっ子が一人留守番をしてる間にお菓子を作ってあげたりするんですよね。


[43]>35 完成した物置の中でごはん、素敵な思い出! ie-ha-te-na

何だか絵本を読んでいる気がるほど、お父様との手作りの思い出の物語がいっぱいですね。物置のような大物まで作ってしまって、完成したらそこで一緒にごはん、なんて聞くだけでワクワクします。映画「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」の少年が叔父さんの作った東屋で一緒に過ごす素敵なシーンを思い出しました。これまでのTomCatさんの凝った手作り品のエピソードも、ここに発しているんですね!

うちの父も工作・手作りは好きで、今も沢山の工具を持って、実家や弟のお店の小さな大工仕事をするのが楽しそうです。実家は家じゅう、猫が自由に部屋に出入り出来るように滑車と重りでトビラを作り直したり(笑)。理屈を考えて設計することが面白いというんですが、何だかピタゴラスイッチみたいな仕掛けばかりで笑います(^^)。小学生の時の夏休みの宿題では、父の考案で髪の毛をつないで作った晴雨計が懐かしいです。父の頭に生えはじめた白髪で作りました(^^;)。懐かしい思い出です。

〈ハザマ〉


[44]>41 あ、いま一緒に書き込みしてて… ie-ha-te-na

xmoon_catxさんの上にレスがつながってしまいました。ごめんなさい。

本当に、TomCatさんのお父様のエピソードはいつもじんとくる物語ばかりで、集めてエッセイ集にして欲しいくらいです。一緒に遊ぶ、一緒に作るって、親子の手と心が一番つながることなんだなって教えてもらいました。

xmoon_catxさんもおじいちゃまやお父様と一緒にモノ作り。忘れられない思い出ですね。これからの子供たちにも手作りの素晴らしさを伝えたいですね(^^)。

〈ハザマ〉


[45]>42 鍵ばあさん teionsinonome

持ってましたー!

よく覚えてないんですけど何か果物が出てきて1コは本物でもう一個は偽者みたいな設定で、その果物がものすっごくおいしそうだったと記憶してます!


[46]>33 ブタミントン teionsinonome

ブタミントンやってました!

紙風船みたいなのをゴムでできたやわらかい豚(押すと鼻から空気が出る)でプヒーって上げるアレ!

何色のブタを取るかでもめるんですよね


[47]>46 ブタミントン!! xmoon_catx

うちは本家なのでお盆などイトコが勢ぞろいする際、みんなでやってましたー


思わず懐かしかったので書き込み(笑)

まだ、あるのかな?


[48](はてなにより削除しました) qtro20032013

(はてなにより削除しました)


[49]>45 うれしい! dankichik

『鍵ばあさん』を読んでた方がこんなにいらっしゃって、なんだか嬉しいです。人気ありましたよね?

もう10年以上も読んでいない本なのに、このスレみて、鍵っ子→かぎばあさんってすっと頭に浮かんだんです。よっぽど想い出に残る本だったんでしょうね。


[50]>49 鍵ばあさん、初耳です! odorukuma

読んでみたいです。う?ん楽しみ。


[51]土曜日のお昼はヤキソバ mododemonandato

毎週、土曜日のお昼御飯はヤキソバでした。

学校が半日で終わり、お腹を空かせて帰ると、母はヤキソバを作ってくれるので、それを目当てに急いで帰ったものです。

イエの前まで来ると、既に玄関からヤキソバの匂いがしてきて、嬉しかったですね。

インスタントのヤキソバではありましたが、ソースとヤキソバのメンの柔らかさが良く合っていて、とても美味しかった事を思い出します。

多分、母にしかかけかけられないスパイスが、かかっていたのかも知れません。


[52]>30 ガラス to-ching

よっぽどパニックになったのでしょう、親御さんも悪かったと思ったのでしょうね。

そうそう、いい歳をして子供と硬球でキャッチボール、見事に車庫の窓ガラスを割りました、修理費5000円。でも嫁は怒らないんです、子供に甘いのか、親子のキャッチボールを嬉しかったのか?まだ、やってますよ、私肘を壊し春には痛い注射をうって、また息子の帰ってくる夏に備えてます!ボールも高いけれど新品を用意してます。


[53]>40 でも昔は怖いことも・・・ to-ching

お袋の話では、蚊帳の中で寝ていると、蚊帳の天井に蛇やイモリ、ヤモリが「ぼった!」と落ちてくることもあったそうです。こりゃ怖いかも?


[54]>39 今の世の中 to-ching

車庫も無いくせに車を買うやつが多すぎ!ディーラーは何をしている、警察は安易に車庫証明を発行するな!もう、一人一台のご時世、これは困る!


[55]>50 家はもっと無防備 to-ching

鍵は牛乳箱の中でした!といっても見たことも無い人だらけか・・・

要するに、玄関や戸口に木製の小さな箱に毎朝牛乳が入っているわけです、勿論注文しないとその箱もつけてくれません。はぁ?時代は過ぎ行く


[56]>38 なるほど・・・ to-ching

盆栽やっているので勉強になります。もう余り旨くいかないので熱が冷め頃ですが・・・


[57]>28 私はドブでした・・・ to-ching

子供は頭が体の割りにデカイので注意が必要。ドブの味何となく覚えているような・・・


[58]>32 犬が to-ching

可愛そうな話だ・・・きっと生暖かい温度でしたよね・・・家では飼っていた犬が肥溜めに落ちてきて・・・家中で洗った記憶があります。数日帰ってこなかったのです。馬鹿犬だった!?


[59]>56 カンカン照りに to-ching

水をやっても行けないことになりますね・・・やっぱり朝ですか?


[60]>47 懐かしい! riceball

ああったあった、ブタミントン!!

楽しいけれど、ピーピーピーピーうるさいんですよね(笑)


[61]>22 すげぇ riceball

今の社会は時間に追われる毎日なので、囲炉裏のような時間をかけてゆっくり煮込む、焼くというのが失われつつありますね(イエはてなの中ではみなさん、こった料理を披露していらっしゃいますが)

囲炉裏を作るには、イエ自体も通気性に富んだ造りにしないといけませんね。


囲炉裏=野口英世(火傷) が思い浮かぶのは私だけでしょうか。。


[62]>36 芸術家ですね riceball

ほんと、この才能は真似をしたくてもそう簡単にはいきませんね。お父様のTinkerBellさんへの愛情の深さを垣間見た気がします。

きっとTinkerBellさんは童話の主人公になりながら続きを夢にみていたんでしょうね。羨ましいです☆


[63]紙と鉛筆 riceball

これさえあれば、何かしら暇つぶしができていた気がします。大概遊ぶのは弟だったのですが、二人で漫画を書いたり、物語を書いたり、ゲームをしたり。(全てがその場限りw)

単に貧乏だったといえばそれまでですが、自分達で遊びを作って楽しんでいた気がします。


[64]母が作ってくれたお料理ノート MINT

私は小さいころからキッチンで過ごすのが大好きでした。最初は大好きなお母さんと一緒に過ごせるからでしたが、だんだんお料理にも興味をもちはじめて、少しずつ母から料理の手ほどきを受けるようになりました。といっても最初のうちは、パン生地をこねたり、ハンバーグの挽肉をこねたり、餃子の具をこねたり。あ、こねてばかり。幼児のお料理は粘土遊びと同じですね。でも、自分のこねたものからおいしそうなにおいが立ち上ってくると、もう私はうれしくてうれしくて、反対向きに椅子に座って、背もたれにあごをのせながら、うっとりと幸せの香りをかいでいました。そんな時間も母はてきぱきと動いています。お母さんかっこいいなぁと思いました。とても輝いて見えました。

コンロに背が届くようになると、だんだん火を使うことを教えてもらうようになりました。お野菜のゆで方、卵の焼き方、ただ見ているだけではわからない色々なこつがあります。ひとつおぼえて次の時に教えられなくてもできるようになると、母はとてもほめてくれました。あなた、さすが私の子、才能あるわよ、なんて、もうおだてるおだてる。私は大得意でえっへん、なんてしていました。

包丁の使い方も教えてもらうようになりました。今日は乱切りにするよ、乱切りといってもいい加減に切ってはだめ、大きさを揃えるのよ、そうすると火の通りがみんないっしょになるからね、味が染みやすいように表面の面積が大きくなるように工夫して切るのよ、なんて色々教えてくれます。

煮立ったら弱火に落として蓋をして四分煮ましょう、この歌を二回歌うと四分よ、なんて一緒に歌を歌いながら作ります。それは楽しい時間でした。

でも私はまだ一人では料理を完成させられません。味付けを知らなかったからです。ある時母が遅くまで起きているのを発見しました。夜トイレに起きたら、まだ母はテーブルに向かっていたんです。一人で何か書いています。うわぁ、お母さんこんな時間までお仕事だと思って、邪魔をしないようにそーっと部屋に戻りました。

そしたらしばらくして、母が私に、いいものあげると、とてもうれしそうな顔をして一冊のノートを渡してくれたんです。ノートの前半分くらいに、びっしりと色々な料理のレシピが書かれています。ただのレシピではなく、作る時の注意が細かくていねいに書いてあります。

もうあなたはこれを見れば一人で料理が作れるよ、基礎はできているからあとは経験だけ、今日はこれ一人で作ってごらん。そう言って指さされたのは、お味噌汁でした。がんばって作りました。母が味見をして、合格、私の味と同じよと言ってくれた時には涙が出ました。

夕食にそれを出すと、誰も私が作ったとは気付かずに飲んでいました。全部食べ終わってから、母が、今日のこれ、この子が作ったのよと発表してくれました。弟が、うわ、姉ちゃんが作ったのか、食って死なないかと言って家族を笑わせました。父が、全然気が付かなかった、お母さんの味と全く変わらなかったよと言ってくれました。私は泣きながらガッツポーズをしていました。

ノートの後ろ半分は、私が自分の経験を書いていくスペースです。小学校を卒業するまでに、そのノートは全てのページが埋まっていました。今でもそのノートは大切にとってあります。どのページを見ても、手際よく立ち働く母の姿が浮かんできます。今私は、きっと母の「お袋の味」はしっかり継承していると思います。でも母はさらに新しい料理を作り続けています。きっと一生追いつかないと思います。


[65]>60 皆さん、おもしろい! otayori

家の中スポーツって、やっぱり色々あるんですね。

親御さんはヒヤヒヤだったかしら?

おもしろかったです。


[66]>63 広告の裏 otayori

絵が描くのが大好きで、母が裏の白い広告はとっておいてくれてました。

ほんとこれだけでも楽しめるって人間ってスゴイのかもしれないですね。


[67]こたつでみかん chi_maki

この暑い時期に、時期外れではありますが、

こたつでみかん・・・が、子どもの頃の実家での冬の定番でした。

最近はこたつを使わなくなったので、とても懐かしいです。

こたつに入って横になるって、気持ちいいですよね。


[68]>67 確かに!! sayonarasankaku

こたつでみかんは定番ですよね?

昔はみかん、いっぱい食べたよなぁ・・・


こたつは、すごく気持ちいいけど、なかなか出れなくなっちゃいますよね。

誰か立つのを待ってしまいます。(笑)


[69]>53 なつかしぃw hanatomi

田舎に帰った時,蚊帳でした。

なつかしぃww☆

あの中にはいるだけで何かわくわくしました。

私もパタパタして,小さく隙間を作って入って行ってました。


[70]>62 すごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい hanatomi

すっごーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!

この書き込みだけで,もう一つのお話かエッセイみたい!

そんなお父さんがいらっしゃるなんて素敵!!

そんな親子がこの世にあるなんて!

素敵すぎですww☆


[71]>19 すずめ dankichik

私も小学生のときにけがをしたすずめを拾ったことがあります。名前を付けてお医者さんにも見せたのですが、結局死んでしまいました。生き物の死に接したのはこれが初めてだったと思います。


[72]>71 外に鳥かごをちょっとの間かけておいたら蛇に食べられちゃった事があります。 shimarakkyo

白くてむくむくした、かわいい文鳥だったのに。。。手に乗るぐらいなついていてくれたのに。。。


夏休みの旅行に行くので、その間おばあちゃんに預かってもらおうと鳥かごに入れて家を出て、忘れ物を取りに家に入って、出て来たら文鳥じゃなくて蛇が鳥かごの中にいました。

飲み込んだばっかみたいでまだお腹が「文鳥分」脹らんでいるんですよ。だから当然、飲み込んだ蛇も鳥籠から出られなくて。


もーーーーのすごいショックでした。今でもちょっとトラウマです(いえ、基本的に蛇は好きなんですが、あの鳥かごの中で文鳥の分だけお腹を脹らませた蛇が今飲み込んだ私の文鳥を一生懸命消化しようとしている、という光景は今でも目に焼き付いて離れません)。


[73]自家製お茶作り vivisan

実家には、隣との境に茶の木が植えてありました。

毎年GWになると新茶を摘むのが家族の恒例行事でした。


とはいえ、お茶の産地のように何度もお茶を摘むのではなく、なんとか家族が飲める分を摘むだけの・・それこそ昔からの自給自足というものです。

茶摘みの日は前もって知らされるので、その日は私も弟も外に遊びにいくことはありません。


「よし、はじめるぞ!」

長袖・長ズボンの出で立ちに麦わら帽子、そしてタオルを首からかけます。


お茶の木は剪定も兼ねています。立って仕事をするのは難儀・・と考えたのでしょう。

新芽がついているところの枝20?30センチを父と母が剪定していきます。

弟と私は縁側に腰掛けて枝が来るのを待ちます。


ドサッ!!と枝がやってきます。

片手に枝を持ち、新芽をどんどん摘んでいき、バケツの中へ。

これがまた単一の作業なんですが、摘むたびにお茶の香り、そして新芽の黄緑がなんともいえません。


隣の家のおばさんとはうちの母が仲良しなので、

「あら、今日は茶摘み?せいがでるねぇ?♪」

なんて話しながらやっているのがまた田舎らしい。


そして全ての木を剪定したあと、4人で作業。

今では恥ずかしいけど、よく「夏もち?かづく?」なんて大声で歌いながらやっていたものだと思います。


そして全部がもうすぐ終わる頃、

「よし、これでジュースを買ってきなさい」

と父が渡してくれる小銭がうれしかったこと。弟と二人で4人分のジュースを買いにいくのがうれしかったですねぇ・・。

その頃になるとちょっと腰にきてたりするので・・。


私達が帰ってくると、たいがい摘む作業はおわっていて、4人で冷たいジュースを飲みました。一仕事あとの冷たい飲み物はほんっとおいしかった。


それでも作業はおわりません。今度は父と母だけの作業。

ふつうではここで、茶葉を蒸すのですが、うちは大きな中華なべにいれて茶葉を炒ります。台所じゅうにお茶の香りがひろがっていきます。


そしてムシロの上に炒った茶葉をあけ、これを熱いうちに父が手揉みするのです。このときの香りがなんともいえません。

やりたくてやりたくて仕方がないあたしは炒ったばかりの葉に触れようとするんだけど、熱くて熱くて・・父の手は大きくてこんな熱いのにも大丈夫なんだ・・って感心したものでした。


そしてムシロごと天日干し。

蒸す作業がはいっていないので、きれいな緑色はでません。

番茶みたいなオレンジのような色になります。ちょっと渋みがあるんですが、ちゃんと茶柱立ちますよ♪

でも小さい頃からお茶といえばこれでした。

関東に住んでいたときも茶葉をもっていってましたw

ダンナもこのお茶を気に入って飲んでます。


高級な甘いお茶は私にはものたりません。きっと小さい頃から渋さがなれてしまったのかもしれませんけど。貧乏性なんですね。きっと。


今年イエラボで茶摘のことがでていて、久し振りに茶摘みに参加してきました。腰がつらかったですw

でも未だに毎年摘んでいる父と母。今年やってみて、大人の作業はほんとたいへんだったんだ・・と今更ながら思いました。

来年からは本腰をいれて手伝おうと思っています。


[74]>68 お尻に根がはえる vivisan

とうちでは言っていますw

ホント立ちたくなくなりますよね?

ついついこたつでうとうとしちゃうんですよね。

そうすると決まって風邪ひきます。

わかっているのだけどやめられない。


[75]>69 雷がなっていたとき vivisan

「蚊帳の中にはいってなさい」と小さい頃いわれました。

雷様におへそとられちゃうぞ?!って・・・w

小さい頃は信じてましたね?w


[76]>49 うわー!なつかしい! vivisan

小さい頃読みましたよ?!

amazonで調べてみたら、全20巻もあるんですね?!

カギっこの強い見方でしたね♪

あの黒い服がトレードマークみたいな感じだったのを覚えています。

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