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選挙で投票することの大切さがもうひとつよくわかりません、って言うか、なぜ必ず投票へ行かなければならないのでしょうか?

●質問者: masahia
●カテゴリ:政治・社会
✍キーワード:ひとつ 投票 選挙
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 12/12件

▽最新の回答へ

1 ● sapon
●15ポイント

同じような質問がありました。

http://q.hatena.ne.jp/1068634039

これを読むと義務ではなく、権利と考えるべきなようですね。厳密な法律的な論争には知識もないし、興味もないので、法律家の先生方の意見を待ちたいと思いますが・・・

ただ、納税は憲法に書かれた日本国民の「義務」ですから、自分たちの払った税金の使い方を、自分以外の人の意見だけで決められるのって、我慢がならない、って思いませんか??投票に行かなくっても、税金はとられ続けていくんです。

ただ、余談、ですが、選挙が終わったとたんに増税論議、っていう歴史を何度も見てきていますので、投票に行くことも、もちろん大事ですが、その後、どのような政治が行われているかを見守ることもとても大事だと思っています。

◎質問者からの返答

そうですか、

投票へ行く事で、税金の使い道をどうこうできるのでしょうか?

同じような質問 参考にします。

ありがとうございます。


2 ● TomCat
●15ポイント

日本国憲法は、その第15条において、次のように定めています。

第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

ここでいう「公務員」とは、選挙で選ばれる首長や議員のことで、それを選出するための選挙に行くことは、「権利」であって、「義務」ではないんですね。

しかし日本国憲法では、同時に第12条において、

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。

とも定めています。つまり「権利」というものは、勝手に放棄してもいいだろ、ではない。自分たちのために、また次世代のために、手にした権利は国民一人一人の努力で守り抜いていかなければならないんだ、ということなんです。

選挙に行くことの大切さの第一はこれ。私たちは戦後はじめて「成年者による普通選挙」、つまり成人であれば性別や門地などに関わりなく、誰でもが平等に力を行使できる選挙権を手に入れたんです。名実共に国民が国家の主権者となれる立場を手に入れたんです。これを私たちは「不断の努力」をもって守り抜いていかねばなりません。そのために、自らに与えられている権利を行使するんです。それが選挙に行く、ということです。

選挙に行くということは、このオッサン、オバハンたちの中から誰を選ぶかということの前に、私たちが手に入れた権利をいつの時代もイキイキと輝かせていくための行動、せっかく手にした権利を死んだものとせずに次世代につなぎ渡していくための行動、という意義を持つわけです。

だから選挙に行く。そして国民としての権利をシッカリと行使すると。そういうことです。

選挙なんて、信用でき無さそうな連中ばかりがゴタクを並べているだけ。こんな奴らの中からしか選べないなんて選択肢が狭すぎる。そう思うかもしれません。

また、どうせ選挙なんて出来レース。予め組織票が固まっているから、俺の一票なんて屁みたいなもの。俺一人選挙に行かなくたって世の中変わらない。そう思うかもしれません。

しかし、この国の長い歴史の中で初めて手に入れた、われこそはこの国家の主権者であるという姿を輝かせに投票所に行く。われらの手にした権利をイキイキと次世代につないでいくために投票所に向かう。そう考えたら、俄然意欲が湧いてきませんか。

選挙というものは、投票行動そのものが、憲法によって国民に保障された自由及び権利を守り抜くための努力なんです。そのために選挙に行く。そう考えてください。

私も、たとえ私の一票が出来レースの端っこのカスにしかならない一票だとしても、必ず選挙に行きます。それが、自由と権利を次世代にまでつないでいく、大切な一歩となるからです。

http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM#s3

「日本国憲法」第3章 国民の権利及び義務

◎質問者からの返答

実は私には前提からの疑問もあります。

われわれが選挙権(いわゆる普通選挙権)を手にしてから「良い」政治ってできていますか?


3 ● MonsieurU
●14ポイント

必ずしも投票へ行かなければならないわけではありませんよ。税金のように義務ではなく、権利なので。


選挙は立候補しない限り、国民が政治に参加できる唯一の手段です。

ですが、投票したくてもそれにあたいする立候補者や政党がないのが現状かとも思います。


でも、大事なのはそこで選挙権を辞退するのは、せっかくの権利を無駄にしているとしか思えません。


白票でも投票することには意味があると思います。

もし同じように考える人が多くいて白票が増えれば、それは重く受け止められるはずと信じています。あまりに白票が多いと選挙自体の有効性が問われることになるとも思います。


これは飽くまで予想ですが、投票に行っている人にはそれなりの利権や利益がある人が多いのではないかと思います。特に自○党など。

もちろんそうではない人もたくさんいるとは思いますが、投票率の低さからいってあながち間違いではないと思います。これは逆に言えば、その人達の意見だけが政治に反映されていることになるともいえると思います。

なので、もしこれまで投票に行っていなかった人がみんなそれぞれ思うように(白票であっても)投票するようになれば、必ず変化が起きると思います。


投票にも行かずに今の政治は…とか言うのはおかしいですよね。



http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo02.html

◎質問者からの返答

その投票にも行かずに、…

という意見にも?です。

そんなに投票へ行くことが「えっへん」

な事なのでしょうか。

投票へ行かなければ二等国民ですか?


4 ● garyo
●14ポイント

http://www.city.yokohama.jp/me/senkan/senkyo/kyoken.html

現在では日本国民であれば満20歳になると得られる選挙権ですが、明治22(1889)年には、25歳以上の男子で、15円以上の直接税納税者に限っての権利でした。大正14(1925)年、普通選挙法施行により納税資格が廃止され、昭和20(1945)年、婦人参政権を含む選挙法改正がおこなわれ、完全普通選挙制が実現しました。

横浜の場合は、明治22(1889)年に市となり、同時に市会が誕生しています。当時の市会議員選挙は、納税総額を3等分し、各級から同数の議員(12 人)を選出する方法でした。直接国税2円以上を納める25歳以上の男子だけという厳しい制限選挙でした。大半の選挙人が議員というありさまで、金持ちが金持ちを選ぶ、自分たちだけの選挙でした。

それ以前には、人々は政治に口を挟むことも出来ませんでした。

「お上」の決めたことには逆らえない時代が続いたのです。

今で言えば隣の北朝鮮のような独裁政治ですね。

北朝鮮のような独裁政治と日本のような民主政治はどちらがいいですか?

選挙権はあくまでも「権利」です。権利は行使しないとまた奪われてしまうかも知れませんよ。

◎質問者からの返答

ほんとうに「北朝鮮のような独裁政治」だったのでしょうか?

誰に奪われるのでしょうか?

脅されてもねえ。


5 ● sylphid666
●14ポイント

リンク先の文でも述べられているように少し乱暴な論理かもしれませんが、1票は258万円の国家予算を動かす価値のある物かもしれないそうですよ。

>今回の参院選にかかる経費は580億円。仮に有権者数で割れば、1票580円の税金がかかっている計算になります。

>さらにちょっと乱暴な理屈ですが、国政選挙といえば、いわば2007年度・国家予算の一般会計82.9兆円に特別会計175.4兆円をあわせた、258.3兆円の使い道をみんなで決めているようなもの。考えようによっては、1人(1票)当たり、約258万円分の国家予算を動かしているのと変わらない、ともいえるのです。

http://r25.jp/index.php/m/WB/a/WB001120/id/200707121105

◎質問者からの返答

なるほど。

でもね、

その「考えようによっては」ってところが?

なのですが。


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