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「有明海」の名前の由来(語源)を調べています。
「有明」とは夜明けのことですが、夜明けと何か関係があるのでしょうか?


●質問者: miyabek
●カテゴリ:学習・教育 旅行・地域情報
✍キーワード:名前 夜明 有明 有明海 語源
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● GEN111
●27ポイント

地名篇(その十八)

「アリ・アケ」、ARI-AKE(ari=clear,white,fence:ake=forthwith,very,upwards)、「垣根(多良岳山系の山々)が・(前面に)高くそびえている(海)」

だそうです。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。


2 ● bellamy
●27ポイント

有明海・諫早湾干拓リポートというレポートの中に有明海に関する記述がありました。

>http://ambiente.eco.coocan.jp/ss0242/01/ss0242_01.htm#s02:title="2.「有明海」という呼称と帝国海軍水路部">

相当古いと思われている「有明海」という呼称は実は明治も終わり頃からのもので、それ以前は単に「筑紫海」「筑紫潟」「有明沖」などと記され、また、土地の人からは単に「前海」と呼ばれていたようです(もっとも、「この江戸前」にも似た「前海」という表現は、どうやら佐賀県の福富、白石、有明町などの戦後の干拓地域を多く抱え込む新興の地域や太良町などの海洋民的風土の地域ではあまり流通しておらず、柳川市あたりから佐賀市、鹿島市(鍋島支藩)などの武家文化の浸透した地域で使われていたように思うのですが、もちろん詳細に調べているわけではなくよくは分かりません)。ただ、具体的にどの段階でこの「有明海」という海の呼称が成立したのかについては現在のところ旧帝国海軍水路部あたりが付けたのではないかなどといった勝手な想像をしています。

<<

という説もあるようです。

◎質問者からの返答

なるほど、ありがとうございます!


3 ● kanan5100
●26ポイント

id:bellamyさんが紹介しているのと同じ方のサイトですが、このような記述もあります。

http://ambiente.eco.coocan.jp/ss0242/03/03-04/ss0242_3_04.htm

なお、有明海の名は一九一二(明治四十五)年の『帝国地名辞典』(太田為三郎編、三省堂刊)に、筑紫潟の別名としてでているが、・・・ただし、「有明」の名そのものは、天保年間(だいたい一八三〇年代)の地図には、有明の沖としてあらわれている。しかし、わが国最初の百科事典である『和漢三才図絵』(正徳ニ(一七一二)年)にはこの水域に関してなにひとつ記述がない。・・・

東京湾とか有明海とかいう名称は、その概念とともに、かなり新しいものではなかろうか。一八九五(明治二十八)年の地図を見ても、福岡県の地先を筑紫潟、佐賀県・長崎県の地先を有明ノ沖、としていて、まだ、有明海、島原湾、などの名は見えない。

http://www.auction.co.jp/mem1/item/mem_itm_item.asp?LOT=944325

1865年の古地図(南が上になっている)では確かに「有明ノ沖」と記されています。

この地図では、今の佐賀県の肥前大浦あたりに▲マークがあって「有明ノ沖」とありますが、確かにこのあたりからだと東側に海を望むので夜明けが美しそうです。もともとこのあたりで「有明ノ沖」と呼ばれていたのが、しだいに広まって「有明海」と呼ばれるようになったのかもしれません。

◎質問者からの返答

すごく参考になります! ありがとうございます!

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