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経済学者の存在意義について皆さんの意見を聞かせてください。資本主義経済においては、市場経済によってコントロールされます。いくら経済理論が論じられても、結局、市場経済が出した答えを難しく説明しているだけで、起こっている事象をみれば答えは出ています。結局、経済理論というものは、市場経済の出した答えを後から理由付けているだけで、経済学者がいてもいなくても、資本主義社会では市場メカニズムが機能している限り、勝手に市場が解決してくれます。では、市場メカニズムの番人が経済学者かというと、そうではありません。経済学者は市場メカニズムをコントロールすることは出来ません。それが出来るのは政治家だけです。唯一、経済学者が必要だと思うのは統制経済において行き過ぎが起きないようにコントロールする場合だけです。市場メカニズムが成り立たない事象、たとえば過疎地に住んでいる人の為の郵便や電話などのユニバーサルサービスや、日本人の米文化に対する保護政策です。こう考えると、経済学を真剣に勉強する気にならないのです。

●質問者: river47
●カテゴリ:政治・社会 経済・金融・保険
✍キーワード:コントロール ユニバーサルサービス 保護 勉強 勝手
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 22/22件

▽最新の回答へ

[1]じゃぁ考古学者とかもいらないね。 castiron

学問なんだから現実世界で役立つことだけ研究すればよいということは無いと思います。

経済学が割と実学っぽい学問だからそういう風に感じるのではないですか?

また、「?学」といったってどこでどう他の学問に結びつくか分からないです。それこそやって見なきゃ分からないと思います。


[2]よく言われることですが… unextinghuisable

経済理論、アダムスミスからはじめなくとも、

経済理論以外にも社会に組み込まれた理念や

理屈、いわばコントロールする学の存在は

ありました。


大量生産の時代になって、今までの古くからの

哲学などとは違い、経済という観念で人間社会を

捉える必要があるのではないかというのが

はじまりです。今おっしゃっている経済学という

のはおそらくマクロ経済学を念頭にしているの

ではないかと思いますが、実際の所は全体で

経済学を考えると、人間社会での利益分配、

その利益を代替するマネーの存在をどう

人間社会が捉え、しくみとして構築すればよいか、

というのがモットーです。


現代の経済学でなくとも、非常に細分化されて

いて、ごちゃごちゃと小さいことを研究して

役にも立たない…となることも多いのですが、

実際の所、それなりの価値があるものの

ように考えられています。


ただ、経済学はそもそもが二百年もいかない

この消費社会のコントロール概念なので

混乱も多く、小手先の価値のないものに見えるのも

当然かもしれません


[3]経済学部卒です hanmaru

私は経済学部でしたが、river47さんと同じような考えになったことがあります。私の入学した当初はデフレスパイラルという言葉が流行になり、ユニクロが不況下の優等生と言われてましたし、実際に大繁盛でした。そういう時代なので、尚更勉強する気になりませんでした。

結局、経済者の言っていること、証券アナリストの言っていることなどは、概ね結果論が多いと思います。

極論を言えば競馬の予想みたいなものです。

しかし、私が経済学部に入った動機というのが、偶然高校の担任の先生が黒板に書いた需要曲線と供給曲線の交点で価格が決定するという二次関数をみて美しいなと感じたからです。

river47さんは、在学中なのでしょうか?

もし良かったらケインズを勉強されたらどうでしょうか?何もないところから、あれだけの経済理論を構築したケインズは、素晴らしいと思いますし、多少現在の時代にそぐわなくても、面白いと思いますよ。

なんとなく質問のニュアンスで、「経済予測」に興味がおありのようですが、これは、「複雑系」なんかの本を読んでみると、実際経済にフィードバックできて、これはこれで面白いと思いますよ。


[4] 哲学か、実学か? adlib

京都大学経済学部50周年の記念講演より。

http://d.hatena.ne.jp/adlib/20061018

経営三原則 ? わたしの経営免許論 ?


[5]>4 自称・国際コラムニスト、ケビン語録より。 adlib

「経済学は理系学問なのに、日本では文系学部で教えている」

「日本語のネット人口は、世界の1パーセントにすぎない」

Kevin Clone(籍=越智 啓斗)日米二重国籍/上智大学独語学科中退。


[6]市場メカニズムをコントロールすることではなく sinzaku

いきすぎを止めるのです。また、それは日銀の政策決定会合できまります。

学問はあくまで視点の提供をしているにすぎません。当てはめ方がことなるのであって経済理論が役たたずということにはなりません。社会科学は現実を対象にしているため人により視点の違いがでるのです。

考えてもらいたいのは経済学が思想の一分野にすぎなかったのにたった400年でここまで発達した一方で、、先輩たちのそうした努力をもってしても、価格の発生の根本的な検証がまだ済んでいないことやどのような基準が組み合わさって消費者は物を買うのかなどが解明されてないことを考えるとまだ発達する余地はあるはずです。

ある本の前書きには私たちは経済学者にだまされないために学ぶと書いてあります。

役に立つことをしっているだけでは上っ面な言葉にだまされる可能性があります。


[7]>5 第2代日本経済団体連合会会長の経済認識。 adlib

20070918 提言「消費税を上げて、法人税を下げるべきだ」

20070904 偽装請負疑惑で、野党4党が国会参考人招致を決議。

(安倍内閣の経済政策ブレーン経済財政諮問会議のメンバー)

印刷依存 ? さらば、キャノン ?

http://d.hatena.ne.jp/adlib/20031226

三代目 ? 御手洗家の人々 ?


[8]>6 日銀の政策決定会合が river47

どれだけ影響がありますか?

いまやグローバル経済の時代です。日本だけで世界の流れが止められますか。多少、流れに抵抗できるのはGNP世界2位だからできるのであって日本経済がもっと弱くなってもそうだといえるのでしょうか。

「価格の発生の根本的な検証がまだ済んでいないことやどのような基準が組み合わさって消費者は物を買うのかなどが解明されてないことを考えるとまだ発達する余地はあるはずです。」といっていますが、いまいちよくわかりません。これらは本当に解明されていないのでしょうか。自分の身になって考えればとっくに解明されています。ただ、学問的な普遍的な理屈付けが出来ないだけでしょう。なぜなら、それは心理学の領域に入ってしまうからではないでしょうか。そして、もし仮に経済学で解明できたとして、人の購買意識に何か変化がおきるでしょうか。


[9]実用には全く不向きです。特にマル経は前世紀の遺物です。 miharaseihyou

しかし不必要ではありません。全体の趨勢の分析と対策の立案やシュミレーションなど、小規模なレベルでも必要になる事が多い。しかし、意志決定者としてのレベルでの必要性です。それも細かい点ではなくて全体が「分かっている」レベルでの必要性でしょう。


[10]>3 需要曲線と供給曲線の交点で価格が決定する river47

図をみて、私もなるほどなと思いましたが、改めて図にしてもらわなくてもすでにわかっていることだと思いました。私はすでに大学を卒業して10年近くたち一企業で働いています。ケインズもマルクスも、複雑系も考えは面白いと思いますが、要はだからなんなの?ってところです。


[11]>9 確かに、 river47

全体をわかっておくのは必要かもしれませんね。頭の中を整理するうえでは。


[12]>1 自分がやろうかなと考えているのは、 river47

開発経済学なんです。開発経済学は実学に結びつかないのであればまったく勉強する価値はないと思うのです。その開発経済学のもとになる経済学に実学要素がないのであれば、開発経済学そのものも意味があるものなのかわからないと思うのです。


[13]>11 少子高齢化社会の将来をどう分析しますか? miharaseihyou

マル経の理論で行けば「生産が減って消費が増え、過去の蓄積が消費され続け、国家が崩壊する。」という結論になると思います。

そうならないように生産性を高め、借金を減らし、将来の出産数が増えるような社会を構築する必要があるわけですが。


[14]学問の特性では myjunline

社会科学系の学問のほとんどは過去を分析して、一定の理屈を結論づけるもだと思います。そもそも過去の積み上げですから未来を構築するなどたいそうな役目はないと思います。過大な期待を持ちすぎでは?経済学者の存在意義はそれこそ経済学の言うとことの需要と供給です。一定数必要とされているから経済学者も商売が成り立っています。

最近少し勉強しているのは「行動ファイナンス」です。「行動ファイナンス」とは、人々は常に合理的に行動するとは限らない、という前提に立って経済のあらゆる現象や金融市場の動きを考えてゆく理論です。言われてみると経済理論の多くは、人は常に合理的に行動することを前提していますが、そもそもあり得ません。先日飲みすぎて、終電を逃しタクシーで帰りました。人が常に合理的に行動するのであればタクシーには乗らず、終電で帰ります。(たとえがヘン?合理的でない?)

サブプライムの問題や円キャリー取引なんて経済学のどの本にも書いてありません。古い経済学はほどほどにして、どんどん新しいものに触れることをお勧めします。


[15]>12 貧しい国/豊かな国 sougetsu

レッセ・フェールが、ベターな選択なのかどうかについては、経済・法学者の間でも、古くから議論の続いている面白い問題だと思います。今の経済学が実学でないと考えられるのであれば、ぜひ実学たりうる経済学理論を研究し、開発経済学の新たな1ページを加えていただければ、と思います。

ケインズやミルトンのように、政治や経済政策に大きな影響を与えた経済学者もいるわけですから、直接、市場メカニズムに介入する手段(金や権力)を有していないから、といって経済学者の市場メカニズムに対する影響力は、決して小さくはないと思います。

福祉国家的な考え方が破綻し、自由市場経済に身をゆだねる方向に経済政策がシフトしはじめて、たかだか20年程度しか経っていませんから、まだまだ何が起こるかわからなくて、面白い分野だと思います。市場メカニズムに影響を与える立場になりたいという思いが強いのであれば、開発投資系の金融機関に転職されるのも、一興かもしれません。政府の市場経済への介入が、相対的に減少するとすれば、やはり大きな金を動かせる存在の影響力が強くなると思うので。


[16]>14 限定合理性 river47

というやつですね。私も、それに今非常に高い関心を持っています。行動経済学とも呼ばれていますね。ただ、私としては認知科学や心理学の分野だと思っています。こちらの方が、結果論ではなく、未来を予測できそうな気がしています。


[17]>16 補足 river47

どうも世の中は、純粋な経済学で分析できるのはとても限定されていて、それ以外の部分のほうが圧倒的に大きいと思えるのです。それは、経済活動を行う主体には人間と法人、人間は合理的な活動をしないからです。それに大して、法人である企業などは比較的合理的な活動をとりますが、最終的に人間が舵を取っている以上非合理的な部分はたくさんあります。例えば、政治的判断とか、しがらみとか日本企業には特に多いと思います。そうすると、経済学で分析できるのは、ごく限られた部分でしかなく、心理学的調査によるほうが、広い部分を分析できるのではと思います。しかし、人間の心理は環境によって時とともに変わりますから、時代的に普遍ではないと思いますが。


[18]>12 実学のイメージ trinh

が湧かないのですが。どのレベルの事が経済学で分かるのなら、実学と認める用意がありますか?極端な例ですが「2010年11月時点でFRBが金利を1%上げれば、ザンビアの経済成長率が2%上がる」みたいなことが経済学で分かるわけありません。それが分かるとすれば、「デートで相手を確実に口説ける方法」や「個別の戦争で絶対勝てる方法」も分かることになります。あらゆる未来予測は不確実です。

それから「起こっている事象をみれば答えは出ています。」とのことですが、素養のない人は「起こっている事象」を見ても、その事象の意味する所が分からないのではありませんか?


[19]>15 経済学者になるつもりはありません。 river47

どうも私の思っている論点とかけ離れてしまっているので補足説明します。

私が思っているのは、発展途上国の発展をお手伝いするのに、身につけておくべき学問はなにがいいかということです。開発問題を考える中で、開発経済学という存在をさけてはとおれないと思うのですが、例えば大学院で勉強するとして2年間という時間と、数百万円というお金を投資する価値があるかということです。実務者としてありたいと思っているので、時間をかけて研究するつもりも経済学者になって新しい経済理論を発表するつもいりもありません。そして経済発展を考える上で、開発経済学がどのような影響を与えているかを知りたいのです。

ここでは何をもって発展とか、物質的な豊かさだけが真の豊かさではないとかいう議論もあると思いますが、その話は置いておきます。

貧困や飢えで苦しんでいる現状の今、生きていく上での最低限の経済的豊かさがまず第一に必要だからです。経済的豊かさの実現につながるかどうかが、私にとっての実学かどうかの判断基準です。既存の産業で競争力をつけていくほうが効果的なら経営学のほうが役に立つかもしれないし、行政体制を改革することのほうが効果的なら政治学のほうが役に立つかもしれません。開発経済学を学べば、こういうところが効果的だというのがあれば知りたいのです。


[20]>19 開発経済学を活かせる立場とは castiron

かなり高い地位を必要とするんじゃないですか?(というかそもそも5年や10年という短いスパンではなくもっと長いスパンで考えている?)

私は経済学を一般教養程度しか勉強していないので素人の意見として聞いてくださいね。

現状を考えると理論としてはいくらでも「こうした方がよい」というものは分かっているし素人だってどういう事をすればよいかと言うことは何となく分かるわけですよね?

問題はそれを実現できないことが今日の困難な状況を生み出しているのではないでしょうか?

この問題をどのように解決すべきなのか、何を勉強するべきなのは私には正直想像も出来ませんが

そういう意味では素人考えで「経済学」を勉強して意味があるのかといわれればほとんどないきがします。

それこそ現地での言語力やコミュニケーション能力の方が必要な気がする。もちろん説得力のある立場も。


[21]>17 いろいろ葛藤して自分の興味を見つけてください myjunline

経済の発展というのは従来にない価値を創造していることだと思います。新しい技術や商品の流通などが発展を促進しています。つまり純粋な経済学が出来上がった後の発展は純粋な経済学には織り込んでいません。携帯電話の機能を使えない経済学者は携帯電話が持つ経済的意味はわかりませんし、電子マネーを使わない学者は電子マネーが作り出している新しい経済圏はわかりません。電子マネーは実体経済に無視できない金額成長しているのにマネーサプライには反映していません。

国内の市場も大きくなっていますし、海外とのつながりも大きくなっています。純粋な経済学が機能する部分が時代とともに少なくなっているのだと思います。当然のことながら政治的判断の有効性も少なくなっています。市場が大きくなっているため景気対策などの影響力も少なくなっています。

そもそも需要とは「ほしいなぁ」という心理ですし、供給とは「売りたいなぁ」という心理です。経済学には難しい数式が多いですが、結局のところサイエンスではないのです。人間の心理が環境に適合しようとすることがこそが普遍的なのことだと思いますので、その瞬間ごとに特徴的な環境を発見することが最新の経済学ではないでしょうか。


[22]>8 学問はもともと学際的なもの sinzaku

学問はよいものを転用する点では柔軟で学際的です。例として、マーケティングは経済学を母体として心理学や社会学が合わさってできたものです。また、ゲームの理論はもともと心理学の用語です。また、ニッチは生態学の用語です。すべての学問はもともと人間とは何かという問いに答えるために生まれたのです。学問は突き詰めると人間学になります。現実社会は人間により構成されているため人間とはなにものかということを知っておくことには合理性があるといえます。

いまいちよくわかりません。これらは本当に解明されていないのでしょうか。についてはディープインパクトのゼッケンの議論で説明させていただきます。

ディープインパクトのゼッケンがオークションに出品されたとします。これが、100万円で落札されたと仮定します。

さて、ここで質問です。これは、どのような方々が決めた値段でしょうか。これは「その財の価値を認める方のみ」によってきまった値段であって、競馬に関心がないかたが決めたのではありません。仮に競馬に関心がないかたがおられても、その財の価値が判然としないので値段をつけられないはずです。私が主張しているのはこのような価格そのものがもつあいまいさです。

自分の身になって考えればとっくに解明されています。

これについては具体例がないのでなんともコメントできません。誰の何という本に載っているなどの根拠を示してもらえますか。また、解明されたというなら権威ある雑誌(フォーブスなど)がすでに報道しているはずです。

スーパーで客が商品をかごに入れた直後になぜそれを買ったのですかと問うような1万人単位のインタビュー調査などの事例があるなら話は別ですが。

自分の身になって考えたとしてもそれが論文等の形に残るメディアとして存在していなければ検証は難しいのです。

また、自分の身とは何かという明確な定義づけがないことももんだいです。自分の身になってといっても5W1Hが欠如しています。

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