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「第二ボタン」を好きな男性からもらうっていう習慣はいつから始まったのか教えてください。
誰?時代は?

●質問者: nikonikoman
●カテゴリ:学習・教育 書籍・音楽・映画
✍キーワード:男性 第二ボタン
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 6/6件

▽最新の回答へ

1 ● sin3364
●19ポイント

http://dreamgoon.blog27.fc2.com/blog-entry-129.html

第二ボタンの風習はいつから始まったのかちょっと調べてみました。「学徒出陣の学生が、心臓に一番近いボタンを自分のかわりにと女性にあげたこと」

http://www.ffortune.net/calen/kinenbi/11/button.htm

この風習がいったいいつから始まったかなのですが、どうにもハッキリしません。一説では柏原芳恵の「春なのに」(1983)で、歌詞の中にボタンをねだるくだりがあるから、ともいうのですが、この歌詞を調べてみたのですが確かにボタンを下さいとは言っていますが、第二ボタンとは言っていません。

◎質問者からの返答

有難うございます。

そうですね。。。これが始まりかは?ですね。。。


2 ● MEI-ZA-YU
●19ポイント

昭和の戦争時が始まりのようです

http://www.1101.com/sensha/2006-03-14.html

>卒業式における制服の第二ボタン授受の始まりは

「学徒出陣の学生が、心臓に一番近いボタンを

自分のかわりにと女性にあげたこと」

◎質問者からの返答

書籍で何かあればうれしいです。


3 ● minkpa
●18ポイント

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E8%C6%F3%A5%DC%A5%BF%A5%F3

http://okwave.jp/qa496454.html

◎質問者からの返答

どうもです。

ただいつからかはっきりしないですね。。。


4 ● kanan5100
●18ポイント

http://ozaki.jp/comoso/060227.html

【説1】

詰衿学生服にはボタンが5つ付いていて一番上は自分、二番目は一番大切な人、三番目は友人、四番目は家族、五番目はナゾ…とそれぞれ意味を持っているといわれています。ですから二番目=(イコール)一番大切な人からもらいたいという説。

【説2】

第二ボタンは一番心臓に近いところにあるので、ハートをつかむということで第二ボタンを好きな男の子にもらう…という説。

【説3】

詰衿学生服のはじまりは軍服からだといわれています。戦時中に若者たちも強制的に戦争に行かなければならない状況にありました。もう二度と帰ってくることができないかもしれない旅立ちの日に、一番大切な人に思いを伝え形見として軍服の第二ボタンを渡していました。物資もない時代に軍服は国から支給されていました。一番上のボタンを取るとだらしなくなり、叱られるけれど、第二ボタンだとわかりにくく、敬礼(左手を胸の前に当てる)の時には手で隠れるため、第二ボタンが選ばれた…という説。

諸説あるようです。

また、武田泰淳氏の小説から広まったという説もあるようですが、この小説が何なのかは不明です。

武田泰淳氏の小説から始まっているといわれているようです。しかし、戦死した兄の後を追って自分も特攻隊として戦地に赴く弟が、兄嫁のことが好きで、自分の形見として心臓に一番近い詰め襟の第2ボタンを渡しました。これを学校の先生が生徒に話し、広がったということのようです。

http://www.okayama-ap.or.jp/study/school.html#dai2


5 ● KUROX
●18ポイント

太平洋戦争時点であったこの話が発端ではないかと思います

http://www.kcat.zaq.ne.jp/aaacr007/dainibotann.html


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