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1983年?1989年(あるいはそれ以前)の間で「おたく(表記は問いません)」について述べた雑誌記事等(同人誌でもかまいません)文献についての情報を探しています。

「おたく」がメディアに登場したのは83年の中森明夫による「おたくの研究」が最初とされています。そして、89年の宮崎勤事件で、一躍有名になるのですが、それまでの間、「おたく」はどのようなものとして語られたのかを知りたいのです。

また、宮崎と「おたく」を結びつけた、最初期の記事についての情報も求めます。

さらにそのあたりの時期で「おたく」という言葉は使わずとも「マンガやアニメに夢中になる若者達」を分析した(「ロリコンマンガ」「二次コン」などのキーワードで)書籍、雑誌などもさがしています。

●質問者: 田中古市
●カテゴリ:政治・社会 芸術・文化・歴史
✍キーワード:おたく アニメ キーワード マンガ メディア
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 4/4件

▽最新の回答へ

1 ● MEI-ZA-YU
●40ポイント

http://72.14.235.104/search?q=cache:9yb8GrDiNtAJ:www.kwansei.ac....

『SFアドベンチャー』11月号

「大東京オタク年表・不完全版」


月刊『投稿写真』11月号

「おたくの逆襲」


http://www.paradisearmy.com/doujin/PASOK20.HTM#1980

1989年 8月13日?14日 .

「コミケット36」、晴海国際貿易センターにて開催。

参加サークル数は大台の 10,000、入場者数も大台に乗せ、およそ10万人に。

折りしも宮崎勤容疑者が逮捕された直後で、しかも彼の部屋に

大量のアニメビデオやエロマンガ本が積み上げられていたことから、

コミケ会場前で 「ここに10万人の宮崎勤がいます」と

叫んだワイドショーのテレビレポーターが現れ、非難の的に (TBS)。

◎質問者からの返答

ありがとうございました!

最初のリンク先で挙げられていた難波さんの本もかなり面白そうですね。


2 ● sheep5
●25ポイント

95年になってしまいますが正面からオタクを取り上げた最初の本は以下のものです。さすが日経新聞社の本だけあって社会調査の一環として分析されています。ただし「オタク」「おたく」という呼び名ではありません。執筆人は宮台真司ら東大社会学系のグループ。本書はその後宮台たちの代表作として注目された研究成果である『サブカルチャー神話解体』の正式?な姉妹書です。

『戦後若者文化の光芒―団塊・新人類・団塊ジュニアの軌跡』

それから大塚英志が電通の社内報に書いていたおたく論があり、大塚の著作に収録されていますが書名は憶えていません。ゴメンナサイ。ただおたくについて?世間のイメージとは違うおたくの実態?を肯定的に書いていました。おたくは?異性の友だちが多い、小遣いも高額?といったもので、おたくの実態は一般人より上?といったイメージの分析で新鮮なものでした。

91年、92年頃のJICC出版などの本で「マニア」と呼ばれていたお店やモノは後に「オタク」と呼ばれる系統が多いと思います。

マスメディア(TVなど)で最初に「オタク」という言葉を使ったのは泉麻人でした。自分でコレクションしているお煎餅の包みなどを紹介しながらそんなトークをしていました。

◎質問者からの返答

情報ありがとうございます!

宮台グループの本で「オタク」がどのように呼ばれていたか気になるところではあります。「ネクラ型ラガート」みたいなのは読んだことはあるんですが…

大塚英志の本は岡田斗司夫が『オタク学入門』で引用していましたよね。

JICCは90年に『おたくの本』を出してるくらいですから、文化として考える際には重要だと思います。

泉麻人の使い方は「マニア」に近いですね。

それが宮崎事件の前か後か気になるところです


3 ● hamao
●25ポイント

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E5%88%8AOUT

http://homepage2.nifty.com/out-site/

同時代のこの雑誌の記事が秀逸です

特にと言うならば、84年11月号に頓珍巻という6pほどの特集がありまして、一番匂いがするページです

◎質問者からの返答

ありがとうございます

やっぱりOUTとファンロードは大きいですよね。

インターネット以前の、雑誌の影響力って多分、今よりすごかったんでしょうね。


4 ● kanan5100
●50ポイント

http://www.jarchive.org/text/otaku.html

ここには、宮崎事件以前の「オタク」関係記事がまとめられています。

・コンプティーク誌では宮崎事件以前から「OTAKU CLUB」というコラムページがあった(開始年月不明)

・ニッポン放送・三宅裕司のヤングパラダイスには、1985年頃、「おたく族の実態」という人気コーナーがあった。

・『LOGiN』1985年8月号には「ニッポン放送・三宅裕司のヤングパラダイス潜入レポ・おたく族を探る!!」という記事が掲載された。

http://homepage3.nifty.com/saikyo-shingakusya/diary/200102.html(2月7日あたり)

・『週刊プレイボーイ』1989年2月28日号には、「ああ、カワイソー特集 これがギャルの嫌う「オタッキー」だっ!! ダサい奴らが大増殖!オマエは大丈夫か?」という特集記事が掲載された(宮崎勤の逮捕は8月)。

◎質問者からの返答

ありがとうございます!全然知りませんでした。

三宅祐司、気になります。

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